今回の話に主人公視点はありません。
主人公のやらかしがある方にどう思われているか。
そんな話です(通称おっさん回)。
中学校に入学して直ぐに3年の先輩に食われた。
自分はモテるんだと、そこで分かった。
黙っていても人は寄って来るし、女を好きになれば向こうから告られる事もざらだった。
面白い奴をテキトーにイジれば笑いが取れて、イジってる自分が面白いんだと思ってて、テキトーにやっていても大体の事がなんか上手く行った。
けれど、ここではそうじゃなかった。
「カメラの準備よし!」
「アクションッ!!」
カチンコの音が強く響き、カメラが回り始める。
ずしりとした空気が辺りを満たし、一年の時を全て濃縮したかの様な、重くて強い時間が流れる。
人生そのものを問われるかの様な長い一瞬が。
「お、お前の考えそうな事だ!馬鹿なのっ?」
「でも………」
「一人になんかさせねーよ!」
(クソッ!また噛んだ!セリフを間違えた!最後のところはもっと感情的にやるべきだった!本番なんだぞ!?しっかりしろ!練習してきたんだろ!!)
俺の名前は鳴嶋メルト。
テキトーにやりゃ上手くいくと思って芸能界に入って、これまではそこそこ上手くやってきた。
けれど、この『今日あま』のドラマじゃ自分が周りの足を引っ張っぱってるって自覚する事も、最初から本気で臨む事も出来ないくらいダメダメで、今もこうしてミスをしている。
情けなくて、みっともない、ただの馬鹿だ。
『ピチャッ。ピチャッ。ピチャッ。ピチャッ』
現場の隅に出来た水溜りから音がする。
俺と同じでコネでドラマに参加して、俺と同じでドラマは初挑戦だって聞いていたのに。
俺なんかよりずっと主役に向いている。
俺なんかと違って最初から本気だった。
星野アクアがこちらにやって来る。
「この女はお前が思ってるような人間じゃない。お前みたいなチャラついた男とは絶対に相容れない。日の当たる場所に居れば干からびる。暗いところがお似合いなんだ」
(何が自分には才能はないだって!?十分過ぎるだろ!!本当に俺と同い年か!?どれだけ努力すればあんな風になれるんだよ!?)
何度目か分からない悲鳴を心の中で上げる。
練習すればするほど、自分が明らかに主役をやる器なんかじゃないって理解する。
彼奴等と俺なんかじゃ天と地の差がある。
一体どれだけその現実と向き合えばいい?
「お前一体なんて言った!?この子を一体なんて言った!?もう一度言ってみろよ!!」
「聞こえなかったのか!?そんな女、守る価値無いって言ったんだ!」
「この子は────俺の大事な友達だ!!」
自分だけ遠くにいるのが悔しくって、必死になって練習して、ドラマの撮影とモデルの仕事の合間に必死に走っても、その後ろ姿すら見えてこない。
考えてみりゃ当然だ。
俺がテキトーにやっている間、彼奴等はずっと前を走り続けていたんだから。
だから、また現実に打ちのめされる。
「何をしたって無駄だ………諦めて流されろよ!!」
小道具のナイフを振るって、アクアは歪んだ形相で俺の背後にいた有馬かなに襲いかかる。
目の前のあいつが酷く恐ろしい。
演技だって分かっているのに、殺されるんじゃないかってつい錯覚してしまいそうになる。
思わず目を背けて逃げ出したくなる。
『逃げるなよ。何の為に此処にいる?何の為に馬鹿なりに努力してきた?何の為にここまで耐えた?お前ならこの状況を一体どうする?』
現実に打ちのめされて現場から逃げ出して、全部投げ出したいと思った時に色々と愚痴を聞いたり、ちょくちょく気を掛けてくれたマネージャーの真さんの声が、突然聞こえた気がした。
その瞬間、俺は反射的に手を出してしまった。
アクアはビックリするくらい勢いよく吹っ飛んだ。
取り返しのつかない失敗をしたと思った。
作品を台無しにしてしまったと思った。
自分にまた、失望しそうになった。
………それなのに、アクアと真さんは笑っていた。
「お前なんて誰にも必要とされてない。身の程わきまえて生きろよ。夢見てんじゃねぇよ。この先もろくな事はない。お前の人生は真っ暗闇だ」
ようやく俺は理解した。
アクアはわざと大袈裟に受けたんだって。
俺はあいつに
アクアの闇そのものみたいな演技に反発するように、背後の有馬の演技が輝きそのものみたいになる。
「それでも、光はあるから」
演技だって分かっているのに、有馬の涙に俺は思わず本気で心を奪われそうになった。
恐怖に震えて怯えながらも、それでも希望を見つけたかのような表情だった。
こんな光景を俺はこのドラマで何度も見た。
「悪い……拳当たっちまって。リキっちまって………」
「謝らなくていい。わざと当たりにいったからな。やっぱ演技は感情ノッテなんぼだ。いい芝居だった」
「やっぱりお前わざと………」
「アクア無茶しすぎ!煽るって言ってもいくら何でもこれはやり過ぎよ!血も出てるし!」
「安心しろ。絆創膏と消毒の準備は済ましてある。処置さえしておけばこの程度直ぐに治る。お前は毎回騒ぎ過ぎなんだよ」
「そういう問題じゃないのよ。というかあんたも十分大概だからね?少し黙っててくれない?」
ついさっきまではあんなに凄かったのに、演技が終わってそこにいたのは、俺とほぼ同年代の何処にでもいる奴等だった。
叫びたいのを我慢している様子の有馬を振り払い、真さんは軽く血を流したアクアと共に、そそくさと逃げるように現場の外へ捌けていった。
残された有馬はそれはもう凄い形相になっていた。
俺は思わず笑いそうになってしまった。
(やっぱ面白れぇな。これが……演技ってやつか)
彼奴等と俺の差を改めて叩き付けられる。
今日も俺は彼奴等に圧倒されっぱなしだった。
けれど、悪い気はしなかった。
『今日あま』の撮影がクランクアップしてから数日。
ドラマの最終話が今日は配信される事もあって、僕は自宅にて監督と連絡を取っていた。
彼の話を聞けば聞くほど現場が思っていた以上に面白い事になっていたのを知り、スケージュールが嚙み合わず最終的に現場へ1度も足を運べなかった事を少し後悔した。
真君は随分とやらかしてくれたらしい。
「話はわかった。君にはかなり苦労を掛けたようだね。彼がやらかした事の後始末をよくやってくれた。素直に礼を言うよ」
言葉とは裏腹とても上機嫌で、僕は煙草に火を点けてそれを口に咥えた。
煙草特有の匂いが部屋全体に広がっていく。
『お礼を言われるほどじゃないですけど……本当によかったんですか?鏑木さん。最後まで口を出さないまま好き勝手にやらせて。元々の演出プランからはかなり乖離しましたけど』
「構わないさ。彼をこの撮影に誘った時点でプラン通りにいかない事は織り込み済み。作品評価も本当にそこそこって感じで悪くはないしね。君としても悪い仕事じゃなかっただろ?」
『それはまぁ……そうですけど。せめて最初から言って欲しかったです。彼があんな無茶苦茶だって』
「僕も彼に仕事を任せるのは初めてだったから、彼がどの程度やらかすか予想が出来なかったんだ。悪いとは思っているけど僕を責められても困る」
電話越しで愚痴を溢しまくっている監督を宥めつつ、もう片方の手でタブレットを操作して、ドラマの評価欄とコメント欄を表示する。
全6話で構成されているストーリーうち、第1話の評価は見る影もないくらい徹底的に叩かれているものの、今日配信された最終話を除く4話の全体平均評価としては、良作と失敗作で評価が真っ二つに分かれていた。
今日配信された最終話の評価はというと、今現在見た限りでは全体的に評価が高く、一部では原作超えの演技とまで言わしめ、第1話の不評っぷりをカバーするくらいには余りある評価を貰っていた。
「新人を多く起用した挑戦的な作品」「名作を新人で埋め尽くして台無しにした」「ところどころ演技の粗さが目立つ」「ヒロインの演技に関しては文句無し」「苺プロの新人が意外にも上手い」 「第1話なんてものは存在しなかった」といった感じのコメントが並びつつある事から、最終的なドラマの総合評価としては星2.8〜3.1辺りが予想できる。
低予算のドラマとしては成功の部類だろう。
「僕の経営戦略を理解した上で、自分と自分の事務所に所属する役者の利益を守る為に彼は努力した。確かにやり方としては君や裏方に一歩間違えれば総崩れなプランを提出して根回しと交渉をしたり、かなちゃんとアクア君の役者としての実力を徹底して見せつける事で、他の演者達に焦りと不安を呼んで彼等の演技を妨害したりと褒められたものじゃない。けれど彼のやった事は
お金になるなら僕も演者の演技にそれとなく介入するし、いざとなったら事務所を通して圧力だって掛ける。
現場へのこっそりとした根回しや交渉なんかは日常的で、先に提出されたプランで不十分な時は、それを無理ない程度で変える事だってする。
彼のやった事は確かに褒められたものではないが、彼のやった事そのものとしては、あくまでこの業界での日常茶飯事の一つでしかない。
結果的に良い作品が出来たのなら尚更のこと。
監督が怒ろうにも怒れないのはそのせいだ。
現に電話越しで曖昧な顔しているに違いない。
「このドラマは元々は低評価前提で、若手を売り出す事が目的だった。もしもその目的を妨害するようだったら、僕も黙ってはいなかっただろう。だが、彼もそこは最低限弁えていた。引き際を心得ている」
かなちゃんというネームバリューのある役者と、アクア君という新人の皮を被った実力ある役者に本気の演技をやらせる事で、他の演者達に対して二段構えの徹底した鞭を行い、一方自らは安全圏から他の演者達のフォローや助言に徹して、彼等に対しての飴を与え続けた。
飴と鞭どころか一周回って明らかなマッチポンプだが、演者達のボイコットや不平不満を無くすにあたってこれほど効率的な方法は他にはない。
またそれと同時に、鳴嶋メルトといった一部の演者達に対しての奮起を促し、自分なりの研鑽を重ねさせる事でその演者達の才能の一端を引き出し、若手を売り出すにあたって僕にとっての良い誤算も生み出したときた。
これでは文句も言えない。
「辛口に言うなら、演者達のボイコットを防ぎつつ、奮起を促す方法として彼は飴と鞭を選んだようだけど、僕から言わせるならそれは甘い。もっと強迫観念を揺さぶられるやり方をした方がボイコットを確実に防げるし、演者全員の奮起も期待出来る。あと今回アクア君が代役に回った最終話のストーカー役とは事前に顔合わせをして、リスケジュールが発生する事態を防ぐべきだった。この程度の役でゴネる役者なんて先は知れてるけど」
『彼のこと……本気で気に入ったみたいですね。前々から知っていたんですか?』
「彼がかなちゃんの専属マネージャーになった辺りに、僕のところへ1度挨拶をしに来たんだよ。随分と腰が低い様子だったけど、その目は異様なほどギラギラと輝いてね。まるで昔の僕を見ているようだった。実際案の定って感じだったし」
だからこそ彼に今回の仕事を任せたのだから。
『彼って苺プロダクションの御曹司でしょ?もしかすると社長候補だったりするんですかね』
「壱護社長が血縁で次期社長を決めるとは思えないけど、かなり自由にさせているようだから、壱護社長なりに考えてはいるのかもね。年としてはまだ若くて未熟だし、壱護社長もバリバリに現役だから、そう簡単に席は譲らんだろうけど」
もしも今の段階で社長の座を彼に譲るというなら、早々に苺プロダクションを乗っ取る事を視野に入れなくてはいけない。
真君の事は確かに気に入っているが、成長した彼を敵に回したいかといえば間違いなくNoと断言できる。
消せるうちに消しておくのが得策だ。
「多少好き勝手やり過ぎたようだから、僕からそれなりのお灸は据えておくよ。どうやって話を振るかが問題だけど、何をさせるかは考えてあるんだ。きっと企画が面白くなる」
すっかり火が消えつつあった煙草を灰皿に押し付け、その火を完全に消した。
そんな夜も明けて次の日。
都内のホテルの一室を貸し切って、ドラマの打ち上げパーティーが行われた。
そこそこ豪華な空間には出演者達や裏方といった人物達に加え、スポンサーとなった会社の重役や、今回共演した出演者達が所属している他の芸能事務所の社長など、一部の大物達もちらほらと参加している。
『今日あま』の原作者である吉祥寺先生もパーティーに参加しており、ヒロインを務め上げたかなちゃんとの会話を楽しんでいるようだった。
彼女がいるならそのマネージャーの彼もきっと近くにいると思い、飲み物を片手に目だけをしばらく動かした。
すると彼の姿が視界に入る。
「どうも、こんにちは。苺プロダクションで有馬かなの専属マネージャーをしている、斉藤真です。この度は弊社のかなと共演して頂き、大変ありがとう御座いました。今回のドラマでメルト君は大変努力を重ねていた様子で────」
名刺を手にし随分と腰が低い様子で、真君はメルト君が所属しているソニックステージの社長に挨拶をしていた。
こういったパーティーは姿を滅多に現す事のない業界の大物達が一斉に顔を出す貴重な場で、コネクション作りの場としてはこれ以上のものはない。
どうやら彼はその事を理解しているらしい。
「いえいえ。私などはまだまだ若輩で。学ばないといけない事は沢山あります。もっと頑張らなくてはいけません。所属するタレント達の為にも────」
「それは奇遇ですね。実は私にも兄妹がいまして、目に入れても痛くないくらい可愛いんです。実はその片割れがあちらでして────」
「本当ですか?ありがとうございます。考えてくれるだけでも嬉しい限りです。今後とも苺プロダクションをご贔屓に────」
しかし、その一方で仮にもパーティーの一番の目的はドラマに携わった関係者達への慰労にある。
そんな場で仮にも現場で働いていた人物が、更に身を粉にして働き続けるというのは………色々とどうかと思う。
それなりに豪華なパーティーを準備しただけに、少し感心しつつも意気揚々と挨拶回りを続ける彼の姿に、僕は思わず何とも言えない気持ちになった。
優秀かつ真面目過ぎるのも考えものだ。
「こんにちは、鏑木プロデューサー。ご無沙汰しています。良ければ少し話をしてもよろしいでしょうか?」
直接話をすればいいと思っていただけに、どうしたものかと思案していると後ろから声を掛けられた。
振り向いてみるとアクア君の姿があった。
「別に構わないよ。君とも話をしたかったしね。ドラマは初出演って聞いていたのに、かなちゃんと張り合うくらい演技が上手かったから驚いたよ。前から何か演技の仕事にでも関わっていたのかな?」
「裏方の仕事をしばらく。その時のご厚意で教えてもらったのをキッカケに演技については独学で」
かなちゃんからの推薦という要素以外はあまり注目していなかっただけに、新人とは思えない演技力を発揮した彼に興味があるというのは紛うことなき本心だ。
何よりもアクア君はアイにとても似ている。
「そういえばアクア君ってアイ君とどことなく似た顔つきしてるよね。B小町の星野アイって知ってるかな?君の先輩にあたるんだけど」
「………アイさんの事は知っています。けど、俺の顔は寧ろ真とよく似ているって言われるので、そんな事を言われたのは初めてです。あいつとは一応親戚にあたるので」
「あっ、そうなんだ。言われてみれば………似てるのかな?彼女の顔は間近で見ていたから、僕としてはそっちに似てると思ったんだけどね。勘違いだったのかな」
真君とアクア君が親戚筋だとは知らなかったので、素直に驚きつつも考えるような仕草をした。
「間近で………ですか。随分と親しそうな間柄だったみたいですけど、アイとはどういう関係だったんですか?」
「ファッション雑誌のモデルの仲介で一緒に仕事をしてね。以来、仕事を振るだけじゃなくて色々とお世話をしてあげたよ。事務所に内緒で男と会う時とか、良いお店を紹介してあげたり」
アクア君の顔色が変わった。
どうやらアイに対して何かしら興味があるらしい。
「誰と会っていたか知っていますか?」
「君はもしかしてアイ君のファン?故人のゴシップにも興味があるの?」
「…………あります」
しかも、その意思はかなり硬いらしい。
何故、アクア君がアイに興味を持っているのかは分からなかったが、彼に貸しを作っておけば後々役立つと長年の勘が言っていた。
これを逃す手はない。
精々上手く丸め込んで頑張ってもらう事にしよう。
それだけの材料はこちらにはある。
「そうだねぇ。教えてあげても良いけど、ここは交換条件といこう。僕から見て君の顔はアイに似て美しい。上手く活用すれば人気が出るかもしれない」
────恋愛リアリティーショーに興味はある?
これは完全な余談だけど、詳しい話を聞いた後のアクア君の判断の早さには目を見張るものがあった。
結局最後まで営業をかけまくっていた真君といい、最近の若い子達は僕等と色々違うのかもしれない。
変なところでジェネレーションギャップを感じた。