無題   作:祐。

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用心棒兼世話役の男

 歪んだ知性で形成された純粋の理不尽に晒されて、来るべき時に備えて受け継がれた守護者の技を行使した。未だ冷めやらぬ闘争の火照りが心臓を強く鼓動させ、警戒を怠ることなく常に戦闘状態を維持し続ける。

 

 妖精が如き可憐な女人に導かれ、下品に煌めくネオンの街を走り抜ける。ほとぼりが全身の神経を摩耗するよう強く熱く焦がし、脅威を排除せんと境地(ゾーン)に入った五感が極限にまで研ぎ澄まされる。

 

 どんな困難が降り掛かろうとも、託された使命を以てして彼女を護衛する。

 魂に刻んだ由緒正しき騎士(ナイト)の決意。数奇な宿命に生かされ今日という運命の日を迎えた自分に立ちはだかった次なる刺客は、鮮血が如き赫赫(かくかく)たる棘棘(とげとげ)しい威風の“ジャンボイチゴパフェ”であった。

 

 

 

 

 

 ――泉楽町 ファミレス内

 

 赤と白が織り成す、デラックスなご褒美。向かいの席に座るラミアは注文したそれが届くと、淡々とした調子で「いただきまーす」と言いながらさも当然のようにスプーンでパフェをつつき始めた。

 

 まるで何事も無かったかのように、彼女はイチゴパフェを堪能していく。時には頬に左手を添えながらいじらしく揺れて、そのいたいけな風貌に相応しい可憐な姿を見せてきたものだ。

 

 ……で、あの流れからどうして自分達は平然とファミレスに寄っているのだろう。激動のひと時を過ごした衝撃から、遅れてやってきた疑問でようやくと今の状況に理解が追い付いていく。いや納得まではしていない。なんであんな出来事の後で普通に食事しているんだ。

 

「食べます??」

 

「え?」

 

 不意にラミアから声を掛けられて、自分は我に返っていく。目の前では今、ドールのようなちんまりとした愛らしい存在感で向かい合う彼女の姿が伺えて、彼女はパフェのひとかけらを乗せたスプーンをこちらに向けながら、くりくりとまん丸で淡々とした眼差しを投げ掛けている。

 

「一口食べますか??」

 

「え……?」

 

「クチつけたスプーンがイヤだったりします??」

 

「その、コンプラ的に大丈夫なのかなって……」

 

「アナタがお相手なら別にイイですけど」

 

「え?」

 

「どーします?? 食べないならウチが頂きますけど??」

 

「それじゃあ、まぁ……頂きます」

 

 半ば流されるまま、自分は羞恥を伴いながら口を開けた。

 

 女性経験なんて一度もない。なんなら女友達もいない。そんな自分が失礼を欠いていないか、そればかりを気にした恐る恐るの仕草が不安を募らせる。ラミアもきっと、こちらの心情を見抜いていたかもしれない。だからこそ、キョドっているこちらに反応を示すことなく彼女は餌付けするように淡泊とそれをこなしていった。

 

 ……クリームとイチゴの甘味と、プラスで働く隠し味。

 赤面する自分が視線を逸らしていく中、ラミアはこれといった言葉を掛けることなくパフェを食べ続ける。今も彼女が口へと運ぶそれらに何故かこちらが申し訳無く感じていた最中にも、あるダウナー系のモブ女性店員がラミアへと声を掛けてきた。

 

「おっすー、ラミちー」

 

「どーも。お邪魔してまーす」

 

「ラミち来てるって聞いたから、店長にイチゴ多く乗せといてって頼んどいたよー」

 

「わー!! ありがとーございます!! ささやかな幸せでおトクな気分ですねー」

 

「そんでさー、さっきから気になってたんだけど。この人もしやラミちの彼氏ー?」

 

「カレは新しく来て頂いたボディガードの方です」

 

「あーね、腕はどんなもんー?」

 

「頼りになりますよ。この目で確認しましたから。ウチが保証します」

 

「へー、ラミちにそこまで言わせるなんて、やるじゃん新入りー」

 

 こちらに話し掛けているのかな? と思って相槌でも打とうとしたが、彼女は気まぐれですぐにもラミアの方へ向いていく。

 

「じゃあさー、今度のオフん時コスメ巡りしよーぜー」

 

「イイですねー。後でシフト表送ります」

 

「強いボディガードが来てくれたんなら、これで心置きなくラミちも遊べるってもんだよねー。元ホステスだった人間として、一安心だわー。ま、すぐに辞めなければの話だけど」

 

「大丈夫ですよ。カレはいつでもウチらの傍にいてくれます」

 

「なになに、そんな買い被ってんの。有望じゃーん」

 

「カレのコトはまた後程、詳しくお話ししますから」

 

「りょー。じゃ仕事に戻るわー」

 

「引き続きお仕事頑張ってくださーい」

 

「あーい」

 

 気の知れた雰囲気で会話を終えたラミアは、淡々としたサマでパフェを食べ続ける。

 

 ……現状では情報不足だ。自分は彼女の様子を伺いながら話し出した。

 

「君は確か、“レストラン&キャバレー『龍明(りゅうめい)』”のホステスなんだよね?」

 

「そーですよー」

 

「実は俺、その龍明に用事があってここに来たんだ」

 

「ハイ、お話は伺ってますよ。“柏島(かしわじま)歓喜(かんき)さん”」

 

 フルネームを言い当てられた驚きで見開いたこちらへと、ラミアは視線を向けてくる。

 

「今更ですけど、改めてご紹介させてください。――ウチはカンキさんが目指している龍明でホステスを務めている、“ラミア”と申します」

 

「ラミア……」

 

「一応念のためですけど、コチラは“源氏名”なのでウチの本名ではありません。その辺は悪しからず」

 

 源氏名というのは、所謂お酒を扱うようなオトナ向けのお店で働く際のニックネーム……みたいな認識で良いだろう。

 

 改めてラミアと名乗った彼女は淡泊な調子で言葉を続けてくる。

 

「カンキさんは龍明で案内役のホステスとお会いする約束がありますよね??」

 

「そうだね。……やばい、ここでのんびりしていたから彼女を待たせているかも」

 

「あー、別に大丈夫ですよー」

 

「いや、でも」

 

「そのホステス、ウチのコトですから」

 

「え?」

 

 端的な言葉が反射的に出てきた。またしても驚いたこちらは、ふとした疑問を投げ掛けていく。

 

「でもラミアさん、龍明じゃなくて外にいたよね……?」

 

「呼び捨てでイイですよ」

 

「あ、じゃあ……」

 

「で、龍明で待っているハズのウチがどーして外にいたのか。についてですけど、お仕事の関係で急用ができてしまいましたので、カンキさんがいらっしゃる前にと思って取り急ぎ用事を済ませに来ただけですから、そんな深い意味はありません」

 

「そうだったんだ」

 

「それでですね、ウチが用事を済ませたタイミングで、監視のモノから『カンキさんが泉楽町に到着した』という旨の報告を受けたモンですから、護衛もつけずに出てきた身としてもさっさと合流するために、カンキさんの進行方向を予測して一足先にあの広場で待ち構えていた……というのが一連の流れです」

 

「なるほど。…………え、監視のモノ?」

 

「ハイ、監視のモノです。ヒトですよ。――ココだけのハナシ、オモテには言えない厳重な情報網が泉楽町に張り巡らされておりますから」

 

「は、はぁ……」

 

 しれっと、社会の闇に触れた気がした。尤も、裏社会の頭領(ドン)を親父に持っておきながら何を今更って感じでもあるが。

 

「で、ウチがカンキさんと合流しようとした矢先に、あの連中に絡まれてゴチャゴチャー……というのがコトのあらましです。まー、ウチらに用心棒が必要な理由ですよね」

 

「ラミア達も苦労しているんだね。俺で良ければ、できる限り力になるよ」

 

「わー、頼りになりますねー。思いがけずしてカンキさんの実力も拝見できましたから尚更です。いやー、不幸中の幸いでした。カンキさんからしたら堪ったモンじゃないでしょーけど」

 

「全くね。でも、あの時ラミアを守れて良かったよ。……最悪な結果にならなくて、本当に良かった。じゃなかったら、親父にはまた後悔をさせていたかもしれないから」

 

 親父が想いを託し、愛する妻への無念と共に愛する息子へと継承した守護の技。来るべき時に備え、その真価を発揮できたのは自分としてもこの上ない結果である。

 

 だが、その一歩はまだ踏み出したばかりだ。

 自分が親父の信念を噛み締めていると、まるでタイミングを見計らったかのように事も有ろうか親父から着信が舞い込んできた。

 

 スマートフォンを手に取り、応答する。

 

「親父?」

 

『あら歓喜~! お父さんよ~!』

 

「う、うん。知ってるよ」

 

 性別を超越した独自の妖艶が色濃く声音に表れている親父。男性的な力強さと女性的な柔らかさを両立したスタイルに一種の安心感すら覚えていく傍らで、親父は言葉を続けてくる。

 

『泉楽町はどう? 広くて迷ったりしてないかしら? 色んなお店や可愛い女の子がいっぱいでちょっと刺激が強いと思うかもだけど、良かったら社会勉強として気になった所に立ち寄ってみたりしてみてね! お父さん、息子に見せても恥ずかしくないようなまちづくりを徹底してるから! あぁそれと龍明には着いたかしら? お迎えの子と会えた? 今近くにいる?』

 

「あぁ、えっと、ホステスの子なら今近くに……」

 

 チラッと視線を向けていくと、向かい側にはお人形さんのようにちょこんと座るラミアの姿。彼女は大きくてまん丸な目でこちらを真っ直ぐ見つめていて、思わず自分はドキッとしてしまった。

 

 すぐにも、ラミアは手を差し出してきた。代わってほしいという意図が伝わってきたので、自分は「今代わるよ」と親父に一言告げてから彼女へと端末を手渡した。

 

 小さな手、無機質で滑らかな手でスマホを受け取るラミア。耳にそれをあてがった彼女は淡泊な調子で親父と会話し始めた。

 

「どーも、お疲れ様でーす」

 

『あぁラミアちゃんー! 今日もラミアちゃんの可愛らしい声が聞けて私嬉しいわ~! 今日はオフだったのに案内役を引き受けてくれてありがとね~。おかげで助かっちゃった』

 

「お気になさらないでください。“ラヴさん”のムスコさんと伺ってましたので、お会いしてみたかっただけですから」

 

『報告だけ上がってきたけれど、なんかひと悶着あったみたいね~?』

 

「ありましたけど、アナタのムスコさんの活躍で事なきを得られました」

 

『さすがは私の歓喜ね! 何か困ったことがあったら何でも歓喜に頼ってちょうだい! お世話係も兼ねているから、誠心誠意、貴女達に尽くしてくれるわよ~!』

 

「ウチはともかく、同居人のお二方はカンキさんを散々使い倒すと思いますから、先ほど拝見した実力も加味して、カレのお給料は高くしてあげてください」

 

『あら~、それじゃあラミアちゃんの要望通りに歓喜のお小遣いアップしちゃおうかしら! さすがは私の息子! 自慢の子よ! じゃ、ラミアちゃん。歓喜を“拠点”に案内してあげてね! 顔認証ができるようにバーのマスターさんにも歓喜を紹介しておくのを忘れずに!』

 

「りょーかいしましたー。ではまた、失礼しまーす」

 

 ……たった一回の会話から、いくつもの疑問がわんさか出てくる出てくる。

 

 ラミアは通話を切り、こちらのスマホを手に持ったまま自身の鞄からスマホを取り出していく。続けて彼女は2台の端末をテーブルに並べて、両手で器用にたぷたぷ操作しながら視線を落としたその様子で喋り掛けてきた。

 

「ついでなので、連絡が取れるようにアナタのアカウント登録しちゃいますねー」

 

「あぁ、うん。ありがとう」

 

 返事を聞く前からSNSを開いて手続きを進めていくラミア。その間にも自分は先にも浮かび上がってきたいくつかの疑問を軽く問い掛けてみた。

 

「ちょっと訊いてもいい?」

 

「どーぞ」

 

「さっき親父のこと、“ラヴさん”って言ってたよね?」

 

「そーですよー。アナタのお父さん、ウチらの界隈では“ラヴクラフト”という名義で活動していらっしゃいますから。まー、ウチで言うラミアのよーなモンです。源氏名と言いますか、コードネームと言いますか」

 

「ラヴクラフト、なんか聞いたことある名前だな……。まぁいいや、それと“お世話係”というワードが出てきたことに引っ掛かったんだけど……」

 

「あー、ウチらが勝手に言ってるだけですから、お気になさらず」

 

「そう?」

 

「カンキさんには用心棒としての職務を全うしていただければ、それでイイので。ただ、あわよくばですけど――お部屋の掃除だったり、洗濯物だったり、料理だったり、話し相手だったり、スケジュール管理や生理周期の把握、お仕事のアシストや日頃のメンタルケア、あとはお使いや付き添い、着替えや添い寝、お風呂やデート、その他諸々などもして頂けたら嬉しいなーと思ってた程度ですから」

 

「っ…………」

 

「他にまだあります??」

 

「いや、気持ち的にキャパオーバーになりそうだから、ひとまず今はいいかな……」

 

 住み込みで働くホステスの用心棒という認識でいたけれども、どうやら想定よりもだいぶ過酷な重労働になりそうな予感がする。

 

 変な汗すら流れてきた。おそらく全生物が有するであろう未知に対する恐怖という感情を、自分は抱いているのかもしれない。

 

 プレッシャーというか、何というか。心臓の中に在る一種の使命感に錘を吊り下げられたような気分を覚えた。気持ち猫背になってしんどくさえ感じていく中、ラミアはアカウントの登録を終えたのだろうこちらのスマートフォンを返しつつ、再びパフェを食べ進めながら、可憐な風貌ときゅるんとした眼差し、そして大人びた面持ちと淡泊な調子で、且つ後半はちょっといじらしくその言葉を告げてきた。

 

「じゃー、この後カンキさんを“拠点”にご案内しますので、そのつもりでいてください。――同じ屋根の下を共にする仲でもありますから、今の内にウチからお伝えしておきます。ウチら共々、龍明のホステスを今後ともよろしくお願いします。頼れる用心棒さん」

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