不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
部室棟の階段を登っている。
最近遊んでいなかったから何かしよう、と夜宵に呼び出されたのだ。
初めこそ不良相手に喋ったりするのに恐怖を感じていたが、現在はそうではない。同性の友達と関わっているような感じである。
階段を登りきり扉を開くと、夜宵がソファに寝転がっていた。
床には浅間さんが倒れている。空のビール缶とカップ麺を添えて。どうやら未成年飲酒をキメてドカ食い気絶部を敢行しているらしい。
心臓とか血管とか大丈夫なんだろうか、と心配しつつも俺は入室した。こちらの気配に気づいた様子の夜宵は首を上げる。
「久しぶりィ〜」
「……疲れてるの?」
「なんで?」
「目の下にクマがある」
指を指す。
彼女は苦笑した。
「いやいや、これはね……映画のせいだよ」
「映画?」
「昨日面白い映画見てさァ、シリーズものだったから全部見るのに時間がかかっちゃって」
それで徹夜したってワケ。
夜宵は自慢げに胸を張った。
まったく自慢できる内容ではないが。
普段から比較的早寝早起きを――子供のような見た目に違わず――しているらしい彼女がクマをしているところは見たことがなかった。
ゆえに俺は心配したのだが、大したことがなくて安心である。
促されて夜宵の隣に座った。
「拓馬、もしかしなくても悩みがあるね?」
「……なんで?」
「目の下にクマは……まァないケド、そーゆー雰囲気」
夜宵は双眸を細める。
まるで先程のやり取りの焼き直しだ。おそらく彼女も意識したのだろうが、「褒めて褒めて」と言わんばかりに鼻の穴が膨らんでいる。天邪鬼が発動し俺は無言で肩を竦めた。
「あたしに任せてくれていいよ。こんなんでも一つの派閥の頭を張ってたからね。相談とかはよく受けてたんだ」
「えぇーと……」
通常の相談であれば迷いなくしただろう。しかし内容が内容だ。まさか「ここは漫画の世界で、自分のせいで展開が変わってしまっているんです」なんて口に出せまい。
もしも馬鹿正直に話そうものなら、可哀想な人を見る眼差しを向けられておしまいだ。
けれども夜宵は期待に満ちた視線を送ってくる。
黙っているのも忍びなくて、俺は内容を若干変えて口を開いた。
「……白根派、って知ってる?」
「知らない」
「柴方高校の番長を狙ってる新しい派閥なんだけど」
天井を見上げ、
「俺のせいで番長を目指すようになったらしくて」
「ライバルになっちゃった湊に罪悪感を覚えてると」
「うん」
夜宵は腕を組んだ。
しばらくして噴き出した。
「え? それだけ?」
「……一応、眠りも浅くなるくらいの悩みだったんだけど」
「拓馬は考えすぎだよ」
よっと、と彼女はソファから立ち上がる。
数歩前に進んでこちらを振り返った。
威風堂々。その姿からは自信が感じられる。
「自分一人が何か大きな流れを変えられる、なんて言葉は悪いケド傲慢だね。烏滸がましいとも言える」
「……でも俺はたしかに変えてしまったんだよ」
「まーそう思うんだったらいいけどさァ、悩むのは違うと思うぜ? 悩むってことは変化が悪い方向に行ったと判断したワケでしょ。拓馬の影響で変化した〝その人〟まで含めて」
夜宵は唇を尖らせた。
「あたしが拓馬の影響で何か変わったらさ――たとえ拓馬本人にでもその変化を否定されたくないね」
「……なる、ほど」
思わず浮いた腰を下ろす。
安物のソファが軋んだ。
いつからか俺は勘違いしていたのかもしれない。自分には大いなる力が宿っていて何かを成せると。知っている漫画の世界に転生し、それこそ主人公のような立場にいたせいで。
だが俺にできることは限られている。
スーパーヒーローのように世界を救うことはできない。
同じく運命を大きく変えてしまうことも。
ある種の中二病。自分の言動が世界の流れを変えてしまい、運命の天秤を崩してしまうなんて痛い妄想。
俺はそれを患っていた。酔っていたと表現することも可能か。尊の未来を変えてしまい後悔もしきれないほどであったが、そもそも自分に未来を決定的に変えてしまうほどの力はなかった。
少なくとも「番長を目指す」という目標を立てたのは尊だ。俺じゃない。俺がそそのかしたわけでもない。
夜宵にすべて見透かされた気分だった。
さすがに一つの学校の頭を張っていただけはあり、その観察眼は自分ですら気づいていないことも見透かせるようだ。岡目八目かもしれないが。
どちらにせよ彼女の目が優れていることには違いない。
「どうしても悩みが尽きないって言うんだったらサ、自分の目で直接確かめてみたら?」
「……つまり?」
「白根派に潜入捜査してみようってコト!!」
夜宵は片目をつぶって指を鳴らした。
実にバタ臭い振る舞い。ある直感が走る。
「……もしてかして、昨日見た映画ってスパイ映画だったりする?」
「よくわかったね。あたしも潜入捜査してみたいなって」
「だから俺にそうアドバイスしたんだ」
「そういう理由もあるケド、まさかそれだけが全部じゃないよ。うだうだ言ってる暇があったら直接確認すればいい、ってのは本当に思ってること」
彼女はオーバーに両肩を上げた。
「あのさ、白根派に入りたいんだけど」
「は???」
図書室。
静けさが支配する空間で、頭の上にクエスチョンマークを大量発生させる人間がいた。目の前に座る白根尊である。
彼女は困惑を貼り付け首を傾げた。
内巻きのセミロングの白髮が、肩から滑り落ちる。
「謀反?」
「そういうわけじゃないけど、興味が湧いて」
「浮気性な男やったんやな〜」
妙義さんも難儀やなぁ、と尊は頬を掻いた。困ったような表情は消えない。チラチラと眼差しを本棚の奥に送ると、そこから取り巻きの生徒たちが現れる。力士の入場のごとき歩き方だった。
「おい」
「はい」
「白根さんのことはどう思う?」
「えっ……可愛らしい方だなぁと」
「合格」
「えっ」
俺と尊の声が重なった。尊は「マジかこいつ」みたいな顔をしている。しかし取り巻きの生徒は堂々としていた。反省の意は見当たらない。どこまでも澄み切った空のような晴れ晴れしさだった。
微妙な空気が流れる。
尊に視線を向けると、彼女は耳を赤くしていた。
「……ほな、そういうことで」
「えっ」
「白根派にようこそ、新人」
「えっ」
取り巻きの生徒が笑う。彼女はこちらまで寄ってくると肩に手を置いて、ぐぐぐと体重をかけてきた。しかし性別の差があるのか――貞操逆転しているものの――そこまでの重さは感じなかった。
◇
数日後の話である。
俺が弁当箱を取り出すために鞄を机の上に置くと、音を立てながら湊が歩いてきた。肩を怒らせている。机を叩き彼女は叫んだ。
「浮気ッッ!?」
「一体何のこと?」
「聞いたぜ拓馬クン白根派に入ったそうじゃねェか!!」
「誰から聞いたの」
「白根尊!!!!」
自慢げによォ〜まるで彼氏でも紹介するみたいな口調でよォ〜はじめましてなのに引っ叩こうかと思ったぜェ〜と湊は歯噛みする。
秘密主義な尊のことだから俺が白根派に入ったことも隠そうとするかと思ったのだが、どうも湊に直接報告したらしい。
けじめ的なものだろうか――あるいは自慢か。いや何を自慢するのかは理解できないけれども。目の前で湊が悔しがっているのだから、何らかの効果はあったのだろう。
隣の席の千明は片眉を上げていた。
しかし静観の構え。口は開かない。
湊は目尻に涙を溜め、
「もう拓馬クンなんて知らない!!」
「えっ」
足早に教室を去っていった。
不良には似つかわしくない、恋愛ドラマの登場人物のようなセリフだ。俺は彼女に声をかけることもできず背中を見送るしかなかった。
とっさに伸ばした手だけが虚しく宙を切る。
「罪な男だねェ」
千明がくつくつと笑った。
向き直ると、彼女はいちごミルクを吸う。
「どういう風の吹き回しだい」
「いや……ちょっと」
「ふゥ〜ん?」
何も言わない。
ただ意味深に笑みを深めるばかりだ。
「湊はあんなふうに言ってたけどサ、どーせすぐに話しかけてくるぜ。『なァ、一緒に飯でも行かねーか』って下手くそな誘い文句で」
「……理由とか聞かないんだ」
「聞いてほしいのか? メンドクセェ彼氏みたいなコト言っちゃって」
「そういうわけではない」
俺は頭を振って唇の端を緩めた。予想外の出来事があったせいで表情筋が硬直している。むにむにと指でマッサージしていると、千明が立ち上がった。
「湊でも探してくるワ。理由なんて聞かないけど、どうしても無理ってなったら私にでも相談しなよ。
ひらひらと手を振る。
男らしい――この世界においては女らしい振る舞いだ。
スカートのポケットに腕を突っ込んで彼女は教室を出ていった。残された俺は一人で窓の外を眺める。
「夜宵はスパイ作戦なんて言ってたけど、本当にそうなりそうだな。敵を騙すにはまず味方からってか?」
そんな独り言を鼻で笑った。
ただまぁ同じ教室だから湊との再会はずいぶんと早かった。十数分後には彼女と目線が合ってしまい、気まずい雰囲気で逸らす。面白いものでも観覧するかのように千明は足を組んでいた。
放課後になり俺は一人で玄関を出る。今日は尊から呼び出されているのだ。
目的地にたどり着くと、そこには尊と取り巻きたちがいた。一見して不良とはわからない立ち振る舞いである。
ゆえに肩肘張ることなく声をかけた。
「おーい」
「うっす高群さん!」
「……何この反応」
直角九十度。
取り巻きたちが見事なお辞儀を見せる。
尊ではなく、俺に対して。意味がわからない。
訳知り顔で突っ立っている尊に視線で疑問を呈すると、彼女は深海魚のようなゆったりとした動きで指を鳴らした。
「拓馬クンは白根派の幹部になりました」
「は?」
「拓馬クンは白根派の幹部になりました」
「いや聞こえなかったわけじゃないんだけどさ」
鼓膜は正常に作動したのだ。
脳がショートしただけで。
取り巻きたちのお偉いさんに向けるような態度に落ち着かず、「お辞儀とかしなくても大丈夫ですよ」と言ったら、尊が彼女たちに指示を出した。
「皆、今日はもう大丈夫や。解散してもええで」
「緊張はもうしてないんですか」
「二人きりになるのは緊張するからついてきて、って言ってたじゃないですか」
「まだソワソワしてますよ。家までお供しましょうか」
「えぇい静かにせい知らん知らん何やそれ誰が言ったん!?」
先程までの落ち着いた様子はどこへ行ったのか、尊は髪を振り乱して取り巻きたちを強引に帰らせる。
彼女たちは最後まで心配そうな目をしていた。まるで初めて小学校に登校した子供を眺める親のように。