無題   作:祐。

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裏社会からの洗礼 vs.銀嶺会構成員

 新入りの用心棒が姿を消し、ダイニングバーLe goût du péché(ル・グー・デュ・ペシェ)の入り口前でその雄姿を見送った2人の人物。傍から見れば美女と野獣とも言える大小の対照的な男女は暫し道路に佇んでいると、次にも小柄で可憐な女性のラミアが淡々とした調子で喋り出した。

 

「わざわざカンキさんに向かわせなくても、あれくらいの人数ならマスターだけで十分だったんじゃないですか??」

 

 マスターと呼ばれた縮れ毛で筋骨隆々の大男は、腕を組んだその佇まいでケロッとしながらそう答える。

 

「そりゃあお前、あんな見るからに雑魚な連中、俺にかかれば造作もねぇぞ?」

 

「……じゃー尚更、カンキさんを向かわせる必要は無かったじゃないですか。どーしてカンキさんを仕向けるよーに焚き付けたんですか」

 

「ラミアお前、さてはあの小僧を心配してるのか」

 

 マスターは揶揄うような調子でニヤりとした笑みを浮かべていく。それに対してラミアは面白く思わないジト目を返したものだから、マスターは彼女の表情を吟味するよう愉快げに顎の無精髭を撫でながら返答を行った。

 

「まぁまぁまぁ! ボスの息子がどれくらいやるのか、お手並み拝見でもしようかと思ってな」

 

「そーいうコトだと思いました。既にウチがこの目で確認してるんです。なので、ウチらのボディガードを不必要に危険な目に遭わせないでください」

 

「だが実際問題、これくらいの修羅場も乗り越えられねぇようだと龍明で働くのは厳しいだろ。銀嶺会という手頃なゴロツキ相手にどれくらいやれるのか。泉楽町を監視する連中にもその実力を見てもらう機会として、こいつは丁度良いと思ったんだ」

 

 マスターが一通りの言葉を喋ったところで、彼のスマートフォンに着信が入る。その巨体が故に相対的に小さく見える端末をマスターは手に取っていくと、耳にあてがって応答した。

 

「あぁ俺だ。監視の仕事ご苦労さん。今、歩いていくボスの息子が見えるだろ。これから銀嶺会とひと悶着あるだろうから、よく見張っておいてくれ。あぁ、そうだ。あぁ、あぁ。――――そいつは本当か?」

 

 ラミアが振り返る。何事か、マスターの顔色を伺う彼女の視線は直にして、通話を終えた彼の、画面をタップする指を追っていく。

 

「どーかしたんですか??」

 

「あぁいやな、そんな大したことにはならないと思うんだが、ボスの息子が向かった先で少しだけ厄介な出来事が起こっている旨の連絡を受けたもんでな」

 

「それって、何ですか??」

 

 マスターは視線を前方に投げ掛けつつ、顎髭を擦りながら言葉を続けていく。

 

「いやなに、ボスの息子を待ち受ける銀嶺会の連中の中に、キャバレー龍明のホステスが紛れ込んでいるって言うんだ」

 

「龍明のホステスが、ですか??」

 

「連中にお持ち帰りされたのか知らないが、万が一そのホステスを人質に使われると非常に面倒な事になる。そうにでもなれば、ボスの息子のお手並み拝見とか言ってられなくなるからな」

 

「その情報は、龍明の皆さんに通達されてるんですか??」

 

「あぁ、されている。そして助っ人が向かわされた」

 

何方(どなた)ですか??」

 

「最強の助っ人だぞ。何せ――ボスの流派を直々に受け継いだ、あの小僧の“兄弟弟子”だからな」

 

「あー、“あの方”ですか。なら大丈夫そーですねー」

 

 姿なき用心棒を見据えるように前方の道を見つめ遣る2人。送り出した背中は見えずとも、2人の目には既に確信した未来の光景が映し出されていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 心構えを済ませた闘志を滾らせながら、泉楽町の道路を一歩一歩と踏みしめる。

 

 前方を往く銀嶺会の構成員。その内の1人である丸刈りの男が振り返ると、視界の隅から6名の男達がどこからともなく現れてこちらの前に立ち塞がってくる。

 

 彼らを隔てた先で佇む丸刈りの男は、左手の角を曲がって姿を消した。その挑発的な眼差しは言われるまでもなく「来られるもんなら来い」と訴え掛けていて、自分は彼をゴール地点と定めながら戦闘態勢に入った。

 

 構成員の1人が殴り掛かり、それを軽く両手で受け流して腹部に拳を食らわせる。続けて右肘の薙ぎ払うような一撃を頬に食らわせて退けると、2人目が無造作な右パンチを繰り出してきた。これも相手に背を向け、右脇で腕を挟み込むように受け止めてから関節を()め、相手が悲鳴を上げて怯んだ隙に後頭部の頭突きを鼻に食らわせて転倒させる。

 

 続けざまに3人目が右ストレートを繰り出してきたため、払うように左から振った右手でその手首を掴み、掴んだ勢いのまま右へと引っ張って相手の背中を手繰り寄せる。引っ張られた相手がこちらに背中を預けると、この左腕でスリーパーホールドよろしくガッチリ首を絞めてから押し倒して道路に伏せた。

 

 次を待つ。3名の男達は物怖じするようにじりにじりと様子見をしていたものだから、支配された感情に付け入るよう今度はこちらから攻め込んでいく。

 

 ボクシングの構えを取り、姿勢を低くしながら潜り込むようにして一気に前進する。影が如く地面を沿って差し迫った勢いに相対する1人が慌てて迎え撃とうとしたが、こちらの左パンチによるフェイントで視界を奪ってから、本命の右ストレートというワンツーで仰向けにダウンさせる。攻撃の隙を突くようにすぐさま脇から別の拳が飛んできたが、それもU字を描くウェービングで潜るように引き下がってから左、右、そして左のパンチを顔面に叩き込んで圧倒した。

 

 残る1人も、半ばヤケクソに突っ込んできた。隙だらけのそれに自分は踏み込んで接近すると、指を曲げて掌を突き出した張り手のような右アッパーで相手の顎を捉え、その頭部をひっくり返すように振り抜いて最後の1人を張り倒した。

 

 6名が片付き、丸刈りが曲がっていった左手の道へと駆け付ける。曲がり角を迎えると、その先では丸刈りの男が威圧する眼光で見下すような視線を向けており、再びどこからともなく視界の隅から複数の男達がこちらの前に立ち塞がってくる。

 

 丸刈りの男は、道中にあるフェンスに囲まれた敷地内へと姿を消していった。これを合図に前方の構成員がやる気満々な様子で歩み寄ってきたものだから、自分は再び戦闘態勢を取り、先程の要領で前哨戦へと臨んだ。

 

 ボクシングと護身術を取り入れた、親父直伝の我流スタイル。『勝つ戦い』ではなく『負けない戦い』に注目したこの格闘術は、圧倒的な実力で相手を力尽くに制圧するのではなく、徹底的な技術で相手の戦意喪失を狙っていく。

 

 護身術で相手の攻撃をいなし、ボクシングのファイトスタイルで攻勢に出る。相手の攻撃を見計らう観察眼と、好機を逃さずにものとする判断力の両方を求められるこの戦い方は、立ち回り重視とでも言えたかもしれない。相手を動かし、行動に対応し、戦況を掌握する。攻守のバランスに優れている反面、相手方に手堅い立ち回りを取られると途端にやることがなくなってしまうため、如何にして相手にプレッシャーを掛けて動かしていくかが肝になる。

 

 1人、2人、3人と構成員を冷たくあしらうように薙ぎ倒し、4人、5人、6人と地面に伏せて転がしていく。時には足払い、時には蹴り、時には張り手のような突き出し。しかし常に両足を大地に着けて、どっしりと構えながら重く、されど軽快に動き、的確に急所を突いて少ない手数で無力化する。

 

 最後の1人を拳で倒し、自分は丸刈りの男が消えた敷地内へと侵入した。

 入口はフェンスで囲まれ、錆びたトタン壁と天井で構成された団地。壁も天井も所々と隙間が空いていて、風から日光まで自然の恵みが肌身に染み渡る。

 

 無人の空間に自分が呆然としていると、次にもキィッという音が背後から響き渡ってきた。すかさず振り返っていくと、そこにはフェンスの扉を閉めて鍵まで掛ける男が存在しており、この音をトリガーにしてトタン壁の向こうからぞろぞろと武骨な男達が姿を現した。

 

 ざっと数えても、30人はいる。こちらを敷地内に(いざな)った丸刈りの男をはじめとして、銀嶺会の構成員と思われる強面の男達が肉体から角材まで各々の自慢の武器を携えながらこちらを囲ってきたものだから、自分は改めて気張るよう呼吸を整えながら戦闘態勢を取ってどっしり身構えた。

 

 

 

 

 

 ――――歓楽街の一角にて、横暴な男達による猛々しい雄叫びが響き渡る。拳を振り抜く音、砂埃を立てる足音、ガヤガヤとした喧騒の中で肉を殴り付け、転げる音が絶え間なく大気を伝った。

 

 渾身のパンチを受け流し、反撃の右ストレートを叩き込んで地に伏せる。振り返った先にはバールを振りかざしながら飛び掛かってくる男の光景も見られ、手首のプロテクターで振り払うよう得物を弾き飛ばしてから左脚の蹴りをお見舞いする。すぐさま別の方向から右拳のストレートが飛んできたため抱え込むように受け止めて、相手の胸倉を掴んでから背負い投げの要領で投げ飛ばすことでその先の数名を巻き込んで一気に処理した。

 

 何十名もの集団を1人で相手取り、着実とその戦力を削いでいく。まるでアクション映画さながらの洗練された戦闘が暫し長引いていると、直にも敷地の奥からはこの喧騒を噛み締めるように、味わい深くその歩を進める“1人の青年”が姿を現したのだ。

 

 更に数名の気配が近付いてくる。察知した自分が瞬間的にそちらの方へと視線を投げ掛け、直後にも殴り掛かってきた構成員にカウンターの一撃を食らわせることで退かせてから再び無数の気配へと振り向いていく。すると団地の奥、トタン壁の隙間から喧騒の場へと入ってきた青年と目が…………否、“隻眼(せきがん)”と合い、右目に眼帯を着けた彼の全容と(あい)まみえることになった。

 

 173cmほどの身長で、こちらと目の高さがほとんど同じに伺える。彼は狼の毛並みを連想させるシャープでボリュームのある天然黒髪ショートであり、後頭部でとめる黒色の片目眼帯と野生的な黒色の左目、八重歯のある闘争本能を漂わせた雰囲気が印象的だ。

 

 服装は、背中に警戒色のロゴが印刷されたオーバーサイズの黒色ブルゾンと、白虎のような黒色と灰色の虎柄シャツ、足首を引き締めた長いリブの黒色カーゴジョガーパンツに、黒色のハイテクスニーカーという格好。まさにストリート系を彷彿とさせるラフで好戦的な容貌は、今にもこちらへ飛び掛かりそうな衝動を何とか抑えているようにも感じさせられた。

 

 彼の両手に装着された黒色の指ぬきグローブと、肩に掛けるよう右手に担がれた鎖をぐるぐるに巻いた金属バット。左手をカーゴパンツのポケットに入れて悠々とした眼差しを向けてくる青年だが、その後ろからは場違いながらも(よう)のオーラを放つモブの女性が恐る恐るといった具合に姿を見せてくる。彼女の存在に自分がクエスチョンマークを浮かべていくと、次にも眼帯の青年は左手を持ち上げてひらひらさせながらそう喋り出してきたものだ。

 

「小手調べは一旦()めや~! 休憩や、休憩~!」

 

 青年の呼び掛けで、銀嶺会の構成員は一斉に手を止めた。それから引き下がるように団地の隅へと移動し始める中、眼帯の青年はこちらへと言葉を続けてくる。

 

「それにしてもあんちゃん、中々やるやないか! 見込んだ以上の強さやで。あんちゃんのような逸材が泉楽町に来てくれて、ワシ嬉しいわ~!」

 

「そう言うあんたは? 一体誰なんだ?」

 

「ワシか? ワシは~……まぁ名乗るのは今じゃなくてもいいやろ。それよりも今日は特別ゲストが来てくれとるから、まずそっちの紹介からしようと思ってな」

 

 そう言いながら眼帯の青年は女性の後ろに回り、彼女の肩に左手を添えつつ喋り続けてくる。

 

「こちらのべっぴんさんは、あのキャバレー龍明のホステスを務めるっちゅう優秀なお嬢さんやねん。龍明と言ったらジブン、泉楽町が誇る極上のべっぴんさんが、華やかに歌って踊って接客もしてくれる、まるで天国に召されたみたいにめっちゃ楽しい夜の店っちゅうことは、当然、知っとるよな?」

 

「…………」

 

 この質問に、何の意図が……?

 

 脳裏によぎる疑問ばかりがチラついて、自分は渋い顔をしてしまう。その様相を彼は観察するように、瞳孔をギンギンに開いて野性味に溢れた表情をしながら覗き見るように眺め遣ってきたものだったから、彼から映るこちらは警戒するよう余計に深いシワを寄せて見えていたことだろう。

 

 こちらの反応をどう捉えたのかは本人のみぞ知る。だが、次にも青年は瞳孔をかっ開いた眼差しで首を傾げながら、どこか含むを持たせる口ぶりでそのセリフを口にしてきたのだ。

 

「そんなお嬢さんがな、昨晩ワシの若衆と仲良くしてくれたって言うんや。こないな高嶺の花が、女心のひとつも分からへん不躾な野郎共の面倒を見てくれたって言うもんやから、ワシ感動してな。せやからワシの方からひとつ、とびっきりのプレゼント……それも、出血大サービス、のお礼でもしようかと思うとるんや」

 

 彼女の肩をフレンドリーに叩く青年。トン……トン……トン……と柔肌で跳ねる左手を数回と弾ませていくと、瞬間にもその手から小型ナイフが現れてホステスの首に突き付けられた。

 

 全身から血の気が引いていく。女性も顔に恐怖を貼り付けていく傍らで、眼帯の青年は八重歯を見せながら面白げに微笑を浮かべてきた。

 

「やめろ!!!」

 

「その反応~~……――――なるほどなぁ。ええやん、ジブン! ほな、泉楽町に馳せ参じた期待の“新参者”に、ワシからひとつ要求させてもらおうか!」

 

「要求……!?」

 

 これは、人質……!

 

 迂闊な行動を自重しなければ、ホステスの身が危ない。今も彼女の首元に向けられたナイフの刃は不気味に日光を反射してみせている。その光をチラつかせるよう手元をクイクイ動かしてくる青年は、右手の金属バットを自身の肩に軽く打ち付けながら言葉を続けてきた。

 

「せやなぁ~……ほなあんちゃん。ワシにあんちゃんの“漢”、余すことなく見してもらおうか」

 

「それは……どうすればあんたは納得してくれるんだ」

 

「そないなもん決まっとるやろ!! ワシとサシで勝負や!!」

 

「勝負……?」

 

 理解は追い付いても、一層と疑問が増えていく。

 

 自分が困惑で眉間にシワを寄せている間にも、眼帯の青年は付近の構成員を傍まで呼び付けた。次に彼は手に持っていたナイフを手渡していくと、「ワシの代わりにお嬢さんとこれ頼むわ。ただ、お嬢さんに傷ひとつ付けへんようにな」と言い伝えて、引き下がった構成員にホステスとナイフを託していく。

 

 人質を手放し、身軽になった青年は金属バットを横に持ちながら身体の柔軟を始めた。上半身を左右に曲げ、首の骨も鳴らして筋肉を(ほぐ)しながら一歩ずつ近付いてくる。

 

「言っとくけどな、あんちゃん。あんちゃんがホンキでやってくれへんとな、マジでお嬢さんの首にグサリといくで。脅しでもなんでもあらへん。ワシらはどんな手段でも、これが相手に有効やと分かればその情報を最大限に活かしていくからな。嫌がらせは得意中の得意や。相手の弱点につけ込んで、全てを掻っ攫って身も心も素寒貧にする。ワシらはな、“そういう世界”で生きとるんや」

 

「あんた達には、あんた達の生き方があるんだろうな。ただ、俺はその生き方を肯定できない」

 

 言葉を交えていく最中、滾らせた緊張と闘志を原動力にゆっくりと拳を握り締めながら身構えていく。様々な感情や降り掛かる理不尽を胸にこちらが静かに戦闘態勢を見せていくと、眼帯の青年は首を回してストレッチを終えてから八重歯を剥き出しにし、野性味に溢れた満面の笑みを浮かべながら、腰を下げ、水平に据えるように両手で金属バットを構えてみせた。

 

「その意気やで、あんちゃん! 人質取られて、開幕からエンジンフルスロットルってところやな! ――ほなら、ワシを退屈させるんちゃうぞ!!! 行くで!!!」

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