不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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天変地異

 そもそも俺が番長を目指し始めたのは、妙義湊と白根尊の間で板挟みにあっていたからだ。

『フィスト』のことを考慮すれば湊を応援するべきだが、尊のことを知ってしまった。知ってしまった以上は無視なんてできない。

 玉虫色の振る舞いをするのも可能性としてあったが、そんな曖昧なことをするのは面倒くさかった。何よりも彼女たちに失礼だと思ったのだ。

 

 

 だから自分自身が番長を目指すなんていう、これ以上ないくらいの単純明快で馬鹿げた手段を選んだ。

 

 

 最初は不可能だと自分でも思った。

 しかし夜宵を仲間に引き入れ、谷川さんを倒した。

 あまつさえ仲間にすらした。

 ここまで上手くいくと、本当に番長になれてしまうのではないかと思い始めたのである。

 

 

「でも、まぁ……」

 

 

 俺はため息をつく。

 ソファに背中を預けて、天井を見上げた。

 時計の音が教室に鳴り響く。

 

 

 谷川さんが負けたことは光よりも早く柴方高校中に伝わり、最も番長に近い派閥である妙義派と白根派は警戒を深めた。 

 具体的にはトップが少数で移動することがなくなった。

 つまり俺たちにとっては都合が悪い。

 

 

 谷川さんを倒せたのは、夜宵との関係が深かったというのも理由として大きいのである。

 これが夜宵と無関係ならば、仮に勝利していたとしても、数の暴力で押されていただろう。

 

 

 何の間違いか谷川派の人たちを仲間にすることができた。

 しかしそれは上が——谷川詠さんが独断で決めたことだ。

 彼女についてきた者の中には不満を抱いている者もいるだろう。

 むしろそれが自然だ。

 

 

 だから数の上で俺を中心とする高群派が妙義派などに並んでいたとしても、実情は一枚岩ではないため、十全に数を活かすことができない。

 ゆえに俺は困っていた。

 やることがない。

 有効な手段を思いつかない。

 

 

「ああああああああ……」

 

 

 谷川さんとの喧嘩が終了してから二週間が経った。

 あれ以降大きな動きはなく、穏やかな——表面上は、であるが——日常が過ぎている。

 

 

「さっきからうるせェな。どうしたよ拓馬」

「あぁ、夜宵……」

 

 

 机に突っ伏していた夜宵が顔を上げた。

 よだれの跡が顎に走り、頬は赤くなっている。

 けれども指摘したら彼女は恥ずかしいだろうから、俺はぐっとこらえて、視線をそらした。

 

 

「悩んでたんだよ」

「悩みィ? じゃあこのあたしがカウンセラーでもやってやろうか」

「心強いね。俺は何をするべきだと思う?」

「何もねェだろ」

 

 

 一刀両断。

 夜宵は即答した。

 

 

 ずこっ、と体勢を崩した俺は問いかける。

 

 

「何もない、って……」

「文字通りだよ。拓馬にできるコトなんてないだろ」

「そりゃそうだけどさぁ、もっとこう、言い方ってものが」

 

 

 たしかに自分には喧嘩の強さはない。

 頭が切れるか、と言ったら微妙だし。

 おやおやおやおや。

 こうして挙げてみると誇れるものが何もないな。

 

 

「………………」

 

 

 両目を手で覆って絶望する。

 所詮俺は漫画の知識があるだけで、別に特別な存在でもないんだなと。

 

 

 夜宵は慰めてくれるわけでもなく、飴をかみ砕いた。

 

 

「勘違いするなよ。『今は』することがないだけだ」

「……というと?」

「待ちの時期さ。詠を倒したんだ。それだけで大金星と言っていい。逸る気持ちは理解できるが、今はじっと動きを待つしかないぜ」

 

 

 詠の部下を自由に動かせるんだったら別だケドな。

 と彼女は新しい飴玉を取り出す。

 

 

「って言ってもなぁ……」

「焦るなよ。まァそれも若さだが」

「若さって、俺と夜宵じゃあ二つしか違わないでしょ」

 

 

 前世も含めればこちらのほうが上だけれども。

 おや? とすると年下よりも落ち着きがないことになるな。

 大人の余裕ってやつは俺には備わっていないらしい。

 

 

 記憶はないが命を落としたときに置いてきたのか。あるいは端からそんな上等なものなど備わっていなかったか。

 いずれにせよ情けないことには変わりない。

 だせぇなあ俺。

 

 

 やはり番長として立っていた者は格が違うのか、夜宵は泰然自若として飴玉を舐めている。

 所作としては子供らしい。しかし搭載されたエンジンは大人顔負け。ただ年齢を重ねていただけの俺は、あっけなく白旗を挙げた。

 

 

「待ち、ね……」

 

 

 たしかにそうだろう。

 今やれることはない。

 

 

 状況を整理すれば導き出される答えだ。理性ではそう判断できる。さりとて理性だけでは生きていけないのが人間というもので。

 自分で「番長になる」なんて目標を立てたのだから、一分一秒でも無駄にしないよう行動したい。

 そんな願望というか、渇望が心の底から湧き上がっていた。

 

 

 蝋燭(ろうそく)の火に炙られているかのように、体が疼いて仕方ない。

 座っているのも我慢ならない。できることなら走り出したい。

 幼稚な衝動に耐えながらも、俺は何かが起きるのを——不確定要素など忌避すべきなのに、変な話だが——期待していたのかもしれない。

 

 

 そして、どうやら神様は停滞を望まないようだった。

 

 

「——赤城さんッ!」

 

 

 大きな音を立てて開かれた扉。

 額に汗を浮かべた少女が立っている。

 彼女には見覚えがあった。赤城派に属していたはずだ。頬に張りついた髪を指で取りのぞきながら、彼女は焦ったように教室へ駆け込んでくる。

 

 

「どうしたよ」

「あの、戦争ですッ!」

「戦争ゥ?」

「妙義派と白根派が全面戦争を始めようとしてますッ!!」

 

 

「……は?」

 

 

 事態は急激な展開を迎えようとしていた。

 さながら濁流に巻き込まれた遭難者のように、俺はどうすればいいのかわからず、ただ茫然と呟くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然と言ってしまえば当然なのだが、俺が番長候補として名乗りを上げた時点で、『フィスト』の展開は完膚なきまでに崩壊してしまった。

 しかしどこか楽観的に構えていたのだ。

 別に自分の行動なんて大勢に影響は与えないだろう、と——。

 

 

 けれども俺の存在は想像以上に大きかったらしい。

 漫画には気配すら存在しなかった、妙義派と白根派との全面戦争。

 だいいち白根尊なんてキャラクターは『フィスト』にそこまで登場しないのだから、その折に気がついてしかるべきだったかもしれないが。

 

 

 俺は腰を抜かしてしまい、立ち上がることができなくなった。

 それがバレないように澄ました顔で、夜宵に視線をやる。

 

 

「どう思う?」

「詠が落ちたのが原因だろうな」

 

 

 彼女は端的に述べた。

 

 

「妙義派と白根派、谷川派の三つの勢力が存在していたことで、ある程度の均衡が保たれてたんだ。だがあたしたちが詠を下した。そうなると残りの二つの勢力は、今までの立場を変えざるを得ない」

 

 

 あたしたちは、あいつらに並べるほど数が多くないからな。

 と夜宵は髪をかき上げる。

 

 

「ぽっと出の新人……まァあたしたちのことだが、そんなやつに番長の座を盗られたら堪ったものじゃないだろうからな」

「それにしても行動が早すぎない?」

「いや、遅いくらいだ。お役所とかと違って不良は頭の権力が強い。鶴の一声で迅速に行動が決定される。むしろ二週間もよくぞ動きがないまま推移したと褒めてやりたいところだ」

 

 

 腕を組み足を机に乗せる夜宵。

 行儀は悪いが、彼女の雰囲気も相まって違和感を抱かせなかった。

 俺はいまだに回復しない腰を無視しつつ、話を続ける。

 

 

「俺たちはどうするべき?」

「様子見だな。大きな動きがあったから踵は浮かせとくべきだが、踏み込むのはまだ早い。場合によっては漁夫の利も狙える。今は様子見だ」

 

 

 意外にも夜宵は慎重派だった。柴方高校の番長を張っていたくらいなのだから、何かあったと見れば即座に行動するものだと思っていた。

 しかし彼女と関わってみて、そのイメージが間違っていたことに気づかされた。

 彼女は慎重に慎重にチャンスを見極める。

 もっとも労力を必要としないタイミングで、最大限の効果を発揮するタイミングを見極めて、戦力を投下するのだ。

 

 

 いわば軍師。

 自身も過大なる戦闘能力を備えた、最強の軍師である。

 

 

「わかった」

「ずいぶんと素直じゃねェか」

「俺がこういう場面で夜宵に勝てないってのは承知してるから。というか俺が夜宵に勝てる面って存在する?」

「……ツラとか」

「オーケー、存在しないね」

 

 

 理解していたことだけれども。

 現実に直面すると、どうにも心に来る。

 

 

 俺は苦い笑みを浮かべながら、同時に腰をも浮かべた。

 さすがに軟弱な自分の腰でも、これだけの時間をかければ回復したようだ。

 

 

「じゃあ拓馬も立てるようになったことだし、移動するか。もしかすると奇襲を受けるかもしれないからな」

「………………」

 

 

 カッコつけて隠していたつもりだったのだが、夜宵にバレバレだったようである。彼女は颯爽と立ち上がった。対して俺はもう座りたかった。顔を隠して隠居したいくらいの気持ちであった。

 

 

「…………」

 

 

 消え入りたいとはこのことだな。

 

 

     ◇

 

 

 あれから一週間が経過した。

 柴方高校は戦乱の火に包まれ、いたるところで喧嘩が発生している。

 この学校を支配する二つの勢力が正面衝突しているのだから、当たり前とも言える光景であった。

 

 

 俺たちはというと、まるで土の下で大人になるのを待つ蝉のように、じっと趨勢の行方を伺っている。

 

 

「どうやら妙義派も白根派も、同じくらいの強さなせいで泥沼化してるみたいッスね」

 

 

 命がこそっと話しかけてきた。

 彼女の顔は前髪で隠れているせいでほとんど見えない。しかしかろうじて露出している片目が、命の意志の強さを示すように爛々と輝いていた。

 俺は最近肩ひじ張らずに吸えるようになってきた煙草を咥えながら、命のほうに行かないよう煙を吐き出す。

 

 

「やっぱりそうなんだ」

「拓馬も気づいてたッスか」

「柴方高校にいれば嫌でも耳に入ってくるからね。どっちが勝つかわからない、どっちにつけば勝ち馬に乗れるんだ、って」

 

 

 関ヶ原の戦いと同じだ。

 どっちが勝つかわからない。

 どちらに乗れば美味しい思いができるのか、各々考えながら行動している。

 それは不良でも変わらない。

 

 

「拓馬に協力して成り上がろうって輩はいないんスか」

「いないだろうねぇ。穴馬すぎるし」

「でもオッズはとんでもないことになるッスよ」

「当たらない馬券はただの紙屑だから」

 

 

 俺に賭けようなんてギャンブラーは存在しないだろう。

 いたとしたらあまりにも大穴狙いすぎる。

 金持ちの道楽か、人生に後がないやつの行動。

 

 

 自分で言うものなんだが、俺の評価なんてそんなものだ。

 だから普通に学校にも通えているし——妙義派のトップである湊や、白根派のトップである尊は最近学校に来ていない——襲われるような危険にもあっていない。

 まぁそれは後ろに夜宵がいるから、も理由として大きいのかもしれないが。

 

 

「でも、勝つ気満々じゃないッスか」

「当たり前じゃん。負ける気でする勝負なんてないよ」

 

 

 しかし、俺は本気で勝つつもりだった。

 どんな評価を受けようと関係ない。

 最終的に立っていたやつが勝者なのだ、と。

 

 

 俺はスタイリッシュに煙草の火を消した。

 

 

「……命、吸い殻入れ持ってる? 忘れちゃった」

「はぁ~~~~~……」

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