不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

11 / 36
予想できていたコトと、予想できなかったコト

 湊の拳が空気を薙いだ。

 文字にすれば格好いいが、要するに攻撃を外したということである。

 大ぶりのパンチは軌道が読みやすい、などと聞いたことがあるなぁ、と俺は腕を組んで頷いた。

 

 

「――ッ!」

 

 

 鋭く吐かれた息を噛み潰し、浅間さんは反撃を放つ。

 ちょうどクロスカウンターの形だ。

 顔面に拳が入った湊は、さすがに耐えきれなかったのか後ずさった。

 

 

「きゅぅぅぅぅぅ」

「え?」

 

 

 ばたん。

 湊はそのまま倒れる。

 

 

 自分の手をしげしげと眺めた浅間さんは、「え私って相手を一撃で倒せるくらい強かったですっけ」と困惑していた。

 さもありなん。

 

 

 俺達三人は当然のことであると状況を見守っていた。

 

 

「――え、えっと……浅間さんの勝ちッス!」

 

 

 浅間さんと同じく困惑した様子の命は、それでも自分の職務を全うしようと勝敗の宣言をする。

 どうにも納得のいかないような表情だったが。

 

 

「なァ拓馬」

「どうした夜宵」

「うーん……いや、喧嘩を提案したあたしが言うのも何なんだケド、ちょっと想像してたのと違うからサ」

 

 

 夜宵は消化不良みたいな顔で髪を指に絡ませた。

 

 

「妙義派のリーダーはめちゃくちゃ弱いからね」

「それにしても……うーん、いや、そうなんだ」

「悪いね赤城さん」

 

 

 やはり飲み込めない彼女に、千明が軽く謝罪する。

 向こうでは日向がダウンした湊を引きずっていた。

 何とも言えない空気のなか、次の戦いが始まろうとしている。

 

 

「じゃあ次はボクの番ッス」

 

 

 前髪から覗く瞳を輝かせて、命が胸を張った。

 張ったところで膨らみは小さい。

 

 

「拓馬クン、あの人は強いのか?」

「命さんか……うぅむ」

 

 

 漫画の知識はある。

 あるけれども、実際に目にしたことはなかった。

 断言するのも怪しいため、俺は口ごもるしかない。

 

 

 そこに助け舟を出してくれたのは日向だった。

 彼女は以前に命さんの喧嘩を見たことがあると言い、

 

 

「強いか強くないかで言ったら……強くない」

「うちでいうところの湊ポジションか?」

「強くないんだケド……勝てない」

「勝てない? どういうことだよ」

「不死身って表現したらいいのカナ。もちろん私は命さんと喧嘩したことはないんだけど、傍から見てるととにかくしぶといんだよ」

 

 

 日向はある種の恐怖を感じていそうな表情で体を震わせた。

 

 

「……あー、じゃあどうする? 私が行くか?」

「いや赤城さんと私が戦うのはさすがに無理だ」

「りょーかい。あの命さんとやらは日向に任せたぜ」

「任されたくねェな……」

「んな肩落とすなって」

「落とすだろうよそりゃ」

 

 

 彼女は眉をしかめて、のろのろと歩いていく。

 待っていた命は意外そうに首を傾げた。

 

 

「……おや、高岩ちゃんじゃないッスか」

「私のこと知ってるんですか?」

冴巻高校(サエコー)のスパイだって追放された人ッスよね」

「……すんません」

「別に怒ってないッスよ」

「え?」

 

 

 日向はぽかんとする。

 

 

「赤城さんだって面子(メンツ)のためにしただけッスから。だって高岩ちゃんは赤城さんのコト大好きでしょう? 自分のことを好いている人間を嫌うなんて、普通はないッス」

「あ、あざす?」

「でも喧嘩となったら話は別ッスよ。わざと負けるとかあり得ないッス。手抜きなんて赤城さんが一番キライなものッスからね」

 

 

 命は足を肩幅に開いて構えを取った。

 遅れて日向もファイティングポーズを取る。

 

 

「さぁ行くッスよ――!」

 

 

 苛烈な突撃。

 大きく踏み込んで、一瞬にして距離を詰める。

 接近された日向は表情を真剣なものにし、腰のひねりが入った拳を繰り出した。

 

 

 空気をかき分け命が進む。

 風に前髪は吹きすさび、普段は露出しない双眸があらわになった。

 それを存分に見開き、ギリギリで拳に当たらない距離で、なお詰める。

 

 

 おそらく体の小ささゆえであろう。

 しかし、接近されたほうは精神的な圧力が凄まじいようで。

 

 

「……ッ!」

「空いてる方の腕で攻撃しようって? 甘いッスよ」

「ぐはっ……!?」

 

 

 歯を食いしばり日向が吠える。

 声にならない声で空き手を攻撃に。

 

 

 けれども虚しい反撃であった。

 命はそれすらも回避し、速度が十分に乗った当身を食らわせる。

 

 

 思わずといった様子でよろめいた日向は、攻撃を加えるのに最適だった。命は口の端を裂き、踏み込むと同時に拳を振るう。

 

 

「ハッハッハッハァ!!」

「クソ……ッ!?」

 

 

 肉を叩く鈍い音。

 哄笑する命の姿は、あるいは悪魔に見えたかもしれない。

 晒された瞳孔は開き、乱打は止まらない。

 

 

 俺の隣に佇む千明は、興味深そうに顎をさすった。

 

 

「へぇ……私と同じか(・・・・・)

 

 

 けれども、いつまでも攻撃を甘んじて受ける日向ではない。

 彼女は迫りくる拳を認めると、逆に自ら突っ込んでいく。

 

 

「ダメージを減らしたッスか……!」

「ずっとやられてる私じゃ、ないんで、ねッ」

 

 

 体格差というのは圧倒的なものだ。

 それが喧嘩ともなれば、なおさらに。

 頭上から叩きつけられた拳骨は、命の額にもろに入った。

 

 

「――なっ」

 

 

 だが、彼女は止まらない。

 

 

 目を閉じることもなく、攻撃がどこに来るかを正確に予期したのだろうか。

 意趣返しのように前に動いた命は、口から漏れ出る笑いをそのままにして、額で攻撃を受ける。

 

 

「ボクがこのままで終わるって!? つまらないなァそれじゃ! もっと楽しませてみろォ!!」

「化け物かよ――ッ!」

 

 

 これが鳴神(なるかみ)(あきら)

 不死身と言われる所以(ゆえん)

 

 

 俺は熾烈な喧嘩を前に、唾を飲み込むことも忘れて見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高岩日向と鳴神命の戦いは、十数分に及んだ。

 すでに両者ともに余裕はない。

 震える膝を精神力でもって、何とか立たせているだけである。

 

 

「ハァ……ハァ……」

「くっ……やる、ッスね……」

「ありがとう……ございます……」

 

 

 息も切れ切れ。

 日向は鼻血を親指で拭って、それでも一歩進んだ。

 

 

 喧嘩の主導権は日向が握っていた。

 しかし、命は引かなかった。

 いくら攻撃を受けようと、決して屈しなかったのだ。

 

 

 おそらく喧嘩の強さでは、日向のほうが勝っているのだろう。

 事実、怪我の具合では命のほうが酷い。

 とうに倒れていてもおかしくないほどの見た目に、「諦めない」という燃料で、心もとなく立っている。

 

 

「はぁ……参ったッス。これ以上腕が上がりません」

 

 

 なおも戦いを続けようとしたが、彼女は構えが取れない。

 どうしても肩より上に腕が上がらないのだ。

 さすがの命も苦笑した。

 

 

「これが……最後です」

「いやぁ、強いッスね」

 

 

 日向の拳が弱々しく頬に突き刺さる。

 まるでハエでも止まったかのような勢い。

 されど命にとっては、重たい一撃だったのだろう。

 彼女はゆったりと背中から倒れ込み、日向によって抱きかかえられた。

 

 

「……一応敵なんスから、こーゆーコトしないほうがいいと思うッス」

「でも命さんは立派な人です。無様に転がっているところなんて見たくありません」

「〝無様〟って……なかなか言うッスね」

「あ、いや、違――!」

「わかってるッスよ」

 

 

 命はふっと笑って手を伸ばした。

 くしゃりと日向の髪をなで、宣言する。

 

 

「ボクの負けッス」

 

 

 聞くやいなや、その場にいた全員が――気絶している湊を除いて――二人に駆け寄った。皆が心配そうな表情で囲んだせいだろうか、彼女らは苦笑していた。

 

 

「赤城さん、そんな表情(かお)するんスね」

「だって……だってぇ……!」

「命。余計なコトを言うんじゃありません。怪我に響きます」

「ち、ちょっと浅間さん怖いッス……」

「怖くさせているのはあなたでしょう」

 

 

 浅間さんの顔は俺からは見えないが、命の反応からして相当恐ろしいことになっているようだ。

 しかし、それもまた心配ゆえ。

 命も満更でもなさそうである。

 

 

「これで一勝一敗か」

 

 

 日向を抱きかかえた千明が、目を細めて夜宵に視線をやった。

 抱えられた日向は抵抗しているけれども、「お前実はもう立てないだろ」と言われると黙りこくる。

 

 

「あたしの相手は……」

「榛名千明です。よろしく」

「ヤンキーのくせに礼儀正しいね?」

「私はそーゆーの大事にしてるんで」

「へェ。知ってると思うケド、あたしは赤城夜宵」

 

 

 二人の間に火花が散った。

 

 

 俺は大人しく日向を受け取って、湊が倒れているところまで歩いていく。

 さすがに異性に抱きかかえられるのは恥ずかしいのだろうか。

 日向は全力で抵抗してくるが、やはり喧嘩のダメージは大きい。

 

 

「――だ、お前はなんでそんな躊躇がねェんだよ!」

「日向は怪我人。介護みたいなもんだし」

「だからってなぁ……!?」

 

 

 いまだに眠りこくっている湊の横に腰を下ろして、同時に日向も地面に優しく横にする。

 固い地面にそのままというのも申し訳ないので、膝の上に乗せて。

 

 

 俗にいう膝枕である。

 

 

「――――――――!!!」

 

 

 声にならない声が聞こえた。

 変な鳴き声をあげたのは日向だ。

 彼女は目を回して、「きゅぅぅ」と目を閉じる。

 

 

「えぇ……?」

「拓馬さんはプレイボーイでしたか」

「いやいや、浅間さん。俺は純情な青少年ですよ」

「絶対嘘ッス。そんな軽そーな見た目で純情とか大嘘ッス」

 

 

 命をおんぶして浅間さんが歩いてきた。

 彼女は俺のとなりに腰をおろし、静かに嘆息する。

 

 

「――まさか最終戦までもつれ込む(・・・・・)とは」

「予想外でしたか」

「えぇ。私の相手も予想外の強さでしたが、それ以上に命が負けたというのが意外でしたね」

「申し訳ないッス……」

「責めているわけではありません」

 

 

 あなたは最善を尽くしたでしょう。

 と浅間さんは優しくほほえんだ。

 

 

 普段は無表情なインテリ眼鏡である浅間さんの柔らかい表情は、ギャップもあって非常に可愛らしく見えた。

 

 

「どっちが勝つと思うッスか」

「夜宵でしょう」

「まぁそりゃそうッスね」

 

 

 命の問いに、一切の迷いなく答える。

 浅間さんは夜宵の勝利を疑っていないようだ。

 

 

「今まで夜宵が喧嘩で負けたのを見たことがありません」

「たしか一年の頃から無敗でしたっけ?」

「えぇ。それからずっと柴方高校(シバコー)のトップです」

「ひぇ〜ボクには想像もできない世界ッス」

 

 

 漫画の知識はあるが、やはり信じられない話だ。

 あの常日頃から喧嘩をしている学校で、一年の頃から負けなし。

 

 

 だが――。

 

 

「……拓馬さんは、何か異論がおありで?」

「え?」

「考えがありそうな横顔でしたので」

 

 

 浅間さんは訝しげに尋ねてきた。

 どうも思考が表情に出ていたようだ。

 

 

 俺は苦笑して、

 

 

「いや、そう簡単に行くかなと」

「簡単に――?」

 

 

 向こうでは千明と夜宵の喧嘩が始まろうととしていた。

 二人は数メートルほどの距離を空けて睨み合っている。

 今にも破裂しそうな風船。

 それを思わせる空気だった。

 

 

「あたしね、相手の強さを測るの得意なんだ」

「へぇ」

「お前……強いでしょ」

「私が? こんなに面倒くさそうに生きてる人間ですよ?」

「嘘ばっかり。瞳の奥がギラギラしてるよ」

「くは」

 

 

 さきほどまで(まと)っていた雰囲気がなくなる。

 

 

 千明は口角を思い切り上げて笑った。

 まるで悪魔のような声で。

 

 

「――さァ勝負しようぜェ!?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。