不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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妙義派は敵討ちに乗り出す

 不良の喧嘩において――各々のプライドを賭けて戦ったのであれば、基本的には敗けたほうが勝ったほうの下につくことが多い。

 しかし谷川さんは鼻血のにじむ顔をしかめて、「そんなコト気にすんじゃねェよ。私は心の底から私についてきてくれるやつ以外は、絶対に部下にしないって決めてんだ」とため息をついた。

 

 

 震える足で立ち上がった日向は、意外なものを見る視線を向けている。

 まるで卵を割ったら黄身が二つ入っていたかのような、降って湧いた幸福とも、あるいは予想外のことに困惑しているとも表現できる視線であった。

 彼女は苦笑しながら両足で床を踏みしめ――やはり喧嘩の後遺症がひどいのだろう、倒れそうになる。

 俺は慌てて日向の背中に腕を回し、硬い床に彼女が叩きつけられないようにした。

 

 

 感謝の思いでも伝えようとしているのだろうか、日向は柔らかくまぶたを閉じて、しばらくの間その長いまつげを揺らす。

 やがて考えがまとまった様子で嫋嫋(じょうじょう)と口を開いた。

 

 

「言っちゃ何だが柴方高校(シバコー)はクズの集まりだ。普通には生きられないやつらが、せめて自分の居場所を作ろうとこぞる……そんな場所」

「何を今さら」

「谷川さん……あんたはどうにも違うようだな」

「違かねェさ。私は私の信念に逆らわないようにしてるだけだ」

 

 

 谷川さんは露悪的に鼻を鳴らす。

 むしろそんな振る舞いが日向には好印象だったようだ。

 彼女はニヤリと笑って、ゆったりと体から力を抜いていった。

 そうなると自然に俺の腕にかかる体重が増えていくわけで、こちらとしては異議申し立てしたいものである。

 けれども二人の意味深長な雰囲気を邪魔するのも本意ではないので、静かに呼吸をして気配を消すばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ!? 日向が負けたァ!?」

「うっせーな怪我に響くんだよ湊の声は」

「だってこんな驚きが我慢できるわけねェだろ!」

 

 

 湊はことさらに表情を驚愕に染め、数瞬後に日向の怪我の心配をし始める。

 自分がよく怪我を――ほとんどの場合はくだらないことが理由ではあるが――するせいだろうか、湊の心配は堂に入っていた。

 まるで懐いた犬が飼い主の体調でも心配するかのような振る舞いに、日向はうっとうしそうにしながらも、どこか嬉しそうに頬を緩めている。

 

 

「てな訳で私は柴方高校(シバコー)統一の戦いから降りるぜ」

「んな殺生な。日向は〝妙義派〟の大黒柱なんだぞ!?」

「その大黒柱が折られちまったからなァ。あの谷川詠とかいう大工は相当腕のたつ名工だぜ」

 

 

 おのずから学校を統一せんと拳を振るっていたのであればともかく、友達の付き合いで動いていたような形の日向にとって、柴方高校を誰が支配するのかなど――もちろん赤城さんを除いてではあるが、あまり関係がないらしい。

 

 

 彼女は鼻頭に張ってある絆創膏を指さして、「いやいや痛いのなんのって」と大げさに反応してみせる。

 先程怪我を心配した身ではますます怪我をするであろう環境に飛び込めなど言えないと見えて、湊は微妙な瞳で顔をしかめた。

 

 

 俺の隣に立っていた千明はいつもどおり覇気のない顔である。

 日向が離脱すると知ってもそれは変わらない。

 それどころか、どことなく楽しげだった。

 

 

「どうせ拓馬クンは一緒に日向といたんだろ」

「うん」

「じゃあ谷川詠の喧嘩を見たわけだ」

「見ただけだよ。俺に詳細な説明を求めても無駄だからね」

「大丈夫さ。むしろ先にネタばらしされちゃ困るぜ」

 

 

 バトルジャンキーの顔を覗かせながら、彼女は犬歯をわずかに露出させた。

 まだ戦ったことのない強敵相手に今から心臓が高鳴っているようだ。血なまぐさい光景を想像して、俺は苦笑するしかない。

 

 

 千明は湊のもとへ歩いていく。

 実に楽しげな足取りで。

 

 

「おい湊」

「うぉビックリした! ってそれよりも千明、何とかこいつを説得してくれよ。谷川詠に一回くらい負けたからって戦線離脱しようとしてるんだぜ。妙義派としての自覚がちとねェんじゃないか」

「んなもんは私にとってどーでもいいんだがよ」

「どーでもいい!?」

「早く私たちも谷川詠と喧嘩()りにいこうぜ」

 

 

 言葉の切れ端に音符が舞っているかのような声だった。そんなルンルンな気分を手で払い除けて、湊は「あのなぁ……」と嘆息する。

 経験のない新人に先輩風を吹かせる社会人二年目のようであった。

 

 

「相手は! 全校の! 三分の一なの! あァ柴方高校(シバコー)に来るくらいだから分数がわかんねェ可能性があるか。まずはケーキを想像してくれ」

「馬鹿にすんな。私でもそれくらいわかる」

「じゃあ喧嘩しようぜなんて言葉出てこねェだろうが! 私たちは二人しかいねェんだぞ!? どう考えても勝てねェじゃん!」

 

 

 湊は髪を振り乱す。

 それを眺めながら千明は、

 

 

「私たちは圧倒的数の不利をすでに越えてるはずだぜ」

「……赤城さんのことか?」

「おうよ」

「あれは赤城さんがこっちに都合のいい舞台に乗ってくれたから成立したんだ。だが二度とは使えない手段だぜ。なんせ普通は相手にメリットがないから、少数対少数の喧嘩なんて起きない」

「起きないなら起こせばいい」

 

 

 実にいい笑顔だった。

 対面する湊が思わず顔を歪めるくらいに。

 

 

「話に聞く限り谷川詠ってのは真っ直ぐな人間らしいじゃねェか」

「らしいな」

「まるで湊みたいだ」

「そうか……ん? それって私のコト馬鹿だって言ってんのか?」

「さァな」

「おいこら千明ィ!」

 

 

 ぶんぶんと勢いよく首を上下左右に振られても千明は不敵な表情を崩さなかった。しかしさすがに数十秒ほど続けられたらキツくなってきたようで、弱々しい声で静止しつつ、彼女の考えを述べる。

 

 

「ごほっごほっごほっ…………あー、要はこういう話だ。私たちが谷川詠を挑発して喧嘩の舞台に上がらせる。んで勝つ。あっという間に柴方高校(シバコー)番長帰り咲きってわけだ。今度は文句も出ないだろうさ」

「そんな簡単に事が運べたら誰も苦労しねェんだよ」

「普段は活躍しない――できないんだから頑張ってくれ」

「わざわざ訂正する必要あったか?? なぁそこ訂正するほど重要だったか??」

 

 

 しかもさり気なく谷川詠を挑発するの私の仕事になってるし!?

 と湊は発狂するように驚愕した。

 あまりにオーバーなリアクションなせいで漫才でも観覧しているような気分になってしまい、俺は隣にいる日向と目を合わせる。

 

 

「……変わらないね」

「最近なこんなのも楽しいって思えてきたぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 谷川さんを挑発するという大仕事に抜擢された湊だが、世を儚むようにして窓の外を眺めていた。

 ちゅーちゅーと吸う牛乳パックも悲しげだ。俺は彼女のそんな姿を後ろから観覧しているわけだが、背中から哀愁が漂っている。

 

 

 隣の席の千明は食後のプリンに手を付けようとしていた。まったくもって湊に興味がないと見える。

 明らかに構ってオーラを全身から発していた湊にとって、千明の振る舞いは我慢ならないものだったのだろう。しばらく黄昏れていたが、大人びた雰囲気は影を消しいつものお調子者な彼女に戻った。

 

 

「おい千明ィ!」

「何だよ」

「何だよじゃねーよ! 私に挑発係を押し付けたんだから、その解決策くらい一緒に考えろ!!」

柴方高校(シバコー)の番長という大いなる力には、大いなる責任が伴うものだろ。頑張ってほしい」

「人様に大仕事を放り投げた人間の言葉とは思えねェな」

 

 

 幸せそうな表情でプリンを頬張る千明。彼女のずいぶんと適当な返答に、湊は真顔になって顔をしかめた。

 教室は昼休みの真っ盛りである。柴方高校において休み時間などほとんどが喧嘩に使われるのは必至なので、現在も黒板の前で三人の修羅場が形成されていた。

 まわりの生徒は皆それを囃し立てている。おかげで、番長を目指す者とは信じられぬ馬鹿げた会話も、誰にも聞かれていない。

 

 

 やがてすべてを諦めた様子の湊は、重々しい動きで窓枠に腰を下ろした。

 窓が閉まっているために枠の幅は非常に狭い。

 どう考えても座りづらかろうに、腰を下ろしてしまった以上すぐに立ち上がるのも恥ずかしいのだろうか。

 彼女はこめかみに力を込めるばかりで耐える姿勢を見せる。

 

 

 くだらないところに発揮される湊の根性だけは、嘘偽りなく褒め称えてもいいのかもしれない。

 

 

「谷川詠がまっすぐな人間だとしてもよ、そんな簡単に挑発に乗るとは到底思えねェんだが」

「そりゃそうだ。私だってそう思う」

「じゃあ谷川詠を勝負の場に引きずり出せなんて言うんじゃねェよ」

「妙義派が真正面から戦ったら一瞬で負けるぞ。なんせ兵力が違う。桶狭間の戦いという先例はあるが、まず間違いなくそうはならない」

 

 

 意外にも知的な発言をした千明は、いつの間にそこまで食べすすめていたのか、空になったプリンを机に置く。

 客観視すれば可愛いことこの上ない姿ではあるのだが、やはり対面している湊にとっては違うのだろうか。ごくりとシリアスな雰囲気をまといながら空気を嚥下した。

 

 

「前提として妙義派の戦力は私だけ。つまり谷川派の全校生徒三分の一の数に対して、私一人で喧嘩しなくちゃならないってわけだ」

「端から私が戦力に数えられていないのは置いておいて、まァそうなるな」

「さすがに一騎当千を現実でやるのは難しい。いくら私が強くても、数で迫られちゃ限界ってのがある」

 

 

 だから谷川詠一人を釣り出す必要があるんだ。

 と千明はプラスチック製のスプーンを湊に向ける。

 

 

「必要があるのは理解してるぜ。ただ前提がありえないほど難しいんだよ。難しいというよりも不可能と言ったほうが早い」

「そこはほら、湊のよく回る舌に期待しようぜって話。語りだけで妙義派を作り出したお前の手腕に期待してるからな」

「期待が重くて地面に沈み込んじまいそうだ」

 

 

 沈鬱にため息をついた湊は、もはや立っていられないというかのごとく、俺の机にスカートを挟まないように座った。

 存外に女子らしい所作を目の当たりにして少しドキッとする。けれども普段の情けない言動を思い出すことで、好感に振れていた針がニュートラルに戻った。

 

 

「どう思うよ拓馬クン。私に降りかかる無責任な期待。こんなか弱い乙女にはちと厳しすぎる仕打ちだと感じねェか?」

「まぁ番長になるなら仕方ないんじゃない」

「あー後悔してきたぜ。これからは何も考えずに喋るの自重しようかな」

 

 

 おそらく不可能であろうことを彼女は本気の口調でのたまう。

 きっと数日後には――あるいは数分後にでも決意に反した発言をするのであろうが、紳士として俺は優しく湊に頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千明の「拓馬クンは谷川詠と面識があるらしいぜ」というタレコミによって、俺は湊と一緒に行動することになった。

 とはいっても連れ添いである。まさか自分が正面立って谷川さんを挑発するわけではない。

 そもそも不良相手に煽るほどの精神力など持ち合わせていないし。俺が不良を挑発しようものなら、壊れた目覚まし時計のようにけたたましいバイブレーションで震えることになるだろう。

 さすがに高校生にもなって――しかも前世を含めればさらに歳は行く――無様をさらすのは遠慮願いたい。

 

 

 おっかなびっくり谷川さんを探す湊の後ろ姿を眺めながら、俺は子供の買い物を見守る親御さんのような気持ちで歩いていた。

 最初に挑発の文言を考えてたほうがいいのでは、とも思うのだが、彼女は一切の思考時間をなしに探索中である。

 

 

 しばらく歩いていると、とある教室から声が聞こえてきた。

 漏れ出るそれから予想するに結構人数が多い。

 だがしかし教室の窓には段ボールらしきものが貼ってあり、室内の様子が見えないようになっている。

 明らかに怪しい。俺と湊は視線で語り合った。

 

 

 彼女は真摯な表情で頷くと、きっと教室の扉を開けるのだろうという俺の予想を裏切って、粛々と一人歩き去ろうとする。

 

 

「え? 突入しないの?」

「どう考えても谷川詠がいるだろ。そうじゃなくても柴方高校(シバコー)で中が見えなくなってる教室に何人もの声、なんて条件が揃ったら面倒くさいことになる。ここは見ないふりをするのが正解さ」

 

 

 湊は今まで最上級の真剣さをにじませて言った。

 状況が状況でなければ感心したかもしれない。

 だが今はあまりにも情けなさ過ぎた。俺が彼女の立場になれば、おそらく同じことを言っただろうという事実からは目をそらして。

 

 

 ところが――まともに考えれば当たり前のことなのだけれども――事態は相手のほうから動きを見せた。

 教室の扉が音を立てて開き、中からずいぶんと見覚えのある姿が現れる。

 湊は全力で顔をひきつらせ、すぐさま踵を返して逃げようとした。

 

 

「おい」

「は、はいぃ!」

「聞こえてんだよ。どうせ私に用だろ? 別にリンチとかしねェからとりあえず入ってこい」

 

 

 嘘が微塵も感じられないトーンで、現在最も柴方高校の番長に近い立ち位置であろう谷川詠さんは、教室を指差す。

 もちろん湊に断ろうなんて意思があるはずもない。

 俺たちは大人しく谷川さんについていく形で、教室の中に入っていくのであった。

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