今回推奨BGM。『からくりサーカス』。
『ロザリーナ』さんより『Over me』。
作者オススメの作品で、影響を受けました。
ラストなので、かなり長いです。
今日は絶好のライブ日和。
舞台はあの国立競技場。
結成当初は考えられなかった大舞台だ。
客席は今頃、私達のファンで溢れているだろう。
もう間もなく、ライブツアー最終公演が始まる。
「痛っ……うわ、最悪。結構深いし」
「かなちゃん、指切っちゃったの?ついてないね」
「じゃあ私、ミヤコさんに絆創膏貰ってくるよ」
「それじゃあ、ルビーお願い。はい、ハンカチ」
「あー、もう。本番前なのに……」
そんな本番直前、私はうっかり怪我をした。
怪我といっても、指を紙で切っただけだけど。
何とも幸先の悪い、スタートダッシュだ。
MEMちょのハンカチで、指の傷を押さえる。
「こんな時に真が居れば、雑用押し付けられるのに。何処をほっぽり歩いてんだが。職務怠慢いいとこよ」
「今日のマコたん、一応オフだけどね」
「そんなの彼奴に合ってないようなもんでしょ。根っこが社畜なんだし。常に仕事させときゃいいのよ」
「ブラック企業の社長みたいな発言してる」
MEMちょは私の言葉に呆れ顔になった。
でも実際、彼奴は正真正銘、社畜だ。
そうでもなきゃ、他人の仕事までやったりしない。
荷物の運び出しなんて、本来ならやる必要もない。
しかも休憩時間に、ふらっと消えたままだ。
ルビー曰く、野暮用があるとか何とか。
まるで意味が分からない。
「客席に居るって訳でも無いだろうし、一体何処に行ったんだろうね?はい、先輩。絆創膏貰って来たよ」
「うん、ありがと。まぁどうせ別件の仕事でしょ」
「マコたんなら有り得そうだね。面倒事に巻き込まれがちだし。……かなちゃん案件が、殆どなんだけど」
「荷物持ちに荷物持たせてるだけよ」
私はそう言って、絆創膏を張った。
少し不格好だけど、誤魔化すしかない。
ルビーとMEMちょはというと、顔を見合わせた。
色々駄目だと言いたげな顔だ。
そんな2人を、私はスルーする。
私の荷物を持つのは、彼奴の仕事だ。
誰に言われようが止めてやんない。
「3人共。そろそろ時間よ。全員準備して」
そうこうするうちに、ライブの時間が来た。
控室の扉が開き、ミヤコさんが手招きする。
「2人とも。何時も通り行くわよ」
「うん、勿論!!本番!!本番!!」
「今日も沢山盛り上げよ!」
私達は気持ちを切り替え、ステージに向かう。
観客席は既にサイリウムで輝いていた。
空に輝く、無数の星々にも負けない。
何度見ても、綺麗な景色だ。
どんな不安もコレを見ると吹き飛んでしまう。
「さぁ皆!!盛り上がって行くわよ!!」
声高らかに、ライブの幕を私は開いた。
ファン達の歓声が一気に押し寄せる。
地面が揺れるくらいの熱量だ。
今日も何時も通り、最高の気分。
今の私なら、何だって出来る。
だって世界は、こんなにも眩しい。
ずっと昔、物語の主人公に憧れた。
絵に描いたような、優しい勇者だった。
何時か俺も、こんな風になりたいと思った。
あんな風に、誰かに手を差し伸べたいと。
だが、現実は物語とは違う。
世界は悪党ばかりで、主人公は居ない。
誰も誰かを救わないし、救われもしない。
気づけば俺も、悪党の側に立っていた。
その在り方は、この世界でも変わらない。
何処まで行っても、俺は結局奪う側だ。
誰も救えないし、誰も助けられない。
所詮、俺は悪役でしかなかった。
この世界の主人公は、俺じゃない。
「……痛ぇな。首を真っ先に狙いやがって。防刃チョッキも、買った甲斐なしだ。……高かったってのに」
俺は軽く口を叩き、余裕を演じた。
本当は文字通り、死ぬほど痛い。
刺されるなんて、前世合わせても初めてだ。
錆びた金物のような匂いが止まらない。
体の端からじわじわと、熱が抜ける。
冷たさが、少しずつ広がっていく。
……アイも、こんな感覚だったのだろうか。
「なんで、いや、違う。どうして、何故、僕は、なんで。……違う、違う、僕は、やってなんか───」
神木はというと、激しく狼狽していた。
ついさっきまでの余裕はもうない。
凶器のナイフが、奴の手から滑り落ちる。
握っていられるだけの余裕も残っていない。
そこにいるのは、最早大人じゃない。
焦り散らすだけの、小さな子供だ。
厚い化けの皮が、ようやく剥がれた。
「どうしたもこうしたも無いだろ。全部、お前のやった事だ。これまでやった事と同じだ。直接手を汚すのは初めてか?所詮は三流……いや、五流の悪役だな」
そんな神木に、俺は尚も笑い続けた。
一流の悪役は、笑みを絶やしてはいけない。
それぐらいも分からないとは、片腹痛い。
いくら才能があっても、所詮は役者崩れ。
あの舞台に立つ資格など、最初からない。
「お前は、君は、僕に……何をした?こんな、こんなの、有り得ない?!……僕がやった、筈がない!!」
にも関わらず、神木は喚き散らした。
まるで弱い者虐めをしてる気分だ。
大の大人が、酷くみっともない。
そんな趣味は、俺には無いというのに。
「
俺の瞳から、光が消える。
底無しの闇が、代わりに浮かび上がる。
神木の瞳に、恐怖の色が宿った。
何を言ってるのか、理解出来てない。
彼奴の歪んだ光が大きく揺らぐ。
当然だろう。これは
下劣で、利己的で、つくづく醜悪な嘘。
俺はただ、それを
やはり彼奴は、自分の言葉にも責任を持てない。
自分の嘘にさえ、怯えているのだから。
実に無様で、滑稽な嘘吐きだ。
闇は静かに、歪んだ光すら飲み込む。
「お前はこれまで、多くの人間を殺してきた。お前の吐く嘘で、多く人間を狂わせてきた。だが、お前は、
神木の殺害教唆の全貌を、俺は知らない。
被害者は、もっと多いはずだ。
新野冬子以外にも、共犯者はいるだろう。
だが、彼奴との会話で、ある程度確信した。
彼奴はあくまで、人を操っていただけ。
自らの手を汚す事は一切せず。
周囲を動かし、扇動し、欺いていただけ。
直接の殺しは、一度もやってない。
無論、言い訳作りの為でもあるだろう。
実際それで、手段を選ばざるを得なくなった。
だが、それでも、操る事に拘り過ぎてる。
自分では決して、
別の誰かに、
自分はただ、
そう言っているかのように見えた。
「将来お前を、誰もが狂人と呼ぶだろう。誰もがお前を、怪物と恐れるだろう。だが、俺に言わせれば、お前なんぞ、狂人じゃない。怪物でもない。
神木の身体が、大きく揺らいだ。
彼奴の仮面に、致命的なヒビが入る。
地面そのものが、無くなったように。
「お前は言ったな。アイの存在を感じたい。アイの命の価値を高めたいと。それは随分、立派な願いだ。その下らない願いの為、お前は自ら、ルビーを殺すつもりだったんだろ?現状、動かせる駒が新野冬子と自分以外、おそらくは誰も居なかっただろうからな」
地面に落ちたナイフが、鈍く光る。
それが何よりの証拠だ。
今日が無理なら、別の日に動いていただろう。
実際あの日、神社でルビーを殺そうとしていた。
映画が公開されれば、此奴にとっての駒は減る。
あんな真実を見てしまえば、どんな嘘も崩れる。
自ら動くしかなかったのだろう。
何よりこういう手合いは、直ぐ開き直る。
自分にとって、都合の良い言い訳を作って。
「だが、お前はあの1年、ルビーの傍らに居たにも関わらず、彼奴に手を出す事はなかった。お前にとって価値のある相手は、アイに届き得る輝きを持つ人間。才能を持ち、誰からも愛され、未来に足を進める者。そして1年前のルビーは、三流のアイドル。手を出さなかったのは、お前にとって価値の無い人間を殺したら最後、自分自身を正当化出来なくなるからだ」
神木はその瞳を、激しく泳がす。
此処には居ない誰かを、幻視している。
その呼吸が、みるみる荒くなる。
「だからお前は、価値ある存在になったルビーを、殺そうとした。にも関わらず、今此処に居るのは、この俺。都合の良い言い訳で、自ら動いたのに、感情のまま手に掛けた相手は、裏方で輝きも無く。大した才能も、命の価値も、これっぽちも持ち合わせていない」
───最低最悪の
「お前はお前で、自分が狂人である事を否定した。自分で自分を突き殺した。だからもう、お前は自分自身を、正当化出来ない。
人を呪わば穴二つ。嘘で呪わば穴無限。
自分を見失った嘘吐きは、人で無くなる。
過去に執着するだけの、亡霊になる。
俺は昔、アクアにそう語った。
前世の俺が、そうだったからだ。
そしてアクアは、俺のようにならなかった。
「く、来るなッ!?違う、そうじゃない!!うるさいっ!!黙れ……っ!!僕は……間違ってないッ!!」
神木は錯乱したように、虚空へ吼えた。
その視線は最早、俺に向けられていない。
俺の背後にいる誰かへ、必死に喚いていた。
この15年。神木は嘘で人を呪い過ぎた。
そして呪いは、必ず返ってくる。
自分で吐いた
(命の重みを感じる。それがこれまで、神木が人を殺した理由。だが、おそらく、その理由さえも嘘。命の重みを、神木は感じたかったんじゃない。命の重みから、自分の罪から、ずっと逃げてた。それが真実だ)
きっとキッカケは、最初の殺人教唆。
上原清十郎と姫川愛梨の死。
最初は、ようやく解放されたと思った。
自分から全てを奪う、存在が消えたから。
けど、その死は、何時しか彼奴を押し潰した。
そしてアイは、彼奴の手を放した。
一人になった彼奴は、もう耐えられない。
彼奴は人に同情する事も、喜ぶ事も出来る。
狂人でも何でもない、ただの人間だ。
そんな彼奴に殺人の罪科は重過ぎた。
だからこそ、狂人の役を演じ始めた。
怪物の仮面を自らの顔に張り付けた。
そうする事でしか、生きられないから。
そうしなければ、壊れてしまうから。
「お前はこれまで、多くのものから逃げた。親である選択。大人である選択。人間である選択。命を背負う選択。一人の人間を、愛し続ける選択。選択全てを、他人に委ねた。どうしようもない、臆病者だ。だからお前に、救いは来ない。お前は決して、死ぬ事さえも選べないからだ。同情さえする。つくづく哀れだ」
アイは俺に、神木を救って欲しいと言った。
だが、生憎、それは不可能だ。
俺の語った選択からも、此奴は逃げた。
人生というのは選択そのもの。
選ばない人生など、人生ではない。
人の生き方からはあまりに程遠い。
何より人が救えるのは人だけ。
神木は最早、人ですら無くなってしまった。
(やっぱり俺は、主人公になれない)
それでもアイは、俺にこれを頼んだ。
ならば俺は、神木輝を終わらせる。
もしかしたら、違う未来もあったのかもしれない。
アイがもし、神木の手を放さなかったら。
神木がもし、アイを信じられたら。
俺がもし、アイを守れたなら。
別の未来も、きっとあった。
皆が笑い合う未来だって、あったはずだ。
(………けど、そんな未来は、もう来ない)
俺達は、それぞれ選択を、間違えた。
間違えてはいけない選択を間違えた。
何もかもが手遅れで、取り返しがつかない。
過去だけは、どうやっても変えられない。
(俺に出来るのは……奪う事だけだ)
所詮、俺は悪役だ。主人公じゃない。
アイのようにはなれやしない。
その理念、価値観、存在意義、命以外の全てを否定し、嘲笑い、踏み躙り、欠片も残さず壊し尽くす。
それが俺に出来る、せめてもの仕事だ。
何処まで行っても、自分の為にしか生きれない。
何かを分け与える術なんて知らない。
誰かから何かを奪う術しか知らない。
恨みたくば、好きなだけ恨めばいい。
「どうして、どうして、僕ばかり………」
神木はフラフラと立ち上がった。
狂気とは違う、危険な何かが、瞳には宿ってる。
俺の事が憎くて堪らないようだった。
その瞳の色は、嫉妬にもよく似ている。
「君は全部、僕の欲しい物を持ってるのに……!!」
神木は勢いをつけ、俺の顔を殴りつけた。
突然の一撃に、防ぐ暇もない。
首元の傷が、衝撃で更に開いた。
腕を伝って、血が流れ出ていく。
「僕はアイの事を、君達より前から知っていた!!長い時間を、君達より過ごした!!なのに彼女は、君達を選んだ!!僕を捨てた!!どうしてだ!?僕にとって、彼女は世界の全てだったのに!!なんで!?」
神木に馬乗りにされ、俺は何度も殴られた。
その叫びは、慟哭にも悲鳴にも聞こえた。
本物の涙を、神木は流していた。
そこに嘘は、欠片も感じられない。
意識が何度か、飛びそうになる。
「僕はただ、幸せになりたかった!!それの何がいけない!?君はそれを当たり前に持っているから、分からないだろ!!僕がどんな気持ちで、あの地獄に居たか!!唯一の
俺はどうにも、神木を憎み切れなかった。
損得は勿論ある。それが下らないと思ってる。
だが、それが、復讐に踏み切れなかった理由だ。
本質的に、俺と神木は同じだ。
誰もが持つ、当たり前の幸せが欲しい。
何者にも脅かされず、平穏に生きたい。
それさえあれば、何も要らない。
ただ一つの願いを、世界に奪われた。
前世の俺も同じだった。もっと酷かった。
「なら、お前は、誰かの為に、本気で怒った事があるか?誰かの為に、涙を流した事があるか?自分の思いを殺した事は?自分の夢を捨てた事は?誰かの為に柄でもない事をして、死にそうになって、それでも前に進んだ事はあったか?人として愚かだったか?」
俺は神木の顔面に、頭突きを叩き込んだ。
続け様に、膝蹴りを腹へ喰らわせる。
神木が大きくよろめき、胃液を吐き出した
傷口が更に開き、血が地面に飛び散る。
それでも俺は、どうにか立ち上がる。
「幸せになろうとする事は、間違いじゃない。それは誰もが持つ、願いだからだ。お前の気持ちなんて、俺には一つも分からない。その痛みも、苦しみも、お前だけのものだからだ。……だが、お前は、愚かになりきれなかった。中途半端に、他人の事を妬んでばかりで、自分の為にしか生きられなかった。……自分の求める幸せに、誰かの幸せも、入れるべきだった」
俺の周りは皆、皆、愚か者だった。
愛する人の為、本気で怒った奴。
愛した人の為、本気で泣いた奴。
隣の人の為、自分を押し殺した奴。
家族の為、自分の夢を捨てた奴。
自らの恋に敗れて尚、前に進んだ奴。
皆、皆、愚かしくて、本当に眩しかった。
そんな
「アイは俺達を選んだんじゃない、お前を捨てたんじゃない。信じたんだ。お前と何時か、幸せを分け合えるって。自分勝手で、回りくどい、不器用な、愛し方だけどな。お前は
その真意は最早、確かめようがない。
アイはもうこの世におらず、何も話せない。
それでも幾つか、思い当たる節はある。
アクアとルビーが産まれる事を、わざわざ知らせたり、2人が成長した事を、気まぐれに知らせたり。
DVDで未来の神木を、案じたり。
きっとアイは、神木をずっと待っていた。
帝の迎えを待つ、かぐや姫のように。
神木が来てくれる事を、望んでいた。
彼奴にとって、嘘はとびきりの愛だから。
「そんなものは妄言だ!!妄想だ!!アイは僕を、愛してなかったに決まってる!!なんでそんなに彼女を信じられる!?あんな女を!!あんな嘘吐きを!!」
「お前だって、嘘吐きだろ。俺も似たようなもんだが。なんでかって、魅せられちまったからな。彼奴の見してくれた、眩しい
彼奴の
何気ない日常の、一場面だった気もする。
何時ものように、ステージに居た時かもしれない。
はたまた、あの2人と居た時の事か。
あるいは、2人きりの時の事だったか。
それとも、涙を堪え、立ち上がった瞬間か。
遠い昔の事で、もう思い出せない。
「どうして、アイを信じられるかだと?その答えは、お前だって知ってるだろ。理由なんて一つしかない」
それでも俺は、忘れられなかった。
あの輝きは、何時だって眩しかった。
年を重ねても、ずっと傍に居る気がした。
手を伸ばし続ければ、届く気がした。
彼奴との約束のお陰で、此処まで来れた。
その
「アイが俺を愛し、俺がアイを……愛してるからだ」
その言葉を、俺は遂に口にした。
神木は遂に、何も言えなくなってしまう。
口にすれば、抑えなんて利かないのに。
何もかも、どうでもよくなってしまうのに。
愚かな選択を、選んでしまった。
(……ああ、そうか。やっと言えた。こんなにも、遅くなっちまった。この言葉は、紛うことなき真実だ)
なのに不思議と、後悔はなかった。
演技じゃない笑みが、自然に零れた。
何もかもが、満たされていくようだった。
死に向かう体が、凍えるように寒い。
まるで燃えるように、首元が熱い。
けれど、そんなものは些細だった。
心だけは、ひどく温かい。
『アンタも恋の一つや二つすればいいのに。私はアクアを好きになって良かったって思うわよ。それがどんな結末でもね。未練はまだたっぷりとあるけど』
(全部、お前の……言う通りだったな)
神木は獣のように吠え、激昂した。
理性など、もう欠片も残っていない。
あらゆるものが限界だった。
純粋な殺意で、俺を殺そうとしている。
『実はね。私、真君の事が嫌いだったの。突然の事でショックかもしれないけど、本当のこと。君は全然、悪くないんだけどね』
アイのDVDが、ふいに脳内で再生された。
何もかもが、ゆっくりになっていく。
景色も、音も、遠ざかっていく中で。
彼奴の声だけが、不思議なほど鮮明に響く。
『初めて君に会った日のこと、覚えてる? 私ね、真君に嫉妬してたの。斎藤社長とミヤコさんに愛されて、お父さんとお母さんがちゃんと傍に居て、まるで2人を取られたみたいで、嫌だったの。歳だってあんなに離れてるのに。私って、ほんと大人気ないよね』
記憶の向こうのアイは、軽くおどけた。
何時ものような能天気な笑顔で。
瞳の奥に、少しの寂しさを宿して。
『それにね。君の全部を見通してるみたいな目が、ほんの少し苦手だった。君の前では嘘が吐けない気がして、自分が此処に居ちゃいけない気がして、怖かったの。君は気づいてなかったかもだけど、実はちょっと、距離を置いてた事もあるんだ。本当にごめん』
その事には、俺も薄々気づいていた。
アイが俺の家に、来たばかりの頃だ。
俺も俺で、何となくアイが嫌いだった。
本当の自分を見せようとしなかったから。
こればかりはお互い様だ。
『でもね。君が私の夢を肯定してくれて、嬉しかった。私の嘘が、本当になってもいいって、言ってくれて、すっごく嬉しかった。あの2人が産まれる事を、応援してくれて、温かった。だから、私、入院中も心細くなかったよ。君が遠くで、傍に居てくれたから』
そればっかりは、彼奴の勘違いだ。
俺はそんな大層な事を言ってない。
映画のアレだって、アクアの創作だ。
腹痛めて、必死だったのは、アイ自身だ。
子供だった俺は、何もしてやれなかった。
『そんな君を見てるうちに。アクアとルビーと一緒に居てくれる君を見るうちに、思ったの。君のことも、愛したいって。好きになったの。人間って自分勝手で、不思議だよね。嫌いだったのに、好きだなんて』
アイはそう言って、満面の笑みを浮かべた。
その瞳は白く輝き、とても眩しい。
寂しさなんて、欠片も宿してない。
何を言いだすかと思えば、本当に下らない。
『今の真君は、きっと20歳。そんな君に、好きな人は居る?大事にしたい人は居る?愛したい人は居る?私には居るよ。沢山出来た。今の真君にそんな人が居ないなら、見つけて欲しい。もし居るなら、大切にしてあげて欲しい。捻くれてるから、難しいかもだけど』
余計なお世話だ。自分勝手なアホめ。
こっちはお前のせいで、苦労しっぱなしだ。
余計な面倒を掛けさせやがって。
もっと他に、言う事が山ほどあるだろ。
少しは反省しろ、能天気馬鹿。
『私にはまだ、それを口に出せない。言葉にしたら、嘘になっちゃいそうだから。だから今は、まだ言えない。でも、これだけは、ちゃんと君に伝えておくね』
それはとことん、下らない遺産だった。
こんなもの残すくらいなら、ちゃんと仕事をしろ。
そう文句を一つや二つ、言ってやりたかった。
そんなものを、言われる筋合いはない。
『あの子達のお兄ちゃんになってくれて、見守ってくれて。……私の義弟になってくれて、ありがとう』
『ありがとうは、こっちの台詞だ……愚か者め』
俺は神木の腹に、拳を打ち込んだ。
神木の拳は、頬を掠めて空を切る。
彼奴はそのまま、倒れ込んで気絶した。
数歩だけ歩き、俺は倒れ込んだ。
息を吸う度、喉の奥が焼けるように痛い。
ここまで血を、流し過ぎてしまった。
止血が間に合うかも分からない。
手は激しく震え、スマホも取り出せない。
ふと空の一番星が目に入る。
仰向けで倒れられて良かった。
「……綺麗だな。何時見ても。本当に綺麗だ」
首をゆっくり動かすと、国立競技場が見えた。
目は既に霞み始め、輪郭も曖昧だったが。
それでも輝きだけは、はっきり分かる。
今頃はさぞ、大盛り上がりなのだろう。
俺もつくづく、運の悪い奴だ。
2度もライブも見逃すなんて。
せっかく買ったサイリウムを、また使い損ねた。
「此処からでも、十分綺麗だ。お前にも負けてない」
夜空の星々が、静かに瞬たく。
その輝きは遠く、届かないほど離れているのに。
ようやく手が、届いた気がした。
頬を撫でる夜風は冷たいのに。
心だけは、今も不思議と温かかい。
「今度こそ……守れた。
つくづく難儀な約束をした。
兄ちゃんでいるのは、簡単じゃない。
面倒事ばかり増えるし、気苦労も絶えない。
そのくせ、何の報酬も存在しない。
まったく、割に合わない仕事だ。
性悪女に、俺は騙された。
でも、まぁ、それもいいだろう。
性格の悪い女とは、付き合い慣れてる。
一人や二人、今更変わらない。
ようやく全部、終わったのだから。
「……上出来なんかじゃないだろ。なんだ、その有様は。一人勝手に行きやがって。一発も殴れないだろ」
「……よぉ、来たか。遅かったな。生憎だが手遅れだ。全て後の祭りだ。悪くはない、祭りだったぞ」
「黙れッ!!何も喋るなッ!!動くなッ!!」
そんな時に、アクアの声がした。
何かを叫びながら、止血を始める。
少し遠くには、黒川の影も見えた。
警察と救急車を呼んでいるのだろう。
その声は掠れ掠れで、聞き取れない。
俺の居た痕跡と情報。そこに在った影。
それ等を追ってきたらしい。
保険ってのは入っとくに限る。
適用されるかまでは不明だが。
「どうしてこんな、こんなやり方を……っ!!」
俺に向かって、アクアは吼えた。
全てが終わり、全てが始まった日のように。
今にも泣きだしそうな顔で。
「馬鹿なやり方ってのは……理解してる。もっと良いやり方が、幾らでもあった。でも、それは、選べなかった。アイの奴に、頼まれたからな。それにこうでもしなきゃ、俺は俺を……一生許せなかった。……俺はとことん、捻くれてるからな。仕方ないってやつだ」
「何が仕方ないだ……ッ!!このクズ……ッ!!」
「ああ、そうだ。どうしようもない
アクアの面影が、アイに重なる。
遠い場所のルビーが、アイを思い出させる。
やっぱり此奴等は、彼奴の子供だ。
その瞳が、宝石のように眩しい。
「転生なんて……したくなかった。俺はあのまま、死にたかった。なのに神は、俺を勝手に転生させて、この世界に放り込んだ。このどうしようもなく、醜くて、汚い、嘘に塗れた世界で……生きる事を強いやがった。……世界なんて、滅べばいいって思った」
語るつもりも無かったのに、口が勝手に動く。
ずっと隠してた思いが、露わになる。
溜め込んでた
「俺は嘘が……大嫌いだ。見ているだけで、吐き気がする。俺はそれに……何もかもを、奪われたからな。でも、同じぐらい、俺は自分にも、吐き気がしてた。クソッたれな世界に、慣れ切って、嘘に塗れて、クソみたいなもんに、成り下がっていたから。……殺してやりたいって、ずっと思ってた。お前のより酷い」
アクアの瞳が、大きく見開かれる。
こんな話に付き合えば、そうなる。
碌でなしの、碌でもない話だ。
墓場まで持っていくべきものだ。
だが、もう、抑えは利かない。
俺はそれを、口にしてしまったから。
隠し事なんて、出来やしない。
演じる必要が、もう無いから。
「……お前は別に、聖人でも何でもない。何となく、分かってたよ。それぐらい。お前の目は、何も期待してなかった。何時も一人で、寂しそうだったから」
「ああ、そうかよ。分かってたのか。それはそれで、構いやしないが。……だって、俺は、これまで楽しかった。この世界は、やっぱり、クソだったが……生きたいって、思えたんだ。自分勝手で、不思議だよな」
アクアの頬に、俺は手を当てる。
またも涙を、流してしまっていた。
相変わらず、此奴は泣き虫だ。
出来る事なら、引っ叩いてやりたい。
「俺はアイに、騙された。碌でもない約束をして、柄でもない役をやらせれた。虚しくなる事もあった。この役は所詮、嘘偽り。俺がお前等の、傍に居る資格は無い。
遠い場所に、アイの姿を幻視する。
まるで全部、分かっていたような顔だ。
本当にムカつく。どの面で笑ってやがる。
なのに、笑いが止まらない。
「お前等を通して見る時だけは、傍らに居る時だけは、この世界が……少しマシに思えた。嘘に塗れた、どうしようもない世界にも、多少は期待できる、
無数の鴉がこっちを見ている。
あの中二病が、迎えに来たらしい。
邪神にしては珍しく勤勉だ。
「終わらないさ。終わらせて……堪るか。俺達の人生は……始まったばかりだ。まだ、もっと先が………」
「どうせだったら、正夢にしたいからな。……でも生憎、こっちが先約だ。お前達はもう、立派な大人だ。お前達はもう、一人じゃない。俺達が居なくても、どうにかなる。……もう一人で、歩いて行けるだろ?」
「ふざけるな。また俺達を……置いて行くのか?」
「置いてきゃしねぇよ。俺がどんな奴か、忘れちまったか?何時まで経っても……手が掛かる義弟だ。ちょっとばかし……野暮用を済ませるだけだ。帰りは少し……遅くなるかもだが。……情けない顔をするな」
一流の悪役は、笑みを絶やしてはいけない。
それを超えるぐらい、主人公が笑うから。
泣き顔も、作り笑いも、下手な嘘も似合わない。
傲岸に、不遜に、何時までも。
人間として死ぬ、その瞬間まで。
大事な仲間と、笑って生きる。
三文芝居のハッピーエンド。
「しばらくの間、留守は任せ───」
木々に止まる鴉達が、一斉に飛び立つ。
アクアの声が、徐々に遠のいていく。
薄れゆく意識の中で、歌が聞こえた。
あのステージで煌めく、未来の歌を。
暗闇を照らし続けた、星の歌を。
手を伸ばし焦れ続けた、夜明けの歌を。
(あぁ、綺麗だ。俺達の夢見た
世界が暗転し、何も見えなくなる直前。
あの
そこにある輝きは、一つじゃない。
幾千の輝きが、
どの輝きも、宝石のように輝いてる。
その
(お前の
その光に向かって、俺は手を伸ばした。
届くかどうかなんて、どうだって良かった。
嘘か真実かなんて、些細な事だった。
だって世界は、こんなにも眩しい。
そして何時しか、星の海に意識は沈んだ。
読了後推奨BGM。
映画『神聖円卓領域キャメロット後編』。
『宮野真守』さんより『透明』。
ピッタリ過ぎてびっくりしました。
次回も書くつもりです。
これでもうラストなので。
『斎藤家の愚息』。次回最終話。