斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

6 / 57
6 欠けた何かを埋めるもの

 

 

 

 

「まさか今さらになって、苺プロのアイドル部門が本当に復活するなんて。絶対にあり得ないと思って契約したのに、まんまと騙された」

 

「既にメンバーに入りしているのは何かおかしいと思ったら、やっぱりあのクズの仕業か。あいつの口車に随分あっさりと乗せられたみたいだな」

 

「そうなのよ!あのクズ詐欺師!!何がアイドル部門が復活しない限り、役者一本で売ってやるから問題ないですって!?問題大有りじゃないの!!」 

  

「はっきりと復活時の立ち上げメンバーになる事が明示された契約書に、都合の良い考えた方をしたお前もお前もだけどな。契約書の一文に所属にあたっての条件を書き加える、あいつも相当抜け目ないが」

 

 呆れつつも冷静に俺は経緯を分析し、過去の行いから目を背けるように、有馬はソファーに倒れ込んだ。

 

 ルビーが大はしゃぎで社長室にて契約書に判を捺す一方、部屋の外で体育座りをした有馬が負のオーラをダダ漏れにしていたので、後日話を聞くことにしたところ経緯がようやく分かった。

 

 俺が本格的に芸能活動を始めると決めた高校入学まで、コネクション作りに専念すると言っていた真が突然有馬をスカウトして、専属マネージャーになると聞き、当時の俺はかなり驚かされた。

 

 だが、今にして思えば、それは苺プロのアイドル部門を復活させる為の下準備の一つであり、アイの出来事から、ルビーがアイドルを目指すのをあまり快く思っていなかったミヤコと社長を説得する為に、外堀を埋めにかかっていたと考えるとすんなり納得がいく。

 

 本人が否定しているがあいつもあいつで、俺と同じ重度のシスコンだと改めて確信した。 

 

 当の本人は仕事終わりに俺と交代で、いつも通りルビーに事務所で勉強を教えている。

  

 俺達が今いるのは五反田監督の家だ。

 

「世間話は大概にしていい加減飯食えよ。十分面白い話を聞けたから俺は構わんが」

 

「面白くないですよ!こっちからすれば大問題なんですから!それと頂きます!」

 

 少し冷めてしまったおかずに有馬は箸をつける。

 

 俺達は監督の母親に夕飯をご馳走になっていた。

 

「お前が本当にやりたくないのなら社長に直接言えばいい。真の事はともかく、少なくとも社長は話を最後まで聞くタイプだ。社長命令ともなればあいつも引き下がるだろ」

 

「おかわりいるかい!?」

 

「あ、大丈夫です」

 

「糖質抜いてるんで………」

 

 割と大事な話をしているというのに、お代わりを進める監督母の声で少し気が抜けてしまう。

 

 いつもの事だが勢いが凄い。

 

「私もそれは考えたわよ。けど、私にだってプライドはある。子役時代から未練がましく芸能界に居坐り続けて、沢山苦しい思いをして誰も見てくれない時間が過ぎて、昔ほどじゃないけど今ようやく売れるようになった。ここでもし逃げたら、私は一生自分を肯定できなくなる。あいつにだって散々馬鹿にされるだろうしね。………考えただけで腹が立ってきた」

 

 もしも真と会う事が出来ず、更なる暗黒時代を過ごしていたら、おそらく有馬は極端なほど自虐的な人間になっていただろう。

 

 誰からも肯定されず、誰からも見られず、誰からも求められない事ほど精神的にくるものはない。

 

 けれど、ここにいる有馬かなは真と出会った。

 

 本意ではないキャラ付けで売り出されたものの、それでも少しずつ周りから今の自分を見てもらい、自分の中の昔人気だった自分を覆しつつある。

 

 もしもの世界線の有馬かなは分からないが、今ここにいる有馬かなは昔ほどではないが身勝手で、それ以上に自らが輝く事を求める人間だ。

 

「それはそうと監督。いい加減親元で寄生虫するのは止めた方がいいですよ。傍から見て四十路のおっさんが自立もせず、親にご飯を作らせてる光景はだいぶキツいですから」

 

「余計なお世話だガキ!昔以上に大人に対する敬意がねぇな!」

 

 ………真との交流によって、生来の口の悪さがより酷くなっている事については見なかった事にする。

 

 あいつのクズとしての影響が知り合いに出てると考えただけで、全身の鳥肌が立ってきた。

 

 自分の為にも………深く考えないようにしよう。

 

「そういやまた今度やる実写ドラマのヒロインに抜擢されたんだって?実質的に干されてた奴が随分と偉くなったじゃないか」

 

「ただの便利屋と思われてるだけです。共演者のほぼ全てが演技未経験で、今予定されてるスケジュールもかなり厳しい。聞いてる限りでも最悪な環境ですよ。本当は受けたくなんてなかったんですけど、真が鏑木さんに捕まったみたいで」

 

「あっ、そりゃ災難だ。交通事故に遭ったようなもんじゃねーか。しばらくは役者の世界から離れるっていうのに、最後がそれじゃ報われないな」

 

「ただで転ぶつもりはありませんけどね」

 

 ………鏑木昌也。

 

『ドットTV』所属のプロデューサー。

 

 残された3台の携帯のうち、真と協力して5年の月日を掛けてパスワードの解除に成功した、妊娠以前にアイが使っていたスマホに残されていた連絡先の一つ。

 

 以前真が挨拶回りをした時に採取した煙草の吸殻で、シロである事は確定しているが、直接的にアイの話を聞いた事はまだ無い。

 

 下積み時代に下手に接触して、心象を悪くしたら困るから関わるなと散々言われているが、俺の知った事ではない。

 

 復讐を任せるのも………そろそろ飽きた。

 

 俺が芸能界のトップに立つ計画も、真を社長の座に着かせる計画も忘れた訳ではないが、俺は可能な限り最短を行きたい。

 

 予定よりは早いが、動き出させてもらう。

 

 アイを殺した相手への復讐の為に。

 

「そのドラマ、俺も出演できないか?本格的な活動は高校に入ってからにするつもりだったが、しばらく見れないお前の演技を直接見ておきたい」

 

「へぇー、私の演技を直せ───わ、私の演技を直接!?あんたどういう風の吹き回し!?ずっと裏方ばっかで高校まで演技はしないって言ってたのに!!」

 

「そういう気分になったんだ。それとも俺が最後に共演するのは嫌か?」

 

 覗き込むように俺は有馬を見る。

 

「嫌じゃない!寧ろ嬉しい!あんたの演技を見るなんて何年ぶりだろう!アクアは顔が良いから鏑木さんに頼めば一発OKのはずよ!真への連絡は………後でいいか。シスコン拗らせてる真っ最中だし」

 

 こちらを置いていくほどのテンションになると、有馬はスマホを手に外へ出て行った。

 

 どうやら鏑木プロデューサーに連絡をしに行ったようだが、真を介さないのは俺としても都合がいい。

 

 いくら共犯者とはいえ、あいつは俺のやる事によく口を挟んでくるから。

 

「早熟。お前………大丈夫なのか?例の事を、有馬は知らないんだろう?」

 

「症状は落ち着いて、医者からは日常生活を送る程度には大丈夫だと言われてる。最近はフラッシュバックも起きなくなったし、いざとなれば薬もある」

 

「そういう問題じゃないだろ。現場で何かあったらどうするんだ」

 

 俺は継続的にカウンセリングに行っており、PTSDの症状に対する治療を長らく行っている。

 

 その効果もあって症状は和らぎつつあるが、完治までとは至っていない。

 

 俺の今の状態を知っている人物は極端に限られ、監督以外だと知っているのは真と社長ぐらいだ。

  

 俺個人としては誰にも知らせたくなかったのだが、最低限の人物には知らせるべきと、真が断固として譲らなかった。

 

「お前がやると言ったら何があろうと曲げないのは、今に始まった事じゃない。こうなったら仕方ない。早熟のことは毒舌マネージャーに任せるとしよう」

 

「任せなくていいから。自分でどうにかする。なんで俺に何かある度に真を呼ぼうとすんだ」

 

「だって、あいつお前の兄貴だし。いざという時、お前を止められるのはあいつしかいないし」

 

「あいつは俺の保護者かよ」

 

 少し考えただけでも身の毛がよだつ。

 

 形式上的に確かにあいつは義理の兄ではあるが、俺はあいつの事を兄だと思った事は一度もない。

 

 頼りにはなるが、尊敬だけは絶対したくない。

 

 何処までいってもそんな奴なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

「有馬てめぇどういう事だ?俺に勝手で鏑木プロデューサーに話を進めやがって。しばらくは給料抜きな」

 

「ふざけんじゃないわよ!?人を勝手にアイドルに仕立て上げた奴に言われたくないわよ!寧ろお前が私の代わりに給料抜きになれ!」

 

「こっちには契約書っていう最強の武器があるんだ!やれるもんならやってみろ!仮にお前が勝ったとしても仕事がしばらく届く事はねーけどな!!」

 

「このクズッ!!」

  

 長らくだんまりだった移動が終わって控室に入って早々、互いの怒声が響いて部屋全体は一気に騒がしくなった。

 

 他の演者達に迷惑を掛けないよう低限声はセーブはしているが、それでも十分過ぎるぐらいには五月蠅い。

 

 だが、こうなってしまうのも仕方ない。

 

「アクアお前、何考えてんだ?動き出すのは高校入学後のはずだし、鏑木プロデューサーには関わるなって言ったろ。あの人冗談抜きで怖いし」

 

「だが、これは絶好の機会だ。俺が役者として潜り込めば、必ずマネージャーのお前より話す機会が多くなる。上手くやれば俺自身の売り込みも出来るかもしれないし」

 

「最後のはマジでやめろ。俺の胃が死ぬ」

 

 有馬が鏑木プロデューサーに連絡してコネを使い、アクアを『今日あま』のメインに食い込ませたのだ。

 

 おそらく、無自覚的な恋心による理由で。

 

 なお、俺への連絡は一つもされていない。

 

(随分とマシな顔をあいつはするようになった。だが、恋愛方面に行くとなんであいつは相変わらず脳内お花畑状態になるんだ!?根っこがルビーみたいに頭が悪い訳でもないだろ!?アクア特大弱点とかいう、アホみたいな特徴を持つな!!この馬鹿ッ!!)

 

 膝をついて俺は心の中で絶叫した。

 

 俺がこれまでスマホのパスワード解除に協力するフリをして作業をこっそり妨害したり、赤の他人の吸殻を証拠として持っていって鏑木プロデューサーがシロだと思わせたりしてきた、余りある努力の数々。

 

 アクアを高校入学までの段階に分け、芸能界に少しずつ踏み込ませていく俺の計画が全て台無しだ。

 

 流石は完全自己中独走娘。

 

 全く痺れないし、全く憧れない。

 

 何も知らずアクアに利用されただけとはいえ、いくら何でもあいつはチョロ過ぎる。

 

 あの馬鹿の給料はしばらく5割減にしよう。

 

 しかし、それが皮肉にも後々最大の幸運になるとは全員がまだ知らない。

 

 あの馬鹿がアクアを鏑木プロデューサーに勧めてくれて、本当に運がよかったと。

 

 というか、そんな事態になってしまった。

 

「オマエサァ、ソンナカオシテテ、タノシーノ?」

 

「何の用?」

 

「おい、これはどういう事だ。演技未経験だとは聞いていたが、ここまで酷いなんて聞いてないぞ」

 

「知らねーよ。寧ろ俺が聞きたいくらいだ。有馬の目をよく見てみろ。死んだ魚の目になるのを必死に我慢してる」

 

「早くこのシーンが終わるといいな」

 

 今回の『今日あま』の企画は察しの通り、役者全体に高い演技力を求めていない。

 

 そもそものドラマの趣旨がイケメン好きな女性層にリーチする為であり、だからこそ演技未経験のモデルを多数起用している。

 

 その趣旨は百も承知だし、経営戦略としては間違っていないので、俺達も多少なりに、他の演者達の演技が下手な事は覚悟していた。

 

 だが、これは────

 

「お前にあいつの何が分かるんだ?あいつはお前の何なんだよ?」

 

「オマエニハ、カンケイナイダロ」

 

「今のアクア、バレない程度に笑ったわよね?口元がほんの少しだけど動いたわよね?」

 

「初の表舞台がこれだから笑うしかないんだろ」

 

 酷過ぎる!!

 

 あまりにも酷過ぎる!!

 

 俺が演技した方が上手いと思うほど酷い!!

 

 このままだと原作者と原作ファンが確実に泣く!!

 

 というか俺ですら泣く!!

 

 懸念通り有馬が暗黒時代再突入する!!

 

 アクアが頂点を掻っ攫らうどころか奈落に行く!!

 

 そんでもって俺の評価が地に落ちる!!

 

 全てが色々な意味で終わる!!

 

「という訳で第一回、苺プロ緊急ドラマ会議を始めます。司会の斎藤真です。本日のカラオケ代はあちらの有馬かなさん持ちになりますので悪しからず」

 

「ゴチになります」

 

「出せないから。アクアもサラッと乗ろうとすんな」

 

 ドラマ第1話分の撮影が終わったタイミングで、俺達は例の如くカラオケに直行した。

 

 プロデューサーでも監督でもない俺達がこんな事をするのは色々と間違っている気がするが、背に腹は代えられない。

 

 そんなものよりギャラの分け前と、俺の評価が維持される事の方がよっぽど大切だ。

 

「ドラマ全体の駄目な部分を上げるって言っても………切りがないわよ?下手したら企画自体にダメ出しが行きそうだし」

 

「漫画の実写自体がそもそも賛否が分かれるもので、原作で人気だったり大切な部分がカットされて、大々的に批判される事も少なくないジャンルだ。そんな既に叩かれそうな代物を低予算、少ない撮影時間、オリキャラ、原作改編、俺達以外の演者の演技力の低さのデバフを掛けた結果、原作の魅力が半減どころかほぼ皆無になってるのが現状だろう」

 

「分かりやすいくらい駄目なところだらけね」

 

 逆に良いところを探す方が難しいまである。

 

「そういや有馬の演技、いつもより下手じゃないか?あくまで素人目線だが、急にどうした?地面に落ちてたものでも食って、腹でも下したのか?」 

 

「食っとらんわ!そもそも食わんわ!うっるさいわね!?死ねよクズ!!」 

 

「落ち着け有馬。いくらクズにクズと言っても無駄だ。口が悪くなってるぞ。気持ちはわかるが」 

 

 有馬の弁明………は置いとくとして。 

 

 アクアの解説によると、有馬はドラマ全体の為にわざと下手な演技をしたらしい。

 

 周りのメインキャストがアクア以外大根役者である以上、本気で演技すると有馬の実力差が異常に目立ち、ドラマ全体の質がより悪くなってしまうらしい。

 

 逆にそれを気にしなくていいアクアと演技をする時は、確かに異様なほど演技が上手かった気がする。

 

 そんな場面は全体の一割にも満たないが。

 

「私とアクアだけじゃドラマは成立しない。かといって他の演者を交えたら、大根役者が浮き彫りになってぶり大根がいいところ。改めて見ていくと結構なクソ作品ね」 

 

「ぶり大根?」

 

「ぶり大根でもぶり照りでも何でもいいが、脚本と演出自体は悪くないだけに本当に惜しいな。裏方自体は見たところ全く悪くない。最善は尽くしている」

 

 原作からかなり乖離はしているが、脚本自体は原作の要所要所を一通り押さえていた。

 

 その上でセリフを言いやすく簡潔なものに、可能な限り差し替えも行っている。

 

 そして編集による演出もなかなか。

 

 つまり、ドラマの問題の大部分は役者達にある。

 

 逆にそこさえ解決さえすれば、どうにかなる。

 

「………例えばだが、主役の鳴嶋メルト。基礎も出来ていないのに無理に演技をしようとするから余計に酷くなっているんじゃないか?この脚本を見る限り脚本家が求めているのは役者達の素の動きな気がする」 

 

 しばらく脚本を見返していたアクアは、今日のメルトが言っていたセリフの一つを指差した。

 

 長い間、裏方に専念していたアクアらしい視点だ。

 

「俺達が初めて出会った時の、五反田監督がアクアに求めていたものとまるで同じだな」

 

「通りで脚本に既視感を感じる訳だ」

 

「懐かしいわねー。あの時コネに怒っていた私が今度はやる側になるとは。我ながら汚い大人になってしまったものね」

 

「お前の性格はあの頃からおそろしく汚かったから安心しろ。そして今は更に汚いぞ」

 

「最初から存在そのものが、暗黒物質みたいな奴に言われたくない」

 

「五十歩百歩って知ってるか?」 

 

 昔の事を思い出して話がズレてしまうが、どうにか頑張って話を元に戻す。

 

 今ので大方の結論はついた。

 

「話をまとめると、他の演者達に演技を求めても無駄。しかし、他の演者達の素を出す事が出来れば案外どうにかなるかもしれない。けれど、本人達にその事を言っても聞く訳がない。とことん鼻を伸ばした天狗になってる訳だからな。つまり、俺達がやる事はたった一つ」

 

「凄く嫌な予感がする」

 

「こいつが碌な答えを出す訳ないだろ」

 

 第一回苺プロ緊急ドラマ会議で話し合った結果、俺が出した結論はズバリ!!

 

「他の演者達を煽って、煽って、煽り倒して、求められている演技と自分達の現状に気づくまで、伸び切った鼻をひたすら折り続ける」

 

「良心を産業廃棄物の海に100年沈めて、それをたっぷりな毒液で煮込み続けた奴にしか出せない発想ね」

 

「とても合理的ではあるが、お世辞にも人道的とは言えない。クズの極みにしか出せない答えだな」

 

「褒めるなよ。照れるじゃねーか」

 

「「全く褒めてない」」

 

 俺の出した結論に2人してドン引きするが、否定するような事は一切言わない。

 

 つまりはそういう事である。

 

 このドラマにもっと予算と時間があれば、演技指導などの別の手も考えられるが、そもそものドラマの趣旨がイケメン達を売る為のものなので、とてもではないがそのどちらも引っ張ってくる事は出来ない。

 

 このドラマをドラマとして成立させ、俺の評価を維持させる為に、他の演者達の演技問題を解決するには、彼等の本性をどんな方法でもいいから露わにさせ、()()()()()()を撮るしかないのだ。

 

 相手の本性を露わにさせる事による危険は伴うが。

 

「それをもしやったらドラマは成功するかもだが、問題は鏑木プロデューサーだ。これは監督の受け売りだが、脚本という仮面を脱いで、自分そのものを出す演技は、精神的に死ぬほどキツイ。それによって、他の演者達のメンタルはどんどん削られるだろう。伸び切った鼻を折られて立ち上がる奴もいるが、一方で立ち直れず芸能界からは去る奴も必ず出てくる。そんな事態を許すかどうか」

 

 少し考えた様子でアクアは言う。

 

 この解決策の問題点は、共演者達の精神状態を一切考慮しておらず、蠱毒も同然の篩い落とし的要素によって、総責任者者である鏑木プロデューサーの逆鱗に触れかねない事。

 

 主役の鳴嶋メルトが所属しているソニックステージを始め、他の共演者達が所属している事務所側はあくまでドラマを名前を売る為の場と見ており、篩い落としなんてものとしては一切見ていない。

 

 そんな経営戦略を考え、事務所に営業をした鏑木プロデューサーとしてもそれは同様であり、俺達のやろうとしている行為はあの人の経営戦略を否定して、あの人の顔に泥をかける行為も同然なのだ。

 

 一歩間違えれば本当に消される。

 

「腹芸に関しては俺の仕事だ。そこはどうにかする。お前達はお前達の今できる本気の演技をしろ。いくら煽ると言っても、何も言葉通り言動で煽る必要はない。圧倒的実力差を、他の演者達に見せつけるだけで十分だ」

 

 だが、今回は確信を持って大丈夫だと言える。

 

「いいの?本気で演技をしろなんて言って」

 

 ────手加減なんて出来ないわよ? 

 

 凄みのある表情で有馬は言う。

 

 思わず背筋がゾクッとなった。

 

「そんなものはするな。必要ない。彼奴等では絶対に受け止められないが、今回の場合アクアがいる。想定外だが、何処ぞの馬鹿が引っ張ってきたお陰でな」

 

「あら?一体誰なのかしらその馬鹿って。凄く褒めて上げたいわ。その子の給料を少し割増しにしてあげてもいいんじゃないかしら」

 

「そんな事なんて少したりも考えてなかった癖に調子に乗るな。プラマイで評価がゼロに戻っただけだ」

 

 アクアの復讐を完全に止める方法。

 

 俺はこの13年間、ずっとそれを考え続けた。

 

 そして、辿り着いた一つの結論。

 

 それは、アクアの心に楔を打ち込むことだった。

 

 激しく後悔して復讐を踏みとどまらせるもの。

 

 復讐なんてものがどうでもいいと思わせるもの。

 

 自らの死よりも誰かの生を求めさせるもの。

 

 まだ生きていたいと強く思わせるもの。

 

 どんなものだって構わない。

 

 そんな何かを心に打ち込んでようやく、何かが欠けて復讐というピースで埋める事でしか保てなかったあの日のアクアの心を、代わりのピースで埋める事が出来るのだと俺は思う。

 

 有馬かなは、その可能性の一つだ。

 

「お前に上手いこと使われてるのが気に食わないが………やる事はわかった。ただし、他の演者達への最低限のアフターフォローはしろ。折れたままの奴等もそれで多少は減る。そんでもって媚売りはお前の専売特許だ」

 

「言われるまでもない。精神的に弱った奴に甘い話を吹っ掛けて思考を誘導するのは媚売りの基本中の基本だ。たっぷりと恩を売りつけやる」

 

「私に媚を売った時もこんな感じだったのね。考えただけで凄く腹が立ってきた。一発殴ったら駄目?」

 

「週刊誌に撮られるかもしれないから駄目だ。やるなら人目の無い山奥でやれ。その時は俺も協力する」

 

「人の心とかお前等には無いのかよ」 

 

「「お前にだけは言われたくない」」 

 

 仕掛けは揃った。

 

 仕掛け人は今出せる最高の手札。

 

 仕掛けの手は裏方にまで及ばせた。

 

 仕掛けに引っ掛かるのは何も知らない演者達。

 

 仕掛けにいくら文句を言おうともう遅い。

 

「本番5秒前!」 

 

「カメラの準備よし!」

 

「アクションッ!!」

 

 こっちは最悪の状況をひっくり返すのは慣れてる。

 

 お前等は精々いいリアクションをするといい。

 

 さぁ、最高の茶番劇が始まる。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。