ナギの大団円〜乙女ゲームに転移した女子高生は、推しに飼われながら大団円エンドを目指したい〜   作:どくはら

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求:故人キャラとのコミュニケーション方法

「はあ、おいしかったぁ……」

 

 一時間後。

 満たされたお腹をさすりながら、わたしは椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「ごちそうさまでした、娟ねえ……娟さん」

「ふふ、良い食べっぷりだったわね。作ってあげた甲斐があったわ」

 

 お礼を言ったわたしに、娟は空っぽの蒸籠を下げながら嬉しそうに笑う。それから、同じテーブルについて黙々と蒸し餃子やマーラカオを食べている推しと珊に不満そうな顔を向けた。

 

「頭目も珊も、黙って食べるばかりでろくな反応を返さないし」

「? 娟のごはん、おいしいヨ?」

「文句も言わずに食ってやっているだろうが」

「もっとわかりやすく表に出しなさいって言ってるのよ。まったくもう」

 

 二人の返事に、娟は呆れたように肩をすくめる。こんなところもゲームと変わらないんだなあと思いながら、わたしは冷ましてもらった甘い香りの烏龍茶を飲んだ。

 寝不足に空腹、二つのデバフが消えたことで、ようやく現状――ここは一体どこなのかという疑問と向き合うことができた。本来なら真っ先に考えるべきことなんだろうけど、イベントが目白押しだったから許してほしい。

 

 食事中に娟から教えてもらった話をまとめると、ここは東国の燈京という都市にある、(たつみ)という地区らしい。どっちも「ゆら恋」に登場する地名だ。

 そして、目の前にいる小龍、娟、珊という、「ゆら恋」のキャラたち。

 これらの情報をひとまとめにすると、ここは「ゆら恋」の世界ということになる。

 

 我ながら「は?」となる結論だけど、目の前で健やかにごはんを食べている推しが全てだ。ちなみに夢という可能性は、おいしそうな匂いにつられて噛りついた小籠包によって否定されていた。火傷した舌は今もヒリヒリしている。地味に痛い。

 問題はなんで「ゆら恋」の世界にいるかということだけど、これについては心当たりがさっぱりない。強いて挙げるなら、急いで学校に向かっていたことだろうか。でも、その道中でトラックにはねられていたらそれは異世界転生である。そしてわたしには、どこにでもいる平凡な女子高生、戌井凪以外の記憶はない。

 他に考えられるのは聖女召喚系に巻き込まれて、目が覚める前にいらない子としてポイ捨てされたくらい? 現状だとこれが一番可能性は高い気がする。

 

 つまりはお手上げだった。清々しいほどとっかかりがないから深刻な気分にもなれない。

 なのでいったん、これについては保留にしておくことにする。わからないことをいつまでも考えていても仕方がない。烏龍茶を飲み干しながら、わたしは思考を切り替えた。

 考えても埒があかないことよりも、優先すべきことが目の前に迫っているともいう。

 具体的に言うと、生命の危機。

 

「おい、娟」

「はいはい」

 

 わたしに少し遅れて食事を終えた推しが、空になった茶器を置きながら娟に声をかけた。

 

「俺は部屋に戻る。お前は後でこのガキを連れてこい」

「あら、それなら一緒に連れて行けばいいのに」

「そうしたいところだが、さっき化粧がしたいとかぬかしていたからな」

「待ってあげるんだ? 優しいネ、小龍」

「ああ、俺は優しいからな。死化粧の時間くらいはくれてやるさ。だが、話と化粧に時間をかける女は好かん。厚化粧な女もな。寿命を延ばしたいなら手短に済ませろよ、ガキ」

「はいぃ……」

 

 淡々とした声が紡ぐ物騒オブ物騒なお言葉に、わたしはこくこくと頷いた。

 そんなわたしを一瞥した後、推しは席を立ち、部屋を出て行こうとする。珊がその後を追おうとしたけど、推しはまるで犬猫を追い払うような仕草でそれを拒否した。

 ぱたんと扉が閉まる。良い匂いが漂うダイニング的な部屋に、わたしと美女二人が残された。

 

「……はあああああ」

 

 推しが目の前からいなくなったことで、どっと疲れが押し寄せてくる。口から大きなため息を零しながら、残っている蒸籠を避けるようにテーブルに突っ伏した。

 推しは健康に良いけど、過剰摂取は身も心も持たない。用法容量を守って摂取したい。

 ぐったりしているわたしの頭を、珊がぽふぽふと撫でた。

 

「ん。まあ小龍、機嫌良かったし。簡単に殺されることはないと思うヨ。貴方が小龍に嘘をつかなければ、だけどネ」

「嘘ついてもバレる相手に嘘つきませんて」

 

 間延びした珊の言葉に、わたしはそう返す。

 嘘をつこうものなら一気に好感度が下がるし、何なら殺してくることもあるのが推しだ。そんな相手にわざわざ嘘なんかつこうとは思わない。

 そもそも嘘は苦手だし、隠し事も太鼓判を押されるほど下手だ。まひろみたいに必要に駆られるシチュエーションでもないから、結果的に隠し事をすることはあっても能動的に話を偽るつもりは最初からない。

 

 でも、どこらへんまで許容されるかわかんないからなあ……。

 セーブ&ロード機能、今からでも実装されないかなあ……。

 

「……」

「……ん?」

 

 現実とゲームの区別がついていない思考に浸っていると、いつの間にか珊にガン見されていた。怖い。怖くはないはずなのに、なんだか妙に怖い。

 

「……えっと、わたしの顔に何かついてる?」

「怖くないノ?」

「へ?」

 

 何が?

 

「小龍に嘘が通じないって知ってる奴は、初対面だと大体ビビる。何ならあたしたちも、たまに怖いって思う時がある。ネ?」

「……まあ、そうね。たまに落ち着かなくなるのは否定しないわ」

「あー」

 

 なるほど。ゲーム中もそういう描写があった気がする。

 怖い、怖いかあ……。

 言っていることが全部丸裸にされると考えたら、萎縮するのはわかる。でも怖いというのはピンとこなかった。さすがに人生で一度も嘘をついたことがないとは言わないけど、狼少年みたいに息を吸うみたいに嘘つくわけでもないし。

 

「変な子」

「えっ」

 

 うんうん悩んでいると急にディスられた。

 

「確かに、自分をさらった相手に食事をねだるだなんて前代未聞よねえ」

 

 困惑していると、横からド正論が飛んできた。

 どうしよう、推しの取り巻きにおかしな行動をする女として認知されている気がする。

 

「とはいえ、珊の言うとおりね。貴方の一体何が頭目のお眼鏡にかなったのかはわからないけど、頭目は面白いものに執心される方だからね。さらってきた以上、早々に始末されることはないはずよ。もちろん、お嬢ちゃんに回礼を害そうという気がなければの話だけど」

 

 いや違う、これ「おもしれーやつ」だ。それも乙女ゲーム構文じゃなく文字通りの。

 美人に珍獣扱いされている……。

 

 とはいえ、「まあ殺されることはないんじゃない?」というありがたい(?)お言葉をいただいたわけだけど、このまま美女二人とだべって時間を浪費したらそれも水の泡だ。一緒に異世界転移してくれたカバンを回収させてもらい、手早く、推しの前に出てもギリギリ恥ずかしくないメイクを施す。部屋を出る前に突っ込んだ化粧ポーチが、まさかこんな形で役に立つとは。人生何が起きるかわからない。今の状況が、それの極致みたいなシチュエーションなんだけども。

 

 そうして準備を整え、後は出荷されるのみとなったところで珊が腕を掴んできた。

 

「へ?」

「娟、この子、あたしが連れて行くネ」

「え、ちょっ、とぉぉぉ!?」

 

 そういうや否や、娟の返事も待たずにわたしの腕をぐいぐいと引っ張ってくる。人外に力任せに引っ張られて、ただの女子高生に成す術はない。助けを求めて娟を見るけど、娟は娟で「頭目をお待たせしないようにね」と言うだけだった。

 そのままずるずると部屋の外に連れて行かれ、先導されるまま足を進める。

 ある程度進んだところで、不意に珊が立ち止まった。

 

「ねー」

「はい?」

「さっきのなんだったノ?」

 

 そんな言葉とともに、美人なお顔に覗き込まれる。一瞬首を傾げた後、さっきの迂闊発言のことを言われているのに気づいた。

 

「えーっとぉ……」

 

 どうしよう、めちゃくちゃ言葉に困る。珊が本当に〝無面〟に殺されるならありのままを伝えるんだけど、そうじゃないからなあ……。

 頭を悩ませながら、改めて珊を見る。

 娟と違ってタメ口で小龍と接する珊は、一見すると忠誠心なんてないように見える。でも、その言動とは裏腹に、珊は小龍に対して強い忠誠心を持っている。どれくらい強いかと言われれば、いきなり「死ね」と言われても理由も聞かずそれに従うくらいには、強い。

 

 ……推しが「小龍」と「鳳希介」の顔を使い分けられるのは、妖同士のハーフ――「ゆら恋」だと〝まざりもの〟と呼ばれている――が空想のものとして語られるくらいにはレアな存在だからだ。おとぎ話や与太話のたぐいだから、誰も推しがそうだとは思わない。だから、推しの二重生活も露見しないという寸法だ。

 そんな推しの前に現れたのが、〝無面〟。

 妖の嗅覚をもってしても捕まえられない存在に、推しは彼が自分と同じ〝まざりもの〟ではないかと推測した。いや、それは推測というより確信に近く、だからこそ推しは誰よりも早く〝無面〟を捕まえなくてはいけなくなった。〝まざりもの〟が現実に存在すると露見したら自分の秘密までばれかねないからし、何よりそれは初めて巡り合う同類だからだ。

 でも、〝無面〟は神代一族が住んでいる(いぬい)や中立地帯である赤午(せきご)で犯行を重ねるばかりで、回礼の縄張りである壬癸には手を出してこない。小龍個人の好奇心で組織を動かすには状況が悪く、かといって希介として動けば最終的には神代に差し出さないといけない。

 

 手詰まりになった推しは、〝無面〟を探す大義名分をでっちあげることを思いつく。

 自作自演。〝無面〟に身内が殺されたことにして、犯人捜しの口実を得る。

 そして、白羽の矢が立ったのが珊だ。偽装が疑われづらく、良くも悪くも小龍の命令に従順すぎて彼の行動を止められない珊が。

 つまり、ここでわたしが何を言っても、小龍が命令したら珊はそっちを優先するわけで。

 どうしたものかと考えた末、ひとまず一番言いたいことを伝えることにした。

 

「その、珊…さんが死んじゃってる夢的なものを見て」

「うん」

「わたし的には珊さんには生きててほしいから、生きてる姿を見て嬉しくなったというか……」

「うんうん」

「だからその……。できればこれからも死なないでくれると嬉しいなって……」

「あたしとあなた、初対面だよネ?」

「はい。初対面ですネ」

「なのにあたしのコト、心配するんだ。なんで?」

「だって珊さん、小龍……さまのこと、大好きでしょ? 同担はいればいるほどいいから……」

 

 ただし、過激すぎて他の推し担に迷惑をかけるオタクや同担拒否勢は除く。

 まあ、推しのために命を捨てられる時点で珊もかなり過激ではあるんだけど。

 言いたいことを優先しすぎて我ながら一般人への配慮がなさすぎると思ったけど、幸いにも何言ってるんだみたいな顔はされなかった。

 

「変な子。でも、嫌いじゃないヨ」

 

 そう言うと、珊はわたしから顔を離し、すたすたと歩き出す。しばらくぽかんとした後、わたしは慌てて珊の後を追いかけた。

 

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