無題   作:祐。

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1章
初日からの大仕事


 黒色のYシャツに腕を通し、第一ボタンのみ外したそれをタックインする。新品の香りが新天地の気分を奮い起こしてくる中で、自分は全身を映し出した姿見の前で佇んだ。

 

 175cmの身長で、紺青色(こんじょういろ)の暗い青色ショートヘアーが実に無難。第一印象は好青年に見えるらしい雰囲気と、物腰の柔らかさをよく褒めてくれる経験がおそらく人相にも表れている……のかもしれない容貌は、各々の想像に任せるとする。

 

 服装は、タックインした黒色のYシャツと黒色のスラックス、両手首に装着した金属のプロテクターなど。足元には機能性に優れた黒色の革靴が置いてあり、夜の世界に相応しく物々しい印象のドレスコードを自分は身に着けていた。

 

 レストラン&キャバレー『龍明』から支給された一式。本日からこの制服で勤める事実に自分は改めて気が引き締まるような思いが巡ってくる最中、近くのダブルベッドに腰を掛けていた私服姿のラミアが両脚をぷらぷら動かしながら感想を口にしてくる。

 

「元々のマジメな性格も合わさって、かしこまった服装がサマになってますねー。お似合いですよーカンキさん」

 

「ありがとう。ただ、ジャケットとネクタイは要らないのかな……?」

 

「ネクタイは原則として禁止になっています。理由は、戦闘の際にネクタイで首を絞められる可能性を無くすためですねー」

 

「随分と物騒な理由だなぁ……」

 

 猫耳付きの黒色キャスケットを被るラミアが立ち上がる。ポンチョとブラウス、ミニスカートとニーハイソックスのコーデでお化粧も済ませた彼女はこちらにトコトコ歩み寄ってくると、しれっとこのYシャツの第二ボタンを外して胸元を開きながらセリフを続けてきた。

 

「ジャケットに関しては、特に禁止とかはされていません。個性としてご自身のお好きなアウターを着用して頂く方針になってますから」

 

「そうなんだ。なんか、時代を感じるよ」

 

「というワケでですね、ウチらのボディガードを務めて頂くカンキさんに似合いそうなアウターを、コチラの方で用意しておきました」

 

「え?」

 

「見たカンジ、この上に着用する衣類をご持参していない様子でしたから、カンキさんが寝ている間にウチとルームメイトの3人で見繕ってきました。まー、入社祝いのよーなモノですから、別にコレを使えというワケではありません。飽くまで記念として。それと、ウチらからの感謝の気持ちとして受け取ってもらえると嬉しいです」

 

 それを喋りながら、ラミアは姿見の後ろに置いてあった段ボール箱を漁っていく。その間、ゴソゴソと中身を漁る彼女のいたいけな姿に自分はついつい見惚れていると、次第にもラミアはプレゼントなのだろう“それ”をズルズルっと取り出してみせた。

 

 ダウンジャケットのように膨らんだシルエットを持つ、肩幅が広くて大柄な印象を与えてくる薄い水色の分厚いアウター。大型動物のような威圧感を想起させながらも水色という仄かに淡い色合いが、例えるなら心優しい戦士が如く強さとさっぱり感のハイブリッドとも言えるようで、なんだか不思議な感覚がよぎったものだ。

 

 ラミアが差し出してきたそれを受け取り、自分はお礼を口にする。それから姿見に映る自分を見ながらアウターを身に着けて、首元の襟や前襟を一丁前に直しながらビシッと立ってみせた。

 

 黒色を主体とした服装に、暗い青色の髪と薄い水色のアウターという組み合わせ。フォーマルのようであり、第二ボタンまで外したラフな装いは、規律を重んじながらも常に身軽なフットワークを意識した新しいスタイルを確立していたと思う。

 

 アウターを身に着けるや否や、ラミアはまん丸で大きな目をくりくりっと反応させながら様々な角度で眺めてきた。

 

「わー!! イイですねー!! お似合いですよー!! ウチら専属のボディガードが着々とカタチになっていくカンジがまた、サイコーです」

 

「……なんか少し、俺のことを着せ替え人形として見てない?」

 

「これからウチらの面倒を見て頂く御仁ですから、用心棒も着せ替え人形も似たよーなモンですよー。しかもラヴさんのムスコさんときましたから、当たりの中の当たり、大当たりの人材です。――カンキさんはホントに、強くて頼れる、安心安全のボディガードですよ」

 

 悪気の無い言葉の節々にちょっと待てというツッコミ所が多々あれど、切実を交えたラミアのセリフにそれだけ彼女達を取り巻く環境が熾烈であることも予想できた。

 

 自分は喉まで出かかった数々の言葉を呑み込んで、静かにラミアを肯定した。すると彼女は意外そうな様相でこちらの目をまじまじと見つめてきて、どこか様子を伺うような、顔色を伺うような眼差しを数秒ほど注意深く向けてくる。それから暫くしてラミアはケロッとするように淡々とした面持ちに戻ると、いつもの無機質な存在感でありながらも微笑を交えた表情でその言葉を伝えてきたものだ。

 

「じゃー、早速ですけどカンキさんにはボディガードのお勤めをこなして頂きます。最初のお仕事は用心棒らしく、ウチの護衛です。本日は午前中からダンスと歌の練習がありますから、その練習場所であるキャバレー龍明のレッスン室まで、ウチと一緒に来てもらいます。とは言いましても、ココから龍明までは徒歩15分ほどの距離ですから、最初はそんな気張らずに、ウチとデートする感覚で行きましょー」

 

 

 

 

 

 デートとか言われたものだから、初仕事は余計に緊張しながら住居を後にしたものである。

 

 営業時間外で閉店しているダイニングバーLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)のフロアを通過し、出入口のカギを開けて外に出る。ラミアと共に午前中の泉楽町に踏み出すと、そこには昨夜のようなネオンの光がまるで嘘のように素朴な街並みが広がっていた。

 

 下品なほどに煌びやかな夜の世界とは打って変わって、比較的新しい建物が整列するように横並びする景色。輝きが無くとも窓ガラスの反射や看板の派手な装飾などから独自の活力が見て取れる他、夜の時と比べて落ち着いた雰囲気の社会人が各々の目的地に向かって黙々と歩を進めていく様子などが伺えた。

 

 云わば、泉楽町のスッピン顔とも言えただろうか。

 新天地で送る最初の1日。新鮮な体験だらけで探究心や好奇心がくすぐられる。時には荒事もこなす波乱万丈で気の抜けない業務だが、ちょっとだけワクワクしてきた側面も否めない。

 

 龍明に続く道へと視線を投げ掛けて、自分はラミアと足並みを揃える準備をする。いつでも行ける心意気で隣の動きに神経を巡らせていくのだが、肝心の彼女が一向に動き出さないため自分は不思議に思いながらラミアを見遣っていった。

 

 ……どことなく緊張感を漂わせる佇まい。ジッと立ち止まり、なにかに用心するようなラミアの姿に自分は言葉を投げ掛けていく。

 

「ラミア、どうしたの?」

 

「見張られてます」

 

 直ぐにも顔を上げていく。そして自分は周囲に意識を向けていくと、彼女の言葉通り確かに無数もの気配や存在を感じ取ることができた。

 

 道端や電柱の裏、少し離れた駐車場やネットフェンスの向こう側。至る箇所に2、3人程度の男達が固まって、こちらの様子を伺っている。連中はスーツ姿からタンクトップ姿まで様々な風貌をしていたが、共通して身綺麗な印象を感じられた。

 

 ゴロツキとはまた違う、組織的な集団。自分も警戒してラミアを守るような位置取りを意識していく中で、次にも真後ろから声を掛けられたものだった。

 

 発言の主はLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)のマスター。2m越えの巨体から繰り出される低く渋い声音が歩み寄る気配と共に聞こえてくる。

 

「それは多分、“こいつ”のせいだろうな」

 

 マスターの声へと振り返る自分とラミア。同時にして私服なのだろう袖を捲った白色のYシャツと、黒色の分厚いベルトに深い青色のジーンズという、上から下まで膨張した筋肉のラインをパンッパンに浮かび上がらせた格好で彼はこちらの視界に(そび)え立ってきた。

 

 両目を隠すように垂れ下がった(ちぢ)れ毛の前髪を揺らしながら、マスターは大きな手の平を見せてくる。そこには相対的に小さく見えるスマートフォンが握られており、端末は今も再生されている“ある動画”を映し出していた。

 

 1人の青年が、5名の若者を相手に軽快な動きで圧倒している喧嘩の様子。戦闘というよりも、映画のアクションシーンを撮影しているかのように出来過ぎたワンシーンは、一種のエンタメ的な要素さえも含んでいるように思えてくる。

 

 そんな動画の感想は別にどうでもよくて、今はそこに映る1人の青年が自分であることが肝心な部分だった。記憶に新しい喧嘩の様子が、第三者によってこうも鮮明に撮影されていたという事実。何よりもその喧嘩がSNSに投稿されているという実態に自分は言葉を失っていくと共にして、マスターは左手で自身の無精髭を撫でながら言葉を続けてきた。

 

「面倒見ている可愛い子分共がこうも無様に敗北して、オマケに公の場で盛大に晒し上げられたときた。看板やメンツを第一に考える連中にとっちゃあ、自分達の価値を蔑ろにする存在はさぞ死活問題だろうな」

 

「あの人達、ヤクザの関係者だったのか……」

 

「ヤクザ、か。そうと言えばそうなんだろうが、ヤクザはヤクザでも連中はクリーンな“株式会社”の人間だ」

 

「株式会社?」

 

 それは、シノギとしての事業? それとも言葉通りのクリーンな事業?

 

 マスターの言葉に矛盾があるように感じる。そうした様々な疑問が脳裏に思い浮かぶ中、マスターは悩むこちらを弄ぶように微笑しながら一つ問い掛けてくる。

 

「お前、“銀嶺会(ぎんれいかい)”って名前は聞いたことあるか?」

 

「いえ、聞いたことがないです。名前の雰囲気からして、暴力団ですか?」

 

「どちらかと言えば、元暴力団かもしれない」

 

「歯切れが悪いですね」

 

「やってる事はそんな変わらねぇからな。だが、今やその暴力が立派な商売になる時代だ。全く、何が流行るか分からないもんだな」

 

 世間を嘲笑するように軽く笑い飛ばしたマスター。彼は太い腕を組みながら話を続けてくる。

 

「株式会社『銀嶺会』。こいつは元暴力団の男が創設した民間警備会社でな、所謂“自警団”のような事業を売りとする新形態のサービスが特徴的だな。闇バイトや難民問題なんかで治安が悪化した際に、ここら辺では一時(いっとき)“自警団ビジネス”っつーもんが流行してな、そんなもんで自警団の需要が高まった時に、元極道の人間が警護しますって売り文句で競合他社を圧倒した人気の警備会社でもある」

 

「自警団って……ヤクザのルーツとそのままって感じがしますね」

 

「やってることはヤクザと代わりないさ。株式会社『銀嶺会』はただ警護をするだけの自警団じゃないからな。というのも、銀嶺会は元極道や現役の喧嘩師といった人間の権威で相手方を牽制する他に、銀嶺会の方からカチコミやお礼参りを仕掛けたりする、良く言えば“能動的な取り組み”を売りにしているもんだからな」

 

「脅威となり得る相手に対して、警備会社の方から仕掛けに行く取り組み、ですか……。自分達の危険因子を事前に潰しておく考え方自体は合理的に思えますけど、中々に過激な事業を行う組織であることは分かりました」

 

 暴力的で非道のように思えてくるその事業だが、実際はその手のビジネスで社会的に大成した正真正銘クリーンな事業でもあるらしい。これに対する疑念や不安は拭えないものの、それだけの事業が人気を獲得するに至った時代背景なんかも考慮すると、自分の浅はかな感想だけでは語れないなと痛感したものでもある。

 

 とにかく今の時点で最も重要なのは、何故そんな民間警備会社の人間達がこちらを見張っているのか? という現状把握だ。

 

「これももしかして、“お礼参り”の一環ですかね?」

 

 可愛がっている子分を痛め付けたその仕返し。それが最も考えられる可能性。自分は周囲に視線を投げ掛けながらそう呟いてみると、次にもマスターの口からは意外な答えが返ってきた。

 

「いや、そいつはないな」

 

「そうなんですか?」

 

「仮にお礼参りだとしても、ここはボスの“シマ”だから変に手は出せねぇ。――泉楽町の自警団事情は少し特殊でな、泉楽町では基本的に、ボス自身が設立した自警団以外の活動は原則として認められていねぇんだ。株式会社『銀嶺会』はボスが設立した事業じゃねぇからな、もし連中がお前を対象にした報復という“依頼”を受けていたとしても、少なくとも泉楽町の中では実行しないだろう。それこそ裏社会の頭領(ドン)を怒らせでもしたら、銀嶺会の存続も危うくなるからな。“その道”を知っている連中なら尚更、その線引きは徹底してるだろうさ」

 

「ではやっぱり、お礼参りの可能性自体はあると……?」

 

「いや、そいつはない」

 

 ?

 

 クエスチョンマークを浮かべるこちらに対し、マスターはフッと鼻を鳴らすように微笑しながら次の言葉を口にした。

 

「こいつは多分、“偵察”だな」

 

「偵察……?」

 

「泉楽町というどデカいシマを持つ裏社会の頭領(ドン)、ラヴクラフト。そんなヤツのシマん中で、ド派手に暴れ回ることを許可された妙に腕が立つ無名の男。本人が言うには『龍明の関係者』とのことで、龍明はラヴクラフトの根城とも噂されている。――徹底マークしている組織にそんなニューカマーが現れたらどうする? 情報を集めるためにも、ライバル達はこぞってやってくるだろうさ」

 

「なんでちょっと楽しそうに話すんですか……」

 

 呆れ気味に返答するこちらの反応に、マスターは腕を組みながら愉快げに口角を上げてみせた。これも彼らにとっては日常茶飯事なのか? なんていう疑問すら浮かんでくる環境に不安すら巡り始めた矢先にも、ふと投げ掛けた視線の先、龍明に続く道とは正反対の道で見張っていた銀嶺会の人間と目が合ってしまう。

 

 特に彼は丸刈りで、削ぎ落としたように凶暴な目が印象的だった。内心で「うわ」と思っていく自分が負けじと視線で対抗し始めると、彼は頭をクイッと動かして「来い」の合図を見せてくる。

 

 背を向けて歩き始める彼と周辺の男達。これに自分が渋い顔を見せていく傍らで、マスターは面白げな声を漏らしながらこちらに言葉を掛けてきた。

 

「どうやらお前をご指名のようだな」

 

「でも、彼らは親父の街で活動できないんじゃ?」

 

「それは自警団として活動する上での話だ。あの様子から察するに、ヤツらはプライベートで此処に来ているらしい」

 

「それってアリなんですか……。というか、これからラミアの護衛を務める仕事がありますから、寄り道はできませんよ」

 

「ラミアなら俺が送っといてやる。龍明には俺の方で事情を説明しといてやるから、お前は景気良く銀嶺会に“挨拶”でもしてくればいい」

 

「マジですか……」

 

「それにだな、もう一つ切実な理由を挙げるとするなら……連中にこの辺をうろつかれると、来店してもらえるはずの客が遠ざかって商売上がったりだ。特にこの手の手法は連中の得意分野だからな。連中の目的がお前なら尚更、ちょっと身の程を知らしめてくれると店の人間として大いに助かるんだが」

 

 マスターと会話している間にも、銀嶺会の人間と思われる男達が視界を横切っていく。皆がガンを垂れた横暴な目を向けていて、今にもしばき倒してやるという熱い意気込みを感じさせられたものだ。

 

 彼らを横目に自分は暫し悩んだ後、ラミアの方へと向いて言葉を掛けていく。

 

「ごめん、ラミア。少しだけ行ってくるよ」

 

「分かりました。龍明でお待ちしてます」

 

「できるだけ早く戻ってくる。じゃあ」

 

 と言って、銀嶺会の連中と同じ方へ歩き出そうとした時、身に着けていたアウターをラミアに引っ張られたことで足を止めていく。

 

「ラミア?」

 

「無事に帰ってきてください。アナタには用心棒として、ウチらのコトを護って頂く義務がありますから」

 

「通常勤務に戻れるよう、最善を尽くしてくるよ。――大丈夫、俺には親父直伝の格闘術があるから。それでいて、親父はこういう……話し合いや相互理解とかが見込めない、綺麗事がまかり通らない理不尽な世界でも生きていけるように、俺にそれを教えてくれたんだと思う。きっと、今がそれを発揮する時なんだろうね」

 

 ラミアの頭に手を置いて、猫耳付きの黒色キャスケット越しに頭を撫でていく。これにラミアは淡々とした様相で帽子に埋もれながら、こちらのアウターから手を放していった。

 

 見守るラミアとマスターへと軽い挨拶を掛け、自分は怯むことのない真っ直ぐな足取りで連中の後を追っていく。この背中には今もラミアから注がれる視線を受けているような気配を感じ取れて、それが一層と背を押し出してくれる一種の勇気になった気がした。

 

 ……株式会社『銀嶺会』。民間警備会社の体裁を保つ自警団の“洗礼”が、この先にも自分を待ち受ける。

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