「カット。リテイク!」「カット。もう一回!」「カット!!」「カット!!」「リテイク!!」
一体どれだけのミスをしたんだろう。
途中から嫌になって回数なんか数えてない。
肩に重く疲労と焦りが伸し掛かっていく。
「いいか?此処の部分は『星野アイ』の人物像を明確化するのに必要不可欠。逆に言えば此処でコケると全部パーだ。使えるもんは全部使って感情をもっと引き出せ。お前にとって
監督は撮影終わりにそんな事を言った。
撮影のスケジュール的にこれ以上ミス出来ない。
事務所に戻った私は台本片手に練習をした。
大粒の汗が肌を伝い床に吸い込まれていく。
(そんな事言われたって……私にも分からないよ)
私の記憶に居るママは常に笑ってた。
仕事の悩みも疲れも私達に見せなかった。
常に『B小町』の『星野アイ』だった。
どんな事を考えてたかなんて想像出来ない。
(私、ママの事………これっぽちも知らないや)
ファンだから何でも知ってると思ってた。
娘だから何でも理解してると思ってた。
けど、実際のところはそんなんじゃない。
ママがどんな人か私は何一つ言えない。
アイドルじゃないママなんて想像もしなかった。
虚像を見るだけと言われても何も言い返せない。
「なーに泣いてんのよ。アンタらしくもない」
そんな私に先輩はハンカチを渡した。
気付けば座り込んで泣いてしまっていた。
先輩からハンカチを借りるも涙止まらない。
目の奥から頬を伝って零れ落ちていく。
「………とにかく、とにかく、悔しくて」
ママの過去を私は台本越しに知った。
アイドルになった理由も、色んな苦労も。
全部台本越しに十数年越しに知った。
本当なら直接聞くべきものだったのに。
自分から知るべきもののはずなのに。
何も分からないまま私はママを演じてる。
これじゃあアクア達をどうこう言えない。
「今日はもう程々にして休みなさい。片付けなら私がやっておくから。回れ右してさっさと家に帰る」
「私の心配なんてしなくて良いから。そっちこそ早く帰って家で休みなよ。明日だって仕事あるんだし」
「あら心配してくれるの?。そんな風に思ってくれるなんてすっごい意外。明日はお互い別の仕事なのに」
「そりゃ仲間の心配ぐらいするよ」
「何時まで経っても先輩を敬わないし、口の利き方だって直さないし、最近じゃ自分勝手に仕事するし、仲間意識なんてとっくに忘れてると思ったわ。さもなくば脇役AもしくはBぐらいかに思われて───」
先輩の言葉に私はカッとなった。
涙もいつの間にか引っ込んでいた。
口が悪いのは知ってるけど限度がある。
「
私は思わず大声で先輩に向かって怒鳴った。
そんな風に思った事は一度もない。
いくら帰らせたいからってそれはないだろう。
そんな私の姿に先輩はほんの少し驚いてた。
これでも一応家族の次に大切な人のつもりだ。
「………ねぇ。どうしてそんなに頑張るのよ?」
静まり返った一室で先輩はそう言った。
背中合わせでお互い表情は見えない。
「頑張って当たり前でしょ。私が演じるのは私のママだもん。この映画は絶対成功させなきゃいけない」
この映画は『星野アイ』を生かす為の作品。
そして私達の父親を殺す為の作品。
フリルちゃんが言ってた『星野アイ』を生かす為ってのはよく分からないけど後者はハッキリしてる。
この映画が世に出れば犯人捜しが始まる。
沢山の時間が掛かるかもしれないけど、私達の父親は確実に見つかって、社会的に必ず抹殺される。
それで上手く行くようならそれでいいし、私達の父親が現れて邪魔をするようなら、
復讐達成の機会はきっとこれが最初で最後。
失敗なんて出来ないし絶対に逃さない。
「それにこんな気持ち、背負うのは私だけでいい。アクアに社長、ミヤコさん……それに真。皆ちゃんと前向いて、夢に向かって、未来に向かって歩いてる。後ろを向いているのは、未来が見れないのは、何も無いのは、私だけ。ちゃんと全部、私が終わらせないと」
アクアの言ってる事は全部正しい。
復讐なんて誰も望んでないし何にもならない。
ママとせんせにはもう二度と会えない。
間違いだって事ぐらい嫌気が差すほど分かってる。
けど、彼奴は私の大切の人を2人も奪った。
そんな奴がもう奪わないなんて保証は無い。
あんな思いをする位なら、死んだ方がマシだ。
もう二度と、誰も居なくならないで欲しい。
「だから、どうしても、ママを理解したい。私の知らないママを知りたい。良い演技がしたいッ……!!」
そんな慟哭が思わず部屋中に響いた。
小さくて何も出来なかった子供の頃と同じだ。
どうしようもない感情が胸の奥で暴れてる。
引っ込んだはずの涙が零れそうになる。
「ふーん……そっか。それがルビーの頑張る理由か」
私の慟哭が多少なり落ち着いた頃。
さっきまで黙り込んでた先輩は一人立ち上がった。
その表情は背中合わせでやはり見えない。
近くにあったはずの温度がスッと消える。
「どんな理由か期待してたけど、ほんと下らない。自分勝手に背負い込んだ気になって、一人で勝手に焦った挙句、未来どころか目の前すらまともに見れてない癖に、何が良い演技がしたいよ。笑わせんな。自分一人で何でも出来るだなんて、思い上がりも甚だしい」
すると突然部屋の空気が凍り付いた。
その声色はまるで別人かのようだった。
恐る恐る顔を上げると先輩の顔が見える。
その表情からは一切感情が読み取れない。
「ルビー、悪いけど、仲間だなんて思ってるのはアンタだけよ?そもそも私がアイドルをやる羽目になったのは、全部アンタのせい。アンタがアイドルになるなんて言い出さなかったら、私は役者一本で働けてた」
「………なに、それ。どういう、こと?」
無表情のまま淡々と話す先輩に私は困惑した。
その瞳は酷く歪み光を宿していない。
何を言ってるのか全く理解出来なかった。
何一つ理解なんてしたくなかった。
「私はアンタの引き立て役になる為、踏み台になる為に、アイドルに仕立て上げられた。アンタがアイドルとしての才能を持っていたばっかりに、御守り役をクズに押し付けられて、やりたくもない仕事をこの2年間やらされてた。そうでなかったらアイドルなんてリスクの高い仕事……わざわざやる理由なんてない」
それでも尚、先輩は言葉を続けた。
目を向けたくない真実を私に見せつけた。
溜まり溜まっていたものを吐いて捨てる。
「そんな私が、アンタをどんな風に思っていたのかなんて、大体察するでしょ。私が何年も掛けて築いた経歴を、アンタはたった2年やそこらで築いた。私にとっての十数年を、アンタは否定した。その才能を間近で見ていた私が、それをどれだけ羨んだか分かる?」
『妬みや嫉妬なんてない。そんな訳ないでしょ!?』
先輩の罵声が部屋中に響いた。
その言葉を前に私は何も出来ず何も考えられない。
ただ、無力に、座り込むしかなかった。
ただ、その音を、聞いているしかなかった。
「アンタが居なければって何度も考えた!居なくなって欲しいって思った!お願いだから消えてよッ!!」
これまでの何もかもが、崩れ去れる音を。
「真、お前、有馬に何か言ったか?というか、ほぼ間違いなく言ったよな?どう考えてもお前が原因だろ」
「開幕早々元凶呼ばわりとは人聞きが悪い。そうなる事を選んだのは有馬自身だ。俺は何もやってない」
「そうか。そうか。間接的にお前が原因ってのはよく分かった。今日……無事に生きて帰れると思うなよ」
「おっ、落ち着け!そのトイレットペーパーでどうするつもりだ!?というか、どっから取り出した!?」
キレたアクアは五反田監督に取り押さえられた。
ノンフィクションの事件は洒落にならない。
何時も通り呆れるほどのシスコンっぷりだ。
投げられたトイレットペーパーを俺は避ける。
「遅かれ早かれこれは起こった事だ。ルビーが今後アイドルを続けるならな。それを早い段階でこっちは体験させてやったんだ。授業料としては安いぐらいだ」
その一方で俺はハッキリとアクアに言い切った。
こればっかりは紛れもない事実だ。
なにせアイドルは嫉妬されしてなんぼの仕事。
というか生きる限り嫉妬や不満は幾らでも溜まる。
ルビーは良くも悪くも純粋なせいで、そういう感情にかなり鈍いが、芸能界という他の仕事と比べ、負の感情が剥き出しになりやすい世界に居る以上、何時か必ず明確な嫉妬や不満を直接ぶつけられる事になる。
俺に言わせればそれが先日だったという
その相手が偶々有馬だったという
寧ろハッキリ言われただけかなりマシな部類だ。
罵声より悪質な憎悪の向け方なら幾らでもある。
「それにお前、俺に言ったよな?アイの願いを叶えるって。その為に脚本を作ったって。なら、これぐらい必要経費だって事は、お前が一番分かってるだろ」
俺は正論を前に黙るアクアを鼻で笑った。
シスコン拗らせて本質を見失われるのは困る。
この映画の肝は『本当のアイ』を撮ること。
それが出来ないなら何の意味もない。
それを得るなら賭け金は必要不可欠。
これまでの人生も、経験も、縁も、友情も。
何もかもを賭ける事が
有馬がそれを迷わず選んだように。
「やり方はともかく、それぐらいの覚悟は、俺も必要だと思うぞ。実際、昔「B小町」のドキュメンタリーを作った時、俺は彼奴の奥底は取れなかった。本物の私を撮って欲しいって、彼奴の挑戦状に俺は負けた。それぐらい意気込んでやってかねぇと、リベンジなんてとてもじゃないがやってられん」
カメラを手にしつつ五反田監督はそう言った。
何せ相手は今は亡き過去の人間。
幻を相手に戦っているようなものだ。
本体を引きずり出す意気込みぐらいは欲しい。
「………わかったよ。俺もこれ以上、この事はどうこう言わない。だからって、許した訳じゃないからな」
アクアは少し言いたげであるものの落ち着いた。
ルビー関係になると何時もコレだ。
一々順序だてて説得するのも疲れる。
それはそうとトイレットペーパーについては謎だ。
何処から取り出したのか本当に検討が付かない。
「へいへい。分かってる。それぐらい覚悟してるよ」
「まぁこれがきっかけになりゃ万々歳だ。演者がどう解釈して演技しても破綻しないようにはしてあるが、良い芝居を撮れるってならそっちの方が良い。ルビーには多少無理してでも頑張って貰わねぇと」
「一応聞いておくけど、ルビーにこれ以上の無理をさせたらどうなるか……2人とも分かってるよな?」
「シスコンこわ………分かってる、分かってる」
「ついさっきの台詞何処行ったんだよ」
そんでもってシスコンモンスターぶりは健在だ。
トイレットペーパーで何をどうするつもりだ。
俺と監督はそんなアクアに思わずドン引きした。
此処まで来ると過保護とかの次元じゃない。
目がどう擁護してもイッちゃってる。
ルビーの結婚はとんでもなく先の事になるだろう。
本人にその気があるかは知らんが同情する。
とりあえず血の雨が降らない事を全力で祈る。
「まぁまぁ……そうカッカすんな。お前が考えるほど、悪い結果にはならねぇよ。ルビーなら大丈夫だ」
「そうは言うが……なんの根拠があって」
「有馬かなが傍に居る。それで十分だろ」
五反田監督はアクアを宥めるようにそう言った。
アクアは何処か怪訝な顔をし俺は顔を背ける。
とんでもなく癪だが俺も同意見だ。
「昔は我儘で自分本位の芝居しかしねぇ奴だったが、短い人生の殆どを芝居に費やして、お前等に出会って彼奴は変わった。一丁前に年相応のガキみたいに、楽しそうに言い合いなんかもするようになって、先の事も見るようになって、彼奴は大人になった。有馬かなは何があっても、『B小町』のセンターとして、彼奴にとっての友達として、星野ルビーを絶対守るさ」
「自己中な所は全く治らなかったけどな」
「それは彼奴の個性だ。諦めろ。お前も大概だし」
五反田監督は何処かジジ臭く笑みを浮かべた。
この人と有馬の関係は数十年に及ぶ。
そういった感情を持っていても不思議じゃない。
俺はというとあの日の事を何故か思い出した。
有馬がアクアに負けて泣いた時の話だ。
あれからもう13年。彼奴も随分デカくなった。
(ガキの頃と変わらず自己中で泣き虫なのは相変わらずだが、彼奴は良い顔をするようになった。諦めの悪さはそのままに、自分のやるべき事をちゃんと分かってる。そうでなかったら……俺に啖呵なんか切れない。彼奴の言う通り子供扱いは……もう出来ないな)
俺は2人にバレないよう小さく笑った。
彼奴はもう俺なんかよりずっと大人だ。
放っておいても彼奴は勝手にやるべき事をする。
自分の道を自分で選んで進んで行ける。
随分と手が掛からなくなった。
(本人には絶対言ってやんねぇけど)
そんなこんなで翌日。件の撮影日。
時間になって演者達が現場に集まった。
しかし、その空気はとんでもなく重い。
「うわああぁぁん!マコたん!私もう限界!!」
ルビーと有馬の空気は未だ悪かった。
互いに距離を取って顔すら合わせようとしない。
何なら仕事の打ち合わせすらしようとしない。
やってる事が完全に喧嘩後のガキだ。
せめてその空気を隠す努力をしろ。
MEMちょ泣かして困らすんじゃねぇよクソが。
「本当に大丈夫か?めっちゃ険悪っぽいけど?」
「いや、あれだろ?思春期あるある、ってやつだろ?年頃の女子達ならあんなのしょっちゅう……な?」
「知らないよ」「全国の中学生と高校生に謝れ」
アレと同じにするとか失礼だし不敬罪だ。
年頃の女子はアレの何倍も賢いはずだ。
少なくともアホじゃないし自己中じゃない。
(やっぱり彼奴……産まれたての俺よりガキだな)
騒ぐ監督を横目に俺は涙目のMEMちょを慰めた。
年齢関係無しにMEMちょが一番大人だ。
そしてだからこそ、とんでもなく不憫だ。
彼奴等は一度MEMちょに土下座すべきだと思う。
「まぁ要するにだ。人間いくら成長しても中身は変わらない。変わるのは外見とオツム。馬鹿みたいな恋愛感情と煽りスキルだけ。アホも自己中も一生治らん」
「煽りスキルに関してはお前だけだろ」
ただし、オツムに関しては彼奴等に適用しない。
ルビーは学力方面。有馬は恋愛方面で赤点だ。
それを聞いた五反田監督はしわしわになる。
「あんまり狼狽えるなよ。責任者なんだから。この
そんな五反田監督をよそにアクアは椅子に座った。
どっちが本物の監督だが分かったもんじゃない。
椅子に座って偉そうにするのが責任者の仕事だ。
(新野冬子。アンタは一つだけ正しい事を言った。確かに星野アイは唯一無二だ。尤もそれはルビーにも言えるし事だし、有馬の奴にも言える。誰もが唯一無二で代わりなんて存在せず、頂きに立つ可能性を持っている。それまでの道を歩く覚悟さえ持っていれば)
俺が有馬をスカウトした本当の理由。
それは彼奴の持つ異常なまでの諦めの悪さ。
自分を切り捨てでも我を通そうとする
俺に言わせれば彼奴も十分狂っている。
そうでなかったら俺が来るまでの数十年。
彼奴にとっての黒歴史であり暗黒時代。
何の成果も出ず絶えず不満をぶつけられる日々。
あの
(確かにお前は黒川あかねに負けた。アクアを最終的に救ったのは黒川だった。だが、その可能性を持っていたのは事実。ルビーを『本当のアイ』に近づけられる人間が居るとするなら、それは間違いなくお前だ)
有馬かなにアイのようなカリスマは無い。
アイドルとしてルビー程の才能も無い。
まして黒川のような分析力も持ってない。
MEMちょのような物怖じしない強さがある訳でも、アクアのような手段を選ばない強さがある訳でもなければ、俺のような狂気を宿している訳でもない。
だが、その諦めの悪さだけは一級品。
何かを信じ抜こうとする力は他に類を見ない。
その一点において彼奴は唯一無二だ。
勝ちの目が出るまで戦う強さを持ってる。
「監督。撮影何時でも行けます」
「カット57!アクション!!」
今の有馬かなは
「喧嘩するにしたってさ。なんであんな事……わざわざ言っちゃうかな?」
「あの子への不満はMEMだって抱えてるでしょ。アイドルとして活動し続けて、あの子に嫉妬が無いなんて言わないわよね?」
「……だからこそ、それを口にしたらお終いだよ?」
「うん、わかってる。これであの子と絶交する事になっても、全部私の自業自得。あんなドス黒いものを容赦なく一方的にぶつけたんだもの。友達失格よ」
私があの子と喧嘩をした………いいや、私があの子に一方的な罵声をぶつけて、傷つけた次の日。
案の定、私のルビーの関係は冷え込んだ。
互いに顔も会わそうとせず、会話も全く無い。
まるで赤の他人かのようにお互い振る舞った。
我ながら子供染みてるのは理解してる。
「あの子は心の底から良い演技がしたいって言ってた。自分のママを、星野アイって知りたいって言ってた。そんなあの子に、当事者でもない私がしてあげる事があるとすれば、これぐらいしかないでしょ?」
「だからって……そういうやり方しちゃう?」
「するわよ。その気持ちは痛いほどよく分かるもの」
あの2人が気持ちが今なら何となく分かる。
十分の一すら分かってないかもだけど共感する。
あの子は、可愛くて真っ直ぐで、ビックリするぐらい純粋で、一度決めたら何処へだって走っていける。
今はただ、その行く先を見失ってるだけ。
そんなあの子に全部投げ出してでも、どんな手段を使ってでも、何かしてあげたいと思うのは当然。
まして演技や母親の事なら尚更だ。
「あの子は私よりずっと才能を持ってる。私が『B小町』を辞めて、
私はどの道遠くない未来で『B小町』を辞める。
ルビーやMEMにとってのゴールはアイドルだけど、私にとってのゴールは役者の高みに行くこと。
今じゃないけど何時か道は分かれる。
何時までも傍に居てあげる事は出来ない。
ずっと同じ場所には居られない。
だからこそ、未練も心残りも少ない方が良い。
クズの口車に乗ったのはそれが理由だ。
あの子には早く本当の意味で大人になって欲しい。
安心して私の『B小町』を任せられるぐらい。
「だったらそう、ハッキリ言えばいいのに。マコたんやアクたんも大概だけど、かなちゃんも大概だよね」
「仕方ないでしょ……気持ち自体は
(マコたんなら元からだって……多分煽るんだろうな)
「MEM、今私に向かってなんか言った?」
「うんうん。何も考えてないし言ってないよ」
そうこうするうちに数日が経ち件の撮影日。
私とルビーは互いに何も喋らず現場入りした。
あれからMEMが私達を何度か仲裁しようとしたけど、ルビーが私を無視し続けた上、私自身本心をルビーに明かすつもりが全く無かったので空気は最悪だ。
クズがMEMを慰めつつ呆れ交じりの白い目で一瞬こっちを見るが、クズの意見なんて、どうでもいい事ランキング上位筆頭なのので全力で無視する。
MEMには………後でそれとなく謝るけど。
「アイはさ。良いよね。私とは、比べものにならないんだもん。なんで……こうなるんだろうね」
監督の掛け声とともに撮影が始まった。
『ニノ』の人格が入り込み黒い感情がこべりつく。
胸の奥の本心が激しく揺さぶられる。
(
「私もアイみたいに、生まれたかったよ」
自分と役の感情の境が次第に曖昧になる。
隠してた本心がもう抑えられない。
………けど、今はもう、それでいい。
「なにそれ。私もニノみたいに生まれたかったよ」
「やめてよ。そんなわけないじゃん。そのへんの人の前でさ。私と
『私』の感情も『ニノ』の感情も全部使う。
今此処で何もかもを吐き出して露わにする。
両方とも飲み込んで私の演技の糧にする。
ルビーの演技を無理矢理にでも引き出す。
「どっちの方が魅力的?どっちと付き合いたい?どっちの方が愛おしい?そんなのみーんな、
「そんな事……無いと思うけどなー」
「嘘つき。そうやって適当に何時もはぐらかしてばっかのクセに。そんなこと少しも思ってないんでしょ。私に興味なんて………ないんでしょ」
「ちゃんとあるよ」「嘘つき」
私にとってルビーはライバル以前に友達。
何時も何時も生意気だけどつい許しちゃう。
ニノにとってもきっとそうだった。
だからこそ、悔しかったのよね?
「私だって、頑張ってる。誰よりレッスンして、真面目にやってる。なのにアンタには届かないッ!!」
自分の友達の隣に立てないって事実が。
何一つ頼ってもらえないって事実が。
力になってあげられないって事実が。
本当に欲しいものが手に入らない事実が。
どうしようもなく悔しくって叫びたかった。
「嫌い!!大っ嫌い!!アンタなんて死んじゃえばいいのにッ!!」
一つ歯車が違ったら私もこうなってた。
あまりの無力さに飲み込まれていた。
自分が自分以外の何かになってた。
本当の気持ちに蓋をしてきっと壊れてた。
誰もそんな私を否定してくれないから。
「うん、そっか。なんか……ごめんね」
頬を伝って大粒の涙が流れていく。
『ニノ』の人格も一緒になって消えいく。
あとはきっとルビー自身でどうにか出来る。
私に出来るのはここまでだ。
あとは私なんか気にせず好きにやれば───
「───好き放題言っておいて、ふざけないでよ」
私の背後で何かが割れた音がした。
計り知れない憤りを肌で感じる。
投げられたガラス瓶は粉々に割れていた。
ガラス片に
「どうして?なんでこんなに責められなきゃいけないの?嫌い。皆嫌い。私なんか、悪い事した?」
そこにあったのは何処にでも居る少女の姿。
泣き崩れ憤りを隠せないごく普通の人間。
完全無敵の
「違う。これは違う。こんなのはアイじゃない」
あるスタッフがそんな言葉を溢した。
他のスタッフも同意見と言わんばかりの様子だ。
それでも監督はカメラを止めようとしない。
「そうだ。それでいい。それが虚像なんかじゃない『本当のアイ』。ちっぽけで不完全なお前の母親だ」
とても小さな声で真はそう呟いた。
近くに居た私が辛うじて聞き取れる声。
本人が意図せず発した言葉だった。
その瞳に光は一切宿っていない。
けど、その裏側で、何かが輝いていた。
その輝きに何故か私は見覚えがあった。
遠い昔にその輝きを見た気がする。
「カ……カット。か、確認お願いします」
監督に促されようやく撮影が終わった。
慌ただしい現場に乗じ真はその場を去った。
何時も通りの彼奴らしい自由奔放な振る舞い。
けれど、その後ろ姿を何故か懐かしく感じた。
結局どうしてかは最後まで分からなかったけど。
「どうだったかな?私の芝居」
撮影が終わり現場を出るとルビーが待っていた。
今朝の重苦しい空気はもうない。
寧ろその空気は何処か清々しい。
「アンタが演技初心者ってのがプラスに働いたわね。演技とは違う素の感情っぽい。本物の感情を感じた」
「うん。だって本当に怒ってたから」
そんな会話をしつつ私達は帰路に着く。
「先輩がさ。あんな態度とってきてさ。色々よく分かった。人間ってヤな事あると最初は悲しくて、落ち着くとだんだんムカつくもんなんだって!!あとそれを理解した上であれこれやってくるクズはカス!!」
「うん。そうね。本質としてはかなり浅いけどまぁそうね。最後のクズ関連に至っては真理そのものよね」
その途中私達は2人して何度も頷いた。
こればっかりは否定しようがない。
というより紛れもない事実だ。
彼奴のこれまでのやらかしがそれを物語ってる。
強制『B小町』入りの絶望を忘れた日はない。
ルビーのせい云々は完全に出任せだ。
アレに関しては百億パーセントクズが悪い。
思い出すだけで殺意が湧いてくる。
「それにママの事も少し分かった。友達に酷い態度取られたら悲しくて、理解されないからムカついて、辛い時につい泣いちゃう。私と変わらない一人の人間なんだって。当たり前といえば当たり前なんだけどね」
そんな私に対しルビーは少し照れ臭そうに言った。
その声は数日前と比べてかなり明るい。
あんなクズに苛ついてた自分が恥ずかしくなる。
「そっか。良かったわね。自分の母親の事が知れて」
「うん。でも、だからこそ、引っ掛かるんだ。アクアと真が、どうしてこの映画をわざわざ作ったのかって。フリルちゃんが言ってた『星野アイ』を生かす為の作品って言葉の意味がさ。先輩は何か知ってる?」
「いいや、全く。そっち関連の事は生憎ノータッチ。まぁでも、やりたい事は何となく察するけど」
「この映画………何処までが
「さぁ?とことん脚色してるのは確かじゃない?」
次第に私達の話題は台本の事に移った。
真が副責任者を務めアクアが大筋を書いた脚本。
こうして改めて見ると察する所がある。
現にルビーの瞳には少しの期待が映っている。
あの2人に対する気持ちの狭間で揺らいでる。
許せないけど許したいといった感じだ。
(まぁでも、それを口にするのは流石に野暮か)
きっと私はルビーが求める答えを言える。
あの2人の考えそうな事は大体分かる。
でも、それじゃあ何も意味がない。
人生も答えも自分で選んで探してこそ。
誰かと同じだなんて詰まらない。
この子はこの子らしく前に進んで行けばいい。
「難しい事は、まだよく分かんないけど……とりあえず!私は先輩の友達、やめる気ないから!先輩にとって目障りなのかもしれないけど、しつこくつきまとうから!引き立て役どうこう言う暇ないぐらい、沢山楽しい思い出作りまくるつもりだから!覚悟して!!」
そんな事を考えてるとルビーの顔が迫った。
さっきまでの複雑そうな顔は何処へやら。
目を逸らさず真剣な顔で私を見てる。
少し前の子供の頃に逆戻りしたみたいだ。
この子のこういう真っ直ぐした目に私は弱い。
何だかんだでつい頷いてしまう。
「別にいいけど、振り回すのはやめてよね」
私はそう言いつつ少し目を逸らして頷いた。
そんな私にルビーは満面の笑みを浮かべた。
ついこないだまでの険悪さは何だったのやら。
あー、ほんと、私の友達はとことん眩しい。