不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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意外な成長

 教室の様子を一言で表すとすれば地獄だった。

 隣で体を小さくして座っている湊は、今にも泡を吹いて気絶してしまうのではないかと思うほど、顔を真っ青にして震えている。

 かくいう俺もまったくもって余裕なわけではない。

 正面に鎮座する谷川さんの後ろに控えている子分たちから、こちらを殺せるくらいの視線を頂戴しているのだ。

 変な汗が流れて止まらない。

 

 

 谷川さんはそんな雰囲気を一切感じていないのか――あるいは理解しているうえであえて無視をしているのか。

 表情からは全然読み取れないままに、ゆったりと口を開いた。

 

 

「妙義派のトップ様が私のところを訪ねに来るなんてな」

「いや、別に訪問しようってワケじゃ」

「明らかに私の話題出してたじゃねェか」

「そっ……すねェ」

 

 

 まもなく湊は撃沈しそうである。

 会話する相貌に正気の色はなく、ひたすらに困惑と恐怖と焦燥とが見えた。

 何をおいても逃げ出したいようだ。

 

 

「やっぱりアレか。お前んトコの高岩日向をのしちまったから、リーダーが出張って復讐しようって腹かい」

「イヤァ……とてもそんなつもりじゃないかったんすケドねェ……」

 

 

 谷川さんの顔に困惑が現れる。

 両者ともに困惑の構え。

 舞台は混乱の局地に立たされた!

 

 

 俺は当事者でありながら事態に巻き込まれていないために、ただの傍観者として腰を下ろしている。

 何となく谷川さんに無視をされているような気がした。

 おそらくだが――ゴミ捨て場などの話を出されないようにしているのだろう。

 日向の件で俺が話さないと理解してくれたと思ったのだが、やはりリスクヘッジは重要だ。

 彼女の態度は実に正しい。

 

 

「私はうだうだまどろっこしいコトは嫌いなんだよ。喧嘩しに来たんだったら、さっさとそう言ってくれや」

「喧嘩なんて……まさかまさか……」

 

 

 湊は全力で喧嘩をしない方向に持っていこうとしていた。

 それはそうだ。実際に戦うとなった際に彼女が勝てるはずがない。

 今までの経験から学んでいる俺は、一体状況はどうなるのかと、ハラハラしながら推移を見守っていた。

 

 

「じゃあ私から行くぜ」

「いや、ちょ、そんな」

「一応先輩に自分から手を上げるのは忍びないって腹だろ? 安心しろ。ヤンキーとしての矜持を守るお前のために、私から動いてやるよ」

「マジで違うんだけどなァ――!」

 

 

 蹴飛ばすように椅子から立ち上がり、湊は頬から汗を流す。

 刹那のうちに接近してきた拳を何とか回避し――以前の彼女であれば不可能だっただろう。湊も成長しているのだ――鋭い息を吐いた。

 

 

「へへ、ケッコーいい反応じゃねェか」

「なんかこうなるだろうなァって予想があったんですよ」

 

 

 愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ。

 湊がどちらであるかはさておくとして、少なくとも似たような体験から未来を予測できるようにはなっているようだ。

 言い換えれば予測できるほど面倒くさい事態に巻き込まれているということであり、それがいいことなのかは不明である。

 俺だったら全力で拒否したい。

 

 

 しかし成長したとしても、相手はあの谷川詠だ。

 数分の喧嘩の後に湊は敗北した。

 震える足で、せめて無様は見せないようにと椅子に腰を下ろす。

 谷川さんは意外そうに目を丸くしながらも、ニカッとまばゆい笑みを浮かべた。

 

 

「想像してたよりも強くなかったが……アレだな、精神(こころ)が強ェな」

「こころ……?」

「おうよ。私の前に立ってビビらなかったやつは数えるほどしかいねェ。だがお前は一歩も引くことがなかった」

 

 

 間違いなく湊はビビっていたと思うが、悲しいことに鍛え上げられてしまった表情筋は、彼女の実情を悟らせなかったのだろう。

 湊は微妙な雰囲気を背中から醸し出しながら、けれども堂々たる趣で谷川さんに立ち向かっていた。

 

 

「さて……ところで困ったな。私はお前――妙義湊に勝った。つまり妙義派が私のもとに下るってコトでいいか?」

「うぅん……実は自分よりも強いのが派閥にいるんですよ」

「ほぅ?」

 

 

 谷川さんは面白いものを発見したように笑う。

 

 

「だからそいつと喧嘩したあと、妙義派の進退を決めてもらったほうが……」

「お前は負けたくせにえらく都合がいいじゃねェか」

「いやすみませ――」

「気に入った。そのお前よりも強いとかいう相手と戦ってやろう」

「え?」

「カッカッカッ!!」

 

 

『フィスト』でも谷川詠は器の広い人間だった。

 裏切りをした部下にも手を差し伸べ、誰かが敵に襲われたとしたら、自分がどんなにひどい怪我をしていても仇討ちに向かう。

 今もこうして湊の発言に乗っかった。

 むしろ「通用しないだろうな……」と思っていたであろう彼女のほうが驚いたような表情をしている。

 

 

「明日だ。明日もここで待ってるから、そいつを連れてこい」

「か、かっけぇ……」

「んな褒めるな。むず痒くなるぜ」

 

 

 本当に格好いい振る舞いだった。 

 俺もゴミ箱で谷川さんを発見してなかったら感動していただろう。

 

 

 尊敬が込められた眼差しを向ける湊を眺めながら、どこか損をしたような気分で、俺は不透明な顔をしかめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダボハゼが」

「ダボハゼっ!?」

「それ以外に形容の仕様がないだろ」

 

 

 翌日。

 谷川さんにお呼ばれされたことを湊が千明に伝えると、彼女は非常に嫌そうに顔をしかめていた。

 自然と口からまろびでたダボハゼという言葉にも、千明の不本意な感情がありありと込められている。

 

 

 バトルジャンキーである彼女にとってみれば、谷川詠からのラブレターは嬉しいものなのではないか。

 俺と湊はそう思っていたのだが、案外そうではないようだ。

 

 

「でもよ千明。お前は強いやつとの喧嘩が好きなんじゃ……」

「まァな。でもそれとこれとは話が違うだろ」

「というと……」

「自分の意志で強者にふっかけた喧嘩。これはいい。最高だ。何も気にすることなく楽しめる」

 

 

 その光景を――たとえば夜宵との喧嘩だろうか――想像してるのだろう。千明は口元に笑みを浮かべている。

 しかしすぐ後に無表情になり、

 

 

「だが誰かにセッティングされた喧嘩。これはよくない。大きなお世話ってやつだ。本当に心の底から楽しもうと思ったら、最初から最後まで自分で用意しなくちゃならない」

「なんかグルメだな……」

 

 

 己の理解できない世界にぶち当たってしまったらしい湊は、背後に雄大な宇宙空間を生成しながら、おもむろに頷いた。

 まるでありとあらゆる物事に精通している専門家のようで、その実何も解していないお馬鹿さんである。

 千明はそんな彼女の様子を眺め、やがてため息をついた。

 

 

「まァ、谷川詠には『榛名千明が明日行く』って言っちまったんだろ?」

「おうよ。今からどんな目に遭わされるのか怖ェ」

「だったら行ってやるよ」

「え?」

妙義派(うち)のリーダーがやられて静観してるほど、私は不良のプライド捨ててないからな」

 

 

 堂々たる面差しであった。

 谷川さんという強敵との喧嘩が約束されても、なお衰えない眼力。

 千明に関してはバフにしかならない可能性もあるが。

 

 

 さすがに目の前でそんなイケメンムーブをされると、湊もどうやら我慢ができないようだった。

 彼女は双眸をうるませ千明に抱きつく。

 

 

「千明ィィィィィィィ!!!」

「うわ汚ェな離れろよ」

「感動的な流れだろ! ひしと抱きしめ返せよ!」

「お前今の自分の顔面の状況理解してるか? 涙と鼻水でひどいことになってんぞ」

「キラリと輝く可愛らしい表情だろうが」

「谷川詠との喧嘩の後遺症がかなり残ってんな。今日は戦うのやめといて、先に病院行ったほうがいいぜ」

 

 

 いつもどおりのコントじみたやり取りだ。

 先程まで漂っていた真剣な空気は霧散し、普段のおちゃらけた雰囲気が漂いはじめる。

 

 

 俺は隣の席で繰り広げられていた二人の会話が無事に着地したことで、安堵に胸をなでおろしたのであった。

 

 

     ◇

 

 

 昨日と同じ教室を訪問したところ、谷川さんがニヤリと笑って「〝本気(ガチ)〟でやるならここじゃ狭ェ。外に行こうや」と促してきた。

 自分のときは教室で喧嘩したのに、どうして千明のときは違うのだろうか。

 と疑問に思っている様子の湊は放っておいて、俺たちは立派な谷川さんの背中を追っている。

 

 

「どう思うよ、拓馬クン」

 

 

 期待を隠しきれない眼差しをしている千明が、まわりの取り巻きたちに聞こえないように囁いてきた。

 おそらく待ち伏せだとか、そういった罠に関しての質問だろう。

 

 

「普通にタイマンだと思うよ」

「まァまっすぐ(・・・・)そうだもんな」

 

 

 彼女はどこか含みがあるような言い回しで――たとえば「まっすぐ」にアクセントをつけたりだとか――口角を上げた。

 同時に肩を竦めて、アメリカ映画のごとき反応である。

 

 

 柴方高校において喧嘩など日常茶飯事だ。

 だから気にすることなどなく、さっさと校舎内でおっ始めるものだとばかり思っていたら、谷川さんは意外にも校門をくぐって川沿いに下り始めた。

 当然のことながら授業中に。

 俺は最近、自分の常識を疑う場面が多すぎて困っている。

 

 

 誰も反応しないからなおさらだ。

 いまだに怒られるんじゃないかと心配の勝る鼓動をなだめて、一見すると落ち着いているように振る舞う。

 しばらく歩いていくと、谷川さんが階段を下りていった。

 目指す場所は橋の下らしい。千明と目配せをして、やがてついていく。

 

 

 隣で湊が怖がっていた。

 どうにも話を聞いている限りでは、喧嘩の恐ろしさというよりも幽霊の登場を恐れている感じである。

 しかしここにいるのは天下無敵の不良たちなので――別に湊が不良として不適であると言っているわけではない――ガン無視していた。

 俺も例に従って、澄ました顔で階段を下りていく。

 

 

「なァ拓馬クン」

 

 

 けれどもこうやって直接話しかけられて無視をするのも忍びなく、こわごわと声を潜めている湊の真似をして、こちらも小さく返した。

 

 

「何」

「橋の下って幽霊出そーじゃね? しかも川の側。人工河川ならともかく、昔からあるタイプの橋だろ。ぜってー何人か埋まってるって」

「そこはもうほら拳で頑張ってもらって」

「物理無効だよきっと……」

 

 

 幽霊に物理攻撃が効いたとしても効果がなさそうな戦闘能力をしている湊は、俺を盾にするように立ち回っている。

 情けない。秋の蚊。

 

 

 

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