斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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46 今はまだ背中合わせで

 

 

 

 キャスティング、脚本、スケージュール諸々。

 

 全ての段取りが決まり映画撮影が遂に始まった。

 

 そして今日はキャスト全員を集めた本読みであり、出演するキャスト達が事実上の顔合わせをする日。

 

「MEMちょさんだぁ………ファンです。お会い出来てすごく嬉しいです。真君から色々と聞いてます」

 

「良かったな……フリル。生のMEMちょに……ようやく会えて。今日は………本当に素晴らしい日だな」

 

「うん、私、これまでで一番タレントやってて良かったって思ってる。どうしよう、ニヤケが止まらない」

 

「あの2人とも……リアクション大袈裟過ぎない?嬉しいけどさ。マコたんに至ってはなんか泣いてるし」

 

「「だって最推しが2人も居るんだもの」」

 

 そして俺は今理想郷(シャングリラ)をこの目にしている。

 

 最推し(フリル)最推し(MEMちょ)が仲良さそうに話している光景。

 

 最推し(MEMちょ)が照れつつ最推し(フリル)と握手をする場景。

 

 最推し(フリル)が嬉しさのあまりこっちに手を振る状景。

 

 これを見れただけでも映画製作をした意味がある。

 

 これは最早芸術作品と言っても過言ではない。

 

 とてもじゃないがスマホだけでは収め切れない。

 

 やはり高性能カメラを持ってくるべきだった。

 

「うわっ。クズが意味分らないぐらい泣いてる。アンタ何やってんのよ。今更だけど頭おかしくなった?」

 

「有馬貴様……この感動に水を差すとはいい度胸してるな。俺の権限で今直ぐクビにしてもいいんだぞ」

 

「やれるもんならやってみなさいよ。私の代わりが直ぐにでも見つかるならね。どうせ無理だろうけど」

 

「あの2人……また喧嘩してる。ほんと飽きないよな」  

 

「顔合わすと何時もこれだから恒例行事っすよね」

 

「なら、メルト。お前早くアレ止めて来いよ」

  

「嫌っすよ。俺はまだ心折られたくありません」

 

 俺が感動のあまり涙を流しているとお邪魔虫有馬。

 

 ついでにメルトと姫川さんが入って来た。

 

 あの2人はともかくとして有馬は本当に間が悪い。

 

 俺が悦に浸ろうとすると何時もこれだ。

 

 いい加減空気を読むという事を覚えて欲しい。

 

「まぁまぁ2人とも。そう喧嘩しないで。他の皆も見てるし程々にね。両方ともそろそろ大人なんだし」

 

 俺と有馬がそんなこんなで睨み合っている最中。

 

 それを見かねた黒川が何処からか現れ間に入った。

 

 黒川は会ってからずっと敵に回したくない相手だ。

 

 俺が知る人間の中で一番おっかない。

 

 先の件もあってミヤコの次に頭が上がらない。

 

 そんでもって何より───。

  

「特にかなちゃん。仮にもアイドルセンター何だから言葉遣いには気を付けて。何処で誰に見られてるか分からないんだから………そこんとこしっかりしてよね。何時も及第点ギリギリで危なっかしいんだから」

 

「何だと!?誰が及第点ギリギリアイドルだ!!」

 

「あかねの奴……今日も見事な拗らせっぷりだな」

  

「反転アンチとして複雑なんだよ。言ってやんな」

 

「心配なら心配ってハッキリ言えばいいのに」

 

「お前がそれ言うのか?思い切っりブーメランだぞ」

 

 黒川は持ち直してから色々と振り切れてる。

 

 アクアとは勿論だが有馬との距離感も近い。

 

 詳しい事は聞いてないがアクアと色々あったらしく、ここ最近舞い上がったように素が漏れ出てる。

 

 有馬目線だとどう見えてるかは知らないが、俺目線だと凄く楽しそうに、小言を言ってるように見える。

 

 自分らしく生き過ぎるというのも考えものだ。

 

「まぁ良いんじゃねぇの?舞台での演技もここしばらく調子良いみたいだし。モチベ高いのは良い事だ」

 

「それはそうと……ルビーの調子は?」

 

「黒川に頼んで……基礎は固めて貰った。演技の才能自体は昔からあったし……モチベ自体も悪くない」

 

「けど、相変わらず仲は最悪なまま。まともな会話も結局出来ず仕舞いで本番って訳か。ままならないな」

 

 俺とアクア、姫川さんが話してると、当の本人であるルビーが、少し遅れて部屋に入って来た。

 

 その瞳はあの日と変わらず黒く輝き歪んでいる。

 

 ルビーは俺やアクアを一瞥するだけで何も言わず、自分の席に着いて早々黙々と台本を読み始めた。

 

 何とも分かりやすい典型的な拒絶だ。

 

「事情が事情だし今は仕方ない。ショックなのは察するが気を落とすな。今はやるべき事に集中しろ」

 

「……別に、俺はショックなんか受けて───」

 

「今明らかに受けてただろ。お前は昔からそういう事になると分かりやすいんだよ。ルビー関係は特にな」

 

 俺が軽く揶揄うとアクアは複雑そうな顔をした。

 

 アクアは普段仏頂面の無表情だが意外と顔に出る。

 

 初対面だと分からないかもだがよく見ると分かる。

 

 今なんか苦しさを我慢しているのが丸見えだ。

 

 根っこが向いてない癖に悪役なんかやるからだ。

 

 大人しく正義の味方でもやればいいというのに。

 

「そっちの兄弟事情は知らないけど、大方真の言う通りだ。俺達には果たさなきゃいけない責任がある。どんな手段を使ってでも、必ずそれを果たさなきゃいけない。だから、お前はこの脚本を作ったんだろ?」

  

 改めて脚本を見返しつつ姫川さんはそう言った。

 

 ある種この人が一番辛い役回りかもしれない。

 

 いくら実名を使ってなかろうと、どれだけ母親が間違いを犯していようと、それとこれとは話が別だ。

 

 にも拘わらず、この人はこの映画を了承した。

 

 そしてこの映画に自ら出る事を決めた。

 

 ある種その覚悟は俺達以上と言っても良い。

 

「……ああ、そうだ。俺はアイの願いを叶える為に、この脚本を作った。今は分かってもらえずとも、必ず届ける。何があろうと、この映画は絶対成功させる」

 

 アクアはそんな姫川を見て気を引き締めた。

 

 あんな事を言われたらこっちも応えるしかない。

 

 斯くして役者達は大方全員揃った。

 

 鏑木さんの挨拶の後に本読みが始まり、それぞれの衣装合わせも段階を追って、並行して行われた。

 

 和気藹々とした空気が消え真剣な空気一色になる。

 

「さて、早速始まった訳だけど流石に皆上手いね。若手の中でも実力派と有望株を集めただけはある。真君の連れてきたあの子も結構やれてるみたいだし」

 

「あれだけの大口を叩いたんですから演れて当然です。寧ろこれで下手だったら即刻クビにしてます」

 

「お前……仮にも幼児に対しても容赦ねぇな。大人気ねぇぞ。にしても、あの演技……昔のアクアを思い出す。子供の中にヒネた大人を捻じ込んだみたいだ」

 

「確かにアクアは昔から中二病でしたけど、アレと同視だけは本当に止めて下さい。欠片も似てません」

 

 そんな空気の中、黒羽は問題なく本読みをした。

 

 腹立つ事に他の役者と比べても遜色がない。

 

 それどころか鏑木さんも監督も感心している。

 

 どうせなら失敗して大恥をかけばいいと思っていたというのに、この有様では捕らぬ狸の皮算用だ。

 

『子役の席が埋まってないって聞いたんで、使える奴を連れて来ました。あっ、けど、使えなかった時は素直に諦めて下さい。その程度の奴だった事なので』

 

『おい、コラ。私を叩き付けておいて、その言い草はなんだ。問題なくやってみせるに決まってるだろ』

 

『と言いつつ、口だけの奴は世界中に居るしな。だが、安心しろ。俺は優しいからな。実力無いので出来ません。もう二度と偉そうな口は叩きません。申し訳ございません。と言えば、契約を直ぐ破棄してやる

 

『はぁー?出来るし舐めんな。私を馬鹿にするのも程々にしろ。一度痛い目を見せても良いんだよ?』

 

『おい、そこのお前等。わざわざ出向いて貰って言うのはアレだけどよ。喧嘩するなら家の外でやれ』

 

 黒羽を監督に会わせた時の事を不意に思い出した。

 

 彼奴がドヤ顔をしてる気がして余計腹が立つ。

 

 あんな姿でも神を名乗るだけはあるという訳だ。

 

 どうか(やつ)に災いが降り注いで欲しい。

 

「おー、これが昔の『B小町』の衣装」

 

「そうそうこれこれ!謎の動物ね!」

 

「サイズの方も問題なさそうだね」

 

「それはそうとアンタ変な目になってない?」

 

 あんな奴の事はこの際本当にどうでもいいとして、有馬達の衣装合わせがようやく終わった。

 

 予算を掛けただけあって中々クオリティが高い。

 

 昔何回か見た旧『B小町』の姿そのものだ。

 

 周囲の視線が自然に3人へと向けられる。

 

「どうかな?すごいよね!このウィッグ!めっちゃ高いらしいよ!見て見て!私、アイっぽい?」

 

 けれど、そんな視線は直ぐに別の方向に移った。

 

 その姿に俺さえも一瞬反応してしまった。

 

 あの日初めて会った時と同様思わず目が奪われる。

 

「……まさか、こうも瓜二つとはね」

 

 鏑木さんの口からはそんな言葉が零れ落ちた。

 

 そう言ってしまうのも仕方ない程よく似てる。

 

 その纏うオーラも容姿も記憶と酷似している。

 

 ルビーは残酷なまでにアイそのものだった。

 

 完全無敵のアイドル像の具現化と言っていい。

 

「けど、あれじゃ駄目だ。あれじゃ全く足りない」

 

 けれど、監督の言った言葉が全て。

 

 俺も監督と似たような考えだ。

 

 アレはアイに似てるだけのただの別人。

 

 俺が知るアイの姿とはかけ離れてる。

 

 やはりルビーはアイの虚像しか見れてない。

 

(俺に一度たりとも勝てなかった理由。俺に出来て、今のお前が足りない物。お前にそれが分かるか?)

 

 何かに憧れそれを目指すのは悪い事じゃない。

 

 憧れというのは誰もが持ち追い求めるものだ。

 

 だが、その憧れが陶酔と呼ぶものなら話は別。

 

 その本質を捉えられないなら所詮それまで。

 

 彼奴がかつて語ったアイドルへの目標。

  

 アイのようなアイドルになるという夢。

 

 それが叶う事は未来永劫有り得ないのだから。

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

「ねぇ!たかみーの話聞いてるの?」

 

「あっ、うん!えっと……ごめん。なんだっけ?」

 

「ペットボトルの蓋!開けっぱで置かないでよ!」

 

「あっ、ごめんね。水だから良いかなって思って」

 

 映画『15年目の嘘』クランクイン。撮影初日。

 

 ほんの僅かに重い空気の中撮影が始まった。

 

 幾つもの機材がスタジオ内に並べられ、何人ものスタッフが指示を交わしつつ忙しなく動いてた。

 

 そして奥では真が椅子に座りこっちを見てる。

 

「ルビー、よく周りを見ておきなさい。アンタにとっては初の映画出演かもしれないけど曲がりなりにも主演。あのレベルに合わせなきゃいけないんだからね」

 

 ミヤコさんに言われ私は改めて現場を見た。

 

 彼奴の事も気になるけど今はこっちに集中だ。

 

 あんな奴を気にしてる暇なんてない。

 

「全然良くないし!なんで平気なのか分かんない!ほんと育ち悪っ!髪の毛もアホ毛立っててキモいし」

 

「あっ、あれれ?整えたはずなのに」

 

「ほんと。ニノはたかみーが居ないと何も出来ないのって感じー」

 

 先輩が演じているのがニノで、あかねちゃんが演じているのがたかみー。

 

 B小町の中でも初期メンじゃないから、正直そこまで詳しく知らないけど、名前ぐらいは一応知ってる。

 

 見てる限り結構きつい感じの役だ。

 

「高峰ちゃん。あんまニノの事いじめちゃ駄目だよ」

 

 その一方でMEMちょが演じているのがめいめい。

 

 こっちは初期メンだからよく知ってる。

 

 テレビで見た雰囲気と同じで優しい感じの役だ。

 

 ついでに言うとMEMちょとキャラが似てる。

 

「いじめじゃないよ。愛故に厳しく言ってんだよ。ニノはそういう世間知らずな所も可愛いんと思うんだけどね?そんなんじゃカレシ出来ないと思って言ってるんだからね?」 

 

「えへへ。わかってるよ。………ごめんね」

 

 ここで一先ず先輩達のシーンは終わり。

 

 機材の準備が終われば次は私が出るシーン。

 

 あれだけ練習したのに緊張で手が軽く震えた。

 

 また転んでしまうんじゃないかってつい考える。

 

(大丈夫。今日の為に台本は穴が空くほど読み込んだ。稽古だって出来る限りやった。私なら出来る!)

  

 私は緊張をどうにか胸の奥に押し込めた。

 

 自分に言い聞かせて強い自分を演じた。

 

 ママに出来たんだからきっと私にも出来る。

 

「監督、準備できました」「カット34スタッ!」

 

「皆。おっはよ────」「カット。リテイク」

 

 けれど、そんな意気込みは簡単に裏切られた。

 

 思わず辺りを見渡すけど何も変わらない。

 

 あれだけ練習したというのに現実は無情だ。

 

 また転んだという事実に私は愕然とする。

 

「どうした?取り直しだと言われただろ。早く最初の位置に戻れ。初めからもう一度だ」

 

 真はそんな私を嘲笑うようにそう言った。

 

 その口調はまるでやはりと言わんばかりだ。

 

 そのせいか愕然の感情より怒りが勝る。

 

 私は最初の位置に戻りつつ少し考え込んだ。

 

 どうにかして彼奴を見返さなくちゃいけない。

 

(どうして駄目だったんだろ?ちょっと元気過ぎ?寧ろ元気が足りない?……わかんない。なら、全部試すしかないか。まずは少し抑えめの演技で───)

 

 けど、次の演技も容赦なく駄目だと言われた。

 

 その次の演技も。その次の次の演技も。その次も。

 

 どういう訳か全部駄目で例外なくボツになった。

 

 私の考え得る演技を全てやってのに駄目だった。

 

 監督の隣に座っている真は半ば呆れた様子だ。

 

 学習能力が無いとでも思ってるに違いない。

 

「すみません。もう一度だけ────」

 

「いや、もういい。タイムアップだ。此処まで演って駄目なら時間の無駄だ。別のシーンを先に撮る」

 

「いいや、まだ。私はまだ演れ────」

 

「スケージュールに余裕があるとはいえ、余計なロスは無い方が良い。それを管理するのが副責任者の俺の仕事だ。一度頭を冷やせ。そうですよね、監督?」

 

 リテイク数が13にまで及んだ頃。

 

 真はそう言い放って撮影を止めた。

 

 あの様子だとこれっぽっちも譲る気がない。

 

 一言文句を言いたいけど立場が立場だ。

 

 とてもじゃないけど文句なんて言えない。 

 

「ああ、そうだな。詰まった以上仕方ない。このシーンの撮影は次の黒川のシーンが撮り終わるまで、一旦ストップだ。機材はそのままで良いから移動するぞ」

 

 監督の鶴の一声で私のシーンは一度保留になった。

 

 現場は僅かに騒然としながらもスタッフ達は動き、監督と真はそれに伴い隣のスタジオへ移動した。

 

 あかねちゃんも少し考え込みつつその場を去る。

 

「あんな短い台詞に何テイクも掛けてるんだから仕方ないわね。それにしたって厳しいとは思うけど」

 

「見て見て胃がキリキリしたよ……監督もマコたんも本当に容赦ないね。撮影前とは完全に別人だよ」

 

「まぁ両方とも普段がダメダメでも、仕事は出来るタイプだしね。オン・オフの切り替えが昔から上手いのよ。MEMちょも気を付けないと直ぐああなるわよ。仕事モードの彼奴は推し相手でも容赦ないから」

 

「今ガチの悪夢再来………絶対に嫌だな」

 

 私達の居る現場はすっかり静かになった。

 

 さっきまで居たスタッフ達も殆ど居ない。

 

 先輩達と少し離れた場所で私は台本を見た。

 

 私の思い描くママはきっとああするはずだ。

 

 あれがやるべき演技として正しいはずだ。

 

 なのに監督は何度も駄目と言った。

 

 何も分かってないと真は言いたげだった。

 

『アイの虚像を見るだけのお前に勝ち目は無い』

 

「一体何が………私の演技に足りないんだろう」

 

 そんな言葉が私の口から思わず出た。

 

 彼奴の言葉が棘のようにズキッと刺さった。

 

 どれだけ考えてみても答えが分からない。

 

「お前の演技自体はこの映画で十分に通用する。小細工なんて使わずともな。お前に足りないのは欠けたピースに気付く事だけだ。答えはもうお前の中にある」

 

 私が思わず俯いてると後ろから声がした。

 

 反射的に振り向いてみるとそこにはアクアが居た。

 

 手には缶のココアが握られている。

 

「アクアに聞く事なんて……何もない。私は私のやり方でママを演じる。聞いてないのに口出さないでよ」

 

「そうだな。悪い。余計な事を言った。けど、これはあくまで独り言だ。参考にするしろしないにしろお前の好きにすれば良い。俺達も好き勝手やってるしな」

 

「私は………アクア達を許すつもりはないよ」

 

「ああ、知ってる。許されるつもりなんてない」

 

 アクアはそう言いつつココアを私に渡した。

 

 少し肌寒かったからココアの温かみが嬉しい。

 

 緩めたくないのに表情が僅かに緩んでしまう。

 

 あの頃のように普通に接してしまう。

 

「監督が撮りたいのはあくまで本物の『星野アイ』。B小町のアイドル『アイ』じゃない。お前は演じるものがそもそも間違ってるんだよ。そりゃこうなる」

 

「………だって、そんなの台本に書いてなかったし」

 

「何もない所から脚本の意図を読み解くのも役者の仕事だ。現に有馬やあかね、MEMちょ達はそれをやってる。お前には……そういうの多分無理だろうけど」

 

「人を馬鹿にして。私にだってそれぐらい出来るよ」

 

「馬鹿にしてる訳じゃない。向いてないってだけだ」

 

 私とアクアは互いに顔を見せる事は無かった。

 

 互いに背中合わせで独り言をポツポツ言った。

 

 顔を見せ合うのは、何となく違う気がした。

 

 けれど、その会話は昔のものと酷似していた。

 

 何も知らなかった頃思い出す程だ。

 

「……あかねちゃんの撮影が終わったみたい。監督達がもうそろそろで来るだろうし……私はもう行くね」

 

 しばらくすると現場がまた騒がしくなり始めた。

 

 思ってた以上に撮影が早く終わったようだ。

 

 残っていたココアを飲み干して私は行く。

 

「この映画のアイは、俺達が知るアイを思い描いて書いた。そしてそのアイを、誰よりも知るのは俺達だ。彼奴に負けて悔しいんだったら……お前の演技を見せつけてやれ。何時までも子供のままじゃないって」

 

 アクアもそう言いつつその場を去った。

 

 やっぱり背中合わせで顔は互いに見せ合わない。

 

 それでも何故かアクアの表情が分かる。

 

 何時も通り優しい顔をしているに違いない。

 

「ごめんなさい。ご迷惑かけて。もう大丈夫です」

 

 監督が来て早々さっきの撮影が再会した。

 

 現場には失敗するのではという空気が漂ってる。

 

 そんな空気の中で真はやっぱりこっちを見てた。

 

 その瞳は真剣そのもので真っ直ぐ私を捉えている。

 

 彼奴の顔を改めて見ると見定めてるように見えた。

 

「リテイク14。カット34スタッ!」

 

 真の言う通り私はママをちゃんと見れてなかった。

 

 見てたはずなのに何も分かっていなかった。

 

 どんな顔していたかなんて考えもしなかった。

 

(ママは………自分の気持ちを隠してたんだよね)

 

 少し考えてみれば分かる事だ。

 

 ママは女手一つで私達を育てた。

 

 ミヤコさん達の助けはあったけど苦労してた。

 

 自分の弱さなんて出す余裕なんて無かった。

 

 そんなママが何も考えてないなんて有り得ない。

 

 テレビで見た明るい感情だけな訳ない。

 

(それなら、ママはきっとこうする)

 

「皆。おはよー。今日も元気ー?」

 

 たった数言。たった数秒の演技。

 

 多くの演者にとっては大した事ないだろう。

 

 それでも私はそこにママの影を感じた。

 

 それはきっと虚像なんかじゃない。

 

「はい。オッケーです!次のシーン行きます」

 

 今の私の演技に監督は駄目出しをしなかった。

 

 隣の真はというとやれやれと言いたげだ。

 

 スタートラインに立てたという事らしい。

 

「あら。良い感じじゃない。14回目でやっとだけど」

 

「正直違いが分からないんだけど……どういう事?」

 

「アイさんは、心の内側に色んな感情を隠してた。人に見せたい綺麗な感情(もの)も。人に見せたくない醜い感情(もの)も。ルビーちゃんはそれを上手く演じたんだよ」

 

「まぁそゆ事。初めてにしては上出来じゃない?」

 

 カメラから離れると先輩達が私を出迎えた。

 

 とりあえず失敗を取り返す事は出来たようだ。

 

 アクアの独り言が……あってこそだけど。

 

(それでも少しは………ママに近づけたのかな?)

 

 私は人知れずそんな事を思った。

 

 仕事を楽しいと思うのは久しぶりだ。

 

 いつの間にか胸の痛みはすっかり消えていた。

 

 まるでそんなもの初めから無かったみたいに。

 

 

 

 

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