不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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怪しい誘い

 計画が失敗に終わり日向は不機嫌そうだった。

 乱雑にスカートのポケットに手を突っ込み、くっちゃくっちゃと――おそらくわざとなのだろう――音を立てながらガムを噛んでいる。

 典型的な不良という出で立ちであるが、俺の感覚からしてみるとどうにも可愛らしい。子供が背伸びをしているようにしか見えない。

 

 

 そんな生暖かい視線がバレてしまったのか、彼女は「何だよ」と顔を向けてくる。

 俺は慌てて手を振って他意がないことを示した。

 

 

「ただ落ち込んでるなぁって思っただけ」

「落ち込んでるよ。まさか断られるとは思ってなかった」

 

 

 夜宵の番長返り咲きの話だろう。

 日向はしゃがみ込んで、指一本で地面をなぞり始めた。

 のの字を描き続けながら彼女は唇を尖らせる。

 

 

「私は赤城さんに頭を張ってほしい。言い方は悪いが湊は不適だろ。勘違いされると嫌だから先に宣言しとくケド、馬鹿にしてるワケじゃねェぜ」

「わかってるよ。日向はそんな人じゃないもんね」

「……なんか舐められてる気がする」

「気のせいだよ」

「ホントかぁ?」

 

 

 明らかに怪しんでいる。

 彼女の双眸には不信感がありありと込められていた。

 しかし俺は鼻を鳴らして肩を竦めてみせる。

 しばらくして日向は諦めたようだった。

 

 

「……まァいいや。とにかく赤城さんに柴方高校(シバコー)の番長に戻ってほしかったんだよ。それで慣れない嘘もついたし」

「嘘はついてないでしょ。湊も納得してたし。俺も傍から聞いててかっこいいなと思ったよ」

「それ馬鹿にしてねェか?」

「してないしてない」

 

 

 何度かそういうやり取りをしていると、日向はようやっと自分の中での踏ん切りがついたようだ。

 彼女はため息をつきながら立ち上がる。

 特徴的なプリン髪を風がさらって、乱れたそれを耳にかけた。

 

 

「納得するしかねーか。別に赤城さんと会えなくなるわけでもねェしな。地道に番長目指して頑張っていくぜ」

 

 

 若干戸惑いらしき感情は見え隠れするものの意気揚々とした宣言。

 現在は番長が不在のため、柴方高校は混乱の渦に巻き込まれている。戦国時代と相違ない。

 先導のない荒れ海を櫂一つで渡りぬけようというのだから、日向の振る舞いは実に覚悟に染まったものだった。

 自分には漫画の知識というある程度の澪標はあるが、やはり己の存在というイレギュラーが少し展開を変えている。完全に先を予測できるわけでもない。

 じんわりと感じる恐怖越しに日向の面差しを眺めていると、心の底からの称賛が湧きあがってくるのであった。

 

 

「そういや拓馬クン。谷川詠の話したじゃん」

「してたね」

「拓馬クン谷川詠と関わりでもあんの?」

「……なんで?」

「いやなんか風の噂で聞こえてきたのよ。『一年の尻軽そうな男と次期番長と目される谷川詠が付き合ってる』って」

「交際という意味では付き合ってないね」

 

 

 ゴミ捨て場から拾ってきたという関係は存在するが。

 彼女の社会的地位に配慮して口にはしないけれども。

 

 

 そんな曖昧な態度を取った俺に対して、日向は非常に疑り深い視線を向けてくる。

まるで信用されていないようだ。豆腐を素材にして作られた土台でも眺めるような眼差しで彼女はため息をついた。

 

 

「今まで関わってきてわかったケド、拓馬クンは見た目とは違って軽くはねェよな」

「理解してくれたようで嬉しいよ」

「でも女に手を出すのは光よりも速い」

「一秒で地球を七周半するくらい?」

「それくらい余裕っしょ」

「失礼だなぁ」

 

 

 もちろん光が地球を回るうんぬんは条件によって変わるが、ただの雑談の話題なのでそこまで詳しいことは求められていない。

 どうやら俺を生え抜きのナンパ男として扱いたい様子の日向は、やれやれといった態度で肩を竦めていた。

 もちろんこちらは生粋の陰キャである。間違ってもそんな振る舞いはしたことがないと断言できるものの、いくら言っても彼女が信用する気配はなかった。

 

 

 芯が一本真っ直ぐに通っているのは美徳だ。しかし変な方向に発揮されてしまうとこれほどまでに面倒くさいものなのか。

 俺は全力で肩を落としたい気持ちを我慢しつつ、まもなく見えてきた校門をくぐろうと歩いていく。

 

 

 そのとき。

 

 

「ヨォ」

「……何だお前?」

「おいおいおい初対面の相手に向かって『お前』はないだろうよ。しかも先輩だぜ? もうちっと敬いってものを持てよ。たとえばその冷たそうな額を地面で温めるとかな?」

「悪ィけど私の頭はそんなに軽くないんだワ」

 

 

 校門の影からぬるりと出てきた女子生徒。

 彼女は隠すこともなく意地の悪い笑みを顔に貼り付けると、開幕早々一切の加減をしない煽り文句を放ってきた。

 当然不良として日々励んでいる日向が怒りを堪えきれるはずもない。日向は一瞬にして額に青筋を走らせ、瞳孔を開き、場はいつ戦いの幕が切って落とされるかわからない状況となった。

 

 

 柴方高校に入学してから数ヶ月が経った今でも、こういう空気には慣れない。

 俺は思わず音を鳴らしてつばを飲み込んでしまう。

 

 

「まァこっちはヤンチャな後輩に教育をしてやってもいーんだけどサ、谷川さんから仕事を受けてんだわ。つべこべ言わずについてきてもらおーか」

「はぁ? ついてくワケねーだろ。頭のネジ緩みすぎだぞ。悪ぃコトは言わねぇからお医者さんに見てもらえよ。もちろん頭のな」

「血気盛んなヤンキーだったらすぐさま挑発に乗りそうなところ、ぐっと堪えて不敵な笑みを浮かべてるアタシ……こりゃあ谷川さんに褒められッちまうなァ」

 

 

 何いってんだコイツ、みたいな困惑の表情をさらす日向は、助けを求めているのかこちらへ視線を向けてきた。

 理解のできない相手の振る舞いに対する解説を求めているようだ。まぁ読み取れるのと実行するのとは話が別で、俺は完全に無視を決め込む。

 谷川さんの手下だったら下手なことにはならないだろう。あの人はかっこいいときはかっこいいけど基本的に馬鹿だからな。いい意味で。

 

 

 救援が来ないことを悟った前線の兵士のように、日向は恨みのこもった嘆息をする。あまりに哀れだった。そんな状況に陥らせたのは俺の判断だが。

 空気を再び締めるためだろう。彼女は自らの頬を両手で叩き、凛々しい横顔で呟いた。

 

 

「……どーせ罠だろうが乗ってやる。私たちを谷川詠のところまで案内しな」

「え俺も行くの?」

「当たり前だろーが。ここに拓馬クンを放置していって、誰かに連れ去られましたってなったら切腹ものだぜ」

 

 

 できれば谷川さんとは会いたくないんだけどなぁ。

 主にゴミ箱と悪酔いの印象のせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迎え入れられたのは薄暗い教室だった。 

 カーテンは締め切られており、廊下は通行が極端に少ないことを考えると、この教室で何が起ころうとも認知する人間はいないだろう。

 そこの主のように椅子に座る谷川詠は、手下にタバコの火をつけさせて大きく吸い込んだ。

 

 

「……よく来たな」

「私たちはお前にお呼ばれされたんだよ。来たくて来たわけじゃねェ」

 

 

 俺からしてみれば彼女はゴミ捨て場に落ちていた存在なので、あまりに堂々と煙をふかすのはやめてほしい。失笑してしまいそうだ。

 懸命に噴き出すのを我慢していたのが功を奏したか、日向たちはこちらの様子に気づくことなく話を進める。

 

 

「で? 用事もなく呼びつけたんじゃねェだろ?」

「当たり前だ。お前には一つ提案があってな」

「提案だァ?」

「あぁ……高岩日向、私の仲間になれ」

 

 

 谷川さんは静かに呟いた。

 対する日向は訝しそうに眉を跳ね上げ、

 

 

「それは私がお前と対立する派閥に所属することを知っての誘いか?」

「もちろん。〝妙義派〟だろう。柴方高校(シバコー)でその名前を知らないやつはいねェよ」

「じゃあ答えもはっきりしてるだろ。お断りだ」

「ずいぶん迷いなく答えるんだな。お前はもう少し躊躇するかと思ったぞ」

「ハァ? なんで?」

 

 

 体重をかけていた足を入れ替え、日向は乱雑に髪を払った。どこからどう見ても疑問に思っていますという感情と――怒りが見える。

 自分を誰にでも尻尾を振る犬だとでも思ってるのか、そんな怒りが背中から蒸気となって湧き上がっているようだった。

 

 

 谷川さんは日向の鋭い視線には頓着せず、落ち着いてタバコの煙で肺を一杯にしている。まるで相手にされていない。あるいは喧嘩になったとしてもまったく問題ないとでも判断されているかのようだ。

 不良として面子(メンツ)を大切にする日向にその態度が許容できるはずもなく、今にも爆発しそうになったとき。

 谷川さんはやっと口を開いた。

 

 

「話は聞いてる。お前は赤城さんに憧れてるんだろ」

「……おぅ」

「じゃあ尻尾を振るのは少なくとも妙義湊みたいな人間じゃねェ。だったら不満の一つくらいは持っているだろうと予想したんだよ」

「案外賢そーなコト言ってんな」

「完全無欠の賢人だろうがよ私はどこからどう見ても」

 

 

 絶対にありえないことではあるが、谷川さんは心の底から信じているようである。

 俺の笑いをこらえる気力は砂の城よりも儚く波に流され、タバコの煙と一触即発の空気が支配する重苦しい空間で、一人けたけたと笑ってしまった。

 周りを取り巻く谷川さんの部下たちが剣呑な視線を向けてくる。谷川さんは若干頬を赤くしつつも――数日前のことを思い出したのだろうか――彼女らに静止の声をかけた。

 

 

「私は男の言うことでキレるような狭量な人間じゃねェ。わかったらお前たちも引け」

 

 

 さすがに少々おつむが弱いとはいえカリスマ。彼女の一声はまさに鶴の一声。部下たちは瞳に不満げな色を残しつつ、何か文句を言うこともなく引いていく。

 今までまともに喧嘩もしたことのない俺が彼女らに襲われればひとたまりもないので、思わずほっと胸をなでおろした。

 別に先程の行動は煽ろうと考えてしたことではないのだ。ただ自然とまろび出てしまっただけで。生理現象と表現してもいいだろう。

 

 

 日向は状況が落ち着いたと見たのか、両腕を適当にスカートのポケットに突っ込み踵を返した。

 

 

「用件はそれで終わりだろ? 私たちは失敬するぜ」

「まァ慌てんなよ。大事なことがまだ残ってんだ」

「何だよ」

「派閥の誘いに乗らなかったヤンキーがどうなるかくらい、お前の長くない人生でも理解できるだろ」

「部下たちで囲んでリンチでもしようってか。肝っ玉が座ったような態度しておいて普通にチキンじゃねーか」

 

 

 首だけをひねって日向は侮蔑の言葉を吐く。

 しかし谷川さんは椅子に腰を下ろしたまま、ニヤリと口角だけを上げた。

 

 

「あんまり私を馬鹿にするなよ。部下たちで囲んでリンチだって? お前くらいの相手をするのにこいつら(・・・・)に命令するようじゃ、胸を張ってお天道さまの下を歩けなくなっちまうぜ」

「テメェ……最初からお天道さまに誇れねェ生き方してるくせに」

 

 

 谷川さんのあからさまな挑発に日向は乗る。のったりとした動きでポケットから手を外し、肩幅に足を開いて半身になった。

 正面から敵意を向けられているはずの谷川さんは、しかし一切の表情の変化がない。いやそれは正確な表現ではないか。怖がるだとか自分も敵意を返すなどではなく、ただ口角を上げるのみであった。

 

 

「なんでこの教室の机やら椅子やらが後ろに避けられてるか……わかるか?」

「最初から喧嘩することを想定してたって?」

「その通り。最終的には誘いを断られると思ってたからな」

「私のことをよく知ってるじゃねェか。じゃあまともに戦ったら一瞬で敗けちまうってことも予想できたんじゃねーの?」

「ぬかせ。完璧に分析した結果私の勝利が確定したんだよ。私のデータによると、私が勝利する可能性は九十九パーセントだ」

 

 

 データキャラの予想は破られるために存在するものであるが、谷川さんはデータキャラから百億光年くらい離れたところにいるので、その理論は通用しない。

 つまりこの二人が喧嘩をした結果はわからないのだ。漫画の知識を参照すれば多少は参考になるだろうけれども、必ずしもその通りになるわけではないために、頭を空っぽにして信用することはできなかった。

 

 

 至近距離でにらみ合い始めた二人を前にして、俺はつばを飲み込む。

 誰しもが沈黙を保っていたところにその音が響き、ちょうどいい開戦の合図となったのだろうか。彼女たちは同時に踏み込んだ。木製の床に靴底が鋭く擦れ、甲高く鳴る。

 

 

「ドラァァァァァァァ!!!」

「舐めんなァァァァァ!!!」

 

 

 鈍く肉を打つ音が聞こえてきた。まるで耳元で鳴らされたかのような大きさである。傍から眺めているだけでも威力の高さが伺えた。

 俺は血の気を失っているであろう顔で、彼女たちの喧嘩の行く末を見逃すまいと、目を細め歯を食いしばる。

 意識しなければ自然と後ずさりそうだったのだ。目の前で喧嘩が行われていると、自分のような小心者は逃げ出したくなるのである。

 

 

 二人の喧嘩は五分以上にも及んだ。

 時計の長針が異常にのろく感じる空間。

 そこで喧嘩の決着がついた。

 

 

「………………けっ」

「まァ勝負は最初から見えてたよな」

 

 

 もはや立てないのだろう、床に直接座る日向。

 彼女を見下ろして鼻を鳴らす谷川さん。

 つまりはそういうことだった。

 

 

「私の勝ちだ」

 

 

 高岩日向は谷川詠に敗北したのである。

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