Infinite Universe 【成層圏を超えろ】   作:MUGEN Χ

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『車』椅子

 召集命令が下った俺は、早速と言わんばかりに校舎内を歩いていた。職員室に行くのが大きな目的だが、これから長い間よろしくする新天地を見て回りたいと思ったからだ。

 予想は出来ていたが、やはり広い。日本政府だけじゃなくアメリカの大きな支援も受けているので、さすがである。IS学園はその特徴上、外国からの留学生も受け入れることを強い得られるので、ところどころの看板とかも英語だったり中国語だったりする。

 時々すれ違う教職員にも、外国人独特の身体的特徴も確認できるので、教員にも外国人は多いのだろう。普通高校では想像できない様子である。

 それにしても、やっと肩の力が抜けたような気がする。現在は明日から始まる授業のため生徒たちは自分たちの新しい住居である寮へと向かっているところか。そのため教室があるこちらの校舎には生徒の姿はほとんど見当たらない。居たとしても、何かしらの作業に追われる上級生ぐらいか。

 そのため、むやみやたらにこちらを凝視してこない。俺はやっとあの異様なプレッシャーから解き放たれたのだ。やはりメディア効果もあって、俺の知名度は凄まじいことになっていることを再確認した。まったく嬉しくない。

 その安堵からか、一気に体の底から尿意が押し寄せてきた。そういえば今朝は手洗いに行ってないような気がする。緊張のため今まで気づいていなかった。

 俺は本能的にトイレを探す。教室棟の校舎なので教室のそばにトイレはあるだろう。と推測を立ててみたが、案の定教室のすぐそばに目的地はあった。二つ連なっているよくある学校のトイレである。

 足早に俺は目的地へと歩む。すると、目的地の中から、なにやら独特な音が聞こえる。

 きこきこ、という音だ。金属がすれる音でもなければ、人が歩く時の足音でもない。例えるなら、校庭や公園によくあったブランコを動かす音が近い。

 窓でもあいているのだろうか、と人並みな考えしか抱かなかった俺は、躊躇なく足を動かす。おそらくこの時、『完全に人がいない』という固定観念が俺の中にあったのだろう。

 特に俺は今、とんでもない勘違いをしているので、まさかトイレの中から――

 

「うぉっ!?」

「ひゃっ!?」

 

 車椅子に乗った女の子とエンゲージするなんて予想だにしなかった。

 お互い衝突しそうになったことと、いきなり人と接触したことで、各々驚きの声を上げる。相手側はなんとも女の子らしい驚嘆の声を上げてくれた。

 1,2秒ほどその場に制止したままであった俺達だが、相手の車椅子に乗った女の子は心当たりに引っかかったような声をあげた。

 

「織斑、一夏……?」

「え? あ、ああ。一応そうだけど」

 

 この学園の制服を着る男性は俺ぐらいしかいない。個人の特定は容易であろう。

 そのことを確認した車椅子の女の子は、車椅子を一旦邪魔にならない場所に少し移動させてから、こちらに顔を向ける。

 顔は、ニコニコしているというわけでもなければ、特段不機嫌そうでもない、無表情に近い感じだ。ただ、俺の境遇が境遇なので、少しばかり興味を抱いているのかもしれない。

 その眼は、まるで俺を見定めているようにも見える。

 ところでまったく関係ないことなのだが、車椅子を移動させる際、車椅子から例のきこきこ、という音が聞こえた。あれは車輪が動く音だったのか。

 

「はじめまして。……で、いきなりなんだけど質問いい?」

「質問?」

「なんで女子トイレに入ろうとしてたの?」

「……え?」

 

 その問いを理解したのと同時に、内心やってしまった、と嘆いた。考えても見てほしい、ここは本来女子しか入学できないような学園だ。いわば女子高なのと同義。教員に男子教員は居るであろうが、そこまでじゃない。

 つまり、生徒用のトイレである校舎のトイレには、女子用のトイレしかないはずなのである。それに気づいた俺はトイレの標識を見やる。案の定女子トイレを示すピクトグラムであった。

 2つ連なったよくある学校のトイレだと思って完全に油断していた。行く時なんかは完全に中学の時のそのまんまである。

 赤っ恥だ。しかも目撃者あり。

 

「そ、そうだった! す、すまない! 決して下心があってそうしたわけじゃ!」

「そんなつまんないこと、先生に言いつけないから大丈夫よ。……どうせ、男子トイレがあるものだと勘違いしてたんでしょ?」

「そんなところだ」

 

 察しがよくて大変助かった。どうやら性犯罪者のレッテルは張られずに済みそうである。何より、この女の子がトイレから出てきた、とうことは……最悪、トイレの中で鉢合わせの可能性があったわけで。

 今回の失敗は非常にいい教訓になった、と思いたい。

 

「はぁ。お姉ちゃんも同じようなことしたことあったからね。よかったわね、目撃したのがあたしで。今が今だし」

 

 まったくその通りでございます。そして、そのお姉ちゃんにはどこか親近感を感じる。どういった状況でそうなったのかが非常に気になるところではあるけど。

 赤っ恥をかいたことで少々落ち込み気味な俺の様子を見やった後、車椅子のその子は腕時計に視線を移した。

 その動作によって、今の時間は何時頃だろう、と疑問を持った俺も、千冬姉から持たされた腕時計で確認する。現在時刻は昼の12時半丁度。少し時間を食いすぎたかもしれない。

 

「早く職員室に向うわよ。職員室に向かうんでしょ?」

「ああ。……って、向かう?」

 

 その口調から考えるに、おそらくこの子も職員室に用があるのか。と、純粋に疑問を持った俺。

 その様子を見かねたのか、その女の子はいち早くリアクションした。

 

「同級生だし、自己紹介しておくわ。あたしは小牧郁乃よ。よろしく」

「小牧……ああっ!」

 

 小牧郁乃。確か俺と一緒に呼ばれた人の内に一人だ。そして例の決定戦参加メンバーでもある。

 そして、この時間にこの校舎に居たのも納得。俺と用事は同じだったわけだ。そしてまったく俺と同じように、途中でお花を摘みに行ったと。

 

「そっか、君も俺と同じ用事だったのか。俺は……自己紹介いる?」

「いらないわ。ありがたいことに、週刊誌とかが隅々まであなたの紹介を代理してくれているから」

 

 一体どこらへんまで情報が流れているのか非常に不安である。いや、その前にデマの情報が流れている可能性もゆがめないかもしれない。

 でも、そこは政府がある程度情報規制をしてくれたのでまだ安心……できるかもしれない。世の中絶対ではないことも確かだが。

 

「っと。世間話はおしまい。多分職員室そばに男性教員用の手洗いがあるだろうから、そこに行ってみたら?」

「そっか! それは考えつかなかった」

 

 トイレに行き損ねた俺へのちょっとした気遣いからか、助言をくれた。いや、呆れ半分で見かねて言ってくれたのかもしれないけど。

 少なくとも、ごく稀にいる自己主張が激しいわがままお嬢様ではないようである。たまにいるのだ。女尊男卑の影響で、妙な権力主張をしてくれる女性が。

 

「時間とらせてごめんな」

「アクシデントよ、気にされたらこっちが困る。……セットアップ」

 

 少し無愛想そうに返事をした郁乃さんは、俺からそっぽを向くと、何やら何かに語りかけるようにその単語を発した。視線の方向から察するに……足元?

 

【ステンバイ・レディ】

 

 するとその刹那、どこからともなく女性の声が聞こえた。それも人間っぽい生気がこもった声ではなく、おそらく電子音声か。

 声の主は、なんと車椅子。よく見やると、小さいがスピーカーらしきものも確認できる。

 さらに言うならば、車椅子もよく見る車椅子の形状とはどこか差異がある。車椅子を見慣れているわけではいので漠然としたイメージではあるが、どこか郁乃さんの車椅子は部品が多いように見えた。

 

「ちょっと失礼」

 

 郁乃さんが俺に対しそう投げかけると――

 

【スタートアップ】

 

 郁乃さんは、風になった。いや、風になったとはいっても実際には違うが。

 郁乃さんの車椅子はその電子音声をスタートの合図に、それはすごい速度でその場から動いてた。よいうよりかは、走り去っていた。

 その速度、車椅子というより車である。モーター音などといった駆動音はまったく聞こえないのに、まるで車のような速度で郁乃さんの車椅子は走行。その姿は曲がり角を自然かつ見事に曲がった直後から消えていた。

 

「……なんだありゃ?」

 

 目測だが、あれは30キロ前後は堅い。自転車で大きな下り坂をノンブレーキで一気に下った時の速度だ。

 車の速度を出す車椅子とは言い得て妙である。そしてあの速度で乗る車椅子は軽い絶叫マシーンなのではないだろうか、とつまらない妄想をする。

 世界は広い。あんな常識とはかけ離れた車椅子も探せばあるのだろう。実際あったし。

 車椅子については詳しくないのだが、搭乗者の安全性について不安が残った。

 

 

 

 そんなちょっとしたアクシデントもあったせいか、俺が職員室そばの男性教員用トイレから出て、職員室に到着した時には、例の呼びだしメンバーは俺以外は全員そろっていた。

 もちろん、先ほど特急車椅子で去った郁乃さんもである。様子を見るに、先生はまだ来ていないようだ。

 少しぐらいなら時間はあるだろう、と判断した俺は、見慣れた顔にいつもの感じで声をかけた。

 特徴的な長い黒髪とポニーテール。その凛とした後ろ姿は――

 

「よっ。久しぶりだな、箒」

「――ああ。顔を見れてうれしい限りだ」

 

 箒らしい微笑で俺との再会を喜んでくれた。

 数ヶ月前にテレビ電話した時からまったく変わっていない様子に、どこか俺は安堵していた。

 

「そうそう。剣道の大会、優勝おめでとう。新聞にも載ってたじゃないか」

「……ま、まぁ。あれだけ応援されては、勝たないわけにもいかないだろう」

「あの後すぐに会えなくてごめんな。大会の後、すぐに用事があるって知らなくてさ」

「それは仕方ない。それに、今この場で言ってくれたのだからな。気にするな」

 

 やっぱり、昔からの知り合いっていいものだ。特に箒は剣道でも同門だしな。

 そしてその箒も、どこか肩の力が抜けている印象を受ける。もちろんいい意味でだ。剣道の大会もあったし、何より日本の代表候補生だ。プレッシャーは少なからず、いや、かなり受けているはず。

 お互い少しだけ肩が狭い身分となった今、こうして話している時ぐらいはリラックスを心がけたいものである。

 そんな俺達の様子を確認しながら、俺のそばにかけよった存在が一人――

 

「仲睦まじいところ失礼。ミスター織斑」

「あっ! お久しぶりです、エイさん」

 

 俺がアメリカで知り合ったエイ=プールさんだ。身長は俺とは同年代とは思えないほど高く、グラマラスな印象が強い。

 エイさんも変わらない様子で何よりである。

 

「失礼。あなたはエイ=プールさんでよろしいですか?」

「ええ。はじめまして、日本のサムライガール」

「はい。よろしくお願いします」

 

 エイさんは基本人見知りはしない。同年代でも年下でも、果ては年上に対してもわけ隔てなくに接してくれる。

 一方箒は、アメリカの代表候補生と日本の代表候補生だという立場からか、どこか堅い印象を受けた。元々初対面の人には少し人見知りする性格だし、しょうがない。

 それでも、昔と比べてはすごく進歩したと言える。これは幼馴染だから言えることだ。

 昔は思いっきり睨みつけることが当たり前だったからな。

 

「紹介するよ。こちら、アメリカの代表候補生のエイ=プールさん。千冬姉の縁で知り合ったんだ」

「噂は小耳にはさんでいるわ。よろしくね」

「こちらこそ」

 

 やはり代表候補生の中でも箒はかなり有名人らしい。主に出身や血縁関係で有名なのだが、実力も大きく評価されていると聞く。

 エイさんも、経験からの観察眼によって箒を観察している模様だ。それは観察されている側の箒も同じ。

 お互いに実力を競う者同士、出会いの時から勝負は始まっているものなのだろうか。

 俺の勝手なイメージの押しつけかもしれないが、代表候補生同士のコンタクトはどこか高次元なものにも見えた。

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