不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
白根尊との出会い
その日、柴方高校は揺れた。
理由は単純明快。
中学時代から喧嘩の強さで有名で、柴方高校に入ってからも無敗を貫いてきた彼女の、突然の宣言。
それは誰もに衝撃を与えた。
しかも情報は終わらない。
夜宵が自分の派閥を解体し、新たな派閥に下るという。
その名は〝妙義派〟だとか。
普段であれば夜宵ほどの強者が仕えるのだから、相当な化け物が率いていると考えるのが通常だ。
しかし、どうにも様子が違った。
妙義派のトップだと言われる「
それどころか弱そうではないか。
夜宵によって抑圧されていた雄達が、この
赤城派が解体されてから数週間。
柴方高校は戦乱期に突入していた。
世はまさに、大不良時代――!
◇
「ちょっち納得いかねェわ」
「どうしたの急に」
「いやさ、もっと私チヤホヤされてもいいんじゃね?」
窓枠に肘をついて、湊は大きなため息をついた。
俺は教科書を流し読みしながら尋ねる。
「というと」
「ほら、赤城さんとの喧嘩に勝ったじゃん」
「勝ったのはお前じゃなくて私達だけどな」
隣の席で
「……まァそれはいいとして、赤城さん達が〝妙義派〟に入ったんだから、必然的に私が
「なのに敬われている気がしない、と?」
「そーそー! こりゃどーゆーコトかね」
俺は腕を組む。
理由は明白だった。
我慢できずに、という様子で千明が噴き出す。
「そりゃお前、湊が弱っちそうだからだろ」
「ハァ!? つよつよなのだが!?」
「一度でも喧嘩に勝ったことがあるのかよ」
「……あるぜ」
「何だよその間は。じゃあ相手の名前は」
「――榛名千明」
「舐めてるんだなお前。再戦してやるよ」
「ひぇぇぇぇぇ!」
いつも通りのやり取り。
安定感すらある。
俺は苦笑を一つして、顎に手を添えた。
――漫画の展開を考えればこれから柴方高校は荒れる。
妙義湊という新しい番長を認めない勢力が、次々に台頭してくるのだ。
先代である赤城夜宵は関与しない。
彼女は「締めるのはリーダーの仕事だろーよ」というスタンスである。
一難去ってまた一難。
一応自分も〝妙義派〟の一員になったので、先を思えば肩も重くなる。
しかし、俺は気は重くなかった。むしろ軽いくらいだ。
そうして今日は特に問題も起こらず、無事に放課後となった。
適当にすかすかの鞄を提げ帰宅する。
「……ん」
最近は夏の気配も色濃くなり、時たまに暑い。
夕方になっても昼の残滓は残っている。
ワイシャツの袖を捲りあげながら歩いていると、道端に泣いている少女が視界に映った。
さすがに見逃せるほど薄情でもなく、俺は声をかけることにする。
「大丈夫?」
「……だ、誰ぇ?」
「えっとね、拓馬っていうんだ。怪しい人じゃないよ」
「怪しい人は皆そーゆーってお母さんが言ってた」
「そ、そうかもしれないけど……」
意外にも冷静な指摘に動揺した。
けれども少女は何かに気が付いたのか「あ」と息を漏らすと、
「その
「お姉ちゃん? 柴方高校に通ってるの?」
「うん! 格好いいんだよ」
「へぇ、いいね」
世間は狭いものだ。
偶然によって警戒が薄くなったのか、彼女は柔らかい笑みを浮かべて姉の自慢をし始める。
しばらく話を聞いた後、俺は泣いていた理由を尋ねた。
「えっとね、お家に帰れなくなっちゃって」
「ここら辺じゃないんだ。どうして遠くまで来たの?」
「小学校から帰る途中におねーちゃんを見つけて、隠れて追いかけようと思ったの。でもそうしたら、見失っちゃって……」
説明しているうちに恐怖を思い出したのだろう。少女はじわりと瞳を濡らし、数滴の雫が頬を落ちた。
膝をついて視線を合わせる。
こうすると安心できるかもしれない。
自分はあまり詳しいわけではないが、多分。
「俺でよければお家に帰れるように手伝おうか」
「手伝うって……いいの?」
「もちろん」
少女は屈託なく感謝の言葉を述べてきた。
手をつなぎながら道を歩く。
もう家を探し始めてから三十分は経っただろうか。
幼い子供の足で移動したのだから、そこまでの距離は移動しているまい。
案の定「あ、この道知ってるよ」と腕を引かれた。
「お家に帰れそう?」
「うん! だいじょーぶ!」
「一応心配だから、俺もついていくよ」
先程まで歩幅が小さかったのに、見覚えがあるとなると極端なまでに大きくなる。その自慢げな背中が微笑ましい。
少女いわく、あと少しで家に着くというあたりまで来た頃、向こうの曲がり角から白髪の女子高生――柴方高校の制服を
「おねーちゃん!」
「ゆ、
「うん、そこのおにーさんが助けてくれたの」
「おにーさん……?」
彼女は訝しげに視線をこちらにくれると、まもなく同じ学校であるのを理解したか、静かに目を細める。
最初から細い双眸だったが。
糸目というやつだ。
「……うちは
「いやいや、俺なんて腕を引かれてたくらいで、ほとんど何もしてないですよ」
俺が頭を掻くと、白根さんは口元を緩めた。
「やっぱお礼もしたいですし、よろしければ家までどうですか」
俺は正座をしていた。
あまりに綺麗な正座だと思う。
雰囲気のせいで姿勢を正さずにいられないのだ。
「………………」
「………………」
目の前には静かに座る
彼女はすっと湯呑みを机に置き「粗茶やけど」と一口呷った。
「なかなか趣味のいいお家で……」
「遠慮せんでええわ。〝魔境〟とか言いたいんやろ」
「いや」
図星である。
壁には
白染めのそれの一部は赤い。
何で汚れているのかを考えるのはやめた。
俺は気まずい空気を誤魔化すために湯呑みを手に取り、できる限り音を立てないように啜る。
「白根さんも
「せやで。拓馬クンもやろ」
「まぁどっちも制服着てるしね」
「しかも同学年やろ? 白根さんとか薄気味悪いから、尊でええわ」
彼女は嫌そうに舌を出した。
「……ほんま、助かったわ。うちの妹ケッコー方向音痴でな、よく迷子になるねん。その度に探しに行くんやけど、今日はあんまりにも見つからんかったから」
お礼だということで、白根さん――尊は大好物らしい
しかし目が悲しそうだった。
糸目だから虹彩は見えないが、なぜか寂しそうな印象を受ける。
謎の申し訳なさを感じながら一口。
のほほんとした空気の中、俺は些細な違和感に苛まれていた。
――白根尊。どこかで……。
数日前に読んだ新聞記事をふとした瞬間に思い出すような、ふわふわとした、それいでいて記憶に引っかかる感覚である。
『フィスト』の登場人物であっただろうか。
いや覚えていない。
自分は熱心な読者というほど読み込んではおらず、少し名前が紹介された程度のキャラクターでは、記憶に残っている可能性が低いだろう。
もしかすると学校ですれ違ったとか、そんなものかもしれない。
あるいは完全な勘違い。普通にありえる。
◇
帰っていく高群拓馬の背を見送って、白根尊は不思議な感慨に襲われていた。
それは高校生になってから初めて男子と話したせいかもしれない。
とにかく、尊の心中は暖かった。
「ええ人やったな……」
斜陽に一人呟く。
思い返すのは妹のことだ。
心配していた妹が、知らない男と――それに柴方高校の制服を
拓馬の影がなくなってから家に戻る。
しかし、誰もいないと思っていたそこに、表情を愉悦に歪めた一人の女の姿があった。
「げ、カーチャン」
「ついに尊にも春かいな」
「アンタみたいな男漁りばっかしてるやつと一緒にせんといて。拓馬クンは優のこと家まで連れてきてくれた恩人やで」
尊の母親はまた喧嘩でもしてきたのだろうか、白い特攻服を返り血で染め、けれども自らは無傷で笑う。
まるで子供の癇癪でも見たかのような反応に、尊の機嫌は悪くなった。
言葉も交わさず横を抜け、そのまま自分の部屋にまで行く。
勢いよく扉を閉めると制服も脱がずにベッドに倒れこんだ。
「ハァ…………」
足をばたばた。
尊は立派な乙女である。
――しかし、ただの乙女ではない。
スカートのポケットに突っ込んだままの携帯電話が鳴った。
彼女は表情を消し、通話に出る。
『白根さん、二年の斎藤を引き込みました』
「ええやん。このまま遠藤も頼むわ」
『わかりました!』
漫画では活躍を見せる前に赤城夜宵に倒され、たったの一コマで登場が終了したモブキャラ。
しかし拓馬の影響なのか、彼女は裏から支配を進め始めた。
すでに勢力は柴方高校の三分の一に迫る。
入学してから数ヶ月でそれだけの実力を備えたのは、やはり尊の才能によるものが大きいだろう。
現在の柴方高校の勢力図は三分割されており、妙義湊が最も弱く、白根尊が二番目に強かった。
にもかかわらず、尊の名前はほとんど知られていない。
彼女は知っていた。湊の後ろにいる夜宵が動けば、自分の勢力など簡単に壊滅させられるであろうことを。
ゆえに暗躍。
影から派閥を増やし、気がついたときには手遅れ状態にする。
尊は天井に手を伸ばして、ほのかに色づいた頬でため息をついた。
「拓馬クン、かぁ……」
そんな彼女も高群拓馬のことは知らなかった。
彼の印象は「妙義派の男」ではなく「妹を助けてくれた優しい男子。しかも同じ学校で同い年」という
拓馬の存在は知らず知らずのうちに、漫画の展開を大きく変えている。
本来ならば序盤で退場するモブが、こうして一大勢力として成り上がっているのだから。
「嫌われとらんよな……いやお家まで来てくれたんやから、少なくともソレはないはず。
尊は顔に枕を乗せて悶えた。
白い髪が乱れに乱れ、わずかに覗く赤い耳の先端が目立つ。
「もしかして付き合えたりするんやろか……」
想像する。
彼と手を繋いで歩いている姿を。
ニコリと笑いかけられ、そのまま流れるように――。
「だあああああああああああああ!!」
枕に叫んだ。
うちは、なんて恥ずかしいコトを!?
一人のイレギュラーによってもたらされた変化が、一体どのような結末を迎えるのか。それを知る者はまだ誰もいない。