不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
戦力に劣る俺たちが妙義派と白根派を打ち倒そうとすれば、二つの勢力を同時に相手取ることはできない。
両者が疲弊したところで漁夫の利を狙うか、あるいは一つの勢力に狙いを定めて戦いを挑むか。
この二者択一である。
「……で、拓馬はどっちを選ぶ?」
夜宵が上目遣いを向けてきた。
飴玉を咥えて、今日も彼女は堂々としている。
俺は質問にしばし頭をひねり、やがて答えた。
「どっちかの勢力を狙おう」
「その心は?」
「漁夫の利は先が見えない」
たしかに妙義派と白根派は同じくらいの大きさだ。
ところが、両者が戦った時に間違いなく両方とも疲弊するか……と考えれば、いささか疑問が残る。
最悪の場合は彼女らが協力してしまう可能性すらあるのだ。今の段階でも苦しいのに、これ以上相手が強くなってしまえば、もはや勝機は見えない。
だから最も勝率が高いほうを選べば、おそらくどちらかの勢力を倒してしまうのがいいだろう。
……多分。
俺の不安を見破ったのだろうか、夜宵は肩をすくめた。
「ま、親分がそう言うなら部下は従うまでだわな」
「夜宵ならどうする?」
「あたしかァ……そうだな、拓馬と同じ選択をするだろうな」
彼女は唇を尖らせ、ひらひらと飴玉を振るう。
蛍光灯の光を反射するそれに、まるでエノコログサを眼前に差し出された猫のように、俺は視線を左右に向けた。
「別にどっちを選ぼうが大して変わるとは思わねェよ。あたしらは
これが同じくらいの戦力差だったら話は変わってくるケドな。
夜宵は疲れたようにため息をつく。
いつもは覇者の風格をまとっている彼女であるが、さすがに最近の激動具合には堪えるらしい。注視してみれば双眸の下に暗いものが見えた。
「ただ、ほんの微妙な差だ。漁夫の利が可能なのか、あるいは二つの勢力が協力し合うのを嫌うか。宗派の違いみたいなもんだ」
「宗派の違いは大きいッスけどね」
命の発言は無視された。
「……それで、あたしと拓馬は一つの勢力を狙うことを選んだ。それだけだ」
「なるほどね」
俺は天井を見上げる。
許された、ではないが。
彼女の判断と同じであったのは、心のどこかにあった重たいものを軽くするのに役立った。
「どこへ行くんだ?」
夜宵の問いかけに肩をすくめる。
「湊のとこ」
「妙義派の親玉にカチコミに行こうってか?」
「さすがにそれは遠慮しときたいんだけど」
お世辞にも喧嘩が強いとは言えない俺が、まさか単身で敵陣営に乗り込もうなんて怖すぎて震えが走る。
どうやら彼女も冗談だったようで鼻を鳴らした。
そりゃそうだ、とも言いたげな表情で。
「じゃあなんでだよ」
「……勘、かな。そろそろ戦局が動きそうな気がするんだ」
「妙義派と白根派の戦いに決着が着くってことか」
「あくまでも勘だけどね」
ここ最近は情勢の推移に集中してきた。するとある程度はどちらに勝利の女神が微笑みそうなのかを理解できるようになってきたのだ。
自分の目が正しければ、勝つのは——。
「妙義派か?」
「……よくお判りで」
「拓馬の顔に書いてあんぜ」
「ほんと? 顔洗ってくるか」
「駄目だ駄目だ。酸でも使わなくちゃ落ちねェくらいの文字だからな。ついでに『白根尊に会ったらどうしよう』とも書いてあるぜ」
そこまでわかりやすいか。
俺は苦笑した。夜宵が鋭いのか、俺がわかりやすすぎるのか。
どちらにせよ自分の考えていることがバレているのには変わりない。恥ずかしさが腹の底から湧き上がって頬が赤くなった。
「妙義湊と接触してどうするつもりだ?」
「大した思惑があるわけじゃないんだけど」
宙を見上げる。
思考を整理するためだった。
「様子見でもしてこようかと思って。二つの勢力の戦いが終わった直後。そこが一番俺たちの勝率が高いタイミングだから、妙義派の状態を見ておこうかなと」
実際の戦争であれば、失われた戦力は戻らない。なぜなら人間だからだ。畑でとれるわけでもない人間は、失われれば短期間で復活することなどない。だから戦力の喪失はそのまま敗北につながるわけだ。
しかし喧嘩は違う。
あくまでも「喧嘩」だ。
命まで落とすことなんて非常に珍しい。
だから長くて数か月、短ければ数日で戦力は元の水準まで戻ってしまうだろう。そうなる前に勝負は決めたい。だから俺は様子見をしようとしていたのだ。
「道理だな」
夜宵は腕を組んで頷いた。
「ただ一人で行動しようとするのはいただけねェ。拓馬はすでにリーダーなんだって意識を持ってもらわなくちゃ困るぜ。お前が落ちるのは甚大な被害だ」
「……善処する」
「こりゃできそうにねェな」
仕方ないだろう。俺は少し前までモブだったのだ。数奇な流れによって柴方高校の番長を目指すことになったが、元はと言えば喧嘩の「け」の字も知らないような生活を送っていたのである。
夜宵の細められた視線を浴びながら、俺はそっと顔をそらした。
後ろからも命のからかうような眼差しが飛んできている。寝る間際の蚊のようなそれを払いつつ、ため息をついて口を開いた。
「……夜宵。ついてきてくれ」
「合点承知の助。やっと拓馬に頼られたぜ」
そう言う彼女の表情は、どこか嬉しそうに見えた。
どうやら俺の勘は合っていたようだ。夜宵を引き連れて校内を歩いていると、いたるところからざわめきが聞こえてくる。まるで明日世界が終わってしまうかのような。そんな声だった。
「拓馬の勘も馬鹿にできねェな」
夜宵はスカートのポケットに手を突っ込む。
唇を尖らせ、飴玉の棒を上下に動かしていた。
「妙義派と白根派の決着が着いたみたいだね」
「んで勝者は妙義派か」
「多分」
噂話だけではどちらが勝ったかわからなかった。その部分らしきところに話題が移ると、みんな声を潜め始めるのだ。
しかし彼女らの表情から——妙義派に所属する者たちは嬉しそうに、白根派に所属する者たちは絶望を浮かべていた——勝者は予想できる。
「奇襲を仕掛けるなら今だな」
「勝った後が一番気が緩むっていうからね」
「あァ。兜の緒を締められてたら困るけどな」
夜宵は飴玉をかみ砕いた。
「——気づいてるか?」
「後ろに……二人くらい?」
「上出来だ。より正確に言うなら三人だな」
「そんなにいるんだ。弱小派閥によくもまぁそこまで」
俺と彼女は背後に視線をやらないまま声を交わす。誰にも聞こえないように、ひっそりと。
自分の勘違いかと思っていたが、夜宵が肯定するとなると正しいのだろう。後ろから三人ばかりが追ってきていた。人ごみに紛れながら、物陰に潜みながら距離を保っている。
「妙義派の者かな」
「白根派を潰した今、拓馬さえ倒せばもう敵はいないからな」
だが違うだろう。
夜宵は目を細めた。
「あの顔は見たことがある。白根派だ」
「……なんでこのタイミングで?」
「知らん。それは拓馬のほうが詳しいんじゃないのか」
「俺だってわからないよ」
二人で目くばせをする。
どうするか?
そんな意図が込められたやり取りだった。
「夜宵は湊のところに行って」
「あたしは様子見か。拓馬は?」
「きっと狙いは俺だから、いっそのこと捕まってみようかと思って」
「馬鹿だな。ケドあたしが好きなタイプの馬鹿だ」
「恐悦至極」
相手の意図が不明なら捕まってみればいい。
そうすれば自ずと判明するだろう。
なんて馬鹿げた発想のもとに提案してみたが、夜宵は面白そうに口元を歪めて、「じゃあ後で」と去っていった。
しばらく立ち止まっていると気配が近づいてくる。
俺は胸ポケットから煙草を取り出して咥えた。
「……高群拓馬だな」
「そうだけど」
「私たちと来てもらおう」
「一服しようってところなんだけどなぁ」
「煙の代わりに血の味を感じたいか?」
「ひぇー怖い怖い。おとなしくついてくよ」
ずいぶんと物騒な誘い文句である。
尊の性格的に怪我を負わされる、なんてことはないだろうが、部下に関してはどうするかわからない。
俺は両手を挙げて彼女らについていくことにした。
◇
教室の中は真っ暗だった。カーテンは閉め切られ、扉にも黒のガムテープが貼ってあり、室内は見通せない。
しかも人通りの少ない教室であるからして、万が一ここでリンチが発生したとしても、誰にも気づかれないであろう。
そう考えると怖くなってきた。
俺はぶるりと身震いを一つして、目の前の彼女と相対する。
「……久しぶりやなァ、拓馬クン」
「久しぶり尊。元気してた?」
「少なくとも今は最悪の気分や」
机に腰掛ける白根尊からは、一切の表情が読み取れなかった。
頬や口元には怪我をしており、喧嘩の気配を感じられる。
しかし彼女は自分が表立って戦うタイプではない。おそらく妙義派との戦いの中で、偶然負ってしまった怪我だろう。
「どうしたのこんな暗いところで。もしかして告白?」
「拓馬クンは結構変わったなァ」
「そうかな」
彼女はジトっとした視線を向けてきた。
まるで都会に出ていった子供がチャラチャラして帰ってきた、みたいな眼差しである。はて、そんな目を向けられる心当たりなんてないぞ。
「ちょっと前の拓馬クンだったら、『い、一体俺をこんなところに呼んで何をするつもりなんだぁっ!?』って情けなく震えてたやろうに」
「ねぇ俺のこと何だと思ってんの?」
「間違えて柴方高校に紛れ込んだチキンくん」
「………………」
まぁ、そりゃ。
間違いじゃないけれども。
言い方ってものがあるだろう、と俺は内心立腹していた。
同時に納得もしていた。
たしかに俺は変わっただろう。漫画『フィスト』の展開なんてどうでもいいと、この世界に生きているのは自分なのだからと、世界に対して遠慮しなくなった。それに煙草だって吸い始めたし。
「で、用件は?」
「うちが負けたの知っとる?」
「湊にでしょ。知ってる」
「それなら話が早いわ」
尊は立ち上がり、口を開いた。
「高群拓馬。うちの仲間になってくれ」
「……その心は?」
「赤城夜宵がうちの味方になれば、まだ勝機はある。まだ柴方高校の頂点を目指せる」
ふむ、なるほど。
腕を組んで考える。
すでに妙義派との喧嘩は終わった。つまり現状の戦力では——特に減少しているであろう今では——再選を申し込んだとしても、まともな戦いにならないだろう。
だからここでワイルドカードを欲した。
赤城夜宵という最強のカードを。
ここから逆転するとなると、たしかに夜宵を引き込まなければならないだろう。誰だって思いつくことだ。仮に俺が尊の立場にあっても、まったく同じ行動をするだろう。
俺は表情を緩めて、彼女に言った。
「やだね」