斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

58 / 59
 
 申し訳ありません。次回で最終回です。
 
 長かったので、前編と後編に分けました。
 
 本当の最終回は、明日の12時に上げます。
 
 最後の最後まで、締まりがない……。
 
 


58 愚かしき感情の名前

 

 落ちて、落ちて、落ち続けた。

 

 その時間は一瞬にも、永遠にも思えた。

 

 気が付くと、頭上には星空が広がっていた。

 

 どうやら俺は、あそこから落ちてきたらしい。

 

 まるで、星空から零れ落ちた流星のように。

  

「……地獄にしては、静かな場所だな」

 

 俺はゆっくりと身体を起こした。

 

 そこは、喧騒とは程遠い場所だった。

 

 聞こえてくるのは風の音だけ。

 

 その風も、何処か心地よい。

  

「……とはいえ、天国って訳でもないか」

 

 俺は自分の足元を見て、軽く笑った。

 

 そこには、赤と白の彼岸花が咲いていた。

 

 それも一輪や二輪ではない。

 

 辺り一帯を埋め尽くすほどに、咲き誇っている。

 

 世界そのものを包み込んでいるかのようだ。

 

 これはこれで綺麗だが、少々おどろおどろしい。 

 

「彼奴の顔を……見ずに済むだけマシか」 

 

 ふと脳裏に黒羽の影がよぎった。

 

 こんな所で彼奴と会うなんて御免だ。

 

 俺は邪神に救いも助けも求めない。

 

 連中の居る場所に行くぐらいなら、地獄に行く。

 

 もし顔を見せるようなら、即座に埋める。

 

 せめて花の養分にしてやるのが最良だ。

 

 彼奴が現れないならそれが一番だが。

 

「一人きりになるのは……久しぶりだな」 

 

 俺の言葉が、誰かに届く事はない。

 

 あっちの世界では、それが当たり前だった。

 

 誰もが俺を嫌っていたし、俺も全てを嫌っていた。

 

 自分勝手な嘘で、俺を地獄に叩き落としたから。

 

 そんな俺の言葉を、誰も信じてくれなかったから。

 

 あの世界は、嘘で何もかもを奪っていった。

 

 思い出すだけで、吐き気と殺意が湧く。

 

 だが、この世界ではそうじゃなかった。

 

 俺の傍らには、何時だって誰かが居た。

 

 孤独というものを、感じる暇がなかった。

 

 こんな俺と一緒に、馬鹿笑いをしていた。

 

 その中には、傍迷惑な奴も山ほど居たが。  

 

 平穏とは程遠いのに、悪い気はしなかった。

 

 奪う嘘ばかりだったが、与える嘘もあった。

 

 かつての悪党も、随分と丸くなったものだ。

 

「だったら、私とお話しする?」 

 

 俺が一人で星空を見上げていると、声がした。

 

 能天気で、何も考えてないような声だ。

 

 相も変わらずアホをやってるに違いない。

 

 その声を何度聞きたいと願ったか、分からない。

 

 俺は振り返らず、笑みを浮かべてみせる。

 

「それは構わないが、その前に言う事があるだろ。散々面倒を掛けやがって。謝罪の一つも無しか。アレは本来、お前の役だ。途中で仕事を投げ出しやがって。保護者役なんぞ柄じゃないし、俺には似合わん」

 

「あはは。ごめん、ごめん。でも、悪くなかったでしょ?だって君、捻くれ者の頑固者で、お人好しだもん。あの子達を任せられる相手なんて、君くらいしか思いつかなかったし。口も性格も超絶最悪だけど」

 

「人たらしの性悪能天気女にだけは、言われたくねぇよ。誑し込んだ分の責任ぐらいは取れ。しかも、妙なところばかり、彼奴等に遺伝したせいで、こっちがどれだけ苦労したか。ルビーはともかく、アクアは何時か女に刺されるぞ。芸能界とは関係ない別件で」

 

「それはちょっと困るな。アレ痛いし」

 

「そりゃそうだ。俺も二度と御免だ」

 

 けれど、そいつは気にせずケラケラ笑った。

 

 俺の悪態ごと、笑い飛ばしてみせる。

 

 取り繕っているのが、次第に馬鹿馬鹿しくなった。

 

 このアホの隣に居ると、毒気が抜ける。

 

 どうも、悪役は主人公には勝てない。

 

「……ごめんね。またねって言ったのに、会いに行けなくなっちゃって。君に色々と背負わせちゃって」

 

 そいつはふいに、星空を見上げた。

 

 赤と白の彼岸花が、吹き抜ける風に揺れる。

 

 舞い上がった花弁が、星空へ溶けるように飛ぶ。

 

「それは俺も同じだ。俺達はお前に、色々背負わせ過ぎた。お前の頼みだって、ちゃんと果たしてやる事が出来なかった。……人間なんて間違えてばかりだ」

 

「君は自分の人生に後悔してる?」

 

「当たり前だ。沢山のものを掴み損ねた。でも、大方、満足してる。不満はないな。そういうお前は?」

 

「君と似たような感じかな。やり残した事は沢山あるけど。ちゃんとあの子達に、言ってあげられたから」

 

 俺と彼奴の手が、何時しか重なり合う。

 

 その手は温かくて、何処か優しい。

 

 心の空白が静かに満ちていく。

 

 やっと仮面を外せた気がした。

 

 その瞳は、どうしようもなく眩しい。

 

 その全てが、愚かささえも愛おしい。

 

 此奴と見る世界は、やはり綺麗だ。

 

 やっぱり此奴には、こういう笑顔が似合う。

 

「……ようやく、また会えたな」

 

「……うん、そうだね。また会えたね」

 

 伸ばし続けた手が、ようやく届いた。

 

 この目で見たかったものを、遂に見られた。

 

 星空からまた二つ、流星が零れてゆく。

 

 遠く彼方の、明けの明星へ向かって。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 あのライブが終わってから、2週間近く経った。

 

 真が私の前に現れる時は、決まって碌な事が無い。

 

 今回の件も、その例に洩れなかった。

 

 私達のライブまで放り出して。

 

 厄介事に首を突っ込んでばかりだからそうなる。

 

『次のニュースです。苺プロ所属、元マネージャーの斎藤真さんが、ナイフで刺され、意識不明の重体となりました。犯行に及んだのは株式会社メディアEYES代表取締役、神木輝容疑者であり、警察は殺人未遂および暴行の疑いで、取り調べを進めています。また、神木輝容疑者は、同日に殺人未遂で逮捕された新野冬子容疑者とも関係があり、殺人教唆の疑いもあるとして、並行して捜査が進められており────』

 

「アンタ、ネットじゃ、義妹を守ったヒーローだって。実際のアンタは、そんなのとは程遠い悪役なのに。馬鹿みたい。世間の連中は皆して勝手よね」

 

 私は病室のテレビに思わず悪態をついた。

 

 ここ数日、ニュースは件の事件ばかりだ。

 

 真の立場がアイの義弟であり、同日に逮捕された新野冬子の供述によって、神木輝がルビーを殺そうとしていた事が、世間の連中に知れ渡ったからだろう。

 

 どいつもこいつも、リアリティに溢れる、()()()()()()()()を評価して、酷評して、夢中になってる。

 

 何とも自分勝手で、アホらしい。

 

 そんな真は、呑気にベッドで眠っていた。

 

 まるで本当に、眠っているようにしか見えない。

 

 少し前にも、こんな事があった気がする。

 

 あの時のクズも、こんな風に寝ていた。

 

 ほんと、クズには学習能力が無い。

 

 無機質な心電図の音だけが病室に響く。

 

「アクア達から連絡が来て、大変だったんだから」

 

 ライブが終わり、会場の撤収も済んだ頃。

 

 その知らせは突然、飛び込んできた。

 

 それを聞いたミヤコさんは、その場に崩れ落ちた。

 

 MEMちょは何も言えず、ただ黙りこくっていた。

 

 ルビーは何を言ってるのか、理解出来てなかった。

 

 理解したくなかったのかもしれない。

 

『真さんが、ナイフで、刺されて───』

 

 電話越しのあかねの声は、激しく震えていた。

 

 アクアの声が、電話越しに聞こえる事は無かった。

 

 ルビー同様、話す余裕すらなかったのだろう。

 

 真はそのまま、救急車で緊急搬送された。

 

 ほぼ同時刻、神木輝も警察の管理下で搬送されたそうだが、遅れて来た社長含め、誰も興味が無かった。

 

 数時間に及ぶ手術の末、真は一命を取り留めた。

 

 待合室の時計の音が、今でも忘れられない。

 

 アクアの止血が、辛うじて命を繋いだらしい。

 

 でも、彼奴が目を覚ます事は無かった。

 

 首元の傷に加え、殴られた影響が大きいらしい。

 

 頭にも少なからず、ダメージがあったそうだ。

 

 何時起きるかは、真以外、誰も分からない。

 

 明日にも意識が戻る可能性はある。

 

 でも、そんな保証は決して無い。

 

 本人の体力と、回復力に懸けるしかない。

 

 申し訳なさそうに、医者はそう言っていた。

 

 あまりに曖昧で、残酷な言葉だ。

 

 もしかすると、目を覚ますのは1ヶ月後。

 

 あるいは、半年後。1年後。10年後。

 

 さもなくば、15年後なんて。

 

 嫌な想像ばかりが、脳内で飛び交う。

 

(これなら死んでた方が、マシだったかもしれない。……アクア達に、あんな顔をさせるぐらいなら)

 

 一瞬、そんな最低な考えが頭を掠めた。

 

 そんな事を考えてしまう自分が、心底嫌になる。

 

 ここ最近、上手く眠れていないからだろう。

 

 寝不足はタレントの天敵だというのに。

 

 それもこれも全部、クズのせいだ。

 

 人に迷惑を掛ける事しか能がない。

 

 説明不要の自分主義者め。

 

「……じゃあ、そろそろ仕事だから」

 

 そうこうする間にも、時間は過ぎる。

 

 世間が慌ただしく、騒ぎ立ててる間にも。

 

 MEMちょはしばらく、動画配信を止めてる。

 

 どうにも、やる気が起きないらしい。

 

 まぁそれでも、事務所に来てるだけマシだ。

 

 顔合わせて、ネタ会議くらいは出来るし。

 

 あの様子なら、いずれ自力で復活するだろう。

 

 なんやかんやで、年長者なだけはある。

 

 アクアはどうにか、役者業をやってる。

 

 倒れそうなのを、必死に堪えながら。

 

 あかねもそれに、続くように踏ん張ってる。

 

 どうやら、真に何かを言われたらしい。

 

 ある意味では一番、真の帰りを信じている。

 

 彼奴等にしては珍しい義兄弟愛だ。

 

 本人に言ったら、嫌な顔するだろうけど。

 

『ごめん……先輩。……今日もキツイや』

 

「そっか。わかった。なら、こっちで進めとく」

 

『うん、ごめんね。……内容は後で見るから』

 

「謝んなくていいから。ご飯は食べなさい」

 

 ルビーはというと、家に閉じ籠ってる。

 

 あの子が一番、人の悪意を知らないから。

 

 初恋の人の事件と、今回が重なったのだろう。

 

 病院の待合室で、自分をずっと責めてた。

 

 自分が不幸しか運ばないからだって。

 

「いいや、違う。お前が皆を不幸になんて出来るか。自惚れるな。お前が居なきゃ、意味が無いんだ。アイの人生も、雨宮五郎の人生も……俺や真の人生も。だから、ルビー。頼むから、そんなこと……言わないでくれ。……どれだけでも、俺が受け止めるから」

 

 でも、あの子なら、きっと大丈夫。

 

 ルビーの傍らには、アクアが付いてる。

 

 辛い時は肩を貸し合って、前に進んでいける。

 

 待合室のアクアを見て、私は確信した。

 

 その背中は昔よりずっと大きくなってる。

 

 あの子達は散々、彼奴に虐められてきたから。

 

 何時か自分の足で立ち上がる事ぐらいは出来る。

 

 あの子はもう、それぐらい大人だ。

 

 厳しさも優しさとは、よく言ったものだ。

 

 クズのクズっぷりも、偶には役立つ。

 

 上手く噛み合っただけで、基本最悪なのだが。

 

(むしろ、立ち上がれてないのは私の方か) 

 

 私は自分で荷物を持ち、現場に入った。

 

 何時も通り良い演技をして、愛想を振りまく。

 

 後者はやりたくないが、最早習慣だ。

 

 どうという事は無い。あくまで何時も通りだ。

 

「社畜根性上等。天下人気取りすんな。お前は上から目線が見え透いてんだよ。お前の天下はもう終わった。まず現実を見ろ。自分を評価してくれる奴のとこに逃げんな。媚売ってでも、何百回負けてでも、二度目の天下を自力で取ってみせろ。傲慢なクセにクソ真面目なのがお前の取り柄だ。最後に勝てば官軍だろ」

 

 私のマネージャーになった最初の日。

 

 真は私に向かってそう言い放った。

 

 何様のつもりだと、当時は本気で腹が立った。

 

 当然、文句の言い合いに発展した。

 

 勢い余って、馬乗りになりかけた気もする。

 

(でも、案外、今思うと当たってたわね)

 

 あの頃の私は、安く使える役者が精々。

 

 自分を抑えて、引き立て役に徹していた。

 

 悪い言い方をすれば、都合の良い道具だった。

 

 そうする事でしか生き残れないと思ったから。

 

 実際、それで生き残れたから。

 

 周りの大人は、そんな私を求めたから。

 

 彼奴の言い方を借りるなら、大人ぶってた。

 

 全力でやって傷つくより楽だから。

 

「てめぇがドジ踏むようなら、新しい仕事を俺が引っ張ってくる。それが俺とお前の契約だ。それを使って零か百しか出来ない自分を変えろ。そうすりゃ勝手に自分を評価してくれる奴なんぞ、幾らでも出てくる。どいつもこいつも、手のひら返しだけは早いからな。そして俺は楽して稼げる。契約分はきっちり貢げ」

 

 そんな私を彼奴は鉄火場に放り出した。

 

 引き立て役と主人公役の両方。

 

 どちらも演じなきゃ生き残れない場所に。

 

 あの1年は短いようで本当に長かった。

 

 選り好みしてる暇なんて無いぐらい。

 

 そして私は今に至るまで経験を積んだ。

 

 両方の演技を使いこなせるようになるまで。

 

 因みに仕事の選考基準はクズのギャラ優先だった。

 

 数回ほど、蹴り飛ばした記憶がある。

 

「かなちゃんお疲れ!最高の演技だったよ!」

 

「ありがとうございます。また呼んで下さい」

 

(高1の時は見向きもしてなかったクセに)

 

 私は笑顔で応じつつ、内心で悪態を吐いた。

 

 この監督とは以前、仕事をした事がある。

 

 私の事なんて、この人は少しも見てない。

 

 この監督が見ているのは数字だけだ。

 

 それもそれで、仕事としては間違ってないけど。

 

「ついさっきの演技?まぁ普通じゃねぇ?」

 

 真がそう言って、鼻で笑ったのを思い出した。

 

 あんなのでも、私の事を彼奴は見てた。

 

 見る目が無いとは、今でも心底思うけど。

 

 でも、だから、私は孤独じゃなかった。

 

 観客席で、誰かが私を見ていたから。

 

 自分の役を演じ切る事が出来た。

 

「あっ、かなちゃん。今日も来たんだ」

 

「まぁね。暇だったから。アクアはどうしたのよ?」

 

「ルビーちゃんと先に帰ったよ。まだ、どうしても、辛いみたいだから。これでもだいぶ良くなったけど」

 

「だったら、さっさと復帰して欲しいものね」

 

 私は仕事帰りに病院を訪れた。

 

 扉を開けて病室に入ると、あかねが居た。

 

 アクアとルビーも、さっきまで居たらしい。

 

 相も変わらず、真は眠ったままだ。

 

 戸棚には見舞いの品が積み上がっている。

 

 ここ数日、誰かしら来ているからだろう。

 

 このままだと、戸棚が溢れ出しそうだ。

 

「こんなクズを心配するだなんて物好きよね」

 

「何だかんだで、一番お見舞いに来てるかなちゃんがそれ言う?あの2人と社長達以上に来てるクセに」

 

「私はただ、クズが起きた時にどうせ面倒起こすから見張ってるだけよ。碌でもない事を絶対言うもの」

 

「変な信頼ばっかり真さんにしてるよね」

 

「彼奴との付き合いは、それなりに長いもの」

 

 私はしかめっ面で、眠る真を見た。

 

 此奴との付き合いはアクアより長い。

 

 その関係性は、腐れ縁としか呼べない。

 

 アクアと比べて、碌な思い出がほぼ無いけど。

 

 特にドッキリ企画で仕掛け人をやって、二度も私の顔にパイを投げてきた時は、本気で殺そうと思った。

 

 思い返すだけで、殴りたくなってくる。

 

「まったく、いい気なもんね。自己満足で、わざわざ死にに行くような事をやって。色んな人に迷惑を掛けた挙句、当の本人は眠り姫。こんなクズを起こしに来る王子なんて居ないってのに。ほんと最低な奴」

 

「……真さんは、死にに行った訳じゃ──」

 

「私にとってはどっちも同じよ。だって此奴は、私達のライブに来なかった。どんな理由であれ、ルビーを沢山泣かせたんだもの。ざまぁないわ。……それで皆、幸せになるって思ったのなら、本物の馬鹿よ」

 

 私は怒りに任せて、そう吐き捨てた。

 

 こんな状態じゃなかったら半殺しにしてる。

 

 アクアとあかねは、おそらく裏事情を知ってる。

 

 警察なんかじゃ、到底調べようがない。

 

 もっと悍ましくて、救いがない真実を。

 

 そうでもなきゃ、真はこんな事をしない。

 

 でも、私にとってはそんな事、知った事じゃない。

 

 そんな真実、初めから興味が無い。

 

 どんな理由があっても結果は結果だ。

 

 それは決して覆せないし、覆させない。

 

 私は生涯、真を許さないだろう。

 

 間接的に、自分の命を救われてもだ。

 

 誰かが定めた運命なんて必要ない。

 

 必要なのは自分の足で歩く事だけ。

 

 そう教えたのは、此奴だから。

 

「かなちゃんと真さんの関係は、やっぱりよく分からないな。互いに嫌い合ってるのに、信頼し合ってる」

 

「私が此奴を信頼?そんな訳無いでしょ。ただ何となく、考えてる事が分かるだけよ。少し似てるから」

 

「両方、頑固で捻くれ者だもんね。妙に真面目でお人好しな所も含めて。2人まとめて分析不能だよ」

 

「私をクズの同類にすんな。その目やめろ」

 

 あかねは私達を、見通そうとする目で見た。

 

 思わず、背筋がぞくりと震える。

 

 やっぱりあの目は、好きになれないし怖い。

 

 もし悪役になったら、大変な事になりそうだ。

 

 真がラスボスなら、あかねは裏ボスだろう。

 

 怪獣大決戦は別の場所でやって欲しい。

 

 真は多分、尻尾巻いて逃げるだろうけど。

 

 というか、私も全力で逃げる。

 

「じゃあ私はそろそろ帰るよ。かなちゃんも遅くまで居すぎちゃ駄目だよ。明日だって仕事あるんだし」

 

「それぐらい分かってるわよ。此奴のやらかしで、無駄に仕事は積み上がる一方だし。実績を作る良い機会だもの。自分の面倒くらい、自分で見れる」

 

 そう言って、あかねは椅子から立ち上がった。

 

 皮肉な事に、事務所の仕事は以前より増えた。

 

 真の事件で、苺プロに注目が集まったからだ。

 

 社長とミヤコさんは、その対処に追われている。

 

 怒る暇も、悲しむ暇も、まるで無いぐらい。

 

 どいつもこいつも、話を面白がってる。

 

「ねぇ、かなちゃん。最後に聞かせて。前に海でも聞いたけど、かなちゃんは真さんをどう思ってるの?今のかなちゃんは、アクア達よりずっと歪。多分、誰よりも無理してる。……このままだと、壊れちゃう」

 

 あかねは扉に手を掛け、去る刹那。

 

 真剣な相貌で私を見つめ、そう言った。

 

 その瞳は悲しげで、真のものと似ている。

 

 どんな嘘を吐いても無駄な気がした。

 

 上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。

 

(これだから、あかねが昔から嫌いなのよ)

 

 私は思わず、歯噛みして表情を殺した。

 

 そうする事でしか、自分を保てない。

 

 よりによって、一番触れられたくない所だ。

 

 その感情がなんなのか、私にだって分からない。

 

 その感情は、アクアに抱いていたものとは違う。

 

 でも、ルビーに抱いているものとも違う。

 

 とても曖昧で、言語化出来ない。

 

 誤魔化す事は、いくらだって出来る。

 

 けど、それを誤魔化すのは何かが違う。

 

 だって、あかねは、それを自分自身で言っている。

 

 他人の殻なんて、被っていない。

 

 その言葉は紛れもない、本人のものだ。

 

 そんなものを出されたら、嘘も吐けない。

 

 どっちが臆病者か、まるで分からない。

 

「やめて。聞かないで。此奴への気持ちは、単純じゃない。今のアンタだったら、少しは分かるでしょ?だから、お願い。……それ以上は、何も言わないで」

 

 そんな情けない言葉を、気づけば吐いていた。

 

 よりにもよって、黒川あかね相手に。

 

 遂には最後まで、顔を見る事も出来なかった。

 

 そんな私に何も言わず、あかねは病室を去った。

 

 何もかもを察したように、諦めたように。

 

 残された私は、また一人で心電図の音を聞く。

 

「アンタが居なくても、私は一人でハリウッドに行ける。日本で頂点を取るのだって簡単よ。死ぬ時は総理大臣がお悔やみを出すぐらいビッグにだってなれる」

 

 気付けば外はもう真っ暗だった。

 

 消灯時間で病室も暗い。

 

 あかねの言う通り、今の私は歪だ。

 

 自分に自分が嫌になる。

 

「仕事の量も質も昔より良くなった。アンタの寄越すような、下らない仕事にだって行かなくていい。なのに、何でかしらね。……ちっとも楽しくないのよ。昔の方が、ずっと楽しかった。今はずっと詰まんない」

 

 私は私の道を着実に進んでる。

 

 なりたかったものに近づいてる。

 

 でも、昔と比べて心は空っぽだ。

 

 どんな仕事もモノクロに見える。

 

 どんな評価もくすんで見えてしまう。

 

 そんなものより、ガラクタの思い出の方が。

 

 よっぽど綺麗で、輝いて見える。

 

 何の価値も評価も無いのに。

 

「……あっ、そっか。そうなんだ。こんな事に、なんで気付かなかったんだろう。私って、何時もそうだ。大事な事に、遅れて気づく。直ぐ近くにあったのに」

 

 私は思わず、掛け布団を強く握り締めた。

 

 また同じ間違いをしてしまっていた。

 

 馬鹿で、鈍感で、つくづく愚かだ。

 

「どれだけ良い役を貰えても、どれだけ箱が大きくても、一緒に演技をする誰かが居なきゃ、見てくれる観客が居なきゃ、意味がない。空っぽの宝石箱より、ガラクタの入った箱の方が、ずっと良いに決まってる。こんなの生きて、死んでるようなものじゃない」

 

 それを口にした途端、涙が零れ落ちた。

 

 泣き虫の有馬かなとは、さよならしたのに。

 

 それなのに涙は、止まってくれない。

 

 此処は舞台でも何でもないのに。

 

 観客も、カメラも、照明も無いのに。

 

 女優の涙は、そう安くないのに。

 

「アンタ、私と約束したわよね?私のマネージャーをまたやるって。私と一緒に、世界に行くって。忘れたとは言わせない。このままじゃ私、アンタが寝てる間、あっという間に、お婆ちゃんになるわよ?それでもいいの?良くないでしょ。金蔓が居なくなるわよ」

 

 子供のように、私は喚き散らした。

 

 こんな事をやっても、意味はない。

 

 どれだけ叫んでも、届くはずない。

 

 非合理的で、無駄でしかない。

 

 あまりに愚かで、救いようがない。

 

「だから、さっさと、起きなさいよクズ……ッ!!お願いだから……ッ!!起きてよ……っ!!アンタが居なくても、私はハッピーエンドに行ける!!でも、それじゃあ、詰まんないッ!!観客の居ない舞台に、一人で立っても、一番の椅子に、一人で座っても、虚しいだけ……っ!!私との約束を守れ……ッ!!」

 

 それでも私は、叫ばずにいられなかった。

 

 情けなく、惨めに、ただ泣き散らす。

 

 その涙が頬を伝って、シーツに染み込む。

 

 あの日の約束が、鎖のように心を締め付ける。

 

 世界がどうしようもなく、醜く思えた。

 

 私にとっての大事なものを、奪う世界なんて。

 

 いっそ全て、壊れてしまえばいいと思った。

 

 空っぽになった心が、狂おしいほど痛い。

 

 もう演技を続ける事も出来ない。

 

「……うっせぇな。人の耳元で泣きやがって。最悪の目覚めだ。泣き虫を推しにする趣味は俺にねぇぞ」

 

 そんな時に、目の前から声がした。

 

 心底機嫌悪そうな声色で。

 

 誰かがこちらを、訝しげに見ている。

 

 こんな惨めに、泣き散らすだけの私を。

 

 けれど、私はその姿を上手く捉えられない。

 

「……ああ、そうだな。約束したもんな。じゃあ、仕方ない。破る訳にはいかない。先約も済んだしな」

 

 星灯りが薄っすらと、その輪郭を照らす。

 

 その輝きの中で、徐々に顔が露わになる。

 

 心を締め付けていた鎖が、緩みほどける。

 

 その男は、私の事を見つめている。

 

「………えっ、真?………どうして?」

 

「どうしたもこうしたも、ついさっき起きた」

 

 私は真の頬を、思わず抓ろうとした。

 

 けれど、真は即座に私の頬を抓る。

 

 目が覚めるような痛みが走った。

 

 ついさっきまでの思考が、全て吹っ飛ぶ。

 

 中二病染みた考えが、跡形もなく消える。

 

「怪我人に怪我させようとすんなアホが」

 

「……人に怪我させる怪我人だって居ないでしょ」

 

 全身の力が、一気に抜けていくのを感じた。

 

 ベッドを掴む事でしか、とても立てない。

 

 心の変化に、体が上手くついていけてない。

 

 そんな私を見て、真は溜息ついた。

 

 今の私に全力で、呆れ返っている。

 

 まるで全部、見ていたかのように。

 

「……アンタ、何時起きたのよ?」

 

「ついさっきって言ったろ。一応言っておくと、お前が泣き喚いたから起きた訳じゃないぞ。ドラマじゃあるまいし、配役が終わってる。鈍感女はこれだから」

 

「……ちょっと待って。もしかして」

 

 私の頭の中に、最悪な想定が生まれた。

 

 安堵や喜びより、焦りが思考を上回る。

 

 これだけは、絶対に許されない。

 

 もしあったら、私は我慢出来ない。

 

 自分を抑える事が、決して出来ない。

 

「起きたタイミングは、お前がトイレに行った時だ。適当なタイミングで起きるつもりが、お前が急に一人語りやら、泣き喚くやら始めたせいで、起きるに起きれなかったんだよ。怪我人の俺が、健康優良児のお前に、どうしてわざわざ気を使わなきゃいけねぇんだ」

 

「ふっざけんな!!さっさと起きろクズッ!!今直ぐ地獄に送り返してやろうか!?というか送る!!」

 

「普通に嫌だっての。死ぬほど痛ぇし。何よりお前の、弄りネタが手に入ったからな。このネタであと10年は弄り倒せる。最高の見舞い品をありがとよ」

 

「殺すッ!!絶対殺すッ!!まず殴らせろッ!!」

 

「全力で断る。今殴られたら今度こそ死ぬ」

 

 けれど、その想定は残酷なまでに当たった。

 

 真はまたも溜息をつき、私を鼻で笑う。

 

 呆れ混じりに、状況を楽しんでいる。

 

 一方の私は、クズを殴る一歩手前の姿勢になった。

 

 怒りや羞恥や諸々で、情緒がめちゃくちゃだ。

 

 理性の二文字が何時消し飛んでもおかしくない。

 

 こんなクズを心配していた、私が馬鹿だった。

 

 此奴はいくら殺しても、死にやしない。

 

 ゴキブリ並みのしぶとさなのを忘れていた。

 

 ついさっきまでの涙を返して欲しい。

 

 こんなのがヒーローのはずがない。

 

「何時までそこで、体育座りしてんだよ。少しは祝おうとか思わないのか?俺が三途の川を遡った記念で」

 

「うっさいクズ。黙れ。死ね。F○ck」 

 

「拗ねた子供かよ。面倒くささの極みか」 

 

 私は何時しか、部屋の隅で体育座りをしていた。

 

 弱々しくなっていた自分が、馬鹿らしくなった。

 

 こんなのに時間を浪費したとか普通にショックだ。

 

 これなら素直に、家に帰れば良かった。

 

 この姿をルビー達に見られなくて良かった。

 

 なんかもう、やる気が一気に失せた。

 

「そう言うなよ。こっちはようやく野暮用が済んで、帰って来れた。俺が彼奴に任された仕事はこれで終わり。これから先は自分の人生を改めて生きるだけだ。お前の手にした世界の半分。俺にくれるんだろ?」

 

 そんな私に、真は軽く肩をすくめた。

 

 こんなので大丈夫か、と言いたげな顔だ。

 

 私は腹が立って、自ら立ち上がった。

 

 こんなクズに、そんな事を言われるまでもない。

 

 軋む体をどうにか心で、支えてみせる。

 

「その為には、たっぷりアンタにも働いてもらうから。報酬が欲しいならしっかり仕事しろ。次勝手にどっか行ったら、無給で働かせるから。覚悟しなさい」 

 

「へいへい。おっかない雇用主だ。それがクライアントの意向なら従うけどよ。俺もこんな事は二度と御免だ。こっちが働く分、お前も働けよ。覚悟しておけ」

 

 私と真の視線が、一直線に交わった。

 

 此奴は私の事を、ちゃんと見てる。

 

 それだけでなぜだか、満たされた気がした。

 

 世界がほんの少し、また綺麗に見える。

 

 心を締め付ける鎖が、変わりようがない要になる。

 

(真への気持ちは……やっぱり単純じゃない)

 

 真の瞳を見つめるうち、そんな事をふと思った。

 

 底無しの闇を映す瞳が、心を落ち着かせる。

 

 その感情がなんなのか、やっぱり分からない。

 

 嫌いだし、許せないし、好きでもある。

 

 その感情に名前をつける事はまだ出来ない。

 

 そう簡単に言っては、いけない気がする。

 

 でも、もし、誰かの幸せを願う事がそうなら。

 

 誰かの未来を、信じる事がそうなら。

 

 見たい景色を共有したいと、思う事がそうなら。

 

 愚かで、矛盾していて、温かい、この感情に。

 

「真、おかえり」「ただいま、かな」

 

 人は愛と、名づけるのかもしれない。

 

 





 赤の彼岸花の花言葉。
 
「情熱」「あきらめ」「独立」「再会」
 
 白の彼岸花の花言葉。
 
「また会う日を楽しみに」「想うはあなたひとり」
 
 読了後推奨BGM。

『シャングリラ・フロンティア』ED。
 
『ReoNa』さんより『Heaven in the Rain』。
 
 最終回は前書きにも書きます。
 
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。