不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
「さて拓馬、あたしを仲間にしたはいいものの、一体どうやって番長になるつもりだ?」
夜宵が飴玉を舐めている。
見た目からして子供と間違えそうだが、彼女の体から発せられる圧が、その勘違いを許さない。
俺は慎重にコーヒーをすすった。浅間さんが淹れてくれたもので、今も湯気が立っている。昔から猫舌なのだ。
苦みに唇を湿らせて天井を見上げる。
夜宵に返答できる作戦はなかった。完全にないわけではないが、あまりにも偶然に頼りすぎるから、彼女を納得させられるほどの作戦はなかった、と言うほうが正確か。
「これといったものはないんだけど」
「……ある程度は算段が付いています、って顔だな」
「不確かだけどね」
立ち上がる。
ソファに座っている夜宵が視線を送ってくるが、こうして上から彼女を見下ろすとやはり子供にしか思えない。
もちろん迫力を除けば、であるが。
「まず俺たちが勝たなくちゃいけないのは妙義派と谷川派、それと白根派だ」
「簡単に言うけどよォ、あたしたちは数が足りないぜ」
夜宵は指差した。
「そこの飲んだくれと、ど根性ガエルだけだ」
「もしかしてど根性ガエルってボクのことッスか?」
「命以外いないだろ」
「え~……異議申し立てするッス」
不満そうに鳴神命が唇を尖らせる。
彼女は傍らに寝っ転がっている浅間さんをちらりと見て、「これが飲んだくれっていうのは理解できるんスけど、ボクがカエルっていうのは納得できないッス」と頬を膨らませた。
「ボク、カエルとか苦手なんスよね」
「あたしは好きだぞ。拓馬は?」
「え? ……あぁ、まぁ、好きかな」
「だってよ命。よかったな」
「拓馬が好きなのはカエルであって、ボクじゃないッスよ」
でも嬉しいことには変わりないッス。
と命は腰をくねらせる。
こんな適当な言い訳が通用するなんて、将来彼女が悪い人に騙されるんじゃないかと心配で仕方がない。
飲んだくれこと浅間さんは起きる気配がないので、俺たちは彼女を放っておいて作戦会議をすることにした。
「まず大前提として、妙義派と谷川派、そして白根派を同時に相手取ることはできない」
「拓馬は戦力にできないとして、その三つの勢力と戦うとなったら、あたしと忍、命でそれぞれ一つの勢力を相手にしなくちゃいけねェからな」
「さすがにボクそんなことできないッスよ。赤城さんならともかく」
「あたしだってできねェよ」
夜宵は冗談だろ、とでも言いたげに手をひらひらさせた。
「だから各個撃破が基本だね」
「各個撃破ったって……この四人——三人で一つの勢力を敵に回すってことかァ? ちっと厳しいんじゃねェか」
それはそうだ。
俺は夜宵の発言に同意した。
少数精鋭というよりも、戦いにおいては数が多いほうが有利だと聞く。しかし考えてみたいのは勝利条件だ。
「まぁ雁首揃えてバトルロワイヤル、だったら数が多いほうが勝つんだけどさ、俺たちが喧嘩売ろうとしてるのって不良じゃん」
「おう」
「なら生態を考慮すべきじゃない?」
生態……?
と夜宵たちは首をかしげる。
そして何かに勘づいたように、
「——また代表集めて喧嘩しようぜ、ってことか?」
夜宵は飴をかみ砕いた。
「そりゃないぜ、拓馬。ありえない。相手が乗ってくるはずがない。なんせメリットがないからな。プライドを刺激して代表戦をしようったって、少し冷静に考えればわかることだ」
「そうッスよ拓馬。赤城さんが妙義派との喧嘩を承諾したのは、赤城さんがば——めちゃくちゃ広い器を持っていたからッス」
「おい今馬鹿って言おうとしたか?」
「まさかそんなことないッス。赤城さんは賢すぎてノーベル賞ッス」
「ならいいが……」
たしかに彼女らの言うとおりだろう。俺は腕を組んで頷いた。
戦局はすでに妙義派と谷川派、白根派のどちらかが勝者になる、という段階まで進んでいる。わざわざ新しい勢力を舞台上に引っ張り上げるような、代表選のようなことはしないだろう。
しかし俺が意図しているのはそこではない。
生態というのはプライドを大事にしている、というところではなく、もっと根源的な部分だ。
「不良ってのは、ある種の統率があるよね」
「統率ゥ?」
夜宵は不思議そうに首をひねった。
「統率なんて理性的な言葉とは程遠い存在だと思うが」
「うん。理性的というか、本能的な統率だけども」
つまりこういうことだ。
不良の根源とは力こそパワー。
強いやつが強い。強いやつが偉い。
という単純明快な理論。
不良のコミュニティーでトップを張っている奴は間違いなく強者だし、たとえトップであろうとも、弱体化すれば蹴落とされる。
そんな世界だ。
「だから一番上のやつを伸してしまえば、不良の集まりである妙義派とかも、たやすく崩壊させられるんだよ」
「んな簡単に言うけどよォ……」
「できるでしょ? 夜宵なら」
俺はまっすぐな眼差しを彼女に送った。
夜宵はこちらの返しを想像していなかったのか、うぐ、と声を詰まらせて一歩後ずさる。
「
『フィスト』のことを考えれば最悪だ。
この世界の主人公は榛名千明であり、彼が所属する妙義派こそが柴方高校を統べる派閥となっていく。
俺自身も彼女らの近くで努力を見てきた。細糸のようなチャンスを掴んで、ようやく手に入れた立場だということも理解している。
「お前はそれでいいのか? 拓馬は妙義派の人間だろ。元とはいえ愛着があるんじゃねェのか」
「うーん」
胸元から煙草を取り出した。
夜宵がぎょっとしているのが面白い。
「……もうどうでもよくなったんだ。主人公だとか、展開だとか。この世界に生きているのは俺で、俺のやりたいことは俺が決める」
口に加え、火を付けて、紫煙を吐き出す。
この苦みもだいぶ慣れてきたな。
「愛着はあるけど、俺がやりたいのは
ああそうかい、と夜宵が口角を歪めた。
「じゃあ遠慮はいらないな。あたしに火を付けたんだ、最後まで走り抜けよ」
「……火を付けたのは煙草だけのつもりだったんだけど」
「男がこんな覚悟を見せたのに、女がビビッてちゃ
彼女は浅間さんを叩き起こして、四人で円陣を組ませた。
「もう一度
派閥の頂点を倒す。
今回の目的を簡潔に述べればそれだけだが、果たして実際に可能なのだろうか。
「言うは易く行うは難し」とも言うように、机上の空論で終わる場合も多々あるだろう。むしろそちらのほうが可能性として高いかもしれない。
トップが負ければ派閥が崩壊するなんてのは誰もが重々承知しているはずだ。だから易々と手を出せないようにしている。
例えばリーダーが外出するときには、他のメンバーが護衛をするとか。
とにかく俺の考えた作戦——作戦というよりもごり押しに近いけれども——は実現するのが難しいのだ。
かといってこれ以外に有効な手立てはない。少なくとも自分は思いつかなかった。
少数精鋭と言えば聞こえはいいものの、あまりに少数すぎる。
だから俺は各個撃破を目指していきたいのだが——。
「……拓馬、これ卑怯じゃないッスか?」
「俺も思ってたところだから言葉にしないでね」
命は顔をしかめていた。
それもそのはず、俺たちは現在、まるでストーカーのように谷川詠の動向を探っていたのである。
不良として面白くないのは当然。
世が世ならぶっ飛ばされたうえで首ちょんぱされても不自然でないが、幸運なことに俺は攻撃されないでいた。
夜宵は黙って谷川さんの背中を眺めている。むしろ静かすぎて恐ろしさすら感じるものだ。俺と命はお互いに視線を交わらせ、
「……これ、赤城さん相当怒ってないッスか?」
「……いや、怒りのオーラじゃない」
「……怒りのオーラってなんスか」
「……怒ってるっぽい雰囲気……かな」
適当な返答に詳細を求められても困る。
俺は明後日の方向を向いた。
二日酔いによって行動不能になった浅間さんを除いた夜宵と命と俺とで、絶賛ストーキング中である。
谷川さんは五人程度の仲間を引き連れていた。自分で言うのもなんだが俺は戦力として期待できないので陽動くらいにしか使えない。夜宵と命の二人だけで、果たしてあの数に勝てるだろうか。
「これで番長になれたとしても、後ろ指差されるんじゃないかって不安ッス」
「いやまぁ、過程はあんまり関係ないんじゃないかな……」
「だからって卑怯なストーカー行為なんて許されると思うッスか?」
「難しいかも……」
俺は袋小路に陥ったような感覚を覚えていた。
少数勢力では正面から戦ったとしても勝てるはずがない。
しかしこうやって卑怯な手段を使って勝ったとしても、今度は番長としての求心力が疑われる。
まさしく袋小路である。
けれどもそのとき、今まで言葉を発しなかった夜宵が、ゆっくりとこちらを振り返ってきた。
「うるせェ」
『すみません』
命と謝罪が重なる。
夜宵のドスの利いた声は、俺たちを震え上がらせるのに十分だった。もはや十二分と表現すべきだろうか。童女の姿とは裏腹に、あまりに恐ろしい声だったのである。死者の谷から聞こえてくるようなそれだった。
「ストーカーとかうじうじ言ってんじゃねェよ。あたしたちが数の多い相手に勝つには、これしかないって拓馬が思ったんだろ。だったら迷わずに胸張って奇襲すればいいじゃねェか」
実に意外なことに、夜宵はこの行為に忌避感を示していないようだ。降って湧いた宥恕に幸運を感じつつ、俺は唇を引き締める。
ちらりと隣を眺めると命は白目をむいていた。
夜宵の迫力に耐えられなかったようだ。哀れ。
しばらく谷川さんたちを追っていると、まるで誘われているのかと錯覚するほど都合のいい場所へ彼女らは足を運んで行った。
声を張り上げても周りに届きづらく、そもそも人通りが少ないことで喧嘩などをしても気づかれにくい。さらには影が落ちており視界が不鮮明。神が「喧嘩をしろ」と言っているかのようなベストポジション。
別名河川敷の橋の下と言う。
あまたの不良漫画で喧嘩のロケーションとなっていることから、河川敷に対してそういった印象を持つ者も多い。かくいう俺もそうだった。
しかし橋の下、という要素が加わるだけでここまで進化するとは予想していなかったのである。まさかこんなにも奇襲にぴったりなポイントになるなんて。
乾燥する唇を舐めて俺は目をつぶった。
谷川さんたちは何やら話をしている。おそらく派閥に関することだろう。傍から見ても彼女たちは熱が入っていた。最近の風潮から考えて、派閥争い——ひいては番長の座についてのことである、というのは明白だった。
「赤城さん、やるッスか?」
「ああ。だが少し待て。話が終わってからにする」
「いくら奇襲ったって、そこまでやったら終わりッスからね……」
手のひらを向けて、夜宵は待ったをかける。
命は納得したように頷くと、意識を高めているのだろうか、口数を減らして存在感までも薄くなっていった。
いつまで経っても戦いの空気に慣れない。俺は激しくなる動悸を抑えようと、普段は気にも留めない呼吸を慎重に行った。
どうやら谷川さんたちの話は終わったようで、彼女らはぞろぞろと橋の下から出てこようとする。
夜宵とアイコンタクトを交わした。彼女は無言で首を一つ振る。
「——よォ、久しぶりだな」
「…………赤城さん」
谷川さんの顔が軋んだように見えた。
あるいは勘違いかもしれないが。
とにかく、決定的な瞬間が始まったのだ。