初めは全てが楽しかった。
何もかもが綺麗で輝いてた。
でも、何時からか、楽しくなくなった。
何もかもが真っ暗になった。
隣で輝くあの子を除いて。
『えっと、星野アイです。よろしくお願いします』
あの子と出会った日の事は、今でも覚えてる。
典型的な田舎娘って感じでおどおどしていた。
実際、攫われたも同然だったらしいから仕方ない。
『私、ニノ。こっちこそよろしく。仲良くしようね』
これでも最初は純粋に嬉しかった。
新しい仲間が、後輩が、友達が出来て。
何も知らないあの子に色々と教えてあげた。
数回だけど食べ歩きなんかもした。
無邪気に皆でブログも作った。
でも、そんな日々は長く続かなかった。
『次のライブのセンターはアイで行く』
あの子が入って数ヶ月後の事だった。
斉藤社長は私達に向かってそう言った。
当然だと直ぐに理解した。
だって、あの子は一番可愛い。
あの子が一番ダンスが上手い。
あの子が一番人気がある。
子供の私にも分かる道理だった。
それでも最初のうちは我慢した。
レッスンだって真面目にやった。
修学旅行も文化祭も諦めた。
なのに、現実は残酷だった。
『僕の推しはアイちゃんだけです!!』
『ほんとアイはさぁ。たかみーが居なきゃ何も出来ない子だねぇー。そんなんじゃお嫁に行けないよー』
私のファンは皆、アイに鞍替えした。
グループの中心はアイになった。
『B小町』は地下アイドルを脱した。
私のやって来た事を否定するように。
『私の物までもってかないでよ……』
気付けば私は、あの子を嫌いになった。
勿論理解はしている。
アイが居なければ、私達は売れなかった。
アイが居なければ、地下アイドル止まりだった。
アイが居なければ、脚光は得られなかった。
だからといって、感情は納得しない。
憎しみを湧かない筈がない。
妬ましくない筈がない。
恨めしくない筈がない。
表面上は仲良くしようとしたけど、無理だった。
アイもそれを、理解していたと思う。
何時しか、私達の間には壁が出来た。
本心で話した事なんて一度もない。
『っつう訳で残念だが、あの2人には辞めて貰う事になった。理由については……言わなくても分かるな』
私と同じで不満を持ってる子は沢山居た。
その中にはアイに嫌がらせをする子も居た。
化粧品を盗んだり、ある事ない事を言ったり。
その子達は直ぐにクビになった。
斉藤社長の動きは迅速で、容赦がなかった。
事が発覚して直ぐに声明を出し契約解除。
卒業ライブも行わせて貰えなかった。
(でも、今思えば当然の処置だ。アイドル業は夢を売る仕事。アイドルが夢を見る仕事じゃない)
あの時は社長の露骨な贔屓だと思った。
けど、よく考えると、大した話じゃない。
斉藤社長だって警告はしていた。
そして芸能界は才能ありきの場所。
才能を持ってる子を優遇するのは当然。
あくまで事務所は仕事をやっているのだから。
子供の癇癪に付き合ってる暇はない。
そう考えられるだけ年を取ったと思う。
(それでも、やっぱり私は、アイが憎いままだった。理屈なんて関係なく、私はあの子を許せない)
だって、アイは、私なんか見てなかった。
誰の事も、興味を抱いていなかった。
それ以前に、傷ついてすらいなかった。
何をやったって、そうだった。
『……そっかぁ。……ごめんね』
私もあの子に何度怒鳴った。
自分の不満だけじゃなく、理不尽な事も。
物を投げつけた事だってある。
なのにアイは、怒らなかった。
あの子は私すらも、愛そうとしていた。
何処までも、最強で無敵のアイドル様だった。
(そのくせ勝手に子供を産んで、母親になって、私達の前から居なくなったかと思えば直ぐ戻って来て、ブランクもなくスターになって。本当にズルい。まぁ今となっては別にいいけど。それも全部笑い話だし)
子供を産んでからのアイは凄かった。
この世界で一番輝いてた。
お陰で『B小町』はドームに手が届いた。
だから、それは別に構わない。
あの子はずっと、最高の
死んでしまったその瞬間から、今もなお。
(なのに、彼奴は、それにケチをつけた。
『完全無敵のアイドル。それは貴方の作り出した幻だ。彼奴はアホで、馬鹿で、間の抜けた、何処にでもいる普通の人間だ。そんな物はこの世に存在しない』
斎藤社長とマネージャーのミヤコさんの子供。
その子供の名前は、斎藤真。
彼奴との関りはそう多くない。
直接顔合わせたのは以前の見学の時だけ。
それ以外は写真もしくは画面越し。
接点という接点はあまりない。
(そうは言っても、ミヤコさんが妊娠が分かった時の騒ぎは凄くて、今でもよく覚えているけど)
当時の2人の関係性は、殆どビジネスパートナー。
籍は入れてたらしいけど、ただそれだけ。
結婚式もしていなかったらしい。
あくまで形だけの関係だと思われてた。
それなのに、いきなりの妊娠発覚だ。
ミヤコさんはその事を薄々分かったみたいけど、それを知った斎藤社長の動転振りは中々に酷かった。
籍を入れてなかったら、問題だったかもしれない。
『勿論、覚悟してたし、責任も取るつもりだが……いきなり過ぎて、動悸が収まらん。ちょっと待て……』
『こんな駄目男と貴方達は結婚しちゃ駄目よ。口先ばっかりだけ達者で、頼りないところあるから』
『だって!!しょうがないだろ!!』
とはいえ、その後の事は本当に普通だ。
ミヤコさんは都内の病院で無事出産を終えた。
ライブの都合で出産に立ち会えなかったものの、斎藤社長は仕事終わりに病院へ直行して、大泣きした。
あの社長にも人間っぽさがあると感心した。
けれど、産まれた彼を見に行った事はない。
その頃の『B小町』はメディア露出も増えて忙しかったし、アイに嫌がらせをした子を突然クビにした件以来、斎藤社長と私達の関係はあまり良くなかった。
あくまで仕事上の繋がりというだけ。
彼に会いに行ったのは、アイぐらいのものだ。
今思えば、家族に憧れていたのかもしれない。
あの双子を内密に産んだぐらいだし。
(それからアイが復帰して、死んで、『B小町』が解散になって、苺プロを離れて。気付けば、斎藤社長に息子が居る事も、忘れかけていた頃に、彼奴は突然、前触れもなく姿を現した。アイの娘をまるで守るように。私達の邪魔をする為に。明確な敵意を持って)
『芸能事務所の御曹司として産まれた私にとって芸能界は常に傍にありました。多くの人間達が放つ輝きを間近で見てきました。アイもその輝きの一つです』
『残念な事にアイはその輝きを奪われた。しかし、彼女の
『だからこそ、自分なりのやり方で芸能界をより多くの人間が輝ける場所にしたいと考えています。何時かアイをも超える輝きが見れるようなより良き場所に』
彼奴は記者会見で堂々とそう語った。
一見すると、ただの意見表明。
でも、私にはよく分かった。
アレは明確な宣戦布告だって。
画面の向こうの彼奴は、私達を睨んでいた。
逃がさないと言わんばかりに。
アイの理解者のような顔をして。
(そして遂には、彼奴は映画を作った。
私は何度も彼奴を殺そうと思った。
実際、そうしようと動いた事もある。
でも、彼奴は警戒心の塊だった。
これまでの相手とは、まるで違う。
隙なんて、どこにもなかった。
常に周囲を警戒していた。
誰も信用してない目をしていた。
人間の形をした何かを見てるみたいだった。
殺せるとは、とても思えなかった。
(そうこうしているうちに、星野ルビーはその道を駆け上がっていった。今や彼女の名前を知らない人は居ない。誰も彼もがアイを超えると……信じてる)
最終公演より一つ前の宮崎でのライブ。
ステージの上の彼女は輝いていた。
きっと今、この世界で誰よりも。
(私達が諦めたもの……全てを抱えて)
彼女の傍らには有馬かなとMEMちょ。
それぞれが、彼女に負けない輝きを持ってた。
一歩間違えれば、その輝きを飲み込む程に。
私達のような、引き立て役としてではなく。
仲間として、ライバルとして、友として。
その隣で歌い踊り、観客の熱を奪い合っていた。
そして彼女は、そんな2人を信頼している。
「今日のライブも良かったすねー」
「そうだな。かなちゃんが最高に良かった」
「何言ってんだ。最高なのはルビーちゃんだろ」
「まぁまぁ。そこはMEMちょが最高って事で」
「「サラっと抜け駆けすんな」」
ライブが終わり、ファン達が帰路に着く。
それぞれが推しへの想いを語り合って。
私が現役だった頃とその光景は変わらない。
変わらない、はずなのに。
でも、その中身はまるで別物だった。
今の『B小町』は、私達の頃とは違う。
偶像なんて、これっぽちも必要としていない。
どうしようもない苛立ちが、胸の奥にこびりつく。
「カミキさん。何を言ってるんです?今更警察に行って、何が許されると言うんです?」
『ああ、勿論。許されるとは思ってない。でも、君も分かってるだろ?ここらが年貢の納め時だ。例の映画が、もう間もなく公開される。彼等は僕等を、大衆の悪意をもって殺すつもりだ。逃げる事も無理と言っていい。ならせめて、彼等の望み通り、彼女の願い通り、その復讐を甘んじて受け入れるのが筋だよ。だって
「そんな……そんな勝手な理由で!!」
カミキさんはそう告げると電話を切った。
これまでずっと、私と同じだと思ってたのに。
彼はただ、何もしないことを選んだ。
この状況を、傍観すると言った。
アイの事を、忘れさせなかったクセに。
「全部、アイのせいなんだから。貴方は
12月25日。クリスマス。
『B小町』ライブツアー最終日。
空はやけに。澄みきっていた。
きっと夜は、綺麗な星が見えるだろう。
私とは、似つかわしくないほど。
頭の奥が、異様なほど冷え切っている。
手の中のそれが、熱を奪い去っていく。
(あの日の良介も、こんな気持ちだったかな)
目の前の部屋の扉がゆっくりと開いた。
扉の奥から人影が現れる。
アイと同じ瞳。嘘つきの瞳を持つ彼女が。
ドンッと鈍い衝撃が、掌に跳ねる。
その手のナイフが、彼女の腹部に沈む。
彼女の瞳が、大きく見開かれる。
「……ごめんね。ルビーちゃん。貴方はアイを越えちゃ駄目なの。アイが一番じゃなければ、私達のしてきた事に意味が無くなっちゃう。皆の死に……意味が」
気付けばそんな言葉が、口から出ていた。
そんな事を口にしても、意味ないのに。
どうしようもない。もう全部手遅れだ。
どうやっても、時は戻らない。
後戻りなんて、許されるはずない。
「……そうか。アンタは踏み留まれなかったんだな」
その声は、すぐ目の前から聞こえた。
静かな水面のように、落ち着いた声だった。
その瞳が、私を見つめている。
そこには怒りも、憎みも一切なく。
ただ悲しい気に、私の事を憐れんでいた。
ナイフを握る手が、動かない。
気づけば、私の腕は掴まれていた。
いいや、それ以前に、彼女は
「本当に、残念だ………ニノ」
騙された私は
「神木輝と新野冬子が今後動くとするなら……12月25日。『B小町』ライブツアー最終日当日で間違いないと思う。新野冬子については、断言してもいい」
「そして、動く場所の候補は大きく二つ。一つは当日の早朝、自宅。もう一つはライブ終了直後の楽屋、及びその周辺。特に前者は警戒を高めるべきだ。ほぼ間違いなく、奴等は仕掛けてくる」
あかねはその言葉に何度か頷いた。
真は顎に手に当て、思考を巡らせる。
俺にとって神木輝は、既にどうでもいい。
死のうが生きようが、どちらでも構わない。
だが、ルビーの事となれば話は別。
それを防ぐ為の話し合いは当然だ。
同じ事を繰り返す訳にはいかない。
「だが、どうしてそこまで断言できる?別の日、別の場所で仕掛けてくる可能性だってあるだろ。無論、こっちも警戒は続けるが……根拠はあるのか?」
その様子を見守っていた社長は口を開いた。
あの2人のやり取りに、納得が追いついてない。
推理も聞かず、結論だけ聞いたのだから無理ない。
この2人は、そういう手順を平気で飛ばす。
「神木輝と新野冬子。どちらもアイさんに、異常な執着を持っているけど、新野冬子の在り方は信者に近い。盲目的にアイさんを憎み、同時に信奉して、深い愛憎を持ってる。そんな彼女にとって、ライブツアー最終日は特別な日なんです。旧『B小町』が、アイさんが、最も輝いてた象徴ですから」
そう語る、あかねの瞳は輝いてた。
その白い輝きは、アイを思わせる。
社長はその言葉に、静かに頷く。
何せ社長は、旧『B小町』の最初のファンだ。
その重みを、誰よりも理解している。
そしてそれは、俺にとっても無関係じゃない。
「何より奴等と関係があったであろう人物。アイを直接的に殺した犯人、菅野良介は早朝の自宅襲撃で殺人を成功させている。犯人は基本、同じ手口を繰り返しやすいからな。追い詰められ、余裕が無く、成功の実績がある手口なら尚更。それが今現在、どれだけ成功の確率の低くても、そのやり方に縋る。競馬やパチンコと同じだ。負けると分かっていても止められない」
対照的に、瞳の光を真は消した。
その瞳には、底なしの闇が浮かび上がる。
考えるまでもないといった顔だ。
確かにその理屈で、SNSに何らかの情報を流せば、少なくともどちらか片方が動く可能性はとても高い。
何せ、映画公開まで残された時間は僅か。
アレが公開されれば、奴等にもう後はない。
否が応でも、終わりが来る。
「念には念入れて、あの2人に共犯者が居ないか洗うぞ。苺プロのスタッフ含めて、繋がりがある奴は全員だ。本人にそのつもりが無くても、結果として協力している可能性がある。もしそうなら、いっそ利用してやる。グラサンはスタッフ名簿を今直ぐ持って来い」
「神木輝は来歴に不明点が多いから探れないけど、新野冬子は情報が揃ってる。旧『B小町』メンバーは今の苺プロと繋がりが薄いから除外。当時のマネージャー数人は十分候補。会場関係者に関しては一旦保留。菅野良介との関係性からも考察を進めて───」
「……まるでミステリードラマの現場だな」
「あかねは人格からの考察と洞察。真は盤面整理からの全体のコントロール。鬼に金棒、ホームズにワトソンってやつだ。真はワトソンよりモリアーティだが」
「どう見ても悪役顔だからな……昔からだけど」
あかねはメモを取りつつ、静かに笑った。
真は名簿を片手に、ゲス顔を楽し気に浮べる。
……頼もしいが、絶対敵に回したくない。
この2人が味方で、本当に良かった。
社長は年老いた老人のように、溜息をつく。
真の悪役感が、年々増しているからだろう。
アレが息子では気苦労も絶えない。
俺は思わず、社長の肩を軽く叩いた。
まぁどの道、遅いか早いかだ。
根っこが味方に居るだけの悪役だし。
あかねはあまり、真の影響を受けないで欲しい。
「アクア、大丈夫!?怪我は無い!?」
「気分は最悪だけどな。防刃ベストで助かった」
そして件の12月25日。クリスマス。
『B小町』ライブツアー最終日。
案の定、新野冬子は仕掛けてきた。
俺達の流した偽情報に、まんまと食いついて。
俺はあかねの手を借りて立ち上がった。
そのまま、被っていたウィッグを外す。
サスペンスドラマはしばらく御免だ。
「どうしてだ?どうしてこんな事をした?こんなやり方を選んだ?そりゃしんどかっただろうけどよ!!アイはもう……この世に居ないってのに……ッ」
新野冬子を取り押さえた社長は拳を握った。
強く拳を握るあまり、軽く血が滲んでいる。
15年前。アイを直接殺した犯人。
菅野良介と新野冬子は恋仲。
ファンと推しの関係だった。
けど、菅野良介はアイに推し変した。
そして愛したが故に、自ら手を汚した。
残された彼女の心境は計り知れない。
アイへの執着が歪むのも当然だ。
死して尚、彼女は愛を、奪われたままなのだから。
「ええ、分かってますよ。それぐらい。でも、それはいいんです。だって、良介を殺したのは私だから。私が彼に死んでよって言って、自殺させたから。復讐なんて……果たせるはずないんです。アイは悪くない」
「……っ、だったらなんで!?」
「だって、貴方の息子はアイを殺そうとしてる。
「そんな理由で、お前はルビーまで……ッ!!」
「狂ってるって分かってます。でも、狂わないと、生きられなかった。私の心はアイに全部奪われた。良介君の魂すら、持っていかれた。それなのに……あの子の永遠が終わったら、
新野冬子はそう零して虚空を見た。
此処には居ない誰かを幻視している。
彼女の時は、きっとあの日から止まったままだ。
アイに全てを奪われ、自らも手を汚した時から。
それに縋るしか、子供の彼女は知らなかった。
心は子供のまま、体だけ大人になってしまった。
俺よりずっと年上の彼女が、酷く幼く見える。
「でも、やっぱり、アンタは間違ってる。アンタは最初から、アイを憎んでなんかいない。永遠なんて、求めてない。……アンタが憎んでるのは、自分自身だ」
俺は思わずそんな言葉を零した。
母さんを殺した相手の一人にも関わらず。
俺は彼女に何処か同情していた。
その気持ちを理解していた。
自分の影を重ねてしまったと言ってもいい。
「アンタはルビーを殺しに来たんじゃない。誰かに自分を裁いてもらう為に、わざと此処に来たんだ。貴方にとっての
「……まるで分かったかのような言い方ね」
「分かりますよ。……俺も、同じだったから」
その言葉に、新野冬子は目を見開いた。
彼女もまた、俺が同種だと気が付く。
この感情だけは、俺達にしか理解出来ない。
自分自身を殺したい程、憎悪するだなんて。
(俺には真が、あかねが、皆が居た。だからこそ、時間を掛けて、俺は憎い自分自身を許す事が出来た。でも、この人には、止めてくれる誰かが、傍に居なかった。……もしかすると、こうなっていたのかもな)
胸の奥で、憎しみの感情が僅かに湧き出る。
こんなどうしようもない自分を嫌悪していた。
その感情もまた、今なら理解出来る。
人の
明るいものも、暗いものも、重なりあってる。
俺はただ、それを知っているだけ。
彼女はただ、それを知らなかっただけ。
それだけの違いで、世界は酷く残酷だ。
「アイは貴方と友達になりたかった。そうルビーちゃんは、言ってましたよ。アイさんはアイさんなりに、貴方を見ていたんです。大切な……友達として」
あかねは新野冬子にそう告げた。
新野冬子の狂気が大きく揺らぐ。
本当の意味で、彼女がアイの友達になれたのなら、もしかすると、結果は違っていたのかもしれない。
今の『B小町』。ルビー達のように。
未来を共に歩めてたのかもしれない。
それ等は全て、たらればでしかないけど。
「……お前達を、アイの引き立て役にしちまったのは、社長の俺の責任だ。もっとやりようは、あったはずなんだ。お前等全員が揃ってあのドームに、立つ事が出来たはずなんだ。……許してくれとは言わない。アレがあの時の俺にとって、最善の選択だった。それでも、これだけは言わせてくれ。……すまなかった」
社長は何時しか新野冬子の手を放した。
代わりに頭を、深々と下げる。
その謝罪には、何も意味もない。
謝ろうにも、全てが遅すぎる。
もう何もかも過ぎた話だ。
それでも社長は、頭を上げようとなかった。
許されるとはこれっぽちも思っていない。
それは社長が一生懸けて、背負う罪だから。
「……何ですか、これ?まるで道徳の教科書の、お話じゃないですか。悪い事をしたら、謝るだなんて」
新野冬子はそんな社長を見つめ、そう言った。
その瞳にはもう、遠い場所の誰かは映ってない。
目の前の社長だけを、ただ見ている。
「そういえば私……ずっと謝れてなかった。沢山悪口言って、物を投げて、あの子を傷つけたのに……アイに一回も、謝れなかった。仲直りしたかったのに、友達で居たかったのに……なのに、なのに、どうして」
新野冬子もまた、深々と頭を下げた。
彼女の中の止まった時間が動き出す。
救いなのか報いなのかは、誰にも分からない。
彼女はこれを、一生背負わないといけなから。
もう二度と会えない、
「アイ……ごめん、ごめんね、ごめんなさい……っ。酷いこと、沢山して……仲良く出来なくて……っ。私も、貴方と……友達になりたかったよ………っ」
新野冬子は子供のように嗚咽した。
まるで泣きじゃくる子供を連れる親のように。
そんな彼女を社長は連れて行った。
俺とあかねだけが玄関に残される。
その隅には、鈍く光るナイフが落ちている。
「……これで良かったんだよな、あかね」
「……うん。アクアは十分よくやったよ」
遠い日の記憶が脳裏を過ぎった。
あの日の、錆びた金物のような血の匂いが。
けれど、そんなものは此処には無い。
あるのは汚れ一つないナイフだけだ
あの記憶も徐々に古傷になってる。
時々ちょっと思い出すだけの記憶の残滓に。
雨宮五郎もこれようやくゆっくり眠れる。
「少し早いが、会場に行くか。準備ぐらいは多少手伝えるだろ。真の奴にも知らせてやらないとだし」
「そうだね。せっかくのライブだもん。準備万端にしなきゃ。肩の荷もようやく全部降りたしね」
俺達は扉を開けて玄関を出た。
後の事は社長と警察に任せればいい。
俺はスマホ取り出し電話を掛けた。
けれど、電話は一向に掛からない。
何度掛けても不在通知が出る。
「彼奴、一体どうした?前みたいに充電切れか?」
「今日は基本楽屋に居るって言ってたし、電源切ってるんじゃない?かなちゃん辺りが五月蠅いだろうし」
ふと有馬が真に突っかかる絵面が思い浮かんだ。
まぁ確かに、その可能性は十分あり得る。
彼奴はプロ意識が高い分、そういうとこに厳しい。
けれど、漠然とした不安は消えなかった。
これでようやく何もかもが終わったのに。
ようやく俺達は、自由になれたのに。
何もかもから解放されて、自分の人生を───
「なぁ、あかね。もし仮に、新野冬子が実行犯として、神木輝が
俺はもしかしたらの可能性を思い浮かべた。
最悪の可能性が、脳裏をちらつく。
嫌な予感が一向に止まらない。
「……仮にそうだとして、神木輝の抱える罪状は殺人教唆。そして15年前の事件含めて、事件に関わった証拠は無い。新野冬子の自白だけじゃ……
あかねもまた、その可能性に気付いた。
顔色が真っ青どころか真っ白になる。
俺だって、これぐらい分かってたはずだ。
なのに何故か、今まで気付かなかった。
まるで詐欺師に騙されたように───
『楽屋の警備は俺に任せろ。とはいえ、俺の仕事はほぼ無いだろうけどな。どちらか片方さえ捕まえれば、全てに片が付く。お前の手で……終わらせて来い』
唐突になって真の言葉が蘇った。
あの日の話し合いで、彼奴はそう言った。
俺に全てを任せると、そう言った。
『別に信頼なんかしてねーよ』
いいや、あり得ない。そんな事は絶対に。
彼奴は誰かを心から、信頼した事は一度もない
彼奴が信頼するのは金と権力、自分だけ。
何時だって、彼奴は自分主義者だ。
『俺は自分の為にしか生きられない』
そんな彼奴が、唯一自分以外に従うもの。
それは契約もしくは約束。
それだけが、彼奴を縛る唯一の鎖。
『アイの奴と約束したんだよ。お前達の兄ちゃんでいてやるって。何の縛りもないただの口約束だ。それでも俺は約束した。兄ちゃんってのは弟や妹の幸せを願うもんだ。約束を破る訳には………いかないからな』
彼奴がかつて俺に語った約束。
それはアイと交わしたものだ。
だからこそ、彼奴の従う相手はアイ一人。
でも、アイは死んだ。言葉なんて交わせない。
だったら、一体どうやって───
『これは大人になった君達へのお願い。彼が今も迷っているなら、彼を救ってあげて欲しいんだ』
アイが残した、3枚のDVD。
映画のエンドロールに、流すか協議しているもの。
その中には遺言とメッセージが入っていた。
真がもし、あの言葉に従ったなら。
俺達が諦めた彼奴を、救おうとしているなら。
これまでの全てに、説明が付く。
「自宅の警備を私達に任せたのは、信頼からではなく、あくまでカモフラージュ。自ら自由に動く為に」
俺とあかねはほぼ同時に、結論に辿り着いた。
これが彼奴の仕組んだ、犯行計画。
敵を欺くには、まず味方から。
敢えて俺達に協力をさせ、偽りの認知を秘かに刷り込み、本命から目を逸らし、やるべき事を達成する。
何もかも、あのクズに仕組まれていた。
クズらしい、どうしようもないやり方だ。
彼奴はまた、一人勝手に全てを抱え込んだ。
『俺は自分にとっての大切なものを守る為に、愛する為に、人は嘘をつくと思ってる。俺から見たアイは、少なくともそうだった』
「あのクズ………ッ!!」
いくら電話しても真は出ない。
いくらラインを送っても、既読は付かない。
沈黙だけが、辺りを支配する。
その日、
「そんな所で会場を見つめてどうしたんです?入場開始もライブ開始も夜。今は昼です。暇なんですか?」
「暇という訳じゃないけど、じっくり見ておきたくね。彼女達が栄光を掴む、素晴らしきステージを。君こそ一体どうしたんだい?そっちこそ暇なのかい?」
「こっちは生憎、仕事ですよ。15年越しの依頼だ。気乗りは正直しませんし、柄じゃないですけどね。報酬が前払いされてますから。帰りたくても帰れなくて」
俺はそう言っておどけて見せた。
死ぬほど帰りたいが、仕方ない。
染み付いた社畜根性は取れない。
割り切って、仕事をするしかないだろう。
「では早速、
そして胸の奥に秘める真実。
それ等を持ち、全てを賭け、何時も通り。
目の前で佇む、