斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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47 過去と今と後悔と

 

 

 アイの境遇はあまり恵まれたものじゃない。

 

 彼奴もまた誰かに愛された記憶を持ってない。

 

 前世の俺と同じ親に捨てられた人間の一人だった。

 

「彼と私の話をするね。どこから話そうか。そうだなぁ。まず私がアイドルになった時の話から始めるね」

 

 マイクの前で声優がナレーションを読み上げる。

 

 俺はその様子を椅子に座り別室で見ていた。

 

 隣の椅子にはグラサンが座っている。

 

「何となく察してはいたが、やっぱり施設の出身だったんだな、アイって。どおりでやたら抜けてた訳だ」

 

「出自を聞いて、思う所はあったか?」

 

「別に。つーか興味ない。アイはアイだろ」

 

 そもそも俺も前世は施設の出身だ。

 

 そんなもの一々気にしていたらキリがない。

 

 どんな背景があろうとそいつはそいつだ。

 

 グラサンはそんな俺にそうかとだけ返す。

 

「施設の生活に嫌気が差していた私は、脱走して東京へ逃げた。後先なんて考えてなかったけど、どうにかなると思った。だって、私は可愛いし」

 

「そうはならねぇだろ。彼奴やっぱアホだ」

 

 俺はナレーションに思わず一人でツッコんだ。

 

 いくら何でも考えなしにも程がある。

 

 前世の俺ですらもう少し色々と考えてた。

 

 無鉄砲の一言で片づけられるレベルじゃない。

 

「彼奴の母親。今は片田舎で一人暮らししてて、こないだアクアと交渉も兼ねて初めて会ったんだが……泣いてたよ。出来る事なら会いに行きたかったって」

 

 アイの母親の名前は星野あゆみ。

 

 母子家庭で小さかったアイを育てていたそうだが、けちな窃盗の罪で数十年前に警察によって逮捕。

 

 釈放された後に失踪して、アイの前から姿を消し、アイから逃げるように地方を転々としていたらしい。

 

 そしてあまり………良い母親ではなかった。

 

「いくら消そうとしても親への未練は完全に消せない。いくら心の奥に追いやっても、例え相手が外道だとしても、不意に蘇ってくる。彼奴がアイドルをやってたのは………母親に会う為でもあったのかもな」

 

 もしそうだとしたら皮肉な話だ。

 

 悪いのは間違いなく母親だが実に報われない。

 

 アイが母親と会う事はきっと無かった。

 

 才能は人の人生を良くも悪くも左右する。

 

 そしてそれは周囲の人間を壊す事もある。

 

 けれど、彼奴はそれに縋るしかなかった。

 

 それだけが彼奴が唯一縋れる物だった。

 

 自分の願いを叶える為の数少ない手段だった。

 

 才能というのはつくづく歪で残酷だ。

 

「俺があの日、彼奴に声を掛けたのが本当に正しかったのか……今でも考えるよ。借金まみれでギリギリだった弱小事務所より、大手の事務所に拾われた方が幸せだったんじゃないかって……何度も思った。俺が彼奴にしてやれた事なんて……たかが知れてるしな」

 

 グラサンはふとそんな事を言い出した。

 

 その表情はサングラスに隠れて見えない。

 

 相変わらず一人語りが欠伸が出るほど長い。

 

「だったら、グラサンは、仮にもう一度同じ事があったら、アイに声を掛けないのか?話す事も顔を合わす事もせず、何もせず黙ってその場を立ち去るのか?」

 

 俺はただ静かにそう言葉を返した。

 

 下らんタラレバ話に付き合う趣味はない。

 

 その言葉にグラサンは黙って考え込んだ。

 

 どう答えるかなんて分かり切ってる。

 

「……いいや、俺はきっと同じ事をする。何度繰り返しても、何度後悔しても、きっと同じ選択をする。俺が彼奴をスカウトしないなんて事は……有り得ない」

 

 グラサンはそうはっきり断言した。

 

 詰まるところそれが答えだ。

 

 いくら考えを巡らせようと無駄でしかない。

 

「彼奴の居た環境が良かったなんて、言うつもりは俺にはない。アイドルとしての彼奴は何時も楽しそうだったが、それと同じくらい何時も孤独で寂しげで、それをずっと隠してた。そしてその環境をどうにか出来なかった責任は……紛れもないアンタにある」

 

 俺がアイを推せなかった理由はきっとそれだ。

 

 今にも泣きそうな奴を推す趣味なんて毛頭ない。

 

 グラサンは今までずっとその事に気付けなかった。

 

 気付いていたのに何もせず自分の仕事を怠った。

 

 彼奴の嘘を見抜いてやる事が出来なかった。

 

 つくづく間違いを、愚かな選択をした。

 

「だが、全部が間違いだと言うつもりも俺にはない」

 

 それでも確かに、その選択に意味はあった。

 

 その選択が無かったら、今という時はない。

 

 アクアとルビーも産まれる事は無かった。

 

 その愚かしい選択のお陰で、俺という人間は居る。

 

 選択そのものを恥じるなんてのは見当違いだ。

 

「まぁ確かに……それもそうだな。全部が全部間違いだなんて言ったら……彼奴に怒られちまう。自分の言った事の責任ぐらいは……ちゃんと取らないとな」

 

 グラサンは溜め息混じりに息を吐いた。

 

 顔に似合わずつくづく繊細で面倒な父親だ。

 

 そんでもって律儀というか無駄に義理堅い。

 

「そんな時に私と社長と出会った。いわゆるスカウトというやつだ。私は抹茶ラテに釣られて店に入った」

 

「それはそうとグラサンがムショ送りになってないのは絶対間違いだけどな。不審者要素のバーゲンセールのくせして、なんでこれで捕まってねぇんだよ」

  

 ただし、これに関しては見当違いじゃない。

 

 台本を読んだ限り当時のグラサンの服装は、背丈もあって厳ついスーツにヤクザ顔負けのサングラス。

 

 しかも、肝心の話し掛ける相手は中学生。

 

 そして極めつけの菓子で子供を釣る発言。

 

 どう考えても警察案件でありロリコン案件だ。

 

 俺がその場に居たら即警察に通報してる。

 

 これで釣られるアイもアイでやっぱアホだ。

 

 危機管理能力が限りなくゼロに近い。

 

「それは、その、あれだ。サングラスは俺の、アイデンティティだし、何となく喉乾いてると思ってだな」

 

 俺の言葉にずっこけるもロリコンは反論した。

 

 だが、どっかからどう見ても完全に言い訳だ。

 

 何処をどう切り取ってもロリコンの不審者だ。

 

「だとしてもこれはねぇだろロリコン。サングラス外してから口を開け。少しは人間に戻る努力しろ。こんなんだからキャバクラでヤケ酒キメて嬢にウザ絡みした挙句、店から出禁喰らって追い出される羽目になるんだろ。仕事終わったら大人しくお勤めして来い」

 

「誰がロリコンだ!人を犯罪者扱いすんな!何度言うが俺の本体はサングラスじゃねぇ!つーか、なんでお前がそのエピソード知ってんだよ!?」

 

「この前ミヤコが愚痴混じりに言ってたんだよ。その他諸々のやらかし含めてな。何やってんだよ馬鹿」

 

 俺の言葉にグラサンは大きく頭を抱えた。

 

 過去にも似たような事があったらしい。

 

 俺はそんなグラサンを養豚場の豚を見る目で見た。

 

 一人語りした奴への罰としては調度良いだろう。

 

 ミヤコがコレと結婚した理由が増々謎だ。

 

 どうせ社長夫人という肩書で釣ったに違いない。

 

「壱護に真。旧『B小町』の2人が見学しに来たわよ………って、アンタ等一体何やってるのよ」

 

 その後結婚理由についてミヤコに聞いてみた所、案の定社長夫人という肩書に釣られて結婚したらしい。

 

 というか、美少年と仕事する為に結婚しただけで、あくまでビジネスパートナーのつもりだったとの事。

 

 本人のやらかしを考えたら妥当と言えば妥当だ。

 

 十数年越しの真実にロリコンはショックを受けた。

 

 (アイ)(アイ)なら(ロリコン)(ロリコン)でやっぱりアホだ。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、お久しぶりです社長。お元気………じゃなそうですね。ごめんなさい。少しやつれました?」

 

「まぁ、ちょっと………色々あってな。気にすんな」

 

「あの頃から随分大きくなったわね!子供の成長はやっぱり早いわ。と言ってもこれが初めましてだけど」

 

「初めまして、たかみーさん。ご活躍の方は父から聞いてます。今日はお忙しいところありがとうございます。詰まらないものですがこちらをどうぞ」

 

 映画『15年目の嘘』の撮影が始まってから数日。

 

 今日は旧『B小町』の2人が撮影の見学に来た。

 

 赤ん坊連れの方がたかみーこと高峰さんで、控えめで高峰さんの影に隠れてるのがニノこと新野さん。

 

 卒業以来という事で社長と真に挨拶をしている。

 

 それはそうと社長にやつれ具合に関しては謎だ。

 

「うわー凄い……先代『B小町』のたかみーとニノだぁ。本物だよ。後で記念撮影お願いしないと」

 

「あれがたかみーとニノ……実物は違うな。役作りもあるし……色々とお話したいな。………それにしても赤ちゃん。アクアは男の子と女の子……どっちが良いのかな?

 

 私達はそんな2人の様子を遠目で見ていた。

 

 本来なら挨拶するべきだろうけど今は撮影の最中。

 

 下手に区切ってペースを乱す訳にはいない。

 

 映画初主演のルビーにとっては尚更だ。

 

「監督、準備できました」「カット51スタッ!」

 

 私とルビーは監督の声を合図に役を演じる。

 

 ルビーは光り輝く主役(アイ)の演技を。

 

 私はその隣に立とうとする脇役(ニノ)の演技を。

 

 それぞれが与えられた懸命に演じる。

 

「いつもニコニコ、ニコニコ。笑顔のニノですっ!みんなー!応援よろしくねーっ!!」

 

 自分の隣で輝く主役(アイ)に負けないよう声を張り上げ、元気な自分を演じて、勢いよく手を振る。

 

 我ながらアイドル活動にも慣れたものだ。

 

 少ないながらもサイリウムの光が見えた気がした。

 

 けれど、そんな光もあっという間にかき消される。

 

「ファンのみんな元気ーっ?今日はライブに来てくれてありがとう!私達のライブ楽しんで行ってね!」

 

 主役(アイ)の放ったファンへの挨拶。

 

 その一言に会場全体が揺れ動いた。

 

 輝くサイリウムの数は私より遥かに上だ。

 

 ほんの少しだけど黒い感情が胸を覆う。

 

「今日も最高でした!握手お願いします!」

 

「もし良かったらツーショットお願いしても良いですか?友達に自慢したいので!」

 

 そんな感覚を覚えるのはライブの時だけじゃない。

 

 ある時は握手会でのファンとの交流。

 

 アイと握手をしていたのは私の元ファンだった。

 

 そして残酷にも並ぶファンの数は主役(アイ)の方が上だ。

 

「ほんとーにアイはさぁ。たかみーが居なきゃ何も出来ない子だねぇー。そんなんじゃお嫁に行けないよ」

 

 ある時はライブが始まるまでの休憩時間。

 

 私に言った事をたかみーは主役(アイ)にも言った。

 

 考え過ぎだろうけど贔屓されてる気がした。

 

(顔も良くて、人気もあるっていうのに………)

 

 胸の黒い感情は厚くなってもう落とせない。

 

 その想いは強くそれ程までに重くなっていた。

 

 愛とも呪いとも、その両方とも言える程に。

 

「私の物まで……もってかないでよ………」

 

 ああ、本当、私の目の前から居なくなって欲しい。

 

「はい!オッケーです!チェック入ります!」

 

 役に飲み込まれかけた最中に声は響いた。

 

 カメラが無くなって直ぐ脱力感を一気に感じる。

 

 私とした事が演技にのめり込み過ぎたらしい。

 

「先輩、大丈夫?飲み物貰って来ようか?」

 

 そんな私を気遣ってルビーは飲み物を手渡した。

 

 私と同じ量の演技をして疲れていないらしい。

 

 そんな折リテイクが無かった事にふと気づいた。

 

 今回ルビーは一度たりともミスをしてない。

 

 マグレかもしれないけど着実に成長してる。

 

 私と同じかそれ以上の才能かもしれない。

 

(演技にのめり込み過ぎるのは、やっぱり駄目ね。自分と役の感情がごっちゃになる。そういうのも時に必要だけど、今回は駄目。自分の本心を抑えられない) 

 

 喉元まで出かかった言葉を私は飲み込んだ。

 

 こんな事を口にしてもどうしようもならない。

 

 何とも言えない不快感が胸の奥に広がった。

 

 これを言ってしまったら取り返しがつかない。

 

「平気よ。これぐらいどうって事ないわ」

 

 私は演技が終わって尚も嘘をついた。

  

 自分の気持ちに気付かないフリをした。

 

 それが一番だと自分自身に言い聞かせた。

 

 未だに残る黒い感情を見ないようにして。

 

「えーっ!私ってこんだっけなぁー!正直見てて性格悪っ!そりゃ昔から皆にアレコレ言ってたけど!それも100%愛情だったし!ほらニノ!そんなとこ居ないでこっち来なさい!しゃんと立って!」

 

「うん………わかってる。ごめん、ごめん」

 

 それからしばらく経って今日分の撮影が終了。

 

 少し休憩を挟みつつ私達は2人に挨拶をした。

 

 リラックスしつつ思い思いに会話を交わしていく。

 

「あの、すいません。色々とお話聞いても良いですか?演技の参考にしたいので」

 

 しばらくして私は新野さんに話し掛けに言った。

 

 ファンのMEMちょや役を演じるあかねに囲まれ、楽しそうにしてる高峰さんとは対照的に、新野さんは少し離れた場所で静かにしていた。

 

 まるで来る事を望んでなかったみたいに。

 

「それって……言わなきゃいけない話?」

 

「聞けたら役作りに活かせます。高峰さん役の子。役作りが凄いって評判なんです。それにアイさんの役の子。役者としては無名ですけど撮影の度にどんどん上手くなってて、ほんの少しですけど正直焦ってます」

 

 実力で自分が劣ってると思った事は一度もない。

 

 けど、対抗意識が無いかと言えば噓になる。

 

 黒川あかねには私にない実績や知名度、役作りの理解があって、MEMちょには思い切りの良さがある。

 

 この中で経験が一番少ないルビーに至っても、時折才能の片鱗を見せる事があって少しも油断出来ない。

 

 全員倒すべき役者としての私の()だ。

 

「何があっても、負けたくないんです」

 

 私は無意識のうちに強く手を握っていた。

 

 いつの間にか気持ちが表に出てしまった。

 

 まるで小さかった子供の時みたいだ。

 

 あと少しで成人なのに何をやってるんだろう。

 

「ふふ、良いね。そういうの。『B小町』にはそういうの無かったからさ。羨ましいよ。……本当にね。アイに勝とうなんて……私達は考えもしなかったから」

 

 私が何となく気恥ずかしくなって、視線を逸らしていると、新野さんがふと口を開いて話を始めた。

 

 その口ぶりは重くとても静かなものだ。

 

「アイが『B小町』に入ってからファンが増えて、私達皆の露出も増えて、初めは嬉しかった。けど、何て言うのかな。何時しか分かっちゃったんだ。いくら努力しても、頑張っても、誰もアイには勝てないって」

 

 新野さんは一人で話を続けた。

 

 その口ぶりは少しずつ重くなっていた。

 

 目に宿る光もまた輝きを失っていく。

 

「その気持ち……理解できるとは言いません。けど、分かります。隣立てないって……苦しいですよね」

 

「アイはアイなりに頑張っているのは知ってたし、忙しい中、愚痴も言わずハードな仕事をこなしてたんだからさ。分かってはいたのよ。アイは悪くないって」

 

 私の胸にへばりつく黒い感情が疼いた。

 

 役としてのニノの感情が一気に湧き上がる。

 

 それと同時に自分の中の黒い感情にも気付いた。

 

 否が応でも、気付かされてしまった。

 

「けど、やっぱり駄目。妬みとか嫉妬が幾らでも出てくる。はっきり言って嫌いだったよ。大嫌いだった。この世からずっと消えて欲しかった」

 

 私の思いを他所に新野さんは吐き出した。

 

 これまで溜め込んだ怒りを、恨みを、絶望を。

 

 その思いは言葉だけでは表現できない。

 

「本人に直接言った事すらある。死んでくれって。そしたら本当に死んじゃうんだもんね。なのに、アイは私の記憶からは消えてくれない。ずっと覚えてる。いくら私が攻撃的な投げつけても、突き放しても、アイは私を愛そうとしていた。なのに、私は───」

 

「後悔しているんですか?過去の自分の過ちを。失礼。手渡し忘れた菓子折りの方を渡しに来ました」

 

 新野さんが思わず泣き出そうとしたタイミングで、何処からか見計らったかのように真が現れた。

 

新野さんは菓子折りを受け取りつつ真を見る。

 

「……ええ、そうね。ずっと、ずっと、後悔してる」

 

「彼奴がもし此処に居たら、きっと笑って貴女を許しますよ。何時だって、彼奴はそういう奴でしたから」

 

 そんな彼女に対し真は懐かしむように言った。

 

 よく考えてみたらアイは社長の義娘。

 

 更に言えば真にとってただ一人の義姉だ。

 

 彼奴なりに思う所があったのかもしれない。

 

「アイが、私の事を笑って許す?……ふっ、ふふっ。ははっ、はは……ははっ、とても面白い冗談ね」

 

 そんな真の言葉に新野さんは笑った。

 

 笑って、笑って、笑い続けた。

 

 まるで壊れてしまった機械のように。

 

「いいや、違う。本物のアイはそんな事言わない。きっと私が知る本物のアイなら、私の望み通り『そんな事言ったっけ』って言う。あの子は私の言葉で傷ついたりしない。いちいち覚えてすらいない。あの子は最強で無敵のアイドル様なんだから

 

 新野さんはドス黒い目で真を覗き見た。

 

 その目には欠片の光も宿っていない。

 

 それどころか憎悪にも似た感情が宿ってる。

 

「完全無敵のアイドル。それは貴方の作り出した幻だ。彼奴はアホで、馬鹿で、間の抜けた、何処にでもいる普通の人間だ。そんな物はこの世に存在しない」

 

 それに対し真もまた目の光を消し無表情になった。

 

 こうも激しく反論する彼奴の姿なんて初めて見た。

 

 口調こそ丁寧だけど内心を隠せていない。

 

 新野さんはそんな真により一層憎悪募らせる。

 

「少し前の記者会見で、貴方言ってたわね。何時か芸能界をアイをも超える輝きが見れるような、より良き場所にするって。あれ、まさか本気で言ってるの?」

 

「ええ、勿論。アイは確かに天才だ。アイドルとしての実績は凄まじく、他に類を見ない。だが、それ以前に一人の人間だ。一人の人間が成し得た事なら、必ず誰かが成し遂げる事が出来る。そしてその偉業を誰かが超え、新たな偉業に塗り替える事も必ず出来る。それまでの道を創る事こそが私の仕事ですので」

 

「あー、なるほど。確かに貴方、アイの義弟ね。あの子と同じで普通じゃない。何処までも狂ってる。あの子の映画を撮ろうだなんて、言い出すだけの事はある。だって、星野アイは唯一無二で、星野ルビーは所詮偽物。そんな馬鹿げた事、絶対に無理だもの」

 

「偽物か本物かどうか大した問題じゃない。それ以前にどちらも比べるものじゃない。過去を幾ら振り返ろうと貴女の勝手だが、私達は今を生きている。貴方の後悔(かこ)を私達に押し付けるのは辞めて貰いたい」

 

 真と新野さんは互いに睨み合った。

 

 ほんの数十秒。5分にも満たない時間。

 

 にも関わらず空気は重く、激しく緊迫した。

 

 その間、私はまともに息が出来なかった。

 

 しばらくして新野さんは席を立った。

 

 そしてそのまま何も言わず立ち去って行った。

 

 明確に苛ついていた事だけは確かだ。

 

 その姿を真もまた何も言わずに見送る。

 

「何なのよあの人……こわぁ。えっ、ヤバい人?情緒ぶっ壊れてるって!アンタもアンタで怒らせるような事……わざわざ言わないでよ。アンタらしくもない」

 

 しばらく経って影も形も見えなくなった頃。

 

 私はようやく息を吸って文句を言った。

 

 鳥肌は一向に収まる気配がない。

 

「悪い。頭に血が登ってた。巻き込むつもりは無かったが、今しかチャンスが無かった。……だが、これで確かめる事が出来た。手土産を丁重に用意した甲斐があたってもんだ。これでようやく全てハッキリした」

 

 私が恐怖を覚えたの新野さんだけじゃない。

 

 今まで感じた事のない真の激情に対してもだ。

 

 確かに真の虚ろな目は何度も見た事がある。

 

 ………けど、今回のあの目は、何かが違った。

 

 あの目の奥には本当の意味で何も無かった。

 

 その瞳の奥に飲み込まれる錯覚を覚えた。

 

 もう二度と帰って来れないかと思った。

 

「今あった事は全て忘れろ。それがお前自身の為だ。お前等は自分のやるべき事にだけ集中すればいい」

 

 真の顔にはいつの間にか感情が戻っていた。

 

 その上で関わるなとハッキリ言ってきた。

 

 さっきと今で切り替えが驚くほど速い。

 

 尤も私もどう返してやるかなんて決まってる。

 

「あっ、そう。ならお望み通り忘れる事にするわ。アンタが何するかなんて、私興味ないもの。どうぞ勝手にやってろって感じ。というか、関わっても碌な事にならなそうだし」

 

「お前にしては素直かつ懸命な判断だな。明日は隕石が振るらしい。……避難場所を探さないと」

 

「ふざけんなよ。誰が隕石発生装置だコラ。」

 

 私は丸めた台本でクズの頭を強く叩いた。

 

 クズが文句を言うが聞こえないフリをする。

 

 きっとこれが話せない内容なのだろう。

 

 ならわざわざ関わってやる義理はない。

 

 仮に私が何かやろうと、やるまいと、此奴はどうせ全部無視して、自分勝手に自分のやるべき事をする。

 

 何処まで行ってもそういう奴なのだ。

 

 それならば放っておくに限る。

 

「それはそうとついさっきの演技、役の感情に飲まれかけてたな。ついでに言うと自分に嘘を吐いたな」

 

 私がそんな事を考えていると真が口を開いた。

 

 ついさっき演技を何処からか見てたらしい。

 

 そんでもって此奴にはやっぱり隠し事は無理だ。

 

 ほんとドン引くレベルの察しの良さをしてる。

 

「まぁ、ちょっと、流石にヤバいと思ってね。仕方なかったのよ。それを口に出したら全部お終いだし」

 

「吐くべき嘘は確かにある。仮に全人類が本音で話そうものなら大変な事になるしな。だが、溜まり溜まった嘘が降り積もって、何時か爆発するのもまた事実。お前はそれを一体どうするつもりだ?」

 

 真はそう言って溜息交じりに息を吐いた。

 

 私だってそれぐらいの事は分かってる。

 

 どれだけ上手く嘘を吐いてもそれは永遠じゃない。

 

 ただ問題を先送りにしているだけだ。

 

 どうにかしたいのなら正面から向き合うしかない。

 

「別にどうもしない。さっさと口にして楽になるだけ。人の妬みや嫉妬なんて所詮そんなものよ」

 

「ああ、そうか。なら、さっさと片付けろ。面倒事の二の舞も、巻き添えを喰らうのも御免だからな。そういうのはお前等自身でどうにかしろ」

 

「そんな事は分かり切ってる。わざわざアンタに言われるまでもない。あんま私を舐めんな」

 

 だから、私は真にそう言ってやった。

 

 お望み通り私は私のやる事をやるだけだ。

 

 それを聞いた真は何処かに去って行った。

 

 これ以上の口出しをするつもりはないらしい。

 

「あー、ほんと。私も大概どうしようもないクズね」

 

 それからしばらく経って事務所に帰った後。

 

 私はルビーの練習に付き合った。

 

 監督に駄目出しされた所が上手く出来ないらしく、ルビーの日が暮れてもなお延々と続いた。

 

 それでも上手く出来なくてルビーが涙を流した頃。

 

 私は隠してた本音を全て露わにした。

 

 どうしようもない妬みや嫉妬をあの子にぶつけた。

 

 その結果友達を失うかもと理解した上で。

 

 

 

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