斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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黎明編
52 想いは音に紛れて


 

 

「お前はあれで……良かったのか?自分の娘のルビーに手を出そうとしたあの男を……あのまま行かせて」

 

「なら、お前はあの場でどうした?彼奴への復讐を、まだ捨てきれてないか?いっそ何もかもをルビーに打ち明けて、2人で仲良く復讐にでも洒落込んだか?」

 

「いいや、まさか。あんな男……今更どうなろうと知った事じゃない。死のうが生きてようがどっちでも。ルビーの身に何もなかったのなら……それで良い」

 

「そうか。そう思ったか。……俺も全く同じだ」

 

 俺が家に戻って数日が経った頃。

 

 俺達はそんな会話を静かにしていた。

 

 アクアは俺の言葉に何も返さない。

 

 複雑であるものの納得したらしい。

 

「それと、黒川。お陰で助かった。礼を言う。お前からの連絡がなかったら、今回ばかりは流石にヤバかった。よく知らせてくれた」

 

「バイクで来て直ぐ、飛び出して行くとは思わなかったけどね。もし来ないようなら、私がやってたけど」

 

「まぁ正直それでも良かったが……お前は俺達の中で唯一、顔が割れてないからな。隠し玉は取っておいた方が良い。それに、お前を軽々しく行かせでもしたら、某シスコンが後でキレそうで面倒くさかったし」

 

「誰の扱いが面倒臭いって?お前だってやった事だけ並べたら、十分シスコンだろ。ルビーの前で恰好つけた裏で、神アレルギーでグロッキーになってたクセに。あかねはあかねで、生暖かい目向けるのやめろ」 

 

 アクアは半ばキレ気味でこっちを睨んだ。

 

 だが、その程度怖くも何ともない。

 

 黒川に至っては微笑ましそうにアクアを見ていた。

 

 近頃、強かさが日に日に増してる。

 

 ルビーの周囲を自ら見張ると決め、反対するアクア一方的にを言い退けただけの事はあるだろう。

 

 アクアは将来、尻に敷かれるに違いない。

 

 女たらしには丁度いいのかもしれないが。

 

「何はともあれ、映画製作の目的は全て果たせた。共犯者である新野冬子の特定。神木輝を社会的に抹殺する為の布石作り。あとついでに、ルビー本人の意識改革。ライブ開催時の警備強化はグラサンが引き続き進めてるし、黒川がこれ以上見張らずとも、ルビー達をつけるだろう記者達が防波堤になって、今後彼奴等は下手に手を出せない。遅かれ早かれ奴等は終わりだ」

 

 映画『15年の嘘』の成功と失敗。

 

 その是非に関わらず、映画初出演で主役を務め、自らの母を演じたという事実は、大きな話題を呼ぶ。

 

 ブレイクする兆しが元々大いにあっただっけに、近い将来、『B小町』の人気は一気に爆発し、ルビー達の仕事と知名度は指数関数的に増えていくだろう。

 

 それに伴いプロ意識の無い記者達が、度々押し寄せるのは考えものだが、あれはあれでものは使いよう。

 

 何せ連中はネタの絶えないルビー達の周囲で四六時中網を張る上、小さな動きも変化も見逃さない。

 

 怪しい動きがあれば即座に反応し、相手に言い訳も許さず取材し、骨の髄まで徹底的にしゃぶり尽くす。

 

 まるで餓えた野良犬のような連中だ。

 

 そんな連中の前で軽々しくは動けない。

 

 かといって、俺達の周囲に潜り込もうにも、手の内はこっちが全て把握しているし、比較的接触の容易だったライブも、グラサンによる警備の強化によって、客席に入る事は出来ても、近づく事はもう不可能。

 

 俺があの場で神木輝を止めた時点で。

 

 ルビーが自らの道を歩む選択をした時点で。

 

 奴等に残された余地は、ほぼ全て消えた。

 

 さらに、映画が公開され、奴等の星野アイを陥れたという嫌疑が明らかになれば、記者達だけでなく大衆の一部も犯人捜しに加わり、自ら刑務所にでも行かない限り、いずれ日本にすら居られなくなるだろう。

 

 どうやっても、どう抗っても詰みだ。

 

 最早、俺達が手を下すまでも無い。

  

「未来の事は誰にも分からない。ハッピーエンドのその先も、明日自分の身に何が起きるかさえも」

 

「けど、俺達は、それでも今を生きるしかない。その道を誰かがまた阻むようなら、踏み越えていくだけだ。きっと人生って、多分それの繰り返しなんだろうな。幸せな事も、悲しい事も、全部ひっくるめて」

 

「まぁ要するに、命大事に必死に生きろ。その為に死ぬ気で働けって話だ。人間に出来る事なんて、それぐらいしかねぇし。働いて死んだら元も子もねぇけど」

 

「過労死なんて、これっぽちも笑えないもんね」

 

「まったくもってちげぇねぇ」

 

 俺と黒川は思わず、大声で笑った。

 

 一方のアクアは、何とも言えない顔をしている。

 

 以前、俺が前世の死因を話したからだろう。

 

 どうにもならない以上、笑い飛ばすしかない。

 

 だが、あらゆるブラック企業は、今直ぐ滅べ。

 

 過労死なんてふざけた悪習は速く根絶されろ。

 

 この意思だけは、前世から何一つ変わっていない。

 

「ところでずっと気になってたんだが、黒川お前……だいぶバッサリ切ったな。イメチェンするのはお前の勝手だし、その髪型も似合ってると思うが、急にどうした?……あの女たらしが、またやらかしたのか?」

 

「思いつく限り、何もやらかしてねぇし、女たらしでもねぇよ。黙ってたら好き放題言いやがって」

 

「いや、女たらしなのは間違いないだろ」

 

 話は変わって真剣な顔で俺は黒川に問いかけた。

 

 寧ろ俺としては、こっちの方が本題だ。

 

 いい加減、恋愛相談会の開催は勘弁して欲しい。

 

「別にそういう訳じゃないけど、一応一段落したから元に戻したの。こっちの方が私に合ってると思うし」

 

「そういう事なら、何も言わねぇけど……ビビッて損した。てっきり俺は、お前等2人が下らない理由で喧嘩して、微妙な距離感になった挙句、黒川がアクアを某自己中女に引き渡す算段を付けているとばかり」

 

「なんだその、やけに具体的な、ビックリとんでも展開。何がどうなったらそんな事になるんだよ。というか、なんでいきなり、有馬の名前が出てきた」

 

「余程の事が無い限り、私はアクアと別れるつもりはないよ。今は純粋にアクアとの幸せを願っているだけ。我が子みたいに大事に思ってるというか、医大に行って外科医になって、夢を叶えて欲しいというか、何時かそういう関係になりたいというか、とにかく、今後も仲良く彼氏、彼女を続けたいだけで───」

 

 だが、その心配も必要なかった。

 

 黒川は早口で無駄に重い発言を連呼した。

 

 どうやらこっちも無事仲直りしたらしい。

 

 ようやく恋愛相談会から解放されそうだ。

 

 それはそうと自己中女には心底同情する。

 

「お前の気持ちはよく分かった。だから、一旦落ち着け。話はあっちで聞く。……クズ、後で覚えとけよ」

 

「何のことやら、知らないな。俺は他人の恋愛を応援も邪魔もしない主義だ。やりたきゃ勝手にしっぽりやってろ。……ただし、やらかしはマジでするなよ」

 

「うるさい黙れ。セクハラで訴えるぞ」

 

 何はともあれ黒川はアクアによって連行された。

 

 色々心配だがこれ以上は過干渉だろう。

 

 アクアが精々、別件で死なない事を心から祈る。

 

 こっちもいい加減、心身共に休みたい。

 

 というか、修羅場エンドに巻き込まれたくない。

 

「だが、生憎、休んでばかりはいられない。今世でも残念な事に、俺の根っこは社畜だ。目の前の仕事からは決して逃げられない。報酬が前払いされてるってなら尚更だ。任された仕事はちゃんとやらねぇと」

 

 俺は家に帰ってしばらくすると、思い出したかのようにパソコンを部屋で操作し、その電源を入れた。

 

 暫くすると画面が点滅し幾つかタブが表示される。

 

 俺はカーソルを動かして一つの映像を再生した。

 

 数秒のタイムラグの後に音声が聞こえる。

 

「まさか、お前がこんなものを、俺にも残すとはな。どうせ、その場の思いつきで撮ったんだろうけど」

 

『20歳おめでとう、真君。今の私より、大きくなったね。この頃には、もう一緒にお酒飲めるかな?』

 

 アイが残したDVDは全部で()()

 

 一つはアクアに、一つはルビーに。

 

 そして一つは、俺に向けて送られた。

 

 20歳にはまだなってないが多少の誤差だ。

 

 精神年齢で考えればとっくに超えている。

 

『私はまだ19歳だけど、あともうちょっとで君と同じ。すっかり大人。大人になった真君なら、この話も受け入れて貰えるよね?アクア達のお父さんのお話』

 

「受け入れるどころか、お陰で苦労掛けられっぱなしだけどな。とんだ面倒を残しやがって。自分のやらかしぐらい、自分でどうにかしろよ、アホンダラ」

 

『あとは私から()()()()()()()()()()()()()。それと()()()()()話す、君に()()()()()()()こと。自分勝手なのは分かってるけど、出来る事なら聞いて欲しい』

 

「内緒にするぐらいなら、自分の口で話しやがれ」 

 

 俺は一人で返る事の無い言葉を紡いだ。

 

 意識する前に気づけば口が動いていた。

 

 過去の彼奴は相も変わらずアホ面を浮べている。

 

 能天気に、自分と誰かの未来しか見ていない。

 

 親子揃って、全く同じ瞳をしていた。

 

 そんな彼奴の顔に、俺は思わず溜息をつく。

 

「心配すんな。俺は俺のやり方で、ちゃんとやり切ってみせる。それが俺に出来る、責任ってやつの、せめてもの取り方だからな。だから、お前も、精々あっちで最後まで見てろ。彼奴等が描く、未来(あした)ってやつを」

 

 そして映像が全て再生し終わった頃。

 

 俺はそんな言葉とともにパソコンの電源を消した。

 

 彼奴の顔が画面の光とともに消えていく。

 

 とことん下らない遺産を残したものだ。

 

 ミヤコの声に呼ばれて俺は部屋を出る。

 

 リビングのある1階は既に騒がしい。

 

 そろそろ待ちかねた飯の時間だ。

 

 アクアとルビーも、きっと腹を空かせている。

 

「……俺達の目指し夢見たものまで、あと少しだ」

 

 そんな呟きは、彼奴等の笑い声に紛れて消えた。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 映画の撮影が終わってから数日後。

 

 待ちに待った1週間の休暇を私達は迎えた。

 

 そして今日はそんな休暇の初日。 

 

「空は快晴!!白い砂浜!!そして海だーっ!!」

 

「へぇー、ほんとプライベートビーチみたいだね」

 

「そうなんよ。前のグラビア撮影で使ってなぁ」

 

 私達は撮影の打ち上げも兼ね海に遊びに来ていた。

 

 メンバーは私を含めた『B小町』の3人に、アクアとあかね、メルトに姫川さん、みなみ、フリル。

  

 当日の集合場所に何処からともなくやって来て、飛び入り参加した飛鳥に、運転係の真と、半ば保護者役の五反田監督を含めた計12人と、かなりの大所帯だ。

 

 五反田監督と飛鳥は例外として、基本的に行きたい面子を集めただけなのだが、結果的にこうなった。

 

 まぁ、そうなってしまうのも無理はない。

 

「休み……休みの象徴………。あの地獄スケジュールから……やっと解放されたんだーっ!」 

 

「ルビー、本当に嬉しそうね」

 

「主演級は流石にね」

 

 なにせ此処に居る面子は殆どタレント。

 

 絶賛売り出し中の若手ばかり。

 

 出番の少なかったメルトや、映画出なかったみなみでさえ、ここ最近はまともに休みが無かったという。

 

 主演のルビーに至っては特にそれが顕著。

 

 自ら仕事を獲りに行く事を止め、マネージャーの吉住さんや社長が日程調整に奔走しとはいえ、それでも休む時間や睡眠時間をそこそこ削っていた。

 

 皆が娯楽や休みを求めるのは当然と言える。

 

「海………俺の車………生き埋め………」

 

「まだトラウマなの?早く立ち直れよ」

 

「いっそ、もう一回埋めてやろか?次は頭まで」

 

 そんな楽しげな空気になってる中で、何故か姫川さんだけは眼鏡を曇らせ、寂しげに海を眺めた。

 

 死んだ魚の目で青いオーラを放っている。

 

 アクアの慰めも殆ど効いていない。

 

 海に行くと決まった時点で、一人だけ渋い顔をしていたので何となく察していたが、口ぶりからして、以前なにかうっかりで、やらかしたのだろう。

 

 真に関しては隣でシャベルを構えている。

 

 声こそ笑っているが、目は本気だ。

 

 可哀想な事に、クズに弱みを握られたらしい。

 

「おい、お前等。はしゃぐのは一先ずそれぐらいにして、そろそろこっちを手伝え。なんで俺が、日曜日のパパみたいな事しなきゃいけねーんだ」

 

「でも、ほんと、実際助かりましたよ。社長に車借りてる真さん以外で、足持ってるの監督だけだったし」

 

「本当にありがとうございます」

  

「監督にこんな事させてしまってぇ……」

 

 そんな私達を軽く咎めるように監督は言った。

 

 既に荷物を運びをしていたメルトは監督を労い、あかねとMEMちょは少し申し訳なそうに頭を下げた。

 

 まぁ確かに、ご尤もと言えばご尤もだ。

 

 正直、移動を楽にする為に呼んだ感はある。

 

 最近免許を取った姫川さんが、全力で運転を拒否らなければ、ほぼ間違いなく呼んでなかっただろう。

 

 まぁそれはそれとして、罪悪感は全くない。

 

独身の癖にこんな車持ってる方が悪いのよ。よりにもよってファミリー向けの、しかも大きめなやつ」

 

「そうそう。10年以上独身の癖に」

 

「そもそも週末に仲良くキャンプ行く家庭なんてごく僅かだ。土台無理な話な上に、婚期逃して、実際荷物運び以外に使い道ねぇんだから、ケチケチすんな。使えるもん正しく使ってんだから、ありがたく思え」

 

「んだと!?何時まで経っても口の減らないガキ共だな!!まったく!!結婚だって……もしかしたらワンチャンあるかもしれないだろ!?ミラクルが突然空から降ってくるかもしれねぇだろ!!」

 

「いや、ねぇよ」「四十路はちょっと」「夢見過ぎ」

 

「お前等全員鬼か。監督泣くぞ」「せつねぇなぁ」

 

 私達は揃いも揃って監督を言葉で刺した。

 

 だって、監督が結婚する姿なんて想像出来ない。

 

 あの歳で親元を離れてない時点でご察しだ。

 

 しかも、家事全般、未だ母親にやらせてるし。

 

 正直言ってこれで結婚とか絶望的だ。

 

 宝の持ち腐れも良いところだろう。

 

 故に気にする必要性は全くない。

 

「監督、大丈夫かなぁ?だいぶ傷ついてたけど」

 

「真君の正論ラッシュに、かなの毒舌ストレート。極めつけにルビーの純粋ラリアットがクリーンヒットしたからね。でも、まぁ大丈夫でしょ。立ち直りの早さだけが取り柄みたいなところあるし」

 

「フリルちゃんも大概酷いからね」

 

「後で監督に……差し入れ持って行ってあげよ」

 

 その後、私達は荷物運びを、半泣き監督の指示でテキパキと終わらせ、それぞれ車で水着に着替えた。

 

 女子は監督の車、男子は真の車だ。

 

 この日の為に新調した水着を身に着け外に出る。

 

 そしてこの水着でアクアを悩殺───

 

「うーん、やっぱり良い天気。海水浴日和やなぁ」

 

「にしてもみなみ、すっごいセクシーだね」

 

「かなちゃん。日焼けオイル塗ってあげようか?」

 

「うん。お願い。肌はタレントの資本だものね」

 

 ……しようと思ったけど、即座にやめた。

 

 ツァーリ・ボンバ相手じゃ勝ち目がない。

 

 よく考えずともクズに鼻で笑われるのがオチだ。

 

 彼奴に笑われるなんて死んでも嫌だ。

 

 そんな事になったら最後、警察沙汰になる。

 

 これまでのキャリアも経歴も全てパーだ。

 

 仕方ないから大人しくする事にする。

 

「はぁー、ほんと……生きてて良かった」

 

「至福……これぞ至福……楽園が此処に」

 

「あの2人……互いを見て偶にああなるんすよね」

  

「ファンとファンの距離感が近過ぎるのも考えものだな。そういやメルトもファンじゃなかったっけ?」

 

「まぁ、そうっすけど、結構な頻度で番組で顔を合わせるようになってから、先輩感の方が強くなっちゃって。はしゃぐとかそういうのは無くなりました。暇な時に演技の事を教えてくれるんで助かってるんですけど、同じくらい……日常的に弄られてるんで」

 

「Sコンビ、何時でもやりたい放題だな」

 

 そんな私の考えを知ってか知らずか、真はフリルのウエットスーツ姿を見て、満足そうにしていた。

 

 フリルの方も無駄に筋肉映えする、ピエよん印のブーメランパンツ姿の真を見て、惚れ惚れしている。

 

 両方ともセンス基準が理解出来ない。

 

 フリルは何処であんなものを手に入れた?

 

 いくらファンとはいえ真は何故あれを選んだ?

 

 なんでアレで、互いの好感度が上昇する?

 

 考えるだけで、頭が痛くなってきた。

 

(というか、何よ。メルトに演技を教えてるって。私にはそんな事一度もしなかった癖に……メルトだけ特別扱い?羨ましい訳じゃないけど……なんか腹立つ)

 

 私はそれ以上に真の事で少しモヤッとした。

 

 確かにメルトの演技力は確実に上がってる。

 

 出番も少ないながら監督からも評判も上々だった。

 

 ルビーから先輩呼びされるようにもなっていたし。

 

 でも、その成長の一端に真が関わっていたなんて、欠片も思わなかったし、これっぽちも考えなかった。

 

 あの練習が最初で最後だと思っていたのに。

 

 それを私の知らない所で続けていたという事実に、胸の奥がチクリとなっている自分が確かに居た。

 

 その理由が何なのかは、よく分からないけど。

 

「黒羽てめぇ。木の上で何やってやがる。スク水で木登りとか正気か?早く降りねぇと水ぶっかけんぞ」

 

「僕が何処で何しようと勝手だろ。久しぶりの海風を楽しんでる真っ最中なんだ。ほっといてくれ。僕の楽しみを邪魔するようなら、今度こそ天罰を───って、おい。何するんだ?本当に掛ける奴が居る?」

 

「だから、事前に、ぶっかけるって言っただろ」

 

「このクズの所業はさておき、本当に危ないから降りろ。せっかくの休日に怪我でもしたらどうするんだ」

 

「この程度で僕が怪我をする訳ないのだけどね。……まぁでも、君達に要らぬ心配を掛けるのは、僕としても面倒だ。今日のところは君の顔に免じて、仕方なく降りてや───ちょっと待って。今何故僕に水を掛けた。降りると言ったばっかだろ。いい加減にしろ」

 

「すまん。手が滑った。決してわざとじゃない。別にお前が飛び入り参加した事に腹を立ててるとか、そういう訳じゃない。これはあくまでじ───ギィヤァァッ!!糞ガラス共め!!俺の水鉄砲を返せ!!」

 

 私がそんな事を考えていると真は大声で叫んだ。

 

 何事かと思って顔を上げると鴉に襲われている。

 

 手に持っていた水鉄砲を狙われたようだ。

 

 一方アクアは木の上の飛鳥をゆっくり下ろした。

 

 こっちは全く鴉に狙われていない。

 

 何だかよく分からんが、天罰でも下ったのだろう。

 

 彼奴の事だ。要らん事でもしたに違いない。

 

 クズの事を考えていた自分が馬鹿らしくなる。 

  

「先輩。それにあかねちゃん。あっちで一緒にビーチバレーでもして遊ばない?ついさっきまでみなみと一緒にやってたんだけど、盛り上がっちゃって。せっかくだから皆でやろ」

 

「そうそう。人数は多い方が楽しいやろうし」

 

 クズが鴉の群れに襲われ地に伏した頃。

 

 一足先に遊んでいたルビー達が戻って来た。

 

 クズの一連の末路には気づいていないらしい。

 

 まぁでも、気づく必要もないだろう。

 

 気分転換には丁度良いかもしれない。

  

「別にいいけど、やるからには私が全部勝つから。覚悟しなさい。言っておくけど手加減しないから」

 

「じゃあ、決まりだね。人数も多いしペア対抗戦にしよっか。こんな事もあろうかとネット持って来たし」

 

「ちょっと待て。なんで持って来た?準備万端か」

 

「何それ。面白そう。私もやるやる」

 

「あのー、ちょっと。私も参加するから忘れないで。絶賛埋められて動けないから。早くここから出して」

 

 フリルに埋められていたMEMちょを掘り起こし、あかねが持って来たネットを浜辺に立て終えると、飛鳥を除く女子組は意気揚々とビーチバレーを始めた。

 

 ちなみに他のメンバーはというと自由気まま。

 

 アクアは監督のスイカ割りに付き合わされたり。

 

 姫川さんとメルトは太陽の下で熱心に謎トーク。

 

 引っ掻き傷だらけの真は恨み節を叫びながら泳ぎ、飛鳥は恐るべきスピードで迫る真から逃げたりした。

 

 なんやかんやで、それぞれ海を楽しんだと思う。

 

「あとちょっとでもう帰りか。何だか名残惜しいな。良い所まで行ったのに、結局勝ってなかったし」

 

「私に勝とうなんて百年早いのよ。首洗って出直しなさい。まぁでも、いい線行ってたんじゃない?」

 

「ふふっ、そっか。褒めてくれてありがと」

 

「なに急に笑ってんのよ。唐突過ぎて気持ち悪い」

 

 あっという間に日は暮れ、時間はもう夜中。

 

 バーベキューも終わり、持って来た花火も僅か。

 

 ゆっくりと休暇初日は終わりに向かっていた。

 

 周囲には私達以外、誰の姿も見当たらない。

 

 あっちの浜辺でまだ騒いでいるのだろう。

 

 なお、真とみなみの姿はそこには無い。

 

 あの2人は人知れずその場を後にしていた。

 

 まるで密談でも始めるかのように。

 

「ついさっきから、真さんとみなみちゃん。あっちで何を話してるんだろうね。みなみちゃんに至っては、やたら真剣な顔で真さんに付いて行ったし。まさか、真さん、みなみちゃんに告白するつもりなのかな?」

 

「いいや、ない。それだけは絶対にない。そんな事があったら、天変地異の前触れよ。地球存亡の危機よ」

 

「何もそこまで、言う必要ある?」

 

 おそらくわざと言ったであろう、あかねの言葉に、私は半ば血相を変えて、全力で否定した。

 

 そんな事が本気であったら私は絶望する。

 

 明日地球が滅ぶ事が確定したも同然だ。

 

 あらゆる災厄が来たとしても可笑しくない。

 

 比喩ではなくそのまま意味で。

 

「そもそも彼奴は恋愛ごとにまるで興味がないのよ。彼奴が興味を示す対象は、推しと金、権力だけ。そんな奴が告白なんて甘ったるい事、する訳ないでしょ」

 

 それに彼奴はみなみを連れて行く途中。

 

 周囲に悟らせない極めて僅かな時間。

 

 うっすらと、ゲス顔を浮べていた。

 

 どうせ碌な事を考えてない。

 

「何より彼奴がゲス顔を浮かべたら最後、憐れな被害者が量産されるって決まってるのよ。彼奴のゲス顔一つで、一体どれだけの人間が泣いたことか。というか私が嫌になるほど泣かされた。何か裏があるに決まってる。ただの善意なんて絶対有り得ない。何があったか……後でみなみに聞かないと」

 

「かなちゃん……流石にそれは言い過ぎじゃない?気持ちはまぁ……分かるけどさ。信用してなさ過ぎ」

 

「じゃあなんで、アンタさっき、言い淀んだのよ。目だって現在進行系で泳いでるし。無理して信用してるだなんてみっともないわよ。私は一切信用してない」

 

「威張って言う事じゃないでしょ」

 

 私はあかねの言葉を鼻で笑った。

 

 こうなるのもクズが全て悪い。

 

 何もかも日頃の行いが悪いせいだ。

 

 そもそも彼奴に関わった人間の中で、騙されてない、被害を全く受けてない人間はごく僅か。

 

 私どころかあかねにしたってその一人だ。

 

 ほぼ全員彼奴のせいで酷い目に遭ってる。

 

 これで信用しろという方が無理な話だ。

 

 悪い意味での信用なら沢山あるが。

   

「でも、真さんに騙された人って、一回は絶対酷い目に遭うけど、最終的に笑ってるっていうか、自分らしくいられてるから、私、そこ等辺は信用してるよ。勿論良い意味で。嘘つきで性格は凄い悪いけど、無責任な訳じゃないし。かなちゃんは違う訳?」

 

 けど、あかねはそれでもと反論した。

 

 私はその言葉に黙り込むしかない。

 

 ……悔しいけど、それも紛れもない事実だ。

 

 現にアクアもルビーも今を幸せそうにしてる。

 

 もがき迷いながらも、確かに前に進んでいる。

    

 私自身、彼奴と出会ってから何もかも変わった

 

 嫌な現実から……目を背ける事が無くなった。

 

 そのせいか意地を張って反論する気も無くなる。

 

「まぁ、そこが……彼奴の数少ない良い所だもの。それぐらい私だって、分かってるわよ。ただ彼奴の悪いところが良いところ以上に多過ぎるから、口煩く言ってるだけ。……認めたくないけど世話になったし」

 

「かなちゃんが自分の間違いを認めるなんて、昔だったら有り得なかったもんね。良くも悪くも変わった」

 

「それはお互い様でしょ。昔のアンタはなんていうか、これっぽちもマトモじゃなかった。でも、今は、ずっとマシになった。人間っぽく人の心が分かるようになった。根っこの方は変わってないけど」

 

「何時だって、分析不能なかなちゃんだけには言われたくないよ。昔から色々拗らせまくった変な子だし」

 

「私だって、役作りの為ならストーカー行為も辞さなそうなアンタだけには言われたくないわよ。尤もアンタは嫌味じゃないし、優しいし、頭も良い。私ほどじゃないけど、顔も良いし、演技力もある。……()()()()()()()()ぐらいなら、どうにかなると思うけどね」

 

 だからこそ、私は私の恋に終わりを告げた。

 

 いい加減、嫌な現実と向き合う事にした。

 

 今度は逆にあかねが私の言葉に黙り込む。

 

 目を見開いて、話す言葉を失くしている。

 

 これは私のケジメである同時に、我儘だ。

  

 ならば、最後まで、やり切らないといけない。

  

「私、アクアの事がずっと好きだった。私の事を真っ直ぐ見てくれる彼奴の事が、心の底から。アンタ達がちゃんと付き合うようになってからも、未練がましく。これからも好きなんだと思う。でも、彼奴への恋は、今日で終わり。アンタに全部譲ってあげる。だって、私はアンタの言う通り、良くも悪くも変わった。もう大人だもの。何時までも初恋を引きずる訳には行かない。今のアンタなら、任せても大丈夫そうだし」

 

 それはなんとも、あっけない幕切れだった。

 

 おそらくは5分も経ってないだろう。

 

 言いたい事を全て言い尽くしてもその程度だった。

 

 でも、後悔は全くしていない。

 

 しばらく私達は互いに無言で海を眺めた。

 

 敗者である私にあかねは何処か優し気だ。

 

 みっともなく自分の気持ちをさらけ出しただけに、私に対する同情の感情でも産まれたかもしれない。

 

 こんな時は、自然と涙が出るかと思ってた。

 

 けど、不思議と、涙は全く出てこない。

 

 まるで水滴を垂らした水面のように、一瞬大きな波を作りながら次第に静まり、心が徐々に凪いでいく。

 

 気持ちの整理が、ようやくついた。

 

 これで私も、もがきながら前に進める。

 

「そういう事だから、私の幼馴染をよろしく頼んだわよ。彼奴、女たらしだし、凄い苦労するだろうけど」

 

「うん、分かってる。でも、大丈夫だよ。今のアクアと私なら。沢山喧嘩するかもだし、気まずくなるかもだし、険悪になるかもしれないけど、ずっと傍に居るって決めたから。きっと2人で……絶対幸せになる」

 

だからって、初っ端から惚気話するのは止めてくれる?恋敵どうこう以前に、純粋に聞きたくない。胸焼けしそうになるのよ。……クズの気持ちが、こんな形で分かるだなんて。惚気るなら本人に言って頂戴」

 

「いや、でも、それはちょっと恥ずかしいし、こういう気持ちは、行動で示した方良いかなって。アクアの好きな服も、メイクもシュチュエーションも、全部把握してるし、何時でも動ける準備はしてるし───」

 

「ちょっと待て。一旦落ち着きなさい。目が据わってるわよ。だいぶ怖いんだけど……本当に大丈夫?」

 

「うん、勿論。寧ろ最近絶好調。この前アクアに似たこと言われちゃったけど、大丈夫、大丈夫。かなちゃんと私以外の女に……振り向かせるつもりないから

 

 あっ、これ、大丈夫じゃないやつだ。

 

 色々振り切れた人間が言う台詞だもの。

 

 というか、あの目、マジで怖い。

 

 私はアクアを譲った事を早々に後悔した。

 

 このままだと近い未来、アクア死ぬかもしれない。

 

 何か勘違いで刺されるかもしれない。

 

 私が考えてた以上に、この女は相当重い。

 

 不意に腹部の辺りが急に痛み出した。

 

 胃薬とハーブティーが今直ぐ欲しい。

 

 真の苦しみを、またも知る事になるだなんて。

 

「そういうかなちゃんは、真さんのことどう思ってるの?私から見て、嫉妬してるように見えたけど」

 

「はぁ?なんで私がクズの事で嫉妬しなくちゃいけないのよ。顔が良いだけの根っからの守銭奴で詐欺師な奴を、好きになる奴がこの世にいる訳ないでしょ。私と彼奴は所詮ただのビジネスパートナー。さもなくば運転係と乗車員。荷物持ちと主人。都合の良い男とそれを顎で使う女の関係よ。勘違いしないでもらえる」

 

「何度も言うけど、言い過ぎだよ。流石に酷い」

 

 そんな中聞かれた問いに、私はそう答えた。

 

 頭お花畑になったのかと疑いたくなる質問だ。

 

 あかねがドン引きしようが、知ったことじゃない。

 

 これが正真正銘、彼奴と私の()()()だ。

 

 彼奴そのものの事をどう思ってるかだなんて、私自身いくら考えても、はっきりとした答えは出ない。

  

 頭の奥で机の奥の古ぼけた名刺。 

 

 つい最近まで、殆ど忘れかけてたもの。

 

 かつての真が、私に手渡した一枚。

 

 その存在がゆっくりと蘇った。

 

 より一層、答えは謎に包まれる。

 

(私にとって、彼奴は何なのかしらね)

 

 そんな疑問は、波の音に紛れて消えた。

 

 





【番外編】
 
メ「お願いします!俺に演技を改めて教えて下さい!」
 
真「断る。帰れ。金も持って来ない奴と話す事は無い」
 
メ「そこをどうにか、お願いします!もっと上手い演技をしたいんです!金の方は無理っすけど……どうにかこれで」
 
真「しつこい。何度も言わせるな。俺が紙切れ一枚で動くと思う──……ちょっと待て。なんだ、これは。フリルの生写真!?しかも、どの媒体にも載ってない一級品!?お前これを何処で手に入れた!?」
 
メ「手に入れたというか、フリルから直接貰いました。俺がファンだって言ったら、気分良くしたみたいで。真さんもフリルのファンって聞きましたから、渡せば喜ぶかなーって───」
 
真「馬鹿野郎。ファンが推しからの貰い物を簡単に渡すんじゃねぇ。これは額縁にでも入れて飾ってろ。そういう事は最初に言えよ、兄弟。フリルのファンなら話は別だ。出来る範囲でたんまりと仕込んでやる」
 
メ(掌返しまでの速度半端ねぇ………)
 
 後に真がメルトを鍛えるのを面白がったフリルも師匠枠となり、メルトの演技力は格段に上がった。
 
 ただし、教えを受ける代償として、メルトの弄られキャラの地位は確固たるものとなり、番組外でも2人から日常的に、積極的に弄られるようになったとか。
 
 不憫な彼の明日は何処へ。
 
 以上、メルトが教えを受けるまでのお話。
 
 
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