不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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三年越しの決着

「お前、何かあたしに対して思ってることがあるんじゃねェのか」

 

 

 夜宵はいきなり切り込んでいった。

 空気が凍る。ここには事情を——谷川さんが夜宵に引け目を感じているという——知っている者しかいないようだ。

 俺はつばを飲み込んだ。

 

 

「…………さァ」

 

 

 谷川さんは首をひねる。普段の彼女の言動からは考えられないほど、感情が見えない表情だった。

 どうやら夜宵にはお見通しだったようで、「本当は?」と続ける。

 さすがに圧に耐えられなくなったのか、谷川さんが目をそらした。

 

 

「……それを聞いてくるってことは、知っちゃった感じですか」

「何のことだよ」

「いやァ、私に言わせるんですか」

 

 

 厳しいなァ、と谷川さんは頬を掻く。 

 苦笑が口元に浮かんでいた。

 

 

「赤城さんに対して何か思ってること。まァありますよ」

「せっかくだから教えてくれよ」

「……教えない、って言ったら?」

「口を割るまで追いかけ続ける」

「赤城さんはマジでやりそうだからなァ……」

 

 

 ため息が響く。

 

 

「私、赤城さんと仲良かったじゃないですか」

「おう」

「それで中学の番長を譲ってもらって」

「おう」

「金魚のフンとか、親の七光りとか呼ばれてたんですよね」

 

 

 もちろん直接は言ってこないですよ。でもこそこそ陰で言ってるのが耳に入ってくるんです。

 谷川さんは肩をすくめた。

 怒りや悲しみなどを無理やり抑え込んだ、そんな表情である。

 

 

 夜宵は舌打ちを一つして、

 

 

「あたしが実力を無視して番長を譲るわけねェだろ」

「そりゃそうです。理解してますよ」

「じゃあなんでそー他人行儀なんだよ」

「……うーん、やっぱり引け目ですかね」

 

 

 顔をくしゃりとゆがめる谷川さん。

 

 

「やっぱねェ、赤城さんがそんなことするとは思ってなくても、あれだけ言われちゃ心に来るものがあるわけで」

 

 

 面と向かっては話しづらいっすわ。

 と彼女は後頭部を掻いた。

 

 

 夜宵の表情はこちらからはうかがえない。ただ背中だけが視界に映るが、それでも童女じみた背丈からは想像もできない圧が感じられる。

 離れている俺ですらそうなのだから、いわんや谷川さんをや。

 彼女は続く言葉も出せないかのように、たじろいで黙りこくっていた。

 

 

「……それで、今の今まで挨拶もなかったわけか」

「申し訳ないとは思ってますよ」

「だろうな。そうじゃなければ同じ校舎に通ってるのに、二年間も顔を合わせないなんてことはないだろうよ」

 

 

 夜宵はため息をつく。

 それは誰に向けてのものなのだろうか。

 谷川さんか、彼女を下に見た者か、あるいは。

 

 

 すぅと肺を膨らませて、夜宵は両手を広げた。

 

 

「——喧嘩をしよう」

「……あれ、そんな流れでしたっけ」

「流れなんて関係ねェよ。やろう」

 

 

 あまりにも無理やりな話だった。

 さすがの谷川さんも顔を引きつらせている。

 しかし夜宵はまったく引くつもりがないようで、

 

 

「今のあたしは高群派の人間だからなァ、大将を柴方高校(シバコー)の番長にするのが仕事なんだワ」

「赤城さんが誰かの下についたんすか!?」

「そうでもなければ、おめおめとお天道様のもとに出られないだろうよ」

 

 

 谷川さんの視線が飛んできた。

 俺は気まずくて彼女の眼差しから逃れる。

 うつむき、転がる小石の数を計測しはじめた。

 意気地なしと笑いたければ笑うがいいさ。でも谷川さんのあの目線を、直に受け取ってなお堂々としているやつだけが笑え。

 それだけ彼女の双眸は鋭さをたたえている。

 

 

「それに、証人もいるだろ」

「え?」

「あたしとお前が戦って、どっちが強かったのか。そんなのはどうでもいい。いやどうでもいいってわけでもねェが、そこまで大事じゃない」

 

 

 ごめんな?

 とでも言いたげな表情で、夜宵はこちらに目をくれてきた。

 谷川さんのほうへ向き直り、

 

 

「大事なのは谷川詠(お前)だ。谷川詠(お前)の強さだ。テメェで見たものは誰にも否定できない。自分の目でお前の戦いぶりを見た人間には、谷川詠があたしの腰巾着だとか……そういうコトは言えない」

 

 

 谷川さんは瞠目した。

 そして微笑んだ。

 まるで「変わってないな」とでも呟くように、困り眉で破顔した。

 

 

「相変わらずですね」

「はぁ?」

「そうやって人に手を差し伸べるところ。指摘されたらそっぽ向いて知らん顔するところ。全然変わってないです」

「まだそっぽなんて向いてないだろうが!!」

「時間の問題でしょ」

「………………」

 

 

 夜宵は黙りこくった。

 ふてくされてます、と全身で表現するように腕を組んで。

 谷川さんは無言で目を細める。

 

 

「やりましょう、喧嘩。せっかくのお誘いなんで」

「……なんか釈然としねェが、乗り気ならいいか」

 

 

 懐から飴玉を取り出して口に放り込んだ。夜宵は肩幅に足を開き、仁王立ちになる。どこからでもかかってこいと言うつもりか。

 対する谷川さんは自然体だ。余計な力は入っておらず、実にしなやかな印象を受ける。おそらく俺以外の観覧者もそうだろう。

 

 

 気づけば堤防の上には人が多く集まっていた。

 何だ何だと口々に騒ぎはやしたてている。

 中には柴方高校の制服をまとった者も見えた。夜宵の狙いが谷川さんを周りに認めさせることなのであれば、これは好都合だろう。

 

 

 谷川さんは人の壁を眺めながらファイティングポーズをとった。

 

 

「なんだか人気者になったような気分です」

「実際にそうなんだろうさ——!」

 

 

 二人の喧嘩が始まった。

 三年越しの決着をつける戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が唸る。二人の喧嘩はあまりにも速すぎた。

 傍から見ている俺にとっては、何が起きているのか理解できないほどに。

 

 

 彼女らは口元を歪めている。まるで獣だ。繰り出される拳や蹴りには理性が感じられず、ただ本能のままに戦いをしている印象。

 夜宵は目をかっぴろげ笑った。

 

 

「おい、おい、おい! 久しぶりだなァこの感覚!」

「ずいぶんと楽しそうですねッ!」

「楽しいぜ可愛い後輩と喧嘩してんだからァ!!」

 

 

 前蹴り。

 谷川さんは冷静に半身になると、夜宵の足を掴もうと距離を詰める。

 

 

「——オラァ!」

 

 

 しかしもう片方の足で跳躍し、夜宵は二度目の攻撃を繰り出した。

 谷川さんは反応できずに腹に食らう。

 数歩後ずさり、頬に張りついた髪を弾いた。

 

 

 一進一退。

 俺にはそう見える。

 ところが当人たちにとっては違うようで。

 

 

「……やっぱり勝てないか」

 

 

 谷川さんが呟いた。

 諦観が満ちている。自然と漏れ出たような声だった。

 両手を腰に当てて、夜宵が唇を尖らせる。

 

 

「なんだ、諦めるのか」

「諦めてるつもりはないんですケド、ただ、まァ、勝てないだろうなと」

 

 

 彼女は顔をくしゃりとした。眉を下げて笑う。少しだけ傾けられた首が、谷川さんの困った気持ちを表現しているようであった。

 対して夜宵は納得していない。飴玉をかみ砕き、棒を吐き捨てる。

 

 

「いつの間にすぐ白旗を挙げる奴になったんだ?」

「白旗……そう見えます?」

「ちょー見えるぜ。辛気臭ェ雰囲気を醸しまくりだ」

 

 

 夜宵は肩をすくめた。バタ臭い振る舞い。明らかに「わざとしています」という意志が込められた動きである。

 谷川さんは自分の頬を張った。

 

 

「ッし」

「……どうした?」

「いや、抜けてた気を入れなおしただけですよ」

 

 

 彼女は首をぐるぐると回す。

 続けて肩も回し、ジャンプした。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 開いた双眸は光が宿っていた。

 先ほどまでとは違う。潮垂れた面差しは影も形もない。

 谷川さんが変わったことは夜宵にも理解できたようで——むしろ夜宵のほうが理解できるか——彼女は口元を歪めた。

 

 

「懐かしいなァ、三年前のお前だぜ」

「自分ではあんま変わってないつもりなんですケドね」

「鏡とか見たことない感じか? 芋虫かってくらい変わってるぜ」

「その形容嫌だなァ。せめて蝶とか可愛いやつにしてくれません?」

「お前が蝶なんて玉かよ」

 

 

 軽快なやり取りである。

 数年来の関係を感じるそれに、俺は握りしめていた拳をほどいた。

 心配していたのだ。たとえ喧嘩が終わったとしても、彼女らの間にぎくしゃくとした空気が流れて、以前のような仲に戻れないのではないかと。

 

 

 しかし今の二人を見ればありえないとわかった。

 喧嘩なんて暴力的で、するべきではないと思う人もいるかもしれない。

 けれども喧嘩でしか繋がれない人間もいるのだ。不器用で、それ以外のコミュニケーションの仕方を知らないような。

 

 

「っしゃあ——!」

 

 

 言葉はいらなかった。

 二人は無言で、同時に、動き出した。

 

 

 地を駆け歯を食いしばり拳を振るう。

 蹴りを繰り出しすんでに躱す。

 互いに攻め、守り、カウンターを放っていた。

 

 

 けれどもいずれ決着はつく。

 彼女らは驚異的な身体能力を持っているものの、決して人間の範疇を超えているわけではない。

 人間には体力がある。普段は一切疲れを見せない二人であるが、力量が同じくらいの相手と戦えば、消耗も激しくなるわけで。

 二人は膝に手をついて肩を上下させていた。

 

 

「はぁ、はぁ……」

「赤城さん……なんか拳のキレが鈍ってんじゃないですか……?」

「抜かせ……手加減してやってんだよ……」

「手加減にしては……ずいぶんとまァ、余裕がなさそうですケドね……」

 

 

 トラッシュトークにも精彩がない。

 彼女らの額には汗が玉のように浮かんでおり、終わりが近いと俺はつばを飲み込んだ。

 

 

 ふらふらと夜宵が立ち上がる。

 目指すは谷川さん。一歩一歩進んでいく。

 対する彼女も構えて、最後の戦いが始まった。

 

 

「——どらぁ!!」

「——うおおお!!」

 

 

 互いの攻撃が頬に突き刺さる。

 静寂があたりを支配した。

 河川敷を恐ろしいほどの沈黙が満たす。

 川の流れる音が、いやに大きく聞こえた。

 

 

 あまりの緊張にまぶたが痙攣する。

 俺は動悸を抑えられない。耳が熱い。

 今にも駆け出してしまいそうだった。

 どちらが勝ったのか。二人は拳を出した格好のまま動かないのである。

 ——あるいは、動けない。

 

 

「………………ぁ」

 

 

 呼吸すら躊躇してしまう空気に、俺は喉を鳴らした。

 

 

「くそ、やっぱり駄目か」

 

 

 ほとんど同時に谷川さんが倒れる。

 糸が切れたような動きだった。

 夜宵はまだ両の足で立っている。

 つまり、これは。

 

 

「……あたしの勝ちだぜ、詠」

「えぇ、私の負けです。赤城さん」

 

 

 地面に転がりながらも谷川さんは声を振るわせた。

 まぶしいものを見るように目を細める。

 偶然だろうか、二人の頭上を鳥が飛翔していった。

 

 

 あたりがわぁと騒ぎ始める。

 特に谷川さんの取り巻きなど大混乱だ。

 自分たちのトップが負けたのだから当然だろうが。

 彼女らは慌てて谷川さんに駆け寄っていく。

 

 

「ど、どうしましょう詠さん!」

「数では私たちのほうが上です! 今からでもこいつらを潰しましょうか!」

 

 

 谷川さんは両目を手で覆った。

 

 

「……んな情けねェ真似できるわけないだろ。私は負けたんだ。私が負けたってコトは、谷川派が負けたのと同義だ。お前たちには悪いけどな」

「いや、そんなッ!」

「でも詠さんは——!」

「だってもヘチマもねェんだよ」

 

 

 彼女は足を震わせながらも立ち上がる。

 気高い、リーダーとしての風格を伴いながら。

 

 

「赤城さん」

「おォ」

「私は負けました。好きにしてください」

「じゃあ好きにさせてもらうぜ。お前たち、高群派に下りな」

 

 

 急に水を向けられた。

 飲み込もうとしていたつばにむせる。

 俺は涙目で彼女たちを見上げた。

 

 

「え、えぇ……?」

「拓馬は各個撃破とか言ってたけどな。やっぱり数が多いに越したことはねェ。だったら相手の勢力を飲み込んじまえば、敵を少なくして味方は増やせる。一石二鳥じゃねェか」

「そりゃあそうだろうけど……」

 

 

 相手が承諾するだろうか。

 普通に考えればするわけがない。

 俺は谷川さんに視線を送った。

 

 

「………………いいぜ」

 

 

 彼女はしばらく黙ったのち、あっさりと首を振る。

 

 

「えぇっ!?」

「もう負けたんだ。することもないしな」

 

 

 また赤城さんと一緒にいられるようになるんだから、むしろ願ったりかも。

 と谷川さんは頭を掻いた。

 

 

「えぇ……」

 

 

 こうして、不良の——もしくは谷川さんがおかしいだけなのかもしれないが——不思議な生態を目の当たりにしつつも、二人の喧嘩は終わった。

 俺が番長を目指すうえでの壁はあと妙義派と白根派だけ。

 握手をする夜宵と谷川さんを眺めながら、俺は拳を固く握りしめた。

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