52 想いは音に紛れて
「お前はあれで……良かったのか?自分の娘のルビーに手を出そうとしたあの男を……あのまま行かせて」
「なら、お前はあの場でどうした?彼奴への復讐を、まだ捨てきれてないか?いっそ何もかもをルビーに打ち明けて、2人で仲良く復讐にでも洒落込んだか?」
「いいや、まさか。あんな男……今更どうなろうと知った事じゃない。死のうが生きてようがどっちでも。ルビーの身に何もなかったのなら……それで良い」
「そうか。そう思ったか。……俺も全く同じだ」
俺が家に戻って数日が経った頃。
俺達はそんな会話を静かにしていた。
アクアは俺の言葉に何も返さない。
複雑であるものの納得したらしい。
「それと、黒川。お陰で助かった。礼を言う。お前からの連絡がなかったら、今回ばかりは流石にヤバかった。よく知らせてくれた」
「バイクで来て直ぐ、飛び出して行くとは思わなかったけどね。もし来ないようなら、私がやってたけど」
「まぁ正直それでも良かったが……お前は俺達の中で唯一、顔が割れてないからな。隠し玉は取っておいた方が良い。それに、お前を軽々しく行かせでもしたら、某シスコンが後でキレそうで面倒くさかったし」
「誰の扱いが面倒臭いって?お前だってやった事だけ並べたら、十分シスコンだろ。ルビーの前で恰好つけた裏で、神アレルギーでグロッキーになってたクセに。あかねはあかねで、生暖かい目向けるのやめろ」
アクアは半ばキレ気味でこっちを睨んだ。
だが、その程度怖くも何ともない。
黒川に至っては微笑ましそうにアクアを見ていた。
近頃、強かさが日に日に増してる。
ルビーの周囲を自ら見張ると決め、反対するアクア一方的にを言い退けただけの事はあるだろう。
アクアは将来、尻に敷かれるに違いない。
女たらしには丁度いいのかもしれないが。
「何はともあれ、映画製作の目的は全て果たせた。共犯者である新野冬子の特定。神木輝を社会的に抹殺する為の布石作り。あとついでに、ルビー本人の意識改革。ライブ開催時の警備強化はグラサンが引き続き進めてるし、黒川がこれ以上見張らずとも、ルビー達をつけるだろう記者達が防波堤になって、今後彼奴等は下手に手を出せない。遅かれ早かれ奴等は終わりだ」
映画『15年の嘘』の成功と失敗。
その是非に関わらず、映画初出演で主役を務め、自らの母を演じたという事実は、大きな話題を呼ぶ。
ブレイクする兆しが元々大いにあっただっけに、近い将来、『B小町』の人気は一気に爆発し、ルビー達の仕事と知名度は指数関数的に増えていくだろう。
それに伴いプロ意識の無い記者達が、度々押し寄せるのは考えものだが、あれはあれでものは使いよう。
何せ連中はネタの絶えないルビー達の周囲で四六時中網を張る上、小さな動きも変化も見逃さない。
怪しい動きがあれば即座に反応し、相手に言い訳も許さず取材し、骨の髄まで徹底的にしゃぶり尽くす。
まるで餓えた野良犬のような連中だ。
そんな連中の前で軽々しくは動けない。
かといって、俺達の周囲に潜り込もうにも、手の内はこっちが全て把握しているし、比較的接触の容易だったライブも、グラサンによる警備の強化によって、客席に入る事は出来ても、近づく事はもう不可能。
俺があの場で神木輝を止めた時点で。
ルビーが自らの道を歩む選択をした時点で。
奴等に残された余地は、ほぼ全て消えた。
さらに、映画が公開され、奴等の星野アイを陥れたという嫌疑が明らかになれば、記者達だけでなく大衆の一部も犯人捜しに加わり、自ら刑務所にでも行かない限り、いずれ日本にすら居られなくなるだろう。
どうやっても、どう抗っても詰みだ。
最早、俺達が手を下すまでも無い。
「未来の事は誰にも分からない。ハッピーエンドのその先も、明日自分の身に何が起きるかさえも」
「けど、俺達は、それでも今を生きるしかない。その道を誰かがまた阻むようなら、踏み越えていくだけだ。きっと人生って、多分それの繰り返しなんだろうな。幸せな事も、悲しい事も、全部ひっくるめて」
「まぁ要するに、命大事に必死に生きろ。その為に死ぬ気で働けって話だ。人間に出来る事なんて、それぐらいしかねぇし。働いて死んだら元も子もねぇけど」
「過労死なんて、これっぽちも笑えないもんね」
「まったくもってちげぇねぇ」
俺と黒川は思わず、大声で笑った。
一方のアクアは、何とも言えない顔をしている。
以前、俺が前世の死因を話したからだろう。
どうにもならない以上、笑い飛ばすしかない。
だが、あらゆるブラック企業は、今直ぐ滅べ。
過労死なんてふざけた悪習は速く根絶されろ。
この意思だけは、前世から何一つ変わっていない。
「ところでずっと気になってたんだが、黒川お前……だいぶバッサリ切ったな。イメチェンするのはお前の勝手だし、その髪型も似合ってると思うが、急にどうした?……あの女たらしが、またやらかしたのか?」
「思いつく限り、何もやらかしてねぇし、女たらしでもねぇよ。黙ってたら好き放題言いやがって」
「いや、女たらしなのは間違いないだろ」
話は変わって真剣な顔で俺は黒川に問いかけた。
寧ろ俺としては、こっちの方が本題だ。
いい加減、恋愛相談会の開催は勘弁して欲しい。
「別にそういう訳じゃないけど、一応一段落したから元に戻したの。こっちの方が私に合ってると思うし」
「そういう事なら、何も言わねぇけど……ビビッて損した。てっきり俺は、お前等2人が下らない理由で喧嘩して、微妙な距離感になった挙句、黒川がアクアを某自己中女に引き渡す算段を付けているとばかり」
「なんだその、やけに具体的な、ビックリとんでも展開。何がどうなったらそんな事になるんだよ。というか、なんでいきなり、有馬の名前が出てきた」
「余程の事が無い限り、私はアクアと別れるつもりはないよ。今は純粋にアクアとの幸せを願っているだけ。我が子みたいに大事に思ってるというか、医大に行って外科医になって、夢を叶えて欲しいというか、何時かそういう関係になりたいというか、とにかく、今後も仲良く彼氏、彼女を続けたいだけで───」
だが、その心配も必要なかった。
黒川は早口で無駄に重い発言を連呼した。
どうやらこっちも無事仲直りしたらしい。
ようやく恋愛相談会から解放されそうだ。
それはそうと自己中女には心底同情する。
「お前の気持ちはよく分かった。だから、一旦落ち着け。話はあっちで聞く。……クズ、後で覚えとけよ」
「何のことやら、知らないな。俺は他人の恋愛を応援も邪魔もしない主義だ。やりたきゃ勝手にしっぽりやってろ。……ただし、やらかしはマジでするなよ」
「うるさい黙れ。セクハラで訴えるぞ」
何はともあれ黒川はアクアによって連行された。
色々心配だがこれ以上は過干渉だろう。
アクアが精々、別件で死なない事を心から祈る。
こっちもいい加減、心身共に休みたい。
というか、修羅場エンドに巻き込まれたくない。
「だが、生憎、休んでばかりはいられない。今世でも残念な事に、俺の根っこは社畜だ。目の前の仕事からは決して逃げられない。報酬が前払いされてるってなら尚更だ。任された仕事はちゃんとやらねぇと」
俺は家に帰ってしばらくすると、思い出したかのようにパソコンを部屋で操作し、その電源を入れた。
暫くすると画面が点滅し幾つかタブが表示される。
俺はカーソルを動かして一つの映像を再生した。
数秒のタイムラグの後に音声が聞こえる。
「まさか、お前がこんなものを、俺にも残すとはな。どうせ、その場の思いつきで撮ったんだろうけど」
『20歳おめでとう、真君。今の私より、大きくなったね。この頃には、もう一緒にお酒飲めるかな?』
アイが残したDVDは全部で
一つはアクアに、一つはルビーに。
そして一つは、俺に向けて送られた。
20歳にはまだなってないが多少の誤差だ。
精神年齢で考えればとっくに超えている。
『私はまだ19歳だけど、あともうちょっとで君と同じ。すっかり大人。大人になった真君なら、この話も受け入れて貰えるよね?アクア達のお父さんのお話』
「受け入れるどころか、お陰で苦労掛けられっぱなしだけどな。とんだ面倒を残しやがって。自分のやらかしぐらい、自分でどうにかしろよ、アホンダラ」
『あとは私から
「内緒にするぐらいなら、自分の口で話しやがれ」
俺は一人で返る事の無い言葉を紡いだ。
意識する前に気づけば口が動いていた。
過去の彼奴は相も変わらずアホ面を浮べている。
能天気に、自分と誰かの未来しか見ていない。
親子揃って、全く同じ瞳をしていた。
そんな彼奴の顔に、俺は思わず溜息をつく。
「心配すんな。俺は俺のやり方で、ちゃんとやり切ってみせる。それが俺に出来る、責任ってやつの、せめてもの取り方だからな。だから、お前も、精々あっちで最後まで見てろ。彼奴等が描く、
そして映像が全て再生し終わった頃。
俺はそんな言葉とともにパソコンの電源を消した。
彼奴の顔が画面の光とともに消えていく。
とことん下らない遺産を残したものだ。
ミヤコの声に呼ばれて俺は部屋を出る。
リビングのある1階は既に騒がしい。
そろそろ待ちかねた飯の時間だ。
アクアとルビーも、きっと腹を空かせている。
「……俺達の目指し夢見たものまで、あと少しだ」
そんな呟きは、彼奴等の笑い声に紛れて消えた。
映画の撮影が終わってから数日後。
待ちに待った1週間の休暇を私達は迎えた。
そして今日はそんな休暇の初日。
「空は快晴!!白い砂浜!!そして海だーっ!!」
「へぇー、ほんとプライベートビーチみたいだね」
「そうなんよ。前のグラビア撮影で使ってなぁ」
私達は撮影の打ち上げも兼ね海に遊びに来ていた。
メンバーは私を含めた『B小町』の3人に、アクアとあかね、メルトに姫川さん、みなみ、フリル。
当日の集合場所に何処からともなくやって来て、飛び入り参加した飛鳥に、運転係の真と、半ば保護者役の五反田監督を含めた計12人と、かなりの大所帯だ。
五反田監督と飛鳥は例外として、基本的に行きたい面子を集めただけなのだが、結果的にこうなった。
まぁ、そうなってしまうのも無理はない。
「休み……休みの象徴………。あの地獄スケジュールから……やっと解放されたんだーっ!」
「ルビー、本当に嬉しそうね」
「主演級は流石にね」
なにせ此処に居る面子は殆どタレント。
絶賛売り出し中の若手ばかり。
出番の少なかったメルトや、映画出なかったみなみでさえ、ここ最近はまともに休みが無かったという。
主演のルビーに至っては特にそれが顕著。
自ら仕事を獲りに行く事を止め、マネージャーの吉住さんや社長が日程調整に奔走しとはいえ、それでも休む時間や睡眠時間をそこそこ削っていた。
皆が娯楽や休みを求めるのは当然と言える。
「海………俺の車………生き埋め………」
「まだトラウマなの?早く立ち直れよ」
「いっそ、もう一回埋めてやろか?次は頭まで」
そんな楽しげな空気になってる中で、何故か姫川さんだけは眼鏡を曇らせ、寂しげに海を眺めた。
死んだ魚の目で青いオーラを放っている。
アクアの慰めも殆ど効いていない。
海に行くと決まった時点で、一人だけ渋い顔をしていたので何となく察していたが、口ぶりからして、以前なにかうっかりで、やらかしたのだろう。
真に関しては隣でシャベルを構えている。
声こそ笑っているが、目は本気だ。
可哀想な事に、クズに弱みを握られたらしい。
「おい、お前等。はしゃぐのは一先ずそれぐらいにして、そろそろこっちを手伝え。なんで俺が、日曜日のパパみたいな事しなきゃいけねーんだ」
「でも、ほんと、実際助かりましたよ。社長に車借りてる真さん以外で、足持ってるの監督だけだったし」
「本当にありがとうございます」
「監督にこんな事させてしまってぇ……」
そんな私達を軽く咎めるように監督は言った。
既に荷物を運びをしていたメルトは監督を労い、あかねとMEMちょは少し申し訳なそうに頭を下げた。
まぁ確かに、ご尤もと言えばご尤もだ。
正直、移動を楽にする為に呼んだ感はある。
最近免許を取った姫川さんが、全力で運転を拒否らなければ、ほぼ間違いなく呼んでなかっただろう。
まぁそれはそれとして、罪悪感は全くない。
「独身の癖にこんな車持ってる方が悪いのよ。よりにもよってファミリー向けの、しかも大きめなやつ」
「そうそう。10年以上独身の癖に」
「そもそも週末に仲良くキャンプ行く家庭なんてごく僅かだ。土台無理な話な上に、婚期逃して、実際荷物運び以外に使い道ねぇんだから、ケチケチすんな。使えるもん正しく使ってんだから、ありがたく思え」
「んだと!?何時まで経っても口の減らないガキ共だな!!まったく!!結婚だって……もしかしたらワンチャンあるかもしれないだろ!?ミラクルが突然空から降ってくるかもしれねぇだろ!!」
「いや、ねぇよ」「四十路はちょっと」「夢見過ぎ」
「お前等全員鬼か。監督泣くぞ」「せつねぇなぁ」
私達は揃いも揃って監督を言葉で刺した。
だって、監督が結婚する姿なんて想像出来ない。
あの歳で親元を離れてない時点でご察しだ。
しかも、家事全般、未だ母親にやらせてるし。
正直言ってこれで結婚とか絶望的だ。
宝の持ち腐れも良いところだろう。
故に気にする必要性は全くない。
「監督、大丈夫かなぁ?だいぶ傷ついてたけど」
「真君の正論ラッシュに、かなの毒舌ストレート。極めつけにルビーの純粋ラリアットがクリーンヒットしたからね。でも、まぁ大丈夫でしょ。立ち直りの早さだけが取り柄みたいなところあるし」
「フリルちゃんも大概酷いからね」
「後で監督に……差し入れ持って行ってあげよ」
その後、私達は荷物運びを、半泣き監督の指示でテキパキと終わらせ、それぞれ車で水着に着替えた。
女子は監督の車、男子は真の車だ。
この日の為に新調した水着を身に着け外に出る。
そしてこの水着でアクアを悩殺───
「うーん、やっぱり良い天気。海水浴日和やなぁ」
「にしてもみなみ、すっごいセクシーだね」
「かなちゃん。日焼けオイル塗ってあげようか?」
「うん。お願い。肌はタレントの資本だものね」
……しようと思ったけど、即座にやめた。
ツァーリ・ボンバ相手じゃ勝ち目がない。
よく考えずともクズに鼻で笑われるのがオチだ。
彼奴に笑われるなんて死んでも嫌だ。
そんな事になったら最後、警察沙汰になる。
これまでのキャリアも経歴も全てパーだ。
仕方ないから大人しくする事にする。
「はぁー、ほんと……生きてて良かった」
「至福……これぞ至福……楽園が此処に」
「あの2人……互いを見て偶にああなるんすよね」
「ファンとファンの距離感が近過ぎるのも考えものだな。そういやメルトもファンじゃなかったっけ?」
「まぁ、そうっすけど、結構な頻度で番組で顔を合わせるようになってから、先輩感の方が強くなっちゃって。はしゃぐとかそういうのは無くなりました。暇な時に演技の事を教えてくれるんで助かってるんですけど、同じくらい……日常的に弄られてるんで」
「Sコンビ、何時でもやりたい放題だな」
そんな私の考えを知ってか知らずか、真はフリルのウエットスーツ姿を見て、満足そうにしていた。
フリルの方も無駄に筋肉映えする、ピエよん印のブーメランパンツ姿の真を見て、惚れ惚れしている。
両方ともセンス基準が理解出来ない。
フリルは何処であんなものを手に入れた?
いくらファンとはいえ真は何故あれを選んだ?
なんでアレで、互いの好感度が上昇する?
考えるだけで、頭が痛くなってきた。
(というか、何よ。メルトに演技を教えてるって。私にはそんな事一度もしなかった癖に……メルトだけ特別扱い?羨ましい訳じゃないけど……なんか腹立つ)
私はそれ以上に真の事で少しモヤッとした。
確かにメルトの演技力は確実に上がってる。
出番も少ないながら監督からも評判も上々だった。
ルビーから先輩呼びされるようにもなっていたし。
でも、その成長の一端に真が関わっていたなんて、欠片も思わなかったし、これっぽちも考えなかった。
あの練習が最初で最後だと思っていたのに。
それを私の知らない所で続けていたという事実に、胸の奥がチクリとなっている自分が確かに居た。
その理由が何なのかは、よく分からないけど。
「黒羽てめぇ。木の上で何やってやがる。スク水で木登りとか正気か?早く降りねぇと水ぶっかけんぞ」
「僕が何処で何しようと勝手だろ。久しぶりの海風を楽しんでる真っ最中なんだ。ほっといてくれ。僕の楽しみを邪魔するようなら、今度こそ天罰を───って、おい。何するんだ?本当に掛ける奴が居る?」
「だから、事前に、ぶっかけるって言っただろ」
「このクズの所業はさておき、本当に危ないから降りろ。せっかくの休日に怪我でもしたらどうするんだ」
「この程度で僕が怪我をする訳ないのだけどね。……まぁでも、君達に要らぬ心配を掛けるのは、僕としても面倒だ。今日のところは君の顔に免じて、仕方なく降りてや───ちょっと待って。今何故僕に水を掛けた。降りると言ったばっかだろ。いい加減にしろ」
「すまん。手が滑った。決してわざとじゃない。別にお前が飛び入り参加した事に腹を立ててるとか、そういう訳じゃない。これはあくまでじ───ギィヤァァッ!!糞ガラス共め!!俺の水鉄砲を返せ!!」
私がそんな事を考えていると真は大声で叫んだ。
何事かと思って顔を上げると鴉に襲われている。
手に持っていた水鉄砲を狙われたようだ。
一方アクアは木の上の飛鳥をゆっくり下ろした。
こっちは全く鴉に狙われていない。
何だかよく分からんが、天罰でも下ったのだろう。
彼奴の事だ。要らん事でもしたに違いない。
クズの事を考えていた自分が馬鹿らしくなる。
「先輩。それにあかねちゃん。あっちで一緒にビーチバレーでもして遊ばない?ついさっきまでみなみと一緒にやってたんだけど、盛り上がっちゃって。せっかくだから皆でやろ」
「そうそう。人数は多い方が楽しいやろうし」
クズが鴉の群れに襲われ地に伏した頃。
一足先に遊んでいたルビー達が戻って来た。
クズの一連の末路には気づいていないらしい。
まぁでも、気づく必要もないだろう。
気分転換には丁度良いかもしれない。
「別にいいけど、やるからには私が全部勝つから。覚悟しなさい。言っておくけど手加減しないから」
「じゃあ、決まりだね。人数も多いしペア対抗戦にしよっか。こんな事もあろうかとネット持って来たし」
「ちょっと待て。なんで持って来た?準備万端か」
「何それ。面白そう。私もやるやる」
「あのー、ちょっと。私も参加するから忘れないで。絶賛埋められて動けないから。早くここから出して」
フリルに埋められていたMEMちょを掘り起こし、あかねが持って来たネットを浜辺に立て終えると、飛鳥を除く女子組は意気揚々とビーチバレーを始めた。
ちなみに他のメンバーはというと自由気まま。
アクアは監督のスイカ割りに付き合わされたり。
姫川さんとメルトは太陽の下で熱心に謎トーク。
引っ掻き傷だらけの真は恨み節を叫びながら泳ぎ、飛鳥は恐るべきスピードで迫る真から逃げたりした。
なんやかんやで、それぞれ海を楽しんだと思う。
「あとちょっとでもう帰りか。何だか名残惜しいな。良い所まで行ったのに、結局勝ってなかったし」
「私に勝とうなんて百年早いのよ。首洗って出直しなさい。まぁでも、いい線行ってたんじゃない?」
「ふふっ、そっか。褒めてくれてありがと」
「なに急に笑ってんのよ。唐突過ぎて気持ち悪い」
あっという間に日は暮れ、時間はもう夜中。
バーベキューも終わり、持って来た花火も僅か。
ゆっくりと休暇初日は終わりに向かっていた。
周囲には私達以外、誰の姿も見当たらない。
あっちの浜辺でまだ騒いでいるのだろう。
なお、真とみなみの姿はそこには無い。
あの2人は人知れずその場を後にしていた。
まるで密談でも始めるかのように。
「ついさっきから、真さんとみなみちゃん。あっちで何を話してるんだろうね。みなみちゃんに至っては、やたら真剣な顔で真さんに付いて行ったし。まさか、真さん、みなみちゃんに告白するつもりなのかな?」
「いいや、ない。それだけは絶対にない。そんな事があったら、天変地異の前触れよ。地球存亡の危機よ」
「何もそこまで、言う必要ある?」
おそらくわざと言ったであろう、あかねの言葉に、私は半ば血相を変えて、全力で否定した。
そんな事が本気であったら私は絶望する。
明日地球が滅ぶ事が確定したも同然だ。
あらゆる災厄が来たとしても可笑しくない。
比喩ではなくそのまま意味で。
「そもそも彼奴は恋愛ごとにまるで興味がないのよ。彼奴が興味を示す対象は、推しと金、権力だけ。そんな奴が告白なんて甘ったるい事、する訳ないでしょ」
それに彼奴はみなみを連れて行く途中。
周囲に悟らせない極めて僅かな時間。
うっすらと、ゲス顔を浮べていた。
どうせ碌な事を考えてない。
「何より彼奴がゲス顔を浮かべたら最後、憐れな被害者が量産されるって決まってるのよ。彼奴のゲス顔一つで、一体どれだけの人間が泣いたことか。というか私が嫌になるほど泣かされた。何か裏があるに決まってる。ただの善意なんて絶対有り得ない。何があったか……後でみなみに聞かないと」
「かなちゃん……流石にそれは言い過ぎじゃない?気持ちはまぁ……分かるけどさ。信用してなさ過ぎ」
「じゃあなんで、アンタさっき、言い淀んだのよ。目だって現在進行系で泳いでるし。無理して信用してるだなんてみっともないわよ。私は一切信用してない」
「威張って言う事じゃないでしょ」
私はあかねの言葉を鼻で笑った。
こうなるのもクズが全て悪い。
何もかも日頃の行いが悪いせいだ。
そもそも彼奴に関わった人間の中で、騙されてない、被害を全く受けてない人間はごく僅か。
私どころかあかねにしたってその一人だ。
ほぼ全員彼奴のせいで酷い目に遭ってる。
これで信用しろという方が無理な話だ。
悪い意味での信用なら沢山あるが。
「でも、真さんに騙された人って、一回は絶対酷い目に遭うけど、最終的に笑ってるっていうか、自分らしくいられてるから、私、そこ等辺は信用してるよ。勿論良い意味で。嘘つきで性格は凄い悪いけど、無責任な訳じゃないし。かなちゃんは違う訳?」
けど、あかねはそれでもと反論した。
私はその言葉に黙り込むしかない。
……悔しいけど、それも紛れもない事実だ。
現にアクアもルビーも今を幸せそうにしてる。
もがき迷いながらも、確かに前に進んでいる。
私自身、彼奴と出会ってから何もかも変わった
嫌な現実から……目を背ける事が無くなった。
そのせいか意地を張って反論する気も無くなる。
「まぁ、そこが……彼奴の数少ない良い所だもの。それぐらい私だって、分かってるわよ。ただ彼奴の悪いところが良いところ以上に多過ぎるから、口煩く言ってるだけ。……認めたくないけど世話になったし」
「かなちゃんが自分の間違いを認めるなんて、昔だったら有り得なかったもんね。良くも悪くも変わった」
「それはお互い様でしょ。昔のアンタはなんていうか、これっぽちもマトモじゃなかった。でも、今は、ずっとマシになった。人間っぽく人の心が分かるようになった。根っこの方は変わってないけど」
「何時だって、分析不能なかなちゃんだけには言われたくないよ。昔から色々拗らせまくった変な子だし」
「私だって、役作りの為ならストーカー行為も辞さなそうなアンタだけには言われたくないわよ。尤もアンタは嫌味じゃないし、優しいし、頭も良い。私ほどじゃないけど、顔も良いし、演技力もある。……
だからこそ、私は私の恋に終わりを告げた。
いい加減、嫌な現実と向き合う事にした。
今度は逆にあかねが私の言葉に黙り込む。
目を見開いて、話す言葉を失くしている。
これは私のケジメである同時に、我儘だ。
ならば、最後まで、やり切らないといけない。
「私、アクアの事がずっと好きだった。私の事を真っ直ぐ見てくれる彼奴の事が、心の底から。アンタ達がちゃんと付き合うようになってからも、未練がましく。これからも好きなんだと思う。でも、彼奴への恋は、今日で終わり。アンタに全部譲ってあげる。だって、私はアンタの言う通り、良くも悪くも変わった。もう大人だもの。何時までも初恋を引きずる訳には行かない。今のアンタなら、任せても大丈夫そうだし」
それはなんとも、あっけない幕切れだった。
おそらくは5分も経ってないだろう。
言いたい事を全て言い尽くしてもその程度だった。
でも、後悔は全くしていない。
しばらく私達は互いに無言で海を眺めた。
敗者である私にあかねは何処か優し気だ。
みっともなく自分の気持ちをさらけ出しただけに、私に対する同情の感情でも産まれたかもしれない。
こんな時は、自然と涙が出るかと思ってた。
けど、不思議と、涙は全く出てこない。
まるで水滴を垂らした水面のように、一瞬大きな波を作りながら次第に静まり、心が徐々に凪いでいく。
気持ちの整理が、ようやくついた。
これで私も、もがきながら前に進める。
「そういう事だから、私の幼馴染をよろしく頼んだわよ。彼奴、女たらしだし、凄い苦労するだろうけど」
「うん、分かってる。でも、大丈夫だよ。今のアクアと私なら。沢山喧嘩するかもだし、気まずくなるかもだし、険悪になるかもしれないけど、ずっと傍に居るって決めたから。きっと2人で……絶対幸せになる」
「だからって、初っ端から惚気話するのは止めてくれる?恋敵どうこう以前に、純粋に聞きたくない。胸焼けしそうになるのよ。……クズの気持ちが、こんな形で分かるだなんて。惚気るなら本人に言って頂戴」
「いや、でも、それはちょっと恥ずかしいし、こういう気持ちは、行動で示した方良いかなって。アクアの好きな服も、メイクもシュチュエーションも、全部把握してるし、何時でも動ける準備はしてるし───」
「ちょっと待て。一旦落ち着きなさい。目が据わってるわよ。だいぶ怖いんだけど……本当に大丈夫?」
「うん、勿論。寧ろ最近絶好調。この前アクアに似たこと言われちゃったけど、大丈夫、大丈夫。かなちゃんと私以外の女に……振り向かせるつもりないから」
あっ、これ、大丈夫じゃないやつだ。
色々振り切れた人間が言う台詞だもの。
というか、あの目、マジで怖い。
私はアクアを譲った事を早々に後悔した。
このままだと近い未来、アクア死ぬかもしれない。
何か勘違いで刺されるかもしれない。
私が考えてた以上に、この女は相当重い。
不意に腹部の辺りが急に痛み出した。
胃薬とハーブティーが今直ぐ欲しい。
真の苦しみを、またも知る事になるだなんて。
「そういうかなちゃんは、真さんのことどう思ってるの?私から見て、嫉妬してるように見えたけど」
「はぁ?なんで私がクズの事で嫉妬しなくちゃいけないのよ。顔が良いだけの根っからの守銭奴で詐欺師な奴を、好きになる奴がこの世にいる訳ないでしょ。私と彼奴は所詮ただのビジネスパートナー。さもなくば運転係と乗車員。荷物持ちと主人。都合の良い男とそれを顎で使う女の関係よ。勘違いしないでもらえる」
「何度も言うけど、言い過ぎだよ。流石に酷い」
そんな中聞かれた問いに、私はそう答えた。
頭お花畑になったのかと疑いたくなる質問だ。
あかねがドン引きしようが、知ったことじゃない。
これが正真正銘、彼奴と私の
彼奴そのものの事をどう思ってるかだなんて、私自身いくら考えても、はっきりとした答えは出ない。
頭の奥で机の奥の古ぼけた名刺。
つい最近まで、殆ど忘れかけてたもの。
かつての真が、私に手渡した一枚。
その存在がゆっくりと蘇った。
より一層、答えは謎に包まれる。
(私にとって、彼奴は何なのかしらね)
そんな疑問は、波の音に紛れて消えた。
【番外編】
メ「お願いします!俺に演技を改めて教えて下さい!」
真「断る。帰れ。金も持って来ない奴と話す事は無い」
メ「そこをどうにか、お願いします!もっと上手い演技をしたいんです!金の方は無理っすけど……どうにかこれで」
真「しつこい。何度も言わせるな。俺が紙切れ一枚で動くと思う──……ちょっと待て。なんだ、これは。フリルの生写真!?しかも、どの媒体にも載ってない一級品!?お前これを何処で手に入れた!?」
メ「手に入れたというか、フリルから直接貰いました。俺がファンだって言ったら、気分良くしたみたいで。真さんもフリルのファンって聞きましたから、渡せば喜ぶかなーって───」
真「馬鹿野郎。ファンが推しからの貰い物を簡単に渡すんじゃねぇ。これは額縁にでも入れて飾ってろ。そういう事は最初に言えよ、兄弟。フリルのファンなら話は別だ。出来る範囲でたんまりと仕込んでやる」
メ(掌返しまでの速度半端ねぇ………)
後に真がメルトを鍛えるのを面白がったフリルも師匠枠となり、メルトの演技力は格段に上がった。
ただし、教えを受ける代償として、メルトの弄られキャラの地位は確固たるものとなり、番組外でも2人から日常的に、積極的に弄られるようになったとか。
不憫な彼の明日は何処へ。
以上、メルトが教えを受けるまでのお話。