いろんな職業のヤンデレつめあわせセット 作:ドシテ・ヤンデーレ?
その言葉の後、目の前のさも自分の思い通りにいくと思っている傲慢な令嬢…それが一人のおどおどした気弱そうでかよわい美少女に戻った。
「ん、ばっちり。これなら本番でも間違えないだろうね」
俺は役者のマネージャーであり、毎度と言っていいほど完璧な演技を見せられる。
「それなら…よかったです」
担当している役者の
正直治そうと努力してるのは理解できる。1年前なんて言葉が「うぅ」と「あぅ」しか出てなかったからな、それに比べれば会話できるだけ進歩している。
「ドラマの撮影とか大丈夫か?体調とか悪くなったりしてない?」
芥は俺をドラマの前のリハーサルとして使うことにしているようで、撮影の仕事の脚本をもらった翌日ぐらいにはスタジオを貸してもらって一人で演じ始めるのだ。その演技が普段とはかけ離れた動きが多くてまあ困惑する。
ただ芥はなぜか俺が撮影現場に来ることを極端に嫌がる。理由はまだ聞けていないが、おおかた知っている人に見られていると緊張するとかそんな感じだろう。
休憩時間に毎回連絡をとってくれるし手間のかからない役者である。
「はい、大丈夫です…」
こちらににこっと微笑みかけてくるのは素であり、先ほどの演技とはまた別物だ。
これでバラエティ番組とかに出れるようになったらなぁ。まだトークセンスを磨かないと話にならないけど、通用するレベルになったら先方に話をもちかけるのもいいかな。
「にしても、毎回一日で演じられるようになるって凄いよ」
ふと、口からついて出たこんな言葉。なにげなしに出てきた疑問だったけれど、芥にとってはそうではなかったらしく。
珍しくこちらに対してまっすぐ向いた芥はこちらに向かって言った。
「違い、ます」
弱々しいけれど、強く断定する声。普段の彼女からは想像もつかない行動に驚いたものの、これは彼女のことを知れるいいチャンスなのかもしれない。
そう思って俺は更に質問してみることにした。
「何が違うのかな?」
「私の場合は、演じるというわけ、じゃなくて…実際に、やるんです。今回の令嬢だと、乙女ゲームで、攻略サイトをみつつ、やりました…」
…なんというか、それで演技ができるようになるものではないと思う。でも実際に活躍しているのもなぁ…
そんな風に悶々と考えていると、こちらをじいっと潤んだ瞳で見上げてくる。
「なにか、おかしいですか…?」
「いや、全く。芥さんと話す機会が少なかったし、考え方をしれてよかったって思ってる」
「ありがとう、ございます…」
聞いてしまった以上は変に否定してしまうのも彼女にとってよくないだろう。とりあえず、彼女の配役については気をつけるべきであるとメモしておこう。今まできている役がましだったからよかったものの、殺人鬼やらの配役が来たら殺してしまいそうだ。
少し喜んでいる彼女─といっても表情は変わってない。普段と演技でこうも変わるのは凄いと思う。そんなことは無理なんだけどな。
「その、あの、」
「ん、なんだい?」
まだ何かを言いたそうにもにょもにょしている彼女に話の続きを促す。こうでもしないと芥は言わないでずっと立つことになる。
この前友達になりたいって言うのに数時間かかったって報告されたばっかりだからな。
「今のドラマの仕事、ありますよね」
「うん」
「終わったら、ドラマの人と打ち上げ、あるんです」
「うん」
「話すの、怖いです」
「うん」
「なので、来てください…」
…つまり、喋れないから通訳として俺についてきてほしいってことか。半年前くらいからちょくちょく打ち上げに呼ばれるようになった。が、話しかけられても上手く言えない芥は会話を詰まらせてしまう。そこで俺に来てほしい…ってことだろう。
「予定はいつ?」
「!…来週の、金曜日」
「わかった。午後6時にここに来ればいいかな?」
問題なさそうなので了承の意をこめて返事をすると、彼女はわかりやすく目の色を変える。
「ううん、現場に来て」
「…いいの?」
「嫌じゃなきゃ…」
「見させてもらうよ」
「ん、ありがと…」
たったっと足速に去っていく芥。喜んでいるようだけど打ち上げの人には伝えてるんだろうか?
ふと気になったけれど、芥の人付き合いもよく知らないのでこのままでいいだろう。
そしてその宴会にて。
「…酔った」
開始一杯目、最初の乾杯にして既にグロッキーな彼女の隣にそっとウーロン茶を置いてウーロンハイを取り上げる。場所に酔ったのか酒に酔ったのか、あるいはその両方か。いずれにしてもまだ余裕そうな表情を保っているうちにどうするか聞いておくべきだろう。
「芥さん」
「マネさん、どうしたの?」
「いや、体調悪くなったら言ってほしいなって」
こちらにいつも通りの目を向けているが、あからさまに鼻歌とか歌い出している。
「大丈夫、私は元気」
「…そこまで元気には見えなかったけれどね」
今日の芥は普段見ている時よりも少し内気な印象を受けた。出演者と喋らない、触らない、見ない。極端に避けているけれど、そのくせ演技になると途端にスタジオで見せてくれた演技になる。
両極端な行動しかしてない芥を誘える奴らを否応なしに尊敬するよ。
そういえば、なんであんなに俺に対してちらちらと視線を向けてきたんだろうか。あからさまに生暖かい視線ばっかりでいたたまれなくなったんだけれど…
「マネさん、他と話してきたら?」
「なんでぽっと出のマネージャーが絡まないといけないのかな。ほら、輪に混じって話してきなよ」
「やー」
そして芥は能動的に動こうとはしない。受動的にすらなれないのでナンパされることが多すぎる。しかも懐いたら懐いたでずっとかまってちゃんになるのも困る。酔っててかわいいから許すけど。
「子供みたいにごねないの」
「マネさんだって勧誘するときにごねたじゃん。一生かけて大スターにするとかなんとか」
「うっ」
痛いところをつかれて声が詰まる。実際はナンパされてた芥に関わるための方便だったりするのだが、そんなことを伝えるのは恥ずかしいので黙るのが正解である。
「…というか、話をはぐらかそうとしていない?」
「ううん、別に。一緒に混ざろう?」
遠い位置から騒いでいる方の中心へ。酔っぱらってるから行動に一貫性がないんだよな…多分。
スタッフさんや共演者がいる中、マネージャーとして最初の一声はこれしかない!
「うちの芥がお世話になりました!」
一瞬だけ顔を見合わせられたあと、途端にどっと笑いがおきる。
「ガハハ、まあいいってもんよ!」
「というかなんでそんなかしこまってんだよ!もうちっと堂々と見学しに来たらいいってのによ」
宴会のどんちゃん騒ぎもあってもみくちゃにされつつすぐに中にとけこめた。…そんな堂々と見学するもないんだけど、はて。
「単なるマネージャーなんで…」
「俺だってマネージャーだぜ?しかもアイドルなんだから風当たりも強いしよ…なら迷惑のかからねー範囲で楽しまなきゃ損ってもんよ!」
「しかもこいつ女のアイドルだからデキてるとか言われるんだよ!おかしな話だろう?」
「こんな冴えねーおっさんなんざ相手にされねえってのによ!この前なんて車に同乗させようとしたら断られてんだぞ?」
担当の愚痴の言い合いをすればいいのかな?芥についてはあんまり手のかからない人だし助かることも多い。
「その点だと芥はましだな。来ないって言われることは多いけどその分こちらの意見も尊重してくれるし…俺にはもったいないんだよな」
「あんだけ好かれとるクセに何言ってんだよド阿呆!」
「力加減を考えろよおっさん!」
ばしばしと叩かれるのも含めて飲み会みたいなところはあったりするけど、そこいらは気分だ。
「すまねぇ…ま、理想じゃね?公私含めたパートナーとしちゃいいだろ」
「公私含めた、か」
とは言ってもそんなに公私混同しているつもりはない。あるとしてもストーカー対策で1回寝泊まりしたくらいだし。
「おっさん扱いされるよかよっぽとましだ!…ああ、そういやうちのアイドルが迷惑かけたよな?」
「いやそれ俺の芥ですよ。通訳するまでずっと喋れなかったのが…」
「いやいや、一方的にまくし立てたこっちが悪い」
「…あーしがなんだって?」
「私だって…」
後ろから殺気を感じて振り返ると、そこにはちょうど話題に挙げていたアイドルの人と芥。どっちも酔っているのか、既に普段ではしない言動をしている。
「いいや。あーしとマネ、もう帰るね」
そういうと不機嫌な様子を隠そうとしないでさっきまで話していたおっさんを引きずるアイドル。…芥にとっては初めての友達なのだろうけど、なんか不安なんだよな。
「私も、帰りたいです」
「了解」
芥がこうやって意思表示をすることも珍しい。ぐいぐいと腕を引っ張ってくるのに遠慮しないのである。
「マネさんといっしょー」
るんるんと鼻歌を口ずさみつつこちらを見やってくる。ハイライトの消え入りそうなとろんとした瞳にどぎまきしつつ、タクシーを呼ぶ。
「どこに行くの?」
「俺の家?」
冗談めかして言ってしまったが、正直つけられたりすることがやだしいいかもしれない。
「んー、おねがい!」
満面の笑みでこちらを見てくる芥に苦笑しつつ、タクシーで家に向かった。
体がふわふわしている。酒を飲みすぎただけなのか?
あいにくとそれを理解できる程には思考がはっきりしているが、体はぐったりして動けない。
「マネさん、大丈夫?」
声を出したいけれどろれつが回らない。
「あ、う、」
これだけでも芥には充分らしく、こちらをぐいっと持ち上げてくれている。柔らかな感触を感じるので抱きしめられているのだろう。
「おちついてね、マネさん…ううん、やっぱりこれくらいは私の約得だよね」
あまり嗅ぎなれない匂いが鼻から感じる。やけに熱いものが口の中に入ってくる。
「なにが起きてるのか…なんて、わからないと思うけど…」
芥の酷く甘やかな、それでいて普段のような平坦な声。
ただ、その一言だけは鮮明に覚えている。