斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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49 そこに居るだけで

 

 

「フリルちゃんの撮りもそろそろ始まるけど、準備の方は大丈夫?私なんかよりずっと撮影慣れしてるだろうし、心配なんておこがましいかもだろうけど」

 

「いい加減その遠慮しがちな感じ止めなよ。私そういうの全然気にしないし。とりあえず準備の方は何時でも準備万端。推しが2人も応援してくれるせっかくの現場だからね。何時もより多めにやる気出してる」

 

「そのダイレクトに好意を向けてくる感じといい、どんどん距離を詰めてくる感じといい、マコたんが親友認定するだけはあるなぁ。そう言ってくれるのは勿論嬉しいんだけど……何というかちょっと恥ずかしい」

 

「MEMちょ、今ガチでも赤面してたしね」

 

 フリルちゃんはそう言って軽くにやけた。

 

 話には聞いてたけど最終回を見てたようだ。

 

 あの告白は今思い返してもそこそこむず痒い。

 

(あれからもう……そんなに経つんだ)

 

 私がマコたん達と出会ってからそろそろ2年。

 

 これまで本当に色んな事があった。

 

 ちょっと前まで現役JK(笑)のしがない動画投稿者でしかなかったのに、今や私は『B小町』のメンバー。

 

 一端の芸能人としてテレビに出て、映画デビューまでして、国民的マルチタレントと仲良くなってる。

 

 昔の私に未来の事を言っても絶対信じないだろう。

 

 今だってこれが本当に現実か偶に不安になるし。

 

「んー、どうしたの?変な顔しちゃって」

 

「いや、別に、大したことじゃないんだけどさ。私って、あの2人の役にちゃんと立ててるのかなって」

 

 私はあくまで旧『B小町』のファンの一人。

 

 マコたんやアクたん、ルビーちゃんの友達の一人。

 

 ある程度近い距離にはいるけどやや外様の人間だ。

 

 アイさんの家族事情なんて全然知らない。

 

 アクたんと姫川さんの関係もついさっき知った。

 

 その距離は近いはずなのにあまりに遠い。

 

 それにマコたんは自己犠牲を良しとする節がある。

 

 何時も自分優先なのに肝心な事は何時もそう。

 

 今ガチの頃から抱えてるものに関しては特にそう。

 

 マコたんの瞳はその何かをずっと見てる。

 

 それ以外の事にはこれっぽちも目にもくれない。

 

 自分の未来も必要とあれば簡単に賭けに使う。

 

 アクたん以上に手段を選ばないから心配だ。

 

 何時か何処かに消えてしまいそうで少し怖い。

 

「MEMちょって素だと結構真面目だよね。本人達が勝手にやってる事なんだから気にしなくていいのに」

 

「まぁ一応、私の方が年上でお姉さんだし、昔からそういう性分だからさ。尤もあの2人にしてみれば多分余計な心配で、お節介なのは分かってるけどね」

 

 そう言って私は思わず自虐気味に言った。

 

 胸に来るものがかなりあったけど仕方ない。

 

 自分でも損な性格だって事は理解してる。

 

 これ以外にもこういう事で散々痛い目も見た。

 

 でも結局、私はそういう人間だ。

 

 マコたんみたくドライには成り切れないし、かなちゃんやアクたんみたく割り切りが良い訳でもない。

 

 余計と思われる程お節介で、アホな振りしてる癖に真面目で、図太い自分を演じてる割に臆病で怖がり。

 

 自分の根っこを変える事はそう簡単じゃない。

 

「そんな難しく考えなくて良いんじゃない?人間自分のやれる事さえやれてればそれで十分でしょ。あの2人は私達よりやれる事の範囲がほんの少し広いだけ」

 

 フリルちゃんはそんな私に何気も無しに言った。

 

 その視線は遠く向こうの2人向けられる。

 

 まるで成り行きを見守ってるみたいに。

 

「ここだけの話。真君って人を使う事は上手くても、人を頼る事に関しては凄い下手だからさ。少し前まで色んな仕事を一人で抱え込んでばっかだったんだ。そのせいで山積みの仕事にしょっちゅう囲まれてた」

 

 フリルちゃんは続けてそう語った。

 

 よくよく考えてなくても当然と言えば当然。

 

 何せマコたんは少し前まで出世株のCAD。

 

 今は映画に集中してるけど色んな仕事をやってた。

 

 本来CADやるはずのない表の仕事も含めて。

 

 そんな状況で忙しくない訳がない。

 

「本人の能力がなまじ高い上に、要領も良いから、仕事自体は特に問題はないんだけど、仕事が終わってオフモードになるともう駄目。何時も何時も疲れ切ったって感じで、見てるこっちが心配になるぐらいのフラフラっぷりだったよ。まぁそれはそれとして、意地で仕事全部終わらせて、ちゃんと定時に帰ってたけど」

 

「マコたん、残業とか心底嫌ってそうだもんね」

 

「兎に角にもそういう立場と性分のせいで、結構大変そうな感じだったんだけど、なかなかどうして、愚痴はあっても弱音は全く吐かないし、仕事終わりはフラフラで心配する事はあったけど、目はちゃんと何時も生きてる。なんでかなって最初は少し不思議だったんだけど、理由なら直ぐに分かった。MEMちょの動画に、頑張りに、何時も元気を貰ってたからだよ」 

 

 フリルちゃんはそう言って自分のスマホを見せた。

 

 そこにはうちのチャンネルのホームが映っている。

 

 今現在のうちの登録者数はざっと69万人。

 

 指数関数的な伸びはないものの確実に登録者数を増やし、何かきっかけさえあれば百万人まで手が届く。

 

 アイドル業と並行して動画投稿を続けるのは大変だったし、他の2人と比べて目立つ仕事でもないから、何回か心が折れかけたけど踏ん張って此処まで来た。

 

 それを改まって褒められると変な気分になる。

 

「そうは言うけど、私がやった事なんてたかが知れてるよ?本当に頑張ってたのはルビーとかなちゃん。あの2人が目立ちやすいようこっちも動画作ってるし」

 

「でも、そのチャンネルが伸びるよう、裏で色々手を回してたのは、MEMちょなんでしょ?いくら素材が良くても下地が駄目じゃ元も子もないし」

 

「そりゃそうだけど、私が直接何かをしてあげられた訳じゃないよ。まぁ確かに、私の動画が間接的に役だったのなら、それはそれで嬉しいけど───」

 

 私は自分の言葉を途中で区切った。

 

 自分が何処か、拘っている事に気付いた。

 

 そんなものは驕りに他ならない。

 

 何かを()()()と何か()()()()()()は別ものだ。

 

 いつの間にか思い上がっていたらしい。

 

「何かしたいって思うのは人の勝手だし、それ思い自体は寧ろ良い事だと思う。けど、その思いを押し付けるのはきっと違う。自分の道をちゃんと歩いてる人に、違う道の方が良いなんて、言うのは失礼だもん。その思いだけで、MEMちょは2人の役に十分立ってる。そうでなかったら、あのシスコン2人に妹を任せられるなんて、一生掛かっても無理な話だろうし」

 

 フリルちゃんはそう言って小さく笑った。

 

 その言葉に何処か救われた。

 

 あの2人のお陰で今の私はある。

 

 何処か諦めてたアイドルという夢が叶った。

 

 だからずっと、その恩を返したかった。

 

 でも、その恩が間接的でも返せてるなら。

 

 不器用で優しい2人の役に少しでも立ててるなら。

 

 それだけで、私はもう十分。

 

「そっか。私ちゃんと、役に立ててるんだ。なら良かった。これまで沢山頑張ってきて、本当に良かった」

 

「あっ、MEMちょ。やっと笑ったね」

 

「ファンにこうも言われたらそりゃあね」

 

「だったら私は、ファンやってて良かった」

 

 私とフリルちゃんは互いに笑った。

 

 ファンの声援は何時だって元気をくれる。

 

 わかってた事だけど改めてそれを実感した。

 

 ついさっきまでの体の重さはもう感じない。

 

 自分を見つめ直す事が出来た気がする。

 

「ところでマコたんの事だけど……どうする?今までにないレベルで……お見せ出来ない顔してるけど」

 

「このまま放置で良いんじゃない?ヤバくなったらアクアが止めるでしょ。姫ちゃんの自業自得だし」 

 

「てめぇ人の推しを預かった癖に危ない目に合わせやがってッ!!待てやゴラァッ!!落とし前も無しに帰れると思うなッ!!海の藻屑になりやがれッ!!」

 

「そう言われて逃げない奴は居ないと思うぞ」

 

「悪かった!!俺が悪かった!!反省してるからそのシャベルを地面に置け!!すんませんでした!!」

 

「これがあの兄弟流の喧嘩ってやつか」

 

 私は目の前の光景から全力で目を逸らした。

 

 ついさっきまで現実逃避してた理由はこれだ。

 

 私は姫川さんに誘われてドライブに行った。

 

 アクたんとフリルちゃんも一緒だった。

 

 けど、なんやかんやあって姫川さんは事故った。

 

 新車だという3千万の車はおじゃんになった。

 

 そして私達を迎えに来たマコたんはキレた。

 

 プラスチック製とは言え、そこそこデカいシャベルを、自分の車から引っ張り出してくるレベルで。

 

 それを見た姫川さんは回れ右して砂浜を走って逃走し、マコたんはそんな姫川さんを奇声を上げながら追い続け、かれこれ20分ぐらいの時間が経過した。

 

 よくもまぁ通報されてないと思う。

 

「最近車の免許も取ったらしいから迎えお願いしたけど、まさかこうなるとはね。うっかり、うっかり。まぁ、でも、3人が兄弟っぽい事が出来てるみたいだし、結果オーライだね。良かった、良かった」

 

「いいや、何も良くないよ?どう見ても兄弟のやり取りじゃないよ?結果オーライじゃ全然ないからね」

 

 私達が話してる間に姫川さんは転んだ。

 

 何も無い場所で普通に転けた。

 

 一方マコたんはそんな姫川さんを簀巻きにし、いつの間にやら掘った穴で、姫川さんを頭以外埋めた。

 

 妙に手慣れてるせいでモノホンにしか見えない。

 

 これに比べたら見た目怖いだけで社長は天使だ。

 

 こんなの子供が見ようものなら大泣きする。

 

「まぁ確かに、よく考えてみれば故意に事故を起こした訳でもないし、いきなり始末するのもあれだな。という訳で3分間待ってやる。その間にこのまま放置されて潮が満ちるのを待つか、掘り出されて即海に放り出されるか決めろ。俺も鬼じゃないからな。それぐらい選ばせてやる。ただし、選ばないなら間を取って、頭まで埋めた上で放置するから。そのつもりで」

 

「いや、それ、どれ選んでも結局死じゃん。というか多分、間の取り方、色々と間違ってるし。あの、ほんと反省したから、早く掘り出してくれない?死に方どうこう選ぶ以前に、まだ死にたくないんだって」

 

「1……2……3……4……5……6………」

 

「えっ、何そのカウントダウン?もしかしなくても、死へのカウントダウン?マジなやつ?義理の弟に、俺、本当に始末される?……ちょっと、アクア。真面目に助けてくんない?一生のお願いだ。この俺を、兄ちゃんを、目の前の魔王から救い出してくんない?」

 

「別にいいけど兄貴ヅラした上で、囚われの姫様ポジションの台詞言うのガチで止めろ。純粋にきしょい」

 

 怒りのあまり顔面モザイクになってるマコたんは一端さておき、埋められた姫川さんはアクたんに泣きつき、そんなアクたんはため息をついて呆れ返った。

 

 姫川さんの母親の件や2人の父親の件で、色々心配だったけど、この様子だと完全な杞憂だったらしい。

 

 親同士のあれこれなんて全員気にしてなさそうだ。

 

 何処にでも居る普通の兄弟にしか見えない。

 

 一人埋められてるせいで絵面がかなり酷いけど。

 

(私があれこれ考えるだけ、時間の無駄だな)

 

 そう思って諸々の思考を私は放棄した。

 

 あの兄弟にはお節介なんて初めから必要ない。

 

 だったら私は何時も通り、『B小町』メンバーとして、友人として、推しとして、やれる事をやるだけ。

 

 自分の人生を真っ直ぐ自分の足で歩くだけ。

 

 あの兄弟の行く末をただ信じるだけだ。

 

 今此処には居ないルビーの事も含めて。

 

「まぁ、それはそれとして、止めには入るけどね」

 

 最終的に姫川さんはどうにか無事に救助された。

 

 何やかんや言いつつアクたんが掘り返した。

 

 少し素っ気ないだけで根っこはやっぱり優しい。

 

 肝心のマコたんはというと私がどうにかした。

 

 というより、フリルちゃんの提案で、可愛く止めるようお願いしたら、超あっさり刀を鞘に納めた。

 

 あまりのちょろさにこっちが心配になる。

 

 一方フリルちゃんはその様子を写真に収めた。

 

 推しと推しの激レアな絡みだからとのこと。

 

 帰りの途中マコたんと写真を共有していた。

 

 この子が一番自由ではっちゃけてる。

 

 そんなこんなで私の騒がしい休日は幕を閉じた。

 

 こんな日々が続けいいのにと心から思う。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

  

 

 

 

 

 日は目まぐるしく巡り撮影は順調に進んだ。

 

 次の撮影は劇団ララライのワークショップ。

 

 星野アイが少年A、俺達の父親と出会った場面だ。

 

 血縁上の本当の父親や母親、過去の自分。

 

 そして俺が、かつて父と呼んだ男。

 

 それらと対峙し、役を演じるというのは随分と複雑な気分だが、それはアクアやルビーにも言えること。

 

 俺一人黙って見ている事なんて出来ない。

 

 まして兄妹喧嘩の最中というなら尚更だ。

 

 いざとなれば仲裁に入る覚悟も出来てる。

 

 何はともあれ、件の撮影日当日の現場。

 

 カメラの調整が終わり撮影がスタート。

 

 画角外から少年A(アクア)がそっと、姿を現す。

 

「……グウッ!!タイムッ!!やっぱ無理!!」

 

(中学生姿のアクア……可愛すぎる……ッ!!)

 

「カットォ!!カットだ!!いい加減にしろ!!」

 

「一応聞くけど、これで何テイク目?」

 

「ざっと8テイク目。此処まで来ると恥晒しだ」

 

 しかし、ルビーは素を出したまま悶えた。

 

 またもブラコンというやつを拗らせたらしい。

 

 俺の出番までまだもう少し掛りそうだ。

 

 隣で撮影を見ていた真は深い溜息をついた。

 

 アクアもアクアで半ば呆れた表情を浮かべる。

 

「お前等って喧嘩の真っ最中……なんだよな?正直、そんなふうには見えないけど……そうなんだよな?」

 

 落ち着こうとするルビーを横目に、俺は言った。

 

 正直、喧嘩の真っ最中とはとても見えない。

 

 心に決めていた覚悟も既に彼方へ消えた。

  

 胸をときめかせてるようにさえ俺には見える。

 

「事情は知らねぇが、彼奴も撮影に前向きになったらしい。それもあって、許すか許さないかは別として、多少なり割り切る事にしたんだろう。現場を険悪な雰囲気にしない為にも……その判断は正しい」

 

 真はその後の言葉を口にせず飲み込んだ。

 

 その口振りからして自分を肯定する言葉じゃない。

 

 寧ろ自分を卑下するような言い方だ。

 

 その言葉の裏にある感情は重く冷たい。

 

「……けど、まさか、割り切る過程で、中途半端に嫌う方向に拗れるとは、俺にも予想外だ。18にもなって思春期の真似事って……もうちょっとやり方ってもん考えろよ、あの馬鹿。別ベクトルで面倒くせぇ」

 

 けれど、その一方で、真はまたも溜息をついた。

 

 こっちもこっちで紛れもない本音なのだろう。

 

 18歳での思春期は、それなりに普通だと個人的に思うが、どうやらそういう単純な問題でもないらしい。

 

 その言葉の節々には苦労が滲み出ている。

 

「監督には分からないんですよ。顔を良すぎる兄を持つ妹の気持ちが。中身があれでも、複雑なんです」

 

「そんなもん知らねぇよ。真面目にやれ」

 

「いい加減にしないと、他の撮影に支障が出るってのは紛れもない事実だ。この撮影ばっかりに時間は掛けられないだろ。ここは一旦、俺の代役を立てて、撮影を進めるって手も──」

 

「シャラップ。何もしてないアクアは黙って。アンタの意見なんか聞いてない。次は、どうにかするから」

 

「……ミスしてんのは彼奴だってのに、酷ぇな」

 

「えっ、俺、今、なんか悪い事した?」

 

 一方ルビーは、俺達が話してる間にも唸った。

 

 何が何でも、自分の力でどうにかするつもりだ。

 

 アクアの提案を問答無用を却下した。

 

 容赦ってものが喧嘩中とはいえ全く無い。

 

 一方アクアは、その事で静かにダメージを受けた。

 

 顔には出てないが負のオーラが薄っすら出てる。

 

 ダイレクトに拒絶されたのが効いたようだ。

 

 思春期の妹の言葉ほど強烈なものはない。

 

「……まぁ、兄妹喧嘩は犬も食わないって事で」

  

 そう言った真は全力で顔を背けて目を逸らした。

 

 この事態を見なかった事にするつもりだ。

 

 というか、解決する事を早々に諦めた。

 

 放任主義といっても限度があるだろう。

 

 気持ちは分かるが人の心がまるで無い。

 

(一言で兄妹って言っても……本当に色々だな)

 

 アクアのメンタルを案の定、犠牲にしつつ、その後ルビーはリテイク数を徐々に減らし、止まっていた撮影は、少しずつではあるもののどうにか再開。

 

 改めて本格的に撮影が始まった。

 

 それに伴って、俺は一度楽屋に移動して眼鏡を外し、髪や衣装を整え、上原清十郎(じぶんのやく)へと姿を変える。

 

 役越しとはいえ、彼奴の顔を見るのは久しぶりだ。

 

(こんな形でまた会う事になるとは、これっぽっちも思ってなかった。人生何があるか分かんねぇもんだ)

 

 そんな感想を内心抱きつつ俺は現場に戻った。

 

 姫川愛理(しらぬい)昔の俺(こやく)の準備は既に出来てる。

 

 こんな形で一家勢揃いとは、つくづく因果だ。

 

「ワークショップはどうだった?為にはなったかい?」

 

「ううん、全然!話してる内容が難しくって、殆ど分かりませんでした!私そこまで頭良くないですし!」

 

「ははっ、そっか。随分と正直な感想だね。そっか。そっか。じゃあ、どのへんが難しかったとかある?」

 

 俺は一人だったアイに声を掛けた。

 

 変わり者が多いタレントの中でもアイは浮いてる。

 

 きっと興味本位だった違いない。

 

「ちょっと、清十郎。妻子の前でナンパなんて、肝が据わってるじゃない。私よりそういう子がお好み?」

 

 そんな俺をやんわりと咎めるように、姫川愛梨が昔の俺(たいき)を抱えゆっくりと姿を現した。

 

 自分の出生を考えると複雑だが今は考えない。

 

 この演技で必要なのはあくまで上原清十郎(あのおとこ)の感情。

 

 俺自身の心情なんて二の次だ。

 

「ちょっと!!人聞き悪っ!!そんなんじゃないから!講師としての役割を果たしてるだけだからね!」

 

「あっ、この人見た事ある。朝ドラの人だ!というか、子供居たんだ。演劇一家ってやつなんですね」

 

「姫川愛梨よ。それとこの子は息子の大輝」

 

「俺にとって自慢の妻と息子だ」

 

 星野アイに俺は堂々と言った。

 

 彼奴はこれを本心で言ったのだろう。

 

 この頃はちゃんと、まだ家族だった。

 

 俺の事を息子として、見てくれてた。

 

 でも、何時からか、彼奴は俺を遠ざけた。

 

 歯車は何時壊れてしまったのだろう?

 

「えっと、君は、中学3年か。だったら……丁度良いな。年もそれなりに近いし。お前が教えてやれ」

 

「ぼ、僕がですか?教えた事なんてないですけど」

  

「だからこそだ。教える事で気づく事もある。これも経験。出来る範囲でまずやってみろ。なぁ、愛梨?」

 

 俺は少年Aの服を引っ張り呼び寄せた。

  

 彼奴にとって少年Aは最年少の後輩だった。

 

 それなりに気の置けない間柄だったのだろう。

 

 実際何かと気に掛けていたらしい。

 

 何らの変哲も無いごく普通の先輩後輩の会話だ。

 

 けれど、あの人の視線は酷く冷たい。

 

「まぁ、そうね……いいんじゃないかしら?それで?若い子は若い子同士……仲良くさせるべきよね」 

 

 やんわり俺を咎めた時と比べものにならない。

 

 表面上変わりないけど、酷く冷たい。

 

 姫川愛梨が瞳に宿す感情はそんな感じだ。

 

 まるで獲物に狙いを定める蛇のような目をしてる。

 

(ああ、そうか。歯車は、最初から壊れてたのか)

 

 そこには異常とも呼べる執着が渦巻いていた。

 

 けれど、俺はその視線の存在に気付かない。

 

 役者として、夫として、致命的なまでに。

 

 彼奴は役者の癖して他人の機微に鈍感だった。

 

 俺の事は気づいてたクセに、本当にままならない。

 

「じゃあ、改めて、私はアイ。よろしくね?」

 

「……はい。お願いします。背一杯頑張るので」

 

 アイと少年Aは演技の練習を共に始めた。

 

 一方俺は、一度カメラの外へと掃けた。

 

 ここから先はあの2人とあの人の出番だ。

 

 俺の次の出番はもうちょっと先になる。

 

 アイと少年Aは俺が掃ける間に意気投合した。

 

 お互い慣れないながらも一生懸命に。

 

 年相応の若者らしく楽しそうに練習して。

 

 ワークショップ後も顔を会わせて。

 

 共感して、変わって、時に間違えて。

 

 互いが持つ輝きにそれぞれ惹かれ合った。

 

 その様子を真は真っ直ぐな目で見ていた。

 

 2人の楽し気の様子を何処か優し気に。

 

 その先の事を考えてか何処か悲し気に。

 

 言い表せない思いを視線に込めていた。

 

 変わる事の無い、過去を思って。

 

「彼奴は、神木輝は……根っからの悪人じゃない。彼奴もきっと、俺達と同じ、何処にでも居る、普通の人間だった。それを歪めたのは、彼奴が歪むきっかけを作ったのは、紛れもない母さん……なんだろうな」

 

 姫川愛梨は神木輝を押し倒した。

 

 少年Aの輝いてた瞳から光が消える。

 

 俺はその光景を見てそんな事を言った。

 

 とても彼奴だけが悪いとは言えない。

 

 その輝きが少しづつ鈍くなっていく。

 

「彼奴の周りには、誰も居なかった。褒めてくれる人間も、叱ってくれる人間も、守ってくれる人間も、誰も居なかった。……姫川愛梨も、恐らくそうだ。時代が悪かった。環境が悪かった。運が悪かった。そしてこれは今でも、誰にでも起こりうること。誰だって、小さなボタンの掛け違いが……大きな皺になり得る」

 

 星野アイは姫川愛梨を糾弾する。

 

 それに対しあの人はヒステリックに叫んだ。

 

 出会いそのものに何の罪はない。

 

 姫川愛梨と神木輝の出会いも。

 

 星野アイと神木輝の出会いも。

 

 俺と上原清十郎との出会いも。

 

 何一つ間違いなんてこの世にはない。

 

 仮に間違いがこの世にあるとすれば、自分に起きてしまった間違いを、そこで止められなかった事だけ。

 

 その痛みから、目を逸らした事だけだ。

 

「まぁ要するに、金を搾り取る以上、タレント様には末永く長生きして貰わないと困るって話だ。搾取するにしろ相手が居なくちゃ、タレント業なんてものは成り立たない。そしてその環境を作るには金と権力」

 

『金と権力さえあれば何でも出来る!金こそジャスティス!権力こそパワー!強靭!!無敵!!最強!!』

 

「世界の真理ってのは、案外単純だ」

 

「お前、そんなんだから……散々クズって呼ばれんだぞ。間違っちゃねぇけど、致命的に駄目な真理だろ」

 

 そんな空気の中、真は高笑いした。

 

 俺の言葉なんぞこれっぽちも聞いてない。

 

 そんな真の姿に俺は思わずドン引きした。

 

 真理にするにはいくら何でも頭が悪い。

 

 重い空気を破る為のジョークだと思いたい。

 

 お願いだからジョークであって欲しい。

 

 こんなふざけた真理、下らないにも程がある。

 

(真がクズと呼ばれる所以が……分かった気がする)

 

 しばらくして今日分の撮影が落ち着いた。

 

 カメラのチェックが行われ役者達が控室に戻る。

 

 やや現場の外側に居た俺達も控室へ移動した。

 

 控室からは既にガヤガヤとアクア達の声がする。

 

 そんな中、俺は少し遠くに居るルビーを見つけた。

 

 騒がしい控室を盗み見ては、足踏みをしている。

 

「どうした?こんな所で?中には入らないのか?」

 

「あっ、姫川さん。お疲れ様です。……今はアクアと真が居るから、後でいいかなって。演技中は気にならなくなったけど、演技外だと、色々と考えちゃって」

 

 俺は適当な理由を付けてルビーの所に行った。

 

 そして案の定、兄妹喧嘩関係での足踏みだった。

 

 この調子だと撮影中も考えてたらしい。

  

「あの2人を許すか許さないかは、お前が決めれば良いと思うけど、そんなに悩むなら一回ぐらい。面と向かって話した方が良いんじゃないか?そっちの方がお互いスッキリするだろうし」

 

 俺が思った事を言うとルビーは顔を曇らせる。 

 

 その瞳には迷いが映し出されている。

 

「何を話せばいいかなんて……今更分かりませんよ。あの2人が仮に悪かったとしても……散々酷い事言って、傷つて、勝手に絶交しちゃったし……合わせる顔がありません。この映画をあの2人が本当に、ママの為に、作る事を決めたんだとしたら……尚更だし」

 

 俺はそんなルビーに真を重ねた。

 

 彼奴も言葉を飲み込んで自分を責めてた。

 

 アクアも似た感じで自分が悪いと言ってた。

 

 本当に、此奴等は似た者兄妹だ。

 

 悩み方まで、まるでそっくりだ。

 

 血の繋がりが無かろうと関係ないらしい。

 

「別に気にする事じゃないと思うけどな。彼奴等だって好き勝手やったみたいだし。適当な話題がどうしても無いってなら、天気の話題とか、世間話とか、そういうので間を繋いで話せばいいんじゃね?」

 

「いや、そんな、日常会話じゃないんですから、無理ですって。それにそんな下らない話なんて───」

 

「でも、そんな下らない話も、会える時にしか出来ないぞ。話せなくなってからじゃ、会えなくなってからじゃ、もう遅いんだ。どんなに嫌いな相手だって、どんなに許したくない相手だって……居なくなったらそれまでだ。……一人じゃ下らない話も出来やしない」

 

 俺はつい感情的になってそう言った。

 

 彼奴をさっきまで演じてたせいだろう。

 

 確かに俺と上原清十郎は血は繋がってない。

 

 姫川愛梨は紛れもなく許されない相手だ。

 

 でも、俺にとって、あの2人は父親で母親だ。

 

 あの頃は小さかったし仕方ないと思う。

 

 俺に何か出来たとも思えない。

 

 けど、もっと、話せば良かったとも思う。

 

 彼奴が俺の事を見たくなるくらい。

 

 俺が彼奴を好きになれば良かったと思う。

 

 何を思ったところで過去は変わらないけど。

 

「どうして、そんなに気に掛けてくれるんですか?初めて会ってから、そんなに経ってないのに。私が姫川さんに、何かした訳でもないのに」

 

 ルビーは俺の行動に疑問を持った。

 

 これまで何ら関りがあったわけでもない。

 

 ちゃんと顔合わせて1ヶ月も経ってない。

 

 そのくせ妙に馴れ馴れしく寄り添ってくる。

 

 行動だけを上げると完全に下心ありのナンパだ。

 

 真は兎も角アクアに見られたら蹴られかねない。

 

「お前等にとっちゃ俺は赤の他人で、どっちかと言えば関係なんて無い方が良かったかもだけど、俺からしたら嬉しかったんだよ。弟と妹ってやつが出来て。兄妹って繋がりが出来て。ある程度歳離れた相手に、こんな事言われるんて、気持ち悪いかもだけどさ」

 

 なので言い訳混じりに本音を言った。

 

 自分でもそこそこ重い事言ってる自覚はある。

 

 兄妹ってものに夢を見過ぎてるのかもしれない。

 

 でも、嬉しかったのは本当だ。

 

 どんな形であれ知れて良かった。

 

 下らない話が出来る相手が出来た。

 

「俺もお前の、兄ちゃんってやつだからだ」

 

 だから、これぐらいは良いのかなって思った。

 

 遠くからでも幸せを願うぐらい。

 

 居てくれるだけで十分何だから何も要らない。

 

 馬鹿馬鹿しい話が偶に出来るならそれでいい。

 

「台本あるから当然知ってたけど、不味いでしょ。アクアとルビーのキスシーンって。普通に駄目でしょ。念の為に言うけど、実の兄妹だからね、あの2人」

 

「いや、でも、ルビーちゃん、案外乗り気だったし」

 

「アクアもルビーがやりたいならって言ったよ」

 

「ぶっちゃけた話……超見たい」

 

「ちなみに真はどう思ってる?」

 

「死ぬ程どうでもいい。やりたきゃ勝手にやれ」

 

「まともな奴は……此処に居ないのか」

 

「お前だけは言うな。お前だけは」

 

 ちなみに。その数日後。

 

 アクアとルビーのキスシーンの撮影が行なわれた。

 

 前回のように手間取るかと思われてたものの、ルビーが色々と吹っ切れたらしく、件のキスシーンは超スムーズかつ、臨場感ありで、一発撮りで終った。

 

 本人曰く外見の事だけを考えてやったとのこと。

 

 それで良いのかと思ったがまぁいいのだろう。

 

 何かよく分からんけど満足そうにしてたし。

 

「キス……実の兄妹……イチャイチャ………」

 

「あんなの考え出したら終わりだ。深く考えんな」

 

 あと有馬はキスシーンを見てバグった。

 

 真曰く時々発生する発作とのこと。

 

 数十分同じ言葉を繰り返して普通に怖かった。

 

 ホラー映画での出演ならハリウッドも行ける。

 

「彼奴等の周り……ほんと退屈しねぇな」

 

 この調子だと馬鹿馬鹿しい話には事欠かない。

 

 

 




【番外編】

フ「おつー。みんなお疲れ」
 
有「うわっ!ビックリした!痴女が入って来たかと思った!」
 
フ「二プレス。二プレス。問題なし」
 
M「濡れ場とはいえ良くやるねぇ」
 
フ「今後も女優業に力入れたいし。成人したらやろうと思ってたんだ。芝居の為なら何でも出来ますアピールは大事だからーって、なんで上着?」
 
真「お前がやりたいって言うなら、俺は止めないし、事務所に強制された訳でも無いなら、何も言わん。だが!!撮影後にタオル一枚なんて論外!!温かい格好でちゃんと暖を取れ!!風邪ひいちゃうでしょ!!」
 
有「アンタはフリルのオカンか」
 
M「マコたんほんと過保護だよね」
 
フ「でもこれ、逆にエッチじゃない?」
 
黒「アクア。今凝視してたでしょ」
 
ア「いや、してない。気のせいだ。凝視なんかしてない。勘違いだ。気にするな」
 
黒「まだ何も言ってないよ?」
 
有「彼奴のムッツリ具合は未だ健在か」
 
 以上、本編で出し切れなかった楽屋でのお話。
 
 
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