斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

48 / 57
48 その輝きに目を奪われて

 

 

「カット。リテイク!」「カット。もう一回!」「カット!!」「カット!!」「リテイク!!」

 

 一体どれだけのミスをしたんだろう。

 

 途中から嫌になって回数なんか数えてない。

 

 肩に重く疲労と焦りが伸し掛かっていく。

 

「いいか?此処の部分は『星野アイ』の人物像を明確化するのに必要不可欠。逆に言えば此処でコケると全部パーだ。使えるもんは全部使って感情をもっと引き出せ。お前にとって(アイ)がどんな人物なのかを考えて具体化しろ。その答えはお前以外誰にも分からん」 

 

 監督は撮影終わりにそんな事を言った。

 

 撮影のスケジュール的にこれ以上ミス出来ない。

 

 事務所に戻った私は台本片手に練習をした。

 

 大粒の汗が肌を伝い床に吸い込まれていく。

 

(そんな事言われたって……私にも分からないよ)

 

 私の記憶に居るママは常に笑ってた。

 

 仕事の悩みも疲れも私達に見せなかった。

 

 常に『B小町』の『星野アイ』だった。

 

 どんな事を考えてたかなんて想像出来ない。

 

(私、ママの事………これっぽちも知らないや)

 

 ファンだから何でも知ってると思ってた。

 

 娘だから何でも理解してると思ってた。

 

 けど、実際のところはそんなんじゃない。

 

 ママがどんな人か私は何一つ言えない。

 

 アイドルじゃないママなんて想像もしなかった。

 

 虚像を見るだけと言われても何も言い返せない。

 

「なーに泣いてんのよ。アンタらしくもない」

 

 そんな私に先輩はハンカチを渡した。

 

 気付けば座り込んで泣いてしまっていた。

 

 先輩からハンカチを借りるも涙止まらない。

 

 目の奥から頬を伝って零れ落ちていく。

 

「………とにかく、とにかく、悔しくて」

 

 ママの過去を私は台本越しに知った。

 

 アイドルになった理由も、色んな苦労も。

 

 全部台本越しに十数年越しに知った。

 

 本当なら直接聞くべきものだったのに。

 

 自分から知るべきもののはずなのに。

 

 何も分からないまま私はママを演じてる。

 

 これじゃあアクア達をどうこう言えない。

  

「今日はもう程々にして休みなさい。片付けなら私がやっておくから。回れ右してさっさと家に帰る」

 

「私の心配なんてしなくて良いから。そっちこそ早く帰って家で休みなよ。明日だって仕事あるんだし」

 

「あら心配してくれるの?。そんな風に思ってくれるなんてすっごい意外。明日はお互い別の仕事なのに」

 

「そりゃ仲間の心配ぐらいするよ」

 

「何時まで経っても先輩を敬わないし、口の利き方だって直さないし、最近じゃ自分勝手に仕事するし、仲間意識なんてとっくに忘れてると思ったわ。さもなくば脇役AもしくはBぐらいかに思われて───」

 

 先輩の言葉に私はカッとなった。

 

 涙もいつの間にか引っ込んでいた。

 

 口が悪いのは知ってるけど限度がある。

 

()()の心配くらい……して当たり前でしょ!!」

  

 私は思わず大声で先輩に向かって怒鳴った。

 

 そんな風に思った事は一度もない。

 

 いくら帰らせたいからってそれはないだろう。

 

 そんな私の姿に先輩はほんの少し驚いてた。

 

 これでも一応家族の次に大切な人のつもりだ。

 

「………ねぇ。どうしてそんなに頑張るのよ?」

 

 静まり返った一室で先輩はそう言った。

 

 背中合わせでお互い表情は見えない。

 

「頑張って当たり前でしょ。私が演じるのは私のママだもん。この映画は絶対成功させなきゃいけない」

 

 この映画は『星野アイ』を生かす為の作品。

 

 そして私達の父親を殺す為の作品。

 

 フリルちゃんが言ってた『星野アイ』を生かす為ってのはよく分からないけど後者はハッキリしてる。

 

 この映画が世に出れば犯人捜しが始まる。

 

 沢山の時間が掛かるかもしれないけど、私達の父親は確実に見つかって、社会的に必ず抹殺される。

 

 それで上手く行くようならそれでいいし、私達の父親が現れて邪魔をするようなら、()()()()()()()

 

 復讐達成の機会はきっとこれが最初で最後。

 

 失敗なんて出来ないし絶対に逃さない。

 

「それにこんな気持ち、背負うのは私だけでいい。アクアに社長、ミヤコさん……それに真。皆ちゃんと前向いて、夢に向かって、未来に向かって歩いてる。後ろを向いているのは、未来が見れないのは、何も無いのは、私だけ。ちゃんと全部、私が終わらせないと」

 

 アクアの言ってる事は全部正しい。

 

 復讐なんて誰も望んでないし何にもならない。

 

 ママとせんせにはもう二度と会えない。

 

 間違いだって事ぐらい嫌気が差すほど分かってる。

 

 けど、彼奴は私の大切の人を2人も奪った。

 

 そんな奴がもう奪わないなんて保証は無い。

 

 あんな思いをする位なら、死んだ方がマシだ。

 

 もう二度と、誰も居なくならないで欲しい。

 

「だから、どうしても、ママを理解したい。私の知らないママを知りたい。良い演技がしたいッ……!!

 

 そんな慟哭が思わず部屋中に響いた。

 

 小さくて何も出来なかった子供の頃と同じだ。

 

 どうしようもない感情が胸の奥で暴れてる。

 

 引っ込んだはずの涙が零れそうになる。

 

「ふーん……そっか。それがルビーの頑張る理由か」

 

 私の慟哭が多少なり落ち着いた頃。

 

 さっきまで黙り込んでた先輩は一人立ち上がった。

 

 その表情は背中合わせでやはり見えない。

 

 近くにあったはずの温度がスッと消える。

 

「どんな理由か期待してたけど、ほんと下らない。自分勝手に背負い込んだ気になって、一人で勝手に焦った挙句、未来どころか目の前すらまともに見れてない癖に、何が良い演技がしたいよ。笑わせんな。自分一人で何でも出来るだなんて、思い上がりも甚だしい」

 

 すると突然部屋の空気が凍り付いた。

 

 その声色はまるで別人かのようだった。 

 

 恐る恐る顔を上げると先輩の顔が見える。

 

 その表情からは一切感情が読み取れない。

 

「ルビー、悪いけど、仲間だなんて思ってるのはアンタだけよ?そもそも私がアイドルをやる羽目になったのは、全部アンタのせい。アンタがアイドルになるなんて言い出さなかったら、私は役者一本で働けてた」

 

「………なに、それ。どういう、こと?」

 

 無表情のまま淡々と話す先輩に私は困惑した。

 

 その瞳は酷く歪み光を宿していない。

 

 何を言ってるのか全く理解出来なかった。

 

 何一つ理解なんてしたくなかった。

 

「私はアンタの引き立て役になる為、踏み台になる為に、アイドルに仕立て上げられた。アンタがアイドルとしての才能を持っていたばっかりに、御守り役をクズに押し付けられて、やりたくもない仕事をこの2年間やらされてた。そうでなかったらアイドルなんてリスクの高い仕事……わざわざやる理由なんてない」

 

 それでも尚、先輩は言葉を続けた。

 

 目を向けたくない真実を私に見せつけた。

 

 溜まり溜まっていたものを吐いて捨てる。

 

「そんな私が、アンタをどんな風に思っていたのかなんて、大体察するでしょ。私が何年も掛けて築いた経歴を、アンタはたった2年やそこらで築いた。私にとっての十数年を、アンタは否定した。その才能を間近で見ていた私が、それをどれだけ羨んだか分かる?」

 

『妬みや嫉妬なんてない。そんな訳ないでしょ!?』

 

 先輩の罵声が部屋中に響いた。

 

 その言葉を前に私は何も出来ず何も考えられない。

 

 ただ、無力に、座り込むしかなかった。

 

 ただ、その音を、聞いているしかなかった。

 

「アンタが居なければって何度も考えた!居なくなって欲しいって思った!お願いだから消えてよッ!!」

 

 これまでの何もかもが、崩れ去れる音を。

 

 

  

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「真、お前、有馬に何か言ったか?というか、ほぼ間違いなく言ったよな?どう考えてもお前が原因だろ」 

 

「開幕早々元凶呼ばわりとは人聞きが悪い。そうなる事を選んだのは有馬自身だ。俺は何もやってない」

 

「そうか。そうか。間接的にお前が原因ってのはよく分かった。今日……無事に生きて帰れると思うなよ

 

「おっ、落ち着け!そのトイレットペーパーでどうするつもりだ!?というか、どっから取り出した!?」

 

 キレたアクアは五反田監督に取り押さえられた。

 

 ノンフィクションの事件は洒落にならない。

 

 何時も通り呆れるほどのシスコンっぷりだ。

 

 投げられたトイレットペーパーを俺は避ける。

 

「遅かれ早かれこれは起こった事だ。ルビーが今後アイドルを続けるならな。それを早い段階でこっちは体験させてやったんだ。授業料としては安いぐらいだ」

 

 その一方で俺はハッキリとアクアに言い切った。

 

 こればっかりは紛れもない事実だ。

 

 なにせアイドルは嫉妬されしてなんぼの仕事。

 

 というか生きる限り嫉妬や不満は幾らでも溜まる。

 

 ルビーは良くも悪くも純粋なせいで、そういう感情にかなり鈍いが、芸能界という他の仕事と比べ、負の感情が剥き出しになりやすい世界に居る以上、何時か必ず明確な嫉妬や不満を直接ぶつけられる事になる。

 

 俺に言わせればそれが先日だったという()()

 

 その相手が偶々有馬だったという()()だ。

 

 寧ろハッキリ言われただけかなりマシな部類だ。

 

 罵声より悪質な憎悪の向け方なら幾らでもある。

 

「それにお前、俺に言ったよな?アイの願いを叶えるって。その為に脚本を作ったって。なら、これぐらい必要経費だって事は、お前が一番分かってるだろ」

 

 俺は正論を前に黙るアクアを鼻で笑った。

 

 シスコン拗らせて本質を見失われるのは困る。

 

 この映画の肝は『本当のアイ』を撮ること。 

 

 それが出来ないなら何の意味もない。

 

 それを得るなら賭け金は必要不可欠。

 

 これまでの人生も、経験も、縁も、友情も。

 

 何もかもを賭ける事が()()()()だ。

 

 有馬がそれを迷わず選んだように。

 

「やり方はともかく、それぐらいの覚悟は、俺も必要だと思うぞ。実際、昔「B小町」のドキュメンタリーを作った時、俺は彼奴の奥底は取れなかった。本物の私を撮って欲しいって、彼奴の挑戦状に俺は負けた。それぐらい意気込んでやってかねぇと、リベンジなんてとてもじゃないがやってられん」

 

 カメラを手にしつつ五反田監督はそう言った。

 

 何せ相手は今は亡き過去の人間。

 

 幻を相手に戦っているようなものだ。

 

 本体を引きずり出す意気込みぐらいは欲しい。

 

「………わかったよ。俺もこれ以上、この事はどうこう言わない。だからって、許した訳じゃないからな」

 

 アクアは少し言いたげであるものの落ち着いた。

 

 ルビー関係になると何時もコレだ。

 

 一々順序だてて説得するのも疲れる。

 

 それはそうとトイレットペーパーについては謎だ。

 

 何処から取り出したのか本当に検討が付かない。

 

「へいへい。分かってる。それぐらい覚悟してるよ」

 

「まぁこれがきっかけになりゃ万々歳だ。演者がどう解釈して演技しても破綻しないようにはしてあるが、良い芝居を撮れるってならそっちの方が良い。ルビーには多少無理してでも頑張って貰わねぇと」

 

「一応聞いておくけど、ルビーにこれ以上の無理をさせたらどうなるか……2人とも分かってるよな?

 

「シスコンこわ………分かってる、分かってる」

 

「ついさっきの台詞何処行ったんだよ」

 

 そんでもってシスコンモンスターぶりは健在だ。  

 

 トイレットペーパーで何をどうするつもりだ。 

 

 俺と監督はそんなアクアに思わずドン引きした。

 

 此処まで来ると過保護とかの次元じゃない。

 

 目がどう擁護してもイッちゃってる。

 

 ルビーの結婚はとんでもなく先の事になるだろう。

 

 本人にその気があるかは知らんが同情する。

 

 とりあえず血の雨が降らない事を全力で祈る。

 

「まぁまぁ……そうカッカすんな。お前が考えるほど、悪い結果にはならねぇよ。ルビーなら大丈夫だ」

 

「そうは言うが……なんの根拠があって」

 

「有馬かなが傍に居る。それで十分だろ」

 

 五反田監督はアクアを宥めるようにそう言った。

 

 アクアは何処か怪訝な顔をし俺は顔を背ける。

 

 とんでもなく癪だが俺も同意見だ。

 

「昔は我儘で自分本位の芝居しかしねぇ奴だったが、短い人生の殆どを芝居に費やして、お前等に出会って彼奴は変わった。一丁前に年相応のガキみたいに、楽しそうに言い合いなんかもするようになって、先の事も見るようになって、彼奴は大人になった。有馬かなは何があっても、『B小町』のセンターとして、彼奴にとっての友達として、星野ルビーを絶対守るさ」

 

「自己中な所は全く治らなかったけどな」

 

「それは彼奴の個性だ。諦めろ。お前も大概だし」

 

 五反田監督は何処かジジ臭く笑みを浮かべた。

 

 この人と有馬の関係は数十年に及ぶ。

 

 そういった感情を持っていても不思議じゃない。

 

 俺はというとあの日の事を何故か思い出した。

 

 有馬がアクアに負けて泣いた時の話だ。

 

 あれからもう13年。彼奴も随分デカくなった。

 

(ガキの頃と変わらず自己中で泣き虫なのは相変わらずだが、彼奴は良い顔をするようになった。諦めの悪さはそのままに、自分のやるべき事をちゃんと分かってる。そうでなかったら……俺に啖呵なんか切れない。彼奴の言う通り子供扱いは……もう出来ないな)

 

 俺は2人にバレないよう小さく笑った。

 

 彼奴はもう俺なんかよりずっと大人だ。

 

 放っておいても彼奴は勝手にやるべき事をする。

 

 自分の道を自分で選んで進んで行ける。

 

 随分と手が掛からなくなった。

 

(本人には絶対言ってやんねぇけど)

 

 そんなこんなで翌日。件の撮影日。

 

 時間になって演者達が現場に集まった。

 

 しかし、その空気はとんでもなく重い。

 

「うわああぁぁん!マコたん!私もう限界!!」

 

 ルビーと有馬の空気は未だ悪かった。

 

 互いに距離を取って顔すら合わせようとしない。

 

 何なら仕事の打ち合わせすらしようとしない。

 

 やってる事が完全に喧嘩後のガキだ。

 

 せめてその空気を隠す努力をしろ。

 

 MEMちょ泣かして困らすんじゃねぇよクソが。

 

「本当に大丈夫か?めっちゃ険悪っぽいけど?」

 

「いや、あれだろ?思春期あるある、ってやつだろ?年頃の女子達ならあんなのしょっちゅう……な?」

 

「知らないよ」「全国の中学生と高校生に謝れ」

 

 アレと同じにするとか失礼だし不敬罪だ。

 

 年頃の女子はアレの何倍も賢いはずだ。

 

 少なくともアホじゃないし自己中じゃない。

 

(やっぱり彼奴……産まれたての俺よりガキだな)

 

 騒ぐ監督を横目に俺は涙目のMEMちょを慰めた。

 

 年齢関係無しにMEMちょが一番大人だ。

 

 そしてだからこそ、とんでもなく不憫だ。

 

 彼奴等は一度MEMちょに土下座すべきだと思う。

 

「まぁ要するにだ。人間いくら成長しても中身は変わらない。変わるのは外見とオツム。馬鹿みたいな恋愛感情と煽りスキルだけ。アホも自己中も一生治らん」

 

「煽りスキルに関してはお前だけだろ」

 

 ただし、オツムに関しては彼奴等に適用しない。

   

 ルビーは学力方面。有馬は恋愛方面で赤点だ。

 

 それを聞いた五反田監督はしわしわになる。

 

「あんまり狼狽えるなよ。責任者なんだから。この副責任者(クズ)みたいにどんと構えて、大人しく椅子に座っとけ。あの2人ならこれぐらいどうにかするさ」

  

 そんな五反田監督をよそにアクアは椅子に座った。

  

 どっちが本物の監督だが分かったもんじゃない。

 

 椅子に座って偉そうにするのが責任者の仕事だ。

 

(新野冬子。アンタは一つだけ正しい事を言った。確かに星野アイは唯一無二だ。尤もそれはルビーにも言えるし事だし、有馬の奴にも言える。誰もが唯一無二で代わりなんて存在せず、頂きに立つ可能性を持っている。それまでの道を歩く覚悟さえ持っていれば)

 

 俺が有馬をスカウトした本当の理由。

 

 それは彼奴の持つ異常なまでの諦めの悪さ。

 

 自分を切り捨てでも我を通そうとする傲慢さ(エゴイズム)だ。

 

 俺に言わせれば彼奴も十分狂っている。

 

 そうでなかったら俺が来るまでの数十年。

 

 彼奴にとっての黒歴史であり暗黒時代。

 

 何の成果も出ず絶えず不満をぶつけられる日々。

 

 あの芸能界(じごく)の中で生きてられる訳が無い。

 

(確かにお前は黒川あかねに負けた。アクアを最終的に救ったのは黒川だった。だが、その可能性を持っていたのは事実。ルビーを『本当のアイ』に近づけられる人間が居るとするなら、それは間違いなくお前だ)

 

 有馬かなにアイのようなカリスマは無い。

 

 アイドルとしてルビー程の才能も無い。

 

 まして黒川のような分析力も持ってない。

 

 MEMちょのような物怖じしない強さがある訳でも、アクアのような手段を選ばない強さがある訳でもなければ、俺のような狂気を宿している訳でもない。

 

 だが、その諦めの悪さだけは一級品。

    

 何かを信じ抜こうとする力は他に類を見ない。

 

 その一点において彼奴は唯一無二だ。

 

 勝ちの目が出るまで戦う強さを持ってる。

 

「監督。撮影何時でも行けます」

 

「カット57!アクション!!」

 

 今の有馬かなは先導者(リーダー)として、星野アイの上だ。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「喧嘩するにしたってさ。なんであんな事……わざわざ言っちゃうかな?」

 

「あの子への不満はMEMだって抱えてるでしょ。アイドルとして活動し続けて、あの子に嫉妬が無いなんて言わないわよね?」

 

「……だからこそ、それを口にしたらお終いだよ?」

 

「うん、わかってる。これであの子と絶交する事になっても、全部私の自業自得。あんなドス黒いものを容赦なく一方的にぶつけたんだもの。友達失格よ」

 

 私があの子と喧嘩をした………いいや、私があの子に一方的な罵声をぶつけて、傷つけた次の日。

 

 案の定、私のルビーの関係は冷え込んだ。

 

 互いに顔も会わそうとせず、会話も全く無い。

 

 まるで赤の他人かのようにお互い振る舞った。

 

 我ながら子供染みてるのは理解してる。

 

「あの子は心の底から良い演技がしたいって言ってた。自分のママを、星野アイって知りたいって言ってた。そんなあの子に、当事者でもない私がしてあげる事があるとすれば、これぐらいしかないでしょ?」

 

「だからって……そういうやり方しちゃう?」

 

「するわよ。その気持ちは痛いほどよく分かるもの」

 

 あの2人が気持ちが今なら何となく分かる。

 

 十分の一すら分かってないかもだけど共感する。

 

 あの子は、可愛くて真っ直ぐで、ビックリするぐらい純粋で、一度決めたら何処へだって走っていける。

 

 今はただ、その行く先を見失ってるだけ。

 

 そんなあの子に全部投げ出してでも、どんな手段を使ってでも、何かしてあげたいと思うのは当然。

 

 まして演技や母親の事なら尚更だ。

 

「あの子は私よりずっと才能を持ってる。私が『B小町』を辞めて、主役(センター)を誰かに任せるとしたら、あの子しかいない。私の事を引き立て役にしてでも、踏み台にしてでも、前に進んでもらわなきゃ困るのよ」

 

 私はどの道遠くない未来で『B小町』を辞める。

 

 ルビーやMEMにとってのゴールはアイドルだけど、私にとってのゴールは役者の高みに行くこと。

 

 今じゃないけど何時か道は分かれる。

 

 何時までも傍に居てあげる事は出来ない。

 

 ずっと同じ場所には居られない。

 

 だからこそ、未練も心残りも少ない方が良い。

 

 クズの口車に乗ったのはそれが理由だ。

 

 あの子には早く本当の意味で大人になって欲しい。

  

 安心して私の『B小町』を任せられるぐらい。

 

「だったらそう、ハッキリ言えばいいのに。マコたんやアクたんも大概だけど、かなちゃんも大概だよね」

 

「仕方ないでしょ……気持ち自体は()()全部本物だし。それにアイの複雑な精神性を引き出すなら……あれぐらいは必要。性格の悪い女の一つ演じないと」

 

(マコたんなら元からだって……多分煽るんだろうな) 

 

「MEM、今私に向かってなんか言った?」

 

「うんうん。何も考えてないし言ってないよ」

 

 そうこうするうちに数日が経ち件の撮影日。

 

 私とルビーは互いに何も喋らず現場入りした。

 

 あれからMEMが私達を何度か仲裁しようとしたけど、ルビーが私を無視し続けた上、私自身本心をルビーに明かすつもりが全く無かったので空気は最悪だ。

 

 クズがMEMを慰めつつ呆れ交じりの白い目で一瞬こっちを見るが、クズの意見なんて、どうでもいい事ランキング上位筆頭なのので全力で無視する。

 

 MEMには………後でそれとなく謝るけど。

 

「アイはさ。良いよね。私とは、比べものにならないんだもん。なんで……こうなるんだろうね」

 

 監督の掛け声とともに撮影が始まった。

 

『ニノ』の人格が入り込み黒い感情がこべりつく。

 

 胸の奥の本心が激しく揺さぶられる。 

 

ルビー(アイ)、アンタは、出会った時からずっと眩しかった。その輝きが妬ましくって、羨ましくって、愛おしかった。出来る事なら成り代わりたいとすら思った)

 

「私もアイみたいに、生まれたかったよ」

 

 自分と役の感情の境が次第に曖昧になる。

 

 隠してた本心がもう抑えられない。

 

 ………けど、今はもう、それでいい。

 

「なにそれ。私もニノみたいに生まれたかったよ」

 

「やめてよ。そんなわけないじゃん。そのへんの人の前でさ。私とルビー(アイ)が並んで、どっちが可愛いですかって聞いてみよっか?10人中10人がルビー(アイ)って答えるよ。ファンに聞いてもそう。答えは全部おんなじ」

 

『私』の感情も『ニノ』の感情も全部使う。

 

 今此処で何もかもを吐き出して露わにする。

 

 両方とも飲み込んで私の演技の糧にする。

 

 ルビーの演技を無理矢理にでも引き出す。

 

「どっちの方が魅力的?どっちと付き合いたい?どっちの方が愛おしい?そんなのみーんな、ルビー(アイ)って言うに決まってる!当たり前でしょ!?だってアンタは、最強で無敵のアイドル様なんだから!」

 

「そんな事……無いと思うけどなー」

  

「嘘つき。そうやって適当に何時もはぐらかしてばっかのクセに。そんなこと少しも思ってないんでしょ。私に興味なんて………ないんでしょ」

 

「ちゃんとあるよ」「嘘つき」

 

 私にとってルビーはライバル以前に友達。

 

 何時も何時も生意気だけどつい許しちゃう。

 

 ニノにとってもきっとそうだった。

 

 だからこそ、悔しかったのよね?

 

「私だって、頑張ってる。誰よりレッスンして、真面目にやってる。なのにアンタには届かないッ!!」 

 

 自分の友達の隣に立てないって事実が。

 

 何一つ頼ってもらえないって事実が。

 

 力になってあげられないって事実が。

 

 本当に欲しいものが手に入らない事実が。

 

 どうしようもなく悔しくって叫びたかった。

 

「嫌い!!大っ嫌い!!アンタなんて死んじゃえばいいのにッ!!」

 

 一つ歯車が違ったら私もこうなってた。

 

 あまりの無力さに飲み込まれていた。

 

 自分が自分以外の何かになってた。

 

 本当の気持ちに蓋をしてきっと壊れてた。

 

 誰もそんな私を否定してくれないから。

 

「うん、そっか。なんか……ごめんね」

 

 頬を伝って大粒の涙が流れていく。

 

『ニノ』の人格も一緒になって消えいく。

 

 ルビー(アイ)に背を向け私はカメラの外に出た。

 

 あとはきっとルビー自身でどうにか出来る。

 

 私に出来るのはここまでだ。

 

 あとは私なんか気にせず好きにやれば───

 

「───好き放題言っておいて、ふざけないでよ」

 

 私の背後で何かが割れた音がした。

 

 計り知れない憤りを肌で感じる。

 

 投げられたガラス瓶は粉々に割れていた。

 

 ガラス片にルビー(アイ)の顔が映し出される。

 

「どうして?なんでこんなに責められなきゃいけないの?嫌い。皆嫌い。私なんか、悪い事した?」

 

 そこにあったのは何処にでも居る少女の姿。

 

 泣き崩れ憤りを隠せないごく普通の人間。

 

 完全無敵の偶像(アイドル)と正反対にあるものだった。

 

「違う。これは違う。こんなのはアイじゃない」

 

 あるスタッフがそんな言葉を溢した。

 

 他のスタッフも同意見と言わんばかりの様子だ。

 

 それでも監督はカメラを止めようとしない。

 

「そうだ。それでいい。それが虚像なんかじゃない『本当のアイ』。ちっぽけで不完全なお前の母親だ」

 

 とても小さな声で真はそう呟いた。

 

 近くに居た私が辛うじて聞き取れる声。

 

 本人が意図せず発した言葉だった。

 

 その瞳に光は一切宿っていない。

 

 けど、その裏側で、何かが輝いていた。

 

 その輝きに何故か私は見覚えがあった。

 

 遠い昔にその輝きを見た気がする。

 

「カ……カット。か、確認お願いします」

 

 監督に促されようやく撮影が終わった。

 

 慌ただしい現場に乗じ真はその場を去った。

 

 何時も通りの彼奴らしい自由奔放な振る舞い。

 

 けれど、その後ろ姿を何故か懐かしく感じた。

 

 結局どうしてかは最後まで分からなかったけど。

 

「どうだったかな?私の芝居」

 

 撮影が終わり現場を出るとルビーが待っていた。

 

 今朝の重苦しい空気はもうない。

 

 寧ろその空気は何処か清々しい。

 

「アンタが演技初心者ってのがプラスに働いたわね。演技とは違う素の感情っぽい。本物の感情を感じた」

 

「うん。だって本当に怒ってたから」

 

 そんな会話をしつつ私達は帰路に着く。

 

「先輩がさ。あんな態度とってきてさ。色々よく分かった。人間ってヤな事あると最初は悲しくて、落ち着くとだんだんムカつくもんなんだって!!あとそれを理解した上であれこれやってくるクズはカス!!」

 

「うん。そうね。本質としてはかなり浅いけどまぁそうね。最後のクズ関連に至っては真理そのものよね」

 

 その途中私達は2人して何度も頷いた。

 

 こればっかりは否定しようがない。

 

 というより紛れもない事実だ。

 

 彼奴のこれまでのやらかしがそれを物語ってる。

 

 強制『B小町』入りの絶望を忘れた日はない。

 

 ルビーのせい云々は完全に出任せだ。

 

 アレに関しては百億パーセントクズが悪い。

 

 思い出すだけで殺意が湧いてくる。

 

「それにママの事も少し分かった。友達に酷い態度取られたら悲しくて、理解されないからムカついて、辛い時につい泣いちゃう。私と変わらない一人の人間なんだって。当たり前といえば当たり前なんだけどね」

 

 そんな私に対しルビーは少し照れ臭そうに言った。

 

 その声は数日前と比べてかなり明るい。

 

 あんなクズに苛ついてた自分が恥ずかしくなる。

 

「そっか。良かったわね。自分の母親の事が知れて」

 

「うん。でも、だからこそ、引っ掛かるんだ。アクアと真が、どうしてこの映画をわざわざ作ったのかって。フリルちゃんが言ってた『星野アイ』を生かす為の作品って言葉の意味がさ。先輩は何か知ってる?」

 

「いいや、全く。そっち関連の事は生憎ノータッチ。まぁでも、やりたい事は何となく察するけど」

 

「この映画………何処までが真実(ノンフィクション)なのかな?」

 

「さぁ?とことん脚色してるのは確かじゃない?」

 

 次第に私達の話題は台本の事に移った。

 

 真が副責任者を務めアクアが大筋を書いた脚本。

 

 こうして改めて見ると察する所がある。

 

 現にルビーの瞳には少しの期待が映っている。

 

 あの2人に対する気持ちの狭間で揺らいでる。

 

 許せないけど許したいといった感じだ。

 

(まぁでも、それを口にするのは流石に野暮か)

 

 きっと私はルビーが求める答えを言える。

 

 あの2人の考えそうな事は大体分かる。

 

 でも、それじゃあ何も意味がない。

 

 人生も答えも自分で選んで探してこそ。

 

 誰かと同じだなんて詰まらない。

 

 この子はこの子らしく前に進んで行けばいい。

 

「難しい事は、まだよく分かんないけど……とりあえず!私は先輩の友達、やめる気ないから!先輩にとって目障りなのかもしれないけど、しつこくつきまとうから!引き立て役どうこう言う暇ないぐらい、沢山楽しい思い出作りまくるつもりだから!覚悟して!!」

 

 そんな事を考えてるとルビーの顔が迫った。

 

 さっきまでの複雑そうな顔は何処へやら。

 

 目を逸らさず真剣な顔で私を見てる。

 

 少し前の子供の頃に逆戻りしたみたいだ。

 

 この子のこういう真っ直ぐした目に私は弱い。

 

 何だかんだでつい頷いてしまう。

 

「別にいいけど、振り回すのはやめてよね」

 

 私はそう言いつつ少し目を逸らして頷いた。

 

 そんな私にルビーは満面の笑みを浮かべた。

 

 ついこないだまでの険悪さは何だったのやら。

 

 あー、ほんと、私の友達はとことん眩しい。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。