転移して田舎でスローライフをおくれない   作:やません

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14 少年のいない夜

 アルが家出した日の夜、屋敷の食堂には彼を除くスロウレット家の面々が夕食のために集まっていた。

 ノルドは妻のエルナの髪をなでながらアルを待ち、エルナは「もう少し遅れてきてもいいのよ」と笑顔を浮かべている。いつも通りだ。

 

 しかし、二人の子供であるエリノラとシルヴィオの表情は浮かれない。エリノラは昼間から沈んだ表情を見せており、エルナに何を聞かれても「なんでもない」と答えるばかり。あきらかに心労を抱えている。

 対するシルヴィオは何やら落ち着かない様子だ。最初はいつも通り少し遅れている弟を待つつもりだったが、時間がたち、メイドたちがあわただしく廊下を移動する度に顔色が悪くなっていく。

 

「……僕もアルを呼びに行ってくるよ」

「あら、行き違いになったら面倒よ。そろそろ来るんじゃない?」

「でも……」

「まぁまぁ、そんなに言うなら僕が呼んでくるよ」

 

 腰を浮かせようとするシルヴィオに違和感を感じ取り、ノルドが代表して探しに行こうとしたところでノック音が聞こえてくる。

 

「し、失礼いたします!」

 

 扉を勢いよくあけたのはアル。ではなく、同じ髪色をしたメイドのミーナだ。その呼吸は荒れ、肩で息をしており、その表情からは焦りや不安が垣間見える。

 

「──なにがあった」

 

 あきらかな緊急事態にノルドの雰囲気が一瞬で入れ替わる。表情では優しく問いかけているものの、その身から立ち上がるオーラは本人が抑えていなければ部屋中を威圧していただろう。

 その様子にわずかに飲まれたミーナが息を飲む。しかし、すぐに自分の役割を果たすために口を開く。

 

「あ、アルフリート様がいらっしゃいません……!お部屋にもいなくて、外に出た形跡もなくて……たぶん、お昼のあの時に消えて、あの、それから……私、どうしたら……」

 

 ミーナから報告されたその内容を部屋の中の半分は理解できなかった。しかし、もう半分は勢いよく立ち上がり、お互いに顔を見合わせる。

 どちらも何か行動を起こそうとし、何もできないことを理解して顔を伏せる。エリノラは歯を食いしばって自分を責め、シルヴィオは顔色をさらに悪くさせた。

 

「ふたりとも……何か知っているようだね。始めから話しなさい」

 

 屋敷の主は鋭い目つきで二人を見つめた。

 

 

●●●●●

 

 

「……なるほど、アルが空間魔法を使えることに気付いて、相談していたところを見られたと……」

「私も現場を見ました……アルフリート様がドアの前で顔を青くしていて、声をかけようとしたらいつの間にかいなくなって……」

 

 まずはミーナに他のメイドとバルトロを呼びに行かせ、その間に子供二人を落ち着かせた。そして全員が集まったところでシルヴィオがことの発端を話し始めた。

 アルが空間魔法を扱えること、それを秘密にしていたこと、エリノラが転移の現場を目撃したこと、二人で相談して気付いていないフリをしようとしたこと、そしてそれをアルに見られていたこと……。

 主観的に何を感じたのか、どうしようと思っていたのか。シルヴィオが誘導することでそれらがエリノラの口からも語られ、それに合わせてエルナが頭を押さえる。

 

「いつの間にか厨房に立っていることが結構あったが……まさか失われた古代魔法の一つ、空間魔法を使っていたとはな……相変わらず坊主の底が見えねえ」

「ミーナの言っていた『クッキーが無限に出てくるポケット』というのも、それなのでしょうね……」

「収穫祭の手品も転移か……アタシにはどっちがスゴイのかよくわからないけどね」

 

 最後にミーナの補足を加えたところで、使用人たちから次々と報告があがる。いままで感じていた謎が解消されていくが、次第に困惑の色が広がっていった。

 その理由というのが……

 

「結局、坊主は何が気に入らなかったんだ?秘密にしていた魔法がバレたってだけでそんな青い顔するもんなのか?」

 

 バルトロが疑問を口にするが、誰もそれに答えることはない。先ほどの話は全て筋が通っているのに、そこだけが不自然、異質だった。

 

「──なら、本人に直接聞けばいいんじゃねえか?」

 

 誰もしゃべらず、重い空気が流れている中で突然、一人の男が声を上げた。

 

「……ルンバ」

「よ、邪魔してるぜ」

 

 いつも通りの凶悪な顔を扉の間からの覗かせたルンバがノルドの呼びかけに対して手を挙げて返す。

 

「アルなら山の奥の、一番古い拠点にさっきまでいたぜ」

「「「!!!」」」

 

 突然の爆弾発言に全員が驚愕に目を見張る。そして、その中で一番に駆け出したのはエリノラだ。

 扉を勢いよく開き、廊下を走って玄関まで駆け抜ける。そしてシルヴィオが遅れて姉を追いかけた。

 頭を挟まれないように引っ込めたルンバがもう一度顔を覗かせ、食堂にズカズカと入ってきた。

 

「エリノラは相変わらず判断が早いな。ま、今から行ってももう遅いだろうけどな」

「……ルンバ、詳しく教えてくれるか?」

 

 テーブルの上の大皿に盛り付けられたカラアゲを摘もうとし、その腕をノルドに掴まれる。明らかに怒りを発しているノルドに対してルンバは余裕そうな顔を見せる。

 ルンバがもう片方の手をヒラヒラとふると、ようやく掴んでいた腕を離す。

 

「ま、簡単に言えば家出だな。家に帰り辛くなったんだとよ」

「なぜ止めなかった」

「俺はアルの親じゃねえ、止める権利なんかねえさ。大人として止めるべきってんなら、アルはただの子供でもないだろ」

「……他には何か言っていたか?場所とか……」

「さあな、俺よりもノルドの方がよく知ってるんじゃないか?父親なんだろ」

 

 ノルドが鎮痛な面持ちをする。当事者のエリノラとシルヴィオも責任を感じていたが、それを聞いていたノルド自身も親としての責任を感じていた。

 

「……アルなら心配ないと思うわ」

「エルナ!」

「ルンバも言っていたでしょう?アルの場合はただの子供の家出に当てはまらないって。私もそう思うわ」

「へへへ、エルナは相変わらずだな」

「ノルドは心配性なのよ」

 

 確かに、ノルドも頭の中では理解している。自分の息子ならその魔法の腕と危険察知能力で一人でも生きていけるだろうと。もしその気になればいつでも旅に出られたのだろうと。

 しかし、それでもまだ6歳だ。魔法の腕は天才でも体は弱く、病気にでもかかれば死んでしまうかもしれない。魔物には相手の魔法を封じる能力を持つものもいるし、そもそも戦闘経験がロクにない。

 それに家を出るということは貴族の地位を捨てるということだ。平民は死亡率が高く、命の価値も低く見られる。貴族に逆らうことはできず、なぶり殺しにされるかもしれない。その魔法の腕を狙われ、悪用されてしまうかもしれない。

 

 納得と同じ数だけ不安が頭をもたげる。平和に暮らしてほしい、自由に生きてほしい、手の届くところにいてほしい、もっと立派になってほしい。色々な感情が押し寄せてくる。

 ノルドにとってアルは手がかからない子供だった。幼少期はわがままを言わず、泣くこともほとんどない。カグラに行きたいと言った時も、駄々をこねるだけではなく、自分の成長や家族へのメリットがあると説明した上で自分たちを納得させた。

 それらの行動とくらべ、今回のはあまりにも頭が痛すぎる。アルには製品開発などで悩まされたことはあったが、こういった子供のような理由で悩まされたことはほとんどなかった。

 

 ……ふと、ノルドの脳内に自分の父親の顔が浮かぶ。冒険者のような危険な職業ではなく、農民のように平和で堅実な職についてほしいと、そう訴えていたのを思い出す。かつての自分は人生を決めつけられるのが嫌で、それで飛び出したのだった。

 あの時、自分はどう思っていたのだったか。

 

「……しかたない。アルの意思を尊重しよう」

「ノルド……」

「ただし、半年だ。半年たっても帰ってこないならこっちから迎えに行こう」

 

 子供の安全を願うばかりで成長させないのでは親として失格だ。そう考えたノルドは期限付きでアルの家出を許した。家主のその表情を見て、皆が頬を緩ませる。

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、一人だけ。顔を青くした者がいた。

 

「……ノルド様、ご報告が遅れていたことがございます」

「……どうしたんだい、サーラ」

 

 メイドの一人、サーラが手を上げる。その表情を見てノルドは再び嫌な予感を感じた。

 

「雪の影響で遅れていたトリエラ商会が先ほど到着いたしました。その際にアルフリート様への手紙を受け取ったのですが、その手紙に王家の紋章が……」

 

 その場の全員の頭にある言葉が思い浮かぶ。

 『国王専用の玩具』

 

 1か月ほど前にトリエラが持ってきた案件だ。アルはその際に国王を模した絵を書いていいか、トリエラに確認に行かせていた。

 道中の雪の影響でもう少し到着が遅れると予想されていたが、どうやらかなり無理をしたようだ。

 

「……手紙を」

「はい、こちらに」

 

 震える手でサーラから手紙を受け取る。封蝋を丁寧にはがし、中の紙に折り目を付けないように取り出す。そして上から漏れのないように目を通していく。

 次第にノルドの表情が硬くなっていったのを見て、ルンバが『あちゃー』と頭に手を当てた。

 

「……2か月だ、2か月以内にアルを探し出すぞ!」

 

 思った以上に痛む頭を、ノルドはさらに悩ませたのであった。

 

●●●●●

 

 それから数時間後、エリノラに遅れてシルヴィオがアルの第一拠点にたどり着く。

 そこで目にしたのはボロボロになったルンバの土人形、家の中で整列している土人形の面々、そして……

 

「アル……なんで……」

 

 顔以外の全てが精密に作られた、顔のないシルヴィオであった。




これにてプロローグは終了です。
家出したアルを追いかけさせるため、トリエラには雪に埋まってもらいました。風邪をひいていないといいですね。
次回からは『転移して田舎でスローライフをおくれない』本編スタートです。

(アルの家出に伴い、新しい土地でオリキャラが多数登場します。原作の雰囲気を壊さないように励みます。ご了承ください)
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