斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

50 / 58
50 15年の嘘の果てに

 

 

 映画の撮影はスケジュールとの勝負。

 

 作品の時系列がごっちゃになるなんて当たり前。

 

 そんな訳でルビーは宮崎県の高千穂。

 

 かつて2人が居た、病院へと足を運んだ。

 

 アクアは残念ながら今日来ていない。

 

 スケジュールが上手いこと合わなかった。

 

 本来当事者の彼が、一番来るべきはずなのに。

 

「何やってんだ、黒羽。さっさと木の上から降りろ。何時も何時も文字通りの高みの見物をしやがって。出番がある訳でも無いのにわざわざ東京から宮崎に来るなんて、お前暇なのか?それともアホか?いいや、両方か。邪神(ゴミ)ってのは毎日が休みで羨ましい限りだ」

 

(此奴一回、本気で痛い目みせてやろうかな)

 

 代わりとばかりに来た真は僕を煽った。

 

 顔を合わせる度、決まってそうだ。

 

 僕にそんな口を利けるのは、彼ぐらいだ。

 

 礼儀も敬意も信仰心もまるで無い。

 

(こんな奴が何故転生したのか……理解に苦しむ)

 

 この世界には、魂に関与出来る者が存在する。

 

 外法な手段で、時に死者の魂を呼び出す者が。

 

 僕もその一人と言っていいだろう。

 

 そんな力に導かれ、あの2人は転生を果たした。

 

 前世で果たせなかった未練を、今世で果たす為に。

 

 今度こそ最後まで生きて、幸せになる為に。

 

 でも、彼の魂は2人とは根本的に違う。

 

 彼の魂は、元々この世界に存在しなかった。

 

 外法な手段の影響で迷い込んだのだろう。

 

 何より彼は未練をまるで持っていなかった。

 

 というより、酷く虚ろで、空虚だった。

 

(彼は一度何もかもに絶望し、期待する事を止めた。何もかもに諦めをつけ、世界を呪った。そして最後には、自分という化物を何よりも憎み、自ら死を望んだ。言ってしまうなら、壊れ切っていた。数多の魂を見てきた僕でさえ、同情せずにはいられないほどに)

 

 だから、きっと、このまま消えるのだと思った。

 

 未練の無い魂は形を保つ事が出来ない。

 

 その魂は静かに崩れ消え、星の海に還ると思った。

 

 なのに、彼の魂は、皮肉にも転生を果たした。

 

 彼の深い絶望は、星の海を拒絶した。

 

 僕や、他の誰かの、導きを持たぬまま。

 

 彼自身、それを望んでいないにも関わらず。

 

 彼は再びこの世界で生を得た。

 

 よりにもよって、あの2人の直ぐ近くで。

 

(だから、僕は思った。彼が正しい運命にあるべきだと。あの2人と同じように、望みが叶えられるべきだと。なのに彼は、僕を拒絶した。それどころか、(ぼく)の存在そのものを否定した。まるで理解出来なかった。運命(ぼく)に導かれる事こそが、人の幸せのはずなのに)

 

 僕の救いを捨てた彼は、己の道を進んだ。

 

 楽な道を選ばず、険しい道を選んだ。

 

 自らの居場所を、自分から捨て。

 

 守りたい者から、時に憎まれ。

 

 自らと関係ない命に、涙を流し。

 

 自分自身の幻影に、憑りつかれ。

 

 押し潰れそうになりながら。

 

 それでも、救いを求めず、進み続けた。

 

 いくら進んでも、何もないかもしれないのに。

 

「よぉ、メルト。お疲れ。悪くない演技だったぞ」

 

「真さんこそ、お疲れ様です。前と比べて俺の演技。だいぶ良くなってたでしょ?練習しましたから」

 

「今日あまの頃と比べればそりゃそうだろうよ」

 

(今の彼は、とても自由だ。あんなにも不自由だったのに、望みなんて叶えられていないのに、導きだって持って無いのに、満ち足りている。僕が望みを叶えたあの子はあんなにも……暗い表情をしているのに)

 

 彼が話す様子をルビーは遠くから見ていた。

 

 その表情には戸惑いと迷いが滲んでる。

 

 自分がどうするべきか、深く悩んでいる。

 

「君は自分のやって来た事に、後悔はないのかい?やり直しをしてみたいと、思った事はないのかい?」

 

 撮影が一段落して撤収に移る間の時間。

 

 僕は真を捕まえて、そう尋ねた。

 

 彼は心底嫌そうな顔をしつつも答えを口にした。

 

 そんなもの初めから決まってるとばかりに。

 

「後悔が無いかと言えば、嘘になる。だが、今更やり直すだなんて、俺は御免だ。今があって、過去があって、未来がある。どれか一つでも欠けちまったら、それはもう俺じゃない。選択を別の誰かに委ねた、別の何かだ。俺は運命(おまえ)の奴隷になる気は毛頭無い」

 

 真はそうハッキリと断言して僕を睨んだ。

 

 あくまで僕を必要としないらしい。

  

 つくづく不器用なほど一途な人間だ。

 

 一人きりになった僕は空を見上げた。

 

 頭上には月と星が眩く輝いてる。

 

 その輝きは東京のものと比べ物にならない。

 

 人工の光が少ないからだろう。

 

 その輝きは普段より眩しくよく見えた。

 

 何時か手が届くと思えるぐらい。

 

「君はきっと不死の薬を飲み、人ならざる者に成り果ててでも、月に行くのだろうね。例えそこに再会を望む相手が居なくとも、例えそこに何も無いのだとしても、約束を果たす為なら迷わず、そこへ向かうのだろうね。かつての彼女がそうだったように」

 

 彼女自身の魂はもう既に、この世にはない。

 

 あの時、あの場所で、星野アイの物語は終わった。

 

 もう二度と、何も思わないし、何も考えない。

 

 けれど、彼にとって、そんな事は些細なこと。

 

 それでも彼は、此処まで歩み続けた。

 

 遠い宇宙の果てにあるかもしれない小さな光。

 

 あるか定かではない曖昧なもの。

 

 かつて彼が一度は諦めたもの。

 

 かつて彼女が追い求めたもの。

 

 その光に向かって、彼は手を伸ばし続けてる。

 

 何処までも愚かな人間として。

 

「その道の先で君が何を見るのか、楽しみだよ」

 

 そんな僕の言葉は音も無く夜空に溶けた。

 

 遥か先の星の海に向かって沈むかのように。

 

 

 

 

 

  

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「やだー!やーだ!絶対絶対やらなぁいいぃいっ!!私踊りなんてやらないから!」

 

「どうしてそんな事言うんですか?」

 

「ヤなものはヤなのー!ママーッ!!ママーッ!!」

 

「はい、カット。確認入ります」

 

 長かった撮影もいよいよ終盤。

 

 次の場面はアクアやルビー、真達の幼少期だ。

 

 黒羽飛鳥という子役の演技は中々に上手い。

 

 その実力は私の子役時代に匹敵する可能性がある。

 

「チッ。ミスなしかよ。つまんねぇ。もっとメタメタな演技して、恥かくこと期待してたのに、ガッカリだ。ルビーのガキっぷりを精巧に再現しやがって」

 

「一応言っておくけど、全部聞こえてる。期待添えず申し訳ないね。その期待に添える日は一生無いけど」

 

(なんで此奴、自分で連れて来た子役に喧嘩腰なのよ。何時もの掴み所の無さは何処行った?そんなに嫌ってるなら、最初から連れて来なければいいのに)

 

 けれど、その演技に、真は露骨なほど不満気だ。

 

 というか、失敗しろとハッキリ言ってる。

 

 仮にも副責任者としてそれは駄目だろう。 

 

 これじゃあまるで依怙贔屓ならぬ逆贔屓だ。

 

 此奴にしては珍しいほど感情的になってる。

 

「あの子の何が不満なのよ。私だって無名な上に無所属だから、最初は不安だったけど、問題なくやれてるみたいじゃない。監督の方も機嫌良さそうだし」

 

 黒羽飛鳥が演じる幼いルビーは、鏡の前で足をもつらせて転んだ。

 

 ダンスの練習をしようとして、上手くいかなかったのだろう。

 

 そんな彼女にアイは何も言わず、手を差し出す。

 

 その手を取って、ルビーは立ち上がった。

 

 音に合わせ、2人は並んで体を動かす。

 

 演技とは思えないほどの息の合いっぷりだ。

 

 一瞬、本当の親子じゃないかと錯覚する程に。

 

「彼奴の演技そのものに不満はない。これぐらい出来ると確信したからこそのスカウトだしな。だが、それはそれとして、俺は邪神(あいつ)が死ぬほど嫌いなんだ。見てるだけで蕁麻疹が出そうになる。首と胴を別れさせたくなる。仕事絡みじゃなきゃそもそも関わってない」

 

 しかし、真は尚も嫌そうな顔を崩さなかった。

 

 誰に何を言われようと全力で拒絶する気だ。

 

 全身から妙なオーラが立ち上がってる。

 

 こうなった此奴に何を言っても無駄だ。

 

 何を言おうとボロクソに返されるのがオチだ。

 

 いくら何でも大人気がなさ過ぎる。

 

(子供嫌いって訳じゃないはずなんだけど)

 

 そんな事を気にしてる間にも撮影は進んだ。

 

 次の場面はアクアと監督の邂逅のシーン。

 

 黒羽飛鳥は衣装を変え幼いアクアの姿になった。

 

 当事者という事もあってか何処か懐かしい。

 

「うーん、なんて言うか、似てるけど若干違うのよね。ミステリアスさと可愛さが、共存してないっていうか、現状でも悪くないけど、幼さが目立つわね。そりゃあの頃のアクアは天使かって思う位可愛かったけど、可愛さの方向性が少し違う。年相応の子供っぽさに関してはいい線行ってるけど───」

 

「何なの此奴。ビックリするぐらい早口で目が据わってるんだけど。馴れ馴れしい上に鬱陶しい」

 

「これはな。有馬特有の病気だ。慣れろ。一人で喋らせておけば勝手に収まる。ちなみに現代の医療技術で治す事は不可能だ。治せるもんなら神の力とやらで今直ぐ治せ」

 

「僕にだってこんなの治しようがないよ。そもそも僕は医学の神じゃないし。例えそうであってもこれを治すのは不可能だ」

 

「何だよ。やっぱ使えねぇ。神の力ってのも所詮そんなもんか」

 

「神にだって出来る事と出来ない事ぐらいある」

 

 私は思わず黒羽飛鳥を念入りに観察した。

 

 あの頃の可愛げがあったアクアを思い出す。

 

 周りの目がなかったら抱きしめてた。

 

 現にルビーは羨ましそうにこっちを見てる。

 

 一方、真は私からある程度距離を取った。

 

 険悪な雰囲気のはずの黒羽飛鳥も一緒だ。

 

 何やら小声で2人して話し、私の事を指差してる。

  

 とりあえず碌な事を言って事は間違いないだろう。

  

 後でクズは内容を聞き出した上で蹴る。

 

「役のせいってのもあるけど、何だか懐かしい気分になったわ。こういうのも偶には悪くないわね」

 

 黒羽飛鳥はアクアの役も無事演じ切った。

 

 ルビーの時もそうだけど本物を思わせる。

 

 監督に至っては昔を思い出したのか少し笑ってた。

 

 クオリティさるものながら見ていて楽しい。

 

「そう言ってられるのも今のうちだ。昔ってのは少し思い出す程度ならともかく、よくよく思い出すと中身は大抵、黒歴史の福袋ってのが相場だ。ほぼほぼ全部碌なもんじゃない。今の言葉、後悔するぞ」

 

「後悔なんてしないわよ。恥じるような過去なんて私には無いし、黒歴史なんてものも、そもそも存在しない。アンタにとっては違うのかもだけど。何処からでも掛かって来いって感じ───」

 

「……あっ、来た。俺が今日一番見たくないやつ」

 

 真はそう言うと今日一番嫌そうな顔をした。

 

 私もそれを見て黒歴史が僅かに蘇る。

 

 恥じるような過去、そういえばあった。

 

 あの頃は、自分でもドン引くぐらい尖ってた。

 

 そして同じぐらい、騙されやすかった。

 

「僕だって、これに関してはやりたくてやってない」

 

 そこに居たのは幼い頃の真の姿をした黒羽飛鳥。

 

 真と同様、それなりに嫌そうな顔をしてる。

 

 見た目が幼い真だけに、シュールな光景だ。

 

 テンションがさっきよりも明らかに低い。

 

「……まぁ、これも、必要な犠牲だ」

 

 そんな私達の思惑も知らずに撮影は再開。

 

 さっきのアクアと監督との邂逅の続きだ。

 

 監督は笑いを収め、既に苦笑いをしてる。

 

 私としても嫌な予感しかしない。

 

「いえいえいえ、滅相もありません!私共がこの通り年端も行かぬ若造ではあります事はご尤もです!このような私共を心広く現場に迎えてくれた五反田監督を始め関係者の皆々様への感謝はあれど、決して粗相などで皆様の貴重な時間を奪うつもりはありません!それとこちらはせめてものお気持ちです。良ければ後で、皆々様で召し上がって下さい」

 

「うわっ、アンタ。この頃から媚売ってたの?」

 

「ああ、そうだ。目上への媚売りは大事だからな」

 

 そして件の嫌な予感は的中した。

 

 黒羽飛鳥演じる真は監督に向かって媚を売った。

 

 見ているだけで、全身の鳥肌が立つ。

 

 演技力もあってそれが本当(ノンフィクション)だと直感した。

 

 実際にあった事なのだと確信せざるを得ない。

 

 クオリティの高さが最悪な形で災いしてる。

 

「何故僕が……こんな下賤な事を」

 

 黒羽飛鳥はやや青白い顔で少しふらついた。

 

 演技をした事で大事なものが色々と削れたらしい。

 

 さっきまでの余裕は完全に消えてる。

 

「残念ながら、撮影シーンはまだまだあるぞ」

 

 吐血した血を拭いながら真はそう言った。

 

 此奴も此奴もそこそこのダメージを受けてる。

 

 嫌いな相手に自分を演じられたからだろう。

 

 こっちもこっちで尊厳的なものが削れてる。

 

「この撮影……絶対誰も幸せにならないって」

 

 そんな嫌な予感はまたしても当たってしまった。

  

 あんなものは地獄の入り口でしかない。

 

 本当の地獄は、そこからだった。

 

 詳しい内容はあまり思い出したくない。

 

「有馬かなさんですね。お会い出来てとても光栄です。ご活躍についてはよく聞いております」

 

「ルビーてめぇ、先生方を困らせんなって何時も何時も言ってんだろ。さっさと教室に戻れ」 

 

「やーい、やーい、アクアのバーカ。取り返せるもんなら、取り返してみろ。続きが気になってるであろう本は此処だ。偶には外で運動しやがれ」

 

 脚色入りとはいえ、クズはやはりクズだった。

 

 幼少期から可愛げも無いし、救いようも無い。

 

 かつての彼奴も他人を騙し、煽ってばかりだった。

 

 そしてその被害者の中には私も含まれてる。

 

 こんな奴に何故騙されたのか、見当も付かない。

 

 昔の私は、節穴もいいところだ。

 

 過去の色んな黒歴史が蘇ってきて辛い。

 

「僕は……あのクズに騙されたのか」

 

 黒羽飛鳥は、演技する度にダメージを受けた。

 

 もう既に精神的には満身創痍だ。

 

 あんな小さな子にクズの言動は毒が強過る。

 

 このままだと精神汚染されかねない

 

「この撮影……早く終わらないかしら」

 

 私は思わず手持ちのタオルを投げ込みたくなった。

 

 同じクズの被害者として激しく同情する。

 

 こんなのは演技じゃない。

 

 拷問、甚振り、もしくはその両方だ。

 

 あまりに残酷で酷過ぎる。

 

 あの子を今直ぐにでも楽にして上げたい。

 

「……あと少しだ。あと少しで、この撮影も終わる」

 

 つい先程と打って変わり、真は静かに言った。

 

 真剣な相貌で現場を見つめ、様子を窺っている。

 

 フラフラだった黒羽飛鳥も気持ちを入れ替えた。

 

 あっちもあっちで真剣な様子だ。

 

 いつの間にか真の目からは光が消えてる。

 

「おい、何やってんだ。その包丁を一旦置け。そんな危なかっしい持ち方で料理が作れるか。練習するならミヤコが居る時にやれって言っただろ」

 

「ごめん、ごめん。ついつい。待つだけも暇だし、魔が差しちゃった。早く上達した方が良いかなって」

 

「それで怪我したら元も子もねぇだろうよ」

 

 場面は変わり、アイと真のシーン。

 

 アイは包丁を逆手持ちし、真に止められた。

 

 アイのお腹はほんの少し膨らんでる。

 

 離乳食を作る練習をしようとしたらしい。

 

「そういやアンタ、あの2人より早く、アイと面識があったんだもんね。そんな事あったんだ」

 

「グラサンとミヤコが受け入れ先の病院を探す出すまでの、2週間だけな。身重な彼奴を、そうしょっちゅう外に連れ出す訳にも行かねぇし、その間は殆ど俺の家で一緒に留守番してた」

 

「一人にさせておくよりかはマシか」

 

 私は納得の顔で何度か頷いた。

 

 アイに身内と呼べる相手は社長達以外居ない。

 

 他に頼れる相手も居ないだろうし自然な流れだ。

 

 何より社長とミヤコさんはその手の経験者。

 

 親としての経験値の差は明らか。

 

 不味い時の対処法も、ある程度知ってる。

 

 そう意味でも都合が良かったのかもしれない。

 

「おい、馬鹿。ダンスの練習なんか出来る訳ないだろ。止めろ、止めろ。ストレッチだけに留めろ。激しい運動は駄目だって、言われたばっかだろ」

 

「野菜ぐらい残さずに食え。2歳の俺ですら全部食ってんだ。そんなんじゃぶっ倒れんぞ」

 

「それにしても、小言多くない?」

 

「彼奴の行動に駄目な部分が多過ぎるせいだ。2歳になったばかりだったのに、とんだ重労働をやらされた。保護者の保護者をしている気分だったよ」

 

 真は何つけてアイを度々叱った。

 

 というか、アイがしょちゅうやらかしてた。

 

 お茶を飲もうとしてお湯を沸かしたのはいいものの、ダンスの振り付けを思い付いて火を消し忘れる。

 

 うっかり手を滑らして飾ってあった花瓶を割る。

 

 塩と砂糖を間違えて料理が激マズになる。

 

 危うく怪しい広告詐欺に引っかかりかける。

 

 などなど、罪状を上げていくとキリがない。

 

「こんな奴が、完全無敵な訳ないだろ」

 

 真は溜息交じりにハッキリと断言した。

 

 こんな姿を四六時中見てればそんな感想にもなる。

 

 私自身、アイのイメージは完全に崩れた。

 

 世間が見るアイと、実際のアイはまるで別物だ。

 

 だからこそ、嘘吐き(アイドル)だった彼女は凄いのだけど。

 

「んー、どうしよっかな。この子の名前。ミヤコさんに聞いたり色々調べてるけどどれもピンと来ない」

 

「毎日毎日、飽きずよくやるもんだ。そもそも子供が本当に居るかどうかも、まだ分からないってのに」

 

「だって、名前は一生ものでしょ?よく考えなきゃ」

 

 アイは育児書を片手に再び考え込んだ。

 

 その手は膨らんだお腹に当てられてる。

 

 そんなアイの様子を真は隣で静かに見守った。

 

 まるで不思議なものを見るみたいに。

 

「そんなにその子が大事なら、アイドルなんて辞めればいいだろ。そうすりゃもっと、気楽に居られる」

 

 少し間を置いて幼い真はそう言った。

 

 幼い声ながらも何処か真剣な声色だ。

 

 その目は本人同様、光を宿していない。

  

「うーん、そういうやり方もあるかもだけど、この子を育てるにしろ、ご飯を食べるにしろ、お金は必要だよ?別のお仕事を探すにしたって時間掛かるし、そもそも私、あんま頭良くないからさ。辞らんないよ」 

 

「学が無いなら今から学べば良い。自主的に勉強するぐらいの金は持ってるだろ。さもなくば、グラサンにでも教えてもらえばいい。何より子供を抱えたままアイドルをやるリスクと比べれば、そんなもの取るに足らない。嘘吐き(アイドル)であり続ける必要なんてないだろ」

 

 真は続け様にそう言い放った。

 

 その言葉は冷たさを帯び容赦がない。 

 

 けれど、言ってること自体は全て正論。

 

 実際バレて此処までの騒ぎになってる。

 

 どう考えてみてもリスクしかない。

 

 アイはその言葉に少しの間黙りこくった。

 

 その瞳にはうっすらと迷いが見える。

 

「……うん。そうだね。わかってる。その通りだよ。そんな些細な事、辞めない理由にはならない」

 

 アイは続け様にその言葉を肯定した。

 

 何時か全てを失うかもしれないという事も。

 

 自分の行いが何にもならないかもしれない事も。

 

 彼女自身、誰よりも分かっていた。

 

 その手はまたもお腹に当てられる。

 

「でも、やっぱり私は、アイドルを辞めない。辞める事なんて出来ない。自分のやってる事が例え間違いでも、辞めたくない。産まれてくる、この子の為にも」

 

 けれど、アイの意思は決して揺るがない。

 

 寧ろ、その思いはより強くなった。

 

 瞳の奥の輝きは、より一層眩しく煌めいてる。

 

「……何の為にそこまで。別の方法だってあるだろ」

 

 幼い真は声色を変えず淡々と言った。

 

 でも、さっきまでの冷たさはもう宿ってない。

 

 湧いた疑問を純粋に問いかけてる。

 

「……私って、すっごい嘘つきなんだ。他の人とは何かが違って、自分以外の誰かに真剣になる事も殆ど無いし、多分大事な何かが欠けてる。自分でも何が本心かなんて全然分かんないし、何が嘘かも分からない」

 

 アイはそんな真に向かって語り出した。

 

 その瞳から僅かながら輝きが消える。

 

 何処か虚ろで、虚空を見ているようだった。

 

 どちらかといえば独り言に近い。

 

「そんなんだから、昔から何かを愛する事が苦手で、人に愛された記憶も殆ど無い。アイドルなんて向いてないって、昔は思ってたし、頑張ったら頑張ったらで意地悪されたりもしたから、真君が言ったみたいに、辞める事も考えた。そっちの方が、楽だろうしね」

 

 そんなアイの言葉を真は黙って聞いた。

 

 光の無い瞳にその輝きが映り込む。

 

 鏡合わせの自分を見ているかのように。

 

「でもね。アイドルをやってるうちに思ったんだ。嘘も何時か、本当になるかもしれないって」

 

 アイの瞳の輝きが再び光を放つ。

 

「誰も愛したことのない私でも、アイドルをやっていれば、嘘でも『愛してる』って言い続ければ、皆を本当の意味で愛せる。ちゃんと自分の口で、嘘じゃない自分の気持ちを、伝える事が出来るって、心から思えたの。……今はまだ、口には出来ないけど」

 

 その輝きは真の瞳を静かに穿った。

 

 真はその言葉に僅かながら視線を逸らす。

 

 その輝きに自らの瞳を焼かれないように。

 

「……だから、アイドルを続けるのか?嘘を吐き続けるのか?どうかしてる。そんなもの、お前が思い描いただけの、夢物語かもしれないのに」

 

「だからだよ。私がアイドルを続けたい理由。皆に嘘を吐き続ける理由。だって、アイドルは、大人も子供もお年寄りも、幸せな人もそうでない人も全員推して、夢を見せて、自分も幸せになれる。夢物語の一つや二つ、本当に変えちゃう、とっても楽しいお仕事。辞める理由なんてないもん」

 

 アイはそう言って、笑ってみせた。

 

 その瞳には迷いは欠片も残っていない。

 

 ひたすら真っ直ぐ、先の未来を見つめている。

 

「そうかよ。それがアイドルを続ける理由か。本当に身勝手だな、お前って奴は。そんでもって呆れ帰るほど……欲張り者だ」

 

 真はそんなアイに対し苦笑した。

 

 説得なんて意味無いと悟ったらしい。

 

「でも、案外、そうなのかもな。そんなもんなのかもしれないな。誰かを愛するって」

 

 続けざまに真はそう言い放った。

 

 その瞳には小さな輝きが宿っている。

 

「俺も誰かを愛する事が何なのか、まるで分からない。そんなものは夢物語でしかないって、本気で思ってる。……けど、もしも、お前の言う通り、嘘が本当になったのなら、夢物語が本当になったのなら、嘘も悪くないのかもしれない。産まれてくるその子も、お前の言葉を、待っているはずだから」

 

 とてもか細くて、消えてしまいそうな輝き。

 

 それでもその輝きは暗い瞳に光を灯した。

 

 2人の瞳は鏡合わせに再度混じり合う。

 

 両方とも穏やかで、優しい顔をしている。

 

「……これがアンタ達の、やりたかった事?この映画を作った理由?これをあの子に、伝えたかったの?」

 

 私は隣に居る真に向かってそう言った。

 

 その表情は能面のように堅くまるで読めない。

 

 何かを耐えているかのようにも見える。

 

「……俺は彼奴の事が、嫌いだった」

 

 そんな真はぽつりと言葉を零した。

  

「自分の本音をまるで、見せようとしない。自分自身を、偽ってばかり。本当の自分を、これっぽっちも見せようとしない。そのくせ身勝手で、我が儘で、天然で、世間知らずで、鈍感で、馬鹿で。なんでこんなのが義姉なんだって、考えた事もあった」

 

 そして続けざまにそう吐き捨てた。

 

 その手は堅く強く握られている。

 

「でも、彼奴の嘘は、温かかったんだ。誰かから何かを奪う、冷たい嘘じゃない。誰かに何かを与える、温かくも優しい、そんな嘘だった。そんな嘘ばかり彼奴が吐くもんだから、柄にもなく思ったんだ。この嘘になら、騙されても良い。この嘘なら、信じても良い。その言葉(ねがい)が彼奴等にも、何時か届いて欲しいって」

 

 真は必死になって無表情を貫いた。

 

 握られた手は更に強く握られる。

 

 そうでもしないと、耐えられなかった。

 

「アンタも大概、不器用よね。ほんの少し共感する。自分の気持ち一つ、まともに伝えられないなんて」

 

「……恋愛脳のお前と一緒にするな。俺のは、そういうのじゃない。分かったような事を軽々しく言うな」

 

「いいや、分かるわよ。私だって、同じだもの。そりゃアンタと比べたら大した事ない。でも、大切な人に、好きだって言えない。ありがとうの一つすらも、まともに言えない。アンタと同じ、情けない奴だもの。痛いほど分かる。……大事な人だったのよね」

 

 私の言葉に真は何も返さなかった。

 

 でも、ほんの少し、表情筋が緩んだ。

 

 目元の辺りが、ごく僅かに動く。

 

「この映画は所詮フィクションだ。結局のところ、嘘でしかない。それでも俺は、その先にあるものを信じた。彼奴が夢見た、本当の未来が、欲しかった。……有馬、教えてくれ。彼奴の言葉(ねがい)は、届いたのか?彼奴の夢は、叶ったのか?彼奴のやって来たことは、無駄じゃなかったのか?……嘘は、真実(ほんとう)になったのか?」

 

 真が問いかける間にも撮影は進んだ。

 

 今日の撮影のラストシーンだ。

 

 アイは真を抱きしめお腹に手を当てる。

 

「この子は一体どんな大人になるのかな?どんな夢を見て、大きくなっていくのかな?今から楽しみだね」

 

「……無事に、産まれてくるといいな」

 

 幼い真はアイに向かってそう言った。

 

 その瞳は慈愛で満ち溢れている。

 

 そんな真の言葉にアイは表情を崩した。

 

 今にも泣きだしてしまいそうだった。

 

 そんなもの台本に書かれていない。

 

「うん、そうだね。元気に、産まれてくるといいね」

 

 それもはや演技と呼べない台詞だった。

 

 役者としては失格もいいところだ。

 

 (アイ)を演じるルビーの、言葉無き叫びだった。

 

 監督の声が掛かるとともに撮影は終了。

 

 我慢なんて、もう出来なかった。

 

 ルビーはまるで子供のように、大粒の涙を流す。

 

 その場に座り込んで動けなくなった。

 

 溜めに溜め込んだ感情が一気に溢れる。

 

「……そんなの、私に聞くまでもないでしょ」

 

 彼奴への返答はそれだけで十分だった。

 

 他の言葉は何一つだって必要ない。

 

 求めたものは、ちゃんとそこにあるから。

 

「……なら、この15年に、意味はあったな」

 

 真はそう呟いて深く座り込んだ。

 

 その顔は手で覆われ見る事が出来ない。

 

 けれど、私は決して見逃さなかった。

 

 彼奴の瞳の奥で、小さな光が確かに輝いたこと。

 

 ほんの一筋の雫が零れるように、落ちたことを。

 

 

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