不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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久しぶり

 あれよあれよという流れで尊を仲間にすることができた。白根派のトップを引き入れたということは、つまり白根派を併合したも同然。

 ところが彼女らを部下のように扱えるか……と言えば、おそらく難しい。

 彼女らはあくまで白根尊に従うのであり、ある意味ズルをして尊を倒した俺に首を垂れることはないだろう。

 

 

 依然として戦力不足は否めない。

 俺は腕を組みながら悩んでいた。

 

 

「うーん」

「どうした拓馬」

「いや、妙義派にどう勝とうかなって」

 

 

 妙義派と白根派の漁夫の利を狙う。

 それがもともとの計画だったが、いざ舞台が整ってみると、方法が思いつかずに行き詰ってしまった。

 

 

 夜宵は呆れたように顎をしゃくらせると、

 

 

「真正面から行けばいいだろ」

「ボコボコにされるよ」

「今ならワンチャンあるんじゃないか?」

「ワンチャンに賭けられるほど、俺が背負ってるものは軽くないからなぁ」

 

 

 賭けのテーブルに乗っているのが俺一人だったらよかった。吹けば飛ぶようなものだ。風前の灯火。それを失うリスクと、柴方高校の番長になれるリターン。即断即決できるほどにローリスクハイリターンである。

 

 

 けれども現実はそうじゃない。

 俺は高群派という、一応は派閥を率いている。

 自分の敗北は、すなわちついてきてくれる皆の敗北になるのだ。

 思考を停止させていいわけがない。

 

 

「いや、マジで真正面から行っても勝機あると思うぜ?」

「……なんで」

「戦力差」

 

 

 夜宵は指を三本立てた。

 

 

「柴方高校には三つの派閥があった。妙義派と、白根派と、谷川派。ほとんど従わないとはいえ、あたしたちは二つの勢力を下したんだ。戦力的に妙義派に勝っている」

「理屈のうえではそうだけど……」

 

 

 俺は半目を向ける。

 

 

「号令をかけたとして、白根派と谷川派の人たちがどれだけ動いてくれる? 半分も動いてくれたら驚天動地で、よくて三割、悪くてゼロ割だよ」

「それでも数が多いってのは脅威だぜ」

 

 

 特に相手にとってはな。

 と夜宵は棒付きキャンディーを振った。

 

 

「それにうだうだ悩んでる時間が勿体ねェ。時間はあたしたちの味方じゃない。妙義派の味方だ。刻一刻とやつらは回復していく。戦力の差が埋まっていくんだ。今日の勝率が低いというなら、明日はもっと低いぜ」

 

 

 柴方高校の番長を張っていただけあって、説得力のある言葉だった。

 俺は「たしかに」と呟いて机に突っ伏す。

 理性では納得できた。けれども感情は。

 

 

「もういっそのこと目ェつぶって喧嘩売ろうぜ」

「……そのほうがいいのかなぁ」

 

 

 考えれば考えるほどドツボにはまっていく気がする。

 あちらを立てればこちらが立たず、天秤は傾き続けるばかり。

 一向に見えない結論に俺は気がめいっていた。

 

 

「もうあれだ、妙義派に殴り込み行ってこいよ」

「ボコボコにされるんじゃない?」

「いくら何でも男をそんな目に遭わせないだろ。しかも元仲間だぜ。今は敵勢力のトップとはいえ」

 

 

 夜宵はニヒルに笑う。

 

 

「んー……まァいつまで悩んでても始まらないし、いっちょ命を賭けてみますか」

「意外だな。まさか拓馬が乗っかってくるとは」

「俺も不良っぽくなってきたかな」

「バッチリだぜ。犬猫に優しくしてるのが似合う」

「誉め言葉なのそれ?」

 

 

 不良なあいつが野良犬だとか野良猫だとかに優しくしてる……というのはよく見る話であるが、自分がその立場になるとは予想していなかった。

 俺は首をひねりつつ立ち上がる。目的地は妙義派の本拠地。

 

 

「そういえば妙義派ってどこに集まってんだろ。俺たちは夜宵が根城にしてた教室だけど、妙義派のは聞いたことない気がする」

「あいつらは秘密基地持ってないらしいぜ」

「えぇ? じゃあどこに……」

「普通に教室」

 

 

     ◇

 

 

「……………………」

 

 

 本当にいた。

 

 

 俺は扉から顔だけを覗かせて様子を伺っている。

 ここは普段授業を受けている教室。最近では派閥争いが激化して足を運んでいなかったが、どうやら彼女らは変わらずに通っていたようだ。

 

 

 不良漫画の登場人物なのに真面目だなァ。

 自称真面目枠であった立場を失い、俺は苦笑する。

 

 

「んでさ、こいつ私のプリン食いやがったんだよ!」

「湊のだったのか。てっきり私のために用意されたもんかと」

「思いっきり『妙義湊』って書いてあっただろうが!!」

「字が汚すぎて気づかなかった。フタの上で虫が踊ってるようなもんだったからな」

「テメェ今日という今日は許さねェゾ! 表出ろやァ!」

 

 

 湊と千明の喋り声。

 変わらないやり取り。

 

 

 思わずクスリと口元をほころばせてしまった。敵だというのに気の抜けたことであるが。仕方ないだろう。懐かしさが襲い掛かってきたのだ。

 

 

「…………」

 

 

 しかし俺は悩んでいた。

 どうやって出ていこうか。

 まるで夏休み明けに会った友達との会話に手こずるかのように、俺は彼女らにかけるべき言葉に悩んでいたのである。

 

 

「『うぇーい元気してたぁ?』とか……いや、それとも『ふっ……たく、変わらねェなぁこの街は……』みたいなノリで話しかけてみようか……」

「何してんだ拓馬クン」

「うわぁ!?」

 

 

 後ろから突然話しかけれた。

 廊下に腰を抜かし、バクバクとうるさい心臓を押さえる。

 

 

 見上げれてみればそこには見知った顔。

 高岩日向がたたずんでいた。

 パンを咥えながら首をかしげている。

 

 

 それと大きな声を上げてしまったものだから、湊と千明の注目を集めてしまっていた。彼女らは珍しいものでも見たかのように——実際珍しい、というよりも珍妙な存在ではあるだろうけれども——目を丸くしている。

 

 

「え、拓馬クン!?」

「どうしたんだ?」

「あ、あはは……」

 

 

 俺は口の端を歪めながら手を挙げた。

 

 

「ひ、久しぶり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室内には微妙な空気が流れていた。

 表情を張り付けた笑顔に固定する俺。

 面白そうに経過を見守る千明。

 固唾を呑んで眺める日向。

 驚愕に顎を外しそうなほど口を開いている湊。

 

 

 端的に言ってカオスだった。

 

 

 人がいるのに閑古鳥が鳴く。静寂が流れる。最初に動いたやつが死ぬ——まるでその道の達人同士の死合のような、瞬きすら許さない空間が生まれていた。

 俺は気さくな挨拶と同時に片手を挙げていたが、これを両手にするかどうかで悩む。命だけは助けてくれないかな。

 

 

 やがて氷が解けるがごとく、湊が震え始めた。

 電撃を受けている人みたいに振動する指。

 それを突き付けながら、彼女は叫ぶ。

 

 

「た、拓馬クン!?」

「ひ、久しぶり」

「いや久しぶりだけどサ!!」

 

 

 状況の変化に脳がついていかねェぜ!

 と湊は頭を抱えた。

 

 

「え、なんで来たん!? ようやっと高群派の看板を捨てて、私たちのとこに戻ってくる気になったのか!?」

「違うけど」

「違うのか……」

 

 

 沸騰していたと思ったら氷点下。

 温度計だったらぶっ壊れてるくらいの感情の変化を見せながら、湊は肩を落とす。

 

 

「俺も番長になりたくなっちゃってさ」

「んな軽々と……」

「結構重い判断のもと出した結論なんだけどな」

「——だから、妙義派には戻ってこないぜ、と」

 

 

 話に割って入ってきたのは千明だった。

 彼女は神妙な面差しで提案する。

 

 

「じゃあ私のとこに来ないか? 拓馬クンが入ってくれるんだったら、私は(コイツ)を裏切って新しい派閥を作るぜ」

「なぁそれ本人の前で言うコトじゃねェだろ? ビッくらポンだよ目の前で右腕が裏切り始めるなんて」

「いつから私がお前の右腕になったんだよ」

「兄弟の盃を交わしたときだよ」

「いつだよ。んな記憶ねェよ」

 

 

 存在しない記憶を湊が作り出したところで、千明が苦笑した。

 

 

「ま、冗談だ。拓馬クンも乗ってこないしな」

「さすがに湊を裏切ったのに、千明にはついていくなんてね」

 

 

 俺はアイスブレイクを終わらせ、湊に向き合う。

 彼女は緊張したように汗を一筋流した。

 

 

「正直、俺が湊たちに勝つのは難しいと思う」

「……!」

「でも諦めるのも違うと思った」

 

 

 こうして久しぶりの空気に触れて。

 懐かしさに涙すら流れそうになった。

 しかし今さらやめるわけにはいかないんだ。

 谷川さんを倒した。尊の夢を潰した。

 そんな俺が、この期に及んで安寧に浸るなど。

 

 

「どうしたらいいか考えてたんだ。妙義派に勝つにはどうしたらいいのかを。全然わからなかった。奇襲でも仕掛けようかな、って想像してみたんだけど、通用するイメージが湧かなかった」

 

 

 天井を見上げる。

 

 

「久しぶりに湊たちと話して目が覚めたよ。まっすぐな相手にはまっすぐ対応するしかない。正面から戦うしかないんだって」

「へぇ……それはつまり」

 

 

 千明が口元を歪めた。

 

 

「俺は君たちに喧嘩を申し込む。高群派のトップである、高群拓馬として」

 

 

 教室に再び沈黙が下りる。

 不敵な笑みを浮かべて、千明は腕を組んだ。

 日向は状況を静観するように壁にもたれかかっている。

 

 

 肝心の湊は——。

 

 

「えええええええっ嫌だぜ拓馬クン仲良くしようよ私たち仲間だろそんな寂しいこと言わないでサ!?」

「えぇい鬱陶しい離せェ!!」

 

 

 思わず普段の言動が壊れてしまった。

 彼女から距離を取って肩を上下させる。

 シリアスな空気が完全に壊れた。

 

 

 半眼を向けると、湊は胸の前で指を合わせる。

 

 

「だってぇ……初めて仲良くなった男の子と喧嘩するなんてェ……悲しいし……嫌だなぁって思ったんだもん……」

「誰だよお前」

 

 

 自然と、という様子で千明がツッコんだ。

 無理もない。『フィスト』でも湊がこんな反応を見せたことはなかった。まぁ漫画では異性キャラが登場しなかったから、湊のこういう一面が露呈しなかっただけかもしれないが。

 

 

「逆に千明は嫌じゃねェのかよ!?」

「誰だって喧嘩を売ってくるなら叩きのめすだけだぜ」

「うわぁ……戦国時代の育ちか?」

柴方高校(シバコー)なんて戦国時代みたいなもんだろ」

 

 

 千明は即答する。

 戦国時代育ちなのは否定しないんだな、と俺は口元を緩めた。

 

 

「さて」

 

 

 向き合ってくる千明。

 一瞬にして教室の空気が硬くなる。

 無意識に背筋が伸びた。

 

 

「拓馬クン……いや高群拓馬。正面切って喧嘩売ってきたんだ、覚悟はしてんだろうな? それこそ……この場でリンチされるとか。それが不良の抗争だぜ。まさか男だからって手加減されるとでも思ってたか?」

「そんなわけないでしょ。ただ、湊たちならリンチはしないって信用してただけだよ。信頼と言ってもいい」

 

 

 俺は無理やり笑みを作った。

 そうでもしなければ飲み込まれると確信したからだ。

 さすがに榛名千明。発する圧力が段違いである。

 だが俺も夜宵のもとで散々覇気に晒されてきたんだ。この程度で腰を抜かして、チキンを見せるわけにはいかない。

 

 

「……へぇ。変わったな、拓馬クン」

「千明に褒めてもらうなんて恐悦至極」

「青虫が少し見ない間に蛾になったみたいだ」

「それは褒めてるの?」

「不良に染まっちまったんだから、世間的には貶してるんじゃないか?」

「あちゃあ」

 

 

 自分的には褒めたたえるべき変化だと思っていたのだが、たしかに世間様の評価を考えれば、貶されてしかるべきかもしれない。

 俺は苦笑しながら後頭部を掻いた。

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