彷徨える焔は
深淵の悪魔の贄となって闇に還る
消えては結び、還るべきはいずこ
※ ※ ※ ※
すっかり日も落ちた森の中、調子外れな鼻歌と脂の爆ぜる音が響きます。
「はい、上手に焼けましたっと。どうぞ、タドリさん!」
先程までの狩猟時に見せていた鬼神の如き姿はどこへいったのか、
人好きのする朗らかな笑顔を浮かべ彼は焼き上げた肉を差し出します。
「ありがとうございます」
受け取った肉を早々に口へ運ぶと予想外の深い味わいが口の中に広がります。
焼く前に既に仕込んでいたのでしょうか。素のままの肉かと思いきや、
塩と香辛料が擦りこまれており肉の旨味を、風味を何倍にも引き立てています。
火傷しそうな肉の脂が口の中で暴れ、普段粗食で慣れた胃の腑が驚いているようです
「どうですか?」
悪戯が成功したような表情でこちらの顔を覗き込みます。これは参りました
「非常においしくて驚きました。ただ肉を焼いただけではないように思われますが…」
「へへ、教官が香辛料にこだわりがあるみたいで、分けてもらったの仕込みました!
『愛弟子の成長には美味しいご飯が一番!工夫するのも教官の務め』だとか」
「…とても大切に思われているんですね」
かつての姫みこ様を思い紡いだ言葉は自分で思っていたより湿り気を帯びていました
「…タドリさんだって…そうですよ」
「コウヅキ殿?」
先程までの無邪気な顔から一転し声から、表情から色が抜け落ちています
「タドリさんがいなかったら、フィオレーネさんも、王国のみんなも、
もっともっとたくさんの人が助からなかった。俺だけじゃ駄目でした」
「コウヅキ殿…」
「俺は猛き炎なんて言われてるけど。狩り場でモンスターを殺すしかできない。
相手の命を燃やし尽くすしか出来ないんです。だから…タドリさんやバハリさんが…
正直羨ましい」
私は彼の狩猟する姿を指し『猛き炎』との異名を授かったものだと思っていました。
しかしそれは大きな間違いだったようです。目の前の彼の瞳には業火が宿っている。
荒れ狂う激情がその身をも焦がす程の熱を持って瞳の中で揺れている
あまりにも若く繊細な心と命を削り、自らを『猛き炎』として燃やし続けねばならないその姿は、命を費やし深淵の悪魔にその身を捧げていたあの焔と重なるようで…
「そんなことはありませんよ」
「え?」
そんなことはない。脳裏に浮かんだ愚かな考えを自らの言葉で否定します
「コウヅキ殿がいなければ私もバハリも特効薬を作る素材が得られず、結果として
多くの命が失われた事でしょう」
「それは…」
「私とて万能ではない。それどころか無力さに苛まれ見るべきものから
目を背け逃げ続けていました」
瞳を閉じれば鮮明に蘇ります。倒壊し原型を留めていない建物、血と雨でぬかるんだ街道、全ての命が蹂躙された地でおめおめと生きながらえてしまったあの日を。
「コウヅキ殿。いえ、ここは敢えて『猛き炎』と呼ばせて頂きます」
この炎は周囲の命を蝕むだけの焔ではない。
「貴方はただ焼き尽くすだけの炎では無い。道に迷いし者の希望となる篝火であり、旅人の夜を温め慰める焚火であり、外敵を討つ為の鋼を鍛える熱でもある。そして」
私は手にこんがりと美しく色付いたソレを掲げ
「今夜の私の食に彩りを与えてくれた、優しい炎でもあるのです。」
「だから自分を責めるのはお止めなさい。私の事を思いこのように味付けにも気を配ってくれる。ただ焼き尽くすだけの炎には、このような真似できませんよ。」
「タドリさん…」
彼の中で張りつめていた空気が、ゆっくりと解けて行くのを感じます
「長く生きると説教臭くなっていけませんね…折角の料理が冷めてしまう…
早く頂くとしましょうか」
そういって私は食事を再開しました。
どうか、この若く彷徨える炎の還る場所が、光と幸いで満たされるよう願って。
お読みいただきありがとうございました。
こちらは旧Twitter、現「X」でみのひつじさん主催される
♯三分で読めるノベル企画
お題「料理」
の時に投降した作品となっております。
3分だと人によってではありますが1,000文字から1,500文字程度が読めると思うのですけども、ギャグも書きたい。けどシリアスも書きたい。それだと文字数が全然足りない。どうしようどうすればいい…と思い悩んだ結果
「そうだ。1本を3分で読めるくらいのにして2本分ければいい」
という謎理論により欲望のまま脳髄しぼりまくって書き上げました。
「陽」ではタドリさんはバハリにお弁当を作ってもらっているという公式設定から料理についてのお話を膨らませコメディタッチに。
「陰」では若き英雄となった猛き炎の葛藤を、作中でも語られたガイアデルムのあのフレーズと重ねて、そこに料理についても織り込んで救いに転換できたらなぁ…など考えながら書きいていました。
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
ご覧いただきありがとうございました