斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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56 最初で最後の選択権

 

 俺の平穏は、目の前の男によって崩れ去った。

 

 神木輝。アクアとルビー、姫川大輝の実の父親。

 

 アイを含め、多くの人間を殺してきた殺人鬼。

 

 一言で言えば、諸悪の元凶の外道(カス)

 

 今でこそ興味を失っているが、少し前のアクアとルビーなら、此奴を目の前にした瞬間、殺しに掛かっていただろうし、グラサンに至っては状況次第で、今でも此奴の首を、即座に絞めにかかるはずだ。

 

 かくいう俺も、生理的に此奴が嫌いだ。

 

 これまで悪行と、苗字のせいで。

 

「お待たせしました。ランチセットのお昼のにぎりです。こちらは板前炙りにぎりセットになります」

 

「これはどうも、ありがとう」

 

「お茶のお代わりを一杯頼めますか?」

 

「かしこまりました。少々お待ちを」

 

 そんな男と、俺は昼食を取ってた。

 

 鏑木さん行きつけの高級寿司屋。

 

 その個室で、わざわざ向かい合って。

 

 腹が減っては戦はできぬ。

 

 運ばれてきた茶を、俺は一口啜る。

 

 やはり寿司には茶が一番だ。

 

「どうしたんだ?食わないのか?鏑木さん一押しの寿司だぞ?早く食わないとネタが乾く。しかもランチ価格で、値段は半額だ。これを楽しまない手はない」

 

「生憎、僕は食が細くてね。昔はもう少し食べれたんだけど、最近だとめっきり食べられなくなった。悲しい事に、僕ももう歳だ。このお茶だけで十分だよ」

 

「そうかよ。それは何とも可哀想な事だ。食は生きてる者の特権だってのに。だったらそのランチセット、俺が全部貰っちまうぞ。せっかくの寿司が勿体無い」

 

「というか君、口調がほぼ別人じゃない?」

 

「アレはあくまで外用だ。純粋に疲れる」

 

 そう言って、目の前のマグロに俺は手を伸ばす。

 

 王道だが、やはりマグロは正義だ。

 

 炙りもいいが、そのままでも旨い。

 

 続けざまに、あおさの味噌汁をすする。

 

 寿司に負けず劣らず、これもまた美味い。

 

 海苔と味噌の香りが、口一杯に広がる。

 

「君はどうかしているのかい?僕はあの2人の母親を、そして君の義姉を、間接的とはいえ殺した相手だよ?そんな相手に話し合いを持ちかけた上、わざわざ食事を共にするだなんて……正気の沙汰とはとても思えない。尤も僕も、人の事は言えないけれど」

 

 神木はクスリと小さく笑った。

 

 表情は読みにくいが、呆れているのは分かる。

 

 俺はいくらを箸で摘み口に運ぶ。

 

 プチプチと弾ける食感が、妙に心地いい。

 

 スーパーのものとはレベルが違う。

 

「そうは言っても、俺の正気は15年前捨てた。それ以前に、これはあくまで交渉。どれだけ相手が気に食わなかろうと流儀は守る。それが俺のやり方だ。公私の区別はついてる。いきなり殺そうとはしねぇよ」 

 

 俺は茶化すよう神木に言った。

 

 言いたい事は死ぬほどあるが、それはそれだ。

 

 仕事に私情を持ち込む趣味はない。

 

 此奴と私情で関わるなんて御免だ。

 

 黒羽と関わる事の方が、まだ僅かにマシだろう。

  

 どちらも死ぬほど、いや、それ以上に嫌だが。

 

「何より俺は復讐なんぞ初めから興味ない。お前を殺したところで損は山程あっても、得する事はほぼ皆無だ。()()()()()()()。お前も経営者なら損切りは知ってるだろ?俺にとって復讐もお前もそれも同じだ」

 

 そう言って俺は、穴子を口に放り込む。

 

 復讐より、美味い食事の方がよほど重要だ。

 

 その言葉に、神木は無表情になる。

 

 こんな反応は想定外だったらしい。

 

 そもそも復讐は自己満足の代物。

 

 心の平穏を守る為の、手段に過ぎない。

 

 否定はしないが、その為には労力が居る

  

 全てを投げ捨て、命さえ差し出す程の労力を。

  

 そんなもの、俺にとっては不要だ。

 

 この15年で、心の整理は嫌でもついた。

 

 そんなものに時間を割くほど暇じゃない。

 

 仮初めの平穏も、満足感も必要ない。

 

 俺が欲しいのは、真実(ほんとう)の平穏だけだ。

 

 そしてそれは、此奴を殺しても手に入らない。

 

「正直、驚いたよ。君は感情の人間だと思ってた」

 

「逆に聞くが、何処の情報だ?俺は端から、合理主義の自分主義者だ。人の感情を否定するつもりはないが、それだけで飯が食えるか。復讐なんて、自殺願望が無い限り割に合わない。コスパとタイパを考えろ」 

 

「君があの2人を止めたのも、それが理由かい?」

 

 俺は思わず箸の手を一瞬止めた。

 

 今度は逆に、俺の方が無表情になる。

 

 どの口でそれを言ってるという話だ。

 

 此奴が居なければ、こんな苦労してない。

 

 それを悟られないよう、海老をつまむ。

 

「一人勝手に損するのはいいが、そのツケをこっちに回されると困る。俺はただ、自分の為に動いただけだ。面倒事を吹っ掛けられるのは勘弁だからな」

 

「ああ、そうかい。君ならきっと、そう言うと思っていたよ、君はそういう人間だ。捻くれてるにも関わらず、曲がった事は大の嫌い。アイの言った通りだ」

 

 そう言って、神木は俺の事をじっと見た。

 

 それに対し、俺は黙って大トロを口に運ぶ。

 

 こればかりは、どうやっても変えられない。

 

 前世でも今世でも、ずっとそうだった。

 

 三つ子の魂百までというやつだ。

 

 生き方は変えられても、本質は変わらない。

 

「随分と俺の事も知ってるみたいだな。どれだけあのアホから聞きやがった。そういうお前は、アイとどんな関係だったんだよ。良い機会だ。洗い浚い吐け」

 

「大体は、君達の映画通りだと思うけどね。脚本は一通り読んだが、概ね合ってた。よく調べられてた。とはいえ、実際の僕はもっと彼女に依存してたけど」

 

「やっぱり、だいぶ違うじゃねぇか。まぁ、そんな気は薄々してたがな。だから吐けって言ってんだろ」

 

 場所は変わってとある喫茶店。

 

 運ばれてきたコーヒーを、一口すする。

 

 ……本当に癪だが、悪くない。

 

 社長だけあって、舌は肥えてる。

 

「僕とアイの出会いは、君も知って通り。あのワークショップの稽古だ。僕も彼女も互いに意識していた」

 

「少なくとも、アイのアホは変人だからな」

 

「それは違いない。良く言うなら彼女は純粋。悪く言うなら世間知らず。飲み込みは早いが、知らない事はてんで駄目だった。靴下なんて、左右別々だったし」

 

「……映画のアレ、マジだったのか」

 

「アレには僕もびっくりした。偶然だろうけど」

 

 そう語る、神木の目元は優しげだった。

 

 まるで母に抱かれる子供のように。

 

 ついさっきまでの彼奴とは別人だ。

 

「根本的に、僕と彼女は似た者同士だった。人を騙すのが得意な嘘吐き。自分の心を偽る事でしか、何かを得られない。そうするうちに、自分でも本心が分からなくなった愚か者。君とも何処か似ているかな?」

 

「だからこそ、僕は彼女に執着した。拠り所にした。僕にはアイしか居ないし、アイには僕しか居ない。これからもずっと、2人で支え合っていける。そんな甘い幻想を抱く程に。けど、彼女は僕のもとを去った」

 

 けれど、神木の目元が徐々に揺らぐ。

 

 その表情は蠱惑的で、猛毒を含んでいる。

 

 不用意に踏み込めば、容易に絡め取られる。 

 

 そう思わせる何かが、神木にはあった。

 

 一線を退いた身だというのだから、恐ろしい。

 

 この男なら、芸能界の頂きを容易に取れた。

 

 マネージャーとしての勘が、そう告げている。

 

 社長の地位に居るのが不思議なくらいだ。

 

「当然の帰結さ。僕のしてきた事を、彼女は知ってしまった。軽蔑されて然るべきだ。まして僕は、間接的とはいえ、この嘘であの2人を、殺していたし」

 

「上原清十郎の方は兎も角、姫川愛梨に関しちゃ自業自得だけどな。姫川大輝には死んでも言わねぇけど」

 

「君は殺人を肯定するのかい?」

 

「肯定はしない。だが、もし、俺がお前と同じ立場なら、姫川愛梨だけは確実に殺していた。それだけだ」

 

「確かにそれは、聞かせられないね」

 

 俺はそう当然のように吐き捨てた。

 

 神木は何処か、その言葉に上機嫌になる。

 

 あの件に関して、俺は一切擁護しない。

 

 どう考えても、姫川愛梨に非がある。

 

 あの時点で、神木輝は被害者

 

 そしてあの女は、性加害者。

 

 過去がどうあれ、それは覆らない。

 

 あの女は被害者から、加害者になった。

 

 故に殺す権利が、神木にあった。

 

 法律以前に、尊厳の問題だろう。

 

 奪う者は、奪われなければならない。

 

「アイの方も似たようなもんだ。殺す権利は無くても、恨む権利はお前にはあった。彼奴はお前の手を、放すべきじゃなかった。あの馬鹿らしい選択だが」

 

「僕は彼女を憎んでないけどね。まさか死ぬなんて、思ってなかった。少し位、痛い目を見て、僕の絶望を理解して欲しかっただけ。命を投げ捨てる程、愛してた彼女に。愛せない言われた時の……僕の絶望を。君の言う通り、彼女は普通の人間だから仕方ないけど」

 

「お互い彼奴に振り回されたという訳だ」

 

「彼女はそんな人間だったからね」

 

 俺と神木は揃ってコーヒーをすする。

 

 ビターな香りと苦みが心地良い。

 

 日は沈み、空には星が滲み始めていた。

 

 とある公園から、ステージが微かに見える。

 

 そろそろ最終調整の時間だ。

 

 舞台裏は大忙しに違いない。

 

「時間稼ぎはもういいだろう?そろそろ本題に入ろう。こうも密着して見張られては、流石の僕でも何も出来ない。交渉の話は、それとも全部嘘かい?」

 

 神木は遂に、その口火を切った。

 

 やはり、俺の思惑は察していたらしい。

 

 俺が神木と食事を取ったのは単純明快

 

 可能な限り、神木をステージから遠ざける為だ。

 

 それだけで、不意のリスクはかなり潰せる。

 

 人目のある場所に引き込めば、下手な真似は出来ないし、そして此奴といえど、現役大学生の追跡を振り切るのは、一線を引き衰えた身では容易じゃない。

 

 新野冬子の身柄を抑えてる以上、尚更だ。

 

 周辺警護を一応は任された身。

 

 最低限の仕事をこなすのは当然だ。

 

 それはそうと、目的はもう2つあったが。

 

「いいや、まさか。これまではただの挨拶。ここからが交渉だ。単刀直入に言う。お前には2つ、選択肢をくれてやる。どちらか片方を、今この場で選べ」

 

「選択肢とは、随分大層だね。その内容は?」

 

「一つは、自ら豚箱に入れ。俺なら素直にこれを選ぶ。ある意味ムショが、一番安全だからな。大衆の悪意から逃げるつもりなら、これが一番手っ取り早い」

 

「その原因を作ったのは君達だろ?」

 

「身から出た錆だ。少なくとも俺は悪くない」

 

 俺はそう言って、おどけて見せる。

 

 とはいえ、これを飲むとは思ってない。

 

 今の彼奴なら、逃げる手段は山ほどある。

 

 仮にも相手は一企業の社長。

 

 高飛びするぐらいの金は持ってる。

 

 此奴の厄介さの半分はそれだ。

 

 逃げも隠蔽も、金があれば出来る。

 

「もう一つは今後、俺の仕掛ける企業買収。それに素直に従え。従うなら、海外で暮らせるだけの金はくれてやる。お前の会社の株を買い取る用意は出来てる」

 

「ほう……その言葉、本気かい?まだ大学生だろ?」

 

「俺は金の絡む話に嘘はつかない。ハッタリはするがな。諸々の知識は、この数ヶ月で叩き込んだ」

 

 その言葉に、神木は目を細めた。

 

 ついさっきまでの余裕が僅かに揺らぐ。

 

 こう来るとは思って無かったらしい。

 

 発想力が正直、欠如している。

 

 損切りの話一つにしたってそうだ。

 

 これで社長がよく務まっている。

 

「アイが死んでからの15年。あまりに長い、15年の時間があった。零から始めて百に届くまで、十分過ぎる時間だ。お前は周りを侮り過ぎだ。人にちょっかい掛けてるからそうなる。俺の社畜根性を舐めるな」

 

 俺はあの日からずっと備え続けた。

 

 気が遠くなる程、準備を続けて。

 

 同じ事を繰り返さない為に。

 

 持てる手札を増やし続けた。

 

 その中でも金と権力は筆頭。

 

 金があれば、自分の身は守れる。

 

 権力があれば、その為の人間は動かせる。

 

 平穏な生活の為に、この2つは必須。

 

 力の無い奴は死に方も選べない。

 

 それが前世で俺の得た教訓だ。

 

「ついでに言うと、憎んでると言わずとも、お前を嫌う人間は一人や二人じゃない。アイ一人で満足しとけば良かったのに、この15年で、色んな奴に手を出した。……数々の大物がお怒りだ。映画が公開されれば最後、お前の会社の株価は一気に暴落。周りは既に四面楚歌。勝ち目はねぇぞ。逃げるなんて以ての外だ」

 

 何よりこれは、俺だけの話じゃない。

 

 鏑木さんやソニックステージ社長。

 

 その他、神木にタレントを潰された人物。

 

 事情を察した全員が、揃って一枚噛んでる。

 

 虎の威を借る狐、上等。

 

 表舞台に立った甲斐があった。

 

 これほど頼もしい味方はいない。

 

 まぁその分、後の利権争いに苦労するが。

 

「さぁ選べ。俺もそう鬼じゃない。1分くらいは待ってやる。もし選ばないなら、強硬手段で無理矢理でも潰す。金も権力も失ったお前が、大衆の悪意にどう殺されるか見物だ。とはいえ、興味は全くないけどな。これは復讐でも何でもない。ただの事務作業だ」

 

 俺は吐き捨てるように、そう言い放った。

 

 賽は投げられた。後は神木の選択次第だ。

 

 公園一帯が嘘のように静まり返る。

 

「……ふふ、そうかい。復讐でも何でもなく、ただの事務作業。つくづく君は、僕の想像を超える」

 

 神木はそう言って顔を押さえた。

 

 彼奴の肩が小さく震えている。

 

 嵐の前の静けさのように。 

 

「ははは、そうかい。これは面白いよ。こんなに笑ったのは数十年ぶりだ。お礼を言いたいぐらいだよ」

 

 神木は遂に堪え切れず、壊れたように笑った。

 

 その瞳は最早、歪んだ光を隠せていない。

 

 アイの放っていた白い光とは真反対。

 

 底の見えない濁った光が、瞳の奥で輝いていた。

 

 ルビーが放っていたものとは比べ物にならない。

 

 人の業を煮詰めたような輝きだ。

 

「これは失敬。ついね。待つ必要なんて無いよ。考えるまでもない事だ。交渉の回答を伝えよう」

 

 神木は何処か大仰にそう言った。

 

 まるで何かを演じているように。

 

 いや、実際、常に演じているのだろう。

 

 此奴には、自分というものが無い。

 

 自分でもそれが何なのか、分からない。

 

 何かを演じる事でしか、自分を保てない。

 

 前世(かつて)の俺と全く同じだ。

 

「まずは前者。これはそもそも立件が出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()やってない。彼女彼等がやった事さ」

 

「殺人教唆ぐらいの罪状はある」

 

「そんなものは証言不足で無意味だ。君だって分かってるだろ?こんなやり方を選んだぐらい何だから」

 

 神木は尚も薄ら笑いを浮べる。

 

 これについては、薄々分かっていた。

 

 彼奴の言葉は嘘に塗れている。

 

 悪意を孕んだ冷たい嘘で。

 

 こんなものを人が聞けば簡単に狂う。

 

 言葉一つで、人は容易に壊れる。

 

 あくまで実行犯は菅野良介と新野冬子。

 

 それが紛れもない真実なのだろう。

 

 此奴はただ、憎悪を煽ったに過ぎない。

 

「そして後者だけど……同情でもしたのかな?何やら僕に、気を使ったようだけど不要だ。大衆の悪意に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「要するに自殺願望者か。心底面倒くせぇ」

 

「そんなんじゃないよ。僕はただ、()()()()()()()()だけさ。彼女の命の価値が高まるなら、その手段は何だって良い。例えそれが罪の重みでも、()()()()()()()()()()()()()()なら、僕はそれで十分なのさ」

 

 神木の主張に、俺は思わず溜息をついた。

 

 この有様では、仮に殺しても無駄だ。

 

 何をやっても、此奴は後悔しない。

 

 後悔がないという事は、反省もない。

 

 反省がないという事は、開き直る。

 

 どう殺したところで、絶対勝ち逃げされる。

 

 その光景が容易に想像出来た。

 

 ……これはもう、お手上げだ。

 

「俺が必死来いて生きてた15年間。……ほんとしょーもない人生を送ってたんだな。呆れを超えて感心した。大方、社長の席も、騙し取ったもんか。ほんとくだらねぇ。……アクア達が此処に居なくて良かった」

 

 俺は思わず、肩を大きく落とした。

 

 真面目にやってた自分が、馬鹿馬鹿しくなった。

 

 こんなのに時間を浪費したとか普通にショックだ。

 

 これなら素直にライブに行けば良かった。

 

 この姿をアクア達に見られなくて良かった。

 

 ……なんかもう、やる気が一気に失せた。

 

 それはそうと、会社の利権は普通に欲しいが。

 

「……なんだって?僕の人生が下らない?」

 

「ああ、そうだよ。本当にしょーもない。しかも、それでアイを愛してるとか……馬鹿馬鹿しくて、言葉が出ねぇよ。有馬の拗らせの方が……百億万倍マシだ」

 

「……理解されるとは、思ってないよ」

 

「それっぽいこと言って、誤魔化すのは止めた方がいいぞ。マジで痛い。お前もう、30歳は越えてるだろ。中二病は早く卒業しろ。アクアですら卒業してる」

 

 神木の顔から笑みが抜けて行った。

 

 こういう奴の相手は、本当に面倒だ。

 

 だが、これも、歴とした仕事だ。

 

 それをやってこその大人で居られる。

 

「お前は子供だ。小さな子供だ。見てくれだけデカくなっただけだ。姫川愛梨に何もかも奪われてた時から、何一つ変わってない。無力で、ちっぽけな、痩せっぽちのガキだ。所詮は全部、()()()()()()()だ」

  

「彼女への思いが……ままごとだって?」

 

「ああ、そうだ。ままごとだよ。()()()()()は楽しかったか?アイがお前のもとを去った理由も理解出来る。自分の腹に子供を抱えてったのに、それに加え、こんなデカいガキの()()()だなんて……出来るはずないからな。寧ろ彼奴はよくやった方だ。感心するよ」

 

 神木の瞳が禍々しく輝いた。

 

 一丁前に、怒っているらしい。

 

 そりゃ随分、大層な愛情だ。

 

 少しばかり、大人気が無かったかもしれない。

 

 でも、俺は、どうしようもないクズ。

 

 その行為に何ら罪悪感も沸かない。

  

 驕り高ぶった相手をこき下ろすのは大好きだ。

  

 子供に現実を分からせる程度は訳無い。

 

 真実を突き付け、嘲笑うまで。

 

「お前が脚本を受け取ったのにも関わらず、どうして上映会に来なかったか、よく分かった」

 

「怖かったんだろ?自分以外の誰かを愛するアイを見るのが。大人になっていくアイの傍らで、何時までも子供のままの自分を。自覚したくなかったんだ」

 

「アイがお前と結婚する訳が無い。そりゃそうだ。子供のお前じゃ、アイの夫にはなれないし、産まれる彼奴等の親にはとてもなり得ない。至極真っ当で非常に正しい選択だ。お前の過去云々なんて一切関係ない」

 

「アイを愛してる?アイの存在を感じられる?笑わせるな。今のお前は、アイを愛してなんかいない」

 

 ───お前が愛してるのは、お前だけだ。

 

 故に俺は、自分の役割を全うした。

 

 この選択に、後悔は一切ない。

 

 やり切ったという、達成感さえある。

 

 ある意味これは、俺にとっての復讐だ。

 

 復讐なんて興味ないが、腹は立ってた。

 

 この15年間。ずっとずっと腹の底で。

 

 その意趣返しとしては申し分ない。

 

「ほらな?だから言ったろ。お前はやっぱり子供だ。無いものねだり駄々を捏ねるしか、出来る事が無いんだから。……ようやくこれで、罪状がお前に出来た」

 

 神木のナイフが、俺の首に突き立てられた。

 

 じわじわと、赤黒い血が流れ出ていく。

 

 神木は未だに震え、混乱していた。

 

 自分のやった事を、理解し切れていない。

 

 その反応は、あの日のアクアと同じだ。

 

 あの2人は、やはり親子だ。

 

 そんな神木に、俺はただ笑い掛けた。

 

 最早、喜びを隠す事が出来なかった。

 

 歪んだ笑みを、浮かべてしまう程に。

 

 




 
 神木輝がラスボスだと、何時から錯覚していた?
 
 こんなクズの主人公が居て堪るか。
 
 ご察しの通り、あと数話で最終回です。
 
 どうか、最後まで、ご付き合い下さい。
 
 PS.ハッピーエンドにはするつもりです。
 
 
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