『無属性魔法によって亜空間に干渉することができれば、無限の容量の亜空間を作り出すことも、空間をつなげることで遠く離れた場所に移動することもできるわ。それぞれ亜空間魔法と転移魔法。合わせて空間魔法と呼ばれているわね』
母さんの長い説明を聞き終え、なんども難しい話に質問した結果わかったのはそれだけだった。
けれど、そのおかげで確信することができた。
(空間魔法……それがアルの秘密にしていた魔法っ……!)
あらゆるものを収容する亜空間魔法に、遠く離れた場所に移動する転移魔法。魔法について知らない私でも、その魔法が便利であることはいやでもわかる。
それさえあればいつでも出来立てのクッキーが食べれるし、いろんな武器を携帯できることで戦術も広がる。ルーナにいつでも会いに行けるし、面倒くさいパーティーからも一瞬で抜け出すことができる。
そして、王都騎士団に入団してもいつでも領地に帰ることができ、家族に会うことができる。
なによそれ!絶対楽しいじゃない!
と、考えながら歩いていると廊下の反対側にアルがいるのが見えた。
──子供の頃に「将来強くなってドラゴンを退治する自分」を妄想したことがある。今の気分はそれに似ているかもしれない。
自分の思い通りの世界、それに浸る高揚感。ただ一つ違うのはその夢物語が目の前にあるという事。
「ちょっと、ア……」
声をかけ、空間魔法について洗いざらい吐かせようとしたところで思い浮かんだのが父さんの顔だ。
この前みたいに喧嘩を吹っ掛け、また戦いになったら父さんは容赦しないだろう。1週間どころか1か月くらい訓練禁止になるかもしれないし、それでアルに白状させられなければムダ足だ。
私の訓練時間のためにも、ここは慎重になるべきね。
(それなら…………どうすればいいのかしら?)
慎重になったところで、私が考えられる作戦は突貫のみ。頭を使った誘導やはったりは弟たちの分野だ。
さっそく、躓いてしまった。
●●●●●
「……で、僕のところに来たわけだね」
「何か案を考えなさい」
ノックもなしに突然ドアを開け、ずかずかと入ってくると机に座り、腕と足を組んで傲慢にそう答えた。
「それにしても、アルが空間魔法を……ね」
「絶対に使える。それは断言できるわ」
「う~ん……」
確かに、僕の弟であればそれくらいはやってのけるだろう。
それにミーナやバルトロからも「クッキーが無限に出てくるポケット」や「いつの間にか後ろに立っている」といった話も聞いている。
先日の姉さんとアルの追いかけっこの件もあるし、姉さんの予想は間違いないだろう。
アル自身も空間魔法を隠そうとしているが、それも完全ではない。いくつか証拠を用意して、父さんと母さんを説得し、準備を整えてその綻びを指摘すればアルに自白させるのは可能だろう。
だけど……話はそう簡単ではない。
アルが転移魔法を隠しているのは、その魔法によって発生するデメリットを避けるためだろう。
転移魔法は便利な魔法である反面、あらゆる方向で脅威となりうる。僕らにとって便利であっても、国の目には危険な魔法を使う少年として映るかもしれない。
転移魔法を使えるアルを閉じ込めておく方法はない。だとすれば……最悪の場合殺される可能性もある。
──うん、アルに危険が及ぶ可能性がある限り、僕には協力はできないね。
だとすれば、僕がすべきことは暴走しがちな姉を止めることだ。弟を守らなければならない。
「……そうだね、いままでの行動から考えるとアルが空間魔法を使えるのは確定だろうね」
「でしょう!だから何とかして白状……」
「でも、これはそっとしておく方がみんなのためになると思うんだ」
そういうと姉さんは目を丸くし、すぐに不機嫌そうな顔をした。
「どういうことよ」
「アルに空間魔法が使えることを自白させると、メリットとデメリットが出る。そのデメリットがでかすぎるからやめた方がいいんだよ」
「……説明しなさい」
姉さんは少し考えた後、僕に説明するように促した。おそらくデメリットが何かを考えたのだろうが、何も思い浮かばなかったのだろう。
「まず自白をさせるメリットだけど、僕たちが空間魔法の恩恵にあやかれることだね。王都までの長い道のりをスキップできるし、カグラやラズールにもいけるからお米の量を気にしなくてもいいし、カレーも香辛料の値段を気にせずにたくさん食べることができる。そのあたりはアルも煩わしく思ってるだろうし、確実に得られると思ってもいいだろうね」
「なによ、やっぱりいいことばかりじゃない」
姉さんが話を聞かないのはいつものことだ。……それならインパクトを強めに説明するのがいいかな。
「そしてデメリットだけど、アルが殺されることだね」
「っ……」
「アルの魔法を危険視した権力者に命を狙われる可能性があるんだ。空間魔法が使えることが知られれば、それを利用しようとする者が現れる。利用されると困るものが出てくる。そして殺される……空間魔法はどんな分野でも強力な武器になるからね、敵は多くなるよ」
「例えばさっき言った香辛料。ラズールで銀貨1枚で売られているものが王都で金貨10枚で売られているのは、ラズールから王都まで運ぶのに経費がすごくかかるから。その経費が空間魔法を使えば0になる。そうなると空間魔法を使えない貿易商は損をする。その結果は……わかるよね?」
「アルがそんなことをしなくても、利用しようとする者は現れる。それは商人かもしれないし、高位の貴族かもしれない。もし断れば『他人に利用される前に殺しておこう』って考える人もいるんだ。そういう壊れた考え方をする人って貴族には結構多いんだよ」
「利用できるのは商売だけじゃない。空間魔法を使えば戦争で有利に立てる。兵糧や武器なんかは運び放題、それどころか軍隊丸ごと運ぶこともできる。しかも現れる場所も自由自在、敵国の町中にいきなり呼びだすことも可能だろうね」
「うまくいけばそうやって国防戦力として雇ってもらえるかもしれないけど、逆に危険因子として排除される可能性も十分にあるよ。アルは転移魔法を使えるし、監禁しても意味がないからすぐに殺されるだろうね」
「戦争に利用されて、たくさん人が死ぬところを見て、最後には国にとって危険だから殺される……歴史上そういった英雄はたくさんいたんだよ。アルは賢いからね、そうならないためにも秘密にしたり、ごまかしていたんだと思うよ」
全て言い終えると、エリノラ姉さんはうつむいていた。さすがにここまで言えば理解してもらえたと思う。
実際はドラゴンスレイヤーであるノルド父さんに喧嘩を売るような真似はそうそうしない。それにアルなら国にだって引けを取らない気もする。
情報の流出経路も村人やトリエラ商会の従業員や下働きくらいだろうし、注意さえしていれば問題はないと言える。
それでも、姉さんの暴走を止めるためには脅すくらいがちょうどいい。もう少し大人になって、分別がつくようになるまではこのままの方がいいだろう。
「とにかく、アルには気づいていないフリをするのがいいと思うよ」
「……わかったわ」
珍しくしゅんとした姉を見て、少しだけ驚いていると廊下から物音が聞こえてきた。あけ放たれたドアの端に栗色の髪の毛が見えている。
「アル?」
僕が呼びかけると髪の毛が引っ込み、一瞬で気配が消える。気配の消し方がうまいのか、それとも転移魔法を使ったのか……
聞かれてしまったのかもしれないけど、しばらくはこのままでいいと思う。
──いずれ将来的に、アルの方から打ち明けてくれればいいんだけれど。
●●●●●
気が付けば森の奥の拠点に転移していた。心臓がバクバクと音を立てて鼓動している。
いきなり転移したけど、誰にも見られていないだろうか。少し不安だ。
土魔法で背もたれ付きの簡易的な椅子を作り、体重を預ける。目を閉じると、先程のシルヴィオ兄さんの声が蘇る。
『アル──空間魔法──デメリット──』
『恩恵──煩わし──確実に──命を──』
『他人に利用される前に殺しておこう──』
『場所──呼びだす──うまくいけば──危険因子──』
シルヴィオ兄さんに空間魔法がバレるのは時間の問題だと思っていたが、その反応は予想外だった。てっきり受け入れてもらえるものだと思っていたが、そうでもないらしい。
確かに空間魔法は便利だが、その反面悪用するのにも向いている。戦争や暗殺なんてお手の物だろう。そんな力を持った奴が身内にいるとしたら……保守的な考えの人なら排除するのだろう。あまり思いたくないけど、シルヴィオ兄さんならそうしてもおかしくない。
そしてエリノラ姉さんは最近俺にヘイトを溜めている。最近は稽古も禁止されていたし、シルヴィオ兄さんがそそのかせば簡単に流されてしまうだろう。
『アルは賢いからね──ごまかして──』
『とにかく、アルには気づいていないフリをするのがいいと思うよ』
『……わかったわ』
二人の密談に気付かなければ、取り返しのつかないことになっていたのは確実だ。スローライフを送るための魔法のせいで死んでしまうなんて、本末転倒だ。
「さて、どうしよう」
最後に呼びかけられたことから、俺の盗み聞きはバレていると考えたほうがいいだろう。俺の行動を予測して既に動いているかもしれない。
……姉弟喧嘩の次は兄弟喧嘩、どっちも殺意が高すぎると思うんだけど。
目を開いて顔を上げると、土でできた人形たちが整列している。無機質に前を見つめている彼ら彼女らは、この前の自由気ままに動いていた様子とはかけ離れていた。
その中で一際目立っているのはルンバとシルヴィオ兄さんの土人形だ。あまりにもデカいので、部屋の隅に追いやられている。
「……」
せっかくなので、シルヴィオ兄さんの土人形を作り直そう。あの時は少しふざけてただけで、その気になればホンモノ同然に……
「……あれ?」
土に魔力を込めると人型に形が変わる。筋肉質な体ではなく、スラッとした見慣れた格好だ。
しかし、首から上がどうしても成形できない。魔力を込めようとしても、自分の体が拒否しているような感覚だ。
5分ほど格闘し、なんとか頭は作ることができた。それでも、顔はのっぺらぼうのように何もない。
……きっと疲れてるせいだろう。
「ん、アルか?何してるんだ?」
「!?ってルンバか……」
なんてことをしていると背後からいきなり声をかけられた。驚いて振り返ると、そこにはバスターソードを手にしたルンバが立っている。
「ルンバの方こそ何してたの?」
「俺か?俺はそこの自分の人形で試し切りを……な」
ルンバの土人形を見やる。他の土人形なら耐久不足だろうが、ルンバの土人形は特別性だ。モリモリの筋肉とその体重を支えるために圧縮された骨、表面は光沢を持たせるために鋼鉄並みの硬さにしてある。
こんなのを斬りつければ下手すると火花が散るだろう。
「……ご自由にどうぞ」
そう言うとルンバは喜びながら自分の人形を引っ張りだす。外に出て試し切りをしようとしているのだろうが、無理矢理しているせいで頭が天井を削っている。
……気にならないのだろうか。
「んで、アルはなんでこんな所にいるんだ?屋敷から結構離れてるぞ?今から戻ればギリギリ間に合うかもしれんが」
「……ちょっと家に帰り辛くて」
「なんだ、家出か!ガハハ!」
ルンバの言葉が胸の中に落ちてくる。
家出、家出か。うん、それもいいな。
日本ではあまり見られないが、ヨーロッパでは労働環境改善のためにストライキが度々発生している。改善するまで働かない、と言うやつだ。
それなら、『家庭環境が改善するまで帰らない』ってのもいいかもしれないな。幸いなことに、俺なら家出あるあるの宿問題も飯問題も解決できる。
しばらく旅に出て、ほとぼりが冷めたら帰ろう。
「そう考えると気が楽になったよ。ありがとう、ルンバ」
「ん?いいってことよ!それより入り口が小さくて外に出せねぇな……これ、どうやって中に入れたんだ?」
「あぁ、それならこうやって動かして……」
「うおお!?いきなり動き出したぞ!?」
●●●●●
そうやって、しばらくの間ルンバと話したあと、俺は旅に出た。
コリアット村でぐうたらして生涯を過ごすのが夢だったが、こうやって旅に出て根無し草の暮らしをするのも実は憧れていたのも事実だ。
さて、それじゃあどこに行こうかな?