不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

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最後の戦い

 すでに校庭に不良の影は少なく——倒れている数を含めれば、両手の指では足りないほどいるが——戦いの終わりはすぐそこまで迫っていた。

 趨勢の鍵を握るのは誰か。答えは一つである。

 

 

「……赤城、夜宵」

「よォ、久しぶりだな榛名千明。元気してたか?」

 

 

 夜宵が飴玉を口に含みながら笑った。

 話しかけられた千明は頬に汗を流す。

 まるで戦争に赴く軍人のように、彼女の表情に柔らかさはない。

 

 

「元気……だったよ。アンタが話しかけてくるまでな」

「オイオイオイ、あたしが悪いみたいな言い草はやめてくれよ。こーんな健気で可愛らしい夜宵ちゃんだぞ? 純朴な男の子が勘違いしたらどうする」

「勘違いも何も至極正確な理解だろ。アンタは見た目だけ幼いだけで、中身は誰よりも血なまぐさい狂戦士(バーサーカー)のくせに」

 

 

 やり取りに淀みはなかった。

 二人とも言葉に集中していないのだろう。

 互いの一挙手一投足に視線が固定され、いつ戦いが始まってもおかしくないという緊張感に包まれている。

 

 

 飴玉を噛み砕いて、夜宵が棒を吐き捨てた。

「うーん」と体を伸ばす。猫のように目を細め、

 

 

狂戦士(バーサーカー)ねェ……それをお前が言うかね。自覚してないのか? 頬が恐ろしいほど吊り上がってるぞ」

「……あらま、こりゃあ失礼。乙女として恥ずかしい」

「何が乙女だよ。この狂戦士(バトルジャンキー)が」

 

 

 千明は悪鬼羅刹のごとく顔を歪め、全身から闘気を立ち昇らせた。まるで湯気のようにゆらゆらと、彼女の髪が揺れる。

 奇しくも赤城夜宵と榛名千明の二人は、同じ気質を持っていた。

 それは相手が強ければ強いほど楽しくなるという喧嘩中毒(バトルジャンキー)的なものである。また夜宵のほうは以前千明に敗北したという事実もあって、今度こそは完膚なきまでに叩きのめしてやるぞ、と拳を固めていた。

 

 

 二人の間に無言の空気が流れる。

 殺気が満ち満ち、喧嘩に慣れていない人間が足を踏み入れれば、すぐさま失禁してしまいそうな緊張感が形成された。

 千明がジリッと靴底を動かす。

 

 

「……ッ」

 

 

 弾かれたように彼女は夜宵のもとへ飛び込み、全体重が乗った拳を当てようと最短距離を取った。

 しかし相手は元柴方高校番長、赤城夜宵である。千明の攻撃を鼻で笑うと、ハエでも払うようにパンチの軌道をずらした。

 

 

「なっ……!」

「それで攻撃したつもりかよ」

 

 

 鈍ったんじゃねェのか。

 と夜宵はカウンターを入れる。

 真正面から蹴りを食らった千明はたたらを踏んだ。

 

 

「よっ、と——」

 

 

 夜宵は少し飛び、空中で一回転する。

 間違いなく追撃が来ると理解しているのに、いまだ衝撃に態勢を立て直せていない千明は、ゆっくりと襲い掛かる夜宵の足を眺めているしかなかった。

 

 

「グぇ」

 

 

 カエルが轢き潰されたような声を上げて千明は吹き飛ぶ。

 頬に思い切り爪先が刺さったのである。いくら夜宵の体重が軽いとはいえ、体重のしっかりと乗った一撃。脳を直接揺らすダメージが千明を襲った。

 

 

 けれども彼女もまた強者。

 千明は即座に地面で回転すると、隙を見せずに立ち上がる。

 

 

「そろそろ温まってきたか?」

「……おう、バッチリな」

 

 

 ぺっ、千明は唾を吐き出した。

 視線は先ほどよりも鋭い。前回は自分が勝利したという油断は、微塵も存在しなかった。

 

 

 やっと面白くなってきたぜ、とでも言いたげに夜宵は首の骨を鳴らす。場の空気に似合わぬ軽い音が響いた。

 千明は腰を落とすと右手を前に出す。ボクシングのような構えだ。サウスポーである。しかし我流なのか正しいものではない。

 

 

「…………」

「カウンター主体って感じか? どこに打っても反撃される未来が見えるぜ」

「んなことないぜ? 気にせず来いよ」

「嘘が下手だなァおい」

 

 

 喧嘩の中で洗練された構え。ルール無用のストリートスタイルだ。夜宵は彼女の構えに隙がないことを見破り、口元を歪めた。

 再びの睨み合いが始まる。すでに二人を除く不良達は戦線離脱していた。拓馬と湊だけが戦いの行く末を見守っている。

 

 

「ただ、年下の作戦に乗ってやるのが年長者ってもんだ」

 

 

 ゆったりと夜宵が歩き出した。やれやれ、とでも言いだしそうな格好。肩を竦めて歩く姿には隙しかない。殴り掛かれば簡単に倒せると誰もが思うであろう。ところが千明は一切動かなかった。いや、動けなかった。脂汗を流して夜宵の一挙手一投足を観察している。

 

 

「んな固くなるなって。な?」

「クッ……!」

 

 

 いつの間に近づいていたのか、夜宵が千明の頬を指で突いた。

 千明は回し蹴りを夜宵の胴体に叩きこむ。

 

 

「その前に出した腕はどうしたんだよ。飾りか?」

 

 

 けれども夜宵は彼女の攻撃を易々と防ぎ、逆に肘を鼻頭に決めた。あまりの威力に千明の視界に閃光が散る。鼻血が飛び出る。

 夜宵は腹に拳打を浴びせた。首に手を回され、千明は距離を取ることもままならない。身長差的に懐に入られれば不利なのだ。彼女は必死に藻掻き、強烈な膝蹴りを打ち出した。

 

 

「おー、怖い怖い」

 

 

 両手を挙げて夜宵は飛び退る。

 わずかの攻防だが、強者は明確だった。

 千明は見えづらくなった左目に舌打ちする。

 

 

「こらァ厳しい喧嘩になりそうだ」

「楽しんでいこうぜ?」

「クソ、余裕かましやがって」

 

 

 手鼻で鼻血を噴いて、千明は犬歯を剥き出しにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 

 拓馬は固唾を呑んでいた。

 呼吸すら忘れて、二人の喧嘩を眺めている。

 

 

 校庭の隅で高群拓馬と妙義湊とが並んで、両派閥の行く末を決める戦いを見物していた。最強同士のぶつかり合い。はじめこそ夜宵が有利に運んでいたが、千明が底力を見せた。今は夜宵も傷を負い、肩を上下させている。

 

 

「どうしたよ赤城夜宵……体力が切れたか? 走り込みが足りねェんじゃないのか」

「ほざけ。部活でもねェんだから走り込みなんてして堪るか。それにお前だって倒れそうだぞ。あんま平気な振りするなよ」

「こっちのセリフだ」

 

 

 二人とも限界が近そうだ。

 夜宵は片腕をだらんと下げ、無防備な姿を晒している。

 千明はその隙を突くこともできず、疲労の溜まった足を引きずるばかり。

 

 

 ナメクジが這うほどの速度で両者の距離が詰められていった。近づけば近づくほど戦意が高まっていく。負傷すれども心は折れず、むしろ強まっていった。

 ついに腕を伸ばせば届くほどの距離にまで近づいて、夜宵は無事なほうの腕で拳を握り、弱弱しい見た目とは裏腹に鋭い攻撃を繰り出した。

 

 

「ぐ、がァ……!」

 

 

 千明は避けることをしない。

 あるいは避けられなかった。

 顔面に正面から拳が突き刺さり、傷口がさらに増える。そこに土汚れや汗が入り込むものだから、彼女は顔をしかめて痛みに耐えていた。

 

 

 全身から脂汗を滲ませながらも体は止まらない。

 一撃を食らったのであれば二撃叩き込む。

 ワンツーのリズムで反撃を夜宵の腹に抉りこんだ。空気を吐き出すかすかな声が漏れ、夜宵は薄ぼんやりとまぶたを閉じる。

 

 

「——ッ」

「……かはっ」

「ぐっ……!」

「ォお——!」

 

 

 雄たけびはない。

 洗練された動きもない。

 

 

 そこにあるのは野生の動物かと見紛うような、獰猛な殴り合いである。防御を捨ていかに相手を早く倒すか、それだけを考えている。肉を叩く音が響いた。噴き出した血が地面に撒き散らされた。まだ倒れない。ならばもっと攻撃を。自分は倒れない。相手を倒す。勝つ。勝つ。勝つ。絶対に勝つ。

 

 

 プライドのぶつかり合いだった。

 絶対に負けられない戦いがあった。

 二人は瞳をぎらつかせ、粛々と攻撃を繰り出す。

 段々と拳に勢いがなくなっていく。

 ついに千明の腕が夜宵の胸の前で止まり、彼女は動けなくなった。

 

 

「……ァ? おい、どうした」

「クソ——」

 

 

 夜宵が首を傾げる。

 彼女の質問にも答えられず、千明は顔面から地面に倒れ込んだ。

 反射的に夜宵は千明の身体を支える。

 

 

「おい、反応しろ、気絶したのか——」

 

 

 平手打ちを食らわせる夜宵。しかし威力はなかった。本当に千明の状態を心配して、気を取り戻させるためのものだったのだろう。

 ところが千明は世界に戻ってこない。眼球を回して沈黙を保った。身体からは一切の力が抜けて、ただ心臓が鼓動しているのみ。

 

 

「…………」

 

 

 夜宵は黙り込む。状況を理解しようと必死に頭を回しているようだ。

 喧嘩に血を酸素を体力を気力を消費した現在、彼女の脳の働きは落ちている。数分ほどの現場検証を経て、ようやっと夜宵は結論を出した。

 

 

「なるほど、あたしの勝ちか」

 

 

 呟くなり倒れる。

 どさりと鈍い音を立てて、夜宵は千明に折り重なるようにして倒れた。

 狼狽して拓馬が彼女らに駆け寄る。

 

 

「夜宵ッ」

「……あー、あんまり大きな声を出さないでくれ。響く」

 

 

 心配そうに顔面を蒼白にする拓馬に、夜宵は苦笑した。ブリキ人形のごとく——それも長年油を差していない壊れかけの——ぎこちない動きで、彼女は肩を竦めてみせる。

 

 

「拓馬、一つ発見をした。声ってのは怪我に直接響くらしい。二日酔いのときは頭痛が酷くなるって言うだろ? 全身に切り傷やら打撲やらがあるときは、空気の振動が直接怪我に入り込みやがる」

 

 

 痛ェわこれ。

 と夜宵は大の字になって寝ころんだ。

 背中にも傷はあろうに、砂が触れるのは気にしていないようだ。

 

 

「……なんだ、どうしてそんな心配そうな顔してる」

「そりゃ……夜宵が」

「あたしの心配かよ。気にすんな、女なんだから」

 

 

 髪を掻きあげて彼女は豪快に笑った。

 まさに怪傑という振る舞いである。

 

 

「それより拓馬が嬉しがること、あるだろ?」

「嬉しがる——」

「あたしが勝ったんだ、どういうことか理解できるよな?」

 

 

 小学生に教え諭すように夜宵は優しく微笑んだ。仲間が怪我をして倒れ込むという状況に動転していた拓馬は、その言葉に趨勢を見つめ直す。そもそもこの喧嘩は何故発生したのだったか。一体何を目的としていたのだったか。

 

 

「——ぁ」

 

 

 はたと思い当たる。

 高群拓馬の目標。

 荒唐無稽な夢物語。

 天と地がひっくり返っても実現できなかったであろう奇跡が、目の前に転がっているのだと。

 

 

「どうよ大将、今の気分は」

「……最高だね。これ以上ないくらい」

「そりゃあ体を張った甲斐があったってもんだ」

 

 

 安心したように囁くと、夜宵は首から力を抜いた。

 ふっと身体が重くなる。拓馬は慌ててお姫様抱っこのような形で夜宵が傷つかないようにした。

 腕の中にすっぽりと納まってしまうほど小さく、軽い。こんな少女が先ほどまで喧嘩をしていたのか。拓馬は夜宵の偉大さを改めて理解した。

 

 

 そこに湊が声をかける。

 頬を掻きながら気まずそうだ。

 敗北した陣営のトップなのだから、当たり前だろうが。

 

 

「あー、おめでとさん?」

「素直に受け取りづらいね」

「くっそー、なんで拓馬クンと戦わなくちゃならなかったんだよ。私ら仲間だったじゃん。なんで裏切られちまったかなー」

「裏切ったっていうか、俺がそうしたかったから」

「意外と野心家だったんだなァ」

 

 

 大きく嘆息をして湊は空を見上げた。

 何度か深呼吸して頭を振る。

 

 

「——ウン、納得した。私の負けだ」

 

 

 彼女は満面の笑みを浮かべて拓馬に手を差し伸べた。

 掴んだ手を引いて、夜宵もろとも引き起こす。

 

 

「さァさ切り替えな! いつまでも柴方高校(シバコー)の番長がしょぼしょぼしてたら、他の高校からカチコミに遭っちまう!」

「痛ッ!」

「男だからって手加減しないぜ!? なんたって拓馬クンはもう番長なんだ。名目上は柴方高校(シバコー)の誰よりも強い不良なんだからな」

「……重いな、それ」

 

 

 湊に張り手を食らった背中を擦りながら、拓馬は苦い笑みを作った。

「怖いか?」という湊の質問に、彼は「いいや」とかぶりを振る。

 

 

「やっと地に足つけた感覚だよ——」

「なんだそりゃ」

「さァね? 今まで夢でも見てたんじゃない? 漫画の世界に転生するみたいな」

「クハハ、拓馬クン冗談言えたんだな」

「俺のこと何だと思ってんの?」

「悪い悪い、ジョークだよ」

 

 

 二人は笑いあった。

 数え切れぬ不良達の転がる校庭で、喧嘩のできない二人だけが笑っていた。

 不良ばかりの在籍する学校の番長が、最も喧嘩のできない人間——それも男になるとは誰が予想しただろうか。

 

 

「…………」

 

 

 拓馬は静かに息を吐いた。

 そして頷いた。

 

 

「うん。俺はやっぱり、この世界の住人だ」

 

 

 こうして摩訶不思議な転生体験は幕を閉じ、普通の生活が始まる。

 貞操逆転しているのは少し違和感かもしれないが、それも次第に慣れるだろう。

 拓馬は懐からたばこを取り出し火を付けた。深く吸い込み煙を吐く。

 

 

「ふゥ——」

 

 

 ……だが、事態がそう簡単に収まれば、誰も苦労しないもので。

 

 

     ◇

 

 

「男を頭にするなんて柴方高校(シバコー)もずいぶん落ちたもんやなァ!!」

「今日から私ら冴巻高校(サエコー)が仕切らせてもらうでェ!!」

「出てこいや高群拓馬ァ!!!」

 

 

「…………」

「御呼ばれだぜ、拓馬クン」

「いや無理でしょ。肩パッドから(とげ)生えてるよあれ」

「いいセンスだよな」

「美的感覚狂ってる? やっぱ世界違うかも」

 

 

 にやにやと窓の外を指差す千明に、俺は思い切り首を横に振った。

 手には釘バット持ってるし間違いなく殺されてしまう。

 というか、あんなコテコテの不良存在したんだな。世紀末の世界から飛び出してきたのかと思った。端的に言ってクソダサい。センスの欠片もないわ。

 

 

「……はぁ」

 

 

 俺はゆったりと席を立ち、教室を後にする。

 

 

「お、拓馬クン行くの? 頑張って~」

「腹立つから湊も道連れだ」

「えぇぇぇぇぇなんで私何もしてないだろォ!?」

「何もしてないから問題なんだ。たまには仕事しろ。一応幹部だろ」

「名前だけですゥ! 私がクソ雑魚ナメクジなのは拓馬クンも知ってるだろ!!」

「じゃあ肉盾として活用させてもらおうかな」

「この薄情者~~~!!!!!」

 

 

 湊を引きずりながら歩く。

 口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 ——俺はこの世界の異物なのかもしれない。運命なんてものを捻じ曲げて、神様あたりに嫌がられてるのかもしれない。

 けれども俺は俺だ。

 この世界に存在する、高群拓馬という一人の人間なんだ。

 

 

 もう迷わない。

 俺は、俺のやりたいことをする。

 

 

 ……ひとまずは、冴巻高校の面々を倒すこととか。

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