不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
明らかな異変
谷川さんとのいざこざが終わり、俺たちは胸をなでおろしていた。妙義派と谷川派とが柴方高校を治めることになって、番長不在の状況だけれども、明確なトップがいることで安定はしている。
まぁここにおいて喧嘩というのは日常的なものなので、それがなくなることはないが。今も教室の前の方で戦いが勃発している。
黒板に追い詰められている女子生徒と、追い詰めている女子生徒。それを囃し立てている女子生徒たち。
最近はあまり感じなくなったが、こういうところで貞操逆転していることを実感する。治安の悪い学校で喧嘩をしているといえば男子のイメージだが、この世界では女子がしているのが実際だ。
不良漫画の世界で貞操逆転していて、しかも主要なキャラクターが性転換までしているのだから、最初はどうなることやらと思っていたものだ。
「お、拓馬クンどこ行くの」
「購買まで。今日お弁当ないんだ」
「お気をつけて〜誰かに攫われないようにしろよォ」
「大丈夫だよ」
隣の席に座る榛名千明が、やる気なさそうに手をひらひらとしてくる。
俺は肩を竦めながらも教室を出て廊下を歩いていった。たしかに柴方高校での男子生徒は著しく少ないものの、そんな移動していたら危険な目に遭うレベルではない。
ポケットに手を突っ込んで財布の肌触りを感じていると、向こうから知っている人間が歩いてくるのが見えた。
「あ、
「拓馬クンやん。おひさ」
手を上げて笑っているのは
奇遇なことに同じ柴方高校の一年生だということで、家にまで上げてもらって仲良くなったのだ。
尊は白い内巻きの髪を揺らしながら、
「なんや拓馬クン妙義派やったん? 先に言っといてほしかったわ。そやったら、うちやってあんな生意気な口きかんかったのに」
「いや俺なんか畏まられる人間じゃないから。尊は友達だし、これからも変わらないでくれると嬉しいなって」
「まァ本人に言わたらしゃーないわ。何か妙義派に怒られたら、そこは拓馬クンになんとかしてもらお」
口調に冗談を交えながら彼女は笑った。
俺はよく『フィスト』の登場人物たちと関わっている。それは流れでそうなったのであるが、漫画の展開を変えないようにと気を使って話すのは疲れるのだ。まったく嫌ではないが。
しかし尊のように漫画には登場していない人物であれば、何も意識することなく会話することができる。
「最近は拓馬クンと会えなくて寂しかったわァ」
「結構取り込んでてて。でも解決したから大丈夫だよ」
「そらよかった。うちも仲いい男の子と喋れなくなるのは悲しいからなぁ。どや、拓馬クンうちと一緒に柴方高校の天下でも取らへんか?」
「無理だよ。俺じゃ力になれない」
「うちが天下を取るのは否定しないんやな?」
尊は悪戯気に目を細めた。
不良にとってそれくらいは頻出の冗談だろう。冗談ではない可能性もあるが、力こそが正義の柴方高校だったら、特に問題はない。
「俺は力関係とかよくわからないけど、今から天下を取るのは大変じゃない? 妙義派だけだったら何とかなったかもしれないけど、今はここに谷川派の生徒たちもいるからね。単純に考えて全校生徒の半分くらいを相手にするんだよ」
「そう聞くと怖いわぁ。うちなんかには無理そうや。やめとこやめとこ」
彼女は「おーこわ」と肩を竦めながら自分を掻き抱いた。
「じゃあ俺は購買に行くから」
「ほな。いつか一緒に遊ぼーなぁ」
「うん」
手を振って尊と別れる。
すれ違うときに僅かな違和感を感じて、内心で首を傾げながら振り返った。一体何が気になったんだろう。
何の気なしに彼女の背中を眺めてみると、スカートの裾、そこに赤いものが付着しているのが見えた。
「血……?」
どこか怪我でもしているのだろうか。
しかしスカートから覗くのは真っ白な肌のみ。
怪我らしきものは見当たらない。
まぁ柴方高校だから、どこかで喧嘩でもしていて、その血が付着してしまったのだろう。よくあることだ。
俺は気にしないことにして踵を返す。
それよりも購買へ急がなければ。あそこのパンは量と美味しさの割に安い。だから非常に人気なのである。
◇
高群拓馬と別れた白根尊は、顔に貼り付けていた薄っぺらい笑みを外して歩いていた。無表情とは言わないが、実に胡散臭い表情である。
彼女はとある空き教室の前まで来ると扉を開く。誰も見ていないことを確認して、室内へ入った。
「……お、ずいぶん増えとるやん」
「はい。もう全校生徒半分程度は仲間になってます」
「ほな妙義派と谷川派の連合軍に戦争ふっかけても、十分勝機はありそうやな」
白根尊。
漫画『フィスト』においてはすぐに退場したモブキャラ。
あまりにも少ない登場シーンゆえに拓馬も覚えていなかったが、彼女は立派な登場人物なのである。
しかし高群拓馬の存在によって運命が変わり――異性が近くにいることで妙義湊が漫画よりも情けなくなったことが原因かもしれない――彼女は自分が番長になることを目指して、日々暗躍しているのだ。
「なんで拓馬クン敵なんやろなぁ。正直うちの運命の相手やと思っとったんやけど」
「妙義派に勝てば自動的に白根さんのモノになりますぜ」
「そうかぁ? それって意思とか大丈夫なんかなぁ」
「愛なんてのは後からいくらでも生まれますぜ」
「そうかぁ。ほな大丈夫かぁ」
尊は腕を組んで、悩まし気に頷いた。
最近何かおかしい。
俺は鞄に教科書を仕舞いながら、違和感について考えていた。
柴方高校では喧嘩は日常茶飯事である。
事実、ここで誰かが争っていない日はなかったくらいだ。
しかし最近――二週間くらいは、それが少ない。
もちろんゼロというわけではないが、梅雨の時期に数えるほどしか雨が降らないように、違和感を覚えるほどに少なくなっている。
漫画『フィスト』の知識を踏まえても理解不能だ。何かしらのイベントが起きたということでもないし、自分が認知していない力が働いている。
考察できる原因としては性別が変わっていることと俺の存在だろうか。
性別が変わっていれば闘争心とかそういうものの量が異なっていてもおかしくない。前世でもレディースなどは存在していたが、やはり少数派だった。
だがそれを原因とすると、今まで差異が表出しなかったことがむしろ違和感となる。つまり考えられるのは残り一つというわけで。
「……俺か」
「どしたん拓馬クン。話し聞こか?」
「いや……尊に心配かけたくないから」
「なんや水臭いなァ。うちと拓馬クンの仲やん。全然気にしなくていいのに」
尊は隣の席でペンを回しながら、自分の胸を手で叩いた。
俺と彼女はここ数週間で仲良くなって、こうして遊びに出ることが多くなったのである。
現在は遊びというよりも図書室で勉強しているから、真面目な内容であるが。
「しっかし拓馬クン意外やなぁ」
「何が?」
「そんなパツキンでちゃらそーな見た目しとるのに、真面目クンな感じで図書室で机に向かっとるなんて」
「学生の本分は勉強だからね」
ひぇー、と肩を竦めて尊は笑った。
茶化すようなことを言っている彼女であるが、一緒に机に向かっているのだから人のことは言えないだろうに。
もしかすると勉強していることに小っ恥ずかしさを感じて、それを誤魔化すためにからかってきたのかもしれない。
「うちはそんな勉強できへんわ」
「……の割にはスラスラと問題を解いてるけど」
「これは簡単やからなァ」
「そうか……?」
俺は首を傾げながらも、本人がそう言うのだからそうなのだろうと納得した。
柴方高校においても勉強をする人間というのはいる。
高校受験を失敗してしまった者だったり――例えば受験日に体調を崩して行けなかったりだとか――高校生になってから勉強の楽しさに目覚めた者だとかだ。
しかし彼ら彼女らは基本的に柴方高校で勉強するのではなく、家でやったり自習室に行ったりするから、図書室はガラガラなのである。
要するに一人になれる空間。
俺はそれを求めて図書室に入り浸っていたのだ。
たまたまここを訪れた尊と、どういうわけか一緒に過ごすようになったが。
「ところで」
「ん?」
「今の柴方高校には番長がいないやん」
「妙義派と谷川派が並び立ってるね」
「うち、番長目指そうかと思って」
冗談かと思った。
しかし彼女は本気の目をしている。
「勝算はあるの? もちろん番長を目指すことを否定はしないよ。不良にとって天辺に立つのは、誰しもの夢だろうし。でも単騎で挑んだらボコボコにされるんじゃないの」
「実は前から準備しとったねん」
「準備……?」
尊は指を鳴らした。
一体何をするつもりなのか。
俺は訝しげに彼女を眺めていたが、本棚の後ろから数人の女子生徒が歩いてくる。あまり柴方高校の情勢に詳しくない自分ですら知っている顔ぶれで、まさかという思いが湧き上がってきた。
「前々から準備しとったんよ。どうすれば妙義湊に勝てるかを考えて」
「つまり……この人たちは尊の?」
「そ。うちの仲間になってくれた人らや」
知らない。
俺はこんな出来事の存在を知らない。
『フィスト』の知識があっても理解できない状況――俺がもたらしてしまった絶対的な変化。
しかしわからない。どうして俺がいるだけで、白根尊という人間がここまで大きく動くようになったのか。
「……尊は、なんで番長を目指そうと?」
「妙義湊。拓馬クンはどう思う?」
「…………いい子だと思うよ」
「聞こえのいい表現やなぁ」
彼女は指を一本立てる。
「うちはな、『こいつになら勝てるんじゃないか』と思ったんよ」
「……否定はしない」
「風の噂では妙義湊はめちゃくちゃ弱いらしいやん。だったらうちが頂点に立っても問題ないやろ」
まぁ、道理ではある。
ヤンキーの不文律を詳しく理解しているわけではないが、実力不足のリーダーなどを許容しないだろうということくらいはわかる。
仮にそのリーダーが圧倒的なカリスマだったりすれば話は別だろうが、湊のカリスマ性はどうあれ、関係値がゼロに等しい尊にとってはおそらく許容できなかったのだ。
「一応、俺は妙義派なんだけど」
「え? 勝者総取り方式やないの?」
「人間には適用されないんじゃないかなぁ」
「ほな話が変わってくるかァ……」
尊は顎に指を添えて、天井を見上げる。
「白根さん、嫌よ嫌よも好きのうちという言葉があります」
「……つまり?」
「この男の発言はいわゆるツンデレかと」
「ほな番長目指すか……」
本棚の裏から現れた女子生徒が慇懃な態度で尊に耳打ちをした。
尊はその発言に納得したのだろうか、腕を組んで深く頷く。
張り詰めていた空気がしぼんだ風船のようになるのを感じた。
言ってしまえばシリアスな雰囲気が消失した。
こちらに視線を向けて、尊は口を開く。
「今はうちのものにならないかもしれへん。でもうちが番長になったら、その、うーんと、あー、かれ……かれ……ん゛ん゛っ、そんな感じになってもらうで!」
「さすがです白根さん!」
「立派っす!」
「覚悟をキメた女の顔ですぜ!!」
突きつけられた指。
E.T.ごっこでもしてみようか? なんてふざけたことを考えていると、彼女は恥ずかしくなったのか取り巻きを連れて立ち去っていく。
他に誰もいない図書室には沈黙が満ちた。
俺はしばらく途方に暮れていたが、やがて椅子にどかっと座る。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
――何とかしなければ。
自分の存在が世界を変えてしまったのであれば、自分の責任で何とかしなければならない。
運命を己の手で左右できると思うほど傲慢ではないが、さすがにここまでの大きな変化だと、『フィスト』の知識がまったく通用しなくなる。
この世界の異物である俺が、世界の流れを変えてしまうなんてありえない。自分で蒔いた種は自分で摘みとろう。
背もたれに大きく体重を預けながら、俺はため息をつくのであった。