不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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榛名千明VS谷川詠

 榛名千明と谷川詠が対峙している。

 場所は橋の下。川の側で、不良のみがそこにいた。

 俺は二人の桎梏(しっこく)となるのを嫌い、離れたところから彼女らを眺めている。

 

 

「なァ、千明は勝てると思うか?」

「わからない。谷川さんの喧嘩は見たことがあるけど、底が知れないから。でも夜宵に勝った千明なら互角以上だとは思う……」

 

 

 湊の質問に断言はできなかった。漫画『フィスト』では榛名千明が勝利したが、この世界ではどうなるか不明ゆえに。

 自分の存在がイレギュラーを発生させている。バタフライエフェクト。小さな変化が大きな差異を生んでしまうのだ。

 

 

 谷川さんの手下たちに囲繞(いにょう)されているために、俺たちは耳打ちをしていた。近くで見た湊のまつげは震えている。仲間の――千明の未来を憂いているのだろう。

 

 

 向こうで対峙している二人。

 無言のはずなのに、こちらにまで緊張が伝わってきた。

 俺はつばを飲み込んでしまう。川の上を魚が跳ねた。

 

 

「――オラァ!!」

 

 

 どちらともなく攻防が始まる。

 烈火の勢いで谷川さんが拳を振るった。千明はわずかな動きで攻撃を回避すると、懐に潜り込んでカウンターを繰り出す。

 

 

「チィッ!」

「さすがに、速いな!」

「自分の下にいるやつらに格好がつかねェからな!!」

 

 

 数瞬で位置を入れ替えながら、二人はやり取りを交わしていた。

 人の上に立つものとして、谷川さんの自負が垣間見える発言だ。どこかの誰かにずいぶんと刺さりそうなものである。

 俺が隣の湊を覗き込んでみると、彼女は顔をしかめていた。鼻筋にシワが寄り、口は引き締められている。

 

 

 二人はもちろん言葉ばかりを交わしているのではない。

 むしろ拳のほうが多く、肉を打つ音が聞こえてくる。

 蹴りも混じったそこは戦場だ。間違っても自分のような一般人が侵入しようものならば、呻吟(しんぎん)も不可能なほど滅多打ちにされるだろう。

 

 

「――赤城さんに勝ったって聞いたぜ?」

「あァ! 一応な!!」

「あの赤城さんがどこの馬の骨に負けたんだと思ったが、オメェなら納得できる!」

「お褒めに預かり恐悦至極! それよりお口にばっかり意識が回ってて、さっきから防戦一方じゃねェの!?」

 

 

 均衡は千明に傾いているように見えた。

 彼女は止まることなく攻撃を続ける。間隙を縫うように放たれる谷川さんの反撃も、精彩が欠けているように思えた。

 

 

 しかしそれは谷川さんの狙い通りだったようで、次の瞬間には千明が目を見開くことになった。

 空気をえぐる拳を躱し、谷川さんが千明の懐へ潜り込む。

 インファイターにとって絶好の領域。高身長の谷川さんにとってみれば動きづらいことこの上ない。

 はずだったのだが。

 

 

「クソッ!」

 

 

 千明は悪態を放った。それほどまでに谷川さんの動きは完成されていた。川の流れのように淀みない。反撃する隙もない。ただ防御一辺倒になるばかりで、千明は追い詰められていった。

 

 

「さっきまでのは手ェ抜いてたのかよ!」

「抜いてねェ。お前のクセを見てたんだよ」

「クセだぁ!?」

「私は相手の動きのクセを掴んで、最も『私が動きやすい状況』を作る。今がそれだ。逆にお前は動きづらいだろう?」

 

 

 たしかに千明は不自由そうだった。

 パンチを放とうと腕を引いても、すかさず谷川さんが距離を詰める。苦し紛れの攻撃は威力を持たない。結果として隙を晒すだけだった。

 そこを谷川さんは咎めていく。千明は重たい攻撃こそ――それこそ一発でダウンしてしまうような――回避していたが、戦況の有利は明白だった。

 

 

 普段谷川さんは……言い方を考えなければ、おつむの弱そうな言動をしている。

 しかしこと喧嘩となれば彼女は天才的だった。わずかな時間で相手の隙を看破し、それに合わせて自分の動きを変える。

 見破るだけならばともかく、対応した振る舞いをするのだ。これを天才と言わずに何と言うだろう。谷川詠は喧嘩の天才だった。

 

 

「ずいぶん頭のよさげなコト言ってんじゃねェか!」

「私は誰がどう見ても頭のいいパーフェクトガールだからなァ!!」

「鏡で自分の姿でも見ろ、ってんだッッ!」

 

 

 千明が息を溜めて拳を放つ。

 少し前までなら急所に入っていただろう攻撃だ。

 だが〝現在(いま)〟の谷川さんには通用しない。

 彼女は余裕をもって回避すると、むしろカウンターを決めようと腰を回転させた。

 

 

「先輩に向かって何だその口の聞き方はァ!?」

「うおぉぉっ!? 器小っさ!!」

 

 

 地面が揺れる。

 空気が唸る。

 谷川さんの迫力は、遠くから眺めている俺ですらそう錯覚してしまうほどのものだった。近くから視認している千明は、一体どのような気持ちなのだろうか。

 

 

 けれども――。

 

 

「………………」

 

 

 その口元を見れば。

 悪魔のように釣り上がっている、その口元。

 犬歯をむき出しにし(まなじり)を決する。

 およそ女の子とは思えない表情だ。

 女の子というより――戦士。

 戦場を求める者の顔である。

 

 

 千明が今どんな気持ちなのか。

 当然ながら俺は他人の気持ちを完全に読み取れるわけではないので、憶測になってしまうけれども。

 

 

 きっとこの上なく喧嘩を楽しんでいるのだろう、と。

 彼女の姿を見ていて感じ取った。

 

 

「楽しくなってきたァ――!!」

「ほざけェ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千明と谷川さんの喧嘩を、誰もが息を殺して眺めていた。

 二人はすでに満身創痍である。いつ倒れてもおかしくない。そんな状態なのにもかかわらず、彼女らは精神力でもって立っているのだ。

 

 

「ハァ、ハァ……ッ!」

「ぐっ……!」

 

 

 しかし限界は訪れる。

 千明は苦悶の表情で膝を折った。とっさに踏ん張ろうとするが耐えられない。音を立てて地面に倒れ込み、大の字を晒した。

 

 

「まさか……」

「千明が――?」

 

 

 俺と湊は驚愕する。

 あの夜宵に勝った千明が負けるなんて。

 漠然と彼女は最強だと思い込んでいたのかもしれない。何だかんだ言っても最終的には勝利する。そんな幻想を千明に投射していたのかもしれなかった。

 

 

 けれども――やはり千明と喧嘩していた谷川さんにも、その影響はある。

 谷川さんは千明の後を追うように倒れた。糸が突然切れるように、受け身も取れないままに吸い込まれる。

 取り巻きたちが彼女のもとへ駆け寄るのを見て、俺たちもショックを横においておいて、千明のところへ走っていく。

 

 

「千明っ!」

「……あぁ、湊か。どーしたそんな慌てて」

「当たり前だろ! 怪我とか大丈夫か!?」

「全身が痛ェ。不思議な川も見える……」

「絶対渡るなよそれ!?」

 

 

 心配と焦燥とを混ぜ込んだ湊の言葉に、千明は「冗談だよ冗談」と唇の端を歪めた。案外余裕があるのだろうか。

 強がりの可能性があるので怪我の具合を注視していくが、命の危険はなさそうだと胸を撫で下ろす。

 もちろん絶対ではない。できれば病院へ行って診てもらうほうがよいのだろうが、喧嘩が原因で医者に頼るなど、骨折やらをしていなければ不良のプライドが許さないだろう。

 

 

 俺は持っていた絆創膏を取り出し、千明の頬に貼った。

 痛みを我慢しているのだろうか、彼女は目を細めて感謝の言葉を伝えてくる。

 

 

「ありがとさん」

「……谷川さんは強かった?」

「強かったね。どうして赤城さんを差し置いて番長を張らなかったのかわからないくらいだ。二人が戦ったらどっちが勝ったか予想できねェ」

 

 

 千明は大の字で天を仰いでいる。

 あの夜の山で自分が勝利できたのはコンディションも十全で、かつ運がよかったからだと彼女は語った。

 つまり榛名千明と赤城夜宵の実力は拮抗している。そして谷川詠も同様に。そういうことだろう。

 

 

 俺たち三人が輪になって話を続けていると、取り巻きたちに肩を借りた谷川さんがこちらに歩いてきた。

 膝は震えている。しかし気力が双眸に込められていた。それは敗者のものではない。気高さを持った戦士の瞳である。

 

 

「よォ」

「……負けちまったな」

「おいおい、そう気を落とすんじゃねェよ。つーか、あれは私が勝ったワケじゃ別にねェだろう」

「は?」

 

 

 千明は困惑した様子だった。

 ため息をついて、谷川さんは説明しだす。

 

 

「喧嘩の勝敗の定義をどちらが先に倒れるか……にするんだったら、まァ私の勝ちだろうさ。でも私の定義は違う。喧嘩が続けられなくなったほうの負けだ」

「……何が言いたい?」

「私もこれ以上は戦えねェってこった」

 

 

 彼女の意図を理解したのか、千明はまるで馬鹿を見るような目を向け始めた。いつも湊に向けている目だ。

 

 

「さっきの喧嘩は引き分けってコトか? 何も言わなかったらそっちの勝ちになってただろ」

「それじゃあ納得できねェ。他でもない私に対して嘘をつくのが大嫌いなんだ」

「……ハァ、馬鹿なやつ」

「あぁんテメェ先輩に向かって何だその口の聞き方はァ!?」

「あーはいはい、すんませんした反省してやーす」

「わかったら許してやる」

 

 

 谷川さんは腕を組んで頷いた。

 千明は呆れ果てて肩を竦めている。

 俺と湊も二人して視線を合わせていた。

 

 

『フィスト』で谷川詠の人柄を知ってはいたものの、いざこうして目の前にしてみると何と言うか。

 彼女の器の広さに驚嘆すると言うべきか、はたまた苦労しそうな生き方だと言うべきか。

 どちらにせよ谷川さんの人格の立派さに帰結するのだから、黙って彼女のまっすぐさを尊敬するしかない。

 

 

 そして数日後。

 谷川派と妙義派の間で、一つの約束が結ばれた。

 

 

「しっかし、同盟ねェ……」

「湊が番長になるっていう目的こそ達成できなかったけど、まぁこれはこれでいいんじゃない」

 

 

 机に肘をついている千明。

 俺は炭酸飲料を飲みながら、彼女に視線を向けた。

 

 

「たしかに湊一人が頭を張るよりかは、そっちのほうが安定するんだろうケドよ……何ていうか、いまいち納得できねェんだよな」

「やっぱりトップは一人のほうがいい?」

「そりゃな。どっちのが強いのか白黒はっきりさせたいって気持ちもある」

 

 

 谷川派と妙義派は同盟を組むことになった。柴方高校をこの二つの派閥が同時に締めるということだ。とはいっても妙義派は人数も少ないし、そこまで力があるわけではない。

 

 

 実は『フィスト』でもそうだった。

 榛名千明と谷川詠の喧嘩は引き分けに終わり、柴方高校は二人によって治められるようになる。

 そこからは柴方高校編が終了し外へ向かうのだ。きっとこの世界でもそうなるだろう。

 

 

 俺は特に何も気にすることなく日常を過ごしていた。

 だが未来というのは些細なことで変化する。

 漫画の知識を持っている男が、それも貞操逆転している世界で存在してしまっていれば、変化は大きなものになるのだ。

 

 

 それを俺が実感したのは、一ヶ月後のことだった。

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