ナギの大団円〜乙女ゲームに転移した女子高生は、推しに飼われながら大団円エンドを目指したい〜   作:どくはら

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スチルイベント

「は~~~……」

 

 ヤタとのエンカウントから五日後の夜。

 天井を見上げながら、わたしは深いため息をついた。

 

 あれから五日。外出禁止令を言い渡されたわたしは、すっかり部屋でごろごろするだけの生き物になっていた。

 ごはんは娟が持ってきてくれるから、部屋の外から出るのはお風呂とトイレの時だけ。朝着替えるのも面倒になってしまい、ずっとアオザイを着ている。

 気分転換にアジトを散策しても、回礼の皆さんにも外出禁止令は伝わっているらしくすぐに部屋へ返されてしまう。珊や娟がたまに遊びに来てくれるけど、ずっといてくれるわけじゃない(珊は一度枕を持ってきたけど、サボるなと娟に追い出されていた)から、ひとりの時間が圧倒的に多かった。

 

 いっそヤタが会いに来てくれればよかったのに、あの烏はこの五日間、一度も顔を出していない。薄情者め。いや、実際に会いに来られたら追い返すしかないんだけど。これ以上推しのご機嫌を損ねるわけにはいかない。

 そんな推しはといえば、あの日から何の音沙汰もなかった。

 

 五日。五日である。

 五日もの間、何も言ってこないし、呼ばれることもない。

 毎晩のように部屋に呼ばれては話をさせられていたことを考えると、この五日はなかなかに重い。人っぽい生活リズムですごしているとはいえ、既に数百年は生きている推しにとっては大した日数じゃないだろうと。そう自分を慰めるのが若干難しくなる程度には、ただの女子高生にとっての五日は重かった。

 

「やらかしたあ~~~~~……」

 

 ため息とともに体をひっくり返し、枕に顔を埋める。

 でも、こればかりは仕方ないというか、無理ゲーというか。

 確かに推しはルート終盤になると、他のキャラを心配するまひろに対して拗ねた態度をとっていたし、推しを助けるために自分を危険に晒した時も「お前は俺のものだ。粗末に扱うのは許さん」とわかりやすく不機嫌になっていた。けどそれは好感度が積み重なったからだと思うじゃん? ペットポジションにも適用されると思わないじゃん?

 

 それでもまあ、前者はまだわからなくもない。ゲームと違って推しはヤタのことがだいぶお嫌いみたいだし、最初ならいざしらず、推しのものだという証がばっちり首についている今のわたしが三下妖怪に絡まれるのだって面白くはないだろう。

 でも、後者は納得がいかない。

 だって。

 

 ――――は、だろうな。何しろ、我が身可愛さに烏丸小夜を売るくらいだ。

 

 そう言ったのは、他ならぬ推し(あのひと)なのに。

 

「…………はあ」

 

 ため息をひとつついてから、よいしょと体を起こす。

 ベッドを離れ、クローゼットを開ける。珊からもらったチャイニーズな服に紛れた制服を取り出し、奥の方に突っ込んでいるカバンを取り出す。中から取り出したるは女子高生の必需アイテムことスマホと、頼れる味方のモバイルバッテリー。お目当てを回収した後はそそくさとベッドに戻り、制服に着替えてから布団を被った。

 

 暗い中で電源を入れれば、数秒の待機時間の後、見慣れたから懐かしいになってしまったロック画面の壁紙が表示された。

 ソシャゲをやったりSNSを見たり動画サイトを見たりして毎日充電を使い倒していたころと違い、今は滅多に起動させないから充電の減りはささやかなものだった。充電ケーブルを挿すのはいったんやめて、時刻がバグった画面をスライド&タップする。

 

 ソシャゲはできないしSNSにはアクセスできないし、動画サイトも見られなければダウンロードしていない電子書籍も読めない。ないない尽くしのスマホだけど、今のこの子はひとつ、大事な役割を担ってくれている。

 画像をタッチして、眺めて、戻って、また画像をタッチして、眺める。

 

 ――――どんどんっ

 

「ひょわっ!?」

 

 スンと鼻を鳴らした直後、いきなり窓から音が聞こえてきた。

 布団を跳ね飛ばしながら起き上がり、窓の方を見る。思わず目が丸くなる。窓ガラスの向こうには、五日ぶりになる推しの姿があったからだ。

 

「あー、はいはいっ、開けますっ、開けますからっ! ばんばんしないで!」

 

 早く開けろとばかりに窓ガラスを連打する姿を見て、スマホをポケットにしまいながら慌てて窓際へと駆け寄るった。季節は冬も間近。窓なんて割られた日には風邪を引いてしまう。

 

「遅い」

 

 窓を開けるや否や、狐面をつけた推しが不機嫌な声で文句を言ってきた。うーん、ぶれない。

 

「いきなり窓の外に五日も顔を合わせてない人がいたらびっくりしますって」

「たかが五日で大げさだな」

「小龍さまにはそうかもしれないですけど、こっちは一分一秒を大事にしたい短命なる人の子なんですよ。人の子にとって五日は結構長いんですよ」

「喧しい。いいから来い」

「来いって――ほわっっ!?」

 

 首を傾げていると腕を掴まれ、窓の外に引っ張り出される。そのままお腹に腕を回されたかと思うと、ふわりと、推しごとわたしの体が宙に浮いた。床から離れた裸足が、一度だけばたりと揺れた。

 

「ひ、ひぇ」

 

 小さな悲鳴を喉から絞り出す。

 人生二回目となる空を飛ぶ体験だけど、ヤタの時とは怖さが段違いだった。

 支えはお腹に回された推しの片腕のみ。推しがこの腕を離したらもちろん落ちるし、推しが離さなくても腕の中から体がずるりと抜ける可能性もゼロじゃない。恐怖で体はかちこちに固まってしまい、身じろぎもろくにできないまま推しに運搬されていく。

 

 どれだけの間、飛んでいただろうか。

 多分時間としてはそんなに経っていない、でもわたしにはめちゃくちゃ長く感じられた飛行は、推しが着陸したことで終わった。降り立ったのは人気のない路地裏っぽい場所で、夜という時間もあいまってひどく静かだった。

 

「や、ヤタ、だいぶ丁寧だったんだ……」

 

 今度会ったらお礼言わなきゃ……。

 そんなことを思っていると、いきなり腕を離された。当然受け身なんてとれるわけもなく、べちゃっと地面に落ちる。空の高さとは比べるべくもないけど、普通に痛い。

 

「あのぉ、せめて一声かけてから落としてくれませんか……?」

「来い」

「はい……」

 

 無視された……。

 しょんぼりしながら、すたすたと歩き始めた推しの後についていく。

 

 歩幅が違う相手を気遣うような思いやりが推しに搭載されているわけもなく、わたしたちの距離はどんどん開いていく。夜の路地裏に置いて行かれるなんて嫌すぎる。慌てて小走りになろうとしたその時、前を歩いていた推しが足を止めた。

 たたらを踏みつつ、同じように足を止める。

 少し離れたところに立つ推しは、体を屈めると、足元から何かを拾い上げた。

 

「――――は、え?」

 

 思わず、まぬけな声が零れた。

 目をこすってから、目の前の光景を改めて見る。けれども、見間違いじゃないかという期待は呆気なく打ち砕かれた。

 

 推しは、小龍は、血まみれになった男の人を持ち上げていた。

 夜だからわかりづらいけど、赤い髪に生えた狐耳には見覚えがあった。推しの足元を見れば、もうひとり誰かが倒れているのもわかった。彼らが、異世界転移初日に、そして五日前に絡んできた狐耳と狸耳のチンピラだと理解するまでには、少し時間がかかった。

 死体なんて生まれてこのかたフィクションでしか見たことがないけど、ぴくりとも動かない姿は、とても生きているようには思えない。頭がぐわんぐわんする。吐き気に襲われずに済んでいるのは、現実感のなさに助けられているからだ。

 

 どうして、とは思わなかった。

 目の前に立っているひとは、小龍は、自分が好しとしていないものにはとても残酷だからだ。ゲームではそうだったから、だけじゃない。それなりの間このひとの近くにいたからこそ、このひとが興味のないものや嫌いなものに無関心だったり残酷だったりするのは感じ取れたし、だからこそ、五日前のことを大事にしたくなかったのだ。

 

 でも、なんで、とも思った。

 なんでこのひとは、わたしにこんな光景を見せたのだろう。

 

「なぜ、という顔だな」

 

 わたしの心を見透かしたように、小龍が口を開く。唯一露出した口元に浮かぶ笑みは愉快そうに冷たくて、思わず体が震えた。

 

「これはお前への躾だ」

「しつけ……?」

「お前は愚かにも、俺のものに手を出そうとした輩を庇い立てした。ならば、お前には相応の罰が与えねばならん。駄犬に躾するのは、飼い主の役目だからな」

「な、なら、なんでこのひとたちを」

「お前を直接罰しても効果が薄そうだったからな。代わりにこいつらを使ったわけだ」

「……」

「哀れなことだ。お前が余計なことさえしなければ、命まではとられなかっただろうに」

 

 そう言って、小龍はわざとらしく肩をすくめた。

 その言葉を嘘だと思ったし、同時にそうかもしれないかも、とも思った。実際にどうなのかはわからない。酷薄に笑う小龍の真意を図ることはわたしにはできないし、何より、理解できないと、そう感じてしまった。

 

 わたしが思っている以上に、このひとはわたしのことを気に入っているのだろう。でも、そのお気に入りは一番大事なもの――例えば、トゥルーエンドでのまひろのような――という意味ではない。それなりに気に入ったおもちゃ、可愛がっているペット。このひとにとってのわたしは多分そういう存在で、そういう存在のためにひとの命をとってしまう精神性を、戌井凪は理解ができなくて――――怖い、と思ってしまった。

 無意識のうちに、足が後ろに下がる。

 それを追いかけるように、狐耳の男を掴んだままの小龍が近づいてくる。逃げる前にあっという間に距離を詰められ、空いた片手がわたしの首を掴んだ。

 

「今さら(おれ)に怖気づいたか?」

 

 さっきまでと打って変わって、つまらなさそうな紫色に見下される。

 今さら――――そうだ、本当に今さらだ。今になってようやく、わたしは人間で、このひとは人間じゃないのだと。価値観が違う生き物なのだと理解して、怖がっている。鋭い爪が皮膚に食い込む。言葉を間違えれば、わたしはここで殺されるだろうと確信できた。

 

 でも、なんて言えばいいの?

 わたしは人で、このひとは妖で。

 わたしは、主人公(まひろ)じゃなくて。

 混乱するわたしの目が、推しの肩越しに見える双子月を捉える。あいもかわらず突き放すようなきつい輝きを放つそれを見ているうち、わたしは辰の言葉を思い出した。

 

『例え親となる妖の種族が異なっていても、自分と同じような存在がいるという事実は孤独感を和らげてくれます』

 

 ――――ああ、そっか。

 このひとは、同じなのか。

 

「……何がおかしい。それとも、気でも狂ったか?」

 

 不機嫌そうな声が降ってくる。拗ねたように聞こえてしまったその声がおかしくて、思わず笑みを深めていると、首を掴む手に力がこもった。

 

「何がおかしい」

「えっと、おかしいんじゃなくて。小龍さまのこと、少しわかった気がしたのが嬉しくて」

「わかった、だと?」

 

 低い声がさらにワントーン下がる。

 ぱちりと目を瞬かせていると、目の前で赤い羽根が散った。

 地面つくほど長い三つ編みが消えて、代わりに外側に軽く跳ねた短い赤毛が、小龍――希介の背中から伸びた翼と一緒に夜風に揺れる。からん、と狐のお面が落ちる音がして、赤みがかった紫の目が露わになった。

 

「たかだか十数年生きただけの小娘が、随分と知った風な口を利く」

 

 小龍の時より落ち着いていて、けれど出会った日並みに、いや、それ以上に殺気立った声が降ってくる。だけど、不思議と怖くなかった。

 双子の月を隠すようにして夜空を背景に広がる翼はとても綺麗だったし。

 ここで希介になったのが、なんだか微笑ましかったから。

 

「……確かに、あなたに比べたら歴は短いけど」

 

 首を掴む手の上に、そっと自分の手を重ねながら口を開く。

 

「ひとりぼっちなのは、わたしも同じだから」

「……」

「住む世界が違ってたから、どうしたってわたしのやることにはずれがあって。それをちょっとだけ、ほんのちょっとでいいから、許してほしいなって。こんな、試すようなことしなくても、わたしの最推しはあなたなんですから」

「……住む世界が違うというなら、容易く命を摘める私が恐ろしくはないのか」

 

 少しだけ穏やかになった声に問いかけられる。

 あまりにもごもっともだ。思わずまた笑ってしまったけど、今度は不機嫌そうな声が降ってくることもなければ、首を掴む力が増すこともなかった。

 

「そりゃあ、めちゃくちゃ怖いですよ。わたしだって、いつ殺されるかわからないし」

「なら、なぜそんな言葉が吐ける」

「それはきっと、わたしが単純だからですかね」

 

 まひろなら、喪われた命を何よりも悼んで、同時にこのひとの心にも寄り添うことができるのだろう。一宮まひろはそれくらいすごくて、だからみんなに愛されるのだ。

 でも、わたしは主人公(まひろ)じゃない。我が身可愛さに他人を売って、死体を見たら普通に怖がって、死んでしまったひとのことを悼む。どこにでもいるような、ありきたりで浅ましい、ただの人間。だから。

 

 

「例え怖くても、酷いって思っても、大事な人の傍にいたいって思っちゃうの」

 

 ――――できることなら、みんな幸せになってほしいっていうか……

 だってこのひとは、あの言葉を嘘だとは言わなかったから。

 

 

「――――――――」

「えっ」

 

 不意に、首を掴んだままだった手に引っ張られた。

 さっきまで死体を掴んでいた手が、いつの間にかわたしの後頭部に添えられている。気づけば、いつ見ても見惚れてしまうほど綺麗な顔がすぐ近くにあって。

 

「ふがっ」

 

 ――――そこで、なんともまぬけな声が聞こえてきた。

 

 わたしの耳がおかしくなければ、それは下の方から――今さっき推しが手を離した狐耳の男の落下地点が発信源だった。

 

「…………えっ?」

 

 恐る恐る、視線を地面に向ける。

 地面と熱烈なキスをしている狐耳の男が視界に映る。わたしの見間違いじゃなければ、その体は顔面への痛みでびくびくと痙攣していた。

 どう見ても、生きているものの反応だった。

 

「……………………あのー」

 

 顔を上げて、推しの方を見る。

 忌々しそうに舌打ちをした後、推しは堂々と言った。

 

「確かに、命まではとられなかっただろうにとは言った。だが、命をとったとは言っていない」

「欺瞞っ!!」

 

 ブチギレながら私は声を荒げた。

 怒りに任せて、目の前にある胸板をぽかぽかと叩く。

 面倒くさそうに溜息をつきながら、推しはようやく首から手を離してくれた。とはいえ、痛がっている様子はまるでない。なんならこっちの手が痛かった。

 

 最後に一際強く叩いてから、大きな大きなため息をついた。

 

「死んでなくてよかった…………」

 

 ため息と一緒に、一番の本音も零れた。

 

「本当に変なガキだな、お前は」

「人が生きているのを安心することのどこらへんが変だと……?」

「……はあ」

 

 なぜか呆れたような溜息をつかれた。解せない。

 首を傾げていると、不意に腕を引っ張られた。

 ふわりと、またしても体が宙に浮く。さっきと違うのは、荷物よろしく小脇に抱えられるのではなく、見た目より逞しく感じられる片腕に抱えられているということだった。

 

「来い」

「連れて行かれてるんですがぁ!?」

 

 そんなツッコミができたのは最初だけだった。

 何せ気づけば空の上だし、推しの顔も体もめちゃくちゃ近い。さっきとは違う意味で体をかちこちにしながら、わたしはされるがまま運ばれていった。

 

 さっきよりも長い飛行体験は、広い庭で終点を迎えた。

 今までいた中華様式の空間と打って変わった純和風の景色には、どこか見覚えがある。辺りをきょろきょろしながら思い出していると、いつの間にか中華服から和服に様変わりしていた推しがずんずんと歩き出した。

 さっきみたいに落とされないのはありがたいけど、つまり推しの腕に抱えられたままということで。間近にあるご尊顔のせいで、心臓にとてもよろしくない。

 

「あ、あのー…、希介、さん? そろそろ下ろしてほしいのですが……?」

「……」

「希介さまー?」

「……」

 

 ガン無視である。

 しょんぼりしていると、推しの足が急に止まった。

 

「……寝室?」

 

 障子を開けた先の光景に、思わずそんな言葉が出てくる。

 こぢんまりとしたタンスがあるくらいのこざっぱりした部屋の真ん中に、旅館さながらに大きめの布団が一枚、ぴちっと敷かれている。

 まじまじ布団を見つめていると、ひょい、と体が浮いた。

 

「へぶっ」

 

 というか、投げられた。柔らかい布団に体ごとダイブさせられたわたしは、体を起こして推しを見据える。

 

「ひ、人を物みたいに投げるのはよくないと思います!」

「お前は物じゃなくて犬だろう」

「犬ならもっと投げちゃダメだと思いますが!?」

「はあ」

 

 至極真っ当な訴えに、返ってくるのはため息が一つ。なんてイケメンだと腹を立てていると、推しが隣に腰を下ろしてきた。

 腕の中に捕まったかと思うと、気づけば目の前に天井が広がっている。

 

「???」

「寝る」

 

 理解が追いつかずクエスチョンマークを乱舞させていると、そんな言葉とともに逞しい胸元に抱き寄せられた。

 

「――――――――――――――――はああっ!?!?」

 

 長い長いロード時間のあと、わたしはあらん限りの声で叫んだ。

 

「喧しい。近くで騒ぐな」

「めちゃくちゃ騒ぎますが!?」

「俺の傍にいたいと言ったのはお前だろうが」

「あれ、こういう物理的な意味じゃないんですが!?」

「喧しい」

「はぷっ」

 

 横暴な言葉とともに、顔が胸に押しつけられる。そのままわたしの口を物理的に塞がんとばかりに後頭部に手が回され、いっそう強く抱き寄せられる形になった。

 触れ合ったところから、規則正しい心臓の音が聞こえてくる。

 後頭部を掴む手が、乱暴な手つきでわたしの頭を撫でた。

 

「許してやると言っている。取って食わんから、黙って寝ろ」

 

 そう言うと、推しはこれ以上の文句は聞かないとばかりに瞼を下ろし、紫の目を隠した。ばさりと赤い翼が広がって、毛布さながらにわたしの体を覆う。

 

「……」

 

 わたしはといえば、主語のない言葉を一方的にぶつけられ、目を瞬かせるしかできない。

 

「……ふ、あ」

 

 そのうちに、強制的に聞かせられている鼓動が眠気を呼び寄せる。小さなあくびが口から零れて、意識がうとうとしてきた。

 

 そういえばもう寝る時間だなあとか。

 無理やり抜け出すには肌寒いしなあとか。

 体温が良い感じに気持ちいいんだよなあとか。

 

 ――――許してくれたしなあ、とか。

 

 逃げない言い訳を数えているうちに、いつの間にかわたしは、眠りの世界へと旅立っていた。

 

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