ナギの大団円〜乙女ゲームに転移した女子高生は、推しに飼われながら大団円エンドを目指したい〜   作:どくはら

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序 推しのいる生活

 血のように、赤く、紅く、朱く染まった双子の満月。月明かりが照らす美しい(ひと)の横顔を、私は静かに見つめていた。

 彼自身の血と、もう一人分の返り血で濡れた小龍(シャオロン)は、赤黒く染まった手を私の頬へと伸ばしてくる。空の上で、私の体を支えているのは彼の片腕だけ。でも、それを怖いとは思わない。体に回された腕の力が強いというのもあるけど、それ以上の畏れが胸を満たしていたから。

 

「……それで」

 

 静かな声が、鼓膜を震わせる。

 

「お前はどちらを選ぶ」

「私は……」

 

 → 小龍

   希介(きすけ)

 

「私は、小龍(あなた)がいい」

 

 ――――ああ、もう逃げられない。

 答えを口にした瞬間、私はそう確信した。

 

「つくづく、度し難い。俺のものになるのがどういうことか、もうわかっているだろうに」

「ええ、そうね。それでも、貴方がいいの」

「馬鹿な女だ」

 

 返り血がしみついた手で頬を撫でながら、小龍は呆れたように言葉を紡ぐ。

 言葉とは裏腹に、彼の声は聴いたこともないほど穏やかだった。

 思わず息を飲む。そんな私を、赤みを帯びた紫水晶のような双眸で見つめながら、小龍はそっと顔を近づける。そのまま、私の唇と彼のそれが重なった。

 貪るような口づけ。今まで彼から与えられてきた接吻の中でも一番激しいそれは、まるで私という女の全てを奪い尽くすようだった。

 

小龍(おれ)の傍を望むか、まひろ」

 

 唇が離れた後、小龍はわたしの顔を覗き込みながらもう一度問いかける。

 答えは決まっていた。首を、ゆっくりと縦に振る。

 

「はっ、いいだろう」

 

 月明かりを背景に、私の運命は獰猛に笑った。

 

「これより千年先、お前の全てはこの小龍(おれ)のものだ。その肉も血も魂も、俺以外に捧げることは許さん。その身が朽ちる時が来るまで、永劫、俺のもので居続けろ」

 

 

     ◇◇◇

 

 

「はあ~~~~~。トゥルーエンドの推し、何度見ても尊い……」

 

 イヤホンから聞こえていたBGMが、エンディングテーマに変わる。耳にタコができるほどリピートした曲を聞きながら、わたしはIQ3の感想を口にした。

 いやでも、尊い以上に適切な表現があるのだろうか。思わず口から零れた短い言葉こそが、良さを何よりも物語っているのではなかろうか。

 そんなことをつらつらと考えながら余韻に浸るうちにエンディングが終わり、イヤホンからは何百回と聞いたBGMが流れる。改めて画面を見れば、ゲームはタイトル画面に戻っていた。大正時代風の街をバックに、おしゃれなロゴで書かれたゲームタイトルが表示されている。

 

『永久に咲くたまゆらの恋』、通称「ゆら恋」。

 去年、とある乙女ゲームブランドから販売された恋愛ADVである。

 妖と人間が共存する、大正日本をモチーフにした架空の都市・燈京(とうきょう)。そんな街を舞台に、謎の人物〝無面〟に兄を殺された主人公の一宮(いちみや)まひろが、自分の運命に翻弄されつつ、攻略対象であるイケメン妖たちと一緒に〝無面〟の正体を追う、というのが大まかなストーリーだ。恋愛要素の他に、伝奇的な雰囲気や戦闘描写も楽しめるシナリオになっている。

 今まで乙女ゲーム系は履修したことがなかったのだけど、オタ友に攻略キャラの一人を推し声優が担当していると教えられ、手を出してみた。そして見事にドはまりした。この手のゲームに出たことはほとんどないのに最高の演技をしてくれた推し声優のルートも味わい深かったけど、それ以上にわたしの心を奪ったのは一人のキャラクターだった。

 

「推しほんと好き……、一生推す……」

 

 脳裏に刻み込まれたイケメンを思い返しながら、しみじみと零す。

 

「ゆら恋」の攻略キャラクターの一人、小龍。

 種族が違う者同士が交わるとより血が強い種族の子が生まれるという「ゆら恋」の世界観ではかなりレアな、二種類の妖の血を併せ持った〝まざりもの〟。いわゆるハーフ妖。大陸からやってきた妖を束ねる組織『回礼(フェイリー)』の頭目を務める龍の妖・小龍と、「ゆら恋」の看板攻略キャラである白狐一族の若き当主・神代(かじろ)六花(りっか)の側近を務める鳥の妖・(おおとり)希介という二つの顔を使い分け、暗躍する。二人が同一人物だと明らかになるのは小龍ルートだけで、公式サイトだと小龍は攻略キャラ、希介はサブキャラとして紹介されている。

 そのせいか希介とのスチルは小龍に比べると少ないので、希介ルートの追加を望むファンの声も少なくない。かくいうわたしもその一人。ひとりの人物としてまとめて推している身としては二人を別のキャラとして扱うことにはうーんってなるけど、それはそれとして希介の顔でまひろと絡んでいるのはもっと見たい。

 

 まあ、別のキャラとして扱いたくなる気持ちはわからないでもない。

 かっこいいも似合うけど、それ以上に美人という表現が似合う顔立ちは二人とも。

 でも希介がそっけない堅物系なのとは対照的に、小龍は軽薄な笑みが似合う俺様系だ。血と暴力を好み、戯れで他人を傷つけることも厭わない。

 その上、種族特性的なやつで嘘を見破れるからか、嘘をつかれることが地雷。選択肢で一回でも嘘をついたらトゥルーエンドに行けないし、場合によってはデッドエンドに直行する。そのせいで、そりゃあもう攻略中はいっぱい殺された。

 要は、流血描写がある作品だと大抵一人はいる暴力イケメン枠である。しかしそういう物騒なイケメンは王道に引けを取らないくらい魅力があるもので、小龍の人気はかなり高かった。

 

 でも、小龍の魅力はそんな一側面だけじゃ語れない。

 小龍が何物にも囚われず自由奔放に振る舞う一方で、希介は家のしがらみに囚われつつも唯一の主と定めた六花のために尽力する。

 その対照的な二面性こそが二人が別キャラとして扱われる理由で、小龍・希介というキャラの一番の魅力だ。彼がまひろと交流し、その清廉な心根にほだされ、健やかなる時も死せる時も寄り添ってくれる運命(つがい)として求めるようになる小龍ルートは、エモさの極みといってもいい。不敵に笑いながらまひろを抱き寄せる小龍のスチルを見た時はめちゃくちゃ興奮してしまったし、不器用ながらも幸福そうに微笑む希介のスチルを見た時は嬉しすぎてボロ泣きしてしまった。何なら今もたまに泣く。

 過去一ハマったキャラと言っても過言ではない。

 人生がよりいっそう楽しくなったのは推しに会えたからだし、テンションが上がらない時はゲームを起動して推しを見れば元気になる。というか、嫌なことがあっても、神ライターと神絵師の手によって推しが産み落とされた奇跡に比べれば大したことないよねと笑い飛ばせるようになった。推し、あまりにも心身の健康に良い。

 なんというかもう、生まれてきてくれてありがとうという感じだ。この気持ちをもっと的確に言い表したいけど、わたしのつたない語彙力では「最推し」としか表現できない。

 

「これでどっちかなんて言わず、まとめて幸せになってくれればいうことなしなんだけど……」

 

 ふと、神ゲーに抱く唯一の不満点をぽつりと零す。

「ゆら恋」の世界では、〝まざりもの〟は存在が認められないレベルでタブーということになっている。そのせいで小龍も希介もまとめて幸せにするエンドがなく、主人公は必ず二人のうちどちらかを選び、もう片方の顔は切り捨てられてしまう。この要素も二人が別のキャラとして扱われる理由の一つで、希介ルートが渇望される最大の理由だ。小龍ルートと銘打たれているだけあって、希介エンドはどうしてもおまけ感が否めない。

 

「希介ルート追加したDLCとか出ないかなあ……」

 

 そんなことをぼやきながら、わたしは何気なく顔を上げた。

 目の前にある電波時計が表示しているのはAM8時。平日、家を出る時間はAM8時。

 

「…………」

(なぎ)ーっ! あんた、いい加減に起きないと遅刻するわよー!」

 

 顔の向きを変えた拍子に、イヤホンが片方、耳から零れ落ちる。すかさず一階から聞こえてきたお母さんの声に、にやけていた顔が引きつった。

 

「遅刻だーっ!?」

 

 いつの間にか明るくなっていた部屋の中、わたしは慌ててベッドから跳ね起きる。そして、今さら睡眠不足を主張してくる頭を無視しながらハンガーにかけていた制服に袖を通した。

 だいぶ適当に着てしまったので襟やら裾やらがえらいことになっている気がするけど、今は気にしていられない、というか気にするだけのキャパシティがない。メイクをしている余裕もないので、カバンに化粧ポーチを突っ込みながら部屋を後にした。

 

「まったく……。来年は大学生だっていうのに夜遅くまでゲームなんかして」

 

 お母さんのお小言をBGMに顔を洗い、冷たい水で眠気を追い払う。どれだけ櫛を通しても左右の側頭部にあるくせ毛――戌井(いぬい)という名字もあって、よく犬耳みたいだとからかわれる――は直らないけど、これはヘアアイロンをかけても倒せないので気にしない。

 最低限の身支度を終わらせ、キッチンのテーブルの上に用意されたジュースだけを一気に流し込む。せっかく用意してくれたトーストや目玉焼きも食べたいところだけど、あいにくとそんな時間はない。カバンを肩にかけると、我ながらなんとも品がない足音で玄関に向かった。

 

「いってきまーす!」

 

 元気だけは百点満点の言葉とともに家を飛び出し、庭に止めていた自転車に跨る。そしてペダルを勢いよく漕ぎながら、車道へと躍り出た。

 

 

 ――――その後の記憶はない。

 

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