不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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葛藤

 俺はどうしたらいいのか。

 最近その悩みが尽きない。

 

 

「……はぁ」

 

 

 カーテンの隙間から差し込む光。もう朝になってしまったのか。

 鉛を流し込まれたような体をベッドから起こし、ため息をつく。ここのところ満足に眠れていなかった。

 

 

 白根尊が柴方高校の番長を目指す――『フィスト』の展開を破壊してしまうというのは、この世界の異物である俺のせいだと思っていた。事実そうなのだろう。自分という不純物がおかしくしている。

 

 

 しかし尊の話を聞き、彼女の夢を否定するのは嫌だと思った。

 湊のことを勘違いしているのであれば簡単だったが、そうではなく、尊は自分の意志で番長を目指していたのだ。

 誰にそれを諦めさせる資格があるだろうか。

 

 

 制服に袖を通して家を出る。あまり目が開いていない気がした。

 足元が不安定で歩いているという感じがしない。道を走る車の音も遠く、薄いフィルターを何枚も重ねて聞いているようだった。

 

 

 学校に到着しても授業に集中できない。千明は意味深な視線を投げかけてくるが、何かを察しているのか話しかけてくることはなかった。一応現在は妙義派を裏切って白根派に入っていることになるので、俺は彼女らと話していないのである。

 

 

 放課後になり帰ろうとする。

 筆箱しか入っていない鞄を背負って、教室の後ろの扉を目指すと湊と目線が合った。彼女は「やばっ」と声を漏らして顔を逸らす。

 

 

「………………」

 

 

 こちらから話しかけることはできない。俺は裏切った身だ。声をかければ対応してくれるような気もするが、少なくとも問題が解決していない現状では、そんなことをする資格があるわけもないのだ。

 俺は目をぎゅっと瞑り、教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柴方高校は山の麓に位置している。

 その山は頂上に大きな仏像をいただくため、御仏(みほとけ)山と呼ばれていた。

 

 

 普段は交通量も少なく、やんちゃな子供達の遊び場となっているそこに俺はいる。特に意味はない。ただ迷っていることがあるならば、神仏にすがるのも悪くないかと思っただけだ。

 

 

 仏像を見上げた。顔を眺めるには限界まで首を上げなければいけない。骨を痛めてしまいそうな予感がして、俺はため息をつきながらベンチに腰を下ろす。

 

 

「……変わらないな」

 

 

 もともと信心深いわけではない。都合のいいときだけ頼ろうとしても、向こうも力を貸したくないだろう。

 時間の無駄かと立ち上がった。横に置いていた鞄を持ち上げると、どこからかバイクのマフラーが鳴る音が聞こえてくる。 

 

 

 ありふれたことだ。先述の通り御仏山はやんちゃな子供の遊び場となっている。夜になれば走り屋が跳梁跋扈し、昼でも半グレやら悪ぶりたい子供がつるんでいたりするのだ。

 

 

 麓に柴方高校が存在しているのも悪影響を与えているのだろう。学校にいてもバイクの音はよく聞こえてくる。

 聞き慣れたそれに、しかし今は興味を持った。理由はわからない。俺は誘蛾灯に惹かれる羽虫のように音源のところへ足を運んでいく。

 

 

「クソッ」

「……どうする? コウくんの単車(バイク)

「警察にパクられちまったからな、諦めるしか」

「でもヨォあれ買ったばっかじゃねェかよォ」

 

 

 自動販売機の横のベンチ。

 その前に二台のバイクを停めて駄弁っている少年たちがいた。見た目的に中学生くらいだろうか。全部で三人いる。

 

 

 当然のように未成年で運転しているな。免許も持っていないだろうに。まぁ俺も無免許運転している友達がいるから、口うるさく言う権利は持っていないが。

 ぽけーっと彼らのことを眺めていると、どうやら俺の存在に気がついたようで、舌打ちをついてこちらに歩いてきた。

 

 

「んだよテメェ」

「誰にガンくれてんだゴラァ」

「俺たちが何者か知ってんのかオイ」

 

 

 もとの世界で言うところのレディースだろうか。

 彼らは――夜宵たちを見慣れている俺からすれば、背伸びをしているようにしか見えないが――オラつきながら距離を詰めてきた。

 

 

「気分悪くさせちゃった? ごめんね」

「ごめんで済んだら警察はいらねェだろうよ!」

「本当にいらないゼ! なんせこいつの単車(バイク)サツにパクられちまったんだからなぁ!!」

「それは言わなくてもいいぜ……」

 

 

 少年の一人が悲しい笑みを浮かべながら呟いた。

 

 

「――って、その制服」

「もしかして柴方高校(シバコー)の?」

「そうだよ」

 

 

 俺がそう答えると、彼らは目を見張る。

 憧れでもしているのだろうか。

 

 

「すげェ男なのに!?」

「あんな女の巣窟に入って、下半身は大丈夫なのかよ!?」

「やっぱパツキンなだけあって夜の蝶って感じ?」

「一体どういうイメージなの……」

 

 

 まぁ話はわからんでもないが。

 

 

「実は俺たち柴方高校(シバコー)目指してて」

「別にベンキョーできないってワケじゃないけどな!」

「嘘つけよ万年学年最下位」

「うっせぇなオメェも大差ないだろ!!」

 

 

 彼らは目の前でわちゃわちゃし始めた。気が塞いでいた俺にとっては非常に眩しく見える。

 ゆえに声を上げて笑ってしまい、少年たちはポカーンとこちらに視線を送ってきていた。

 

 

「いや……ごめんごめん。最近悩みがたくさんあってさ、でも君たちを見ていたら面白くなって。馬鹿にしてるわけじゃないよ」

「じゃあこいつと一緒か」

 

 

 一人の少年が仲間を指差す。

 

 

「こいつ警察に単車(バイク)持ってかれてやんの」

「お前さっきから俺をダシにするんじゃねェよ」

 

 

 指差された少年はその手を払い除けた。

 辟易とした表情である。

 

 

 話に聞き覚えがあったので、俺は何の気なしに口を開いた。

 

 

「へぇ……実は俺も同じようなことがあったんだ」

「え?」

単車(バイク)パクられたんスカ?」

「自分のじゃないけどね。友達の」

「それどうしたんですか」

 

 

 バイクを持っていかれた少年が、必死なのを隠そうとしながら問いかけてくる。

 

 

「警察署に行ってチョチョイと」

「え〜!?」

「すげぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ワルだぜ……」

 

 

 彼らは目を輝かせて身を乗り出した。

 しかし手段が手段だったため、俺は詳細を話すこともできずに苦笑する。

 

 

 何事かをしばらく話し合った後、覚悟を決めた様子で彼らは口を開いた。嫌な予感がバケツを引っくり返した雨のように襲いかかってきて、唇の端が引きつる。

 

 

「あの……」

「できれば! こいつの単車(バイク)を取り返してほしいんです!」

「お願いします!!!」

 

 

「……あー、えーと」

 

 

 頬を掻く。

 

 

「……まぁ、できるかわからないけど」

「ありがとうございます!!」

「やったぁ!!」

「これで何とかなる!!」

 

 

 俺は心の中で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御仏山愚連隊。

 彼らはそう名乗った。

 

 

「でもこいつが単車(バイク)パクられちゃったせいで、愚連隊として格好がつかなくなっちまったんですよ」

「へぇ……難儀だね」

 

 

 警察署に向かう道中、少年たちと話をした。

 バイクを盗まれたのが裕太(ゆうた)、それを茶化していたのが雅人(まさと)、一番オラついているのが(ゆたか)という名前らしい。

 

 

「しっかし拓馬さん、どうやって単車(バイク)を?」

「……うん、企業秘密かな」

「ええええええケチンボだなぁ!!」

 

 

 雅人が大げさに反応する。

 

 

「やっぱり〝不良〟として隠さなくちゃいけねェ秘密があるんだろうよ」

 

 

 訳知り顔で豊が頷いた。

 他の二人も納得したような雰囲気を醸し出しているが、実情を知る俺は苦笑せざるを得ない。

 

 

 警察署に到着し植え込みの陰に隠れた。

 御仏山愚連隊の三人は心配そうな視線を向けてくる。

 

 

「だ、大丈夫なんすかね……?」

「サツを相手に……その、盗み返すなんて」

「でも困ってるんでしょ?」

「そりゃあ……はい……」

 

 

 彼らからキラキラとした眼差しが飛んできた。

 まるで「悪のカリスマ」でも眺めているかのようなそれ。

 居心地が悪くて仕方がない。

 

 

「じゃあ俺はやることがあるから、数分後に保管所に突撃してね」

「あの見張りの気を引いてくれるってことですよね」

「うん」

 

 

 俺は影から目だけを覗かせる。

 あの見張り役の警官には見覚えがあった。前回バイクを取り返しに来たときに立っていた女性だ。今回も変わらずに雑誌――内容はお察しである――を読んでいる。

 

 

 彼らが回り込んで向こうに行ったことを確認し、背負っていたバックを地面に置いた。警察署に来る前に(あきら)から借りてきたのだ。彼女は『ついに拓馬も目覚めちゃったッスか〜』とほざいていた。

 

 

「……はぁ」

 

 

 チャックを開けばバニースーツ。

 忌まわしき衣装である。

 サテンのポリエステルが艷やかに光を反射し、足を通すとひんやりとしていて鳥肌が立った。自らバニーボーイの格好をしている事自体にも鳥肌が立つ。

 

 

 というかだ。

 あの見張りの注意を引こうとするのは二度目。

 通用するはずなくないか?

 

 

 御仏山愚連隊の三人に頼られて、加熱していた脳が急速に冷えていく。

 湊と尊の二人の間で揺れ動いている事実から目を逸らしていただけ。彼らのことを都合よく利用していただけではないのか。

 

 

 しかし賽は投げられた。

 俺はすでに見張りの前にいたのである。

 彼女は雑誌から視線を外し、ゆっくりとこちらを眺めはじめた。

 

 

 そして雑誌を落とし――。

 

 

「再び現れたか――バニーくん」

「え?」

「あのときは警備をサボり、君のファスナーを下ろすことに協力したな。おかげで本官は署長にこっぴどく叱られてしまったよ。『何をバニーボーイだとか言い訳してやがる。減給だからな』と……」

 

 

 彼女はニヒルに笑った。

 

 

「こう思ったよ。どうせ減給されるのであれば、もうちょっと際どいところまでイクべきだったと」

「あはは……なんかごめんなさい」

「謝ることはない。本官は自分の行動に後悔していないのだからな」

「いやぁ少しは後悔したほうがいいと思いますよ」

 

 

 見張りの目には純粋な光が宿っていた。 

 発言とはまったくもって裏腹な、純粋無垢な双眸。

 童女のごとき穢れなさだった。

 話している内容はドブのように薄汚れているが。

 

 

「さて、もう一度本官の前に姿を現したということは、我々に何かを取られてしまったのかな。それを取り戻しに来たのか」

「………………」

「まァ答えられないだろう。いいさ、わかっていた」

 

 

 彼女は雑誌を拾い上げると、

 

 

「バニーボーイくん。このページの男性のポーズをしてもらってもいいかな」

「……ほとんど全裸じゃないですかこれ」

「〝ほとんど〟だ。全裸じゃない。そこが重要なのさ」

 

 

 どうやらこだわりがあるらしい。

 要求されているこちらとしては、早々に破棄してほしいこだわりである。

 

 

「一度でいいから自分のこの目で、ほとんど全裸なこのポーズを見てみたくてね。もしも視界に収めることができたら、感動で見張りなんてやっていられないだろう」

「はぁ、尊厳の代わりに目的を果たす錬金術ですか」

「等価交換さ」

 

 

 はたして本当に等価交換なのだろうか。

 俺に対するダメージが大きすぎるような気もするが。

 

 

 しかし他に彼女をどうすることもできず、諦めてポーズを取った。

 一見すると彼女の反応はない。けれどもよくよく観察すれば、その両目がカメレオンのようにぎょろぎょろ動きまわり、血走り、強烈にガン見していることが理解できるだろう。

 鳥肌が立ちすぎて今なら空も飛べそうだ。

 

 

「ここで見られるのもアレなんで、ちょっと向こうまで行きましょうか」

「そうだな、向こうでイこうか」

「警察として逝ってる発言ですね」

「いい発言(tell)だろう?」

「うるせぇな……」

 

 

 木々の影に入ると、ちょうど御仏山愚連隊の三人が覚悟を決めた顔で、保管所に歩いていくのが見えた。

 完璧なタイミングだ。あれならば俺の痴態も視認されずに済んだだろう。

 

 

「………………はぁ」

 

 

 大切な何かを失ってしまったような気がする。

 やたらと顔を近づけてくる見張りを押し留めつつ、俺は思い切りため息をついた。

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