不良漫画の世界に転生したら、貞操逆転してたうえ全員女の子になってた   作:音塚雪見

9 / 36
榛名千明の実力

 千明と一緒に自動販売機の前で悩んでいたところ、数人の女子生徒が歩いていくのが見えた。

 

 

「……?」

 

 

 わずかな違和感を感じる。

 何人かはニヤニヤとしていて、中心にいる女子は顔を伏せて。

 なぜか彼女らから目が離せなかった。

 

 

「どーしたよ拓馬クン」

「いや、あれ」

「……イジメかァ?」

 

 

 千明は不快そうに首を傾げる。

 チッと舌打ちまでした。

 

 

 彼女は苛立たしげに自動販売機のボタンを押す。

 

 

「私あーゆーの嫌いなんだよな」

「カッコ悪い?」

「そ。ダセェじゃん」

 

 

 ゆったりとステイオンタブ――缶の蓋についているやつ――を開いた千明は、しかし噴き出してきた液体をもろに顔に被った。

 ぴた、ぴたと髪から雫が滴る。

 彼女はひたすらに無言であった。

 

 

「――イライラするわぁ」

「行くの?」

「おーよ。炭酸が噴いたのもアイツらのせいに違いない」

 

 

 それは違うと思うけど。

 と呟いて、俺は彼女についていく。

 

 

 女子生徒達がたどり着いたのは空き教室だった。

 卑屈そうに顔を歪めている女子の背中を押して、ぞろぞろと入室していく。

 千明は肩を怒らせ、

 

 

「拓馬クンはここで待ってな」

「俺も行くよ」

「巻き込まれたらヤバいから。男子だし」

「友達が喧嘩()るってのに自分だけ逃げるのは違うでしょ。……まぁ、力にはなれないかもしれないけど」

 

 

 自信はない。

 今まで一度も喧嘩などしたことがないのだ。

 

 

 それを聞いた千明は苦笑して、こちらに手を伸ばしてきた。

 ふさりと頭をなでてくる。

 

 

「じゃあ私が拓馬クンを守るぜ」

「ありがと。騎士(ナイト)様とか呼べばいい?」

「ヤンキーにそれは似合わねェな」

 

 

 無意識に繰り出されたナデポを回避しつつ、俺は千明と肩を並べて歩いていき、堂々と教室の扉を開いた。

 

 

「……アァん? んだよお前ら」

 

 

 中心格と思われる女子生徒が、眉をしかめて立ち上がる。

 千明はまるで俺を守るかのように一歩出ると、芝居じみた口調で言った。

 

 

「イジメなんてダセェことしてんじゃねェよ」

「……あぁ、何だ、こいつ(・・・)の友達かなんかか?」

 

 

 彼女はニヤついて指を指す。

 服を剥がれて涙をこぼしている、眼鏡をかけた女子を。

 あまり露出はないが、それでも見える青あざなどが痛々しい。

 

 

「いんや? 知らねェ」

「……じゃあ何で教室に入ってきた」

「ジュースが噴いたんだよ。なけなしの金を突っ込んだコーラがさァ」

「だから何だよ!」

 

 

 言葉を発しながら、相手は殴りかかってきた。

 傍から見ているだけでも速い。

 しかし千明は余裕を持って受け止める。

 

 

「それにさァ、後ろで王子様が見てるんだワ」

「好きな男の前でカッコつけようってか?」

「そのとーり。どうよ、イカしてるだろ」

「おめでたい頭がイカれちまってんなァ!」

 

 

 止められた手とは逆の拳を振るう。

 正面から向かい合う形だ。

 俺からは千明の表情は見えない。

 

 

 けれども、落ち着いているのだろうと確信できた。

 歯磨きをするがごとき自然体で、彼女はそれも打ち払う。

 

 

「なっ!」

「寝ぼけてんのか? 喧嘩するには、ちと遅すぎるぜ」

 

 

 千明は搦め手も何もないパンチを放った。

 直線的な攻撃に、相手は反応できない。

 しっかりと頬に入った拳は、相手を立てなくするのに十分だった。

 

 

 白目をむいて彼女は倒れる。

 教室に顔を巡らせた千明は、悠々と腕を組んだ。

 

 

「で、他には」

「う――うぉぉぉぉ!」

 

 

 髪を染めた女子が突貫する。

 顔色は真っ青で、まるで死地にでも飛び込むかのような。

 そして実際のところ、彼女にとっては同義だった。

 

 

 勢いを乗せて飛んできたストレートパンチを躱して、千明は右フックを放つ。

 こめかみに入ったそれは相手の動きを止め、やがて沈黙させた。

 下半身から力が抜けて相手は沈み込む。

 

 

「…………」

 

 

 そこからは一瞬だった。

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出す彼女ら。

 なかには骨のある奴もいたが、迫りくる攻撃をカウンターでもって返す千明。

 俺は眼前で繰り広げられる光景を、黙って見ていることしかできなかった。

 

 

『フィスト』において榛名千明は最強格のキャラだ。

 転校する前の地域を締めていた、生え抜きの不良。

 

 

 それは女の子になっても変わらない。

 

 

「……ふゥ」

「千明大丈夫? 怪我とか」

「してるように見える?」

「無傷かな」

 

 

 不敵に笑った彼女は拳を向けてくる。

 一瞬困惑するが、すぐに理解した。

 俺も拳を向けてフィストバンプをする。

 

 

「あ、あの……」

 

 

 そこにイジメられていた女子生徒が、おずおずと声をかけてきた。

 一応は制服で身を隠しているけれども、十分目のやり場に困る。

 さり気なく目をそらした。

 

 

「あ、ありがとうございました!」

「礼なんていらねェよ。さっきも言ったと思うケド、私は炭酸飲料の恨みを晴らすために喧嘩しただけだから」

「それでもです! 本当に、ありがとうございました!」

 

 

 千明は困った表情で頬を掻く。

 眉を下げてこちらに助けまで求めてきた。

 

 

 かといって俺がすることもない。

 肩を竦めて、彼女の背を押す。

 

 

「あー……慣れねェな、こーゆーの。さっきの奴らはしばらく関わってこねぇと思うけど、もしまたイジメてきたら私に頼ってくれてもいいぜ」

「はい!」

 

 

 女子生徒の目はキラキラとしていた。

 憧れの英雄でも見つめるかのように、光り輝いて。

 気まずそうに千明は口の端を歪める。

 

 

「……行こーぜ拓馬クン」

「仲間になりたそうにこっちを見てるよ」

「〝いいえ〟だ〝いいえ〟」

 

 

 足早に教室を去る彼女の背中を見送って、俺は苦笑した。

 

 

「……あの子、実は恥ずかしがり屋なんだ」

「……そ、そうなんですね」

「……服だいじょぶ?」

「……だ、大丈夫です」

 

 

 今さら自分の格好に気付いたのか、眼鏡をかけた女子生徒は、握りしめた制服でなけなしの遮蔽を作り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たい焼きが食いてェ」

「は?」

 

 

 授業が終わり教室内がざわめき出した頃。

 つかつかと歩み寄ってきた湊は、沈鬱な表情で言った。

 俺は思わず気の抜けた声を出してしまう。

 

 

「たい焼きよ、たい焼き」

「そりゃわかるけどさ」

「たまに食いたくならねェ?」

「どう……なんだろう」

 

 

 日常生活においてたい焼きをあまり食べない。

 それほど食べたくなることがないのだ。

 

 

 湊は我慢できぬといった様子で嘆息する。

 

 

「てな訳で購買行こーぜ」

「購買にたい焼きが売ってるの?」

「おーよ。マストだからな」

 

 

 染められた茶髪を揺らして、彼女は先導して歩いていく。

 腰のあたりで緩やかに縛られた髪が、まるで尻尾のように左右へ。

 テンションの上がった大型犬みたいだなぁ。

 

 

 購買にたどり着くと、そこには大勢の生徒が群がっていた。客を捌いているお兄さん――呼び方には配慮した――は忙しそうだ。

 

 

 特に俺は欲しいものがある訳ではないので、湊を見送って壁に体重を預ける。

 腕を組みながら人の山を眺めていると、

 

 

「本当にヤンキーばっかだな……」

 

 

 という感想がこぼれ落ちた。

 彼女らは一様にギラギラとしている。

 

 

 やはり人が多ければ購入するのにも時間がかかるので、数分ほど待っていても湊は戻ってこない。荒波に揉まれているのが見える。

 

 

 少しほっこりしながら佇んでいると、すでに買い物を終わらせたらしき女子生徒二人組が、こちらの存在に気付いて歩いてきた。

 

 

「あれ、どーしたのお兄さん」

「暇? ちょっちあーしらと遊ぼーよ」

「いや人を待ってるんで……」

 

 

 髪を頭上でお団子にし、サイドには剃り込みが入っている生徒だ。

 陰キャな自分にとっては天敵と言っても過言ではない。

 

 

「ダイジョブだって」

「そーそー。あーしらのほうが絶対楽しいぜ?」

「いやほんと、やめてください……」

 

 

 見た目は金髪でも、俺の心はピュアな童貞ボーイである。

 制服を着崩して胸元があらわになっている彼女らに迫られれば、さらに顔を伏せて追い詰められるしかなかった。

 

 

 そんな振る舞いがなおさら二人を勢いづけたようで、ついに壁ドンまでされて、息のかかる距離まで近づかれる。

 

 

 購買の前でこのようなイベントを起こしたものだから、観客の生徒達からは面白がるような声が聞こえてきた。

 なかには「私も混ぜろー!」のからかいまで。

 

 

「へへ、観衆が集まってきちまったナ……」

「まァ少し場所変えようや……」

 

 

 二人はそう言うと、俺の腕を掴んでくる。

 

 

 ついにおしまいか。

 諦めて目をつぶった。

 だが、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきて。

 

 

「拓馬」

「……夜宵?」

 

 

 まぶたをこじ開けると、そこには満面の笑みの夜宵が立っていた。

 周りからざわめきが聞こえてくる。

 

 

「おい、赤城さんの知り合いかよ……!?」

「じゃあ噂の〝お気に入り〟って……!」

 

 

 二人はあわあわと視線を巡らせ、やがて「すみませ〜ん!」と走り去ってしまった。俺は呆然として彼女らを見送る。

 まさか登場するだけで追い払ってしまうとは。

 それが番長の格というものなのだろうか。

 

 

 夜宵はこつこつと近づいてきて、

 

 

「何かされたの?」

「いや、何も」

「そ。よかった〜!」

 

 

 純真な子供っぽい笑顔を浮かべた。

 彼女は心配そうに首を傾げて、胴に引っ付いてくる。

 

 

 すると無事たい焼きを購入できたらしい湊が、顔を真っ青にしながらこちらを見ているのに気付いた。

 まるで「これから死ぬ映画のキャラ」でも眺めているかのような。

 夜宵のイメージ的にも仕方ないのだろうか。

 

 

 俺は苦笑する。

 

 

「夜宵」

「んぅ?」

「今日はどうしたの。珍しいね」

 

 

 結構な頻度で彼女を学校で見かけるが、浅間さんの話によると夜宵が登校するのは珍しいらしい。

 だからそう問いかけると、夜宵は楽しげに目を細めた。

 

 

「拓馬にね、会おうと思って!」

「俺に?」

「うんっ!」

 

 

 いつもの教室行こ!

 と彼女は腕を引っ張って、目的の場所へ足を進め始める。

 

 

 しかし湊のことがよぎって、俺はそちらへ視線をやった。

 

 

「……ぁ、拓馬クン」

「――あァ、いつぞや喧嘩を売ってきた女か」

 

 

 どうやら夜宵も湊の存在に気付いたようで、ゆっくりと双眸を向ける。

 蛇に睨まれた蛙。

 固まってしまった湊は、ぱくぱくと口を開け閉めするばかりだった。

 

 

「お前も来い」

「へ、へぇっ!? 私もですか!?」

 

 

 三下全開の口調となった彼女は、全身から媚びたオーラを発し始める。

 ダサい。ものすごくダサい。

 まぁそれが妙義湊という人物の魅力なのかもしれないが。

 俺は口元に微笑が浮かぶのを堪えきれなかった。

 

 

 湊は特段文句も言わずに――あるいは言えずに、部活棟までついてくる。最上階まで登ったときには、彼女はすでに気絶しかかっていた。

 白目の端から涙が滲み出している。

 

 

 尊大にソファに座る夜宵。

 飴玉を噛み砕いて、残った棒を湊に向けた。

 

 

「名前は……何だっけか」

「は、ははぁ! (わたくし)めは妙義湊でごぜェやす!」

「その口調腹立たしいからやめてね」

 

 

 勢いよく床に正座した湊は、プライドをかなぐり捨てたとしか思えない言動でもって、目をそらしたくなる自己紹介をした。

 夜宵は冷たい表情で一刀したが。

 

 

「拓馬の友達だから見逃してたケドさ、何であんな雑魚に絡まれるワケ。お前――湊が弱っちそうだから、だよね? 〝妙義派〟とかいうのを名乗ってるくせに」

「……そ、そうなるんですかね」

「そうなるだろうよ」

 

 

 背もたれに肘を置いて、夜宵は呟く。

 

 

「雑魚に絡まれるのを防ぐにはどうすればいいか。簡単だ。そいつが舐められないくらい強くなるか、後ろ盾があればいい」

「は、はぁ」

「そこで」

 

 

 ――赤城派と妙義派とで、戦争(ケンカ)をするってのはどうかね。

 その提案は、俺の知識の中にも存在した。

 ただし漫画では数カ月後の出来事である。

 

 

 またもや展開が早まりそうな気配に、めまいがした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。