不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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引き金

「ありがとうございます拓馬さん!」

「おかげで俺の単車(バイク)を取り戻せました!」

「尊敬ッス!!」

「ははは……」

 

 

 御仏山愚連隊の三人が目をキラキラさせて、ついでに鼻息荒く感謝の言葉を伝えてきた。

 彼らの傍らにはバイク。無事に取り戻せたようだ。

 俺は苦笑しながら頬を掻く。

 

 

「よかったよ」

「それで……一つ疑問なんですけど」

「ん?」

 

 

 裕太は首を傾げた。

 

 

「拓馬さんって、〝メンズ〟とかやってないんですか?」

「……メンズ?」

「暴走族的なあれっす」

「あぁ……」

 

 

 もとの世界で言うところのレディースか。彼らのような存在は、この世界ではメンズと呼称するらしい。

 俺は苦笑して手を振った。

 

 

「いやいや、やってないよ」

「え〜!? もったいない!」

「俺ら拓馬さんが(チーム)作ったら、絶対に入りますよ!!」

「そうっすそうっす!!」

「君たち御仏山愚連隊はいいの……?」

 

 

 勢いがすごかった。

 彼らは中学生といえども、三人も集まって囲まれたらさすがに迫力がある。思わず数歩後ずさりながら、俺は何とか包囲網から抜け出した。

 

 

 その後、彼らとしばらく話をして別れる。

 ただバニースーツを着て変態マッポとお喋りをしただけだというのに、彼らはやけにこちらのことを尊敬してくれたようだ。

 去る際にも手をぶんぶんと振ってくれ、何度か振り返っても、一向に辞める気配がなかったくらいだ。

 

 

(チーム)ね……」

 

 

 そんなものを作っていいのだろうか。

 この世界の住人(・・・・・・・)ではないこの俺が(・・・・・・・・)――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近はずっと重たかった体が、不思議と今日は軽く感じられた。

 ベッドより起き上がってから調子がいい。寝起き早々も食欲があり、遅刻の心配がないほどスムーズに起きられたことで、朝食の時間をきちんと確保することができた。

 

 

 制服をまとって外に出ても、雲一つない快晴。

 気分もよくなり進める足がぐんぐんと前へ。

 人助けをしたおかげだろうか。あるいは仏様に願ったから? そうだとしたら毎日善行するし、神様仏様にお祈り申し上げるのだが。

 

 

 しかし学校に到着すると心弾む思いは消滅した。

 教室が同じなため、登校すれば必ず湊と顔を合わせる。彼女とはいまだに話せていない。湊のほうから話しかけてくれようとする気配や、俺が彼女に話しかけようとしたことは何度もあるのだが、そのたびに都合の悪いことが起きて、結局話せずじまいになってしまうのだ。

 

 

 途端に重くなった鞄を机にかける。

 引力が数十倍にもなったような錯覚を覚えながら、引っ張られるように椅子に腰を下ろした。

 

 

 すると隣の席に座っていた千明が、「だいぶお疲れだな」と言いながら紙パックを差し出してきた。いちごミルクである。

 

 

「……ありがとう」

「まだ悩んでるのかい、湊のこと」

「当たり前だよ」

 

 

 ストローを外そうとするが上手くいかなかった。

 面倒くさくなってそのまま飲む。

 口の端から垂れるいちごミルクを拭って、俺は内情を吐露した。

 

 

「俺は裏切り者だ」

「拓馬クンはさ、深く考えすぎだと思うぜ」

「深く……考えすぎ?」

「おーよ」

 

 

 千明は背もたれに体重をかけ、染みだらけの天井を見上げる。タバコでも吸い始めたら実に様になりそうな格好だ。肩のあたりで切り揃えられた黒髪が、真っ白な鎖骨を滑り落ちた。

 

 

「湊だって恨んじゃいないさ。あいつも拓馬クンのことは知ってるからな。拓馬クンが意味もなく白根派になびくような男じゃないってことくらい、本当はわかってるんだよ。嫉妬で素直に口には出せないけどな」

「でも……」

「でももヘチマもねェんだよ。それにうだうだ悩んでるのは、まるで湊の器がちっちゃいって馬鹿にしてるみたいじゃねぇか。一度くらい男がよその女に尻尾を振っても、笑って許してやるのが女の甲斐性さ」

 

 

 彼女は飲み干したいちごミルクの紙パックを机に叩きつける。

 

 

「私も鬼じゃねェ。いつまでも拓馬クンが悩んでるのを見たら、そりゃあ助けたくもなるよ」

「……ありがとう」

「それによォ、わたしゃ最高の解決策を思いついたんだワ」

 

 

 ニヤリ、と。

 千明は凶悪に顔を歪めた。

 

 

「妙義派と白根派。まァ谷川派もいるケド、誰が番長になるかで問題が起きてるんだろ? だったら新しい番長を作っちまえば無問題(モーマンタイ)ってワケ」

「それが難しいから二人が対立して――」

「違うんだなァ。問題を解決するには、違う視点から物事を見つめるべきさ」

 

 

 指を突きつけてくる。

 意外と整えられた爪先が、俺の目の前にあった。

 

 

「二人が争ってるんだったら、まったく別の人間が番長になっちまえばいいんだよ。例えば――拓馬クン、お前とかな」

 

 

 思考が真っ白になった。

 考えもしなかったアイデアだ。

 しかし……。

 

 

「俺は不良じゃない。柴方高校(シバコー)を支配するなんて不可能だ」

「そうかァ? 私は拓馬クンのことを近くで見てたケド、ケッコー素質ありそうだぜ?」

「冗談でしょ……」

 

 

 おちゃめな千明の戯言。『フィスト』でも榛名千明はよく冗談を口にしていた。今回もその類のものだろう、と高をくくって彼女に視線やる。けれども千明は恐ろしいまでに笑っていた。

 

 

「番長――まァ言っちまえば不良のトップだな。それになるのに一番大事なのは何だと思う?」

「……強さ?」

「違うな。だったら湊はどうなるんだよ」

「それはまぁ、たしかに」

 

 

 躊躇しながら頷く。

 

 

「答えは〝魅力〟だ。カリスマと言い換えてもいい。『こいつについていきたい』だとか『こいつを一番にしてやりたい』だとか部下に思われる……そんな人間が番長になるのに必要なものだ」

 

 

 その点、私は拓馬クンに期待してるんだぜ。どうしてあの赤城夜宵が、拓馬クンにはすぐ好意を示したのか……考えたことはあるか?

 

 

 千明は意味深に笑みを深めて、バタ臭く肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして赤城夜宵が俺に好意を示したのか。

 俺は千明の笑みに答えることができなかった。

 教室の喧騒が遠くなる。

 

 

「拓馬クンには魅力があるのさ。無意識に視線で追ってしまうような、自然とついていきたいと思うような……そんな魅力がな」

「……たとえ千明の言っていることが正しかったとしても、それでも俺が番長になれる器だとは思えない」

「もちろん私だって無理にとは言わないさ。拓馬クンが悩んでるのを見かねて、私なりの解決策を提示してるだけなんだから」

 

 

 千明は鞄から筆箱を取り出す。

 気がつけば授業が始まっていた。

 慌てて準備を済ますと、彼女は頬杖をついてこちらを眺めていた。

 

 

「まァどんな方法を取るにせよ、拓馬クンが自分を認められるような生き方をしてくれよ」

「自分を……?」

 

 

 その後千明は何も話さなかった。

 時間だけが刻一刻と過ぎていく。

 当然授業の内容なんて理解できるわけもなく、ひたすらに彼女の発言がリフレインした。湊と尊で揺れ動いている俺には、魅力的だと思えるものだったからだ。

 

 

 両者のどちらを取ればいいのかわからないのであれば、いっそのこと両者を捨ててしまえばいい。

 暴論じみたアイデアではあるものの、一向に解決策を思いつかない自分にとっては、藁をもすがる気持ちで掴みたいもの。

 

 

 放課後になり一人になった後も、俺はひたすらに悩み続けていた。

 

 

「………………はぁ」

 

 

 ベンチに座り嘆息する。

 頭の奥にものが詰まっているみたいだ。

 鼓膜が圧迫されて痛みを発している。

 

 

 俺は背もたれに体重を預け、背中を伸ばした。

 縮こまった筋肉が邪魔していた血流が、じんわりと動き出す。

 

 

「俺が番長か」

 

 

 考えたこともなかった。

 ここは『フィスト』という物語の中で、つまり自分は異物だ。

 貞操逆転してはいるものの不良たちの世界。

 一般人である俺が何かを成せるとは思っていなかったのだ。

 

 

 しかし千明のあの言葉で、常識が覆った。

 もしかすると自分にもできることがあるのでは。

 光が差し込んだ気がして脳が回る。

 

 

「……でもなぁ」

 

 

 舌が痙攣した。

 躊躇の現れ。

 

 

「俺なんかが二人を差し置いて、番長を目指してもいいのか……?」

 

 

 それだ。

 判断の邪魔をしているのはそれなのだ。

 

 

 今まで喧嘩すらろくにしたことがない俺と、不良として立派に――若干一名は普段から情けない振る舞いをしているが――している彼女ら。

 番長としてどちらが向いているかといえば、間違いなく彼女らだろう。

 

 

 思考が淀む。

 底なし沼に沈んでいく。

 出口のない迷路に入り込んだ気分だった。

 

 

「………………」

 

 

 俺がギュッと目をつぶって思索していると、ふと前に誰かが立った気配を感じた。

 すぐにどこか行くだろう。

 そんな予感は外れた。

 一分ほど経っても誰かはいなくならない。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 もはや根気勝負だ。

 ここまで来るとむしろ目を開きたくなくなる。

 

 

 俺はしばらく正体もわからない相手と精神力勝負をしていたが、誰かは一向に動く様子を見せず、それどころか身動ぎすらしなかった。

 

 

 さすがに脂汗が流れる。

 どうして動かないんだ。

 もしや自分に用事があるのか?

 

 

 戸惑いつつも視界を鮮明にする。

 目の前にいるのは誰なのか。

 視線を交わらせ、その正体を――。

 

 

「夜宵ィ!?」

「よっす。全然あたしに気づかないから、逆に面白くなっちゃった」

 

 

 赤城夜宵が手を振ってきた。

 

 

「隣に座るぜ? よっと」

「……何か俺に用でもあるの?」

「まァなかったら頑固勝負なんてしないだろーな」

「そりゃそうか」

 

 

 ツインテールが肌をくすぐる。

 彼女は背もたれに両肘をかけ、股を大きく広げた。

 スカートなのにもかかわらず。

 

 

「悩みでもあんのか? あたしが聞いてやろう」

「前もこんなことがあったね」

「スパイ映画作戦は失敗したか」

「いや……一応成功はしたんだけど」

 

 

 訝しそうに夜宵は続きを促してくる。

 

 

「余計にわからなくなって。しかも悩みの種が増えたものだからお手上げ」

「ふゥん。悩みの種ってのは?」

「……俺が番長になればいい、って」

 

 

 躊躇しながら舌を回した。

 元番長にこんなことを言うのは恥ずかしくて堪らないが。

 

 

「拓馬が?」

「うん」

「へェ、面白いな」

 

 

 夜宵は空を見上げる。

 まるで何てことないふうだった。

 驚愕に満ちた眼差しを送る。

 

 

「別にいいんじゃねェの? 目指せば」

「……でも俺は男だよ」

「関係ないだろ。それで文句言うやつがいたらダサすぎるし」

 

 

 男だろうと実力さえ伴ってれば問題ない。

 と彼女はうそぶいた。

 

 

「拓馬には向いてると思うぜ」

「……どうして」

「あたしに臆さない根性。うねりを引き寄せる運命性。ぴったりじゃねェか」

 

 

 夜宵は懐から棒付きキャンディーを取り出す。

 

 

「あたしはケッコー前から有名でな。このあたりじゃ知らない者はない、って感じだったのサ。おかげで畏怖の念を送られてきたケド」

 

 

 肩を竦めた。

 まるで嘆息でもしそうな動き。

 

 

「つまらなかったぜ? どいつもこいつもヘコヘコしてきやがって。だからこそ昔馴染みの忍とか、後輩だけど普通に接してきた命とかと仲良くしてた」

「……うん」

「そこに現れたのが拓馬さ」

 

 

 ビシッと。

 眼前に指を突きつけられる。

 意外と整えられていて、女の子なのだなとぼんやり思った。

 

 

「もちろんあたしの正体を知らないってのもあったろう。だが柴方高校(シバコー)のトップだってわかった後も、それほど対応が変わらなかった」

 

 

 拓馬は自覚してないだろうが、それはケッコーすげェことなんだぜ?

 夜宵はあえて格好つけるように笑う。

 

 

「目指せばいいじゃん。あたしは応援するぜ」

「…………考えてみる」

 

 

 空気を震わせた声が、どこか軽くなった気がした。

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