無題   作:祐。

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用心棒の使命 VSチンピラ集団

 相対する暴漢の顔面を殴り付けた際に巡ってきた感覚は、一端な正義感や理不尽に対する怒りではなく、成すべき事を成したまでに過ぎない一種の“使命感”だった。

 

 己に課せられた使命を全うするためならば、躊躇いや恐れを投げ遣ってこの拳を振るってみせよう。それが“守護者”としての責務を背負い、運命付けられた役割であるのならば――――

 

 

 

 

 

 渾身の力を上乗せし、振り抜いた右ストレートは空を切って音を立てる。

 感覚的に体内へと迸った一瞬もの静寂の後、振り抜く動作と同時にしてクロスカウンターを食らったモブ男は重みを伴いながら後方へと吹き飛んだ。

 

 背後にあった電飾スタンド看板に飛び込んで、盛大な音を立てながらそれをクッションにして倒れ込む。この騒ぎに周囲も反応せざるを得なく、ざわざわとした様子で用心の目を向けてきたものだ。

 

 心臓の鼓動を動力に内なる闘争心を滾らせる自分。戦闘態勢として姿勢を低く維持しながら左肩を下げたファイティングポーズで構えていくその最中にも、残る四名のモブ男達が動揺と興奮を交えた調子で声を荒げていく。

 

「マジかよ!? こいつヤベェ!! 早く殺せ殺せ!! 正当防衛だ正当防衛!!」

 

「一般人に成りすました障害持ちのキチガイかよ?! こういうやつが好き勝手やるからほんと迷惑なんだよな!!」

 

「先に手ェ出したこいつが悪い! てか、こいつ倒したらおれ達英雄じゃね?」

 

「社会のゴミは殺処分に限るよなァッ!? 掃除の時間だ掃除の時間。つまり社会貢献!」

 

 全方位へと意識を向け、僅かな流れを察知できるよう全神経を研ぎ澄ませる。

 

 最初にこのセンサーに引っ掛かったのが、背後へと回って突撃してきた一つの軽率な気配。後先を顧みない駆け足で接近してきたそれへと素早く右方向に振り向いて、同時にして突き出された腕の気配を感じ取って適切に対応する。

 

 その右手には小型ナイフが持たれていた。目の高さで突き出されたそれが眉間に到達する前にこちらの右手が相手の右腕を押し退け、軌道を逸らす。受け流した動作のまま前のめりになった相手の右肩をこちらの左脇でホールドすると、右手の甲で相手の小型ナイフを叩き落とし、次に左肘で相手の頬をど突いてから踏み込みの勢いと共に右ストレートをかました。

 

 一人を退けると、続けてまた一人と差し迫る。脇から左脚の蹴りを繰り出してきた男のそれを脇で受け止めるように掴んでホールドし、そのままこちらへと引っ張って無理やり引き寄せる。これにより相手は地面に着いていた右足を滑らせてバランスを崩したため、既に身を乗り出していた自分は後頭部から倒れ込む相手の顔面を追い掛けるようにして右拳の追撃を食らわせた。

 

 波状攻撃はまだまだ続く。地面に落ちた小型ナイフを拾った別の男。へそ辺りに凶器を構えて突進してきた彼に対しては、まるで張り手のように突き出した右手の平の一撃を顔面に食らわせることで牽制し、動きを止めていく。この攻撃で相手が怯んだ隙に今度は右足による蹴り上げで小型ナイフを上空へ蹴り飛ばし、カァンッ! という金属音を打ち鳴らすそれを手放した相手へと踏み込んでからジャブとストレートの連携をかましていった。

 

 そして、最後の一人が背後からやってくる。半ばヤケクソ気味な突撃だったため、自分は折り畳むように上半身を屈める姿勢を取った。すると相手は拳を空振りながらも勢い余ってこちらの腰に衝突、そのまま相手は身を乗り上げて豪快に一回転し、綺麗な弧を描いた身体はこちらの目の前に、仰向けとなって地面に転げ落ちた。

 

 そんな彼の顔面を右足で力強く踏み付けていく。

 

 ……四人からの猛攻を凌ぎ切り、既に息を切らした彼らが複雑な心情の顔を浮かべていく。連中にとってはむしろ、醜態を晒し過ぎたがあまりに引くに引けない領域まで達していたのだろう。清々しいまでの格差がかえって闘争心を余計に煽り立て、明日を顧みない無謀な突撃を絶え間なく繰り出してきたものだ。

 

 奴らが迫る度に、こちらは受け流しと反撃で冷静に対応した。もはや流れるかのように交わされるやり取りは映画の撮影シーンかと思わせて、まるで舞踊とも見て取れるかのような鮮やかさに周囲の人々は本気で一種のエンタメと思い込んでいた節もある。

 

 ――ボクシングと護身術をブレンドした、独自の格闘術。幼い頃から親父に教わっていた我流武道の一つで、主に反撃を主流とした戦いで相手に戦意喪失を促す、堅実かつ冷淡な戦闘スタイル。親父はこのスタイルについて、『勝つ戦い』ではなく『負けない戦い』を意識するよう、口うるさく徹底的に言い聞かされたものでもある。

 

 圧倒的な練度と技量を以てして、完膚なきまで相手を叩き潰して制圧する破壊者スタイル。親父はそれも考案していたが、飽くまで息子のこちらに求めていた理想の姿は“守護者”スタイルなのかもしれない。ただ守りに徹するだけでは埒が明かないので、時には攻めに転じる必要もある。そこで守りの護身術と、攻めのボクシングを場面に応じて使い分ける、立ち回り重視の戦いが考案され、親父はそれを我が子に伝授した。

 

 全ては、“大切な人を護るための力”を……自身の後悔と意思を息子に継いでもらうため。

 

「ゼェ、ゼェ……ッなんだこいつ……舐めプとか超きめェ……ッ!」

 

「ヘラヘラしやがって……っ余裕かましてんじゃねぇぞクソ底辺……!」

 

「なぁおい、こいつ“銀嶺会(ぎんれいかい)”のアニキ達に殺してもらおうぜ……!」

 

「溶かされるか埋められるか……沈められても文句言うんじゃねぇぞオラぁッ!!!」

 

 全身の至る箇所に痣を作り、スタミナ切れによる肩の息遣いでヘロヘロになりながら殴り掛かってくる男の一人。痛みと疲労で腕さえも持ち上がらない必死の一撃をこちらは力を抜いたウィービングでくぐるように避けてから、相手の肩をドンッと押して後ろへコケさせる。

 

 力無く倒れ込む男と、残る三人も疲れ果てた表情を見せながら意地で襲い掛かってきた。だが、それぞれ攻撃を回避した後にあしらうよう手で押し退けたり、足を引っ掛けて転ばせたり、関節を()めてから軽く蹴り出したりなど、もはや消化試合のようになっていた。こちらとしても内心「早く諦めてくれないかな」と半ば無我の境地に入り込んでいたその時、僅かに聞こえてきたカランッ……という鉄の音と共にしてラミアが声を上げてきた。

 

「“歓喜(カンキ)さん”!!」

 

「!!」

 

 背後の気配。振り向き様に右腕を構えたと同時にして、最初にクロスカウンターを決めた男による金属バットの振り下ろしがこちらを直撃した。

 

 

 

 

 

『親父、肉弾戦は護身術である程度なんとかなるからいいけどさ、相手は必ずしも素手で襲ってくるわけでもないからさ。もし素手で対応できない武器で攻撃された時とかはこれどうするべきなの?』

 

 過去にふとした疑問を親父にぶつけたことがあった。格闘術をそれなりに会得した頃になり、でもこの技術じゃあ得物に対して弱くない? と自分で気付いたことがキッカケでもある。

 

 なら、自分も武器を持つ? それともやられる前にやる戦法? 自分なりに考えたアイデアを提案してみたものの、親父は肯定の言葉と一緒にやんわりと異なる手段のヒントを提案してきた。そして次なる段階の修練として親父はとっておきの箱を取ってくると、特注なのだろう特別感を放つ箱の蓋を開けて、その中身をこちらに見せてきたのだ。

 

 

 

 響き渡る、金属同士がかち合う耳を(つんざ)くほどの甲高い音。喧騒の舞台に一瞬だけ火花が飛び散ると、金属バットを振り下ろしたモブ男は度肝を抜かれたような顔で“それ”を見遣っていた。

 

 右手首を防護する、金属のプロテクター。両手首に装着されたそれらは一見すると奇抜なオシャレアイテムに見間違えられることだろう。だが、その本質は得物を弾く際に利用する一種の防具兼緩衝材というれっきとした役割を持っている。

 

 どんなに生身の技術を磨こうとも、武器を相手取る場合は分が悪い。ならば、その武器を無効化する手段が必要になり、その手段は外出する際に、アクセサリーも兼ねて常備している。

 

 プロテクターで防御した右腕で、金属バットを振り払う。未だ状況の整理が追い付いていない相手を置き去りに武器を脇へと退かしてから、こちらはすぐさま踏み込んで相手の右腕を左の脇でホールドし、右肘で金属バットを弾くように叩き落として無力化する。

 

 ホールドした状態のまま、相手の右腕の関節を逆に曲げていく。体感でギチギチと骨が悲鳴を上げる震えと相手の悶える声に有効性を確認してから、自分は左手で相手の肩をどつき、それから一歩踏み出しながら右拳によるアッパーを相手の顎に叩き込んだ。

 

 パカァンッ!! という空洞を反響するような音を立てながら、その男はでんぐり返しの要領で大袈裟にひっくり返った。そして仰向けになって血と涙を滲ませた顔面は空を仰いでいると、その視界へ入り込むよう自分は顔を覗かせた。

 

 先ほど落とした金属バットを手に持ち、自分は敢えて相手の視界の中でゆっくりと持ち上げていく。力いっぱい、全身全霊、渾身を込めるように、じっくり、ゆっくり、しっかりと引き絞るようにぐぐぐっと振り上げていく。

 

 これを受けて、相手は恐怖で強張る様子を見せてきた。だが、同情するつもりは毛頭無い。

 

 自分は振りかぶった金属バットを、思い切り振り下ろした。その頭蓋骨を叩き割る勢いで、中から飛び出るであろう臓物すらも恐れず目一杯の力で振り下ろした。

 

 周囲の人間達は目を覆った。他の男達も顔を引き攣らせていた。何よりも、金属バットを目前にしたモブ男は断末魔のような悲鳴を上げて身体を激しく震わせた。

 

 ――――鼻先が擦れるであろう、寸前の距離で静止した金属バットに大層な表情を反射させながら。

 

 刹那の余韻を残してから、自分は金属バットを投げ捨てていく。それから言葉も無く、彼から離れるよう数歩を刻むと共にしてラミアから声を掛けられる。

 

「少し悪目立ちしてます!! コチラの路地裏から抜けられますから、ウチについてきてください!!」

 

 そう言って、彼女はビルとビルの隙間へと姿を消した。ラミアの言葉通り自分は良くない注目を引き付けていると自覚していたため、そそくさと逃げるようにラミアを追ってその場を後にしたものだった。

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