私とアクアは2人きりでリビングに居た。
張り詰めた空気が部屋全体を満たしている。
「……顔を合わせて話をするのは、久しぶりだな」
「……演技以外で話したのは、あれっきりだもんね」
その言葉はどちらも異様なほど重い。
期待と不安が、絡み合うように胸を締めつけた。
悪い予感ばかり、頭を過ぎってしまう。
「あのお医者さんのこと、アクアは何処まで知ってる?映画に出たあの人……実在してたんだよね?」
一言一言、確かめるように私は言った。
聞きたい事は山ほどあるけど、一番はそれだ。
より一層、言い表せない感情が酷くざわめく。
「ああ、そうだ。彼奴はこの世界で、確かに生きてた。自分の人生を生き抜いた。俺は彼奴の事を誰よりも知ってる。……お前の幸せを、一番に望んでいた」
アクアも噛みしめるようにそう言った。
複雑な感情が、その言葉に滲んでいる。
けれど、それはどれも過去形だ。
何処か他人事のようにも聞こえる。
「そんなお医者さんなら、私も一人知ってるよ。ずっと会いたかった人で、とっても優しい人。一人だった私の側に居て、何時も励ましてくれた。未来なんて一つも見えなかった私に……生きる意味をくれた」
今にも溢れそうな感情を、私は必死に抑えた。
まだ、その答えを、ちゃんと聞けてない。
自分の口で尋ねる事が、まだ出来てない。
「もしかして、アクアは……せんせーなの?」
部屋は一瞬、凍りつくように静まり返った。
少し間を置いて、アクアは押し黙る。
何か言葉を選んでいるようだった。
僅かな時間が、永遠のように長く感じられる。
「……いいや、違う。俺は、雨宮吾郎じゃない」
長い沈黙が部屋全体を満たし切った頃。
アクアはそうはっきりと、断言した。
その瞳は何処か悲し気で少し遠く見ている。
「確かに俺は、雨宮吾郎だった。でも、今はそれ以上に
そう言って、アクアは自分の胸に手を当てた。
私の中の疑念ははっきりと形を得る。
でも、それが悪い事だとは、不思議と思わない。
胸の奥のざわめきは、次第に静かになっていく。
「……何も言わないのか?期待外れだったろ」
「うん。そうだね。……でも、大丈夫」
「お前、まさか……ずっと気付いてたのか?」
「何となく……だけどね。確信はなかったし」
私は改めて、アクアの事を見つめた。
その仕草は、せんせーのものとよく似ている。
けれど、やっぱりアクアはアクアだ。
この数十年間、聞くかどうか何度も迷った。
一緒に過ごす中で、その影を何度も重ねた。
でも、結局、今まで言えなかった。
今の関係が壊れてしまいそうで怖かったし、何よりその事実を、私自身、誰よりも認めたくなかった。
だって、それを認めたら全て終わってしまう。
あの頃の誰も居ない病室に逆戻りだ。
私にとっての救いは、もうこの世にない。
きっと何もかも、無くなってしまう。
そう考えたら、とても口には出せなかった。
「……うん、でも、そうだよね。初めから全部、本当は分かってた。せんせーはもう、この世には居ない。もし其処に居たとしても、こんな事望んでない。……だって、せんせーは、優しい人だもん。私が今の家族と幸せになる事を、望んでるに決まってる」
でも、今はもう、そうじゃない。
そこで終わってしまう訳じゃない。
せんせーの事は勿論悲しいし、凄く寂しい。
例えそれが、
この思いが消える事は一生ないだろう。
それでも、何もかもを失くした訳じゃない。
今の私には、傍に居てくれる人が居る。
「……私ね。この前お母さんに、さりなだった頃のママに、会いに行ったの。どんな話をすればいいのか、分からなくて、結局チャイムは押せなかったけど」
途切れ途切れに、私は言葉を続けた。
アクアは少し驚きつつも、黙って聞いてくれた。
何もあれが初めてという訳じゃない。
辛い時、苦しい時、私は何度もあそこに立った。
チャイムを押して、お母さんを呼ぼうとした。
そうすればまた、話す事が出来る。
「お母さん、私だよ」って、言う事が出来る。
でも、結局、また押せなかった。
そんな時に、あの人は私の目の前に現れた。
チャイムを押すよりも先に、自ら扉を開けて。
落ち着いた服装で、小さな花束を手にして。
「お母さん。私が死んでから……お墓参りに行った事が無かったんだって。そういうのは全部、お父さんに任せきりで、写真も家に飾ってなかったみたい」
私は偶然、対面したお母さんと話した。
あくまで通りすがりの他人として。
自分が『B小町』のアイドルだという事も。
あの人の言えなかった本音を、直接耳にした。
見たくも聞きたくも無かった事も含めて。
「それでね。どうしてかって、聞いてみたら、お母さん言ってたよ。……私がもう居ない事に、気づきたくなかったって。今も何処かで生きてるって、死んでなんかないって。私との思い出を、思い出さないようにしてでも、無かった事にしてでも、思い込みたかったんだって。……我ながら、勝手な親だよね」
そして私は、色んな事を聞いた。
私の知らないお母さんを沢山知った。
あの人の弱さや脆さをこの目で見。
どうしようもない言い訳を、全て聞いた。
うんざりするほど、嫌気が差す程に。
「あー、ほんと、嫌になる。お見舞いも最後も来てくれなかったくせに、十数年経ってようやくお墓参りなんて……遅すぎるよ。どうかしてる。そんなこと幾らしても、私はもう居ない。天童寺さりなは、あの病院で死んだ。何をしたって、何もかももう手遅れ。それなのに……馬鹿な人だよ」
ずっと、あの病院で、私はお母さんを待った。
でも、結局、最後の時も、あの人は来なかった。
けど、今になって、お母さんはようやく来た。
私の事を一度は忘れた癖に、お墓参りに行った。
記憶の中のあの人より、年を取った様子で。
「そんな事で、今更泣いちゃうぐらいなら、もっと早く、来てくれれば良かったのに……っ。お母さんがそうしたいなら、私、いくらだって付き合ったよ。私も沢山、思い出を作りたかった。なのに、そうすれば良かっただなんて、本当にズルい。……口にしてくれなきゃ、分かんないよ」
こんな事なら、我儘をもっと言えば良かった。
良い子なんて、演じなければ良かった。
自分の心に、正直になって欲しかった。
……でも、それは私も同じだ。
苦しさのあまり、私も何もかもから目を逸らした。
自分の事を考えるあまり、自分に嘘を吐いた。
本当の意味で、向き合おうとしなかった。
欲しいものは、初めから全部、そこにあったのに。
「
アクアの言葉は私と同じで震えていた。
こればっかりは認めざるを得ない。
確かに真はママのファンでも何でもない。
彼奴にとってママは、何処にでも居る普通の人間。
完璧からはかけ離れ、無敵からも程遠い。
それどころか、駄目なところの方がずっと多い。
出会った時から、今日に至るまで。
何一つ特別でもない、
だからこそ、そんな真に、ママは心を開いた。
自分にとって一番大切な夢を共有した。
そして真はこの15年間。その
ママのように自分の心を偽らず。
遥か遠くの未来に手を伸ばし続けて。
自分の
狂おしいほど、一途なまでに。
「……どうりで、敵わない訳だよ」
私は思わず、溜息交じりに苦笑した。
あんな啖呵を切ったくせに、結局はこれだ。
彼奴を騙すつもりが、ずっと守られていた。
遠くからでも、傍に居てくれた。
ママの
これまでの事は、全部、私の独り相撲。
一人きりだと、思い込んでいただけだ。
何とも滑稽で、笑い話にもならない。
「……ねぇ、
私はお兄ちゃんにそう尋ねた。
自分がどうしたいかは、もう決まってる。
でも、本当にそれでいいのか、分からなかった。
どうやっても、失う恐怖は消えないから。
「それを選ぶのはお前自身だ。どんな選択をして、どんな自分に成るか。どんな自分で、どんな
そんな私にお兄ちゃんは淡々と言った。
その言葉は否定でも肯定でもない。
まるで優しく諭すような言い方だった。
瞳の奥に宿る色は、真のものと似ている。
「俺もお前と同じだ。失くす事ばかりに怯えて、大事な事から目を逸らして、自分に嘘をついた。どうなってもいいって、自分に言い聞かせて……取り返しのつかない嘘を、大事な人に吐きかけた事もある。どうしようもない奴だ」
「でも、自分に嘘をつく事をやめて、ようやく気づいたよ。俺は、俺が思ってる以上に欲張りで、何も諦めたくない。明日も明後日も、大切な人達と、笑って生きたいだけって。だから、この道を選んだ。アイや真、他の奴等だって同じだ。皆、自分の為に、
何時しかお兄ちゃんは、私の頭に手を乗せた。
その手は、昔と同じで、とても温かい。
けど、その背中は昔よりも、ずっと大きい。
せんせーじゃないけど、どこか似ていた。
感情のまま、子供みたいに泣きそうになる。
今にも溢れそうな涙を堪えるので必死だった。
大人は皆、これだからズルい。
それから数日が経ったある日のこと。
私は近所の神社に、一人でお参りに行った。
けれど、帰ろうとした最中、突然雨が降り出す。
おそらくは、通り雨だろう。
ポツポツと弱い雨が境内を濡らす。
「お困りですか?よかったらご一緒にどうです?」
「すいません、助かります。ちょうど困ってて」
「随分と長い間、あそこでお祈りしてたみたいだけど……何を願っていたんだい?」
「願ってたというより……答えが欲しくて」
それから暫く経って、社の軒下で雨宿りをしていると、傘を差した男の人が一人、神社にやって来た。
どうやら、私と同じ参拝が目的だったらしい。
男の人が差し出してくれた傘に入れてもらい、私達は濡れて滑りやすくなった境内を、並んで歩いた。
雨はまだ、一向に止みそうにない。
「私にはずっと憎んでる人が居ます。でも、この世界に生まれついての純粋な悪人なんか居ない。環境と状況が人を壊し、良くも悪くも自分を作り上げる。皆が皆、幸せに生きる為に、自分にとって一番大切な物を守ってるだけ。……正義も悪もそこにはきっと無い」
私はあの映画を通して、それを思い知った。
勿論、この世には、許されない事がある。
人として越えてはいけない一線が確かにある。
でも、それだけで、人の
誰だって、絶対に譲れない
それを手放せと言われたら全力で抵抗する。
時に自分の立場や人生を犠牲にしてでも。
誰かの人生を、踏みにじる事になっても。
例えそれが、
自分が今、幸せなのだと信じたい。
何の事は無い、普通の事なのだ。
私自身、何度も
「じゃあ、君は憎んでる相手を許すのかい?何もかも無かった事にして、平穏に生きるのかい?」
「いいえ、まさか。……そんなこと、絶対に出来ません。理屈抜きにしても、私はあの人を許せない。この感情は、きっと十年後も消えない。それこそ、死ぬ瞬間まで。こればっかりはどうやっても変えられない」
でも、それとこれとは話が別だ。
やっぱり私は、犯人が憎い、
どうやっても、許す事が出来ない。
どれだけ辛い過去を抱えていても、関係ない。
出来る事なら、今直ぐにでも死んで欲しい。
一秒でも早く、地獄に落ちて欲しい。
自分のしてきた事の罰を、受けて欲しい。
……ママやせんせーを、返して欲しい。
それが誰にも言えない私の本音だ。
自分でも目を背けたくなるほど酷く醜い。
「すみません。べらべらと。意味分んない事を言っちゃって。自分でもあまり考えが纏まってなくて」
私は少しハッとなって男の人に言った。
初対面の相手に語る内容じゃない。
自分でも驚くほど感情に振り回されてた。
きっと困惑してるに違いない。
「別に構わないよ。存分に悩んだら良い。それは君にしか出せない答えだ。そうやって悩んで出した答えなら、
けど、男の人は案外困惑してなかった。
寧ろ興味深そうな顔でこっちを見てる。
私に何かを期待しているような目だ。
ただじっと、私の言葉の続きを待っている。
初対面とは、とても思えない。
「私は、ママの夢を叶えられなかった夢を叶えたい。何時か皆でドームに立って、ライブを成功させたい」
「……ふぅん。君はお母さんのようになりたいんだ。お母さんに一歩でも近づいて、忘れないように──」
「でも、それは、少し前の夢。今はちょっとだけ違う。勿論、ドームには立ちたいし、皆でライブを成功させたいって思ってる。……けど、私はママみたいにならない。私は私のやり方で、あのドームに立つ」
私は男の人に応えるようにそう言った。
手が雲の向こうの太陽に向かって伸ばされる。
腕が少し濡れてしまったけど関係ない。
確かにママはアイドルとして一流だ。
ずっと大好きだし、ずっと尊敬してる。
でも、だからこそ、私はママにはならない。
何があっても、なっちゃいけない。
だって、ママは自分の夢に向かって突き進んだ。
とっても嘘つきで、周囲に誤解を生む事も沢山あったけど、同じくらい、自分の心に正直だった。
なのにそれを真似るだけなんて、あまりに失礼だ。
ママが私達にくれた
ファンも娘もそんなんじゃ名乗れない。
「私の夢はママを超えるアイドルになること。ママが
雲間を割って太陽の光が差し込んだ。
雨上がりの空は青々と輝いてる。
過去は消えないし決して変えられない。
それでも、全部背負って、全部抱えて。
何時か怒りも、憎しみも、悲しみも、全部笑い飛ばせるぐらい生きて、生きて、
だって、私は星野アイで、天童子さりな。
ママとお母さんに愛して貰った幸せ者。
大好きなお兄ちゃんとせんせーの最推し。
何だって出来るし、何にだってなれる。
「素晴らしいね。今、この世界で、君より輝いてる存在は無いんじゃないかな。……価値のある命だ」
男の人はそう言いつつ傘を閉じた。
雨でよく見えなかった顔が露わになる。
その面差しは何処かお兄ちゃんに似ていた。
その容姿も、金色の髪も、その瞳も。
けど、何もかもがお兄ちゃんと致命的に違う。
上手く言葉に出来ないけど、何か欠けてる。
一度感じた事のある寒気を直感的に覚える。
「君の才能はやはり本物だ。もしかしたら本当に、母を超え、より輝く存在になるかもしれない。そんな君の命に触れる事が出来たなら、きっと僕は今まで以上に、命の重みを感じられる。待った甲斐が───」
男の人が何を言ってるのかは分からない。
理解してはいけない気がした。
……けど、その続きを聞く事は無い。
背後から伸び出た手が、男の人の腕を握る。
「こんな所で会うとは奇遇ですね。映画の御祈願ですか?ありがたい限りです。流石はスポンサーだ」
これまで何度も聞いた媚売りの言葉。
幽霊みたいに掴み所のない立ち姿。
何重にも重ねられた、
神嫌いで神社には絶対来ないはずのに。
それらを携え、彼奴は私の前に現れた。
「ルビーてめぇ、なんて顔してやがる。人の顔見る否や、鳩が豆鉄砲を食ったみたいな顔しやがって。極まりまくった馬鹿さ加減が、鳥頭にまで退化したか?」
「……はぁ!?なわけないでしょ!!黙れクズ!!」
そして真は私の顔を見るなり煽った。
少なくとも開口一番、言う台詞じゃない。
もっと別に言うべき事が沢山ある。
わざわざ人を煽る必要なんて無い。
(そういや此奴……実際はこんな奴だ)
私はクズのクズっぷりを再確認した。
此奴の事を私は少し、いや、かなり美化していた。
映画の彼奴と、目の前のクズは完全に別人だ。
あっちは大衆向けに、お兄ちゃんが脚色して、飛鳥ちゃんが茶目っ気ある演技をしたから、良く見えてたけど、実際の此奴は筋金入りの自分主義の権化。
空気が読める読めない以前に、必要ないからと読もうとしないし、こっちの考えてる事なんて二の次。
相変わらずの暴虐無人っぷりだ。
これには男の人も目を丸くしている。
「私の義妹と仲良くなったようで何よりですよ。何せルビーはあの映画の主役であり、母親である星野アイを
「……ええ、その通り。実のところ僕は彼女のファンでね。随分と前から目を掛けていた。こんなにも立派に育ってくれて何よりだよ。今後が一層楽しみだ」
「それはこちらとしても何より。ですが、最近は何かと物騒。芸能界で失踪事件が起きているという
それから真と男の人と暫く言葉を交わした。
あくまで平穏かつ。そして冷静に。
お互い言葉に含みを持った言い方で。
何度も互いの腹を探り合った。
真の考えている事は、何時も通り分からない。
何重もの
でも、その瞳は虚ろで、光を宿していなかった。
見ているとこっちが飲み込まれそうになる。
(あんな目をした真を見るの……これが初めてだ)
これまで散々、私を叱りつけた時も。
何度も私が、一方的に暴言を言った時も。
真があんな目をする事は、一度も無かった。
怖さはあっても、冷たさなんて欠片もなかった。
その瞳の奥には、温かさを薄っすら感じた。
でも、今の彼奴は、ゾッとするほど冷たい。
(目の前の真が……真じゃないみたい)
笑っている姿が、悪魔のように見えた。
今の彼奴の瞳の奥には何も無い。
どんな輝きも、黒に塗り潰される気がした。
さっき感じた怖さも、数秒持たず塗り替えられる。
魔王と相対している気分だった。
(……でも、あれも、真なんだよね)
それから更に時間が経って2人の会話は終わった。
「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。映画の完成、スポンサーとしてだけじゃなく、一人の観客として楽しみにしてるよ。お互い帰り道には気を付けて」
男の人は私達に会釈をしてかと思うと一人帰った。
会話の内容は聞いてなかったけど満足したらしい。
一方の真は大きく息を吐いて溜息をついた。
何時もの光がその瞳には戻っている。
「お前もさっさと家に帰れ。映画もあと少しで完成に漕ぎ着けるのに、肝心の主役が足でも滑らせて、怪我でもしようもんなら、撮影は全部おじゃん。俺の取り分はゼロどころかマイナス。大損害だ。賠償請求叩きつけられたくなきゃ、今日の事は全部忘れて……風呂入って寝ろ。馬鹿は馬鹿らしく、頭空っぽにしてな」
真はそう言い残すと足早に一人去った。
私が声を掛けようとした時には背中は遠い。
立ち去り際の彼奴の顔色は酷く悪かった。
これ以上此処に居る事に耐えられなかったらしい。
「神アレルギーのくせに……無理するから」
空の天気はいつの間にかすっかり晴れ渡っていた。
鳥居の上では鴉達が呑気に鳴き、木々の葉っぱや花は水滴をまとって、きらきらと輝いている。
その向こうには淡い虹も薄っすらと見えた。
さっきの出来事が不思議とどうでもよくなる。
命の重みなんて、知った事じゃない。
「私はやりたいように、生きるだけだよ」
日は目まぐるしく巡り、撮影は進んだ。
現場の空気は次第に重くなっていく。
幾つもの、悲しい過去が掘り返された。
どうしてこうなったのだと思わずにはいられない。
そして最後に、あの事件の撮影。
「カット!!ルビーさん、オールアップです!!」
こうして映画の撮影は全て終了。
晴れて私達はクランクアップを迎えた。
それからさほど間を置かない数日後。
ネット番組『VSソニック!!』のホームページ。
『一年間応援して頂き、ありがとうございました』
真は短い一文とともに正式な引退を宣言。
次回放送の『VSソニック!!』特別特番を最後に業界の表舞台、裏方の双方から退くと告げた。
後任の目途がようやく立ったらしい。
「という訳で、ただいま。荷物運ぶの手伝え」
「出ていく時が唐突なら、帰る時も唐突か」
「いくら何でもいきなり過ぎ」
「お、重い……ミヤコ、手伝ってくれ」
「アンタねぇ……事前連絡ぐらいしなさいよ」
「悪い、悪い。普通に忘れてた」
それを期に社宅を引き払った真は家に帰って来た。
何時も通りの掴みどころの無い笑み浮かべて。
荷物の運び出しを私達に手伝わせて。
まるで何事もなかったかのように。
斯くして1年にも及ぶ兄妹喧嘩。
そして私の復讐は静かに幕を閉じた。
……ほんの小さいな不安の種。
消える事の無い、奪われる