不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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喧嘩のお誘い

『フィスト』第一章の内容は、簡単に言ってしまえば〝妙義派〟が柴方高校を統一するというものである。

 もちろん全校生徒の半分程度を有する〝赤城派〟と正面から戦えば勝ち目はない。三人の代表による喧嘩を行うのだ。

 

 

 ソファに座った夜宵は、新しい飴玉をポケットから取り出す。

 幼い見た目に反して実に堂々とした振る舞い。

 それに当てられた湊は、すでに意識を半分手放しかけていた。

 

 

「湊」

「……はっ」

 

 

 少し突いて戻してみる。

 彼女は口の端から垂れていたよだれを拭うと、慌てて姿勢を正した。

 

 

「――その、さっきのお話ですケド」

「三人集めて喧嘩しようってやつ?」

「はい。あの、遠慮しときたいかなって……」

 

 

 湊は上目遣いで夜宵に視線を向ける。

 

 

「じゃあ湊達は拓馬に関わらないでね」

「……え?」

「だってお前らが強そうじゃないから、拓馬は変な雑魚に絡まれたんでしょ。今までは友達のよしみで見逃してたケド、危ない目に遭うなら本格的にあたしの派閥に入れたほうがいいじゃん」

 

 

 夜宵は足を組み替えた。

 子供らしく短いせいで、いまいち様にならない。

 

 

「でもそっちにもメリットはあるんだよ」

「へ?」

「この喧嘩で湊達が負けたら〝妙義派〟って名乗ってるやつは全員あたしの派閥に入ってもらう」

「…………」

「その代わり、あたしらが負けたら〝赤城派〟は〝妙義派〟に入るよ」

「へっ!?」

 

 

 つまり勝ったほうが相手の勢力を吸収するという喧嘩。

 けれども勢力的には、夜宵に利点は一つもない。

 普段は頭の回転が遅い湊もそれに気付いたようで、訝しげに口を開いた。

 

 

「一体どうして……」

「拓馬のためだよ」

「俺?」

 

 

 水を向けられて驚く。

 俺は自分のことを指さして、夜宵は満面の笑みで首を振った。

 

 

「拓馬のことも守れて、友達とも別れない。これはイッセキニチョーってやつじゃないかな」

「何でそこまで?」

「おもしれー男だからね、拓馬は」

 

 

 にしし、と彼女は舌を出す。

 飴玉を咥えて視線は再び湊へ。

 

 

「で、返事は?」

「……やらせていただきます!!」

「そ。よかったよかった」

 

 

 これを振るわずに済んでよかったよ〜、と夜宵は拳に息を吐いた。思わず「振るった場合」を想像したのか、顔を真っ青にする湊。

 まぁ冗談だとは思うが――いや冗談でない可能性もあるのか。

 漫画の知識が赤城夜宵を掴みづらくさせている。

 

 

「言いたかったコトはそれだけ。帰っていいよ」

 

 

 帰宅の許可をもらった湊は、勢いよく頭を下げて教室を出ていった。

 神速の出来事であった。あまりの速さにぽかんとする。

 

 

「……拓馬は遊んでく?」

「あ、俺も今日は用事があるから」

「ざんね〜ん。じゃあ明日ね」

「また明日」

 

 

 ひらひらと振られた手を眺めて、俺も教室を出ていく。

 丁寧に扉を閉めため息。

 

 

「……三下ムーブが様になり過ぎじゃない?」

「へへ。んな褒めるなって」

「どこを探しても好意的な言葉は存在しないよ」

 

 

 恥ずかしげに鼻の下を指でこすった湊に肩を竦めた。

 彼女は階段を降りながら、

 

 

「いやァ、噂に聞いてたより優しそーじゃん」

「夜宵のこと?」

「いえす。つーか名前呼びってめっちゃ仲良くね?」

「なんか……気に入られてるのかな」

「まァ拓馬クンは面白れェからね!」

 

 

 自信持っていいって!

 と湊は背中を叩いてくる。

 地味に痛い。

 

 

「それよりも、あんな簡単に頷いちゃってよかったの」

「何が?」

「喧嘩。二人に相談もしてないじゃん」

「……あぁぁぁぁ!!」

 

 

 思い出した、と言わんばかりに彼女は頭を抱えた。 

 がちがちと歯の根が合わない。

 

 

「ヤベーよ……なんか流れで頷いちゃったケド、冷静に考えたらちょーヤベーじゃん! 下手したら千明と日向に殺されるゥ!?」

 

 

 髪も振り乱して大錯乱状態だ。

 俺はそっと眉間を揉んだ。

 

 

 気のせいだろうか。

 漫画よりも妙義湊が考えなしになっている気がするのは。

 

 

 ぐしゃぐしゃと頭を掻いて、やがて嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいこらテメェどういうことだ」

「何で私達が赤城さんと戦うことになってんだよ……!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

 授業が終わり放課後。

 教室には他に誰もおらず、わざわざクラスを移動してきた日向を含めた俺達四人だけが、修羅場のような空気の中いた。

 

 

 胸ぐらをつかまれ、窓際に追い詰められた湊。

 彼女はすでに涙目である。

 何かの拍子に泣き出してもおかしくない。

 

 

 千明は額に青筋を走らせ、見たこともないようなガンギマリ(・・・・・)の顔で、口を裂いて笑っていた。

 傍から眺めているだけで怖い。

 

 

「オォ? お前は面倒事を持ち込む天才か? どうして購買に行くだけで柴方高校(シバコー)の番長と喧嘩することになってんだよ」

「しかも私達を巻き込みやがって! これじゃ赤城さんのところに戻れねェじゃん!」

「おおおおおお、落ち着いて」

「これが落ち着いてられっかァ!?」

 

 

 日向は思い切りロッカーを殴りつけ、思いの外反動が大きかったのか、表情を歪めて自分の手を擦り始める。

 ちょっぴり目の端に浮かんだ涙を隠しつつ、湊へ鋭い目線を送った。

 

 

「私が〝妙義派〟なんてものに入った理由(ワケ)は赤城さんのところに戻るためだって言っただろ」

「言ってた……ケド」

「真正面から喧嘩なんてしたら不可能じゃねェか!」

 

 

 今度は衝撃に気をつけて、日向は机を叩く。

 勢いに押された様子の湊は両手を上げた。

 

 

「い、いや! でも喧嘩に負けたら赤城派になるんだぜ?」

「……てェと、なんだ? 私は進んで負ければいいのか」

 

 

 そ、それはそれで勘弁してほしいなって……せっかく作った私の派閥なくなっちゃうし……と湊は胸の前で指を絡ませる。

 漫画を読んでいたから知っていたが、妙義湊という人間はこうして面倒事ばかり持ち込んでくるんだよなぁ。

 

 

 俺はポケットに手を突っ込みながら、素知らぬ顔で苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柴方高校は山の麓に位置している。

 その山は頂上に大きな仏像をいただくため、御仏(みほとけ)山と呼ばれていた。

 

 

 普段は交通量も少なく、やんちゃな子供達の遊び場となっているそこは、今日の大舞台の決戦場である。

 

 

 ゆったりと単車から降りた湊は、この季節が寒いわけでもなかろうに、顔を真っ青にして体を震えさせた。

 明らかに恐怖のゆえであろう。

 

 

「大丈夫?」

「……大丈夫なように見えるか!?」

「今にも死にそう」

「そのとーりダヨ! 今日は私の命日だァ!」

 

 

 湊はすぐにでも泣きそうだ。

 遅れてバイクから降りた千明は、そんな彼女の肩を叩く。

 

 

「お前の持ってきた喧嘩だろうが。仮にも私らのリーダーなんだから、もっとシャキッとしてくれよ。こっちまで舐められちまう」

「んなこと言ったって……あの赤城達と喧嘩だぞ!?」

 

 

 同じ学校だから尻尾巻いて逃げるわけにもいかねェし……と湊は潤んだ瞳で呟いた。しゃがみ込んで地面にのの字(・・・)を書いている。

 

 

 少し離れたところから彼女の様子を眺めていた日向は、苛立たしげに足音を立て、こちらに歩いてきた。

 

 

「湊ォ!」

「は、はぃ!?」

「私のほうが(つら)いんだからなっ!?」

 

 

 心の底からの叫びであった。

 日向もまた泣きそうな表情である。

 

 

「私の目的は赤城派に戻ることだってのに……わざと喧嘩で負けたら叶うケド、赤城さんの性格的に許してくれるとも思えねェし。つーか喧嘩した時点で絶対に確執は残るだろ!」

「わ、悪いとは思ってるよ……」

「じゃあそんなビービー泣いてんじゃあねェよ!」

 

 

 愛の鞭とでも言うべきだろうか。

 それにしては強い攻撃を、日向は加減なしに叩き込んだ。

 勢いのあまり咳き込む湊。

 

 

 俺の隣で傍観していた千明は、こちらに視線をよこしてくる。

 

 

「……締まらねェな」

「まぁそれが湊のいいトコだから」

「本当にそうかァ?」

 

 

 疑わしげだった。

 苦笑で誤魔化す。

 

 

 そうこうしていると遠くからエンジンの音が聞こえてきた。数日前に聞いたものだ。浅間さんのものだろう。

 

 

 俺の予想は当たり、夜の闇を裂いて三台の単車が乗り込んできた。

 気合いの入った格好で夜宵は笑う。

 

 

「――お、来てんじゃん」

「もしかしたら逃げるかも……とか言ってたッスもんね」

 

 

 遅れてついてきた命は、ほとんど前髪に隠れた双眸を細めた。

 ヘッドライトを背後にしているせいで、どこか怪しい雰囲気。

 飲み込まれてしまったのか、湊はごくりと唾を飲みこむ。

 

 

「気張れや大将」

「うぉっ!?」

 

 

 ニヤついて千明は背中を押す。

 無理やり前に出されることになった湊は、夜宵ら三人の集中を一身に受けることになったわけだ。

 

 

「……ほ、本日はお日柄も良く!」

「もう夜だぜ?」

「月が綺麗的な意味ってことッスかね」

 

 

 夜宵は首を傾げる。

 同じく命も、眉をひそめた。

 

 

 こちらからは確認できないが、おそらく湊の顔は真っ赤になっていることだろう。

 

 

「はぁ……事前に段取りを考えておくべきでしたか」

 

 

 ため息をつきながら歩いてきた浅間さんは、ヘルメットを外した後に眼鏡を装着した。曇るのを防ぐためだろうか。

 冷静沈着な印象を撒き散らす彼女は、鋭い視線を湊に向ける。

 

 

「さて」

「ひ、ひぃぃぃ!?」

「そんなに怖がらないでください……え、これ私が悪いんですか?」

「多分浅間さんは悪くないッスよ」

 

 

 命の空虚なフォローが寒い。

 少し傷ついたような浅間さんは眼鏡の位置を調整し、

 

 

「約束通り代表を三人連れてきたようですね」

「……ウス」

「こちらのメンバーは赤城夜宵、鳴神命、そして私――浅間忍です」

「こっちは妙義湊と、榛名千明と、高岩日向っす」

「え? 湊抜いて拓馬クンで行こーぜ」

 

 

 千明の茶々が入る。

 半笑いのその声に、湊は目を剥いた。

 

 

「ざけんな! さすがに男の子の拓馬クンよりは喧嘩できるわ!」

「え〜? 信用できねェ」

 

 

 軽快なやり取りに、空気が軽くなった。

 あるいは湊の緊張を抜くために言ったのだろうか。

 普段は気だるげだが、どこか得体のしれない気配を持っているのだ。

 

 

「さて、お行儀のよい説明会なんて不良には似合いませんね。早速始めていきましょう。一戦目は私です」

「……シンキングタイム!」

 

 

 湊は堂々と胸を張り、こちらに逃げてきた。

 

 

「一戦目どうする?」

「いやお前だろ」

「相手浅間さんだろ? じゃあ湊一択だな」

 

 

 そもそも浅間忍という人物の本領は情報収集などにあり、実戦は向いていない。つまりあの三人の中で一番弱いということだ。

 当然のごとく相手に選ばれた湊は、不満げにしつつもホッとしたような空気を纏い始める。

 

 

「……なんだよ、仕方ねェな」

「おい千明、こいつ『さすがにインテリ眼鏡には余裕で勝てるだろ』みたいな顔してるぞ」

「自分のこと客観的に見られねェんだろうな」

「うるせぇ! ヤンキーが〝客観的〟とか難しい言葉使うな!」

「逆ギレかよ」

 

 

 呆れた表情の千明を無視して、湊は立ち上がった。

 

 

「一戦目は私っす!」

「そうですか。じゃあこちらに来てください」

 

 

 喧嘩に応援など無粋なだけだ。

 参加しない他の人間は二人を遠巻きに眺め、誰かが唾を飲み込んだ。

 

 

 それが、開戦の合図だった。

 

 

「行くぜッ――!」

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