不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
私立柴方高校。
このあたりでも有名なヤンキー校である。
校門を前にして、一人の少女がほくそ笑んだ。
――ここから、私の覇道が始まるってわけだ。
高校デビューに合わせて染めた茶髪を、颯爽と風になびかせる。
「ちょっち想定外だワ……」
湊は肩を小さくしていた。
意気揚々と入学式に乗り込んだはいいものの、周りには不良しかいないのだ。
やはり大和撫子――この世界においては「
内心は少々ビビりだったが、その頃は無敵だった。
周りにはナヨナヨとした女しかおらず、学校の顔のような立場にもいたのだ。
きっと
――間違ってたかもしれねェ……。
湊は嘆息する。
入学式といえば厳かな雰囲気を伴うものだが、なぜかタバコの煙が充満していた。教員達も注意をしない。
生徒らは校長の話も聞かずに歓談にふけっている。
なかには喧嘩をおっ始める者すらいた。
ますます彼女の肩は小さくなる。
調子に乗っていたのかもしれない。
自分でも不良のトップになれるのだと。
分不相応な願いを抱いてしまった。
湊は悲しげに鼻をすすりながら、入学式を耐え忍んでいく……。
◇
張り出されたプリントをもとに、自分の教室へたどり着いた。
そっと様子をうかがってみる。
「ギャハハハ! それでさァ――」
「マジィ?
「昨日兄ちゃんの
「うわぁ……」
湊は天を仰いだ。
天井にはタバコの煤が付着している。
視点を戻した。
入学式はテンションが上っていたのかと思ったが、教室に戻っても不良は不良である。ファッションヤンキーな湊としては、認めたくない事実だ。
影を薄くしながら足を進める。
バレませんようにと。
運のいいことに無事自分の席に到着した彼女は、息を吐きながら鞄を机に置いた。
――やっていけっかなァ。
未来は暗い。
そんなとき、担任らしき女性が入ってきた。
「うーす。担任の
生徒が生徒なら教師も教師だ。
牛伏は教壇に登ると、適当に黒板を叩く。
「んじゃ自己紹介しろ」
彼女は眼鏡を指で押し上げると、一番から順に簡単な名乗りを上げさせた。
――どうすっかなァ……。
湊は悩む。
ここは女らしく格好いいことを言おうか。
例えば「自分天下取るんで、よろしく」など。
駄目だ、死んでしまう。
ちょうど同じような発言をした不良が、周りの奴らにボコボコにされているのを見て、湊は考えを改めた。
「えっと……」
思考に溺れていた耳に、
発言者を眺めてみると男子だ。
柴方高校には珍しい。
例に漏れず金髪でヤンキーっぽいが。
「
意外にもクールな言動であった。
彼は静かに腰を下ろす。
見た目とは裏腹な振る舞いに、むしろ興味が惹かれた。
そしてどうやら周囲の人間もそのようで、揃いも揃ってギラついた視線を、拓馬に向けて投射している。
思わず呆けてしまっていた湊は、自分の番が訪れたことに気が付かなかった。
「……えっ!? あ、私?」
慌てて立ち上がり、
「妙義湊ッス。えーと……シクヨロ!」
完全に失敗したようだ。
妙義湊が肩を落としながら歩いていると、コンビニが視界に入った。
特に買いたい物があるわけでもないが、自然と足がそちらに向かう。
「入る
ガラケーで時間を確認しつつ、ペットボトルを手に取った。
「あ、セッターも」
「はい」
店員が会計をしているとき、背後のタバコが目に入り注文する。
最初はファッションで吸っていただけだった。
しかし、最近では普通に吸えるようになったのだ。
――まァ、別に好きじゃないケド……。
ポケットに突っ込んだそれを弄りつつ、さて家に帰ろうとしたとき。
「ん?」
何か声が聞こえた。
しかも、知っている声が。
湊は眉をしかめ、そちらに歩いていく。
「よぉ兄ちゃん」
「そのカッコ、
「ちょっと遊ばない?」
「いやぁ……遠慮しときます」
「んん?」
あれはたしか……高群拓馬だ。
同じクラスにいた珍しい男子。
どうやら絡まれている様子である。
可哀想になァ、と立ち去ろうとしたところで、湊の脳内に電流が走った。これはもしや、
彼女は踵を返し四人の下へ向かう。
三人組が腕を伸ばそうとしていたところに、割って入った。
「あ、ダイジョブそ?」
「ありがとう……ございます?」
拓馬は不思議そうに首を傾げて、それでも感謝の言葉を述べた。
一見
――ヤベェー!
彼女は即断即決の鬼だった。
言い換えると考えなしの馬鹿。
三人組は苛立たしげに距離を詰めてくる。
「邪魔すんなよ」
「アタシらはこれからお楽しみの時間なんだからサ」
「そーそー。正義漢チャンは引っ込んでろっての」
もはや、やるしかない。
湊が腕を構えた数秒後。
「なんだコイツ弱っちいゾ!?」
「全然強くねェじゃん!!」
「ちったぁ抵抗してみろや!!」
「ひぇーすみませぇんっ!?」
ずいぶんと情けない場面が展開されていた。
背中を丸めて蹴りを受ける湊。
抵抗する気力はなさそうだ。
ファッションヤンキーである妙義湊は、生まれてこの方
おかげで連戦連敗。
挙げた黒星は数知れず、いまだ勝利を知らぬ敗北者である。
「誰かー! 喧嘩でーす!」
「はっ!? ちょ、おい、行くぞ!」
「クソがッ!!」
「覚えてろよ!!」
しかし拓馬が声を上げたことで、三人組は逃げ去っていった。
「……えーと、ダイジョブそ?」
「………………」
先程助けに入ったのとは真逆の立場になっている。
湊は恥ずかしそうに、
「……いやぁ! 私の迫力にビビっちゃって、奴らソッコー逃げてったネ!!」
「違うんじゃないかな」
「いやいや私のおかげだって! 拓馬クンにはわからないかもだけど!」
「あ、名前知ってるんだ」
その後もしばらく二人は話をし、やがて別れた。
「じゃーねー!」
「じゃあね」
拓馬は控えめに手を振る。
反対に湊は子供のように大げさに振った。
やがて自分の姿も見えなくなっただろう、という距離まで離れたとき、彼女は思い切りガッツポーズをする。
これあるんじゃないの!?
カレシ手に入っちゃうんじゃないの!?
どうやら無様は記憶から削除されているようだ。
湊はひとしきり喜びを表現したところで、「それにしても」と呟いた。
「――おもしれー男……」
◇
「……ナニ、拓馬クン」
「え? あぁ、いや」
肩のあたりで切り揃えられた黒髪が、千明の傾けられた首の動きに伴って、鎖骨から滑り落ちる。
俺は「何でもない」と呟いてパンを頬張った。
俺達三人は、一緒にご飯を食べる程度の仲になっていた。
相変わらず湊は敵意マシマシだが。
バラの植えられた中庭の中心にベンチがある。
そこに座って昼食を取っているのだ。
「やっぱ納得できねェ」
「私もだよ」
「アァン……?」
「
「ストップストップ」
湊の不満に対し、千明があけすけに返す。
勃発しそうになった戦いを仲裁し、俺はため息をついた。
やはり不良漫画の登場人物だからか、あるいは元々の性格か。
彼女らは非常に沸点が低いのである。
喧嘩とか苦手だし、できる限り原作の展開には巻き込まれたくないなぁ、と俺は残りのパンを口に押し込むのであった。
前世の頃からゲームは好きだ。
時代がズレているというのもあり、この世界には手軽なゲームはない。
だから遊ぼうと思ったら、専門の施設に行くしかないのだ。
ゲームセンターの爆音に飲み込まれる。
不良達がたむろしている場所を避け、面白そうな筐体を見て回った。
「……ん?」
奥まったところに、一人の少女が座っていた。
長い黒髪をツインテールに結い、棒付きキャンディーを舐めながらレバーを倒している。
「ぬがーっ! ナニコレ難しすぎーっ!」
彼女は思い切り背もたれに体重をかけた。
周りに親御さんの姿はない。
――大丈夫か、あれ……?
俺は心配になったが、声をかけるほどでもなかった。
下手するとロリコンだと勘違いされかねない。
ちょうど少女の隣のやつが面白そうだったので、「いや気にしてないっすよ」みたいな雰囲気で椅子に腰を下ろす。
「…………」
「…………」
「…………」
「……じーっ」
「…………」
なんだろう、集中できない。
硬貨を入れてしばらくゲームで遊んでいたのだが、隣からの視線がすごくて集中できない。
構ってほしいのだろうか。
自分で声すら発するほどに。
俺はプレイを終了させ、体の向きを変える。
「えっと、何か用があるの?」
「ないよ!」
「そうなんだ……」
「ただ、
前世の感覚からすれば首を傾げたくなる言葉である。
しかし、この世界は貞操逆転が発生中。
彼女の言葉通り、自分の他に男性がゲームセンターにいるのを見たことがなかった。
「そうなんだ。一人?」
「うんっ」
「俺が言うのも何だけどさ、こういうところは親御さんと来るのがいいと思うよ」
「ダイジョーブ! あたし、大人の女だから!」
少女は誇らしげに胸を張る。
大人に憧れる年齢か。
思わず苦笑が漏れてしまった。
「あたしの名前はヤヨイ! オニーサンは!?」
「え、名前?」
「そーっ! 自己紹介は大事なんだよ!!」
「えっと……高群拓馬だよ」
「タクマね!」
よろしく、タクマ!
と少女は満面の笑みを浮かべた。
あまりに純粋な笑みに、呼び捨てだとか些細なことは気にならなくなる。
「ヤヨイ……ちゃんは、いつも一人で?」
「うん。ゲーム好きなんだ」
「俺と同じだね」
簡単な自己紹介のあと、俺とヤヨイちゃんは一緒にゲームセンターを回ることになった。彼女が「遊ぼうよ!」と腕を引いてきたのだ。
さすがに断るほど鬼じゃない。
結構な時間――二時間くらいだろうか、電子の世界に熱中し、気が付くと外は暗くなっていた。
「ヤヨイちゃん」
「んぅ?」
「もう外暗いけど、親御さん心配しない?」
「だいじょーぶ!」
俺の心配の声にも胸を張る。
ヤヨイちゃんは大げさに、
「それに友達と約束してるんだ!」
「約束……?」
「そーっ! 十九時に集合ねって!」
「だいぶ遅いなぁ」
この時代の小学生にしてみたら普通なのだろうか。
感覚が違うのかもしれない。
内心首を傾げつつ、俺は手を振った。
「そっか。じゃあ安心だね」
「安心だよ! 心配しなくてもだいじょーブイ!」
「俺は帰るけど、怖い人に話しかけられたら逃げるんだよ」
「ふふーん、あたしが
「やっつけちゃ駄目だよ……」
心残りはあるが、帰らないと親が心配する。
この世界で育った記憶があるから、心配をかけるのは忍びないのだ。
ヤヨイちゃんに見送られての帰り道は、転生だとか不良漫画だとかの重たい思考を、不思議と晴らしてくれた。
「なんだ、この世界も不良ばかりじゃないな」
そりゃそうだ。
何も全員が全員ヤンキーって訳じゃないだろう。
ヤヨイちゃんみたいに純粋な子もいるのだ。
そう考えると、胸の突っかかりが軽くなった。
◇
夜の街に不良達が往く。
制服から考えるに柴方高校の生徒だろうか。
数十人の女子らはゲームセンターに入った。
彼女らに言葉はない。
しかし、足取りに一切の迷いもなかった。
やがて建物の奥まった場所――ひと目の届きにくいところで、一斉に頭を下げる。
「
「いやぁ、疲れてないよ〜」
というか歩いてきたの君達じゃんと、少女――赤城
「……? 赤城さん、今日はご機嫌ですね」
「そー?」
「はい。何か楽しいことでもあったんスカ?」
「うーん……」
赤城夜宵。
柴方高校
圧倒的な強さで、ヤンキー校と名高いそこの
「そうだねェ――面白い、男には会ったかな」
今日も夜は更けていく。
誰も知らないところで、粛々と。