不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた 作:音塚雪見
「……そうか」
尊は目を細めた。まるで「残念だよ」、とも「そう言わないでくれ」とも懇願しているかのような表情であった。彼女の言葉に背後の部下たちが距離を詰めてくる。俺はたらりと汗が伝っていくのを感じた。
「ここで俺をリンチしても意味ないでしょ」
「いいや? 途中で素直になるかもしれないやん」
「絶対に夜宵は首を縦に振らないよ」
「やってみないとわからんなァ」
まずいな。
逃げる隙を探すが見つからない。
助けを呼ぼうにも人通りが少なすぎて、いくら声を張り上げても誰にも聞こえないだろう。
尊の性格的にそこまで酷い目に合わされるとは思っていなかったのだが、人は負けると変わるものらしい。彼女の双眸には憤りと狂気的な光が宿っていた。その仕草にはひりついたギャンブラーのような震えが見える。
「話せばわかるよ」
「わからなかったから、こうしてるんや」
「そりゃそうだ」
交渉も駄目だと。
俺は諦めてポケットに手を突っ込んだ。
突っ込んで、中にある「あるもの」を操作する。
「ねぇ尊、一つ聞いてもいい?」
「……なんや?」
彼女はいぶかしそうに首をかしげた。
時間稼ぎだろうか、という疑問が顔に出ているが、俺ができることなんてない。ゆえに話し合いに応じてもいいだろうなんて判断がうかがえた。
「なんで尊は番長を目指してるの」
「前にも言ったやん。番長がかっこいいからや」
「……なるほどね」
「男の子の拓馬クンにはわからん感情かもしれんけど。女ってのはな、一度くらいは最強を目指したくなるもんなんよ」
「いや、理解できる」
前世ではそういう感情は男の子の専売特許だった。この世界では貞操逆転しており、もっぱら女子の抱くものであるが。
俺はゆるゆると首を振り、苦笑する。
「尊は俺に要請したじゃん。『白根派に下れ』って」
「おう」
「じゃあ俺からもお願い一ついいかな」
「……内容によるな」
彼女は口を一文字に結んだ。
「簡単だよ。尊のほうが俺の派閥に入らない?」
「あり得んな。却下や」
「まぁまぁそう言わず。話を聞いてよ」
一刀両断。即断即決。
尊は一瞬にして提案を切り伏せる。
しかし俺は引かず、むしろ一歩踏み出して声を上げた。
「俺はこれから妙義派に喧嘩を売る。白根派と戦って疲弊している今がチャンスだからだ。こっちには赤城夜宵もいる。勝率はまぁまぁだと思わない?」
「だから拓馬クンを引き入れたいんや」
「頷くわけがないのは理解してるでしょ?」
「無理やり頷かせてもええんやで」
尊は部下たちに目くばせする。
小さくなる包囲網。
俺は震える足を叱咤して、気丈に口の端を釣りあげてみせた。
「ここに尊が味方してくれれば勝率はぐっと高くなる。もはや勝ったも同然と言ってもいい。番長争いに勝った派閥と、負けた派閥。尊はどっちの馬に乗りたいの?」
「……違うなァ。違うで拓馬クン。うちは勝ち馬だとか負け馬だとかに乗りたいんやない。うち自身が勝ちたいんや」
「わかってるよ」
ここまで堂々巡りの話をしたのには意味がある。
時間の経過が遅く感じた。秒針が療養を取っているみたいに。
しかし時間稼ぎはもういい。目的を達成したのである。
俺は後ろの女子を蹴りつけた。
突然の凶行に彼女は反応できない。
空いた隙を目掛けて全力疾走する。
すかさず部下たちが追いかけてくるが、この分だと間に合うだろう。
がらりと開いた扉から腕が伸びてきた。
俺はそれを掴む。ぐっと体が引っ張られた。
「……早かったね」
「馬鹿言え。遅かったくらいだろ」
にやりと笑う彼女の姿に安心する。
力が抜けて廊下に座り込みそうになったところを、ぐっと堪えた。
「んな、アホな……」
尊は呆然としていた。
視線の先、つまり俺の横には、おそらく尊が一番見たくないであろう姿。赤城夜宵が仁王立ちをしていた。
どうして赤城夜宵がここに。
疑問が尊の表情に張り付いていた。
「俺が呼んだんだよ」
「でも、拓馬クンは何も……」
「これを使った」
ポケットの中から「それ」を取り出す。
黒いフォルム。丸っこい形。
時代がもう少し下ればたまごっちとでも思われそうだが、今は存在しない。これはもっと実用的な連絡手段である。
「ポケベル……ッ!」
「夜宵と別れる前に打っといたんだ。もしも俺の身に何かあれば、すぐに送信できるように」
「んであたしが囚われの王子様を助けに来たってわけだ」
夜宵は両方の拳を突き合せた。
口元には勝気な笑み。
全身からオーラが漂っており、尊は思わずといった様子で数歩後ずさる。
「……いや、赤城夜宵とはいえ単騎や。全員で攻撃を仕掛ければ——」
「単騎じゃないッスよ?」
「ッ!?」
ガラガラガラ。
扉を開きながら入ってくる二つの影に視線を合わせると、やはりこちらも見知った人たちである。
「命に、浅間さん……?」
「あいつらはあたしが呼んだんだ。いくら何でも多勢に無勢じゃどうしようもないからな」
簡単そうに夜宵が答えた。
「さ、どうするよ大将。流れはだいぶあたしらのもんだぜ」
「……そうだね」
俺は顔を上げる。
眼差しの先は顔を強張らせている尊だ。
「もう一回聞くよ、尊。俺たちの味方になってくれない?」
緊迫した空気が教室に満ちていた。
不敵に笑う夜宵。対照的に汗を流す尊。
俺をかばうように命と浅間さんが立っている。
「戦力的には対等、ってところか……?」
口から疑問がまろび出た。
それを耳ざとく聞きつけた命が、呆れたように肩をすくめる。
「ちょっと拓馬、それ本気ッスか?」
「どういうこと?」
「この教室にいる白根派の奴らは六人程度……対してボクたちは四人。拓馬を戦力に含めなければ三人ッス」
「俺がカウントされないのはいつものことだけど、さすがに悔しさが込み上げてくるね」
命の意図が理解できず眉をひそめた。
「ふっふっふ、つまり二対一ってことッスよ」
「だから皆の強さを考慮して、戦力的には対等だと……」
「甘いッス。二対一程度じゃボクたちの優位性は揺るがないッス。一騎当千とまでは言わないッスけど、仮にボクたちを倒したかったら、今の三倍以上は数を要しないと駄目ッスよ」
指を振って口元を緩める命。
圧倒的自信にずっこけそうになった。
「おや、どうやら疑っていらっしゃるようですね」
「浅間さん……いや疑ってなんか」
「猜疑心が両目に宿っていますよ」
浅間さんが眼鏡を指で押し上げる。
「命の言うことは正しいですよ。もしこの教室の中のメンツで百回喧嘩をしたとすれば、百回とも私たちが勝利します」
揺るぎない自信。
発せられる覇気。
俺は彼女らと関係を持っているから感じづらかったが、よくよく考えてみると、三人ともに赤城派の最高幹部だったのだ。普通の派閥であれば幹部の数はもっと多いだろう。
それはメンバーが少ないために、仕方なくそうなったのではない。
三人で十分だったから、最高幹部は三人だったのだ。
「…………」
唾を飲み込む。
今さらであるが自分の幸運に感謝した。
この戦力を味方にできている幸運。
尊が喉から手が出るほど欲しているように、それは俺では想像もできないほどの幸運なのだろう。まさに
「さァ、どうする? 大将の誘いに乗るのか? 乗らないのか?」
「くっ……!」
夜宵の問いかけに、尊は歯を食いしばった。
双眸は縦横無尽に駆け巡り、逆転の一手を探しているようだ。
「ここからひっくり返すなんて不可能だぜ? お前がお膳立てした状況だろう。人通りの少ない教室を、さらに真っ暗にして。中は見えねェ。声を張り上げたとしても助けなんて来やしねェよ」
懐から飴玉を取り出す夜宵。
彼女の仕草からは確信が読み取れた。
現在この空間を支配しているのは何者か。
それは自分自身であるという確信である。
「…………くそ」
しばしの逡巡があった。
蜂蜜のような粘度の時間が流れて、やっと尊は口を開く。
「わかった。うちは高群派に降伏する」
「そんなッ!」
「尊さん!!」
彼女の言葉には節々に憤りが見えた。
一言を口に出すたびに、一片の肉をこそぎ落とされているような。
そんな痛みも孕んでいた。
「仕方ないやろ。悔しいけど奴らが言ってることは正しい。ここで逆上して喧嘩を売るのもできるが、勝ちの目がまったく見えん。だったらおとなしく降伏して、高群派が番長になるのに期待するしかないやん」
説明のうえでは冷静だが、尊の表情は燃え盛る炎を抑え込むのに必死だった。
今にも飛び出しそうな腕を掴みながら、彼女は夜宵を見据える。
「もう降伏したんや。大将との距離がこんな空いてちゃ、悲しくて泣いてまう」
「お前が拓馬を人質にしないとは限らないからな」
「酷いわぁ、うちがそんなことするように見える?」
「人は追い詰められたら何をするかわからない」
しかし言葉とは裏腹に、夜宵はこちらに視線を送ってきた。
「まァ、とは言ってもだ。いつまでもリーダーが後ろにいるのも格好つかねェわな」
そう言って俺を手招きする。
先ほど彼女が指摘していたように、人質にされる可能性がある。
ゆえに距離感を保ちつつも、尊との間を埋めていった。
「……やられたわ、拓馬クン」
「別に狙ってたわけじゃないんだけどね。完全に偶然」
「運も実力のうちって言うやん。こっちは奇襲を仕掛けたつもりやったんやけど、逆に虚を突かれてちゃあ笑いもんやな」
尊は肩をすくめて苦笑する。
「……もうちょっと距離詰めてもええんやで? 本当に害を加えるつもりはないから。ここから粘ったってダサいだけやん」
それに男の子にそんな反応されると、悲しくって敵わんわ。
と彼女は眉を下げた。
「拓馬クン」
「ん」
「
「うん」
「妙義派の連中は強いで」
「知ってる」
これ以上ないくらいに。
俺は『フィスト』の知識を思い返していた。
この世界は現実だ。もう漫画の世界と同一視したりしない。だから展開に遠慮なんてしないし、自分のやりたいようにする。
けれども漫画で見てきた妙義派のメンバーと、俺自身の目で見てきた彼女たち……それらを総合的に考えれば、今から戦おうとしている相手がどれほど強いのか簡単に理解できた。
「壁なんて高ければ高いほど、超えたときに気持ちいいじゃん」
「……はっ、まるで女みたいなこと言うやん」
尊が手を差し出してくる。
すぐさま意図を掴み握手に応じた。
「——絶対に勝てよ」
「もちろん」