『さぁ始まりました『VSソニック!!』。今回は記念すべき放送1周年の特別特番。何時にも増してスペシャルな内容でお送りします!』
『あとついでに、天の声こと真君は、この特別特番をもってレギュラーを卒業しちゃう訳だけど……番組が始まる前に、視聴者の皆に言いたい事とかある?』
『はい、そうですね。言いたい事はツイッター上で大体全部言ってしまってるので、正直もうありませんが、お決まりを一つ。……私の事は嫌いになっても、この番組と不知火フリルの事は、決して嫌いにならないで下さい!!私は何時までも応援してます!!』
『ふーん、なるほど。全国放送で自分の好きを堂々と宣言。嫌いじゃないよ。十点満点中……七点。度胸は良いけど、オリジナリティが無いから三点マイナス』
『おっと。推しの採点が思ってた以上に厳しい』
タブレット越しに幾つかの歓声が響いた。
あの放送で番組への心残りは綺麗に無くなったが、フリルに満点を貰えなかった事だけが実に心残りだ。
次があるなら、是非とも満点を取りたい。
俺は鏑木さんのデスクに引き継ぎの書類を置く。
「君との契約はこれで満了。特別特番の方も中々に良かったよ。今までよくやってくれたね」
「いえいえ、こちらこそ、今までありがとうございました。番組に映画、その他諸々。感謝してもし切れません。とはいえ、何かと苦労も多い契約でしたが」
「若い時の苦労は買ってでもしろと言うだろ?それは私からの所謂サービスってやつさ。私も君に苦労させられたしお互い様だ。細かい事は気にしない」
鏑木さんはそう言って書類を受け取った。
最後の最後のまでおっかない人だ。
気を抜いた瞬間、此処を辞める俺にサービスと称して、更なる難題を押し付けてきても可笑しくない。
この人はそういう事を笑顔でやる。
我ながらこの人の下に1年半もよく居たものだ。
俺も大概、人のことは言えないけど。
「何はともあれ後の事は僕の方で進めておこう。あの番組を最初期から支えた功績と手腕。……ほとぼりが冷め、反省も十分済んだであろう事を踏まえ、君が抜けて空白となったCADの席には漆原AD。皆が知っての通り、天の声にはみなみ君を正式に任命しておく」
『最後の出場チームは……なんと我々。この番組のMCを務める不知火フリルと、天の声を務める私、斎藤真。そして次回から2代目天の声を務める、寿みなみのVSチーム。最後の最後なので勝たせて貰います』
『普段見てるだけで、ちょっと退屈だったしね』
『初参加やけど、頑張るで!!』
タブレット上に寿の名前が映し出された。
SNSでは彼女に期待と関心が集まっている。
俺は映画製作の副責任者をやる傍ら、天の声の後任を引き受けてもらえるよう、密かに寿と彼女の所属するキャノンファイアに、交渉を進めていた。
本来なら休業先の苺プロに、仕事を回すのが筋だ。
だが、番組全体の司会進行を行えてかつ、フリルの予測不能な発言にも対応でき、ある程度暇を持て余している人材となると、苺プロでもそう多くはない。
アクアは医者になるまでの限られた時間を、役者業に充てるつもりだろうから、まず引き受けないし、ルビーは数多くの仕事を既に抱え、今後は本業含め更に忙しくなるであろう事から、任せるには論外。
黒川はそもそもバラエティ向けの性格ではないし、MEMちょはアイドル業に加えて、動画投稿、広報活動、他配信者への営業、企画制作など、本来事務所側が担うべき業務もやっているから、アシスタントが見つかるまで、過労死させない為にも任せるのは駄目。
残りの有馬は他4人と比べ、十分候補に入るものの、たっぷり手間暇かけて育てた番組を、何の見返りもなくタダで彼奴に渡すのは、純粋に気に食わない。
よって知り合いで信用できてかつ、若手で芸歴もそれなりに長い寿に後釜を任せるのは、自然な流れだ。
フリルとも学校では仲良くしているし。
「今回の仕事はマンネリ気味だった寿君にとって、大きな契機になるだろう。彼女の希望していたドラマ出演も、立ち回り次第では現実になるかもしれない。しかし、それは番組を
「ええ。一応は。楽な道ではないと説明してあります。まぁどの道、仕事をすれば嫌でも分かります」
「それは何とも人が悪い先達が居たものだ。まぁそのぐらいしないと、わざわざあの席に座る訳もないか。一見誰も羨む黄金の椅子のようだけど、実態は爆弾付きだものね。この様子だと一度は爆発しそうだ」
あとの理由としては知り合いという事で、面倒事を投げても罪悪感が沸かず、説明責任もないからだ。
正直に言えば、それが一番大きい。
鏑木さんは俺の言葉に軽く肩を竦めた。
知ってたとばかりに呆れた様子を見せる。
俺の名前は、この1年半でかなり広まった。
表の知名度こそトップタレントほどではないが、裏方の世界では使える若手として業界内の評価は高く、悪評も含め、名前はそれなりに知られている。
現場全体に、辞める事を惜しまれる程度には。
そして、あの番組の天の声の席は、この1年半で俺が築き上げてきた実績そのものであり、形ある証明。
そこに座るという事は、俺が背負ってきた期待や重圧を引き受け、常に俺と比較される事を意味する。
大方初めは上手く行かず、元マネージャー以下の技量。コネで席を取った。女としての自分を上手く使っただのと、裏で好き放題言われるに違いない。
とはいえ、最後のやつを本当に口にする馬鹿がもし居たら、そいつはセクハラでクビになるだろうけど。
鏑木さんは意外とそこら辺厳しいし。
我ながら、厄介なものを残したものだ。
「ですが、その程度の重圧すら背負えないようでは所詮それまで。今は無理でもトップタレントになり、何時か2人に肩を並べる。彼女はそう、私に啖呵を切った。ならば、茨の道に案内するのは道理です」
「まぁ確かに、そういう事なら、それぐらいしないと無理か。トップタレントへの道に近道は無い。フリル君については言わずもがな、ルビー君もそう遠くない未来、自らの母であるアイ君を超える。彼女と彼女等の距離はあまりに広い。それでもなお進むというなら、これぐらいはやってもらわないと」
「あとは全て、寿次第ですよ。良くも悪くも」
「若いってのは、本当に羨ましい限りだ」
俺と鏑木さんは揃ってタブレットを見つめた。
もう間もなく、スタッフロールが流れる。
此処から先は、彼等彼女等の番組だ。
引退済みの口煩い老兵は去るに限る。
俺は鞄を肩に掛け、部屋を出る準備をした。
中身年齢、もうそろそろ50近くだし。
「そういえば君は、これからどうするんだい?映画を撮る前はまだ決めてないって言ってたけど。そこはやっぱり、苺プロのマネージャーに戻るのかい?」
俺が去る直前、鏑木さんはそう問いかけた。
プロデューサーとしてではなく、純粋な大人として、今後どうするかに興味を持っているようだった。
俺は何も言わず、窓の向こうを見つめる。
今は昼だが月がくっきり見えた。
その問いに対する答えはまだ出てない。
「まぁ何分、忙しい身でしたから、もう少し休んでから考えます。……今後自分が、どうしたいか。いっそ日本を飛び出し、一度世界を見て回るのもいいかもしれません。しばらくは大学生活を満喫しますが」
「それも結構。やれる時にやれる事をやるのが一番だ。後悔をしてからでは遅い。こっちに戻るようなら一言言いたまえ。その時は喜んで仕事を回すよ」
「いいや、結構です。仕事が欲しい時は自分で選んで取ってきます。面倒を振っかける側に回るならまだしも、振られる側に回るのは御免です。ほんとマジで」
「はは、そうかい。それは残念だ。じゃあ勝手に回す事にしよう。それじゃあ1年半、本当にお疲れ様」
「ええ。ありがとうございました。では、また」
俺は軽くをお辞儀をして部屋を出た。
重い扉が音を立て、ゆっくりと閉まっていく。
窓の向こうの月は、未だ静かにそこにあった。
何も言わず、本当を口にしないまま。
その裏側にあるはずの星を覆い隠して。
どんなものにも始まりと終わりがある。
それがどれだけ美しくても、永遠はない。
そんなものは、あってはならない。
どんなものにも、必ず終わりはやって来る。
それがどれだけ苦しくても、救いでもあるから。
私にとっての初恋が、そうだったように。
「そういう訳なので社長。準備だけは少しずつ進めておいて下さい。ルビーやMEMちょにはまだ秘密で」
私は軽く頭を下げて社長室を出た。
少し前から考えていた事だ。
あの映画撮影の一件で踏ん切りがついた。
この選択に何ら迷いはない。
「だからって、ただで終わるつもりはないけど」
それからしばらく経ってある日の休日。
とある日本橋の老舗大型百貨店。
私は新しく買うブーツを見に来ていた。
前々から気になってたやつに新作もある。
どれもブランドだし可愛いから困りものだ。
いっそのこと全部買うのもありかもしれない。
「なぁもう、それでいいから、早く買おうぜ?というか、俺を帰らせろ。即刻解放しろ。休日を返せ」
「五月蠅いわよ、荷物持ち。アンタは黙って私の荷物持ってなさい。どうせ家で暇してたんだから」
「暇じゃねぇよ!?こっちは溜まってたレポートを片付けた甲斐あって徹夜明けだ!眠いんだよ!何もせず休みてぇんだ!自己中女!大学生の休日舐めんな!」
「それはレポート溜めてたアンタが悪いでしょ」
「多忙に多忙で、時間無かったんだよ!!」
私は真の訴えを全力で無視した。
荷物持ちは黙って荷物を持ってればいい。
精々、自分の仕事を真っ当しろ。
私という主人をあまり困らせるな。
こんな状態じゃせっかくのブーツに集中出来ない。
「はぁ帰りたい。本当に帰りたい。さもなくば目の前の自己中女を無に帰したい。あー、でも、その為の準備も面倒臭い。頼むから誰か、今直ぐ此奴を消してくれ。視界の外に追いやってくれ。俺を寝させてくれ」
仕方なく私はブーツを買うの諦め、昼時という事もあって、百貨店の地下にあるカフェに移動した。
けど、目の前のクズは相変わらず五月蠅い。
というか、物騒な事ばかり言ってる。
警察か警備員に連れて行かれても文句は言えない。
(こんなクズが私にとっての恩人、あの名刺の人だったなんて……予想外もいいところよ。感動もへったくれもない。とりあえず、外に連れてきてはいいけど、何から話そう。死ぬほど嫌だけどお礼は言うべき?)
私はそんなクズを横目に一人悩んだ。
こんなんでも、一応私の恩人だ。
今更感が凄いけど無下には出来ない。
(あの頃のアクアが私にとっての憧れで、心の中のライバルだったなら、真は間違いなく光だった。何時か勝てれば、全部笑い話。その言葉で……どれだけ救われたか。今の私が居るのは、此奴が居たからって言っても過言じゃない。認めるのは……凄い癪だけど)
私はコーヒーを飲みつつ思考を巡らせた。
鞄の奥にはボロボロの名刺が入ってる。
どうせ覚えてないだろうから一応持って来た。
例えあれが媚売りからの言葉だとしても、本人とっては些細な記憶だとしても、私にとっては関係ない。
それを差し引いたとしても、此奴には何かと世話になったし、一言礼を言わないとなのは確かだ。
あの映画で役者としての復権がようやく果たされ、次のドラマでのメインとしての出演が決まり、女癖は兎も角、名監督なシマカンからのオファーもつい先日来て、今のところ子役時代レベルで順風満帆だし。
これ以上、返せない貸しが増えても困る。
「こんな事なら近くのネカフェにでも避難すれば良かった。オートロックで流石のお前でも入って来れねぇし、何より好きなだけ寝れる。完璧だ。あと文句ついでに一応言うが、カフェ代は全額お前の奢りな。9割俺のお陰で、役者としての復権が果されたようなもんだし、こうなったらヤケ食いだ。そうと決まれば、コーヒーのお代わりに、サンドイッチも追加だ」
(でも、此奴……ほんとカスでクズなのよね)
一方、真は私の気も知らず、呑気に追加注文した。
よりにもよって、メニューの中でもお高いやつを。
堂々と私を財布にする気満々で。
こんな事をわざわざしてる自分が馬鹿らしくなる。
場所が場所なら即座に八つ当たりしていた。
(高校で再会した頃から、何も進歩してない)
出会った時から斎藤真は斎藤真だった。
他人の懐に厚かましくズケズケ入り込む、人たらしの才能持ちで、裏でひっそり女子にモテる程度には顔が良くて、傍に居ると肩の力が自然と抜けて、相手の本音と本性をあっという間に暴いてしまう詐欺師。
そして金にがめつく、ドン引くレベルの守銭奴で、何時も上から目線の嫌な奴で、勝手に何処かに消えたかと思えば、何事もなかったみたいに平然と帰って来る薄情者かつ、説明不要の自分主義者。
そんでもって、今も昔もどうしようもないクズ。
(そのくせ、誰の事も真っ直ぐ見るような奴で、過程や選択を結果をよりも大事にしていて、合理主義を気取ってる割には妙に情深い。自分にとって譲れない事には、筋を通さずにいられない不器用な性格で、私の知る誰よりも人間臭く、人間であろうとしている)
「おっ、来た来た。卵サンドにハムサンド。見るからに旨そうだ。入った時から気になってただけはある」
真は運ばれて来たサンドイッチを頬張った。
豪快だが上品に味わって食べてる。
相変わらず、いい食べっぷりだ。
食べる事が好きと言ってるだけはある。
こんな変な奴も中々居ない。
それは私も似たようなものだけど。
「アンタ、これからどうするの?鏑木さんとの契約はもう終わったんでしょ。苺プロに出戻りするとか?」
「何だよ急に。鏑木さんとほぼ同じこと言いやがって。しばらくは言われずとも大人しくしてるっての。信用無さ過ぎだろ。その先はまだ……考え中だが」
「なら、また私のマネージャーやらない?専属で私を担当するの。経験もあるし、良い話だと思うけど」
真は私の唐突な一言を前に思わず咳き込んだ。
飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってる。
十中八九そうなるとは思ってた。
私も同じ立場ならそうなってたから無理はない。
「俺が、お前の、マネージャー?専属で、また、担当に?……仕事のし過ぎで、頭おかしくなったか?」
真は凄い目で私の事を心配し出した。
その手の病気を半ば本気で疑っているのだろう。
過労死関連のワードにやたら敏感だし。
「私、『B小町』を辞めるつもりなの。仕事を役者業1本に絞って、役者界の頂点を本気で取りに行くつもり。……とはいえ、実際に辞めるのは1、2年後になりそうだけどね。成り行きでなったとはいえ、仮にも初代センターとして、最低限の仕事はしなきゃだし」
真はその言葉に目の色を変えた。
そしてすぐさま、仕事モードの真剣な顔になる。
こういう切り替えの早さは嫌いじゃない。
「いいのか?お前は本当にそれで。役者として復権は確かに果たされたが、目の前にだけ目を向けてるようなら暗黒時代に逆戻り。下手すれば取り返しのつかない事になる。お前の夢ってやつはもういいのか?」
「生憎、そっちも諦めるつもりは一切無い。アンタ達を推し変させるぐらい1、2年もあれば十分ってだけ。昔みたいに目の前にだけ目を向けてるって訳でもない。こっちで頂点を取るのは、あくまで通過点。私にとってのゴールは、ハリウッドに行くこと。その為なら猫の手も、クズ詐欺師の手も……借りたいのよ」
私は言葉の震えをどうにか隠した。
自分で言った言葉の重みぐらい分かってる。
日本で頂点を取るだけでも生半可な道じゃない。
その先にある私の夢を語るなら尚更だ。
ハリウッド女優までの道はあまりに長い。
「少し前までガキだった奴が、よくもまぁ、デカい口を叩くようになったもんだ。随分と成長したな」
「あれから何年経ってると思ってるのよ。耄碌ジジイ。散々アンタに振り回されればこうもなるわよ」
「やっぱり全部、俺のお陰って訳だ」
「思い上がってんじゃないわよ、クズ」
私と真は無言で互いを見つめ合った。
甘ったるい感情はそこには無い。
あくまで互いをビジネスの相手として見ていた。
最早、恩人どうこうも関係ない。
何処か張り詰めた空気が周囲に満ちる。
「お前の希望はよく分かった。魅力的な話ってのも理解した。喜んで話を──受けると思ったのか、バーカ。三流の契約なんぞ話にならん。赤点で不合格だ」
「はぁ?ふざけんな。死ねよクズ」
しかし、真はそんな私の言葉を鼻で笑った。
額に血管が浮き出ち殺意が沸く。
アイドルとは思えない顔をしてるに違いない。
即座に張り倒さなかっただけ成長した。
昔の私だったら馬乗りになって殴っていた。
一目のない場所まで、殴るのは我慢する。
「確かにお前は成長した。ガキから大人になった。認めてやるよ。だが、それだけじゃ、契約は出来ない。俺に対する利が全くってほど示されてないからな。タダ働きなんて死んでも御免被る。等価交換だよ」
そう不敵に真は続けて言い放った。
一瞬、金の事かと思ったけどそうじゃない。
彼奴の光無き瞳はそれを求めていない。
その程度じゃ底なしの闇は満たされない。
もっと別の、もっと大きな物を求めている。
「そういやアンタ、やたら契約とか約束を大事にしてるもんね。そりゃ報酬も何も示されてない仕事をやる訳もないか。それで一体……何が欲しい訳?」
「おいおい。それぐらいも分からないのか?契約主が契約者に欲しいものを聞くなんてご法度だぞ。これだからお前は、赤点で三流だなんて言われるんだ」
「そもそも私の本職はタレントで詐欺師じゃないっての。アンタのやり方に合わせてるだけ。口八丁手八丁で勝てないのは分かり切ってる。……だからこその、スカウトだし。三流でも四流でも好きに言いなさい」
「あっ、いいの?じゃあ、お言葉に甘えて言わせてもらうわ。やーい、やーい、二流以上、一流未満の雑魚タレント。詐欺師として五流。金を毟り取られる奴の典型例。この程度の交渉も出来ないんですか?」
「前言撤回。やっぱ黙れ。今直ぐに」
それとは別に、私はクズに殺意を募らせた。
交渉が上手くいってない関係なく、ただ腹立つ。
右手が首に伸びそうになるのを堪えるので必死だ。
殴りたくなる顔をしやがって。
もう恩人どうこうなんて激しくどうでもいい。
此奴は後で百発殴った上で山に埋める。
一目の無い場所に入った瞬間、殺す。
裁判沙汰になろうが知った事か。
この世界の癌は何としてでも切除する。
「じゃあ、お前は何故芸能界に入った?何故役者になった?芸能界に何故留まった?何故今此処に居る?」
そんな私の視線を無視して、真は言った。
ついさっきまでのふざけた言葉じゃない。
氷のように冷たく、重みのある言葉だ。
その言葉に私は一度は黙り込む。
「どうしてって……私が芸能界に入ったのは、役者になったのは、母親の影響。よくある理由よ。未練がましく今日まで芸能界に留まったのは……ただの意地。今更になって、聞くような事じゃないでしょ」
「本当にそれだけか?確かに、始まりは親の影響が大きいのかもしれない。自分の意志も曖昧な子供時代なら尚更だ。だが、此処まで、選択を続ける事を選んだのは、お前自身。俺が聞いてるのはその理由だ」
真は光無き瞳で私の事を見つめ続けた。
瞳の奥の闇を見てると吸い込まれそうになる。
自分自身でも自覚してない嘘があるかのようだ。
まるで鎧全てを引っ剥がされる気分になる。
「俺がマネージャーになったのも親の影響が大きい。なにせ生まれが芸能事務所の御曹司。親以外で身近に居た人間は天下のアイドル。当然といえば当然だ」
私が何も言えずにいると、真は語り出した。
その視線はどこか遠い場所に向けられる。
何処か優し気な帯びた目をしていた。
「だが、それはあくまで影響で、なると決めたのは自分自身。どんな契約も最後に判を押すのは本人だからな。そんでもって、それをどうして決めたのかって言ったら、気になったからだ。芸能界の頂きってやつからは何が見えるか、その裏方から見る景色はどんなものか。それがどれだけ綺麗なのか、眩しいのか、確かめたくなったからだ。大した理由じゃないだろ?」
そして真は大きく息を吐いた。
まるで子供のような真っ直ぐな目をして。
堂々と自分の夢を自慢するかのように。
こんな顔の真を見るのは初めてだ。
ふと自分の遠い過去が思い出される。
なんて事はない、小さかった頃の思い出。
私がまだ役者でも何でもなかった頃の話。
ほんの偶然、見た番組がドラマだった。
今思えば大した演者でも演技でも無い。
でも、何故か、それに興味を引かれた。
自分もそれをやりたいと思った。
演技をしてみたいと心から思った。
初めは何もかもかもが純粋だった。
そして私は自分の嘘に気付く。
「……ああ、そういうこと。ほんとアンタ、性格悪いわね。わざわざそれを、口にさせようなんて」
「何のことやら、さっぱりだ。俺の欲しい報酬はもう分かったな?じゃあ、もう一度質問だ。お前は世界を手に入れるのと引き換えに、何を差し出す?どんな景色を、輝きを、お前は見せる?何を俺にくれる?」
思わず背筋がゾクリと震えた。
これは正真正銘、悪魔との契約だ。
一度それを交せばもう逃げられない。
魂そのものまで縛られるのだろう。
(でも、それが、一体何だって言うのよ)
私は獰猛な笑みを気づかぬうちに浮かべる。
もう既に、どうにかなってしまっていた。
正気なんてものは遠い昔に捨てた。
私は目の前の悪魔に誑かされた。
ならば精々、今度は私が狂わせてやる。
私なしじゃいられなくさせてやる。
人間という愚かで欲深い悪魔になって。
何処までも自分の
「なら、私は、世界の頂点を手に入れるのと引き換えに、その世界の半分を、アンタにくれてやるわ」
そして私達は契約を交わした。
その契約には契約書も判子も何も無い。
でも、確かに、魂に深く刻まれた。
もうどっちも死ぬまで逃げられない。
契約が果たされる、その日まで。
「ああ、そうか。なら楽しみにしているよ」
「あっ、そう。なら楽しみにしていなさい」
私達は互いにコーヒーを口にした。
まるで宴の席で酒を酌み交わすように。
真っ黒な狂気を口一杯貪った。
恩人という肩書きさえ些細なものにして。
「じゃあ買い物するから着いて来なさい。休んだ分だけ働いてもらうわよ。引き続き私の荷物をよろしく」
「ふざけんな。帰らせろって言ってるだろ。行きたきゃ一人で行け。マネージャーを荷物持ち扱いすんな」
「あら?私、昔ならまだしも、今はマネージャーにそんな事してないわよ。アンタにしかやってないから」
「上等だ。パワハラで訴えてやる。精神的苦痛込みで慰謝料500万は用意しとけ。覚悟の準備をしろ」
「なら、私は名誉棄損でアンタを逆告訴してやる。アンタこそ慰謝料をたっぷり用意しときなさい」
「そうか。そうか。じゃあ帰りに裁判所行くぞ」
まぁどの道、私達の関係性は変わらない。
真はクズで、私は自己中な女。
此奴と甘ったるい関係なんて御免だ。
跪き、全てを捧げない限りは、絶対有り得ない。
どうせ此奴も似たような事を考えてるだろうし。
「という訳で、MEMちょ。私の証人になって?」
「いいや、俺の証人だ。お前は引っ込んでろ」
「なんで、私を君達は巻き込もうとするのかな?」
「「身近で数少ない常識人だから」」
ちなみに裁判は証人不足で無しになった。
どう考えても常識人が少ないのが悪い。
MEMちょは久しぶりにお腹を押さえた。
本人曰く、他所でやって欲しいとのこと。
どれもこれも、クズのせいである。