新一と一緒に   作:井沢晴明

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第十三話 離れたくない

 黒ずくめの男に薬を飲まされて、体が小さくなってから一週間経過した日の午前九時、博士の家にやってきたお父さんは、リビングにいる私に頭を下げた。

 

「疑って悪かった。子どもになっても、蘭は蘭だったんだ」

 唐突なことに、私と近くにいた新一が目を丸くする。そんなお父さんを、博士はテーブルの前に座って、コーヒーを飲みながら、見ていた。

 

「えっと、頭を上げてよ。いきなり謝れても困るから」

「ああ、そうだな。ついさっき、例の鑑定結果が届いた。これによると、高校生の毛利蘭と……この場合は、佐倉聡美って呼べばいいのか? 兎に角、子どもになってウチに帰ってきた女の子の指紋とDNAが一致したそうだ。民間の鑑定業者に頼んで、調べてもらったことだから、間違いない」

 

 

「なるほどな。俺が知らないところで、そんなことをしていたわけか」

 

「あっ、そういえば、言ってなかったね」

 思い出したように、私は両手を叩いた。

 それから、机の上に書類を置いたお父さんは、真剣な表情で私と向き合う。

 

「それと、今、ちょっと困ったことになっているんだ」

「困ったことって?」

「英理のことだ。ここ一週間、娘と連絡ができないって、昨晩、怒鳴り込んできた。いつも家にいる時間に電話しても、話せないし、高校の前で待ってみても、会えない。それから、蘭のクラスメイトたちに話を聞いて、蘭が無期限で休学していることを知ったらしい」

 

 深刻な話に、私は眉を潜めた。

 

「うーん。どうしよう」

「そうだな。英理も危険なことに巻き込みたくないから、ここは黙っておいた方がいい」

「だったら、昨日、博士に貰った変声機を使って、電話してみようかな? 私は元気だから安心してって……」

 

 

「えっと、蘭。英理って誰だ?」

 

 置いてけぼりにされた新一がキョトンとした顔で私に尋ねてくる。

 

 それに対して、私は溜息を吐き出した。

「十年前にウチを出て行ったお母さん。そういえば、新一とはこの十年間、一度も会ってなかったっけ?」

 

 

 

 丁度その時、インターフォンが鳴り響いた。その音を聞き、博士はコーヒーカップを机の上に置き、玄関へと向かい歩き出す。

 

 

 それから数十秒後、博士は見覚えのある女性と共に、リビングに戻ってきた。

 その瞬間、空気が冷たくなり、私は咄嗟にお父さんの背中に隠れた。

 

 一方で、私のお母さん、妃英理はジッと、近くに見えたお父さんの顔を見る。

 

 

「あなた、これはどういうことかしら? 何かコソコソとしていると思って、尾行してたら、阿笠博士の家に来るなんて、おかしいわね。あなた、博士とはそんなに親しくないじゃない?」

 

「それは……」とお父さんが口ごもる。

「それと、あなたの背中に隠れているその女の子は誰?」

 

「ああ、偶然、博士の家に遊びに来てる女の子だ。名前は、佐倉聡美ちゃんで、その近くにいる小僧が、江戸川コナンだ。そっ、そういえば、知らなかったか? 最近、博士と仲良くなったって」

 

笑って誤魔化そうとするお父さんに、お母さんは疑惑の視線を向けた。

 

「まあ、いいわ。それより、蘭に会わせてもらおうかしら。実の母親なのだから、会う権利があるはずよ」

 

 

 

「じゃあ、今晩、蘭に電話を……」

 顔を引きつらせたお父さんの声を遮り、お母さんはお父さんの顔をジッと怖い顔で見た。

「あなた、何か隠してない?」

「なんでもねーよ」

 ギクっとしたお父さんが背中を真っすぐに伸ばす。そのあとで、お母さんは机の上に置きっぱなしにされていた書類に視線を向けた。

「これは何かしら?」

 お母さんは素早く机に手を伸ばし、書類に目を通す。

 

 その瞬間、お父さんの顔が青くなった。

「なぜ、ここにDNA鑑定書があるのか、説明していただけるかしら? 娘の蘭と誰かの毛髪のDNAが一致したと書いてあるわ」

 

 

 完全に追い詰められている。もはや打つ手はない。

 このまま正体を明かすしかない。私は不安になりながら、近くにいる新一に視線を向けてから一歩を踏み出し、小さな子どもの姿をお母さんに見せた。

 

「お母さん、心配かけてごめんなさい」

 メガネを外し、素顔を晒した私は、顔を上に向けた。

 一方で、驚いたような表情で腰を落とし、私の顔を覗き込んだ。

 

「あなた、本当に蘭なの?」

「うん、その鑑定書の通りだよ。私は毛利蘭。お母さんの娘だから」

「でも、こんなことって……」

 

「一週間前、私は怪しい黒ずくめの男を尾行していた新一を心配して、追いかけたの。そうしたら、新一が黒ずくめの男に見つかっていて……新一を助けるために思わず飛び出したら、不意打ちで気絶して、新開発の毒薬を飲まされたんだ。でも、その薬は未完成で、私と新一は体が子どもになっちゃった。信じてくれないかもしれないけど、これが真実だよ」

 

 動揺するお母さんと向き合い、あの日のことを話す。

 すると、お母さんは私の小さな両肩を強く掴んだ。

 

「蘭、あなた、どうして、そんな危険なことしたの? もしかしたら、死んでたかもしれないのよ!」

「もちろん、分かってる。このまま死んじゃうんだって思ったから。でも、私は新一を失いたくなかったの。それに、私と新一が生きていることを知ってる人は、みんな命を狙われるみたいだから、お母さんに危害が及ぶのを防ぐために、今まで秘密にしてた。本当にごめんなさい!」

 

 ちゃんとお母さんと向き合った私は両手を合わせた。

 それから、お母さんは私の近くにいる新一に視線を向ける。

 

「どうやら、そっちの男の子が新一くんみたいね。まあ、いいわ。蘭、ここを出て行きましょう」

 

「えっ」と驚く私の近くで、お父さんはお母さんに視線を向けた。

 

 

「お前、何言ってんだ?」

 

「今日から、蘭は私と一緒に暮らすの。セキュリティの観点を重視した、ここより安全な場所で。もちろん、蘭を危険なことに巻き込んだ新一くんと縁を切って」

 

 

「何もそこまでしなくても……」

 

 今まで黙って傍観していた博士の声に、お母さんは首を横に振る。

 

 

「蘭、今回は奇跡的に助かったみたいだけど、今後同じようなことが起きたら、死ぬかもしれないのよ! ここは、新一くんと縁を切って、お母さんと安全な場所で暮らしましょう」

 

 そんな提案を耳にして、私は思わず叫んだ。

 

「イヤ! 離れたくない!」

 

 

 本音が爆発して、お母さんに反発してしまった。

 

新一と二度と会えなくなるなんて、絶対にイヤだ。

だから、あの日、私は新一を追いかけた。

このままお母さんと暮らしたら、あの日の気持ちがウソになる。

 

「俺からも頼む。もう二度と蘭を危険なことに巻き込まないから……」

 

 私の右隣に並んだ新一がお母さんに頭を下げる。

 私のために頭を下げてくれるなんて、初めてのことで、とても嬉しくて、頬が緩んでしまった。

 

 そんな姿を見て、お母さんは溜息を吐き出した。

 

「はぁ。今日のところはこれで勘弁してあげるわ」

 

 お母さんは博士に会釈をしてから、リビングから出て行く。

 

 

 こうして、私たちの正体を知る人が三人に増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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