「フリルちゃんの撮りもそろそろ始まるけど、準備の方は大丈夫?私なんかよりずっと撮影慣れしてるだろうし、心配なんておこがましいかもだろうけど」
「いい加減その遠慮しがちな感じ止めなよ。私そういうの全然気にしないし。とりあえず準備の方は何時でも準備万端。推しが2人も応援してくれるせっかくの現場だからね。何時もより多めにやる気出してる」
「そのダイレクトに好意を向けてくる感じといい、どんどん距離を詰めてくる感じといい、マコたんが親友認定するだけはあるなぁ。そう言ってくれるのは勿論嬉しいんだけど……何というかちょっと恥ずかしい」
「MEMちょ、今ガチでも赤面してたしね」
フリルちゃんはそう言って軽くにやけた。
話には聞いてたけど最終回を見てたようだ。
あの告白は今思い返してもそこそこむず痒い。
(あれからもう……そんなに経つんだ)
私がマコたん達と出会ってからそろそろ2年。
これまで本当に色んな事があった。
ちょっと前まで現役JK(笑)のしがない動画投稿者でしかなかったのに、今や私は『B小町』のメンバー。
一端の芸能人としてテレビに出て、映画デビューまでして、国民的マルチタレントと仲良くなってる。
昔の私に未来の事を言っても絶対信じないだろう。
今だってこれが本当に現実か偶に不安になるし。
「んー、どうしたの?変な顔しちゃって」
「いや、別に、大したことじゃないんだけどさ。私って、あの2人の役にちゃんと立ててるのかなって」
私はあくまで旧『B小町』のファンの一人。
マコたんやアクたん、ルビーちゃんの友達の一人。
ある程度近い距離にはいるけどやや外様の人間だ。
アイさんの家族事情なんて全然知らない。
アクたんと姫川さんの関係もついさっき知った。
その距離は近いはずなのにあまりに遠い。
それにマコたんは自己犠牲を良しとする節がある。
何時も自分優先なのに肝心な事は何時もそう。
今ガチの頃から抱えてるものに関しては特にそう。
マコたんの瞳はその何かをずっと見てる。
それ以外の事にはこれっぽちも目にもくれない。
自分の未来も必要とあれば簡単に賭けに使う。
アクたん以上に手段を選ばないから心配だ。
何時か何処かに消えてしまいそうで少し怖い。
「MEMちょって素だと結構真面目だよね。本人達が勝手にやってる事なんだから気にしなくていいのに」
「まぁ一応、私の方が年上でお姉さんだし、昔からそういう性分だからさ。尤もあの2人にしてみれば多分余計な心配で、お節介なのは分かってるけどね」
そう言って私は思わず自虐気味に言った。
胸に来るものがかなりあったけど仕方ない。
自分でも損な性格だって事は理解してる。
これ以外にもこういう事で散々痛い目も見た。
でも結局、私はそういう人間だ。
マコたんみたくドライには成り切れないし、かなちゃんやアクたんみたく割り切りが良い訳でもない。
余計と思われる程お節介で、アホな振りしてる癖に真面目で、図太い自分を演じてる割に臆病で怖がり。
自分の根っこを変える事はそう簡単じゃない。
「そんな難しく考えなくて良いんじゃない?人間自分のやれる事さえやれてればそれで十分でしょ。あの2人は私達よりやれる事の範囲がほんの少し広いだけ」
フリルちゃんはそんな私に何気も無しに言った。
その視線は遠く向こうの2人向けられる。
まるで成り行きを見守ってるみたいに。
「ここだけの話。真君って人を使う事は上手くても、人を頼る事に関しては凄い下手だからさ。少し前まで色んな仕事を一人で抱え込んでばっかだったんだ。そのせいで山積みの仕事にしょっちゅう囲まれてた」
フリルちゃんは続けてそう語った。
よくよく考えてなくても当然と言えば当然。
何せマコたんは少し前まで出世株のCAD。
今は映画に集中してるけど色んな仕事をやってた。
本来CADやるはずのない表の仕事も含めて。
そんな状況で忙しくない訳がない。
「本人の能力がなまじ高い上に、要領も良いから、仕事自体は特に問題はないんだけど、仕事が終わってオフモードになるともう駄目。何時も何時も疲れ切ったって感じで、見てるこっちが心配になるぐらいのフラフラっぷりだったよ。まぁそれはそれとして、意地で仕事全部終わらせて、ちゃんと定時に帰ってたけど」
「マコたん、残業とか心底嫌ってそうだもんね」
「兎に角にもそういう立場と性分のせいで、結構大変そうな感じだったんだけど、なかなかどうして、愚痴はあっても弱音は全く吐かないし、仕事終わりはフラフラで心配する事はあったけど、目はちゃんと何時も生きてる。なんでかなって最初は少し不思議だったんだけど、理由なら直ぐに分かった。MEMちょの動画に、頑張りに、何時も元気を貰ってたからだよ」
フリルちゃんはそう言って自分のスマホを見せた。
そこにはうちのチャンネルのホームが映っている。
今現在のうちの登録者数はざっと69万人。
指数関数的な伸びはないものの確実に登録者数を増やし、何かきっかけさえあれば百万人まで手が届く。
アイドル業と並行して動画投稿を続けるのは大変だったし、他の2人と比べて目立つ仕事でもないから、何回か心が折れかけたけど踏ん張って此処まで来た。
それを改まって褒められると変な気分になる。
「そうは言うけど、私がやった事なんてたかが知れてるよ?本当に頑張ってたのはルビーとかなちゃん。あの2人が目立ちやすいようこっちも動画作ってるし」
「でも、そのチャンネルが伸びるよう、裏で色々手を回してたのは、MEMちょなんでしょ?いくら素材が良くても下地が駄目じゃ元も子もないし」
「そりゃそうだけど、私が直接何かをしてあげられた訳じゃないよ。まぁ確かに、私の動画が間接的に役だったのなら、それはそれで嬉しいけど───」
私は自分の言葉を途中で区切った。
自分が何処か、拘っている事に気付いた。
そんなものは驕りに他ならない。
何かを
いつの間にか思い上がっていたらしい。
「何かしたいって思うのは人の勝手だし、それ思い自体は寧ろ良い事だと思う。けど、その思いを押し付けるのはきっと違う。自分の道をちゃんと歩いてる人に、違う道の方が良いなんて、言うのは失礼だもん。その思いだけで、MEMちょは2人の役に十分立ってる。そうでなかったら、あのシスコン2人に妹を任せられるなんて、一生掛かっても無理な話だろうし」
フリルちゃんはそう言って小さく笑った。
その言葉に何処か救われた。
あの2人のお陰で今の私はある。
何処か諦めてたアイドルという夢が叶った。
だからずっと、その恩を返したかった。
でも、その恩が間接的でも返せてるなら。
不器用で優しい2人の役に少しでも立ててるなら。
それだけで、私はもう十分。
「そっか。私ちゃんと、役に立ててるんだ。なら良かった。これまで沢山頑張ってきて、本当に良かった」
「あっ、MEMちょ。やっと笑ったね」
「ファンにこうも言われたらそりゃあね」
「だったら私は、ファンやってて良かった」
私とフリルちゃんは互いに笑った。
ファンの声援は何時だって元気をくれる。
わかってた事だけど改めてそれを実感した。
ついさっきまでの体の重さはもう感じない。
自分を見つめ直す事が出来た気がする。
「ところでマコたんの事だけど……どうする?今までにないレベルで……お見せ出来ない顔してるけど」
「このまま放置で良いんじゃない?ヤバくなったらアクアが止めるでしょ。姫ちゃんの自業自得だし」
「てめぇ人の推しを預かった癖に危ない目に合わせやがってッ!!待てやゴラァッ!!落とし前も無しに帰れると思うなッ!!海の藻屑になりやがれッ!!」
「そう言われて逃げない奴は居ないと思うぞ」
「悪かった!!俺が悪かった!!反省してるからそのシャベルを地面に置け!!すんませんでした!!」
「これがあの兄弟流の喧嘩ってやつか」
私は目の前の光景から全力で目を逸らした。
ついさっきまで現実逃避してた理由はこれだ。
私は姫川さんに誘われてドライブに行った。
アクたんとフリルちゃんも一緒だった。
けど、なんやかんやあって姫川さんは事故った。
新車だという3千万の車はおじゃんになった。
そして私達を迎えに来たマコたんはキレた。
プラスチック製とは言え、そこそこデカいシャベルを、自分の車から引っ張り出してくるレベルで。
それを見た姫川さんは回れ右して砂浜を走って逃走し、マコたんはそんな姫川さんを奇声を上げながら追い続け、かれこれ20分ぐらいの時間が経過した。
よくもまぁ通報されてないと思う。
「最近車の免許も取ったらしいから迎えお願いしたけど、まさかこうなるとはね。うっかり、うっかり。まぁ、でも、3人が兄弟っぽい事が出来てるみたいだし、結果オーライだね。良かった、良かった」
「いいや、何も良くないよ?どう見ても兄弟のやり取りじゃないよ?結果オーライじゃ全然ないからね」
私達が話してる間に姫川さんは転んだ。
何も無い場所で普通に転けた。
一方マコたんはそんな姫川さんを簀巻きにし、いつの間にやら掘った穴で、姫川さんを頭以外埋めた。
妙に手慣れてるせいでモノホンにしか見えない。
これに比べたら見た目怖いだけで社長は天使だ。
こんなの子供が見ようものなら大泣きする。
「まぁ確かに、よく考えてみれば故意に事故を起こした訳でもないし、いきなり始末するのもあれだな。という訳で3分間待ってやる。その間にこのまま放置されて潮が満ちるのを待つか、掘り出されて即海に放り出されるか決めろ。俺も鬼じゃないからな。それぐらい選ばせてやる。ただし、選ばないなら間を取って、頭まで埋めた上で放置するから。そのつもりで」
「いや、それ、どれ選んでも結局死じゃん。というか多分、間の取り方、色々と間違ってるし。あの、ほんと反省したから、早く掘り出してくれない?死に方どうこう選ぶ以前に、まだ死にたくないんだって」
「1……2……3……4……5……6………」
「えっ、何そのカウントダウン?もしかしなくても、死へのカウントダウン?マジなやつ?義理の弟に、俺、本当に始末される?……ちょっと、アクア。真面目に助けてくんない?一生のお願いだ。この俺を、兄ちゃんを、目の前の魔王から救い出してくんない?」
「別にいいけど兄貴ヅラした上で、囚われの姫様ポジションの台詞言うのガチで止めろ。純粋にきしょい」
怒りのあまり顔面モザイクになってるマコたんは一端さておき、埋められた姫川さんはアクたんに泣きつき、そんなアクたんはため息をついて呆れ返った。
姫川さんの母親の件や2人の父親の件で、色々心配だったけど、この様子だと完全な杞憂だったらしい。
親同士のあれこれなんて全員気にしてなさそうだ。
何処にでも居る普通の兄弟にしか見えない。
一人埋められてるせいで絵面がかなり酷いけど。
(私があれこれ考えるだけ、時間の無駄だな)
そう思って諸々の思考を私は放棄した。
あの兄弟にはお節介なんて初めから必要ない。
だったら私は何時も通り、『B小町』メンバーとして、友人として、推しとして、やれる事をやるだけ。
自分の人生を真っ直ぐ自分の足で歩くだけ。
あの兄弟の行く末をただ信じるだけだ。
今此処には居ないルビーの事も含めて。
「まぁ、それはそれとして、止めには入るけどね」
最終的に姫川さんはどうにか無事に救助された。
何やかんや言いつつアクたんが掘り返した。
少し素っ気ないだけで根っこはやっぱり優しい。
肝心のマコたんはというと私がどうにかした。
というより、フリルちゃんの提案で、可愛く止めるようお願いしたら、超あっさり刀を鞘に納めた。
あまりのちょろさにこっちが心配になる。
一方フリルちゃんはその様子を写真に収めた。
推しと推しの激レアな絡みだからとのこと。
帰りの途中マコたんと写真を共有していた。
この子が一番自由ではっちゃけてる。
そんなこんなで私の騒がしい休日は幕を閉じた。
こんな日々が続けいいのにと心から思う。
日は目まぐるしく巡り撮影は順調に進んだ。
次の撮影は劇団ララライのワークショップ。
星野アイが少年A、俺達の父親と出会った場面だ。
血縁上の本当の父親や母親、過去の自分。
そして俺が、かつて父と呼んだ男。
それらと対峙し、役を演じるというのは随分と複雑な気分だが、それはアクアやルビーにも言えること。
俺一人黙って見ている事なんて出来ない。
まして兄妹喧嘩の最中というなら尚更だ。
いざとなれば仲裁に入る覚悟も出来てる。
何はともあれ、件の撮影日当日の現場。
カメラの調整が終わり撮影がスタート。
画角外から
「……グウッ!!タイムッ!!やっぱ無理!!」
(中学生姿のアクア……可愛すぎる……ッ!!)
「カットォ!!カットだ!!いい加減にしろ!!」
「一応聞くけど、これで何テイク目?」
「ざっと8テイク目。此処まで来ると恥晒しだ」
しかし、ルビーは素を出したまま悶えた。
またもブラコンというやつを拗らせたらしい。
俺の出番までまだもう少し掛りそうだ。
隣で撮影を見ていた真は深い溜息をついた。
アクアもアクアで半ば呆れた表情を浮かべる。
「お前等って喧嘩の真っ最中……なんだよな?正直、そんなふうには見えないけど……そうなんだよな?」
落ち着こうとするルビーを横目に、俺は言った。
正直、喧嘩の真っ最中とはとても見えない。
心に決めていた覚悟も既に彼方へ消えた。
胸をときめかせてるようにさえ俺には見える。
「事情は知らねぇが、彼奴も撮影に前向きになったらしい。それもあって、許すか許さないかは別として、多少なり割り切る事にしたんだろう。現場を険悪な雰囲気にしない為にも……その判断は正しい」
真はその後の言葉を口にせず飲み込んだ。
その口振りからして自分を肯定する言葉じゃない。
寧ろ自分を卑下するような言い方だ。
その言葉の裏にある感情は重く冷たい。
「……けど、まさか、割り切る過程で、中途半端に嫌う方向に拗れるとは、俺にも予想外だ。18にもなって思春期の真似事って……もうちょっとやり方ってもん考えろよ、あの馬鹿。別ベクトルで面倒くせぇ」
けれど、その一方で、真はまたも溜息をついた。
こっちもこっちで紛れもない本音なのだろう。
18歳での思春期は、それなりに普通だと個人的に思うが、どうやらそういう単純な問題でもないらしい。
その言葉の節々には苦労が滲み出ている。
「監督には分からないんですよ。顔を良すぎる兄を持つ妹の気持ちが。中身があれでも、複雑なんです」
「そんなもん知らねぇよ。真面目にやれ」
「いい加減にしないと、他の撮影に支障が出るってのは紛れもない事実だ。この撮影ばっかりに時間は掛けられないだろ。ここは一旦、俺の代役を立てて、撮影を進めるって手も──」
「シャラップ。何もしてないアクアは黙って。アンタの意見なんか聞いてない。次は、どうにかするから」
「……ミスしてんのは彼奴だってのに、酷ぇな」
「えっ、俺、今、なんか悪い事した?」
一方ルビーは、俺達が話してる間にも唸った。
何が何でも、自分の力でどうにかするつもりだ。
アクアの提案を問答無用を却下した。
容赦ってものが喧嘩中とはいえ全く無い。
一方アクアは、その事で静かにダメージを受けた。
顔には出てないが負のオーラが薄っすら出てる。
ダイレクトに拒絶されたのが効いたようだ。
思春期の妹の言葉ほど強烈なものはない。
「……まぁ、兄妹喧嘩は犬も食わないって事で」
そう言った真は全力で顔を背けて目を逸らした。
この事態を見なかった事にするつもりだ。
というか、解決する事を早々に諦めた。
放任主義といっても限度があるだろう。
気持ちは分かるが人の心がまるで無い。
(一言で兄妹って言っても……本当に色々だな)
アクアのメンタルを案の定、犠牲にしつつ、その後ルビーはリテイク数を徐々に減らし、止まっていた撮影は、少しずつではあるもののどうにか再開。
改めて本格的に撮影が始まった。
それに伴って、俺は一度楽屋に移動して眼鏡を外し、髪や衣装を整え、
役越しとはいえ、彼奴の顔を見るのは久しぶりだ。
(こんな形でまた会う事になるとは、これっぽっちも思ってなかった。人生何があるか分かんねぇもんだ)
そんな感想を内心抱きつつ俺は現場に戻った。
こんな形で一家勢揃いとは、つくづく因果だ。
「ワークショップはどうだった?為にはなったかい?」
「ううん、全然!話してる内容が難しくって、殆ど分かりませんでした!私そこまで頭良くないですし!」
「ははっ、そっか。随分と正直な感想だね。そっか。そっか。じゃあ、どのへんが難しかったとかある?」
俺は一人だったアイに声を掛けた。
変わり者が多いタレントの中でもアイは浮いてる。
きっと興味本位だった違いない。
「ちょっと、清十郎。妻子の前でナンパなんて、肝が据わってるじゃない。私よりそういう子がお好み?」
そんな俺をやんわりと咎めるように、姫川愛梨が
自分の出生を考えると複雑だが今は考えない。
この演技で必要なのはあくまで
俺自身の心情なんて二の次だ。
「ちょっと!!人聞き悪っ!!そんなんじゃないから!講師としての役割を果たしてるだけだからね!」
「あっ、この人見た事ある。朝ドラの人だ!というか、子供居たんだ。演劇一家ってやつなんですね」
「姫川愛梨よ。それとこの子は息子の大輝」
「俺にとって自慢の妻と息子だ」
星野アイに俺は堂々と言った。
彼奴はこれを本心で言ったのだろう。
この頃はちゃんと、まだ家族だった。
俺の事を息子として、見てくれてた。
でも、何時からか、彼奴は俺を遠ざけた。
歯車は何時壊れてしまったのだろう?
「えっと、君は、中学3年か。だったら……丁度良いな。年もそれなりに近いし。お前が教えてやれ」
「ぼ、僕がですか?教えた事なんてないですけど」
「だからこそだ。教える事で気づく事もある。これも経験。出来る範囲でまずやってみろ。なぁ、愛梨?」
俺は少年Aの服を引っ張り呼び寄せた。
彼奴にとって少年Aは最年少の後輩だった。
それなりに気の置けない間柄だったのだろう。
実際何かと気に掛けていたらしい。
何らの変哲も無いごく普通の先輩後輩の会話だ。
けれど、あの人の視線は酷く冷たい。
「まぁ、そうね……いいんじゃないかしら?それで?若い子は若い子同士……仲良くさせるべきよね」
やんわり俺を咎めた時と比べものにならない。
表面上変わりないけど、酷く冷たい。
姫川愛梨が瞳に宿す感情はそんな感じだ。
まるで獲物に狙いを定める蛇のような目をしてる。
(ああ、そうか。歯車は、最初から壊れてたのか)
そこには異常とも呼べる執着が渦巻いていた。
けれど、俺はその視線の存在に気付かない。
役者として、夫として、致命的なまでに。
彼奴は役者の癖して他人の機微に鈍感だった。
俺の事は気づいてたクセに、本当にままならない。
「じゃあ、改めて、私はアイ。よろしくね?」
「……はい。お願いします。背一杯頑張るので」
アイと少年Aは演技の練習を共に始めた。
一方俺は、一度カメラの外へと掃けた。
ここから先はあの2人とあの人の出番だ。
俺の次の出番はもうちょっと先になる。
アイと少年Aは俺が掃ける間に意気投合した。
お互い慣れないながらも一生懸命に。
年相応の若者らしく楽しそうに練習して。
ワークショップ後も顔を会わせて。
共感して、変わって、時に間違えて。
互いが持つ輝きにそれぞれ惹かれ合った。
その様子を真は真っ直ぐな目で見ていた。
2人の楽し気の様子を何処か優し気に。
その先の事を考えてか何処か悲し気に。
言い表せない思いを視線に込めていた。
変わる事の無い、過去を思って。
「彼奴は、神木輝は……根っからの悪人じゃない。彼奴もきっと、俺達と同じ、何処にでも居る、普通の人間だった。それを歪めたのは、彼奴が歪むきっかけを作ったのは、紛れもない母さん……なんだろうな」
姫川愛梨は神木輝を押し倒した。
少年Aの輝いてた瞳から光が消える。
俺はその光景を見てそんな事を言った。
とても彼奴だけが悪いとは言えない。
その輝きが少しづつ鈍くなっていく。
「彼奴の周りには、誰も居なかった。褒めてくれる人間も、叱ってくれる人間も、守ってくれる人間も、誰も居なかった。……姫川愛梨も、恐らくそうだ。時代が悪かった。環境が悪かった。運が悪かった。そしてこれは今でも、誰にでも起こりうること。誰だって、小さなボタンの掛け違いが……大きな皺になり得る」
星野アイは姫川愛梨を糾弾する。
それに対しあの人はヒステリックに叫んだ。
出会いそのものに何の罪はない。
姫川愛梨と神木輝の出会いも。
星野アイと神木輝の出会いも。
俺と上原清十郎との出会いも。
何一つ間違いなんてこの世にはない。
仮に間違いがこの世にあるとすれば、自分に起きてしまった間違いを、そこで止められなかった事だけ。
その痛みから、目を逸らした事だけだ。
「まぁ要するに、金を搾り取る以上、タレント様には末永く長生きして貰わないと困るって話だ。搾取するにしろ相手が居なくちゃ、タレント業なんてものは成り立たない。そしてその環境を作るには金と権力」
『金と権力さえあれば何でも出来る!金こそジャスティス!権力こそパワー!強靭!!無敵!!最強!!』
「世界の真理ってのは、案外単純だ」
「お前、そんなんだから……散々クズって呼ばれんだぞ。間違っちゃねぇけど、致命的に駄目な真理だろ」
そんな空気の中、真は高笑いした。
俺の言葉なんぞこれっぽちも聞いてない。
そんな真の姿に俺は思わずドン引きした。
真理にするにはいくら何でも頭が悪い。
重い空気を破る為のジョークだと思いたい。
お願いだからジョークであって欲しい。
こんなふざけた真理、下らないにも程がある。
(真がクズと呼ばれる所以が……分かった気がする)
しばらくして今日分の撮影が落ち着いた。
カメラのチェックが行われ役者達が控室に戻る。
やや現場の外側に居た俺達も控室へ移動した。
控室からは既にガヤガヤとアクア達の声がする。
そんな中、俺は少し遠くに居るルビーを見つけた。
騒がしい控室を盗み見ては、足踏みをしている。
「どうした?こんな所で?中には入らないのか?」
「あっ、姫川さん。お疲れ様です。……今はアクアと真が居るから、後でいいかなって。演技中は気にならなくなったけど、演技外だと、色々と考えちゃって」
俺は適当な理由を付けてルビーの所に行った。
そして案の定、兄妹喧嘩関係での足踏みだった。
この調子だと撮影中も考えてたらしい。
「あの2人を許すか許さないかは、お前が決めれば良いと思うけど、そんなに悩むなら一回ぐらい。面と向かって話した方が良いんじゃないか?そっちの方がお互いスッキリするだろうし」
俺が思った事を言うとルビーは顔を曇らせる。
その瞳には迷いが映し出されている。
「何を話せばいいかなんて……今更分かりませんよ。あの2人が仮に悪かったとしても……散々酷い事言って、傷つて、勝手に絶交しちゃったし……合わせる顔がありません。この映画をあの2人が本当に、ママの為に、作る事を決めたんだとしたら……尚更だし」
俺はそんなルビーに真を重ねた。
彼奴も言葉を飲み込んで自分を責めてた。
アクアも似た感じで自分が悪いと言ってた。
本当に、此奴等は似た者兄妹だ。
悩み方まで、まるでそっくりだ。
血の繋がりが無かろうと関係ないらしい。
「別に気にする事じゃないと思うけどな。彼奴等だって好き勝手やったみたいだし。適当な話題がどうしても無いってなら、天気の話題とか、世間話とか、そういうので間を繋いで話せばいいんじゃね?」
「いや、そんな、日常会話じゃないんですから、無理ですって。それにそんな下らない話なんて───」
「でも、そんな下らない話も、会える時にしか出来ないぞ。話せなくなってからじゃ、会えなくなってからじゃ、もう遅いんだ。どんなに嫌いな相手だって、どんなに許したくない相手だって……居なくなったらそれまでだ。……一人じゃ下らない話も出来やしない」
俺はつい感情的になってそう言った。
彼奴をさっきまで演じてたせいだろう。
確かに俺と上原清十郎は血は繋がってない。
姫川愛梨は紛れもなく許されない相手だ。
でも、俺にとって、あの2人は父親で母親だ。
あの頃は小さかったし仕方ないと思う。
俺に何か出来たとも思えない。
けど、もっと、話せば良かったとも思う。
彼奴が俺の事を見たくなるくらい。
俺が彼奴を好きになれば良かったと思う。
何を思ったところで過去は変わらないけど。
「どうして、そんなに気に掛けてくれるんですか?初めて会ってから、そんなに経ってないのに。私が姫川さんに、何かした訳でもないのに」
ルビーは俺の行動に疑問を持った。
これまで何ら関りがあったわけでもない。
ちゃんと顔合わせて1ヶ月も経ってない。
そのくせ妙に馴れ馴れしく寄り添ってくる。
行動だけを上げると完全に下心ありのナンパだ。
真は兎も角アクアに見られたら蹴られかねない。
「お前等にとっちゃ俺は赤の他人で、どっちかと言えば関係なんて無い方が良かったかもだけど、俺からしたら嬉しかったんだよ。弟と妹ってやつが出来て。兄妹って繋がりが出来て。ある程度歳離れた相手に、こんな事言われるんて、気持ち悪いかもだけどさ」
なので言い訳混じりに本音を言った。
自分でもそこそこ重い事言ってる自覚はある。
兄妹ってものに夢を見過ぎてるのかもしれない。
でも、嬉しかったのは本当だ。
どんな形であれ知れて良かった。
下らない話が出来る相手が出来た。
「俺もお前の、兄ちゃんってやつだからだ」
だから、これぐらいは良いのかなって思った。
遠くからでも幸せを願うぐらい。
居てくれるだけで十分何だから何も要らない。
馬鹿馬鹿しい話が偶に出来るならそれでいい。
「台本あるから当然知ってたけど、不味いでしょ。アクアとルビーのキスシーンって。普通に駄目でしょ。念の為に言うけど、実の兄妹だからね、あの2人」
「いや、でも、ルビーちゃん、案外乗り気だったし」
「アクアもルビーがやりたいならって言ったよ」
「ぶっちゃけた話……超見たい」
「ちなみに真はどう思ってる?」
「死ぬ程どうでもいい。やりたきゃ勝手にやれ」
「まともな奴は……此処に居ないのか」
「お前だけは言うな。お前だけは」
ちなみに。その数日後。
アクアとルビーのキスシーンの撮影が行なわれた。
前回のように手間取るかと思われてたものの、ルビーが色々と吹っ切れたらしく、件のキスシーンは超スムーズかつ、臨場感ありで、一発撮りで終った。
本人曰く外見の事だけを考えてやったとのこと。
それで良いのかと思ったがまぁいいのだろう。
何かよく分からんけど満足そうにしてたし。
「キス……実の兄妹……イチャイチャ………」
「あんなの考え出したら終わりだ。深く考えんな」
あと有馬はキスシーンを見てバグった。
真曰く時々発生する発作とのこと。
数十分同じ言葉を繰り返して普通に怖かった。
ホラー映画での出演ならハリウッドも行ける。
「彼奴等の周り……ほんと退屈しねぇな」
この調子だと馬鹿馬鹿しい話には事欠かない。
【番外編】
フ「おつー。みんなお疲れ」
有「うわっ!ビックリした!痴女が入って来たかと思った!」
フ「二プレス。二プレス。問題なし」
M「濡れ場とはいえ良くやるねぇ」
フ「今後も女優業に力入れたいし。成人したらやろうと思ってたんだ。芝居の為なら何でも出来ますアピールは大事だからーって、なんで上着?」
真「お前がやりたいって言うなら、俺は止めないし、事務所に強制された訳でも無いなら、何も言わん。だが!!撮影後にタオル一枚なんて論外!!温かい格好でちゃんと暖を取れ!!風邪ひいちゃうでしょ!!」
有「アンタはフリルのオカンか」
M「マコたんほんと過保護だよね」
フ「でもこれ、逆にエッチじゃない?」
黒「アクア。今凝視してたでしょ」
ア「いや、してない。気のせいだ。凝視なんかしてない。勘違いだ。気にするな」
黒「まだ何も言ってないよ?」
有「彼奴のムッツリ具合は未だ健在か」
以上、本編で出し切れなかった楽屋でのお話。