無題   作:祐。

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日本最大の歓楽街『泉楽町』

 パパ活、立ちんぼ、闇バイト、不登校、自警団、生活困窮、難民問題、上級国民。

 

 現在も進行する社会の貧困化や、平民に募る政府への不信感。かつて日本の魅力として溢れていた活力や余裕も今や失われ、世の中はもはや性善説がまかり通らないやったモン勝ちの無法地帯へと姿を変えつつある。

 

 国を頼ろうにも懐疑心は拭えず、明日は我が身の深刻な事態が頻発する日々。SNSにて散見される膨大な出来事や意見が一層と緊張感を煽り立て、自分達の生活が刻一刻と世紀末(終わり)の道を辿るばかり。

 

 手段を問わない非道な手口の増加。縋ろうにも行き場を無くした無敵の存在達。……民事事件に介入する探偵稼業の中で、着実と世間を蝕み続けていく強大な魔の手の侵攻と、身も心も困窮へと追い立てられる日々に疲弊し、嫌悪と焦燥が入り混じる現代社会の惨状に“ある男”は心から嘆き悲しんだ。

 

 そして彼は決心した。波乱万丈なキャリアを通じて築き上げてきた信頼や人脈、財産や経験などを全て“ある事業”へ投じることにより、現代社会を“裏から”改革する覚悟を固めたのはここ数年の間の話である。

 

 

 

 

 

 ――――西暦2030年 日本 東京

 

 

 

 右手に所持したスマートフォンが、マップのアプリを映し出している。明るさ調整が最大に達したそれは存在感を存分にアピールしていくが、人混みに紛れた現状においてはむしろ有象無象のひとつとして誰にも認識されずにいたことだろう。

 

 流れる人波に身を委ね、大勢が行き交う大広場に到着する。

 ……時刻は午後7時。本日の役目を終えた陽は地平線へと姿を隠し、交代で現れた月が白く、黄色く、光源を放つ。

 

 だが、“この場所”に限って言ってしまえば、衛星の優美なる輝きはまるで意味を成さなかった。何故なら、月の光に比べて“此処”は明るく、華やかで、輝き過ぎていたからだ。

 

 ――横幅50mの超巨大モニターからは、大音量の音楽と若者向けブランドのファッション広告が流れていく。SHIBUYA109を丸々と横倒ししたように規格外のそれは存在感を我が物としており、周辺に展開されたひし形の大広場ではパープルとライトブルーの淡いネオンの光源が立ち込めるように空間の彩りに一役買っている。

 

 宵闇の黒色をコントラストにして、見渡す限りに立ちはだかる白く真新しいビルの囲い。まるでこちらを見下ろすかのように立ち並んだ小綺麗で重厚感あるそれらには、視覚的な興奮を促す眩い照明の看板がびっしり取り付けられていた。軽く読み流しただけでも、カラオケやビリヤード、居酒屋やスナックなどをはじめとして、ゲームセンターからディスカウントストア、キャバクラやホストクラブ、更にはラブホテルからソープランドまで多種多様だ。

 

 ……日本最大の歓楽街、『泉楽町(せんらくちょう)』。ここ数年で急速に発展した娯楽の街は、かの歌舞伎町さえも置き去りにして世界的な観光スポットに名を連ねた。世間からすれば突如と頭角を現した文字通りの異端児であり、そこからつけられた別名が『大人のテーマパーク』、『底辺達の拠り所』、『クールジャパン』、『TOKYO HENTAI LAND』など実に様々。

 

 散々な言われ様だが、現状の日本では泉楽町(せんらくちょう)だけが有する“異例の取り組み”を知ればきっと、一般的な感性を持つ人間の誰もが顔をしかめることだろう。というのもここ泉楽町(せんらくちょう)は、日本国内で唯一“売春が合法化された地区”という専売特許を売りにしているからだ。

 

 これにより、日本各地に存在する家出や出稼ぎなどの事情を持つ訳アリの人々の面倒を泉楽町が一気に受け持った。賛否が分かれる取り組みが速攻で話題になると、泉楽町には瞬く間に風俗街としてのコミュニティが構築され、合法的な性の事業を全国に向けて開始した。

 

 泉楽町の登場は想定よりも早く世間に影響を及ぼした。というのも、泉楽町が興されてからというものの国内での性犯罪が大幅に減少したという。また、合法的に利用できる大人の出会いや遊びの場として主に若者層の間で口コミが広がり始めると、全国の男女が興味本位でこぞって街に集結し、減少傾向にあった出生率までもが数年ぶりに回復したという調査結果も発表されている。

 

 しかし、風俗街にはおっかないイメージも付き物だ。そこで泉楽町は治安を維持するために独自の“自警団”も発足した。彼らは警察とは別に民事で介入するトラブルシューターとして顔を利かせ、主に重大な犯罪から法の抜け道、暴力団の活動から難民による脅威などのありとあらゆる危険因子を徹底的に排除してみせた。

 

 日本に突如と現れた前代未聞の風俗街として、当初は世間から大バッシングを受けた泉楽町。だが、いつしかこの街は日本の何処よりも安全かつ経済的に豊かで活気に溢れた場所として、国内に現存する有名どころで最も高い人気を誇る現代の理想郷へと上り詰めてみせた。

 

 低所得層を率先して招き入れ、生活支援や社会復帰を援助しながら街の経済を回し、従業員や利益を潤わせる。主に社会的弱者の寄る辺として独自の社会を形成した結果、今や泉楽町は局所的なバブル経済とも言える爆発的な発展を遂げるに至った。今では若者から羨望の眼差しを向けられ、この街に住むことを夢見る人間も少なくない。

 

 ……何というか、自分でも信じられない。この“改革”を実行したのがまさに自分の親父だなんて、実の息子でも思わず疑ってしまう。しかし泉楽町を興した親父は一向として現状に満足することもなく、「いずれは安心して大切な人達とずっと一緒に過ごせるような世の中を作りたい」という志を胸に、更なる事業の発展へと力を尽くし続けていたものだ。

 

 尤も、そんな革命家とも言える親父が、実は“裏社会の頭領(ドン)”であることが色々と問題なのだが……。いや、正攻法に手詰まり感が漂う世紀末じみた風潮の中で、“裏社会からのアプローチ”という切り込みを上手く活用したからこそ発展した事業とも言えるのだろうか。真相はどちらにせよ倫理的に是非が分かれそうだ。

 

「この街そのものが、親父の“シノギ”なんだよな。こんな大規模にもなればそりゃあ、親父ひとりじゃ大変になるのも分かる気がする」

 

 裏からの改革を実現するやり手の起業家としても、男手ひとつで息子を育て上げた一人の父親としても、親父という人間の偉大さを改めて思い知らされたものだ。

 

 立ちはだかるビルの防壁に、遥か大きな親父の背中を見透かしながら手に持つスマートフォンへと視線を落としていく。そして画面に映し出されたマップの、それが指し示す“目的地”を自分はまじまじと眺め遣った。

 

「“レストラン&キャバレー『龍明(りゅうめい)』”。親父が経営しているシノギのひとつで、特に親父の本拠地と言っても過言ではない総本山のような接待飲食店。……以下、口コミなどで散見されるお店の評判。サービスの質が良く、接待するホステスも泉楽町屈指の美人揃い。何より特筆すべきは“ホステスによるダンス&ボーカルのド派手なパフォーマンス”にあり、ポップカルチャーなディナーショーは動画投稿サイトでも毎日生配信されるほど、店の内外を問わず大盛況だ」

 

 …………というのが、レストラン&キャバレー『龍明(りゅうめい)』の大まかな情報になる。前半の機密事項から、後半の簡単なお店の紹介まで、印象的な部分を選抜してざっくり説明すると、まぁ大体こんな感じ。

 

 で、自分はこれからレストラン&キャバレー『龍明(りゅうめい)』に赴いて、そこで案内役のホステスと合流する約束になっていた。というのも、彼女から諸々の説明を聞く他に、今日から自分の住まいとなる“拠点”へと案内してもらう手筈になっていたから。

 

 単身で拠点に向かっても、門前払いされるか不審人物と疑われて面倒事になるらしい。それくらい厳重なセキュリティで守られた住居があるらしく、自分はそこに住むホステス達の“用心棒”として今回こちらに移住を決めたわけでもある。

 

 拠点へ向かうには、身分を証明するためにホステスとの同行が必須。そのホステスもどうやら曰く付きのレッテルが貼られているらしく、何かと身の危険に晒されるため普段は監視の目が届く場所に留まるらしい。そんな彼女らの身分や自由を守るためにも用心棒として招集された自分は、彼女が待っている安全地帯のレストラン&キャバレー『龍明(りゅうめい)』へと向かう必要があった。

 

 ……ただ、親父の“シマ”にも関わらず自分は泉楽町という歓楽街に初めて来た身でもある。何せ親父が、息子を裏社会から遠ざけるべく泉楽町(ここ)の出入りを自重するよう求めていたからだ。禁止こそはされていなかったが、このやんわりとしたアプローチがかえって反抗心を煽ることなく「それならやめておくか……」で思い留めたのかもしれない。今までこれで親父に上手く丸め込まれていたのだなと、つくづく実感する。

 

 とにかく自分は今、キャバレー龍明(りゅうめい)を目指す必要があった。現在が泉楽町名物のひとつ、巨大な街頭ビジョンがシンボルマークであるサイネージ広場という場所まで来ていて、ここからもう7分くらい歩けば目的地に到着する。

 

 界隈的に褒められた活動ではないとはいえ、ある意味で“親父の職場”ともいえる場所に顔を出すのだ。必要の無い緊張が既に心臓の鼓動を加速させ、現場の人達には“そのスジの人”もいるだろうから、この場合は何て言葉を掛けたらいいのだろうか……なんていう心配ばかりが脳裏によぎってくる。

 

 だからこそ、次にも広場の隅から聞こえてきたチャラい男達の言葉に、当初はそれほどまでの意識が向かなかったものだ。

 

「あれぇ? 君もしかして“ラミアちゃん”じゃないのぉ?」

 

 少なからずの不埒な思惑を抱えた有象無象のひとつ。治安は悪くなくとも相応の人物が訪れる大人の街。まぁよく見かけるナンパか何かだろうと自分は気にすることなく歩を進めていく中で、チャラい男達によるやり取りが続けて聞こえてくる。

 

「やっぱりそうだぁ! オフのラミアちゃんは初めて見たなぁ!」

 

「なになに? 知り合い? てかその女の子超可愛くね? お前こんな子とお近付きになってたのかよ?」

 

「な? スゲーだろ! しかもラミアちゃん、“龍明(りゅうめい)のホステス”なんだぜ? それもステージに立つ方の売れっ子ホステス!」

 

「マ? 大物じゃん! ここ逃したら一生後悔しそ~!」

 

 聞こえてきた単語に対して、反応せざるを得なかった。

 

 すぐさま振り返って声の方へと見遣る。するとそこには5名のチャラいモブ男達に囲まれた、小柄で可憐な風貌ながらも動じる素振りを見せない大人びた存在感を醸し出す“一人の女性”と目が合った。

 

 156cmほどの身長であり、前髪を揃えたヴァイオレットカラーのぱっつんセミロングヘアーが可愛らしい人物。彼女はくりくりとしたまん丸で大きな同色の瞳を持ち、童顔の見本とも言える丸みのある輪郭と、どこか無機質で滑らかな肌質が、言葉通り“お人形さん”のようで実に愛らしい。

 

 服装は、華奢で小柄な身体と対照的な印象を与える大きなシルエットの黒色ポンチョと、清楚で大人な印象の白色ブラウス、人形のような存在感に柔らかさを加える黒色のフレアミニスカートに、可憐さを助長する黒色のニーハイソックスと黒色の厚底ブーツ、そして黒色のボストンバッグという一式を身に着けている。

 

 あと、彼女のトレードマークとして猫耳が付いた黒色のキャスケットが印象的だった。きゅるんとしたまん丸お目目で、ふっくらな輪郭と、ちょこんと華奢に佇む姿はまさにドールそのもの。その愛らしさに一種の背徳感さえも覚え、未成年と見間違えられても何ら不思議ではない風貌という感想が彼女に対するファーストインプレッションだった。

 

 ラミアと呼ばれている彼女は、あまり表情に出していないが明らかに迷惑そうな様子を見せていた。だが、5名の男達は気さくに話し掛けながらそれとなく彼女を囲い、退路を無くしながら喋り続けていく。

 

「君、ラミアちゃんだよね? おれファンでさ~、いつも配信でステージ観てるんだ~」

 

「そーですか。それはどーも」

 

 可憐で愛らしい風貌とは裏腹に、冷めたように淡々とした敬語が特徴的なラミア。そんな彼女と男達の会話は続く。

 

「いつもの猫なで声と違うね~。オフの日は冷たいって本当だったんだ? そんなラミアちゃんも可愛いな」

 

「ありがとーございます。それで、ウチにナニか用ですか??」

 

「いやさぁ、せっかくこうして会えたのも何かの縁だからさぁ、いちファンとしてラミアちゃんと遊んでみたいなぁ~って思ったりするんだよね~」

 

「ウチ、ヒトと待ち合わせしてるので。本日は予定が埋まってますから、すみませんけど日を改めてもらえると嬉しいです」

 

「そんなつれないこと言わないでよ~。待ってるって彼氏さん? それとも他の男? ならおれ達と遊んだ方が絶対に楽しいって! 面白い場所もたくさん知ってるよ! 絶対に後悔させないからさ! ね!」

 

「本日の予定はどーしても外せない大事なモノですから。せっかくお声を掛けていただいたトコすみませんけど、ウチはコレで失礼します。では」

 

 男達と目を合わせることなく、ラミアは彼らの隙間を通り抜けてこの場を去ろうとした。だが、そんな彼女へと男の一人が声を荒げながら腕を伸ばしていく。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおい。せっかく遊びに誘ってやってんのに、逃げるこたぁないじゃんか!!!」

 

 小柄で華奢な肩へと伸ばされた手。粗暴で無骨なそれは大きく開かれ、彼女を強引に引き留めようとした、その時。

 

 横から割り込んだ自分が男の手首を掴み上げ、力を加えながら引き留めた。

 

「い、ってぇな……! おい、なんだよオイてめぇ」

 

「彼女、見るからに嫌がってるぞ」

 

「うるっせぇな!! 部外者は引っ込んでろ!!」

 

「部外者は? なら問題無いな。俺は“龍明(りゅうめい)の関係者”だ」

 

「ハァ?? いいからその手ェ放せや!!」

 

 敢えて力を抜き、相手に振り解かせる。その間、ラミアを遮るように自分は立ち位置を変え、相手方もまた5名という集団で威圧的に向かい合ってきた。

 

「横からしゃしゃり出てくんじゃねぇよ。ヒーロー気取りとか頭湧いてんだろ、気持ち悪ぃ」

 

「それでも俺は困っている彼女を見過ごせなかったんだ」

 

「お前バカか? そうやって余計な事しかできねぇから社会的に殺されたクチだろ? この社会のゴミ! 望まれずに生まれた出来損ない! 短小包茎チ〇コ!」

 

「それってもしかして自己紹介? わざわざご丁寧にどうも」

 

 一波乱が起きる。直感的にそれを察知した。

 

 自分は背後のラミアに手をかざし、下がるよう無言で伝える。このジェスチャーから何かを感じ取ったのか、背後の気配は隅へ逃げるように遠ざかったものだ。

 

 一方で、目の前の男はあからさまに血管を浮かべながら口を引き攣らせ、両手の指の骨を鳴らしながら首の筋肉もほぐし始めた。

 

「は~~~~~~~~~さすがにキレたわ~~~~~~~。その社不特有の舐め腐った態度が他人をイラつかせるんだよな~~~~~~~~~」

 

「やっぱり図星だった?」

 

「はい殺すの確定~。お前は血祭りにあげて全身の生皮剥いでから町中を引き摺り回してやらねぇと気が済まねぇわ~~~~~~」

 

 右手の握り拳が持ち上げられる。脇を引き締め、力いっぱいに握りしめた拳は怒りで震えていた。

 

 ……だからこそ理解した。この相手に戦闘の心得が無いことを。

 

 

 

 男の「まずは歯ァ食いしばれや!!」という怒号と共にして、振りかぶった右拳は何の躊躇いもなくこちらの顔面へと振り抜かれた。粗雑で洗練されていない力任せの右ストレートを目だけで追って、自分はひとつの確信と共に佇んでいく。

 

 それは目前まで迫り、直撃しようとした。だが、その直前にして男の右ストレートは、距離感すらもあやふやな寸止めによってプルプルと震えながら静止したのだ。

 

 ――視界いっぱいの右拳。男はそれを引っ込めながらおちゃらけた様子で言葉を口にする。

 

「うぃ~~~~。漢のチキンレース~~」

 

「だろうと思った。そういう顔をしていたから」

 

「あ?」

 

「あんたに人は殴れない。集団でいる時にしか強がることができない臆病者の顔をしているから、真正面から人を殴れないことは最初から分かっていたよ」

 

「は? てめぇマジでいい加減にしろよ?」

 

「なら、殴ってみろよ」

 

「当たり前じゃん? ならお望み通り、お前はここで殺してやるよ!!!」

 

 理性が損なわれ、怒りに身を任せた一撃で男は次の右ストレートを撃ってきた。

 

 大振りで力み過ぎている素人の拳。その軌道を見定めるのは実に容易くて、自分は頃合いまで攻撃を引き付けた後に、最適な距離だと判断してから行動を起こした。

 

 一方的な攻撃だと思い込んでいた相手の視界に、最小限の動作で動き出す人影。

 極力まで無駄を削いだ上で、渾身のフルパワーを乗せた返しの右拳を振りかぶる。同時にして相手方の拳を耳元擦れ擦れのゼロ距離で通り抜けるように避けていくと、すれ違う中でちょうど相手の顔面がやってくる位置に、こちらの拳を置いておいた。

 

 双方の腕が交差し、片や避けた攻撃を横目に前のめりの姿勢になるこちらと、片やクロスカウンターの要領で反撃の一撃を顔面に食らった相手方という図が出来上がる。

 

 クリーンヒットとも言える、自画自賛できるほど見事で綺麗な一撃。直撃の瞬間に全身へと迸った衝撃は、ヒットストップとも例えられる刹那的な時間停止すらも実感したほどだった。

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