ナギの大団円〜乙女ゲームに転移した女子高生は、推しに飼われながら大団円エンドを目指したい〜   作:どくはら

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参謀の事情

「理由は二つありますね」

「二つ」

「一つは、貴方が悪意ある虫だった場合、親切を装えばボロを出すのではないかという打算」

「へ?」

 

 とんでもない言葉に、思わずまぬけな声を上げる。

 呆気にとられているわたしをよそに、辰は言葉を続けた。

 

「もう一つは、貴方が悪意なき爆弾だった場合、送り込んだ凶器がどうなっているのかを窺おうとする誰かを補足できるのではないかと期待してのこと。今のところ、どちらも片鱗はなさそうですが」

「あ、あははは……」

 

 引きつった笑いが零れた。

 想像以上にがっつりと警戒されてる? いやまあ、当然の反応だと思うけど……。

 

「そして最後」

「三つ目!?」

 

 まだあるの!?

 そろそろ物理的に何かされやしないかと身構えてしまう。しかし、そんなわたしを見て辰が浮かべたのは、悪戯が成功した子供のような笑顔だった。

 

「珊に言われたんですよ。ナギが時々外を見てため息をついているから、散歩にでも行かせた方がいいのではないかと」

「珊ねーさんが?」

「ええ。言われて様子を見ていると、確かに時折、窓の外をぼうっと眺めていました。貴方はずっと良い子にしていましたし、気分転換をさせてもよいだろうと思ったわけです」

「なるほど……?」

「ちなみにこれが、最大にして唯一の理由ですよ。さすがに、霊力さえ持たない、非力な人の子の動向に警戒は払いません。貴方では小龍に傷一つつけられないでしょうしね」

「ははーん。なるほど。さては辰さん、なかなかいい性格してますね?」

「ふふっ。そうでなければ、小龍の下にはいられませんよ」

 

 皮肉を返すものの、御年二五〇歳のイケメンには軽く流されるだけだった。

 

 あ~、本当にびっくりした!

 わりと本気で、こっそり亡き者にするために連れ出されたのかと思った。辰、攻略キャラの中では穏当な方だし、退屈しのぎで火種を懐に入れる小龍の悪癖にも理解はあるけど、いざとなったら容赦しないのである。何ならゲーム中は辰に殺される展開もある。「ゆら恋」の攻略キャラ、時雨以外はまひろキルカウント1以上あるのおかしいでしょ。

 

 ってか、そんなに傍から見たら外行きたそうに見えたんだ。普通に恥ずかしい。あと、珊にはお礼しとかなきゃ。サンキュー珊。

 そんな目標と一緒に首をもたげた、新たな疑問。流れとしてはちょうどよかろうと、そちらの方も聞いてみることにした。

 

「でも、なんでわたしのこと気遣ってくれるんです? 今まで小龍さまが飼ってきたペットにはそんな優しくなかったって地の文でよ……部下の人に聞いたんですけど!」

 

 危ない、ついゲーム脳で話しかけた。

 強引に語尾に被せつつ、わたしは自分自身を指さす。

 

 推しが、わたしがいないところでわたしのことをどう説明をしたのかはさすがにわからない。ただ、わたしを辰に見せた時は「拾ってきた。飼うから面倒を見ろ」と言っただけだった。そしてわたしも、齟齬があったら困るし「異世界から来ました!」なんてそう何度も言いたくないから、燈京以外のところにいたとしか言ってない。なので、推しから追加情報がないなら、辰にとってわたしは小龍がどこからか連れてきた人間の小娘だ。

 今までのペットが刺客やスパイなのを考えたら、さらわれてきたっぽい人間に憐みを向けるのは不思議じゃないけど……いやこれ、十分気遣ってもらえる理由では? いやでも、まひろは最初警戒していたような……。

 

「別の主に首輪をつけられている犬猫や、小龍を利用しようという意思が明確な相手ならまだしも、さすがに攫われてきただけの女の子には我々だって優しくしますよ。貴方の態度を見る限り無理強いではないようなので、小龍を諫めるには至っていませんが」

「なる、ほど」

 

 ちょっと心外みたいな顔で、ほぼ自答した通りの答えを言われた。

 想像以上に回礼の人たちから人畜無害な小動物だと思われている。いやまあ、人畜無害な人間(しょうどうぶつ)なのはその通りなんだけど。

 しかしこれ、推しってば本当にわたしのこと、何も話してないっぽい?

 異世界云々はともかく、推しの秘密を知っていることも共有していない予感がする。

 

「あとはまあ、そうですねえ」

 

 思考を明後日に飛ばしていると、そこでいったん言葉を区切った辰がお茶を啜る。つられてわたしもお団子を口に運ぶ。おいしい。珊に持って帰ったら喜ぶかな。

 お土産を提案しようと、辰に顔を向けたその時。

 

「……半妖臭いと思ったら、巽の蛟がいるじゃないか」

「おう、臭い臭い。ちっとばかし見目が良いからって、半妖臭いのは隠せんと言うのに」

 

 少し離れたところから、これみよがしな陰口が聞こえてきた。

 顔の向きを方向転換させて、声がした方を見る。視線の先には蛇っぽい雰囲気の男性とパグっぽい雰囲気の男性がいて、わざとらしく袖で口元を覆っていた。彼らの言葉が耳に入ったのか、周囲の人たちもちらちらとこっちを見ている。

 仕方なさそうなため息が隣から聞こえてきた瞬間、カッとなった。

 

「……あーあ! 男の嫉妬はかっこ悪いし、こそこそ陰口言うのはもっとダサいなーっ!」

 

 周囲にいる全員の耳に届くような大声を上げる。

 視線はまずわたしに向き、その後、さっきのやりとりが聞こえていた人たちは蛇とパグの方を見る。複数の視線を向けられていたたまれなくなったのか、二人()の妖はそそくさと逃げて行った。ざまあみろ!

 

「…………ナギ」

 

 恨みがましくこっちをチラ見してくる姿にあかんべーをしていると、隣から嗜めるような声で呼びかけられた。さすがにやりすぎたかと反省しながら辰の方を向けば、なんとも複雑そうな様子の青い細目と目が合った。

 

「えーっと……」

「……ナギ。貴方は今、誰のものかわかっていますか?」

「へ? 一応小龍さまのペットということになってますけど……」

 

 なんで急に事実確認を?

 首を傾げ、そしてすぐに辰が言わんとしていることに思い至った。

 わたしの首には、推しの妖力でできた鱗の首輪。そして今着ているのは、学校のブレザーじゃなくてもらったアオザイ、すなわちチャイニーズコーデ。加えて隣に次席である辰がいるとくれば、誰がどう見たって回礼の関係者だ。

 

「……これって小龍さま名義で喧嘩売ったことになったりします!? 性格的に怒らなさそうというかむしろ面白がりそうだけど、無断だと話違っちゃいますかね!?」

 

 せっかく外出を許されたのに、ここで粗相をした判定を食らったら次はいつ出られるか。缶詰に逆戻りはごめんなので、声も焦りで上ずってしまう。

 

「…………ふはっ」

 

 焦る姿がツボに入ったのか、辰から返ってきたのは笑い声だった。

 

「そうでしたね。貴方は、そういう子でしたね」

「はい?」

「いえ、こちらの話ですよ。……お礼を言い忘れていましたね。私の代わりに怒ってくれてありがとうございます、ナギ」

「辰さんの代わりなんて、そんな大それた感じじゃないですよ。わたしがイラッとしただけで」

「それでも、ですよ」

 

 そう言いながら、辰がわたしの頭を撫でる。

 人の髪をぐちゃぐちゃにする推しとは違い、その手つきはとても丁寧で、それでいて気持ちよかった。猫だったら喉がごろごろ鳴りそうなそれに思わず目を閉じていると、周囲から嫉妬の視線が突き刺さるのを肌で感じた。

 慌てて距離をとると、不思議そうな顔をされた。うーんイケメン罪!

 

「小龍のことですが、貴方が言ったように喧嘩を売ったと報告しても面白がると思いますよ」

「よかった~!」

「ですが、今後は妖に喧嘩を売るような行為は控えるように。貴方は小龍の所有物である以前に、人の娘なのですから。売るなら私か小龍がいる時になさい」

「え、自信ない……」

「そこでそんな返事することあります?」

 

 マジかよみたいな顔をされた。そろそろ辰にも珍獣(おもしれーおんな)扱いされそう。

 

「はあ……。ならせめて、厄介事に首は突っ込まないように」

「あ、それなら大丈夫です! さすがにわたしも身の程ってやつはわかってるので!」

「身の程がわかっているならまず喧嘩をふっかけないようにしてほしいのですが」

「ぐう」

 

 ド正論だった。

 でも、わたしだって我が身が大事だ。自分からトラブルに首を突っ込みに行こうとは思わない。そんな思いを込めて青い細目を見つめれば、小さなため息が返った。

 

「……お説教はここまでにして。お茶が冷め切る前に、食べてしまいましょうか」

「はーい」

 

 仕切り直しとばかりに、わたしたちはお団子に再度手を付けた。

 

「半妖も大変ですね」

「ははっ、そうですね。人の血が交じった妖の血は、どうしても鼻につきやすいですから」

 

 言ってから、デリカシーがない発言だったかなと思う。しかし、そんなわたしの発言に辰は穏やかな声で返事をしてくれた。

 

「とはいえそれは、悪いことばかりでもありません。隠しづらい特徴があるということは、同類が見つけやすいということでもありますからね。例え親となる妖の種族が異なっていても、自分と同じような存在がいるという事実は孤独感を和らげてくれます」

 

 そう言いながら、辰はもう一度、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。

 その言葉はもしかしたら、実体験に基づくものなのかもしれない。でも、おそらく辰はポジティブな意味で言ったであろう言葉が、わたしには悲しいものとして響いた。

 自分と同じような存在がいないのは、寂しい。

 

「……そういえば、話の途中でしたね」

 

 最後の一個が乗ったお皿をわたしの方に寄せながら、辰は話題を変えた。

 

「貴方が来る前の小龍は、少しピリピリしていましてね。あまりよろしくない状況だとは思いつつも、繊細な部分に触れると察していたので手をこまねいていたのですが……」

 

 そこで言葉を区切り、もう一度頭を撫でてくる。今度はすぐ手を離してくれたので、嫉妬の視線を浴びずに済んだ。

 

「ナギを拾ってからは元の調子に戻りまして。貴方のことを気遣いたいと思うのは、それが一番の理由です。小龍に良い影響を与える存在は大事ですからね」

「辰小てえてえ……」

「はい?」

「な、なんでもないです、はい」

 

 いけない、推しカプが尊くてつい腐女子としての顔が出てしまった。

 それにしても、想像以上にシナリオ開始前の推しって精神的に参っていたんだなあ。そんなことをしみじみと思ってしまう。珊のこと、なんとかできて本当によかった。

 これは是非とも、早くまひろにも会わせてあげねば。

 思いを新たにしつつ、わたしは最後のお団子を平らげた。

 

 ……そうだ、早く会わせてあげないと。それが推しの幸せに繋がるんだから。

 

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