俺が趙王とか、重責すぎて胃が痛いんだが!?   作:カチコミ侍ニン任にん

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 新年あけまして、おめでとうございます。今年もどうか、よろしくお願いします。

 さて、新年の挨拶も終わりましたので本題に入りましょう。皆さま、とうとうこの話を投稿することが出来ました! 本来なら去年に投稿する予定が、仕事が忙しいために延びに延びて今日まで時間が掛かってしまったこと、改めて謝罪いたします。申し訳ありませんでした…!! 

 話はこれで終わりです。それでは、本編へどうぞ!





➀ 裏

 

 

 

 現趙王である『趙奎』の妾である冥(趙姫)は、彼の豪華な寝室にて目を覚ました。

 冥がその場にいるのは、昨夜の趙奎の夜伽の相手をしていたためだ。その証拠に、今冥の身体と彼女が横なっているベッドのあちこちには、昨夜の情事の痕がいたる所に見られる。それだけでも、昨夜の情事がどれほど激しいものであったかが容易に想像できるであろう。

 

 そして目を覚ました冥は、寝起き直後のため意識がボーっとしていたが、それも時が経つにつれてハッキリとしていき昨日の出来事についても思い出す。

 趙奎との夜を思い出して再び身体が熱くなるのを感じたが、日を超えて楽しんでいたこともあり身体が上手く動かないことで、これ以上は流石にまずいと理解して理性にて湧き上がる熱を冷やしていく。そうしているとふと、自分と同じくベッドで寝たであろう趙奎がどこにいるのかが気になった冥は、目を動かして周りを見て彼を探した。

そして、案外彼は直ぐに見つかった。

 

 なぜなら、趙奎は冥の豊満な胸に顔を押し付けつつ幸せそうに眠っていたからだ。

 

「ん~……」

 

「(全く、昨日まではあんなにカッコ良かったのに…) ふふふっ❤ 可愛いじゃないの❤」

 

 冥は趙奎の寝顔をみて思わず笑みを浮かべると、まるで我が子を抱くかのように胸で優しく抱きしめて頭を撫で始める。普段の趙奎はクールでカッコいい所が女性の‶雌″の部分を刺激するが、現在のように睡眠時や食事中、入浴中については普段のカッコよさが鳴りを潜め、幼さ(有り体に言えば、『子供っぽさ』)が表に出てくる。普段の趙奎を知っているとそのギャップは強力であり、‶母性本能″といえる部分を刺激されて甘やかしたくなってしまうのだ。そしてそれは冥だけでなく、趙奎と関わる女性全てに当てはまることである。

 

「(この私が、こんな幸せな生活を出来るようになるなんて…。‶運命″ってのは、不思議なもんだねぇ)」

 

 冥は愛する男と過ごせている今の生活の幸せを感じていると、ふとかつてのことを脳内にて思い出していった。

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——時は遡り、紀元前262年。

 

 

 当時の冥は趙国王都‶邯鄲″にて舞妓をしており、その容姿と舞の美しさから邯鄲中の男を虜にしていることから『邯鄲の宝石』又は『美姫』とまで呼ばれるほどの人気者であった。冥も舞によって大金と多くの称賛を受けれる舞妓としての仕事にやりがいを感じており、そんな中で冥の舞を見て一目惚れした『呂不韋』という大物商人と許婚となったことで、彼女はその幸福が永遠に続くものであることを微塵も疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 ——しかし、その幸福も長くは続かなかった。

 

 最初の不運は、呂不韋がかつて趙国への人質として邯鄲に滞在していた秦国の王子‶子楚″と呂不韋が出会ってしまったこと。呂不韋という男は野心が非常に高く、邯鄲の大商人の一角程度では満足していなかった。そんな時に呂不韋は、趙への人質である子楚の存在を知った。子楚は秦国に幾人もいた王子の中でも末席かつ母親の身分もそれほど高くなかったことで、王子と言えども次代の秦王の候補にすらなかった。だが、呂不韋はそんな子楚に目を付けた。今のままでは商人としては成功していくだろうが、それ以上の存在となるのは不可能な事であった。そのため呂不韋は‶賭け″をすることにした。

 

 その賭けというのは、『全財産を使って子楚を秦王へとし、自身は秦国の丞相になる』というものである。傍から見れば‶賭け″どころか‶溝に金を捨てる行為″としか取られかねないことを、呂不韋は本気で成そうとしていた。彼はまず子楚に取り入るために、大量の金を貢いだ。そうして子楚の懐に入ると、呂不韋は信頼を得るために彼の願いを全て叶えた。あれが食いたいと言えば用意し、これが欲しいと言われたら必ず調達して子楚に捧げた。文字通り‶何でも″与えたのだ。そう、たとえ……‶自分の女″であろうとも。

 子楚も邯鄲に住んでいたため、その邯鄲にて有名である『美姫』の異名を持つ美人な舞姫の存在を知っていた。そして、それが自身にすり寄って来ている呂不韋の許婚であることも知っていた。普通であればそんなことを頼むはずがないのだが、子楚は呂不韋に何でも与えてもらうことに慣れてしまい、‶言えば呂不韋はどんなモノでも与えてくれる″というのが『当たり前』のこととなっていたのだ。そのため子楚は何の遠慮もなく呂不韋に命じた。『お前の女を寄こせ』と。流石の呂不韋もその命令には、直ぐに返事をすることが出来なかった。呂不韋は本気で冥のことを愛していたためだ。

 しかし、呂不韋は最終的には子楚へ冥を捧げた。呂不韋は一度賭けを行ったら、たとえどうなろうと途中で止めることをしない者であったからだ。そして何よりも、『丞相へなる』という野望と冥を天秤にかけたら僅かではあるもののそちらの方に傾いたため、断腸の思いではあるが愛する女を主へと捧げたのだ。

 

 ただし、捧げられた冥からしては堪ったものでない。愛している男から、『お主はこれから子楚様を愛するのだ』と言われた冥の心中は、察して余りある。その時に冥は絶望してしまった。『これまでの幸せは全て幻だったのだ』と。

 普通の女であれば自殺を選んでもおかしくない精神状態であったが、冥はそれを選ばなかった。愛する男に捨てられ、よく知りもしない男に抱かれても、涙を流して絶望はしつつも受け入れた。それが自分が選んでしまった道なのだと、無理矢理納得させた。

 

 そうして月日が経つと、冥は子楚の子どもを妊娠した。子楚は冥の心境を察することなく、ただただ‶美姫″と自分の間に子どもが出来たことを喜んだ。そして呂不韋はというと、神妙な面持ちでただ『おめでとうございます』と、ありきたりな言葉で妊娠を祝福した。

 そうして更に時が経ち、ついに冥と子楚の子供が誕生した。冥にとっては好きでもなかった男との子供のため、妊娠中は腹の中にいる自身の子を愛せる自信がなかったが、いざ出産してみると不思議なことに僅かながらに母性というものを感じていた。そして自分の娘に実際に触れたことで、それは完全に芽生えた。それにより絶望に支配されていた冥の心に、僅かながら光が灯った。

 『碌な人生ではなかったが、せめてこの子だけは幸せにしよう』と。端くれとはいえ子楚は王子ではあるため、普通の町娘よりかは裕福に暮らすことが出来る。そのため冥はこの子は自分のようにならないように、幸せにしてみせると心に決めた。過去は消えやしないが、忘れることは出来る。せめてこれからは、娘の幸せを目指して生きて行こうと冥は覚悟を決めていた。

 

 

 

 ——しかし、冥がそんな覚悟をしてから僅か1年後の紀元前260年。再び冥の元へ、災いが降りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紀元前260年。

 

 その年は趙人にとって、度し難き‶ある出来事″が起った『悪夢の年』と言えた。

 

 紀元前262年頃から『秦国』と『趙国』は、韓の領土であった『上党』という地を巡って、『長平』の地にて戦争をしていた。『攻める』秦軍の総大将は【秦六将】筆頭格の『白起大将軍』であり、対して『守る』趙軍の総大将は【三大天】筆頭格の『廉頗大将軍』であった。この2名が総大将となっているだけでも、この戦が両国にとってどれほど重要なものであるかが伺える。『廉頗大将軍』は討って出ることは危険と判断し籠城戦を選択。そしてそれが分かった『白起大将軍』は攻城戦を仕掛けたが、廉頗の守りは硬くそれを突破することが出来ずにいた。そのため戦は自然と長期戦となり、2年の時が経っても決着がついていなかった。

 だがその膠着も、ある出来事により一気に流れ出した。その出来事というのは、当時の趙王が総大将を名将廉頗から血気盛んな若将(じゃくしょう)『趙括(ちょうかつ)』に変更する王命を出してしまったことだ。そして新たな総大将となった趙括は全軍を率いて秦軍へと特攻を仕掛けたが、それは白起によって読まれていたため伏兵に遭い趙括は討たれてしまうこととなった。総大将が討たれたとなれば兵士たちに戦う気力が出るわけもなく、趙軍は40万人もの投降兵を出すこととなった。

 普通であれば、投降兵への対応はだいたいが『金品や人質との交換に利用する』か『国へと連れて帰り下僕(奴隷)とする』かの2択である。しかし、この時の秦軍総大将『白起』は、上記に述べた2つ以外の凄まじい決断を下した。

 

 その決断というのが……投降した40万人もの兵を全員『生き埋め』としてしまったのである。無論これには理由があり、それは『40万もの投降兵を養うだけの糧食がないこと』と『連行時の反乱の危険』があったことで、白起はそのような命令を下したのだ。

 

 ——しかし、そんなことを知らない趙の民にとっては、普通であれば投降兵に手を出さないという暗黙の了解を破ったばかりか全員を『生き埋め』にした白起は鬼畜以外の何者でもなかった。そして、秦軍により40万もの民を皆殺しされた趙人は、秦人に対して並々ならぬ憎悪を抱くことになった。

 

 

 

 ————そう、‶全秦人″に対して。

 

 

 

 

 

 

 そしてそれは、邯鄲にて人質となっている‶王族″の一員である子楚とその家族であろうと例外ではなかった。

 一応人質という扱いであり、秦とは一時的とは言え休戦ということとなっているため、趙国は次の戦争の火種を点けれない。そのため朝廷から市民に対して子楚たちに手を出すことは固く禁じられたことで、子楚たちは趙人からの暴力には晒されなかった。しかし、今までと環境が一変したのは言うまでもない。子楚と冥、政はほとんど軟禁状態となり、仮に街へと出れても趙人から怒りと憎しみの籠った目線を向けられ、関わりのあった者たちも呂不韋を除いて全員が離れて行った。特に趙人でありながら憎き秦の王族を産んだ冥は、殊更憎悪の矛先となっていた。

 

 だがそれでも冥は耐えた。辛いことには変わりないが、実際に被害を受けたわけではない。後もう少し耐えれば、家族で秦へと渡り幸せな生活を出来ると信じて耐えていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ……しかし、冥の願いとは裏腹に、尚も災いは彼らに降りかかった。

 

 

 

 『長平の戦い』から2年後の紀元前258年。

 何と『秦国』が再び『趙国』へと侵攻を始めたのだ。‶子楚″とその家族が未だ『趙国』に人質として滞在しているのに、『秦国』は『趙国』へと再び矛を向けたのだ。

 

 さて、ここで子楚らの現状について改めて確認しよう。子楚たちはこの2年の間、呪詛の言葉を聞いたり殺意や憎しみの視線に晒されることはあっても、実際に被害を受けることはなかった。

 その理由は、『趙国』がこれ以上の人的被害が出ることを恐れたためである。趙国の民たちは『長平の戦い』における‶虐殺″により『秦国』に対する士気が非常に高くなっているため、仮に再び『秦国』と戦争をすることになってもそう簡単に負けることはないと言えた。しかし、40万もの民が一斉に失って国力が著しく下がってしまったという事実は、何ら変わらない。敵国が『秦国』だけであれば『長平の戦い』の後すぐにでも戦争を仕掛けたであろうが、敵国は『秦』だけでなく他にも5つの国が存在している。それらが仕掛けて来た時のためにも兵力を割かねばならぬため、『秦国』へ復讐戦をしている余裕がないのだ。それ以外にも、虐殺された40万の内半数以上が徴兵された農夫などの民兵であったことで、趙国内の食料生産量が減ってしまい戦争どころではなかったことも挙げられる。

 そうした理由があり、『趙国』は戦争の火種を作らぬために子楚たち家族に手を出すことはなかった。

 

 しかし、そんな中『秦国』が『趙国』へと戦争を仕掛けてしまった。これまで『趙国』は自国のために戦争をしていなかったが、相手の方から仕掛けて来て戦争が‶回避できない″となったのであれば、『戦争の火種』を作らないようにしなくても良くなった。

 つまり、これまで‶したくても出来なかった事″をしても問題がなくなったのである。それ即ち、子楚ら『秦人』に対して『長平の意趣返し』をしても何ら問題がなくなったということだ。

 

 秦との戦争が起きたという情報が民たちの間に流れるや否や、民たちは趙国内に存在している秦人へと復讐を開始した。秦人であれば老若男女問わず全員捕らえられ、衆人環視の中苛烈な暴力を加えられた。

 ある者はトンカチや木材などの鈍器で頭をカチ割られ、またある者は包丁などの刃物でめった刺しとされ、またまたある者は生きたまま焼かれたり皮を剥がされたりと、想像を絶する惨たらしい復讐により秦人はどんどん死んでいった。

 

 そして趙人の復讐の矛先は、子楚と冥、娘の政にも向けられた。趙と秦が再び戦を始めたという情報が子楚たちの元に届いたその日の夜に、趙人たちは彼らの屋敷に火を放った。子楚らと女の使用人一人は呂不韋により何とか屋敷から脱出できたが、それが出来なかった使用人たちは趙人により惨たらしい最後を迎えた。呂不韋は商人の情報網により趙の民よりも先にその情報を手に入れていたため、子楚たちを邯鄲から脱出できるように準備をしていた。

 しかし、先にとは言ってもそれが呂不韋の耳に入ったのは数日前であったため、準備をしていてもそれは完璧ではなかった。実際、彼は子楚らの脱出のための馬車を用意していたが、それは2人乗り用のものであった。

 だが、冥にとっては構わなかった。2人乗り用とは言っても、娘の政は3歳でまだ小さいため自分の膝に乗せれば乗れなくはないし、女の使用人についても護衛の誰かの後ろに乗せてもらえば全員が脱出できる。趙国内にいる秦人や残してきた使用人たちには悪いと思いつつも、冥は自分たちがこの地獄から抜け出せることに感謝していてそれを疑っていなかった。

 

 

 

 

 

 ——だが残酷なことに、現実は冥の思っているようなことにはならなかった。

 

 

 なぜなら、子楚が馬車に冥と政でなく使用人の女を乗せると、彼女らを護衛の馬の後ろにすら乗せることなく、呂不韋に命じて走り去ってしまったからだ。

 子楚がそんなことをしたのには、勿論理由がある。しかしそれは、何とも下種なものであった。実は子楚たちと一緒に屋敷から脱出した使用人の女は、彼の愛人であったのだ。しかもその関係はつい最近からのモノではなく、政が産まれた年からのおよそ3年に渡って続いていたモノであった。

 

 

 

 

 

 当時の子楚は、邯鄲にて『美姫』として有名であった冥との子供が出来たことを本当に喜んでいたし幸せを感じていた。これからは家族3人で幸せに過ごしていくと信じていた。しかし、子楚にとって幸せを感じられていたのは、ほんの少しの間であった。なぜなら、妻である冥は夫である子楚を見向きもせずに、娘の政にばかりに構っていたからだ。

 ただし、それは冥のこれまでの境遇を鑑みれば、全く不自然ではない。好いた男に捨てられ、好きでもない男に抱かれて子供を孕まされたとなれば、子楚への態度は当たり前のことと言えた。むしろ自害したり、娘を連れてどこかへ消えたりしなかっただけ、子楚は感謝すべきなのだ。

 しかし、当の本人である子楚はそうは思わなかった。子楚とて冥を無理矢理自身のモノにしたことで彼女から良く思われていないことは察していた。だが、好きでないとはいえ夜を共にし子供まで出来たのだから、好きでないにしても『夫』に尽くすのが‶当たり前″と思っていたからだ。そのため子楚は冥からの冷たい態度に、日に日に不満を抱くようになった。そして、最初は愛しいと思っていた政についても、自身の妻の愛情を奪う存在といつしか忌み嫌うようになっていた。

 

 そんな風に不満しかなかった時期に子楚の傍にいたのが、屋敷を脱出した使用人の女であった。女はただ主の様子が最近おかしかったためそれを心配して傍にいただけだったが、呂不韋により自尊心が増大していた子楚からしたら、『女は自分を愛しているから心配している』と考えてしまった。そのため、丁度冥から相手にされなくて夜を寂しく一人で過ごしていたこともあり、それを発散するために子楚は女を寝室へ呼ぶと行為に及んだ。最初の内は、冥が自分に振り向いてくれるまでの遊びと思っていた子楚であったが、月日が経つに連れてだんだんと女に対して愛しさを感じ始めていた。そして女の方も、最初の頃は無理矢理抱かれたため好意を持っていなかったが、何度も子楚と夜を共にするうちに彼が寂しがっていることが分かっていって可哀そうと思うようになったことで、自分がいてあげなくてはという想いを抱くようになっていった。

 そしてそれは、『長平の戦い』の‶虐殺″が起きた後からは、周りが敵塗れとなっていったことで、お互いがお互いを更に強く想うようになっていった。そうして最終的には、一月ほど前にはとうとう子楚の子供を妊娠することまでなってしまった。女が自身の子供を妊娠したことを知り、子楚はとても喜んだ。それこそ、冥が政を身籠った時以上に喜んでいた。その時から子楚の心の中には冥と政の存在はいなくなり、代わりに使用人の女とそのお腹にいる子供が彼にとっての‶愛しい家族″となっていた。

 

 そういったことがあり、子楚は馬車に女だけを乗せて冥と政を置いて行ったのだ。

 

 だがしかし、そんなことを知らない冥からしてみれば、仮にも妻と娘を捨てて‶愛人″だけを乗せて走り去った子楚は、もはや彼女からしたら‶クズ野郎″以外の何者でもなかった。

 

 冥は子楚とその場にいながら何も言わずに彼の命令に従った呂不韋を強く恨んだが、それは長くは続かなかった。なぜなら、遠くから『子楚とその家族を探せーッ!!』という叫び声が聞こえて来たからだ。冥はもう一度子楚らが走り去っていった方向を睨むと、政を抱きかかえて叫び声が聞こえた方とは逆の方角へ走り出した。

 

 

 

 そこから冥は、政を連れた状態で何日にも及んで趙人たちから逃げ続けた。軍人でもないただの舞妓だった冥が、娘の政という逃走において‶お荷物″と言っても過言でない存在を抱えた状態で逃げ続けられていたのは、火事場の馬鹿力とも母親の深い愛がなした奇跡とも言えた。

 

 

 

 

 

 

 ——だが、それも永遠には続かない。

 

 先程も述べたように、冥は軍人でもなければ逃げ隠れが得意なわけでもない、そこらにありふれている‶ただの母親″でしかない。しかも、特別な力を発揮したのは何も冥だけではない。冥と政を探す趙人らも、長平での虐殺による‶怒りの力″によって普段からは考えられない程の力を発揮していた。日中は勿論のこと、夜間においても冥と政の2人の捜索の手は緩められることはなかった。周りが敵だらけのため、食料を調達できず碌な休息すら取れず文字通り一日中追われ続ける生活が続けば、精神では逃げようとしてもいずれ限界が来ることは明白であった。

 

 そして、逃げ続けること7日目。とうとう冥の身体は、限界を迎えてしまった。

 人通りの少ない裏道とは言え、道の真ん中に倒れていれば直ぐにでも復讐心に燃えている趙人に見つかってしまうだろう。それを頭では分かっていても、冥の身体の方は全く動かなかった。しかしそれは当然のことで、この7日間碌に眠らずに逃げ続けて食事についてもまともな物を得られず、得られたとしてもほとんどを娘の政に食べさせていたからだ。むしろ、そんな状況の中で7日間も逃げ続けられていたことは称賛に値するであろう。

 冥は唯一動かせる眼を動かして、自分と同じく倒れている政を見つめた。政は冥により食事を取れていたと言っても、それはお世辞にもまともな物ではなかった。そのため、冥よりはマシというだけで、政も酷く衰弱している状態であった。7日前とは想像できないほどかけ離れた状態の娘の姿を見て、冥は心を痛めるとともにひたすらに政へと謝罪の言葉を向けた。

 

『……ッ(——ごめん、ごめんよ……ッ。私が産んでしまったばかりに、お前にまで、迷惑をかけて…ごめんよ……ッ)』

 

 そんな風に心の中で思っていると、冥の耳に徐々に自分たちの元へ近づいて来る足音が聞こえて来た。

 それが聞こえると同時に冥は逃げようと身体に力を入れようとしたが、彼女の意志とは裏腹に限界を迎えている身体は、それに応えようとはせずに地に伏せたままだった。それでも冥はせめて政だけは守れるようにと、だんだんと狭まっていく視界の中でも彼女に向けて必死に手を伸ばした。だが、冥の手が政に届くよりも先に彼女の視界に数人の靴が入った。それが見えた瞬間に冥は、これから自分と政が受けるであろう仕打ちを想像すると、心中にて神へと向かって苦言を呈した。

 

『く……ッ(神様……ッ! 理不尽じゃ、ないか……! 何で、私たち……ばかりに……ッ。こんな……ッ。おか…しい、じゃない…………ッ)』

 

 そうやって恨み言を思いつつこれからのことに絶望していた冥であったが、いつまで経っても来ると予想していた痛みが来なかった。それを疑問に思っていると、更に奥から数人の足音が聞こえてきており、それらは冥の目の前で止まった。すると、冥の視界に綺麗な服と共に誰かの掌が入って来た。どういったことか分からずに冥は掌の主であろう人物を見るために眼を精一杯上へ向けると、そこに映ったのは後光が発生している謎の美少年の姿であった。

 

 

『————神……さ、ま………?』

 

 そんな美少年の姿を見て冥は、無意識のうちにそう呟いていた。そうして謎の美少年の姿を見た冥の意識は、暗闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に冥の意識が戻ったのは、高級な布団の中であった。目が覚めた当初は自身の状況を理解していなかった冥だが、時間が経つに連れて徐々に気を失う前のことを思い出していった。そうして完全に思い出すと、冥はまず政の姿を探した。自分は何とか無事ではあるが、もしかしたら政は無事ではない可能性があるためだ。だが冥の不安は杞憂に終わることとなる。なぜなら、自身の眠っていた布団の隣にもうひとつ布団があり、そこに政が横なっていたからだ。冥は政を見つけると未だ怠さが残る身体に鞭を打って直ぐに駆け寄ると、彼女が無事であるかを確認した。そして確認した結果どこも怪我をしていなく、むしろ以前より顔色が良くなっていることに冥はほっとした。

 そうして政の無事の確認が取れた後に考えたのは、ここが何処であるのかということ。冥は意識を失う直前のことを鑑みて、自分たちがこんな所で寝ていたのは『自分たちの正体を知らない貴族の子供が、善意で連れて来てくれた』と予想した。そうでなければ、全趙人から恨まれていると言っていい自分たちを助けてくれる人がいるとは思えなかったからだ。そう予想をした冥は、次にどうやってここから抜け出すのかを考え始めた。なぜなら、今は大丈夫だとしても、いずれ自分たちの正体がバレたらどうなるかが、これまでの経験から分かっていたからだ。そのため抜け出す手段を考えていると、『失礼します』という声と共に扉が開く音が冥の耳に入って来た。冥はその音が聞こえると同時に、布団で横になっている政を抱き上げると守るように抱きしめた。それの所為で政が起きてしまったが、今それよりも彼女を守ることの方が優先のため冥は気にしていなかった。そうやって入って来たのは、使用人の服装をした女性であった。冥は彼女の服装を見て自分の予想が当たっているのを確認すると、今度は相手の女性が自分たちに何かしてこないかを警戒していた。

 

 しかし、冥の警戒とは裏腹に使用人と思われる女性は起きている2人の姿を見ると、どこかほっとしたような顔をした後に2人に対して、『意識が戻られて良かったです』と話しかけた。その様子を見て冥は、目の前の女性は敵ではないと判断した。冥はこれまで呂不韋に捨てられ、『長平の戦い』により信用していた者たちが離れたりといったことを経験したことで、人を観察する能力が自然と高くなっていたのだ。

 そのためいつでも動けるようにはしつつも、警戒は解いていた。そして正体がバレていない内に抜け出すために、まずはここが何処なのかを聞こうとした。だがそれは、冥より先に女性が言葉を発したことで中断されることとなった。

 

『ちょう…ん゙ん! …私共の‶主″から、お客様方が起きられたら主の元へお連れするように言われているのですが、よろしいでしょうか?』

 

 冥の本音としては行きたくはなかった。もしも改めて顔を合わせたことで、自分たちの正体がバレてしまう可能性があるからだ。しかし、本音とは裏腹に冥はその主の元へと行くことを選択した。なぜなら、確かに会うとバレてしまう可能性があるが、命の恩人に対して挨拶もないというのは気が引けた上に、頑なに拒否すると反って怪しまれてしまう可能性もあったからだ。

 

『……(大丈夫…。あの時はバレなかったんだから、今回だってきっと………っ)』

 

 冥は女性に案内されている最中にも『もしもバレてしまったら…』と不安に思っていたが、政を守るためにも大丈夫だと自分自身に言い聞かせていた。そうして少し歩いて行くと、件の主の部屋へと到着した。女性が扉をノックする前に『大丈夫だとは思いますが、くれぐれも無礼のないように』と、先程とは打って変わって真剣そうな面持ちで言ったため、よほど高貴な身分なのだと感じて冥は緊張してしまう。しかし、そんな冥の心境を知らない女性は、扉に振り向いてノックをすると『ご主人様、お客様をお連れいたしました』と部屋の中にいるであろう主に声を掛けた。そうすると、部屋の中から『入ってくれ』という声が返って来た。

 

 それを聞いた女性が扉を開けて冥に対して『どうぞ』と部屋に入ることを促したことで、彼女は覚悟を決めて部屋の中へ入った。

 部屋の中は絢爛豪華という言葉がぴったりなほど華やかかつ豪勢なものであり、大商人の元許婚である冥も物の価値が分かる目を持っていたため、それだけで目の前にいるであろう主が只者ではないことを察していた。そうして部屋の中を進んでいき下に向けていた目線を上げると、椅子に座っている‶主″の姿が目に入った。それを見て冥は酷く驚いた。なぜなら、その主とは子供であったからだ。しかもその子供は、気を失う直前に自分に手を差し伸べてくれた後光が見える謎の子供と同一人物であったことが、なおのこと冥の驚きを助長させた。

 そのことで少しの間身体が硬直していた冥であったが、謎の美少年の主——趙奎が話を始めたことで彼女は我に返った。

 

『どうも初めまして。俺は『趙奎』って言います』

 

『……私たちを助けて下さり、感謝いたします。趙奎様…』

 

 相手は子供ではあるが、趙奎がとてもやんごとなき御家の者であることが予想されたことや命の恩人ということもあり、冥はへりくだった態度で返答をした。それを聞いていた趙奎は苦笑いしていたが、それには敢えて指摘せずに早速本題について話を始めた。

 

『様って……いやまぁ、そこはいいか。早速本題に……っていきたいところだけど、その前に2人に言わなければならないことがあるんだ』

 

『? 言いたいこと、とは…?』

 

『ああ、実は……————俺は2人のことを知っているんだ。『邯鄲の美姫』こと‶冥″さんと政ちゃんのこと』

 

『ッ!!?』

 

 趙奎がそう言うと、冥は隣にいる政を彼から守るように抱きしめた。そして趙奎のことを睨みつけて警戒しつつ、現状をどう打開するかを考え始めた。

 

『(私を、知っていた……ッ!? じゃあどうして助けて……。——いや! そんなことよりも、まずは逃げないと……! 扉はさっきの女がいるからそれ以外から……ッ)』

 

 そうやって趙奎が自分のことを知っていた上で助けてくれたことに混乱しつつも、脳内にてどうやってここから逃げ出せるかを考えていると、その彼が立ち上がって近づいて来た。今の自分は7日間も無理をしていたことで身体を動かすだけで精一杯であったため、相手が子供であっても勝てるかどうかは分からない。それでもせめて政には手を出させまいと構えた冥。

 

 だがここで、趙奎が予想外の行動に出た。それは——

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

『——申し訳ありませんでした……ッ!!』

 

 ——冥と政の前まで来ると、2人に対して土下座をしたことだ。

 

 冥は趙奎が自身の予想したこととは全く異なることを目の前でしてきて思わず目を丸くしてしまったが、我に返ると直ぐ止めるように頼んだ。

 

『や、止めて下さい、趙奎様!? 頭を上げて下さい!』

 

『いや、こうしないと俺の気が済まないんだ。本当に申し訳なかった…!』

 

『わかりました! わかりましたから! とにかく頭を上げて!?』

 

 とにかく頭を上げさせたいあまりに敬語が抜けてしまっていた冥だが、そのことは本人も趙奎も気づいていない。冥からの必死の懇願を受けた趙奎は、これ以上頭を下げ続けるのは逆効果であると感じたため彼女の言う通り土下座を止めた。

 趙奎が土下座を止めてくれたことにほっとする冥。そうして趙奎が立ち上がって椅子に戻ると、立ったままの冥と政にも椅子に座るよう促した。そうして政を抱えた状態で座った冥は、何でいきなり土下座してきたのかを彼に理由を問うた。

 

『あの……何でいきなりあんなことを…?』

 

『さっきも言ったけど、俺がどうしても冥さんと政ちゃんに謝りたかったからだよ』

 

『いやだから……その、私たちって初対面ですよね? 謝られることはないと思うのですが…』

 

『……それにはまず俺の‶正体″について言わなくちゃならないね。もしかしたらもう勘ずいているかもしれないけど、俺は————現『趙王太子‶趙偃(ちょうえん)″』の長子…つまり王子ってわけ』

 

『!!?』

 

 冥はそれを聞いて再びひどく驚いた。使用人の女の様子から趙奎がやんごとなき身分ではあると予想はしていたが、まさか趙の王族——それも現王太子の長男ともなれば将来王になる可能性も高い人物——であったことは、いくら何でも予想外過ぎてしまったのだ。

 そのため冥はまたもや衝撃のあまり固まってしまうが、それを気にせずに趙奎は話を続けていく。

 

『冥さんも知っていると思うが、3年前に我々趙は『長平の戦い』に敗北した。そして、それによって投降兵40万が、『秦六将』の白起により生き埋めとされた。そうなったことで、趙の民たちの中に秦人に対して強い憎しみと恨みが産まれることとなった』

 

『! ……はいっ』

 

 趙奎がかつての『長平の戦い』と『秦人への怒り』のことについて述べると、固まっていた冥も我に返ると共にこれまでのことを思い出して顔を暗くさせたが、彼の言葉に対して肯定の意を示した。

 その怒りの矛先が自分たちへと向かってくることに関しては何度も理不尽だとは思ってきたが、趙人が怒りを抱くことに関しては当然だと思っていたからだ。

 

 暗い表情の冥から返事を聞いた趙奎は、更に話を続けていく。

 

『——だが、実はこの話にはほとんどの趙の民が知らない裏があるんだ』

 

『? 裏…でございますか…?』

 

 趙奎はそこまで言うと、今まで動いていた口を初めて止めてしまった。その表情は酷く思い詰めたような表情であったが、一度目を閉じて息を吐くと覚悟を決めた顔で口を開いた。

 

『実は——『長平の戦い』での敗戦の理由は、我々王家にあるんだよ』

 

『!?』

 

 趙奎の口から出た言葉に、冥は驚いた。なぜなら、冥の知っている話ではそのようなことを聞いたことがなかったためだ。冥が困惑を露わにしているが、趙奎は気にせずに話を続けていった。

 

『俺の祖父でもある現趙王は、どんなことにおいても速さを求める御人だ。そのため、廉頗大将軍の『守りに重きを置いた戦略』に対して大いに不満があったんだ。最初は軍部や大臣たちからの懇願もありそれを受け入れていたんが、時間が経つに連れてだんだんと不満が溜まっていき、そして2年がたった時にとうとうそれが爆発してしまったんだ』

 

『爆発、ですか……』

 

『ああ。……大王様は『長平』における総大将を、周りの反対を押し切って自分の好みの戦略を取る『趙括将軍』に無理矢理変えてしまったんだ。そしてその趙括将軍が、今までの守りの姿勢から攻めの姿勢へと戦略を変更したことで、こちらがそうなるのを待っていた白起の伏兵に遭い趙軍は敗れることとなったわけだ』

 

『それは、つまり…その……っ』

 

 冥は趙奎が言いたいことが分かったが、それを言えずにいた。なぜなら、それを口にすることは自国の王を侮辱することになるからだ。そうして冥が言いよどんでいると、彼女の気持ちを察した趙奎が、彼女に代わって思っていたことを口にした。

 

『…冥さんが思っている通りだ。——大王様が総大将を変えてしまったことで、『長平の悲劇』が起きたというわけだ』

 

『……っ』

 

『本来であれば起こらなかったであろう悲劇が、大王様の手によって起きてしまった。冥さんが受けて来た仕打ちも、それさえなければ起こらなかったことなんだ。……だから、2人のことを探していたんだ。大王様に代わって謝罪をしたくてね。本っ当に申し訳なかった……ッ!!』

 

 趙奎ははっきりとそう告げた後に、冥と政に対して再び深く頭を下げた。

 冥は話を聞いて、自分と政が今まで受けて来た不幸の原因の一つが趙王にあることを知り複雑な気持ちであったが、それよりも気になることがあったためそのことを趙奎に問いかけた。

 

『お話のことはわかりました…。ただ、少々気になることがあるのですが、聞いてもよろしいでしょうか?』

 

『勿論だよ。冥さんの気になることがあるんなら、出来る限り答えるつもりだよ』

 

『……何で、趙奎様がそんなに謝るんですか? 確かに私たちは大王様…貴方様の御爺様の判断によって、こうなってしまったのかもしれません。——でも、それは趙奎様にとっては、‶関係ない事″ではないですか?』

 

 冥は趙奎が謝った理由については、これまでの話を聞いて理解した。しかし、わざわざ探し出してまでする必要があったのかが分からなかった。

 幾ら祖父の行動によって他者が傷つけてしまい謝りたいと思っていても、人を見つけることは簡単ではない。それも、趙国中から恨まれていると言っても過言ではない冥と政の2人を探すのは、普通の人探しよりも更に困難を極めたであろう。そんなことをするのは、謝りたいこと以外にも何か理由があったのではないかと思ったためそう問いかけたのだ。

 

 だが、そう聞かれて趙奎から出た答えは、冥の予想とは違うものであった。

 

『…‶関係ない事″ではないよ。たとえ子供であろうとも、俺だって王族の一員だ。同じ王族が‶何の罪のない民″に迷惑をかけたとあれば、それを何とかするのは俺の責務の一つだ』

 

 冥は趙奎からの言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。趙奎から出て来た言葉は確かに王族として立派であることは間違いないのだが、それ以上にそれが年端も行かぬ彼から出て来たことに驚愕していた。自分とて豪族の出身(で)であるため、貴氏族の子供が庶民より賢いことは知っている。しかし、それは『知識面』に対してのみであり『精神面』については、庶民の子供と同等かそれよりも幼いことがほとんどである。それなのに、趙奎の言っていることは大人顔負けのものであったのだ。

 

 そこでふと、冥は数年前に使用人たちが話していた噂話を思い出した。王族の中に、‶神童″と呼ばれている王子がいるという話を。

 

『(これが、‶神童″……。確かに凄い子だけど、それ以上に…——) ——趙奎様は、凄く優しい御方なんですね』

 

『やるべき事をやってるだけさ。優しくなんてないよ』

 

『いえ、優しいですよ(本当に凄い子…。——もしもこんな子みたいな人と出会えていたら……いや、そんなこと考えても無駄なことね…)』

 

 それを聞いた冥は感心するとともに、もしも趙奎の様な人と出会えていたらどうなっていたかを考えたが、そんなことを考えても現実が変わるわけでもないため直ぐに止めた。

 そんなことを考えているとは知りもしない趙奎は、2人に対してこれからのことについて話始めた。

 

『それじゃあ今度は、これからのことについて話したいんだけど良いかな?』

 

『!』

 

『それとそれについても冥さんたちに謝らなければならないことがあるんだ』

 

『……はい』

 

 冥は趙奎が申し訳なさそうな表情をしていることから、彼がどんなことを話そうとしているのかが予想出来た。

 

『(恐らく……ここから早く出て行って欲しいって話よね…)』

 

 冥はそう予想した。なぜなら、自分たちは全趙人から恨まれていることを理解しているため、ここに長居しては趙奎の迷惑となってしまう。それにいくら王子である趙奎でも……否、王子だからこそもしも趙人の敵を匿っていたことが知れたら、朝廷や民からどんな‶仕打ち″を受けるか想像も出来ない。

 普通に考えればそんな危険を冒すわけがないため、冥はそう予想したのだ。しかし、その考えに至った冥の中に、趙奎に対して不満や怒りの感情は少しもなかった。本来であればあの裏路地にて命を落していたかもしれないところを、危険を冒してまで助けてくれたことを感謝していたからだ。

 ただ、冥は政だけはどうにかこのまま匿ってもらえるようお願いするつもりであった。自分は全趙人から恨まれて生きていく運命を受け入れているが、娘の政は‶運悪く自分たちの子供となった″だけで何の罪もないため、どうにかこの『運命』から彼女を救いたいと思ったからだ。

 

 そうやって趙奎に懇願することを考えていると、目の前にいる彼が話を始める。

 

 だがそれは、再び冥を驚愕させるものであった。

 

『実は————冥さんと政ちゃんは既に死んだことになってるんだよね。だから2人はもう逃げ隠れすることはないよ!』

 

『——え?』

 

 冥は趙奎の言っていることの意味を理解していなかった。いや、正確に言えば言っていることは理解できていても、それを現実だと認識出来ずにいた。なぜなら、趙奎の言っていることはあまりにも冥にとって都合が良すぎる話であったからだ。

 しかし、趙奎の言葉が嘘だとは思わなかった。今までなら疑っていたであろうが、冥はこれまでの話から彼のことを信用していたからだ。

 

 ただ、それを踏まえても都合のよすぎる言葉に、冥の思考は混乱してしまっていたのだ。

 

『ああでも、ちょっとの間はこの屋敷の中から出ないでは欲しいかな。どうにもそれを信じていない一部の人たちがいるって、俺の配下から報告があったからさ。念のためにね』

 

『い、いや…あの…——』

 

『相談もせずに勝手に進めちゃってごめんね? でも、早くした方が冥さんと政ちゃんのためかなって思ってさ』

 

『ちょ、ちょっと待って…——ッ』

 

『ああ、因みに身代りに用意した死体については心配しなくていいよ! 使用したのは一般人のじゃなくて、罪を犯した罪人のものだからさ』

 

『いや、だから——ッ』

 

『勿論2人の生活については俺が責任持つよ。だから心配しなくて——』

 

『——いや、だからちょっと待ってって!!?』

 

 冥の困惑を知らずに笑顔で話を続けていく趙奎に、彼女は大声を上げて話を無理矢理止めさせた。趙奎が大声の制止を聞いてポカンとしていると、冥は顔を片手で覆って深呼吸をしてまずは心を落ち着かせていった。

 

 そうして少し冷静さを取り戻すと、数多くの疑問の中から今一番聞きたいことを趙奎に問いかけた。

 

『——どうして、ですか……』

 

『ん?』

 

『どうして…そこまで、してくれるんですか……?』

 

 最初の方はまだ理解できた。危険はあるものの王族の権力を使えば可能ではあるし、その動機が‶私たちに謝りたい″という『優しい理由』であるのなら、無茶をしているなと思いつつもやってもおかしくはないと思えた。

 しかし、今度の話は‶ただの優しさ″というには度が過ぎた。いくら王族の権力が凄いとは言っても限度がある。その上、人の死を偽装するのはかなり難しいものである。しかもそれが全趙人から恨まれている冥と政の2人であれば猶更である。しかも偽装がバレた場合は、匿っていた事実がバレた場合よりも危険な状況となるのは想像に容易い。

これまでの会話から、趙奎が普通の子供ではないことを冥は理解している。そんな趙奎がそんな危険があることを分からないはずがないため、わざわざそんなことをしてくれたのは何か‶裏″があるとしか思えなかった。

 

『さっきも言ったと思うけど、それが俺の責務の一つだから——』

 

『嘘言わないでください! ただそれだけでこんなことする人なんていませんよ!! それとも私たちのことを憐れんでいるんですか!? 『呪われた女と娘』と思っているんですか!? もしそうなら迷惑です! 何も知らない癖に私たちのことを、勝手に憐れまないでくださいッ!!』

 

 問われた趙奎は先程と同じ答えを口にしようとしたが、それを冥が否定する。そして、今まで趙人から言われて来た自分たちの『蔑称』を口にする。

 冥としても自分たちがそんな風に言われていることは全く納得できていないが、彼らがそう呼ぶことは理解できる。なぜなら、彼らの言っていることは何も間違っていない事実であるからだ。絶望したし何度も死にたくはなったが、結局はそれをせずに受け入れたのは字産んだからだ。そのため不本意ながらも、冥はそう言われていることを受け入れているのだ。

 

 そのため、何も知らずに勝手に‶哀れ″と思われて『施し』をされることは、冥にとって受け入れられないことであった。

 そうして思いのたけを叫んだ冥であったが、全て言い終わった後で恩人――それも子供——相手に言い過ぎたことに気づき、罪悪感から顔を下に向けてしまう。

 

 そうやって冥が下を向いてると、趙奎は立ち上がって彼女の元まで行くと彼女の手を両手で包んだ。趙奎からいきなり手を握られたことで、下を向いていた顔を上げる冥。冥は思わず声を荒げてしまったことで趙奎は怒っているだろうと思っていたが、彼女の目に映った彼の表情は怒りではなく申し訳なさそうなモノであった。

 

『…ごめんね。そういうつもりではなかったんだけど、冥さんにとってはそう感じちゃうよね。俺の配慮が足りなかったね』

 

『い、いや……その……っ』

 

『ただね、一つだけ冥さんの言葉を訂正させて欲しい。——冥さんと政ちゃんは‶呪われて″なんてないよ』

 

『!』

 

 怒られるのではなく謝られたことに冥が困惑していると、趙奎は彼女が言った『呪われている』という言葉を否定した。その言葉に冥は目を見開いたが、それは趙奎が自分を励ますためのものであると思い、その優しさに感謝しつつも気を遣わないように言葉を返した。

 

『…そう言ってくれて、嬉しいです。でも、それは紛れもない事実ですから……』

 

『そんなことはない!』

 

 冥はどこか諦めた表情でそう言ったが、趙奎はそのことをハッキリと否定した。

 

『俺は冥さんたちを探すうえで、2人のことを色々調べたから知ってるよ。冥さんがこれまでどうやって生きて来たのかを』

 

『…だったら、分かるでしょう? 私は……っ』

 

『だからこそ俺は、‶違う″と断言できる!』

 

『!?』

 

 趙奎は冥と政の2人を捜索させるうえで、配下たちに2人の情報も集めさせていたため2人(特に冥が)どんな人生をしてきたのかを詳しく知っていたのだ。そのことを告げると、恩人である趙奎に自分の暗い過去を知られていることに冥は再び顔を下に向けてしまう。

 だが、過去を知っている上で尚も趙奎が『違う』と断言しているのを聞き、彼女は顔を上げた。先程まで諦めや悲しみだけが見えた冥の目に、ほんの少しであるが光のようなモノが灯り始めていた。

 

『冥さんはこれまで何度も大変な経験をしてきた。聞いただけの俺では、想像もできないような辛くて苦しい想いをしてきたんだと思う。それこそ普通の人だったら『死』を選んでいたっておかしくない状況だったと思う。……でも、それでも冥さんは頑張って生きて来たんだよね? 政ちゃんのことだって、憎んだっておかしくないのに愛情をもって育ててきたんだよね? これだけ大変な目に遭い続けても、諦めずに懸命に生きてきたんでしょ?』

 

『……っ』

 

 趙奎から言葉が出てくるに連れて、泥沼の底にいるかの如く黒くて冷めていた冥の心が、まるで太陽の光が差し込んでいくが如く温かくなっているのを彼女は感じていた。しかし、それでもまだ冥の趙奎への心境は未だに半信半疑だ。それは、これまで何度も期待してその度に裏切られて来たことで、冥の中で完全に‶人″を信じることが出来ずにいたからだ。

 

 

 

 ——だが、次に趙奎から出てきた言葉が、そんな冥の心の闇を完全に叩き壊した。

 

『そんな人生を送ってきた冥さんは、‶呪われて″なんていない。冥さんは——

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

——どんな困難にも逃げずに立ち向かっている誰よりも‶強い女性″であり、誰よりも‶凄い母親″だよ』

 

『っ!!』

 

 冥は趙奎からの言葉を聞き、目から涙が零れるのを抑えられなかった。今まで冥はずっと‶肩書や出来事だけ″で人から評価されて来た。幼い頃は『豪族の娘』として、舞妓時代は『邯鄲の美姫』として、そして子楚の女となってからは『呪われた女』として、ずっと自身の内面とは関係ないことだけで見てこられ、実際に自身の内面を評価されたことはほとんどない。唯一内面を分かってくれた呂不韋も、結局は彼女の心を裏切って捨てた。勝手に判断されて勝手に期待され、裏切られ、そして恨まれて生きて来た。

 そんな冥に対して、趙奎は彼女の過去を知っていながらも出来事や肩書で彼女を判断せず、しっかりと彼女の心を分かった上でそう言ったのだ。それが冥にとってどれほど嬉しいことかは、わざわざ言わずとも察せられるであろう。

 

 そうやって冥が涙を流していると、趙奎は彼女を抱きしめて心を落ち着かせるように背中を撫でながら言葉を続けていく。

 

『信じられないとは思う。さっき心配いらないとは言ったけど、未来のことは俺だって分からないから断言はできない。もしかしたら、不幸な目に遭わせてしまうかもしれない。……だけど、これだけは言える。

 

 

 

 ——俺は絶対に冥さんと政ちゃんのことを‶見捨てたり″しない。これだけは、どんなことがあっても守って見せる。だから、俺に2人のことを守る『権利』をください。お願いします』

 

『っ!! ……うっ。ううぅ………っ』

 

 その言葉を聞いたことで、冥の心を覆っていた闇が完全に打ち壊された。そして、初めて‶冥″という存在にしっかりと見てくれた趙奎に、彼女は抱き着きつつ涙を流した。呂不韋に裏切られて子楚の女となっていこう絶望続きで枯れたと思われた彼女の『涙の泉』は、趙奎という‶太陽″に出会ったことにより再び湧き始めたのであった。

 

 そして冥は、‶温かい太陽″に心を完全に奪われてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして冥は、趙奎により穏やかで平和な日々を取り戻した。冥は趙奎の配下である『郭開』の屋敷にて女官として政と共に住み込みで働くこととなったのだが、その日々は呂不韋と許婚であった時よりも幸福を感じられていた。自分を理解してくれる趙奎に、そんな彼に従う優秀な上司(郭開)、そして新参者の自分を何も聞かずに受け入れてくれる同僚たち。単純な『生活の質』は子楚の女として暮らしていた時の方が凄かったが、『心の質』については比べものにならないほどこちらの生活の方が充実していた。

 

 ただ、そんな生活の中でも一つだけ冥にとって不満が一つだけあった。それは、『趙奎に対して恩を返せていない事』である。

 冥はこの生活に幸せを感じれていたが、それはあくまでも‶自分たち″のみであり、この生活をさせてくれている趙奎にとってはその限りではないと思っていた。しかし、そのことを本人に伝えても、趙奎は『気にしなくていいんだよ?』との一点張りで仕事以外のことを冥に頼むことがなかった。しかし、趙奎からそう言われても冥は諦めていなかった。なぜなら、趙奎に救われてから冥は自分のやりたいことに正直となっていたからだ。

 

 そんな冥が頼ったのが、趙奎の右腕であり彼女の職場の上司でもある『郭開』であった。冥から頼られた郭開も最初の内は趙奎から2人のことを頼まれていたこともあり渋っていたが、彼女が根気強く何度も頼んできたことや彼女が自分と同類であったこと、そして丁度【後宮】において自分側の人間が必要であったこともあり、彼は彼女を自身の一族の者と偽装させて宮女として【後宮】へと潜り込ませたのだ。

 後に趙奎の耳にもそのことが入り直ぐに辞めるように言われたが、冥が断固として拒否したことで根負けする形で彼も容認することとなった。

 

 ただ、【後宮】での仕事は生半可なものではなかった。趙奎が強く辞めるように言ったのはそこが関わっており、【後宮】では大王と宦官以外の男性は入ることすら禁じられているため、女達が今後の権力を手に入れるために蹴落とし合う『魔境』と言っていい場所であったからだ。いくら郭開の推薦で入っていたとしても、新参者に対する態度や扱いはぞんざいであり、無視や雑用、いびりは日常茶飯事で酷い時には集団による暴力を振るわれることすらあった。冥が他の宮女と比べて美しかったことも、他の宮女からイジメを受ける要因となっていた。

 しかし、冥はくじけなかった。それは恩人であり愛しい人でもある趙奎の役に立つという、強い信念があったからだ。辛い日々の中でも政と趙奎のことを思えば、冥にとっては屁でもなかった。

 

 そうしてどんなことがあろうともめげずに【後宮】にて‶仕事″を続けていったことで、趙奎が大王となる頃には【後宮】における‶最高権力者″にまで上り詰めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——時は戻って現在。

 

 

 

「クククッ(それにしても、まさか私が10以上も年下の子供に本気になっちまうなんて……。世の中、何が起きるかなんてわからないもんだねぇ)」

 

 冥がそうやって昔のことを思い出しながら趙奎の頭を撫でていると、彼女の胸の中にいた彼が目を覚ました。

 

「ん~…………っ。……んんっ。あれ…? 冥さん……?」

 

「くふふふっ♪ おはよう、奎」

 

「う~ん……。ふぁ~…! うん、おはよ~…」

 

 趙奎は目を覚ました直後ということもあり目の前に冥がいることを不思議がったが、時間が経つに連れて意識がハッキリしていったことで、昨日のことを思い出して現状を理解して彼女に目覚めの挨拶をした。

 冥は可愛らしい表情をしていた趙奎が、だんだんといつものクールな表情へと戻っていったことを残念に思いつつも、それはそれとしてやはり彼はカッコイイと愛おしい男のカッコよさを再確認して顔を緩くさせる。

 

「疲れは取れたかい?」

 

「お陰様でね。そういう冥さんは大丈夫?」

 

「ああ、問題ないよ。誰かさんのお陰で身体はちょっと怠いこと以外はね」

 

「うっ。すいません……」

 

「くふふふっ♪ 冗談だよ、冗談」

 

 冥がそう言うと、趙奎は申し訳なさそうな顔をして謝った。しかし、冥はそうは言ったものの実は全く気にしておらず、ただ趙奎を揶揄うために言っただけである。

 

 そうやって他愛もない会話を暫くしていると、扉がノックされる音と共に『お迎えに上がりました、大王様』という女性の声が聞こえて来た。

 

「もうそんな時間か…」

 

「そのようだねぇ…」

 

 それらが耳に聞こえてくると、趙奎は柔らかくしていた表情をキュッと引き締めた。それは仕事の時に見せる表情であり、それを見た冥は朝の楽しい時間が終わりを迎えたことを察した。

 そのことに冥が表情を少し暗くさせると、それに気づいた趙奎は彼女の顔に手を伸ばして顔を上げさせて彼女の唇を奪った。

 

 それは昨夜の情事にて行ったディープなモノではなく、触れ合うだけのフレンチキスであった。しかし、それは今の冥への対応としては最適であった。なぜなら、冥はディープキスも好きだが、フレンチキスの方が好きであったからだ。それを趙奎も理解しているために、こちらのキスを選択したのだ。

 

 そうして少しの間唇を重ねた後に、唇を離した趙奎は冥にまた夜に会おうと約束をした。

 

「——ふぅ。…また、夜になったら会おうよ」

 

「っ。……バカねぇ、私なんかよりもっと若い娘がいるだろう?」

 

「俺はまた冥さんがいいんだよ。ダメ、かなぁ?」

 

「っ/// ……分かったよ///」

 

「! ありがとう冥さん!」

 

「い、いいからさっさと行きな!///」

 

「うん、行ってくるよ♪」

 

「……行ってらっしゃい」

 

 冥が自分よりも若い娘を夜伽に呼ぶことを勧めたが、趙奎はそれを拒否して改めて冥がいいと告げる。それを聞いた冥は若い女よりも自分のことを選んでくれる趙奎に胸が愛しさでいっぱいとなったが、それを素直に言うのは恥ずかしいためさっさと職場へ行くように言って誤魔化した。

 冥からの承諾を得た趙奎は、笑みを浮かべつつ彼女に『行ってきます』と告げてから部屋を出て行った。

 

 趙奎が出て行ったことを確認した冥は再びベッドに横になると、今日の夜も彼に会えて身体を重ねることが出来ることに顔を緩くさせて喜んだ。

 

「ふふふふふっ♪(また、奎に愛してもらえる……っ❤)」

 

 そうやってベッドの毛布に包まりながら喜びを露わにしていると、再び扉がノックされる音が聞こえた。そうして扉の先から、先程とは別の女性の声が聞こえて来た。

 

「——冥様。摩理亜でございます」

 

「…入りな」

 

 ノックした女性——摩理亜が名を名乗ると、冥は彼女の入室を許可した。そして、許可を得た摩理亜は、部屋へと入ってくると彼女に用件を告げた。

 

「失礼いたします。——冥様、司波葉(しばよう)様から今月新しく入ってくる宮女の報告がございました」

 

「…そうかい。それで? 今回はどのくらい‶鼠(ねずみ)″が紛れ込んでたんだい?」

 

 冥がそう問うと、摩理亜は表情を変えずにたんたんとその結果を彼女に告げる。

 

「…今回は4名です。『斉国』から来た貴氏族の姉妹の様で、実家が王派閥のためそちらが大王様を探るために差し向けた者たちかと」

 

「ふんっ、そうかい。今回はちょっと多めだねぇ」

 

 摩理亜からの返答に、冥は少々苛立ちを滲ませながらそう呟いた。

 【後宮】には貴氏族から庶民まで様々な女性が入ってくるが、それは国内に限らず友好を示すために他国からもやって来ることもある。ただ、そうやって【後宮】に来る理由は国同士の友好のためだけでなく、今回の様に情報を得るために『諜報員』として送ったり、最悪『暗殺目的』で送られてきたりもする。そのため、冥は【後宮】に入る者の身辺調査を必ずする。本人は勿論のこと、その家族や親族、友好関係などその者に関する事は徹底的に調べられる。これは趙奎の身の安全に関わることのため一切の妥協は許されず、それらを調べるために彼直属の【諜報部隊】を使用するほどの徹底ぶりである。

 

 そんな調査の結果、今回後宮入りする者の中で『諜報員』が4人いることが判明したのだ。冥が苛立ちを見せているのは、最近では後宮入りする者たちの中に必ずと言っていいほど『スパイ』が紛れ込んでいるからだ。

 

「それで、どうなさいますか?」

 

「……容姿はどうだい? 奎が気に入りそうかい?」

 

「司波葉様からの報告によると、四人とも大王様が気に入りそうな容姿とのことです」

 

「だったら、殺すのはなしだね。それじゃあ……————いつも通り【お茶会】の準備を頼んだよ」

 

 摩理亜がスパイ4人への対応について伺うと、冥はそれに答える前に彼女に4人の容姿は整っているのかを問うた。そして、摩理亜が整っていると答えると、冥は4人を生かす判断を下した。なぜなら、冥の優先事項は『趙奎の快楽』のため、気に入りそうな女を殺すのは彼のためにならないからだ。

 ただ、スパイという不安要素を許容すれば趙奎の身が危険となる可能性もある。普通であれば殺した方が良いのだが、冥が殺さない判断を下したのはその危険をゼロに出来る‶手段″を持っているからだ。

 

 その‶手段″というのが、冥が口にした【お茶会】である。一般的な『お茶会』とは貴氏族などが親交を深めるために用いられる飲茶の場であるのだが、冥が言う【お茶会】は本来の用途とは全く違う。その用途というのは、『招待客を趙奎の信者(奴隷)とする』ためである。

 どうやって信者にするのかというと、【お茶会】にて出す『お茶』や『お菓子』に‶あるモノ″を混入させることで、相手を催眠状態として時間をかけて確実に洗脳していくのである。一度口にすればそれに抗う術はなく、全員もれなく趙奎に絶対の忠誠を誓う‶信者″となってしまうのだ。

 

 そして、そのための材料である‶あるモノ″というのは————『趙奎の‶体液″』である。趙奎本人は知らないことだが、実は彼の転生特典である『神力』は彼から発せられるだけでなく、体液にも宿りそれを摂取した者は彼に対して盲目的に忠誠を誓うようになってしまうのだ。

 因みに、それに最初に気付いたのは郭開であり、それを知って以降彼は趙奎の体液(唾液)を利用して宰相まで上り詰めたのだ。また、これを冥に教えたのも郭開であり、彼女も彼と同じくそれを利用したことでここまでの地位を手に入れられたのだ。

 

 使い方次第では自分たちが頂点になることも不可能ではないのだが、2人はそんなことをする気はない。なぜなら、2人は既に趙奎の神力を直に受けて忠誠心がカンストしてしまっているからだ。

 

 冥がそう命令すると、摩理亜は「畏まりました」と返事をしてから準備をするために部屋を退出した。そうして摩理亜が寝室から出ていくと、冥は再びベッドに横になった。そして、枕元にあった趙奎の衣服を引き寄せると、それに顔を埋めて彼の残り香を吸って顔を緩くさせる。

 

「~~~♪(奎…。私は私なりにアンタを支えるよ。女の私じゃ『政治』や『戦争』では役に立てないけど、アンタが‶休める場所″は作ってあげられる。アンタ好みの女も食事も服も、全て私が用意してあげる。それを邪魔する奴は……————誰であろうと‶消して″やるからさ♪)」

 

 冥は心の中でそんなことを考えながら、身体の怠さが引けるまで趙奎の衣服に顔を押し付けながらベッドで休むのであった。

 

 

 

 

 

 






 ここからはおまけです。


『オリキャラ情報』
◎元ネタ:ハヤテのごとく
◎名前:摩理亜/まりあ(マリア)
◎性別:女
◎年齢:20
◎設定
~趙の貴氏族の生まれであり、妹と弟のいる5人家族であった。10歳の時に対立関係にあった貴族の謀略により罪をなすり付けられたことで、家は没落してしまう。その上、庶民となってからは報復を恐れたその貴族から刺客が来て襲われたことで両親と妹、弟を殺されてしまう。摩理亜はなんとか逃げ延びたが、家族を殺されたショックと逃げる際に頭を強く打ったことで記憶喪失になる。自分が誰なのかもわからずに野垂れ死にそうな時に、偶々通りがかった趙奎に助けられる。そして13歳の時まで記憶喪失のまま郭開の屋敷で働いていたが、滑って頭を打ったことで今までのことを思い出す。家族が無惨にも殺されたことを思い出して錯乱したが、その時偶然屋敷に来ていた趙奎がキスをして宥めたことで何とか落ち着く。記憶を思い出したことでその貴族に復讐することを決意すると、趙奎が手伝ったことで直ぐにその貴族は捕まる(その貴族は元々他国に情報を流す売国奴であり、元から趙奎と郭開に目を付けられていた)。そして、処刑の際には摩理亜の手で直接殺させたことで、彼女は復讐を成すことが出来た。それからは復讐を手伝ってくれた恩を返すべく、今度は彼の信用できる者として宮女となる。そうして15歳になると、その時はまだ真ん中程度の地位であった冥から信用できる宮女が欲しいと相談があり、後宮の方が趙奎の役に立てると思い彼女の傍仕えとして後宮に入る。それ以降は、冥の側近として働き続けている。
 因みに、趙奎とは14歳の時から身体を重ねており、それ以降摩理亜は完全に彼の狂信者(奴隷)となり永劫の忠誠を誓っている。





 いかがだったでしょうか? 今回の評価次第で、これからも『裏編』を投稿していくかを判断していこうと思っています。
 また、活動報告にこの作品のリクエストの受付を作りましたので、もしも何かリクエストがございましたらそちらにお書きくださるとありがたいです。

 もしもこの話を読んで面白いと思った方は、『感想』と『高評価』、『お気に入り登録』のほど、どうかよろしくお願いいたします。

 それでは、さようなら!





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